無人決済システムでスマートショッピングを実現する「TOUCH TO GO」

2020年10月、JR山手線目白駅改札口隣に「KINOKUNIYA Sutto」がオープンした。この店舗は無人決済レジシステムを導入しており、レジでの商品登録作業なしに、お客が手に取った商品の合計金額を計算、セルフで会計を済ませることができる店舗だ。国内でも先進的なこの取組みの開発と導入の背景について、株式会社TOUCH TO GOの代表取締役社長、阿久津智紀さんにお話を伺った。(取材・文:MD NEXT 鹿野 恵子/月刊マーチャンダイジング2021年1月号より抜粋)

レジ前に立つだけで購入商品が一覧に

「KINOKUNIYA Sutto目白駅店」は約12坪の小さな店舗だ。店内には弁当、総菜、飲料、菓子などが品揃えされており、ひっきりなしに通勤途中のビジネスマンや地元の住民が訪れる。一見普通の店舗だが、天井を見上げると無数のカメラに驚かされるだろう。このカメラが店内のお客の動きを読み取り「だれがどの商品を手に取ったか」を自動で判別する。

KINOKUNIYA Sutto目白駅店。JR山手線目白駅改札脇に立地。場所柄ビジネスマンの利用が多い
レジ台数は2台。青枠の中に入ると会計がスタートする

会計の方法は非常に簡単。入り口の入場ゲートを通過し、商品を手に取り、2台あるレジの前に立てば、その瞬間画面に自分が購入しようとしている商品がディスプレーに映し出される。その内容を確認し、レジ袋が必要か不要を選択した後、交通系ICカードかクレジットカードかという決済種別を選択、会計すればそれで買物は完了。スマートフォンを取り出したりする必要もなく、直感的に買物を済ませることができる仕様になっている。

ただ商品を手に取るだけ。ここで持参したバッグの中に入れてもよい
購入した商品とディスプレーの表示を見比べる。間違いがあればここで修正可能。年齢確認が必要な商品はこのあとの画面で遠隔で確認できる
レジ袋の要否を確認
決済手段を選ぶ。現在は交通系ICカードとクレジットカードのみ。近々現金決済にも対応したい考え

この店舗に導入されているのが、JR東日本のCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル事業会社が自社の戦略目的のために行うベンチャー投資のこと)であるJR東日本スタートアップと無人レジシステム「ワンダーレジ」を開発していたサインポスト社の合弁会社であるTOUCH TO GOの無人決済システムだ。

2017年、「JR東日本スタートアッププログラム」の最優秀賞受賞企業であったサインポスト社は、同社が開発した無人AI決済システム「スーパーワンダーレジ」の実証実験をJR東日本スタートアップの支援の下、JR大宮駅で実施。さらに2018年にはJR赤羽駅のホーム内店舗で実証実験を展開した。

2019年には、無人AI決済店舗の開発をさらに加速するため、JR東日本スタートアップとサインポストが合弁で株式会社TOUCH TO GO(以下TTG)を設立。2020年3月、JR山手線の高輪ゲートウェイ駅構内において、無人AI決済店舗の第1号店となる「TOUCH TO GO」を開業した。そして、2020年11月に開店したKINOKUNIYASutto目白駅店は、同システムの外部導入第1号店となる。

同時入店10人 認識率95%

赤羽での実証実験のときは入店制限が約3人で認識精度も高くはなく、コンセプトが先行している印象だったTTGの無人AI決済システム。KINOKUNIYA Sutto目白駅店では10名前後の同時来店に対応でき、認識率は約95%になるまで進化を遂げた。天井に設置されたカメラ台数もTTG高輪ゲートウェイ駅店が50台であるのに対し、KINOKUNIYA Sutto目白店は30台で済んでいる(ただしこれはTTG高輪ゲートウェイ駅店は18坪、KINOKUNIYA Sutto目白店は12坪という売場面積の違いも関係あろう)。

入り口にはゲートを設置。現在入店客数の上限は7〜10人

なお、どのお客がどの商品を手に取ったかについては、カメラ以外にもさまざまなセンサー類を使用し、総合して判断しているとのこと。

天井に設置されたカメラ
棚にも重量計のようなものが見受けられる。既存設備に変更なしで導入可能

また技術力向上による精度アップだけでなく、アルバイト1人でも店舗運営ができるレベルにまで使いやすさも磨いているそうだ。

「ソフトウェアをバージョンアップする場合には、まず実験店である高輪ゲートウェイ駅店でテストを行い、実用に耐え得ると判断できたら、ほかの店舗にも展開するという形を取っています。(アメリカの電気自動車会社大手の)テスラの自動車のように、ハードウエアはそのままでも、ソフトウェアがどんどんアップデートされていくような運用です」と阿久津さんはいう。今後、決済種別に現金を加えるなども検討しているそうだ。

KINOKUNIYA Sutto目白駅店はオープン後の手ごたえも上々だ。

「もともと有人店舗だったときと比較して、無人化してからも売上は維持できています。もっとも売上の高い朝の時間帯はビジネスマンの方がぱっと買物を済ませてお帰りになります。日中来店する女性のお客さまは、まだ利用に対して迷いがある方もいますが、一回使っていただけると、次回以降は抵抗なく利用してもらえる印象です」(阿久津さん)

ちなみにKINOKUNIYA Sutto目白駅店の大まかな売上構成比は菓子2割、飲料2割、米飯2割、アルコール1.5割という割合で、食品スーパーよりもコンビニに近い構成になっている。

なお紀ノ国屋は、2010年よりJR東日本グループ入りしており、これまでもエキナカ店舗を運営していたという縁で今回の導入に至った。TTGの無人AI決済システムを導入することで、省人化による店舗オペレーションコストの低減を目指す。

実店舗運営の背景持つテック企業のトップ

TTG代表の阿久津さんは、JR東日本に入社後、駅ナカコンビニNewDaysの店長や、JR東日本ウォータービジネスでのバイヤー、青森でのシードル工房事業、ポイント統合事業の担当などを経て、JR東日本スタートアップの立ち上げに参画、2019年7月にTTGの社長になるという経歴の持ち主。テックスタートアップの代表者でありながら、実店舗運営のバックグラウンドを持つ。

阿久津さんがCVCを立ち上げた背景には、JR東日本という超大企業で感じた「歯がゆさ」があった。「大企業は大きすぎて、スピード感ある意思決定ができません。予算取りで1年かかるようなことは往々にしてありますし、システム発注の仕様決定にも時間がかかる。PoC(Proof of Concept新しい技術や理論が実現可能か、目的の効果や効能が得られるか、などを確認するための検証工程のこと)すら進めることができません」。しかし環境変化のスピードは日に日に早まっている。物事を決定してから数ヵ月以内に着手しないと、世の中の流れ自体が変わってしまいかねない。

「そうであれば、外部の人や企業と連携するのが一番手軽であると考えました。スタートアップ企業も、最後は大企業と組まないとスケール(規模拡大)することができません。そこで、JRがある程度出資して、スタートアップ企業をサポートし、自社にとってもメリットが得られるような体制をつくりたいと考え、CVCを立ち上げたんです」(阿久津さん)

狙うは採算が合わない「マイクロマーケット」

TTGは今後この無人AI決済システムを、月額サブスクリプションモデルで提供していく予定だ。2020年度中にあと数店舗出店の予定もあるという。

JRグループだからといって、エキチカ、エキナカにこだわるわけではなく、「マイクロマーケットで人手不足に悩んでいるようなところをターゲットとしている」と阿久津さんはいう。広い店舗で、従業員が常駐していても採算が合うようなところはターゲットから外している。

過疎化が進み買物難民の悩みを抱える地域、高速道路のサービスエリア内店舗、道の駅のような、商品を買う場所のニーズはあっても、人件費をかけると成立しないような立地への出店を、テクノロジーの力でサポートする。

さらに、非接触がウリの無人AI決済システムは、このコロナ禍で一気にニーズが高まった。

TTGの無人AI決済システムは、もともと省人化のために開発されたもので、現在のような状況はまったく想定していなかった。しかしコロナ禍によって、病院内のコンビニからの引き合いが増えているという。病院内コンビニは、もともと立地的に人を集めにくいうえ、感染対策などを考えると、無人化のニーズは非常に高いからだ。

また、コロナ禍で、アルバイトが集めやすいという話も聞かれる一方、売上が下がっている店舗も少なくはなく、採算を合わせるのが難しくなっている業態も多い。無人決済レジの実用化・一般化は、省人化によるコストダウンで、売上の減少に悩む企業にとっても恩恵を受けることになり得る。現在は、TTG高輪ゲートウェイ駅店、KINOKUNIYA Sutto目白駅店、いずれも従業員1人での運営態勢となっている。米飯や乳製品などは食品販売管理者が常駐していないと販売することができないための措置だが、そういった商品を扱わない場合は、完全無人での運営も不可能ではない。配送トラックが複数店舗を巡回して商品の納品と品出しを行う、「自動販売機」と「コンビニ」の中間のような店舗オペレーションが現実となる日も近い。

重要なのは既存の買物のUIを変えないこと

注目度が高まる一方の無人AI決済システム。阿久津さんは一番の競合をAmazonだと考えているが、Amazonが既存小売業をディスラプト(破壊)してすべてをEC化しようとしている一方、TTGはあくまでも実店舗小売業をサポートするためのシステムでありたいと言う。

「日本の小売業は海外に比較すると現金比率が高く、POSレジとのつなぎ込みが必要であるなど障壁が多い。海外から簡単に参入できる市場ではありません。そういう意味で私たちはかなり先行していると考えています。

駅の中というのは本当にいろいろなお客さまがいらっしゃっていて、6割の方が現金決済を求めるような場所です。モバイルアプリをダウンロードしないと使えないような店舗では、一般のお客さまにはまったく受け入れられません。既存の買物のUI(ユーザーインターフェース、利用者と製品やサービスとの接点のこと)を変えないことが重要です」

2020年11月、TGGはコンビニエンスストアのファミリーマートと無人決済システムを活用した無人決済コンビニ実用化に向けて業務提携を行った。1号店のオープンは2021年春ころに予定されている。

〈取材協力〉

株式会社TOUCH TO GO
代表取締役社長 阿久津 智紀さん

ラインロビングに挑戦したウエルシア「600坪型」最新標準店

狭小商圏の立地で成立するための基本対策が「ラインロビング」である。ラインロビングによって買物目的が増えれば、「ワンストップショッピング性」が高まり、従来よりも小さな商圏でも商売を成立させることができる。ウエルシア薬局は、従来のプロトタイプである300坪型の2倍の売場面積の「600坪型」店舗「平塚四之宮店」(神奈川県)を開店し、最新標準店(プロトタイプ)づくりに挑戦している。(月刊マーチャンダイジング2021年1月号より一部転載)

狭小商圏で成り立つ600坪の最大店舗に挑戦

ウエルシア平塚四之宮店の開店は2020年4月9日。新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が出される直前であった。従来の300坪型の2倍の面積なので、青果、精肉、総菜、弁当、園芸などの新しい商品群をラインロビングしている。車で5分圏内の狭小商圏でも成立する実験店という位置づけである。狭小商圏で成立する600坪型のノウハウを蓄積し、今後は600坪型をプロトタイプとして全国に出店していく方針だという。

初めてラインロビングに挑戦した青果の島陳列

新しくラインロビングした「青果」「精肉」は、客数の増加に貢献している。「青果の購入客は1日100人と、1日の客数700人の7%を占めており、買上率が高い商品です。また青果の1日の買上点数は180点前後と多いので客数増に貢献していると思います」(石庭俊一・店長)

定番陳列の青果と精肉。食品売場の最初に配置されている。鮮魚の取扱いはないが、「塩干」商品の品揃えを充実させている

冷凍食品、日配品、パン売場は、300坪型よりも売場面積を広くし、品目数も増やした。酒類に関しては、焼酎の量り売り、地域一番の缶チューハイ売場、4ℓのウイスキーを10種類以上も品揃えするなど、広くて深い品揃えに挑戦している。

売場面積を大幅に拡大し、品目も増やした日配商品。ボリューム感を維持しながら、廃棄と値引きのロス管理の精度を高めることを最重要視している
冷凍食品も大きく売場を広げたカテゴリー

開店7ヵ月の時点で、食品の売上構成比は42%を占めており、ウエルシア全店の食品の売上構成比22.1%(2020年決算)よりも大幅に、食品の売上構成比を高めていることがわかる。取材時点の1日の客数は700人、客単価2,000円、買上点数8.7点。とくに買上点数が300坪型よりも多いのが特徴で、9~10点に増えるのも時間の問題である。開店直後の売上と客数の伸び率が、従来の300坪型よりも高いそうである。

カテゴリー単位で品揃えの強弱を明確に付けている。コンビニのデザート需要を奪うことを意識したデザート売場。手書きPOPが目立つ
パウチ惣菜も強化している
タンパク質という切り口でゾーニングした陳列

接客を強化する化粧品、調剤、医薬品

売場面積が2倍に増えても、それぞれの売場をまんべんなく増やしたのではない。酒類、パンなどの特定のカテゴリーを思いきり広げている。化粧品、調剤、医薬品のようなDgSの専門性を発揮する売場も大きく広げている。

全文は月刊マーチャンダイジング2021年1月号で!

「ローカルチェーンの価値はもっと高まる」サンキュードラッグ平野氏

日本のドラッグストア(DgS)市場の寡占化が進んでいる。市場規模約7兆7,000億円のうち上場企業14社の売上げは約76%。そんななか、人口約95万人の北九州市で「調剤併設型DgS」を狭小商圏でドミナント展開する「サンキュードラッグ」の平野健二社長に、地域密着のローカルチェーンの「可能性」を聞いた。(聞き手:月刊MD主幹 日野 眞克/月刊マーチャンダイジング2021年1月号より転載)

地域の多くの立地に出店できることが強み

──大手ドラッグストア(DgS)の集約化が進んでいますが、大手小売業の寡占化は今後も進むのでしょうか?

平野 現在、日本では人口の減少が加速し、高齢化が進んでいます。北九州市の「高齢化率(65歳以上の人口の割合)」は30.7%と、日本の市区町村の中でもっとも高齢化率の高い市です。まさに、われわれが商売している地域は、日本の「未来都市」なのです。

人口減少、高齢化が進む日本において、次の10年間の戦略として、全国に多店舗展開することが正解なのだろうかと疑問に感じています。大手小売業が当たり前だと思っている「スケールメリット」は、人口が増え続けていた時代には有効でした。早く多店舗化し、早く大型化することで、空白市場を獲得し、売上と利益の両方を伸ばしていたことは間違いありません。

しかし、1店当りの人口は減り始め、新市場はなかなか生まれません。この10年間でDgSチェーンの「坪当り売上高」は半分以下に下がり、今後も1店当たりの売上高は減少します。多店舗化は将来赤字になるリスクの高い店を増やしていくことになります。今の延長線上だと大手DgSの出店戦略は、近い将来に飽和状態になると思います。

また、ナショナルチェーンは、プロトタイプ(最新標準店)に適した「立地」を選んで、全国に出店しています。しかし、われわれのような「ローカルチェーン」は、ひとつの商勢圏の中のさまざまな立地に出店し、より深く地域に密着していきます。

北九州市のさまざまな立地に出店しているサンキュードラッグ。その高密度展開によって地域医療の「かかりつけネットワーク」の役割を担うことができる

サンキュードラッグの立地は、三方山で一方海の閉鎖商圏です。北九州市内で、サンキュードラッグの店舗数と、「コスモス薬品」さんの店舗数は肉薄しています。しかしコスモス薬品さんは、車で行きやすい「車来店」の立地に出店しています。

一方、サンキュードラッグは「徒歩来店」の立地に出店しています。北九州市内の店舗数はほぼ同じですが、立地が異なります。たとえば、冷凍食品のまとめ買いはコスモス薬品さんでして、お昼の冷食はサンキューで買うので、あまり競合せずに「すみ分け」ができています。大手DgSチェーンと差別化する場合は、立地戦略が重要になります。

半径500m間隔で超高密度出店しているサンキュードラッグ

とくに、地域のローカルチェーンの店舗展開で大切なことは、「店舗密度」だと思います。ナショナルチェーンと1店舗単位で戦えば負けるかもしれません。ですが、ローカルチェーンが密度をつくる戦い方を貫けば、「近さ」という最大の武器が手に入ります。ナショナルチェーンよりも1店舗当りの商圏を更に小さく取る戦略が重要になるわけです。

調剤DgSの高密度出店が「面処方」の最適条件

──狭小商圏DgSを成立させるためには、「調剤」の併設が重要ですね。

平野 そうです。当社はDgS43店(うち28店が調剤併設型)、調剤薬局32店を展開しています。半径500mの狭小商圏で成立するためには調剤はとても重要な役割を果たします。ローカルチェーンの立地戦略による「近さ」という便利性に加え、調剤を併設して地域のヘルスケアの専門性を強化すれば、本当の意味での地域密着型モデルを実現できると考えます。

入口の近くに調剤の待合室、漢方の相談薬局も併設している

人口減少時代に重要になるのは「調剤」です。いま調剤は約8兆円の巨大マーケットです。さらに、これまで個人の調剤薬局が担ってきた調剤市場は、処方せん単価下落によってマンツーマン調剤薬局が淘汰され、集中率の低い「面分業」のDgSの調剤枚数が増えていきます。調剤を取り込むかどうかがDgSの次の10年の成長を決めると思います。

高齢者は1人当り3~4の病院を受診していますので、DgSは複数の病院の処方せんを取り扱って、1人の患者さんを総合的に見ていく必要があります。だからサンキュードラッグは、1kmごとに出店し、500mで来店できる「高密度」の店舗展開をしているわけです。

──地域の医療機関との人間関係、地域医療の担い手と考えると、全国チェーンより地域密着チェーンの方が有利かもしれませんね。

平野 調剤における高密度の店舗展開は、ローカルチェーンに適しています。大型病院の門前だけではなくて、地域に集中的に調剤併設型で店舗展開すれば、大型病院の処方せんと、内科のお薬を一緒に見ることができます。圧倒的な高齢者市場である調剤においては、「歩ける距離」の強みが生きてきます。

今後、DgSで調剤の構成比は上がっていきますが、スケールメリットは減っていくと思います。なぜなら、日本では医療用医薬品の売価が「公定価格」だからです。調剤薬局チェーンが2、3社と言われるアメリカの売価は自由であり、保険会社との交渉力で売価が決まるため、巨大化せざるを得ませんでした。

一方で、日本は公定価格であるため、大手、中小に関わらず売価は一緒です。したがって、大型化するよりも、調剤で選ばれる店を目指すべきです。そのためには、地域の緻密な店舗網や、薬歴を共有する重要性が増していきます。在宅医療に関しても、サンキュードラッグは1kmごとに出店しているため、ローコストかつ迅速にお薬を届けることができます。

結局、ローカルチェーンは、ミニナショナルチェーンになってはいけないのです。エリアを拡大しないで、ディープに地域を深掘りするべきです。地域の人のお役に立つためのお店ならば、決してローカルチェーンは捨てたものではありません。

アメリカよりも敷地の狭い日本では、車を受付口に停車する「ドライブスルー調剤」ではなくて、「ドライブイン調剤」の方が適している

固定客の来店頻度を増やすことが重要

──病気になる前のアドバイスができる管理栄養士の育成にも力を入れていますね。

平野 はい。管理栄養士は、お客さまの「来店目的」をつくる重要なサービスです。現在、「スマイルクラブ」という会員組織をつくり、管理栄養士が地域の患者さんの栄養相談に、週1回の頻度で乗っています。歩数計も記録し、「今月はどのくらい歩いたか?」などのデータを競い合っています。

とても「コミュニケーション能力」の高い栄養士さんが、親切に栄養相談に乗ってくれる

売上=客数×客単価という公式がありますが、1回当りの客単価を上げる論理は、「一元客」が多い大商圏型モデルのもので、狭小商圏型のローカルチェーンでは成り立ちません。ローカルチェーンの場合、新規客は少ないため、1人の固定客の「年間購入額」が勝負になります。年間購入額は、年間客数(=ユニーク客数×来店頻度)と年間客単価(=1回の客単価×来店頻度)の掛け算です。つまり年間購入額は、「来店頻度」の関数なのです。

来店頻度を上げるためには、食品に代表される「購買頻度」が高い商品の構成比を上げることです。2つ目は、「来店目的」を増やすことです。来店目的が増え、来店頻度が上がると「ついで買い」が増え、年間客単価も上がります。したがって、1週間に1回アドバイスを受けるなど、お客さまの来店目的になる管理栄養士の接客には、力を入れるべきです。

狭小商圏で成立するために来店頻度を高めてくれる精肉や青果もラインロビングしている

また、来店頻度は、サービスと商品の幅を広げることでも上がります。人口が減少している北九州では、文具屋、肌着、本屋が減っています。要は、買いたいのに買う場所がないのです。この地域では、カテゴリー単位、サブカテゴリー単位で、無くなったお店の商品をラインロビングすることが重要になっていくでしょう。

地域で買い場がなくなっている「文具」「実用衣料」などもラインロビングしている

続きは月刊マーチャンダイジング2021年1月号で!

  • 調剤併設DgSの処方せんは調剤薬局の5倍の枚数
  • 地域をさらに深掘りするOne to Oneマーケティング
  • ローカルDgS32社、8,000億円をグループ化したSOO

EC、棚チェック、清掃…小売業におけるロボット活用状況[2021年版]

生産性向上のため小売業でも期待されているロボット活用。その小売業における2021年時点の活用状況について、ロボット・自動化分野を長年取材し続けているライターの森山和道氏が解説。今後小売業のどの分野に、どの技術が適用されていくのか。

企業のロボット活用を阻んできた原因は「高コスト」と「技術不足」

既存の製造業以外の分野でのロボット活用が期待されると言われ始めて久しい。しかし実際にはなかなか始まらなかった。主な理由は二つ。高コストと技術不足である。しかしながら技術は徐々にであっても着実に向上していく。ロボットはようやく、それなりに物体を認識し、比較的安定して移動できるようになり、事前マスター登録しようがない多品種商品であってもある程度なら扱えるようになった。使い勝手も徐々に徐々にだが向上し始めている。少なくともメーカーもロボット慣れしてないユーザーのことを意識し始めている。導入においても購入だけではなくリースやRaaS(Robotics as a Service)と言われるモデルが登場し、自社でハードウェアアセットを保有しなくても、ロボットを使ったサービスのみを活用できる社会的な仕組みが構築されつつある。

コロナ禍により新たなフェーズを迎えつつあるロボット業界

こういった変化が、生産性の向上、そして2015年ごろから本格的に深刻化した人手不足時代を背景として、ゆっくり進んでいたのだが、2020年に始まった新型コロナウイルス・パンデミックにより、ロボット活用は今また新たなフェーズを迎えつつある。人手による人海戦術に頼っていた業界でもロボットが使われ始めただけでなく、ロボットの用途として新たに「感染予防」、ひいてはBCP(事業継続計画)が加わったのである。

新型コロナウイルス禍は、ロボット業界にとっては時間加速装置として働いている。業界課題の多くはこれまでも存在していて、やがて来るだろうと思われていたものである。それらの課題が早送りされて一気にやってきた。それが新型コロナ禍の影響だ。そのため、保守的な日本での導入はまだしばらく先だと言われていたようなロボットも2020年には一気に導入される時代となり、ロボットがついに一般人にとっても身近なところに現れはじめた。

最大の導入課題は「既存のやり方にフィットするかどうか」

一例がレストランの配膳ロボットである。どんなロボットでも、特にサービス領域では既存のやり方にフィットするかどうかが最大の導入課題だが、配膳ロボットについては、特にテーブルオーダー式の焼肉屋ではオペレーションに問題なく馴染んでいる。あまりにごく普通に馴染んでいるため、客にとってもほとんど意識されていない。客が「あ、ロボットだ」といった反応をするのは最初の一回だけで、あとは皿を持って来るのだがロボットだろうが人だろうが、ほとんど気にされていない。飲食店ホールにおけるロボット活用はまだ始まったばかりだが、今年が面白い年になりそうだということだけは確実だ。

現状の配膳ロボット活用は属人的要素も大きい。つまりどれだけロボットを使い倒せるかは人によるので、運営側としては今後はおそらく、厨房との連携へと踏み込んでいくものと思われる。そうなると今度はどこまで自動化技術を店舗に入れていくか、考え方の問題となっていくだろう。

全体最適と現場の改善

では小売分野において、積極的な活用が可能なロボット技術、あるいは自動化技術にはどんなものがあるのだろうか?小売の業務は大別すると、「作る」、「運ぶ」、「売る」の3つだ。生産性を上げるためには、それぞれの工程を連携させて無駄をなくして効率化する必要がある。

経営側から見ると、ロボット活用にせよAI活用にせよ、目的は全体の最適化なので、それぞれの工程をまたいだデータ連携・計画立案がもっとも重要なポイントだ。いっぽう現場からすれば、データ連携による効率化よりも、まずは目の前の作業量の負荷を少しでも減らしたいと考えているだろう。そのためには訓練を受けていない人であっても簡単に使える機械でなければならない。両者は必ずしも対立するわけでははない。バランスをとりながら進めていくことが重要だ。

いわゆるAI活用であれば、需要予測による自動発注や販売管理、惣菜の割引幅自動算出や欠品予測などが既に始まっている(NEC、日立、富士通などのシステムのほか、ベイシアとオプティムによるシステム、東急ストアとダイエー、シノプスによるシステムなど)。また決済や広告提示の可能なスマートカートの活用(トライアルによる取り組みなど)、環境固定カメラの活用による無人ショッピング(TOUCH TO GO)等のほか、チャットボットによるリコメンドや商品問い合わせ対応、写真画像を使ったビジュアル検索などなども活用され始めている。

本稿ではとりあえずロボットの活用に話を絞るが、AIとロボットは線引きされるソリューションではなく、相互連携で真価を発揮する。また、製造業で培われてきた業務分析ツールを使えば、負荷が大きい作業や無駄の多い作業の特定やプロセス改善策を具体的に立てて検討することも容易だろう。5S徹底はロボット導入の前提でもある。

高まるECニーズと物流

まず、もっとも今後の活用が期待されるのは小売店店頭ではなく、環境が既に構造化されている物流倉庫になるだろう。EC通販はコロナ禍によって、さらに活発になった。日本国内では今後ますます伸び代があることが予想されている。当然、バックヤードである物流倉庫でのロボット活用は進む。単なる保管だけではなく顧客への直接発送も進むので、いわゆるフルフィルメントサービス、すなわち受注・決済から始まり、商品の管理、検品やラベル貼りなどの流通加工やピッキングからの発送など一連の流通過程すべてにおいて自動化が進むだろう。

物流ロボットは棚を移動させて人のところに持って来る「GTP(Goods-To-Person)」タイプがよく報道されている。コープさっぽろほかが導入している自動倉庫「AutoStore」などもその一つだ。ものは手元までやってくるので人はピッキングステーションに張り付いていればいい。また空間を高密度に活用することが可能なので、より都市部に近い場所に倉庫を持ってくることができる。

MonotaROが笠間ディストリビューションセンターに導入している日立の搬送ロボット「Racrew(ラックル)」などもこの一種だ。従来のピッキング作業に比べて3倍超の作業効率向上が期待でき、搬送設備全体の制御を行うWCSと連携する。日立とMonotaROはシステムのさらなる高度化をめざしており、2022年には約400台を導入するという。

スーパーマーケット最大手のKrogerとネットスーパーのイギリスOcadoによる取り組みもよく報じられている。そのOcadoはコロナによって高まったEC需要を背景に投資を加速。国内でも2020年夏にはイオンとの提携も発表した。千葉市緑区にイオンが建設するネットスーパー専用配送センターにOcadoの技術を導入する。生鮮を含む食品・日用品5万品目を在庫するカスタマーフルフィルメントセンターで、2023年に稼働する予定だ。

だがGTPタイプは初期投資が必要である。そこで、既存の棚倉庫でのピックアップを助ける自律走行搬送ロボット「AMR(Autonomous Mobile Robot)」も活用され始めている。ロボットがピックアップをサポートし、人が歩く距離を限定することで歩行距離を減らすことができる。国内ではGROUNDやRapyuta Robotics、Syrius Japanなどが提供している。レトロフィットを重視する場合はこちらということになる。

さらに、これまでは完全に人手任せだったピッキング業務もロボット化することで、「GTP」をさらに進めた「GTR (Goods-To-Robot)」という考え方も生まれ始めている。一度入庫してしまえば出庫までほぼ無人ということも不可能ではなくなりつつある。

そうなると倉庫自体もロボット・自動化対応を前提とした作りに変わる可能性がある。倉庫内全体の作りもコンベアでどれだけ一筆書きで運べるかを基本に考えるようになるだろうし、将来はさらに自動運転車両と組み合わせることを想定するとなると、倉庫のバース自体から作りを変えることになるかもしれないし、また今後どんどん無人化が進むと、採用の問題がなくなるので、倉庫の立地自体が変化する可能性もある。

ただしECニーズが高いのは都市部なので、店舗と一体化した小規模物流倉庫、マイクロ・フルフィルメントセンターの自動化技術こそが今後もっともニーズの高い本命ということになるのかもしれない。ちなみにNECは自動ピッキングロボットと自動決済を組み合わせたミニ店舗の提案をリテールテック2019で行なっていた。

THKは2019年の国際ロボット展で多様な商品を一つずつピッキングしてケースに入れるロボットのデモを行なっていた。いわば大型で品目の多い自動販売機のような機械だ。こういった機械ならば、EC向け・既存店舗との相性も悪くはないかもしれない。

店舗内の商品棚チェック

問題は小売店舗内での活用である。ルーティーンワークを少しでも機械化できれば、人を違う作業に回すことができる。またロボットが動き回ることで店内の情報を収集できれば、そのデータを利活用することも可能になる。現状では店舗内で何が行われているか正確に把握している人は誰もいない。

ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングスは日本ユニシスと共同で、夜間に商品棚のPOPのチェックを行うロボットの研究開発を行なっている。2018年11月からは「フードスクエアカスミ オリナス錦糸町店」で実際の運用も行なっている。

その後、POPの期限チェックだけでなく商品棚の品切れ検知機能なども開発し、2020年12月には、日本ユニシスから小売店舗の棚チェックを行うAIロボットサービス「RASFOR(Robot as a Service for Retail)」として外部提供も始まった。2021年6月ごろには陳列状況を把握する棚割実態把握機能の追加を予定しているとのことだ。

RASFOR-小売向け自律走行型業務代行AIロボット

国内ではこのような取り組みは珍しい。だが米国ではウォルマートがいち早く、2017年からBossaNova Roboticsの在庫スキャンロボットを導入していた。特に2020年1月には既に導入されていた350店舗に加えて650店舗にロボットを導入すると発表。大いに注目された。

The Future of Retail

この検品ロボット、ウォルマートからは「Auto-S」と呼ばれ活用されていた。ところがその後の同年11月に、ウォルマートとBossaNova Roboticsとの提携解消がウォールストリートジャーナルから報じられた。理由は、新型コロナ禍よるECの増加、サブスクサービス「Walmart+」の開始により、人間の従業員によるピックアップの機会が増え、その時に一緒に棚の在庫管理をしてしまうことができるから、というものだった。

ウォルマートは他に荷下ろしロボットや掃除ロボットなどを導入している。掃除ロボットはBrain Robtics製で「Auto-C」と呼ばれており、2000台近く導入されているようだ。ウォルマートは他のロボット導入を丸ごと切り捨てたわけではない。しかしBossaNovaを切ったことは、業界全体に大きなマイナスメッセージを発することになった。

Autonomous Floor Care for Retail

店舗の清掃

清掃に関しては様々な清掃ロボットが国内でも開発・販売されている。以前よりも自律移動能力、清掃能力も向上している。ただし多くは駅や空港、ショッピングモール、大型ビルの共用部などのハードコートの床を清掃するためのもので、通路がそれほど広くない店舗内での清掃を想定しているものは少ない。

日本の小売店で使えそうな清掃ロボットは、サイズから考えると、ソフトバンクロボティクス「Whiz i」と、パナソニック「RULO Pro」くらいが現実的だろうか。どちらも乾式バキュームだ。特にソフトバンクロボティクスはドラッグストアなどにもロボットを提供している。

ただどちらも店舗で使うことは実のところあまり想定されていないように思われる。既存のロボットをまずは使ってみることも重要だが、むしろ店舗内清掃に適した新たな掃除ロボットを新規開発する必要があるのかもしれない。

売場の自動案内・巡回警備

大型店舗では何がどこに売られているか顧客を案内する業務も発生する。デジタル戦略を進めているカインズは、2020年11月にオープンした大型ホームセンター「カインズ朝霞店」にデジタルサイネージのほか、案内用の移動ロボットを2台導入している。タッチパネルで商品を選ぶとその売り場まで自律移動して案内してくれる。

使用されているロボットはハウステンボス系のhapi-robo stが国内代理店として販売している temi USA inc.の「temi」。ただ、カインズに筆者も実際に訪れて店舗で試してみたが、まだ使いこなせているとは言い難かった。そもそも案内ロボット自体が目立っていないし、操作インターフェースも使いづらい。これはロボットだけではなくデジタルサイネージも同様だった。

このほか大型店舗ならば、警備ロボットによる巡回警備を行うことはできるだろう。SEQSENSEの自律警備ロボット「SQ-2」は空港のほか、一部のビルで実証実験を行っている。Mira Roboticsの遠隔操作警備ロボット「ugo」も同様だ。ugoにはよりシンプルな「ugo Stand」というタイプもある。

また、研究レベルだが巡回ロボットが「マスクをしてない客に店員ロボットが近づいて警告する」といった研究は行われている。将来はロボットによる自動接客が行われるというのもまったく夢物語ではないのかもしれない。

品出しや陳列はまだまだ

在庫の荷下ろしや載せ替え、商品の仕分け、売り場への品出し・陳列等はどうか? これらが最も省力化が望まれている工程だろうが、残念ながらこの工数を減らせる自動機械ソリューションは、ほとんど存在していないので、マニュアルや動線を整理したりするくらいしか効率化しようがない。

使える技術は、せいぜいが荷下ろし作業時の腰痛を防止するためのアシストスーツくらいだ。アシストスーツは、ゴムやバネを活用することで動力を使わないものと、センサーやモーターを積極的に使うもの、それぞれタイプが違う。大雑把に言えば後者のほうが価格は高いがアシストの効果も高い。だが装着は面倒だ。どれを使うかは各現場次第だ。

また、遠隔操作するロボットを使って品出しを行う実証実験を行っている会社もある。Telexistence社だ。同社は自社開発している半自律型遠隔操作ロボット「Model-T」を使って、コンビニのバックヤードでの品出しの実験にトライしている。人間側はロボットにつけられたカメラ画像を見ながらロボットを遠隔操作する。うまくいけば、世界中のどこからでも労働力を調達できるというわけだ。

ローソン「Model-T 東京ポートシティ竹芝店」ではガラス越しのその様子を見ることができる。見ればわかるが、本当にまだまだだ。ただTelexistence社は自らがコンビニフランチャイズオーナーとしてこの店を運営してトライしているので、今後の発展に期待したい。

加工・惣菜作業

店舗での青果や鮮魚など生鮮食品の加工、あるいは惣菜作業はどうだろうか。食品工場では多くの自動機械が導入されている。冷凍・冷蔵環境で使われるロボットもあり、今後の活用が期待されている。

ただ、スーパー等で自動機械を導入するのはやはり難しい。店舗容積の課題もあるが、何よりも業務負荷が平準化されていないことが問題だ。ロボットに限らず機械の効果を最大化し、投資利益率をあげるにはできるだけ一定のペースで使い続けることが重要だ。しかし、そういった仕事が小売店の現場には、あまりない。

前述のアシストスーツ等があまり活用されない理由も同様だ。物流倉庫であればひたすらものを運び続ける作業があるが、小売店にはない。だから試験導入されはしても、継続的には使われない。

ただ近年はスーパーでも人手不足が進むことでセントラルキッチン化が始まっている。各地域のチェーン店全体の作業を1箇所に集約して行うのであれば、食品工場で使われているようなソリューションが活用できるだろう。

調理ロボットは客寄せにも

店舗全体の雰囲気作りのための要素も重要だ。2019年のCESで発表されたWilkinson Baking companyの「BreadBot(ブレッドボット)」は焼きたてパンを焼き続けるロボットだ。1時間に10本焼くことができる。

日本のコネクテッドロボティクスのたこ焼きロボット、ソフトクリームロボットは、イトーヨーカドー幕張店の「ポッポ」で活用されている。ソフトクリームロボットはイベント時の臨時客寄せとしても使われている。

また同社は現在、駅そばロボットに注力しており、こちらはJR東日本グループと提携して導入を進めている。2020年3月にJR東小金井駅の「そばいち」に期間限定の実証実験として導入されたが、2021年1月現在も稼働している。「ロボット」という存在をどう捉えるかだが、こういったものをバックヤード、または敢えて来客からも見える場所で動かすというかたちはあるのかもしれない。

■関連記事

https://md-next.jp/17715

「雇用シェア」支援も!小売業が使える2021年1月版・コロナ禍対応制度

新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)の感染拡大を受け、2020年1月7日に一都三県に緊急事態宣言が発令され、その後、対象が拡大しています。目下、収拾が見えないコロナ禍のなか、「雇用シェア/従業員シェア」と呼ばれている「在籍型出向」の支援強化が予定されています。今回は、こうしたコロナ禍に対応する労務関連の制度の現状について押さえていきます。(※本稿の内容は、1月14日執筆時点のものです。)

コロナ関連で働けなくなった従業員への補償は?

最初に、第2回でも紹介した従業員の休業に関する主な制度を改めておさらいしておきます(下図)。

 

コロナに関連して働けなくなった従業員への休業補償は?

図のうち、①~④は、平時でも運用されている制度で、コロナ禍に対応する場合は次のようになります。

①「労災保険」の給付:従業員のコロナ感染が「労災認定」されて休業する場合に給付
②「健康保険」の「傷病手当金」:従業員が「業務外でコロナ感染」した場合に給付
③「休業手当」:コロナ禍に関し会社都合で休業する場合、「企業」に支給義務が発生
④「雇用調整助成金」:「企業」の申請にもとづき「休業手当」の一部を「国」が助成

そして⑤⑥が、コロナ禍に対応するための特例措置や新制度です。

⑤雇用調整金の助成率引き上げ→1万5,000円を上限に「休業手当」の最大100%を助成(※1)
⑥会社から「休業手当」の支払いがない場合に、従業員が直接国に申請できる「新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金」を創設

なお、繰り返し延長・拡充されてきたこれらのコロナ禍対応制度は対象期間が現状、2021年の2月末までですが、さらに延長される可能性もあります(※2)。

※1:条件を満たした場合。また、平時の水準は、中小企業が休業手当の3分の2、大企業は2分の1などとなっています。特例措置では、中小企業は最大100%、大企業は最大4分の3となりました。

※2:「雇用調整助成金」特例措置の延長について、加藤官房長官が検討中であることを表明という報道がでています(日本経済新聞2021年1月8日)、最新情報は各々下記の厚生労働省の専用サイトをチェックしてください。

【雇用調整助成金(新型コロナウイルス感染症の影響に伴う特例)】
【新型コロナウイルス感染対応休業支援金・給付金】

保護者の有給休暇制度に対する「小学校休業等対応助成金」

ほかにも、コロナ禍で新設された休業に関する助成金として「小学校休業等対応助成金」があります。「小学校休業等対応助成金」は、労基法上の年次有給休暇(一般に有給、年休と呼ばれているもの)とは「別に」、コロナに関する子供の事情で休業する保護者のための「有給」の休暇制度を設けた企業へ助成金を出す制度です。

(なお、年次有給休暇が一般に「有給」と呼ばれることから「休暇」といえば、「有給」のイメージがありますが、「休暇」は「労働義務を免除する」という意味であり「無給」の場合もあります)

コロナに関する子供の事情とは、子供自身がコロナに感染したり、小学校がコロナ対応のために臨時休業したりする場合などです。助成金の額は、上限1万5,000円として支払った賃金の100%です。この助成金は、対象期間が2021年3月末までに延長されることが2020年12月に決定しました。詳細や最新情報は下記をご覧ください。

【小学校等の臨時休業に伴う保護者の休暇取得支援のための新たな助成金を創設しました】

「雇用調整助成金」を実際に利用した企業と支給金額は?

では、こうした支援制度は、どの程度利用されたのでしょうか。昨年の「雇用調整助成金」の利用状況を見てみましょう。厚生労働省の発表(2021年1月12日)によると、累計約218万件、約2兆5,324億円の支給を決定(2020年~2021年1月1日)しています。

また、東京商工リサーチの発表(2020年12月25日)によると、昨年4月~11月までの期間で雇用調整助成金を計上/申請した上場企業は599社(上場企業の15.6%)、計上額は2,414億5,420万円。そして受給額の上位は、コロナ禍で利用者が激減した交通インフラ関連や、インバウンド消失の打撃を受けた百貨店とあります。

実際、旅客運送業の動向を見ると(下図)2020年5月に活動指数が5.4まで落ち込んだ航空旅客を筆頭に鉄道、道路、水運のそれぞれで、(個別業種の生産活動をもとに計算された)活動指数が大きく落ち込んでいることがわかります。

▲出典:経済産業省・ミニ経済分析室・旅客運送業へのコロナ禍の影響とは(2020年12月23日掲載)

一方、百貨店が属する「小売業」は業態別によって影響はまちまちです。経済産業省が2020年10月に発表した、上期の業態別・商業販売額を見ると(下図)、小売業全体は前年同期比-5.3%で、百貨店が同-33.1%、コンビニエンスストアが同-4.5%でした。

しかしそれ以外の、ドラッグストア(同+9.3%)、ホームセンター(同+7.5%)、スーパー(同+3.8%)、家電量販店(同+3.5%)はいずれも前年同期比増となっています。

▲出典:経済産業省・ミニ経済分析室・2020年上期小売業販売を振り返る(2020年10月9日掲載)

つまりコロナ禍において、(従業員を休業させざるを得ず)雇用調整助成金を利用したり、売上が大きく減少している企業と、売上がむしろ増加している企業の両方が存在するということです。

「在籍型出向」の推進による雇用維持制度の検討

こうした状況を背景に、昨年の時点で大規模な在籍型出向(「雇用シェア」や「従業員シェア」などと呼ばれています)の事例も出てきました。

たとえば、ノジマは日本航空や全日本空輸グループから計300人、スーパーのロピアはワタミから400人、イオンリテールはチムニーから45人を受け入れたことが報道されています(日本経済新聞2020年12月1日)。

さらに、イオンリテールはそのうち10人を転籍させたとのことです(なお出向元に在籍しながら出向先で働く「出向」に対し、「転籍」は退職したうえで働くことを指します)。

しかし、事例のような企業間の人の移動は会社同士の連携が不可欠で、簡単ではありません。

それに対し、「雇用維持のための出向」に対する支援が産業雇用安定センターにて行われています。雇用調整の必要にせまられている企業と現状も人手が不足する企業とのマッチングを無料で支援する「雇用を守る出向支援プログラム2020」です。

▲出典:産業雇用安定センター 雇用を守る出向支援プログラム2020紹介サイト(20年9月28日公開)

そして、2020年12月に閣議決定した第3次補正予算案では、「産業雇用安定助成金(仮称)」の創設が盛り込まれました。出向先と出向元の両企業に出向初期費用の一部(10万円/1人)、さらに出向先には運営経費の最大10分の9(上限1万2,000円/日)が助成されるとのことです。

ただし、この制度は、第三次補正予算の成立、厚生労働省令の改正などが必要であり、現時点では「予定」です。現状、想定されている具体的な内容については、「産業雇用安定助成金(仮称)のリーフレット」をご覧ください。

以上、今回は、2度目の緊急事態宣言を受け、直近のコロナ禍に対する主な対応制度についてご紹介しました。コロナ禍関連の制度は繰り返し延長・拡充が行われてきていますので、最新の情報は随時、ご紹介したサイトなどをチェックいただければと思います。

2021年、小売業の重点経営課題は「固定客の長期的信頼の獲得」だ

この図は、筆者が5年程前に作成して発表した「パラダイムシフト(大変化)」のビフォーアフターを比較したものです。5年前は少し早かった理論かもしれませんが、「人口減少」「高齢化」「狭小商圏化」「デジタルシフト」といった未曾有の変化が現実化する令和時代の「変化対応」の重要テーマをすべて含んでいますので、改めて整理してみましょう。

短期的な売上高より固定客の「年間購入金額」と「リピート率」が重要な指標になる

現在、リアル小売業の商圏は「狭小商圏化」が加速しています。理由の第1は「人口減少」と、遠くの店に行きたがらない「高齢者の人口増加」です。またAmazonでなんでも買える時代になり、車で30分もかけて買物に行くぐらいなら、ネット注文を選択する消費者が増えています。必然的にリアル小売業は、「近くて便利」が最大の価値になり、狭小商圏化します。

現在、ドラッグストア(DgS)の商圏人口は1店1万人を切るくらいまで減少しており、近い将来、1店7,000人~5,000人の極小商圏への出店も増えていくと思います。1店の売上高の大きさよりも、商勢圏の店舗網による「小商圏高シェア」がますます重要になります。

狭小商圏化によって、短期特価特売(ハイ&ロー)の販促で浮動客(バーゲンハンター)を広域から集客するような売り方は、ますます廃れていき、EDLP(エブリデーロープライス。毎日低価格)が主流になります。これからの10年間は、狭小商圏に住む消費者をいかに固定客(ロイヤルカスタマー)化するかが重要になります。

短期的な売上高よりも固定客の「年間購入金額」と「リピート率」がもっとも大切な数値目標になります。そのことで、一見客(いちげんきゃく)相手の刹那的な商売から、固定客との長期的な信頼関係をつくる商売に転換することが必要になります。

狭小商圏で成立するにはラインロビングが不可欠

狭小商圏で成立するためには、商圏内に住む消費者の「買物目的」を増やすことが重要になります。そのための基本戦略が、新しいカテゴリー(商品群)を増やす「ラインロビング」です。いろいろな商品が購入できる便利な店になることによって、少ない商圏人口でも商売を成り立たせることができます。

その結果、狭小商圏の立地に出店するリアル小売業の売場面積は必然的に大型化します。DgSの歴史を見ると、大店法の規制時代の1990年代前半に各地で登雨後の筍のように開店した「150坪DgS」(大店法の規制にかからない規模)が、1999年の大店法廃止後に衰退していきました。理由は、新しいカテゴリーのラインロビングに果敢に挑戦した「300坪DgS」にシェアを奪われたからです。

最近の「コスモス薬品」のプロトタイプ(最新標準店)は「600坪型」です。DgS最大手の「ウエルシアHD」も、2020年に「精肉」「青果」「総菜」などの新しい商品群をラインロビングした「600坪型」に挑戦しています。もしかしたらDgSの次の10年のプロトタイプは600坪に大型化するかもしれません。かつての大型化は広域から集客することが目的でしたが、これからの大型化は狭小商圏立地で成立させるための大型化であることが最大の違いだと思います。

押し込み売上よりもキャッシュフローを重視

右肩下がり時代のこれからの日本では、「高値入率・押し込みモデル」は通用しなくなります。小売業の「PB開発」が失敗する最大の原因は、商品部のバイヤーが高値入率主義だからです。「値入率が50%あるから儲かる」と全店に商品を配荷しますが、店頭で不良在庫として滞留し、値下げ、廃棄によって最終的な粗利益率は低くなり、儲からないPBになってしまうからです。これからの商品部のバイヤーは、店頭に配荷した商品の現金化までの責任を持たなければなりません。そのためにも、「値入率」よりも「キャッシュフロー」を重視すべきです。

メーカーや卸売業の営業マンも、「押し込みモデル」から脱却しなければなりません。卸売業の倉庫や店頭への押し込み売上は「架空の売上」です。店頭に押し込むと一時的に売上高は計上されますが、店頭で売れなくて在庫が滞留すれば、再発注がかかりません。需要の先食いにすぎないのです。

「新製品を余分につくって販促金をつけて押し込む」のではなくて、「売れる量だけつくり、流通し、在庫する」という需要予測モデルに転換しなければなりません。かつてのように期末になると、決算対策として商品を押し込む営業マンやバイヤーはもういないと思いますが、押し込んでもいつかは在庫がはけた時代は、完全に終わったと考えるべきです。

「商品軸」のMDから「顧客軸」のMDへ

これからのリアル小売業のMD(マーチャンダイジング)は、「商品軸のMD」から「顧客軸のMD」へ転換することがますます重要になります。そのためには地域の固定客の購買行動やライフスタイルに深く寄り添って、その店を長期的に信頼して利用してくれる「ロイヤルカスタマー」の人数を増やすことが重要になります。

たとえば、従来のDgSの化粧品の売り方は、「商品軸・ブランド軸」の売り方が一般的でした。化粧品メーカーとの「取り組みブランド」や「専売ブランド」を推奨販売し、社内で販売コンクールを実施する方法も、顧客軸というよりも商品軸・ブランド軸の売り方です。販売コンクールで「推奨化粧品」の売上を短期的に大きく増やしたとしても、その推奨品を購入した顧客のリピート購買率が低くて、二度と購入しない顧客が続出し、その店から「離反」したとしたら、むしろ大切な固定客を失う売り方になってしまいます。

推奨品が毎月変わるような「商品・ブランドありきの接客」ではなくて、個人の「肌悩み」やライフスタイルにより添った、ひとりひとりの固定客に対して、よりパーソナルな深い接客を実現することを目指すべきです。

次の10年で間違いなく進む「デジタルシフト」によって、不特定多数の「マスマーケティイング」から、固定客の個別のニーズに長期的に寄り添った「1to1マーケティング」(ワントゥーワン・マーケティング)へ売り方が大きく転換していくと思います。

折込チラシ、紙のクーポンのような不特定多数の販促ではなくて、個人の購買データ、属性情報と紐づいたパーソナルな販促を、スマホにプッシュ通知することができる時代が到来するでしょう。紙のメディアで「パーソナル販促」をしようと思ったら、膨大なコストがかかりますが、デジタルシフトが進めば個別対応の「1to1マーケティング」を低コストで行うことができるようになります。

デジタルシフトというと、機械化が進み、リアル小売業の現場が無機質なものになると思われがちですが、それはまったくの間違いです。デジタルシフトによってむしろ、個人の好みやニーズに対応した、キメの細かい接客や販促ができるようになります。デジタルシフトによって接客や販促が「パーソナル化」していくことも、次の10年の大きなパラダイムシフトだと考えます。

Withコロナによってもパラダイムシフトが加速

2020年は、100年に一度の災禍である「新型コロナウイルス」が発生した歴史的な年になりました。2021年以降も「Withコロナ」の時代が続き、図表で示したパラダイムシフトも加速するでしょう。たとえば、密を恐れる顧客の増加によって、開店前に行列ができるような「ハイ&ロー」型の売り方が廃れ、「EDLP化」が定着していくと思います。

非常事態宣言が発令された2020年の春には、マスク、消毒液そして生活必需品を買い求める顧客がDgSに殺到しました。「マスクはないのか」という過剰な在庫に関する問合せ圧力。DgSの店員がマスクを着けていると、「お前がマスクをしているのに、なぜ販売しないんだ」と怒鳴る客。また、マスクを求めて連日開店時に店頭に並ぶ客の対応に忙殺されて、DgSで働く人達が精神的に追い詰められていきました。早朝から並んでいる人しか購入できない不公平さや、早朝に店頭に並ぶことでさらなる感染拡大を引き起こすのではないかという懸念も指摘されました。
その結果、DgS各社が開店時のマスク・消毒液販売をやめるという告知を行いました。きっかけになったのはサツドラHDの公式アカウントが2020年4月7日にTwitterに投稿した以下の内容でした。

「マスクなどの商品供給が追いついていなく、お客さまには大変ご迷惑をおかけしております。 少しでも多くのお客さまに購入の機会を設けることを目的に、サツドラでは明日8日より原則全店でマスク・消毒液などの「開店時」の販売を中止させていただきます。 ご理解のほどよろしくお願いいたします」。

「短期特価販売」による集客は、開店前に行列をつくり、特定の日に来店客が集中するために、Withコロナ時代の消費者からは敬遠されると思います。

また、Withコロナ時代は、売場づくりが大きく変化します。狭い床面積の店舗に商品と人を詰め込み効率を追求するという日本の店舗の売り方が変わります。ソーシャルディスタンスを保つためには、ある程度余裕を持った通路幅が必要になります。また、「商品の発見のしやすさ」が重視されるようになり、1商品あたりの陳列量が増えます。その結果、店舗で取り扱うアイテム数が減少し、メーカー淘汰が進み、メーカーの押し込み営業ができる余地はどんどん少なくなります。

新型コロナウイルスという災禍によって、店舗で働く人の地位が社会的にも向上していくことも、Withコロナ時代の大きなパラダイムシフトです。医療人などの生活インフラで働く「エッセンシャルワーカー」に対する尊敬の念が高まっていますが、毎日の生活を支える「リアル小売業」で働く人達もまた、エッセンシャルワーカーとして尊敬される存在なのです。

ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス、植物工場スタートアップと新ブランド野菜「グリーングロワーズ」を発表

マルエツ、カスミ、マックスバリュ関東を事業会社とする共同持株会社ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス株式会社と株式会社プランテックスは、12月11日に完全閉鎖環境下で生育をコントロールしながら野菜の栽培を行い、製造から販売まで一貫したサプライチェーンを構築していくことについて基本合意書を締結したと発表した。(ライター:森山和道)

ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングスとプランテックスの提携

ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス株式会社株式会社プランテックスは、12月11日に、完全閉鎖環境下で生育をコントロールしながら野菜の栽培を行い、製造から販売まで一貫したサプライチェーンを構築していくことについて基本合意書を締結したと発表した。プランテックスは20以上の環境パラメータをコントロールして植物を生産する技術を持つ植物工場スタートアップ。両社は共同で、野菜本来の味や鮮度を追求しながら独自の価値を創造することを目的に、商品開発から販売まで一気通貫で行う新たな製造小売業(SPF:Specialty store retailer of Private label Foods)モデルの検討を開始する。ブランド名は「グリーングロワーズ」。緑を栽培する人という意味だ。(プレスリリース

この件について、12月17-19日の日程で開催されたフードテックイベント「Smart Kitchen Summit JAPAN 2020」(主催:シグマクシス、The Spoon)で、ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス代表取締役社長の藤田元宏氏とプランテックスの山田耕資 代表取締役が登壇し、解説を行なった。

スーパーマーケットの提供価値を見直す

ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス株式会社 代表取締役社長 藤田元宏氏

ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングスは首都圏に524店舗のスーパーマーケットを展開している。年商は7,200億円。ブランドはカスミ、マルエツ、マックスバリューの3つだ。藤田氏は「スーパーマーケット事業はこれまでのモデルを作り変えないとダメなところに来ている。新しい人たちと一緒にやり遂げたいと考えている」と述べた。

これまでのスーパーマーケットビジネスは「1箇所で買い揃えられる」というビジネスモデルだった。だが現在、顧客の価値観が変化しており、これまでのスーパーマーケットのビジネスを揺るがしている。すなわちECの台頭である。家にいながら買い物ができ、支払いはスマホでできる。顧客にとっては、それが当たり前になっている。

だが既存のスーパーは来店を起点としている。藤田氏は「カスタマージャーニーがデジタル化し、タッチポイントが多様化するなか、スーパーの存在意義が薄らいでいる。デジタルは店を持たなくても容易に参入できる。リアル店舗同士の競争は終焉を迎えた。今後の成長と持続性を考えるためにはスーパーの提供価値を再度見直し、リソースやパートナーシップを刷新し、ビジネスモデルを作り変えなければならない」と語った。そして「リアル店舗を持つこと自体を強みに変えられるようにサービスチャネルを輻輳化することが重要だ」と述べた。

提供しようとする価値は4つだという。1)顧客に評価してもらえる鮮度、2)商品を通した驚きや感動、3)買い物で豊かさや楽しさを感じてもらうこと、4)生活者との繋がりを感じてもらうことだ。ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングスではこれらの実現を指向し、デジタル技術を活用した「Scan & Go Ignica」、「オンラインデリバリー」などの取り組みを始めている。

それらの取り組みの一環が、今回のプランテックスとの取り組みだ。今は野菜の鮮度や安全性、品種や成分などに様々な期待が寄せられる時代になっている。いっぽう野菜の生産現場では高齢化がいっそう進んでおり、後継者は不足していて、栽培技術の伝承に課題がある。さらに異常気象や自然災害は安定的な供給に支障をきたす。

こうした問題にどうやって対応するべきなのか。この同じ課題を共有していたプランテックスと知り合い、協業に至った。目的は高鮮度な野菜を安定して届けること。そして製造業のように一定品質の野菜を届ける「SPF」モデル、製販一体モデルをつくること。

藤田氏は「今のサプライチェーンは数多くのプレイヤーが分業し、調和することで支えられている。これからは全工程において様々な変革が必要となるが、変革を実行することは全体の調和を崩すことにもなりかねないし、我々だけでは手間がかかりすぎる。そこでプランテックと協業することにした」と背景を解説。そして「野菜の栽培ノウハウを栽培施設にいかし、流通ルートにのせて消費者に届ける。サプライチェーンはコミットメントを共有することで成立する」と語り、新ブランド「グリーングロワーズ」を紹介した。「良い野菜を鮮度の良い段階で届ける。農場と食卓を繋いだときに改めて見えてくる自然環境やフードロス問題をより身近にし、繋がりに寄与する生産をしたい」という。

プランテックスの栽培技術 密閉型環境で20の環境パラメータを調整

株式会社プランテックス 代表取締役 山田耕資氏

プランテックスの山田耕資氏は、同社の技術の特徴について「ハードウェアが密閉されており、中の狭い環境を緻密に制御することができる。植物の成長に影響する20種類の環境パラメータを緻密にコントロールする点が従来の植物工場とは違う」と紹介した。

山田氏によれば一般的な植物工場と比べて、プランテックスの面積生産性は約5倍。工業製品並みの安定収穫重量があり、また成分調整により、植物工場でしか育てられない野菜を生産できる可能性があるという。プランテックスではコントロールされた密閉環境で生育させることで植物自体も緻密に成長し、誤差1%未満の成長に成功している。また屋外では実現できないような環境も実現できることから、植物工場でしか作れないような新しい野菜も作ることができるという。

現在生産しているのはレタス。生産システムは京橋にあり、野菜の一部は「京橋レタス」としてマルエツ勝どき6丁目店の店頭に並べられている。商品には収穫時間も打刻されている。精度や味や成分をコントロールでき、野菜の栄養成分も豊かなものが作れることから「健康につながる野菜」として展開できるという。たとえば、京橋レタスのβカロチン含有量は一般的なレタスの約16倍。特定の成分を増やすだけではなく、どんな成分をどの程度含むか、その組み合わせを変えることもできると考えており、サプリメントの購買層を取り込むこともできるのではないかと考えているという。

山田氏は「面白かったことは、生産性を上げようとすると美味しさも一緒にあがっていった。普通に考えると生産効率をあげると美味しさを落ちていきそうだけど、植物本来のポテンシャルを引き出すことが美味しさにつながるのかなと思う」と語った。

量産工場だけでなく研究開発にも注力しており「葉物以外の野菜についても、新たに『成分調整野菜』を生み出したい」と述べた。同社では研究成果をシームレスに工場で量産できるように考えており、目指すべきは農業の課題解消だけでなく「屋内農業でしかできない新しい可能性の探索」にあると考えているという。時期としては来年度中の早期の拡充を目指す。山田氏は「環境を整えながら一緒に新しい価値を創造する。ぜひご期待をいただきたい」と語った。

大企業とスタートアップの歩調を合わせ、目標共有することが重要

「グリーングロワーズ」のブランディングについては現在、どういう売り場でどういう価値を感じてもらうか、どうやって味わってもらうかなどを考えている段階で、3つの対応を考えているという。1)生の素材として届ける、2)より食べやすいかたちで提供する、3)調理の仕方を店頭で知ってもらいながら提供する。売り場や提供法はこれから考えたいとした。藤田氏は「食べたあとに驚きがないとつまらないものになる。そこに一生懸命切り込んでいかないと売り場もお店も飽きられる」と語った。

これまでになかった鮮度や美味しさを実現するにはサプライチェーンを短くするかショートカットする必要がある。藤田氏は今回の取り組みについて「我々だけでは無理だと考えた。また、新たな価値を作るときには、これまでのリソースやパートナーシップだけでは難しい。刷新することが重要。それが具体的にどういうことなのかは実体験する必要がある。会社としてはそういう価値も見出しながら進めている」と語った。

植物工場はこれまでにも様々な取り組みがあり、あまりうまくいっていないのが現状だ。その中でプランテックスを選んだ理由としては「安定した卓越した栽培技術」を持っていることをあげた。その後の生産物をどうやって流通させるかは裾野の問題だ。藤田氏は「サプライチェーンは様々なプレイヤーがいて、それぞれがリスクを分散している。プレイヤーはどうやって自分のリスクをヘッジするかに一生懸命になる。すると一番川下の消費者に対してどうなのかというところが薄らいでいく」と課題を概観し、「プランテックスが毎日5,000株を作るなら、我々は売り切る。コミットメントを共有することが重要」と語った。

またスタートアップと大企業の協業について「大企業とスタートアップの『歩調の違い』を自覚して、互いに合わせることが重要だ」と指摘した。

「Withコロナ」時代における「業界総資産」拡大のシナリオ

Withコロナの「ニューノーマル」時代の経営戦略は何が重要か?「OODAループ」という、戦争下の意思決定を体系化したマネジメント手法を導入したユニ・チャームの高原豪久社長に、Withコロナ時代への変化対応戦略について聞いた。(聞き手:月刊MD主幹 日野 眞克/月刊マーチャンダイジング2020年12月号より転載)

マスク市場は通年商品1,000億円を超えた

──Withコロナの時代になり、マスク市場が非常に大きくなっていますね。

高原 マスク市場は、生理用品市場よりも大きくなっています。生理用品の対象人口は減少し、生理用品市場は出荷ベースで約800億円強まで下がっていますが、マスク市場は1,000億円を超えています。

市場が1,000億円を超えたマスク

コロナ禍の特需商品であるマスクやウエットティッシュに関しては、フル生産体制でもまだ市場の供給には追い付いていない状況です。改めて、衛生用品を取り扱うメーカーとしての使命や社会的意義を、社員が再認識するきっかけになったと感じます。

個人的には新型コロナウイルスの影響で海外出張もなくなり、一人でじっくり考える有意義な時間が増えました(笑)。この期間、メーカーとしてだけではなくて経営者として、Withコロナ時代に求められる経営戦略・シナリオをずっと考えていました。

そのなかで得た結論は、「やりたいこと」と、「やるべきこと」と、「やれること」を、同心円で一致させるシナリオをつくらなければならないと思ったのです。

私はアフターコロナという言葉を使わなくて、最初からWithコロナと社内でも言っていました。コロナ前に戻るのではなくて、変化を受け入れて、それをベースに戦略を考えた方がいいと思います。

たとえば、マスク市場も突発的に大きくなっているのか、通年カテゴリーとしてこれからも継続するのかは実はわからないのです。そういうわからない未来について議論しても仕方がないと思っています。そうではなくて、社内ではバックキャスティングと呼んでいますが、日本語では「演繹的」に発想して、まずは何をやりたいのかを考えて、未来をつくることが重要だと言っています。

マスクも、どうすれば通年商品になるのかと当社は考えてきました。しかし、ユニ・チャームは返品を取りませんから、オフシーズンになると店頭からなくなっていました。ビフォーコロナの時代はそういう商材だったのです。しかし、返品を取らないから店頭から外されるという言い訳から考えるのではなくて、「やりたいこと」を起点に演繹的に発想すべきです。

「やりたいこと」が通年商品化であれば、マスクで手軽に健康を予防でき、心理的な不安をかなり払拭できるという、Withコロナ時代のマスクの新しい価値を卸売業・小売業様にきちんとコミュニケーションして、年間定番化に納得してもらうことです。これが、「やるべきこと」ですね。

中国依存ではなくて国内生産強化の英断

──2019年3月に、九州に新工場をつくって国内生産を強化したことは、ものすごい先見の明だったと思います。コロナ禍で中国に生産拠点を依存していた多くのメーカーが欠品して、マスクが入らなくなっていましたから。

高原 マスクについてはさまざまなサプライチェーンがありますが、最も強靭なサプライチェーンは、リサイクルだと私は思っています。ですが、その前に、国内で集中して生産する事が最もコストが下がると考えました。

ある程度の規模までいくと、物流コストと関税コストを吸収できるぐらいの生産体制を国内でつくることができます。おっしゃっていただいたように、国内でしっかり集中して生産することができたのは事実だと思います。

マスクは少量生産であれば設備投資も大きくないので参入しやすい商品です。いろいろな異業種が参入してこられました。しかし、最終的に選ばれる商品は品質と機能の優れたマスクだと思います。しかし、品質の勝負というのは、柔らかいとか、薄いとかいうことより、むしろ、きちんとした価値を持っているかどうかですが、見た目ではなかなかわからない。

私が会長を務める「日衛連」でもきちんと規格をつくり、それを満たす商品に対して全国マスク工業界のマークを付けるという活動をしています。消費者に対しても、そのマークが付いていれば安全だという品質を担保するアイコンになっています。

ウイルスを防ぐ機能が最も高いのが、メッシュが細かい「不織布のマスク」というエビテンスも出ています。フィルターがしっかり付いていますから、布製、ウレタン製よりはウイルスの防御機能は高いですね。われわれは、不織布マスクの機能性をもっと訴えていきたいと思います。

──マスクの製造は国内生産ですね。

高原 国内のいろいろな工場に分散しています。実は、九州の工場には、マスクの機械はなくて、大人用紙おむつの製造が中心です。それでも、2019年に九州に工場をつくったからこそ、コロナ禍の状況でも国内の生産体制が安定したと思います。

リモートワークで仕事の価値観が変わる

──Withコロナの時代の変化をどう捉えていますか?

高原 Withコロナで、本社のフロアには現在も半分くらいの社員しか出社していません。3密を避けて働くという空間が「いいな」という感覚は、コロナが収束した後も続くと思います。人がごちゃごちゃいる環境では働きたくないわけです。

また、当社はデジタルトランスフォーメーション(DX)のような変化はあまり得意ではないと思っていましたが、リモートワーク、リモート商談が進んだことで、デジタル化が進展するキッカケになりました。Withコロナによって、変化対応が一気に進むのだと思います。

──体育会的(笑)なユニ・チャームさんの「新製品発表会」もリモート開催になりましたよね。

高原 今まではこの方法がベストだと思っていたことを、改めて考えるキッカケになったと思います。物事は「ゼロ100」ではないのです。熱量の高い従来の当社の新製品発表会は、ユニ・チャームの良さでもありました(笑)。

しかし、リモート商談を体験してみると、リモートで資料を集中して見ながら聞いた方が、参加される方の頭に残るのではないかとも感じました。集合型の発表会だと、雑音もあるし、たまに隣の人から声を掛けられることもありますから。もちろん集合もリモートもプラスマイナスはありますが、良い面はコロナ後も引き継いでいこうと考えています。

──これからの日本は人口も減っていきますし、業界総資産の拡大には製配販が協働して挑戦していくべきですね。

高原 生理用品の対象期間は約40年です。使用時期は月に1回、単価は1ヵ月で約400円前後です。ベビー用紙おむつの使用期間は約3年間です。この2つのカテゴリーは、少子高齢化によって、何もしなければ間違いなく市場は減少していきます。

一方、ペットは少し寿命が延びているので、使用期間は20年弱ぐらいです。大人用紙おむつは10年くらいの使用期間になります。

業界総資産の拡大を考えるときには、1人の人間が生まれてから亡くなるまでのライフ・タイム・バリューという長い期間の体験価値を考えて、それを達成するために、「やりたいこと」と、「やれること」と、「やるべきこと」の3つの同心円で取り組むべきことを明確にすべきです。

「やりたいこと」は業界総資産の拡大

──やりたいこと、やるべきこと、やれることの3つの同心円で、具体的に取り組んでいることを教えてください。

高原 一番大きな概念の「やりたいこと」は、共生社会の実現です。老若男女からペットも含めて、それぞれの自立したライフスタイルで快適に過ごしていくことをサポートしたいと思います。

やるべきことは、企業理念の「NOLA&DOLA(Necessity of Life with Activities & Dreams of Life with Activities)」の実現です。「NOLA&DOLA」には、「赤ちゃんからお年寄り、ペットも含めて、生活者がさまざまな負担から解放される商品を提供し、一人ひとりの夢を叶えたい」という思いを込めています。

NOLAは、必要不可欠の必需品です。一方、DOLAのDはドリームのDなので、必需品というよりもライフスタイルの実現がテーマです。DOLAで一番成功しているのは、中国のフェミニンケア(生理用品)です。月に1回、経血を吸収する必需品としてではなくて、中国では女性自身がそれぞれ自分のライフスタイル(スポーツシーンなどで使用など)を表現するための重要なパーツになっています。

経営戦略における「やりたいこと」は、業界総資産の拡大です。ユニ・チャームとして市場を創造する、新しいカテゴリーを創造する、使用期間を延ばす、使用者を増やす、価格以上の価値を提供する新製品を出すことです。

──業界総資産の拡大のポイントはどこにありますか?

高原 業界総資産の拡大は、金額規模での市場の減少を止めて増加させることです。人口減少の中で市場金額を増加させるための第一は、新しいカテゴリーをつくることです。新しいカテゴリーをつくるためには、新しい消費者をつくらなければなりません。A商品を使っていた人が、Bにスイッチしたのでは金額は増えません。

新しいカテゴリーの創造に関しては、メーカーだけではできません。パートナーの小売業様と一緒に協働して、店頭で新カテゴリーを育成したいと思います。

近年、新しいカテゴリー創造で最も金額的に成功しているのは、「ショーツ型のナプキン」です。新しい客層と市場を創造することで、市場金額のプラスに大きく貢献しています。また、「オーガニック」という新しいライフスタイルを切り口にした生理用品や紙おむつも、純粋なカテゴリー創造ではありませんが、金額の奪い合いではなくて、市場金額のプラスオンに貢献しています。

出生数が減少し続けているベビー紙おむつ市場を下支えしたのは、プレミアムタイプの「ナチュラル ムーニー」だったという自負があります。今年は花王さんがプレミアムタイプの新製品を発売されました。プレミアムカテゴリー全体がさらに盛り上がっていくと思ってます。

また、既存品の切り口を変えてリニューアルすることも市場金額の拡大に貢献します。私が事業本部長だった時代に発売した「ソフィ シンクロフィット」というコンパクトなナプキンがあるのですが、巣ごもりによって使用者が増えています。皮膚との接触面が少ないので快適なのです。シンクロフィットは、テレビ広告よりも、若い世代のSNSの口コミで広がった売れ筋商品ですね。

Withコロナの時代にはシンクロフィットという商品は消費者も喜ぶし、小売業様にとっても利益率が高いのです。シンクロフィットの配荷の拡大は行っていますが、ソフィ ボディフィットの2個パックを安く売るよりも、製配販のすべて儲かる「三方良し」の商品です。

既存品の切り口を変えてヒットしたソフィ シンクロフィット

続きは月刊マーチャンダイジング2020年12月号で!

  • 超高齢社会における介護市場の変化
  • Withコロナの時代の小売業の変化
  • PDCAサイクルからOODAループへ

 

右肩下がり時代に大成長した「ドラッグストア」のゲームチェンジ

筆者が月刊『販売革新』の編集記者を辞めて独立した年は1997年(平成9年)です。若気の至りで、月刊MDという雑誌を個人で創刊しました。無名の人間が雑誌を創刊しても読者が集まるはずもなく、毎月支払わなければならない印刷費と、減り続ける銀行口座の残高を眺めながら、「会社が1年もつかな」と悲観的なことばかり考えていました。

7兆7千億円を超えたドラッグストアの市場機規模

ところが、急成長期に突入していたドラッグストア(以下DgS)の創業者の何人かの皆さんが、月刊MDという新しい雑誌を気に入ってくれて、少しずつ部数が増えていき、経営としても成り立つようになっていきました。当時の月刊MDがDgSの経営者に支持された理由は、薬局・薬店の業界紙・誌はたくさんあったが、DgSという新業態の理論的なバックボーンになる雑誌は存在していなかったからだと思います。

発行から24年目に突入した月刊MDの歴史は、DgSの成長の歴史であるといっても過言ではありません。販売革新の編集記者時代も含めて、30年以上にわたって定点観測してきたDgSの急成長の物語を簡潔に整理してみましょう。

日本のDgSの市場規模は約7兆6,859億円(2019年度。日本チェーンドラッグストア協会調べ)。株式を上場している14社のドラッグストア(以下DgSと表記)の2020年の総売上高は約5兆9,000億円で、DgS市場の約76%を占めています。DgSの店舗数は全国2万店を突破し、コンビニの5万8,000店(2018年)に次いで店舗数の多い業態です。

DgSが急成長した時期は、総合スーパー(GMSともいう。イオン、イトーヨーカ堂、ダイエー、西友など)、スーパーマーケット、ホームセンター、コンビニよりも遅く、右肩上がりの高度成長が終わった1990年代(平成時代)の前期から中期にかけて成長が始まっています。

とくに平成後期の10年間の成長率はすさまじく、10年間で市場規模が2倍強も拡大しています。現在の売上高トップ3の「ウエルシアHD」は4.4倍、「ツルハHD」は3.3倍、「コスモス薬品」は3.9倍も2009年から2020年の11年間で売上高を増やしています(図表1)。

図表1 主要ドラッグストアの売上高推移(単位100万円)

一方、DgSよりも前に成長した総合スーパー(日本型GMS)、スーパーマーケット、ホームセンター、コンビニの業態としての売上成長率が、この10年間は横ばいもしくは減少しているのとは対照的です。DgSは、日本でもっとも最後に登場し、平成時代の後期に大成長した「総合業態」であるといっていいと思います。しかも、太平洋戦争後の店不足時代とは異なり、全国津図浦々に多くの業態が店舗展開していたオーバーストア時代にDgSは大成長したのです。

平成バブル崩壊時代にDgSの急成長が始まった

筆者が独立した1997年当時は、「平成バブル経済崩壊」の真っただ中でした。1997年は「山一証券」が経営破綻した年であり、世にいう「平成バブル崩壊」が始まった時代にDgSの急成長期が始まっています。DgSの業界団体である「日本チェーンドラッグストアストア協会(略称JACDS)」が設立されたのは1999年のことです。

平成バブルが崩壊した1990年代末期(平成前期)~2000年代の前半(平成中期)には、第二次世界大戦後の高度経済成長とともに大成長を遂げた日本型GMS(総合スーパー)のダイエー(2004年に産業再生法適用)やマイカル(2001年9月に経営破綻)がそれぞれ経営破綻した時代でもあります。

まさに昭和時代の小売業の王様だった総合スーパーが急速に衰退していった時代がバブル崩壊後の平成前期~中期でした。そして小売業の主役が交代するかのように、DgSの急成長期が始まったのです。

山一証券が経営破綻した1997年は、日本の小売業の総売上高が約147兆円とピークを迎えた歴史的な年でもあります(商業統計から引用)。つまり、日本の小売業の高度経済成長が終わり、右肩下がり時代が始まった分岐点の年が1997年です。その20年後、小売業の総売上は約130兆円と、ピークから約15%も小売業の市場規模が減少しています。

給料も売上もどんどん増えた昭和時代の大手小売業は、「巨艦主義」「売上至上主義」でした。当時のダイエーやマイカルは、土地の価格が値上がりし、売上も右肩上がりに伸びていた時代に、土地を担保に巨額の借り入れを行って、巨艦店舗を続々と開店していました。右肩上がり時代は、多少無理な投資をしても、人口も売上も増えるので、「いつかは売上が増えて投資回収できるさ」という楽観的な経営だったといっていいでしょぅ。

戦後の小売業をリードしたダイエーの創業者である(故)中内功氏の口癖だった「売上がすべてを癒す」という言葉は、右肩上がり時代の経営の価値観を象徴しています。しかし、平成バブル崩壊によって「土地の価格も売上高も下がる時代」に突入し、昭和の大手小売業の多くは、この時期に衰退していきました。まさに小売業の主役か大きく変わる「ゲームチェンジ」がこの時期に進行していたのです。

売上至上主義からROA主義へ

一方、DgSは昭和時代の小売業と異なり、「少ない投資を短期間で回収する」というビジネスモデルでした。これがDgSが右肩下がり時代に成長できた大きな理由のひとつです。DgSの第1次の勃興期の1990年代前半の150坪DgSの経営者は、「商品代金と土地・建物を合わせて初期投資1億円。1年目で3億円売って初期投資が3回転し、開店3年で初期投資を回収する」という非常に投資回収の早い経営を実践していた。

ちなみに1989年(平成元年)に400億円を投じて開発された「マイカル本牧」(現・イオン本牧)という超大型ショッピングセンターの投資回収期間は100年後という試算を見て、月刊『販売革新』の記者だった筆者は、腰を抜かしそうに驚いたことを今でも覚えています。今では無謀な投資と思うかもしれないが、バブル経済に浮かれていた昭和末期の時代には、同様なプロジェクトがいくつも実行されたのです。

また、昭和時代の小売業が、土地の値段は上がり続ける「土地神話経営」なのに対して、DgSは土地・建物を自己所有する割合は低く、基本的には家賃を支払って出店する方法によって大量出店を可能にしました。

土地・建物を自己所有しないので、大量出店が容易であると同時に、不採算店の閉店も比較的容易にできました。総合スーパー(日本型GMS)が長期低迷している理由のひとつが、不動産の長期契約に縛られて、そう簡単に閉店できないことです。DgSは、不動産の長期契約に縛られず、スクラップ&ビルドがやりやすい「柔軟性のある経営体質」だったといえます。

「投資に対するリターン」という企業の収益性(儲け)を表す経営指標であるROA(リターン・オン・アセット。総資産対経常利益率)は、10%を超えていれば収益性が高い(儲かっている)と評価される中で、上場DgS企業14社中8社のROAが10%を超えています(図表2)。スーパーマーケットで売上最大手の「ライフコーポレーション」の2020年2月期のROAが3.08%(経常利益÷総資産×100で算出)と一桁であることと比較すると、DgSの収益性(儲け)は高いのです。

平成中期の右肩下がり時代になり、企業経営は「売上高」よりも「ROA」が重視されるようになっていきましたった。まさにDgSは右肩下がり時代の経営の申し子だったことがわかります。

図表2 ドラッグストアのROAランキング(%)

小商圏・ドミナント出店で大型店のシェアを奪った

DgSが右肩下がり時代に成長できた理由の第2は、「小商圏のドミナント出店」です。大量出店を開始したDgSは、まずは小商圏立地で成り立つ便利な店を目指しました。便利な店になるために、医薬品だけでなくて、化粧品、日用雑貨さらには食品と、積極的に取扱商品を拡大(ラインロビング)しました。

取扱商品を増やすことによってDgSでの「買物目的」が増えて、消費者の来店頻度が高まり、1世帯当たりの支出金額も増えて、少ない人口でも成立する便利な店になりました。また、1店舗で何十億円も売るような繁盛店を目指さず、一定の売上に達したら、近隣に店舗を出店し、自社競合によって意図的に1店舗の売上を下げるドミナント(高密度)出店を進めました。

2000年代の初期に、コスモス薬品の店舗を訪問したことがあります。当時の宇野正晃・社長(現会長)は、当時の人口約4万人の宮崎県の日南市に300坪型のDgSを開店して非常に繁盛していまし。しかし、コスモス薬品はすぐに同一商圏内に2号店を開店ました。2店が集まることで商圏が広がり、2店ともに繁盛しました。しかし、さらに同一商圏に3号店を開店し、1店当たりの商圏人口を1万数千人にまで減少させました。「もうこれで終わりかな」と思っていたら、その後4号店を出店して驚いたことを今でも覚えています。

とくに郊外型のDgSは、当初から商圏が重なるような高密度の「ドミナント出店」を徹底しました。総合スーパー(日本型GMS)のように、1店1店の売上高はそれほど大きくはありませんでしたが、商圏内に大量出店した「店舗群」の市場占拠率(シェア率)を高めることを重視しました。1店舗の売上高よりも、店舗群の「地域内シェア率」を重視したことが、驚くほどの大量出店を可能にしました。現在DgSの1店舗当たりの商圏人口は平均1万人を切っています。

DgSは、日本型GMS(総合スーパー)や総合ディスカウントストアのような大商圏の繁盛店を取り囲むようにドミナント出店し、カテゴリー単位で薄皮を剥がすように繁盛店の売上高を奪っていったのです。

法律と消費者の変化がゲームチェンジを起こす

DgSのような新しい業態が誕生するトリガー(引き金)は、(1)法律(競争環境)の変化と、(2)消費者の変化です。DgSが急成長を始めた時期は、「再販制度」と「大店法」の撤廃という大きな法律の変化が起きた時期でもあります。

1997年に化粧品と医薬品の再販制度が撤廃されて、化粧品と医薬品の安売りが加速したことも、当時のDgSが大きく売上高を増やした大きな原因です。「サンドラッグ」のようなディスカウント型DgSは、カウンセリング化粧品(制度化粧品ともいう)を、定価(メーカー希望価格)の20%引き、低価格競争の最盛期には定価の30%引きの安さで販売しました。当時のDgSの店頭に行くと、「カウンセリング化粧品定価の〇割引」という大きなPOPが氾濫していました。

また、1999年に「大店法」が廃止されたことも、DgSの急成長を後押ししました。大店法緩和以前のDgSは、大店法規制にかからない「150坪DgS」が主役だった。医薬品と化粧品の延長線上の品揃えであり、HBC(ヘルス&ビューティケア)の専門店であった。150坪DgSは、スーパーマーケットとはあまり競合していませんでした。

しかし、大店法廃止後は、300坪を超えるスーパードラッグストアの開発が加速し、食品などの新しいカテゴリーを積極的にラインロビングした現在のDgSの原型がつくられました。法律の変化が新業態をつくったのだと思います。

新業態を生み出す2番目の変化が「消費者の変化」です。DgSという業態は、「パーソナル消費」の受け皿であり、「ファミリー消費」が主体の昭和時代には業態として成立する環境が整っていませんでした。だから、昭和時代にDgSという業態は誕生しなかったのです。

健康でいたい、美しくあり続けたいという個人の「パーソナル(個別)」な生活向上に関する欲求と市場が、1990年代に入って非常に大きくなりました。たとえば、シャンプーなどの「ヘアケア」売場は、日本型GMS(総合スーパー)が急成長した1970~1980年代前半の頃は、90cmの棚1本の売場で十分でした。シャンプーのブランド数も少なく、家庭の風呂場にシャンプーが1本あり、それを家族全員で使っていた。まさにファミリー消費の典型です。

しかし、1990年代(平成時代)にはいると消費者のパーソナルな欲求が強くなり、その変化に対応するように消費財メーカーは、ブランドの種類をどんどん増やしていきました。メーカーのマーケティング担当者は「セグメント」という言葉を好んで使いますが、消費者の細分化した個別のニーズに対応した新商品が毎年のように登場しました。

へケアであれば、「ダメージケア」「ボリュームアップ」「ヘッドスパ」「ノンシリコン」「ヘアカラーリンス」などのセグメントを細分化し、ブランド数、品目数も増えていきました。1980年代前半は棚1~2本で十分だったヘアケア売場も、比較にならないほど広くなり、最近のDgSのヘアケア売場は最大で棚14本もあります。そして、現代の風呂場には母用、子供用、父用と複数のシャンプーが置かれるようになり、個人の好みでシャンプーを使い分ける時代になりました。

「ファミリー消費」が主体の昭和時代には業態として成立する環境が整っていなかったから、昭和時代にDgSという業態は誕生しなかったのだと思います。つまり、消費のパーソナル化という消費者の購買行動の変化が、DgSという業態をつくったのです。日本はこれから「人口減少」「超高齢化社会」に突入し、胃袋(食べる量)の数も容量も少なくなります。しかし、DgSがターゲットにしている健康でいたい、美しくあり続けたいという根源的な欲求に応えるHBC市場は、人口減少時代でも成長する数少ない市場(マーケット)であると思います。

冒頭に掲示した図表1は、主要なDgS企業の2009年決算期と2020年決算期の売上高を比較し、この11年間で売上高を何倍に増やしたかを示したものです。この11年間で売上高を大きく増やした企業が「クスリのアオキ(6.1倍)」「ウエルシアHD(4.3倍)」「コスモス薬品(3.9倍)」「ツルハHD(3.3倍)」です。一方、2009年には断トツの売上高1位だった「マツモトキヨシHD」は過去11年間で1.5倍増とやや伸び悩みました。過去11年間のDgSの売上高順位を見ても、この時期にもゲームチェンジが起こったことがわかります。

次の10年も、「Withコロナ」「DX(デジタルトランスフォーメーション)」という劇的な変化が起きます。DgSに限らず、「リアル小売業」は変化対応しなければ、次のゲームチェンジの敗者になると思います。ダーウィンの進化論ではないが、現在の売上規模の大きな企業が生き残るのではありません、変化に対応できた企業だけが生き残ることを許されるのです。

次の10年もまた、平成の価値観がまったく通用しないゲームチェンジの時代が始まることは間違いないと思います。変化に対応して、ゲームチェンジの主役になるのか?変化対応できず、衰退の道を進むのか?DgSもまた、平成の大成長の成功体験を一度リセットして、「トランスフォーメーション(痛みを伴う改革)」に挑戦できるかどうかが、次の10年の主役を決めるような気がします。

[この原稿は、筆者がかつて在籍していた月刊『販売革新』の新創刊号にOBの1人として寄稿した原稿を再編集したものです]

2004年の「同一労働・同一賃金時代の幕開け」特集からの示唆

「同一労働・同一賃金」時代の幕開け―これは、さかのぼること16年前の2004年、筆者が当時、編集記者として在籍していたチェーンストア経営専門誌『月刊 販売革新』における特集のタイトルです。働き方改革法対応の一環として語られることが多い「同一労働同一賃金」ですが、16年前に組まれたこの特集の内容から企業が目指すべき姿を改めて考えていきます。

非正規社員にも賞与・退職金払うべき?揺れる判決

働き方改革法(※)における「同一労働同一賃金」が2021年4月に中小企業にも適用となります。MD NEXTでも、その内容については何度かお伝えしてきました。

「パートタイマーだから正社員より待遇が悪い」はNG?

パートタイマーへの「手当」はどこまで必要?

上記も含め、2020年10月には次々と関連する最高裁の重要判決が下されました。表にまとめたのがこちらです。

特に、上2つの事案では、賞与や退職金の支給について「一定の額は、非正規社員にも支払うべき」とした高裁の判決を覆し「不支給でも問題ない」としたため、ニュースでも大きく扱われました。

こうした「訴えられないライン」となる裁判所が示すルールや見解を押さえておくことはとても大切です。一方で、裁判は「個別の事情」によって判断が異なり、今回のように覆ることもあります。

ですから、法律や判例をふまえ、パートタイマーや正社員、契約社員など雇用区分を超えて、「自社で働く従業員」の賃金をどのように決めるか「軸(理念)」をもっておくことが、より大切だとも言えます(それが結果的に「訴えられないこと」にもつながるでしょう)。

※正式な法律名称等は長いため、本稿では通称を使用し、正式名称についてはまとめて本稿の最後の注書きに列挙します。

ILOが提唱した「同一価値労働同一報酬の原則」

そこで、今回紹介したいのが(一連の法律がなかった)2004年4月に『月刊 販売革新』で組まれた「『同一労働・同一賃金』時代の幕開け~パートタイマー『責任と賃金』のアンバランスを解消しよう!」という特集です。

16年前に「同一労働同一賃金」?と不思議に思われる方もいるかもしれません。日本でパートタイム労働法が改正され「差別的取り扱いの禁止」「均衡待遇の推進」などの規定が盛り込まれたのは2007年、働き方改革法やそれに伴って「同一労働同一賃金ガイドライン」が規定されたのは、2018年のことだからです。

しかし、広義の「同一労働同一賃金」は以前からある概念で、ILO(国際労働機関)が「同一価値労働同一報酬の原則」を盛り込んだ第100号「同一報酬条約」を規定したのは1951年のことです。ただし、日本も批准しているこの「同一報酬条約」は、主に男女間の賃金格差是正を想定したものでした。

本特集はILOが想定する男女間の格差ではなく、近年まさに働き方改革法によって是正しようとしている「正社員とパートタイマーの格差」を問題としています。

こうした意味で、とても先進的だったと言えますが、残念ながら、このタイトルのように企業主体での「同一労働同一賃金」時代の幕は(後述する一部先進企業などを除き、少なくとも日本全体では)開けなかったと言えるでしょう。

それから十数年の時を経て、国主導で(働き方改革法によって)「同一労働同一賃金」時代の幕を開けようとしているのが、現状なのです。

「役割と賃金」のアンバランス解消に必要な報酬哲学

さて、問題提起、対策、事例などで構成された本特集は、当時、チェーンストア経営で主流となりつつあった「販管費抑制策としてのパート比率の引き上げ目標」に警鐘を鳴らしつつ、あるべき「人材マネジメント」を実施するための対策を提示したものです。

コンサルタントの小杉一夫氏による対策提言「新しい時代に求められる『報酬哲学と責任分担』の再設計~『役割と賃金』のアンバランスを解消せよ!」では今でも、参考になる内容が多く記されていますので、紹介していきましょう。

まず、賃金は「経営からのメッセージ」だと説明。この点、筆者は完全に同意見です(以下、引用は【】)。

【フルタイム社員の月給であれ、パートタイマーの時給であれ、賃金は仕事を行った人への金銭的報酬である。経営が報酬哲学として、各人に期待すること、大事にすること、奨励することなどのメッセージを具現化したものが賃金になる】

そして、賃金を性格によって、3つに分類しています。

【仲間として、長く勤め企業価値を理解・共有化することを重視したメッセージがある年功給。技能・スキルを上げ、効率的・効果的な仕事を担うことを重視したメッセージがある能力給。これらは個人の属性を重視したものだが、対局にある仕事の属性である仕事の責任を重視したメッセージがある役割給(仕事給・職務給)がある。】

そのうえで具体的な賃金設計の方法を次のように述べています。

【これらの賃金要素を全体の時給のなかで占める比率とともに設計していく。すべてを役割給の1つにする必要はもちろんない】

つまり役割給(仕事給・職務給)をベースに賃金を決定する(雇用形態としては「ジョブ型」と言われる)ものが、「同一労働同一賃金」に最も親和性が高いものであることはたしかですが、最初からそれだけにこだわる必要はないということです。(「同一労働同一賃金ガイドライン」においても「能力や経験」「業績や成果」「勤続年数」「勤続による能力向上」に応じて基本給を支払う場合が例示されています。)

本記事では具体的な決め方の例として

【それぞれの責任の重さに応じて役割給部分を増減させて時給を決めていく】
【責任の重さは3つの責任項目である<知識・ノウハウ・経験の難しさ>と<取り組む課題の工夫>と<仕事をする上での自由裁量全般>を数値化した総和でとらえていく】

としています。

こうした決め方はもちろん一例で、もっとも大事なのは

【パートタイマーに対して賃金に込められたメッセージを明確に伝えることが必要である。】

という部分です。

パートタイム・有期労働法で、事業主の説明責任が新たに規定されましたが、「聞かれたら答えなければいけないもの」というだけでなく、「賃金」という従業員に対するメッセージをどのような内容にするか考えることが大切なのです。

いち早く「同一労働同一賃金」に目覚めた小売業各社

続けて、本特集の事例の1つ、イオンの施策を見ておきましょう。当時の施策が【正社員とパート社員の資格統一で「同一労働同一賃金」を原則に、正社員とパート社員の賃金格差も縮小させた。同じ資格で業務成果も同等なら、転勤の有無など雇用条件による格差は残るものの、正社員に準ずる賃金が支払われる】と紹介されており、まるで「同一労働同一賃金ガイドライン」の事例のようです。

さらに【基本的に年齢給を廃止】とありますから、ガイドライン以上に厳格な(「職務給」重視型の)同一労働同一賃金制度と言えるでしょう。そして、本特集からいったん外れて、先進企業事例を集めた「多様な人材活用で輝く企業応援サイト」などを見ると、他業種よりも先進的な小売業各社の姿が目立ちます。

たとえば、2008年度より、正社員とパートタイマーと同じ人事制度を開始し、雇用形態にかかわらない評価、賃金制度を実現しているエフコープ生協、パートタイマーにも「資格等級制度」(2011年)「職務能力評価制度」(2012年)を導入、正社員と同水準の給与設定としたフレスタ(※)などです。

※フレスタホールディングのその後の取り組みは『月刊マーチャンダイジング』2019年8月号にも事例として取材記事が掲載されています。また、同2018年8月号に掲載されているカメガヤも「同一労働同一賃金」の理念実現をいちはやく目指した企業事例です。

リスクに対する最善の方法が人材投資である

こうした先進企業の(法対応のために実施したのではない)「同一労働同一賃金」の取り組みを改めて見ると、法律に対応する(訴えられない)ためにはどうするか?という視点だけでなく、わが社の「人材戦略」をどうするべきか、という視点の必要性が見えてくるのではないでしょうか。

最後にそうした思いを込めて、経済評論家 故・磯見精祐氏による「問題提起:パート比率85%時代に向けた組織構造改革の問題点~年金改革と余剰正社員の対策は5年後を想定して立てよ!」の記事から以下の文を紹介し、本稿を締めます。

【世の中、何が起こるかわからないというリスクに対する最善の方法は、利益を蓄積しておくことです。そのための経営資源で小売業、サービス業にとって最重要なのは人材です。】

【改めて組織構造を考えるときに、人材マネジメントは、人を生かすことを考えてこそ正当性があると、30年前にドラッカー教授が指摘していたことを思い出してほしいものです。】

※<法律についての注>
「働き方改革法」:働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律。なお、本法における「同一労働同一賃金」とは、パートタイム・有期労働法と派遣法における、雇用形態による不合理な差別を禁止する部分です。
「パートタイム労働法」:短時間労働者の雇用管理の改善に関する法律
「パートタイム・有期労働法」:短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律
「同一労働同一賃金ガイドライン」:これは案の時点の名前で、指針化された際「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針」と改称されましたが、案時点の名称が通称となっています。
男女雇用機会均等法:雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律