「スマホ」と「レジ」が生産性向上の切り札となるか

「スマホの活用」と「レジの省力化」。コンビニの“今”を語る上で外せないテーマが、この二つである。既存店の売上高伸長率が頭打ちとなる一方、人件費の上昇が続いている。チェーン本部に求められている政策が、店舗の売上をオンさせる、あるいはコストをダウンさせる新たな仕組みづくりだ。コンビニ3大チェーンが、導入と改革を図るスマホとレジ。最新の取組みを整理する。

“飛び道具”スマホの活用で売上オン

全国6万店弱、客数約900人、客単価600円前後、日常生活にすっかり根付いたコンビニが売上をオンするなど至難の業である。来店客数も買上金額も、地道な改善により1%が増減する世界。その厚い壁を壊す取り組みが、「スマホアプリを活用した商品の受注」である。

ローソンは店舗での取り置きサービス「ローソンフレッシュピック」、セブンは店舗からのお届けサービス「セブンネットコンビニ」を推進する。

フレッシュピックは、生鮮三品を中心に、日配品、菓子、調味料、ドリンク等、スーパーマーケットで手に入る商品の購入が可能となる。専用アプリをダウンロードし、カテゴリーごとに分類された商品の中から好きなものを選択してカートに入れる。受け取り日時と店舗を指定して確定し、会計用のバーコードが専用画面に付与される。朝8時まで予約をすれば、当日の(遅くても)18時までに指定するローソン店舗で商品をピックアップできる。

「フレッシュピックはスマホの利用により無限のSKUを展開できる。お客様は、家で待つ必要もなく、遠いお店に行く必要もなく、夕方に近くのローソンに取りにいくだけで無駄のないサービスを受けられる」(ローソン代表取締役社長 竹増貞信氏)

加盟店には、ほとんど負荷が掛からず売上を計上できる。発注も陳列も不要であり、生鮮品を扱っても廃棄の心配もいらない。現在は東京と神奈川200店舗において、仮説、実行、検証を繰り返し、今年度下期になってから首都圏から拡大を図っていく。

ローソンフレッシュピックの商品。センターで袋詰めされウォークイン(ドリンクのバックヤード)に納品される。店舗の負荷はほぼなし。

セブンのネットコンビニは、札幌地区の15店舗で昨年10月にスタート、本年7月に市内100店舗に拡大し、19年度上期に北海道全店(約1000店舗)、同年度下期に順次全国に展開させていく。

専用のアプリに配達可能な近隣のセブン店舗が表示され、お客は店舗を選択し、個店ごとに異なる2800品目の中から選択する。注文を受けた店舗は従業員が商品をカゴに入れ、セブン専用の宅配業者(西濃運輸の子会社)に渡して、業務は完了する。配送車はドミナント内の複数店舗を受け持ち、集荷にあたり、依頼主に配達する。代金は代引きで当面は現金のみ。

現状は基幹システムと連動させず、POS情報が反映されていないため、従業員が商品の有無をチェックし、欠品が生ずれば、店側からお客にショートメールで返信して代替商品は必要か判断を仰ぐ。北海道地区では、配達料は216円(税込み)、注文は1,000円以上、3000円以上は配達料は無料とした。配達時間は11時から20時まで、1時間毎の指定を受け、最短2時間でお届けする。この実験により、少なくても日販2円のプラスが実証されたという。

アマゾンを代表とするEコマースに対してセブンのネットビジネスは、どこに強さがあるのか。オペレーション本部デジタル戦略部統括マネジャーの新居義典氏は次のように説明する。

「全国約2万店を在庫拠点と見なすと1,500億もの在庫金額がある。お店の在庫を有効活用することによって、お客様に一番早く、お届けを実現できるのではないかと考えた。もう一つの強みは私どもの商品。朝昼晩の食シーンのご提案が可能であり、水、米、トイレットペーパー、最寄り品と言われる商品を手頃な価格で用意している。拠点と商品。これを活かすことによって、一番効率的なお届けビジネスを考えたのがセブンネットコンビニである。」

「お客様にとって便利って何? と考えたときに、いつでも頼める、しかも最寄りのセブンから、どこにいても頼める、これが原点である」(セブン-イレブン・ジャパン 古屋一樹 社長、セブンネットコンビニの会見で)。

ネットビジネスに関して回り道をした感のあるセブンだが、“アマゾンエフェクト”に対する解答は、(人時を含む)既存店舗の活用と、配達業務の専用化である。問題は加盟店の負荷であるが、売上が見込めて、オーナーの納得を得られたと判断したのだろう。

ストレスフリー、人時削減でレジは省人化

スマホの活用とレジの省力化。その二つを掛け合わせたシステムが、スマートフォン専用アプリを使用したセルフ決済サービス「ローソンスマホペイ」である。ローソン店内において、お客自身で商品バーコードをスマホのカメラで読み取り、専用のアプリ上でクレジットカード、楽天ペイ、Apple Payを使って決済する。退店時に、スマホに表示されたQRコードを店頭に設置された専用読み取り機にかざすことで、決済済みであることを確認し、電子レシートを表示することができる。都内の3店舗(晴海トリトンスクエア店、大井店、ゲートシティ大崎店)にて4月23日から5月31日まで実証実験をする。

ローソンスマホペイは、店内の商品を手に取ってバーコードを読み取り精算が済む、最後に、専用レジで決済済みを確認し、電子レシートが発行されて完了する。

日中の時間帯はスマホペイと有人レジの併用により混雑が緩和されている。会計に費やす時間を計測すると、スマホペイはレジ待ちする既存の会計と比較して、およそ3分の1に時間短縮が実現できている。お客にとってのストレスフリーだけではなく、混雑時に入店を取り止めたお客の「機会ロス」を削減する効果もある。客数の少ない深夜帯においては、従業員のレジ作業が軽減され、レジ無人化も実現できる。

レジの省力化について、ファミリーマートは本年度、効果が見込める店舗に1000台の「セルフレジ」を導入する。ピーク時は、キャッシュレスによるセルフレジにより、お客の流れも速くなり、列に並ぶストレス緩和に効果を発揮する。1台につき1日1人時の削減効果があるという。

ローソンは本年度、全店に「自動釣銭機付きPOSレジ」を導入する。商品のスキャンと読み上げ、袋詰めは従業員の仕事だが、現金の支払いについては、お客自身が紙幣や硬貨を機械に通して精算する。コンビニの風景をも変える大きな決断と言える。

この新しいPOSにより、レジ点検、レジ締めが不要になり、1日2人時の削減が可能になる。“浮いた”2人時に対してチェーン本部は、コスト削減に終わらせるのではなく、カウンターFF(ファストフード)など販売強化への充当を期待する。

一方のセブンも釣銭機付きPOSの導入を検討しているが、総じてレジの合理化には前向きではない。セブンは“レジ業務”と言わずに、レジは接客する場だから“レジ接客”と呼んでいる。顧客接点を大切に考え、レジは単なる金銭授受の場ではなくコミュニケを図る場と考えているようだ。

カウンターフーズも、この夏から「焼き鳥」を新規導入する。カウンターのレジを受け持つ従業員が、おいしさを伝え、販売を担っていく。セブンは元々、商売に向きあう商人のDNAが強いのだ。デジタル化が進むコンビニだが、守るべきアナログ思考も健在である。

テレビ広告より響くようになったYouTube販促

株式会社ニュー・フォーマット研究所代表取締役、『月刊マーチャンダイジング』主幹の日野眞克です。WEBメディア『MD NEXT』に毎週、その週の話題のニュースを解説したり、取材内容のエキスを紹介したり、月刊マーチャンダイジングに掲載された記事の解説などを連載していきます。

YouTubeを使った店頭販促の実験

第1回は、『月刊MD』6月号に掲載されているドラッグストア店頭におけるYouTube販促の事例を解説します。この販促は、昨年(2017年)11月から、資生堂が「アベンヌウォーター」というブランドで実施したものです。

アベンヌウォーターは、フランスの製薬メーカー「ピエール ファーブル社」と資生堂の合弁会社である「ピエール ファーブル ジャポン」が日本での正規代理店を務めています。

アベンヌウォーターでYouTube販促を行った目的のひとつは、新規客の獲得です。ロングセラーブランドであるアベンヌウォーターの固定客は、発売当初よりも年齢層が高くなっており、10代、20代の新規客を獲得することが課題とされていました。(固定客が高齢化しているロングセラーのブランドって結構多いんですよね)。

また、資生堂が得意とするテレビ広告は、高年齢層には効果がありますが、10代20代の若者にはあまり効かないということもYouTube販促を行った理由のひとつです。事実、私の19歳の息子も、ほとんどテレビは見ないで、YouTube、Twitterでほとんどの情報を収集しています。

販促の内容は、ドラッグストアの店頭のトップボードに、ビューティ系の人気YouTuber「かわにしみき」さんの写真を使用し、中央にDVDプレーヤーを設置、そこで「かわにしみき」さんが、アベンヌウォーターを紹介する動画を流しました。

動画もテレビ広告のようなブランドの宣伝ではなくて、富士急ハイランドに遊びに行った「かわにしみき」さんが、乾燥した肌をケアするために、さりげなくアベンヌウォーターを使って効果を伝えるというものです。ブランド目線ではなくて、使用者目線の情報発信で好感がもてます。

実施期間:2017年11月21日〜2018年2月20日
実施店舗数:首都圏中心に214店舗
設置物:トップボード(600mmワイド)、POP、商品、テスター、DVDプレイヤー

マーケテイング、営業、小売業 三位一体の販促

結果は、YouTube販促を実施した2017年12月のアベンヌウォーターの売上は前年比122%と、YouTube販促が一定の効果を上げていることがわかります。ピエール ファーブル ジャポンの担当者によれば、「YouTube販促は若年層の獲得に効果をあげていると実感しています」とのことです。

また今回の販促の良い点は、通常は縦割りで分業化しているメーカーの「マーケテイング」と「営業」の2つの組織が、企画段階から共同で会議を開き、行動し、小売業に企画を提案したことです。資生堂にとっても、マーケテイングと営業が協働した、従来にない貴重な事例だったそうです。縦割組織の弊害を突き破ることも、SNS時代のマーケテイングでは重要なポイントだと思います。

一方、昔の小売業のバイヤーは、「テレビCMの投入量」で商品や企画の採用を決定する傾向が強かった。資生堂も、小売業のバイヤーは、YouTube販促に否定的なのではと心配していたそうですが、予想以上に好意的で、積極的に多くの売場を提供してくれたそうです。小売業のバイヤーの意識も変化しているようです。いいことです。

さらに、小売業の2つの縦割組織である「商品部」と「店舗運営部」も緊密に連携して、企画の売場実現と検証に積極的に協働しました。

今回のYouTube販促は、テレビ広告のような分業販促とは異なる、メーカーの「マーケテイング」と「営業」と「小売業」の三位一体の協働販促だったわけです。もっといえば、「マーケテイング」「営業」「商品部」「店舗運営部」の四位一体の協働販促でした。

店頭をメディア化するためには、縦割組織の壁を越えた緊密な連携と、スピード感のある行動、素早い検証がなによりも重要だなと実感しました。

ジーユー横浜港北ノースポート・モール店が提案する「新しい買物体験」

2017年9月15日、ファストアパレル大手のジーユーは、神奈川県横浜市都筑区のショッピングセンター、ノースポート・モール内に「ジーユー横浜港北ノースポート・モール店」をオープンした。ジーユー史上最大級の品揃えと売場面積を誇る同店は、デジタル技術を駆使したファッションデジタルストアという位置付け。実験的なさまざまな取組みをご紹介する。(月刊マーチャンダイジング 2018年2月号より転載、企業概要等は当時のものです)

カートと鏡でスタイリング提案

ノースポート・モールは、横浜市都筑区の港北ニュータウンの中心エリア、横浜市営地下鉄センター北駅前に位置する2007年4月開業の複合商業施設だ。2017年9月に大規模リニューアルを実施し、この「ジーユー横浜港北ノースポート・モール店」も450坪から820坪へと売場面積を拡大、国内最大級の店舗としてリニューアルオープンした。

ジーユー横浜港北ノースポート・モール店内レイアウト図
ジーユーといえば、カジュアルなコーディネートという印象があるが、 キレイめコーディネートや超大型店限定商品も取り扱う

スポーツ系商品の利用シーン想起のために 特注したマネキン

同改装により商品点数も標準店の2倍に拡充され、超大型限定商品の取扱いも開始。特筆すべきは「新しい買物体験ができるファッションデジタルストア」として、さまざまなテクノロジーが売場に導入されているという点だ。

そのひとつである「オシャレナビ・カート」は、ショッピングカートにタブレットとセンサーが付いていて、お客が気になった商品のタグをセンサーにかざすと、タブレットの画面にさまざまな商品情報が表示されるというもの。

「オシャレナビ・カート」。カートにタブレットとRFID読み取り機が付いている

たとえば在庫について「在庫あり」「在庫わずか」「品切れ」「取り寄せ可能」と表示。取り寄せの場合は、オンラインストアから送料無料で自宅に発送、または店舗受け取りを選ぶことができる。タブレットには商品を着用したイメージ画像が表示されるため、コーディネートのイメージづくりの役に立つ。また、タブレットに表示されるお客からの口コミ情報を、購入に迷ったときの参考にすることもできる。

カートのRFID読み取り部に商品タグを近づけるだけで 商品が認識される
商品ごとの色、サイズ展開が表示され、それぞれの在庫状況が参照可能。またスタイリング画像も表示され、コーディネートの参考にすることができる
お客からの口コミ情報も掲載されるので、いちいちスマートフォンで商品を探して口コミをチェックするという手間もかからない

商品タグをかざさなくても、このオシャレナビ・カートは店内のさまざまな場所に設置されているビーコンの情報を拾い、それぞれの売場のおすすめ商品情報などを表示する。広い売場の中で、お客がスムーズに好みの商品を発見することで、買物をさらに快適に楽しんでもらうことを目指す。

もうひとつのデジタルツールが店舗内に数ヵ所設置された「オシャレナビ・ミラー」だ。通常は普通の鏡として利用できるが、鏡の脇に設置されたRFIDセンサーに商品をかざすと、鏡にその商品を着用したモデルや一般人のコーディネート、購入したお客の商品レビューなどが表示される。新しいスタイリングの発見に使ってもらいたいと考えている。

「オシャレナビ・ミラー」は、鏡の裏側から画像が投影されていて、画像が透けて見える
読み込み部にRFIDタグを近づけると、オシャレナビ・カート同様スタイリング画像や口コミが表示される

店長の新井香緒さんによれば、「(これらのツールについて)お客さまからの関心も高く、楽しく使っていただいています。楽しくお買物ができました、という声をいただくこともあります」と、総じて利用したお客の満足度は高いという。

なお、これらのツールで表示される画像には、スタイリストによるコーディネート写真だけでなく、同社のスマートフォンアプリ「ジーユーアプリ」の中の「ジーユーシェア」という写真投稿コミュニティの投稿を利用している。ユーザーの投稿写真を利用することで、もっと身近さを感じてもらいたいという狙いだ。

また、購入時にお客が参考にするのはマネキンだけでなく、ジーユーのアプリやWEB上のコーディネート画像である。その商品を使ってどのようなコーディネートをすればいいのか、参考となるイメージ画像のニーズが非常に高いのだ。今回のデジタルツールは、そんな利用シーンを想起させる実験のひとつといえそうだ。

RFIDタグ導入で決済・棚卸しのスピードアップ

もうひとつ大きなデジタル化は、セルフレジの導入だ。白いタイル壁の部屋には、10台のセルフレジが並ぶ。ATMのような形をした、大きなタッチパネルの付いたレジの下部には、ロッカーのような扉があり、ハンガーを外した商品を、かごのままその中に入れる。扉を閉めてタッチパネル上のボタンを押すだけで、あっという間に商品情報の読み込みが済み、合計金額が表示される。

真っ白なタイル壁の部屋に10台のセルフレジが並ぶ
セルフレジの下部に扉が付いており、 この部分に商品を入れ、扉を閉める

あとは、現金かクレジットカードかを選択し、投入口に入れればよい。商品登録前にはアプリの会員証のバーコードをレジに読み込ませることもできる。

商品情報の読み込みは一瞬で完了。 当然間違いもない
本体下部の投入口に現金もしくはクレジットカードを入れることで決済完了。 所要時間がこれまでの最大で約3分の1に短縮されるという結果が出ている

また、タッチパネルでは言語(英語、韓国語、中国語)の選択もできるので、インバウンド対応にも効果を発揮する。商品のサッキングは、会計コーナーの奥にある台でお客自身が行う。

このレジによって精算時間が最大で約3分の1に短縮できるという結果も出ており、スピーディに会計を済ませることができる。SPA(製造小売業)であり、全商品にRFIDタグを付することができる同社ならではの取組みといえる。違算のストレスの排除など、決済に関しては大きなメリットがある。

RFID導入によるもうひとつの大きなメリットは、棚卸し時間の短縮・作業量の削減だ。RFIDタグが付けられた商品の棚卸しは、商品のそばでハンドスキャナーをかざすだけで済む。大量の商品を扱う同店にとって、その効果は計り知れない。

「効率化した分だけ、店舗従業員が売場に出て、お客さまへの接客を増やしていこうと考えています」と店長の新井さんはいう。「ジーユーの超大型店ということもあり、オープンから2ヵ月が経過しましたが、多くのお客さまから支持をいただいています。大きい店舗でデジタルツールを使うという新しい取組みの難しさもありますが、お客さまの反応を見てやりがいを感じています。お客さまには不備のないように配慮していきたいです」(新井さん)。

店長 新井香緒さん

機材やデータのメンテナンスなど、これまでにない業務が店舗に発生していることもうかがえるが、効率的なオペレーション確立に対し非常に積極的に取り組む同社の姿勢には学ぶべきものが多いのではないだろうか。

「小売業はマッチングの精度の競争になる」

日本全国に約200店舗を展開するトライアルホールディングスの西川晋二氏が登場。1980年代の創業初期段階から日本の小売市場の発展を見越し、小売・流通業にフォーカスしたIT分野に着目し続けている同社は、そのIT技術を駆使しつつロープライスを実現しています。超激安のプライベートブランド(PB)戦略がイメージされる同社ですが、近年はジョイント・ビジネス・プラン(JBP)を採用し、メーカー協働で売場をつくる方向へ大きく方針転換。その裏側には、MD-LINKというITシステムの存在があるといいます。リテールメディアの将来、小売業のAI活用…同社のITについての考え方を西川さんに伺いました。(月刊マーチャンダイジング 2017年12月号より転載、企業概要等は当時のものです)

 急成長に追随できる柔軟なシステムをつくる

──御社はもともとシステム開発事業が基盤にあった会社と伺っています。まずは小売業に転換した経緯を教えていただけますでしょうか。

西川 当社は創業40年のうち30年以上の間、情報システム開発事業に取り組み続けています。創業当時は家電中心のリサイクルショップで、そこから家電の量販店ビジネスに転換しました。 そこで関係ができた家電メーカーさんから、パソコンやオフコン(オフィスコンピュータ)の販社をやらないかという声が掛かりました。でも販社だけでは商品が売れませんので、ソフトを開発するようになったというのが、システム開発事業を手掛けるようになった経緯です。そこで小売関係のシステム開発も行うようになりました。ルミネさんなどのショッピングセンター、アパレル関係、道の駅など、さまざまな小売業にシステムを導入しました。1990年代後半ぐらいのことですね。

並行して、当社の経営陣は家電量販以外の小売フォーマットを確立しようと、アメリカ視察を続けていました。ちょうどそのころ発見したのが、ウォルマートのスーパーセンターです。まだスーパーセンターという業態が日本であまり知られていないころで、この業態の開発に乗り出すことになりました。1996年には初のスーパーセンターフォーマットとして、トライアル北九州空港バイパス店をオープンしています。

──ウォルマートが西友沼津店に日本初のスーパーセンターをオープンしたのが2004年ですから、相当早い時期ですね。

西川 そうですね。その時期からPOSを自社で開発したりしていました。

──御社はシステムを内製化しているということですが。

西川 以前より内製の度合いは下がりました。現在は基幹システムの中心に数理技研社の「CoreSaver」という高速なデータベースを採用していて、その周囲のオペレションに関わる部分を内製しています。オペレーションに関わる部分は差別化の源泉になりますのでそこは自分たちでつくって、中心のデータを一元的に処理する部分は「餅は餅屋」で外部のパッケージを使うという構成です。データ分析はさらに競争力の源泉となりますので、データ分析基盤を「SMART」と命名して内製しています。

──その方が柔軟性のある運用ができるということですね。

西川 そうですね。いまから15年前の当社は売上高200億円ほどの規模でした。現在は売上高3,700億円まで伸びていて、5年後の2022年までに売上高1兆円を目指すというかなりアグレッシブな成長を計画しています。システムもこの成長に追随していく必要があります。

今後、高齢化と人口減少によって、流通小売業の市場はより縮小します。一方、Eコマースの伸長によって、既存の小売市場は30年後には半分になるともいわれています。小売業はもちろん、メーカー、卸もその波に巻き込まれます。この流通構造の変化に危機感を持ち、時代の変化とともに変わっていく必要があります。寡占化による効率化と、IT、AIによる効率化は不可欠です。

当社は、商圏人口に合わせたマルチフォーマット戦略で、地域ドミナントを達成することを目指しています。マルチフォーマットは「スーパーセンター」「メガセンター」「ドラッグストア(DgS)」の3業態を持っていて、商圏に合わせて出店をしています。主体となるのがスーパーセンターです。商圏半径3km、人口2万~3万人の商圏に対し、売場面積1,200坪の田舎型と、600坪の都市型店舗を展開しています。 メガセンターでは、商圏半径10km、人口10万人の大商圏に対し、売場面積2,000坪の大型店舗を展開。店舗内では約15万SKUに及ぶ深い品揃えとなっています。DgSは、商圏半径3km、人口1万人の小商圏向けの店舗を展開します。そして、今後はこの業態を踏襲しつつ、中食に力を入れた新業態「クイック」を立ち上げる予定です。

会計は、セルフレジ3割、セミセルフ7割。トライアルでは、 セミセルフの割合を高めていきたいとしている

JBPを支えるMD-LINK

西川 日本における流通市場規模は、約140兆円ともいわれていますが、そこには膨大の額の「モノを売るためのコスト」が掛けられており、多くの無駄なコストも存在しているといわれています。そのため、日本の流通小売業のROE(ReturnOnEquityの略。株主資本対純利益率。経営効率の指標とされている)は欧米と比較して格段に低い値です。この無駄なコストを削減していくことが、収益力を上げる鍵になってくると私たちは考えています。

そのための手段のひとつがJBP戦略です。JBPとは、小売業がメーカーや卸とともに販売促進や物流、在庫管理に共通の目標を掲げて取り組んでいく取引形態のことです。それは単なる取引ではなく、小売とメーカー間の壁を取り払い、課題を理解し協力し合う、いわば、取引ではなく「取組み」でなければなりません。また、JBPにおいては、小売と取組み企業間の「ミラー型」の体制を組むことが実現への第一歩となります。

当社は定期的にこのJBP先進国であるアメリカに赴き、メーカーに選ばれた小売が生き残るということを学んできました。そして昨年度より、現地の大手小売店と大手メーカーとの取組みをビジネスモデルにしながら、日本独自のJBPをスタートさせました。その結果、生産、物流、在庫、店頭などのコストを削減、流通を効率化することで、着実に成果が出始めています。

──その中で情報システムをどのように活用されているのでしょうか。西川 MD-LINKという仕組みを使って、現在約240社の取引先と情報共有しています。このコンセプトはウォルマートのリテールリンクからヒントを得たものです。ユーザーは当社のID-POSデータにアクセスすることができます。好きな切り口でデータを抽出することはもちろん、WEBシステム上に分析メニューもありますので、それを使って分析することもできます。システム開発と運用のコストの一部負担という趣旨で、売上高に比例した課金をさせていただいていますが、リベートの代わりにPOSデータを販売するというような考え方ではありません。

当社はカテゴリキャプテン制度を採用していまして、カテゴリーごとにメーカーさんにキャプテンになっていただき、トライアル全体のカテゴリーの売上・利益をどうすれば最大化できるかということを見ていただきながら、品揃えや売場づくりを提案していただいています。

──どのレベルまで細かいデータを見ることができるのでしょうか。

西川 見ようとおもえば、単品レベルのID明細、つまりお客さま一人ひとりのデータを見ることができます。在庫や入荷が見られるのはもちろん、単に売上だけではなく、営業利益まで参照することができます。

飲料カテゴリーは、利幅が少なかったこともあり去年までは赤字が続いていたのですが、某大手飲料メーカーさんがカテゴリキャプテンをつとめてくださったことで、黒字化することができました。カテゴリキャプテンになってもらって、数字を握ってもらう以上は、そのために必要な実績は見ていただこう、という考えです。

──MD-LINKの利用にあたってはいろいろな要望がメーカーさんから出てくるかとおもいますが、どのような優先順位で開発に着手されているのでしょうか。

西川 当社と取り組んでくださっている企業さんと一緒に、MD-LINK研究会という勉強会を実施しています。その中で議論をしながら、MD-LINKの活用法・改善点や業務課題を意見交換してもらったり、新商品立ち上げや、サプライチェーンの成功事例などをサプライヤーさんに発表していただいています。

──御社はPB中心というイメージがありました。

西川 JBPを行うように方針を転換してから、PBを減らしてナショナルブランド(NB)中心に扱うように変化していま す。

JBPでは、年1回ほどのペースで、メーカーさんと一緒にアメリカ研修に行っています。前回は140人ほどの陣容で、某大手外資系メーカーの本社や、ウォルマートの本社があるベントンビルを訪問しています。前半のハイライトは、P&Gとウォルマートがいかに協力関係をつくっていったのかをP&Gの初代カスタマーチームリーダーに語っていただきました。次にユニリーバのカスタマーマーケティングチームの方に、JBPの具体的なプロセスをご紹介いただき、最後に某大手外資系メーカーの本社で、最新の企業対企業の取組みについてのお話を伺っています。

タブレットカートでリテールメディア化推進

これがプロモーションのテストを行っているカート

──以前は中国に600人規模の開発の拠点を持って、オフショア(海外)でシステムを開発しているのも御社の特徴でした。

西川 中国の開発人員はひところより減っています。現在は日本と中国を含めて300人ぐらいの陣容です。いま中国にいるメンバーは、長く一緒にやってくれている強い人材が残っていて頼もしい仲間です。いまも開発の主たる現場は中国です。オフショアといえば、上流工程を日本人がやって、プログラミングを海外で、というのが一般的でしたが、当社では日本に中国人のメンバーが来て上流の仕事をするというようなこともあります。

──情報システムはクラウド上で運用されているのですか?

西川 いいえ、いまはクラウドは使っていません。オンプレです(データセンターにある物理サーバーを利用している)。

──クラウドの採用は時期尚早ということでしょうか。

西川 たまたまシステム刷新のタイミングと、クラウド普及のタイミングが合いませんでした。また、現在のシステム構成では、コスト面でもいまのところオンプレの方が優れているという状況です。次のシステム更新のタイミングでは、クラウドの活用も考えたいとおもっています。要するにやりたいことができればいいので、クラウドがいいとか、オンプレがいいということではありません。

──技術を採用するときに方針はありますか。

西川 システムにイノベーションを起こしていこうとしたときには、新しいものにチャレンジしなければなりませんが、基幹システムやオペレーションをつかさどる方は、枯れた技術がよいと考えています。

──最近バズワードかとおもうほど、ちまたではAIという言葉が使われていますが、御社はAIをどのように活用されようとしていますか?

西川 AI技術を活用して、OneToOneマーケティングをしたいと考えています。過去の購買データや、回遊データをAIで分析し、そのデータを現在テスト中のタブレットカートなど、情報発信の技術と組み合わせることで、お客さまの買物をサポートするというものです。ログインした状態でタブレットカートを使っていただくことで、売場に合わせてパーソナライズされたクーポンをタブレット上に表示することができる状態を目指します。今後、売場のマーケティングは重要なポイントだと考えています。モノを売るためのコストが売場にシフトすることで、無駄なコストが省けるはずです。

決済ができるタブレットカート。 カート置き場で充電をしている
チャージ済みのプリペ イドカードをスキャン。 カード裏に記載された PINコードを入力する ことでログイン完了
ログインすると、ビーコンでカートの位置を把握し、近くのカテゴリーの おすすめ商品がポイント10倍商品として表示される。 店内を移動する と、画面に表示されるカテゴリーも変化する。 将来的には、この画面を購 買履歴などを参考に、それぞれのお客に合わせて最適化して表示したい という。 実験段階ということもあり、ビーコンの精度はまだ低いが、現在 新しい技術の導入を検討しており、より精度の高い店内での位置補足を目指したいという

もうひとつ取り組んでいることが、タブレットカートでチェックアウトをしながら買物をしていただくというものです。ログインした状態で購入した商品をスキャンし、その情報を分析することで、タブレット上でおすすめする商品もリアルタイムに変わっていく。よりよい買物体験をしていただくことを目指します。

商品詳細画面には「52A-3」のよう に棚番号が記載されているので、 掲示されている棚番号と照らし合わせて目的の商品の場所にたどり 着くことができる。ビーコンの精 度が高まれば、レイアウト図に現在 地をリアルタイムでマッピング表示 することも可能になるだろう
トライアルカードの会員のみ が利用できる。通常ポイント は200円 で1ポ イント付与されるが、このカートを利用する と、カート専用ポイントがプラスされる仕組み

われわれは、お客さまの買物行動をプッシュする新しいメディア、つまりリテールメディアをつくっていこうとしています。実店舗に日常の買物に来られるお客さまのうち、買うものを事前に品目まで決めている割合は2割程度で、残りの8割は非計画購買だという調査結果があります。つまり8割のお客さまは「夕飯のおかずの肉を買おう」とか、「子供の衣類を買おう」とか、「生活消耗品を買おう」とか、漠然と買うカテゴリーを決めていても、ブランドやアイテムは決まっていないという状態なのです。テレビや広告などのマス広告は、商品についての一定の認知を得られるかもしれませんが、最後にお客さまをプッシュする効果は見込めません。ですから、店舗のメディアとしての役割は非常に重要です。売上の違いにもつながりますし、ブランドスイッチのきっかけにもなります。

当社の会長の永田(久男氏)は、ビールのシェア上位3社で使われている、テレビCMを中心とした莫大な額の広告宣伝費は大きな効率化の対象になりうると常日ごろからいっています。これを店頭にシフトしていくべきですし、もっと効率的に使っていかなければおかしいのです。店舗のメディアがマスメディアに取って代わる部分が必ず発生する。リテールメディアで価値をつくっていこうとしています。

膨大な最適化課題はITなしには解決し得ない

タブレットの下についているスキャナで商品バーコードを読み取ると、商品の価 格 などがタブレットに表示され、登録完了。 この後右下の支払い画面へのボタンを押すだけで、プリペイド カードから商品代金が引き落とされ、決済完了となる
ビールなど、対面での確認が必要 となる商品は、店舗従業員のネー ムカードのバーコードを読み込む ことで確認をして販売終了という 流れになる。レシートは、レジ横に 置かれたプリンターでプリントす ることができる

──中国にもよく行かれているようですが、比較して今後日本の小売業はどのように変化していくと思われますか。

西川 あちらはほぼキャッシュレスの状況です。日本も支払いはできるだけキャッシュレスにしていく必要がありますね。ATMに代わるものを小売が提供すべきでしょう。プリペイドカードへのチャージも、銀行口座と直結してオートチャージになっているといいですね。現金やチャージの手間がない状態で、買物できる環境を目指したいです。

Amazonが全部を席巻するのではないかということに関しては、実店舗が便利で安くて、欲しい品揃えをきちんとしているという状態をつくることで、お店に行った方がいいよね、とお客さまにおもっていただくことが大切です。危機感を持って変化すべき時期なのだとおもいます。

われわれは、お客さまのニーズや地域ごとのいろいろな違いに対して、究極のところまでマッチングできているかというと、まだまだできていないことの方が多い状態です。ですからまだやる余地は大きいですし、そこにいままでよりもより早く細かく自動で情報を処理できるコンピューティングを活用しない手はありません。

人間に欠けているのは「網羅性」です。小売はどうしても、「勘と度胸」のようなところがあって、これまではそれでも一定の成果を挙げることができました。しかしこれは局地的なものにすぎません。当社のように、大量のアイテム数があって、最適な品揃えをしなければならないような業態にとって、コンピュータやAIは不可欠な存在です。小売業は、膨大な最適化の課題を解くということだと思っています。マッチングの精度の競争ではないでしょうか。マッチングとマッチングの戦いになります。

──店頭起点のマーケティングの高度化を訴え続ける本誌と非常に親和性がある取組みですね。本日は大変刺激的なお話をありがとうございました。

「情報格差を無くすことが新しいチェーンストアの役割」

連載第2回目は、北海道を中心にドラッグストア(DgS)を約190店舗展開するサツ ドラホールディングス(HD)代表取締役社長の富山浩樹氏が登場。 企業規模は中堅ですが、2016年8月に設立した純粋持ち株会社サツドラホールディ ングスでは「リテール(小売業)×マーケティング」をコンセプトに掲げ、子会社の リージョナルマーケティングでは地域ポイントカードのEZOCAを推進。 既存店舗のリブランディングや、AI関連会社の子会社化、地域コミュニティの創出など、 幅広く挑戦的な取組みを行います。 技術が小売業を、そして社会をどう変えるのか。 話は「産業革命に匹敵する社会の変化」にまで広がりました。(月刊マーチャンダイジング 2017年9月号より転載、企業概要等は当時のものです)(聞き手:月刊マーチャンダイジング主幹 日野眞克)

POSとMDシステムが ITの基軸となる

──御社はこの6月に情報系の企業を2社子会社化されました。まずはその経緯からお聞かせください。

富山 今回、人工知能(AI)関連の会社であるエーアイ・トウキョウ・ラボを資本提携で、クラウドPOSシステム開発の会社であるGRIT WORKS(以下グリットワークス)を4U Applicationsと合弁で設立し、子会社化しました。

私どもはリテールを含めたあらゆる事業にとって、テクノロジーは不可欠なものになると考えています。世の中には新しい技術がどんどん登場していて、情報システムをまるでプラモデルのようにいろいろなパーツを組み合わせてつくり上げていくようになりつつあるなか、何を核と考え、何を外部に開発委託するのかの選択が非常に重要になりました。そして、核の部分を自分たちでしっかりとコントロールできる体制も必要です。

リテールテクノロジーの基軸は、POSとマーチャンダイジング(MD)システムです。POSはすべてのデータの入り口で、MDシステムは商品マスタを軸に、発注や販売管理、在庫管理などを含めた、一気通貫した商品の流れであり、チェーンストアの核となる仕組みといえます。ここを柔軟に、スピード感を持ってつくっていかなければなりません。しかし、これまでの情報システムのつくり方ではスピード感が足りず、自分たちでやりたいこともなかなか実現できないという状況でした。

──ITの会社を子会社化することで、スピード感のある開発ができるようになるということですね。

富山 はい。たとえば今回エーアイ・トウキョウ・ラボを子会社化したことで、商品リコメンドのような仕組みであれば、自分たちで開発することができるようになりました。一方データ分析であれば、Tableau(タブロー)のようなグローバルスタンダードのツールを選択していくというような切り分けができるようになります。

──グリットワークスはクラウドPOSの会社ということですが、御社はかなり早い段階でクラウドPOSを導入されたそうですね。

富山 はい。2013年に当社の子会社で、EZOCAという地域共通ポイントカードのサービスを提供しているリージョナルマーケティングを立ち上げたのがきっかけでした。EZOCAをサツドラに導入するため、POSの改修をメーカーに打診したのですが、開発費の見積もりが非常に高額になり、さらに数年先の仕様まで決めてほしいといわれました。これではEZOCAをスタートできないと、4UApplicationsさんとともに当社オリジナルのクラウドPOS開発に着手したんです。2013年6月にプロジェクトが始動し、2014年に実店舗での実験にこぎつけました。同5月には600台の既存POSをすべてクラウドPOSに移行し、その後ギフトカードや銀聯(ぎんれん)決済対応、免税パスポート対応、SuicaなどのICマネー対応などなど、日本でもかなり早い段階でさまざまな決済方法に対応しています(図表1)。

当社は、企業規模もさほど大きくはなく、体力があるわけでもありません。これだけのことを行うのに、大手ベンダーさんに外注したらコスト的に耐えることはできませんでした。内製化してクラウド化したからこそ、自社の仕様に適したものを低コストでつくることができたのだとおもいます。

IT企業との協業の秘訣は歩み寄りと相互理解

──少し下世話な話ですが、POSのレジをクラウドPOSにすることでコストは下がるのでしょうか。

富山 そうですね。新店のPOSシステム導入コストは44%ダウンしました。

──POSは、一般的にはハードとアプリは抱き合わせで販売され、運用や改修にも相当な費用が掛かります。

富山 そうですね。アプリを内製化してハードとアプリの分離に成功したので、さまざまなメーカーのPOSを導入できるようになりましたし、使わない機能が多いパッケージライセンスを購入する必要もなくなります。

──4UApplicationsさんというIT企業とのクラウドPOS開発という協業が功を奏したのですね。

富山 4UApplicationsさんは、技術的には優れていましたが、エンドユーザーである小売業と直接取引をする体力はなく、大手システムベンダーの黒子に甘んじていました。直接の取引はわれわれがはじめてだったそうです。

──お互いが歩み寄ることができたから成功したのでしょうか。

富山 歩み寄ったことと、理解したことが重要です。いわゆる受託の関係ではなくて、パートナーシップという関係性を築けたことが大切なのだとおもいます。

──なるほど。しかしこれだけスピード感のある開発ができるのであれば、5年リースのPOSで縛られている小売企業は遅れてしまいますよね。

富山 そうですね。DgSのレじはたぶん全業態の中で、一番オペレーションが煩雑なのではないでしょうか。クーポンやポイントを複数導入しているようなDgSチェーンさんでは、POSの仕組みが全然追い付いていなくて、人間業で何とかしなければならないような状況で、大変だなとおもっています。

当社は全店約700台のレジで、POSレジを通過した瞬間に、レシートごとに売上がシステムに計上されるようになっています。(スマートフォンを見せながら)

これは当社のいま現在の実績です。たとえばここに客数という項目がありますが、今日これまでに3万2873人がレジを通過されたということがわかります。いま3万2888人になりました。もちろん店舗別や地区別のようにさまざまな切り口で表示することもできます。

──これはすごいですね。リアルタイムでの売上や在庫のデータ処理はあるべき姿ですが、実現できている企業はそう多くはありません。アメリカでオムニチャネルを視察した際。実店舗とECの在庫データを一元管理できないと実現できないということがよくわかりました。いまDgSでそれができている企業はほとんどありません。

富山 私どもは、オムニチャネルについてはまだ全然着手できていない状態ですが、今後非常に重要になると感じています。将来的にはいつでもどこでも買物ができる体験をオムニチャネルを通じて提供していきたいのです。

──昔は情報システムの導入は、業務のローコスト化が主な目的でした。ですが、いまはシステムを入れることによって、お客に店としての価値やブランドとしての価値を提供し、満足度を上げていくためのものになりつつありますね。そういう意味で、情報システムの導入により、いわゆるお客さまの満足度や、サツドラさんの強みをより強化できたような事例はありますか。

富山 POSにさまざまな決済の仕組みを追加していくことができたのは、そのひとつだとおもっています。EZOCAも会員が141万人まで増えました。提携社数は100社、600店舗(2017年6月現在)です。先般(ホームセンターの)ジョイフルさんにも導入いただきました。電子マネーや決済系の新しい仕組みが出てきたときに、自社に導入しようとしても、POSを更新できずに止まってしまう企業さんは少なくありません。POS導入の予算が取れないとか、時間がかかるというような悩みに対して、グリットワークスでソリューションを提供することができるのではないかと考えています。

クラウドPOSを独自開発することで、POSのハードウエアは自社で好きなものを選択できる状況になった。これはFujituのPOSレジに、NCRのバーコードリーダーが付いている様子。使い勝手がよいものを、自社の基準で組み合わせられる、まさに内製化によってシステムイニシアティブを勝ち得た事例といえる。
電子マネーはシンクライアント型を採用し交通系、iD、QUICPay、nanaco、WAON、楽天edyのフルラインナップを低コスト、短期間で全店舗に導入。レジ金額入力後、カードをかざすまで数秒待たされるものが多いが、こちらはシンクライアント型であることを感じさせないスピーディな決済を実現している

可能性のあるDgSのデータ領域

──現在御社の情報システム関連の社内体制はどのようになっているのでしょうか。

富山 業務システム部という部署が担当しています。もともとは業務改革チームという組織が、社内の業務改革を担当していました。そのほかにITを中心に担当する情報システム部があったのですが、それらをひとつにして業務システム部にしたのです。このようにして、業務に沿ったシステム開発ができるようになりました。要件定義から、開発、テストというITシステム開発の一連の流れを内製化して自分たちで回せるようになったのと同時に、ITを業務に落とし込んで、マニュアル化するところまでこの部署で担当しています。この体制をつくることができたのが肝だとおもっています。

──縦割りの業務に、横串を指す役割ですね。

富山 はい。現在業務システム部は15人ほどで運営しています。今回グループ会社を増強した理由のひとつが、開発のスピードを上げたいと考えたからです。内外の組織と密に連携し、外にネットワークをつくり、技術が好きな人材を集めるための仕組みともいえます。これから実店舗を含めたリアルな世界がデジタル化するところが主戦場になっていくと、私はおもっています。デジタル側の人材も、店舗や決済の仕組みを含めて、生活に関連するサービスを開発することができ、開発したものを多くの人に使っていただけるという環境を求めているようです。今後、オープンイノベーション※1の実行団体を設立し、そこでさまざまな実証実験を行っていきたいとおもっています。当社は実店舗という場や、そこから得られたデータを提供し、さまざまな企業・団体の方に、それを利用して研究開発をしていただく。単なる受託関係ではなく、お互いに次に使うことができるものを開発していきましょうという試みです。

※1 オープンイノベーション:自社だけでなく他社や大学、地方自治体、社会起業家など異業種、異分野が持つ技術やアイデア、サービス、ノウハウ、データ、知識などを組み合わせ、革新的なビジネスモデル、研究成果、製品開発、サービス開発、組織改革、 行政改革、地域活性化、ソーシャルイノベーションなどにつなげるイノベーションの方法論である。

私たちが目指しているのはこういう世界(図表2)です。お客さまが中心にいて、クラウドPOSと基幹システム、決済や医療データ、また従業員向けのIoTツール、そういうものが全部連携している。このような世界は、オープンイノベーションでないと絶対にできません。

──行政データやバイタルデータも入るとなると、DgSの扱うデータの幅というのは本当に広いですね。

富山 広いです。すごく可能性があるんですよ。

──いろいろやらなければならないことがあるとおもうのですが、優先順位についてはどのようにお考えでしょうか。

富山 「全部同時」ですね。「まずはここをやってから次はここ…」というのは遅すぎます。いかにスピードを上げていくかということを常に考えています。とりあえず「やる」です。そしてやりたい企業を集めていきます。「この分野をやりたい人がいたら、うちでやってみませんか」という輪をどうやって広げていくかだとおもうんですよ。

テクノロジーが働き方を変える

同社の業務基準書である「サツドラウェイブック」。 2015年に紙の冊子として作成されたが、現在はタ ブレット(iPad)で閲覧できるようになっている

──外向きのお話が多いように感じますが、社内業務の生産性向上についてはいかがでしょうか。

富山 生産性向上のためのツールとしてPOSはその最たるものです。POSから業務システム、基幹システムをくっつけていくのが本丸でしょうね。将来的には店舗従業員向けのスマートデバイス上で、業務についてのサジェスト(提案)がポップアップでどんどん出てきて、だれでもすぐに店頭業務をすることができるようになるのではないでしょうか。

──そのうち、店舗がタブレット上で「品出しする人募集」というボタンを押したら、近所で手が空いている人が集まって手伝ってくれて、働いた分のポイントで店頭で買物ができる、なんて仕組みができるかもしれませんね(笑)。

富山 そうそう。それは私は本当にそうなるとおもっていますよ。単純化してシステム化することができれば、ワークシェアもできるようになる。雇用の仕方も変わりますし、お金というものの価値も変わってきます。

──産業革命に匹敵する変化ですね。

富山 そうですね。経営者がそういうことをリアリティを持って捉えられているかどうかが大きな分かれ目なのではないでしょうか。「そうはいっても」と心の底からおもっていない人が大半です。

──働き方も変わりますね。

富山 テクノロジーの変化が働き方も変えていきます。当社は現在多様性のある組織づくりを目指していて、社内人材の活性化のために、連続休暇制度も導入しています。最低5日間連続で休むというもので、導入初年度に取得率99%を実現しました。女性活躍推進に関する取組みが優良な企業に与えられる、厚生労働省認定の「えるぼし」認定も取得しました。最近では、新たな人事制度「サツドラジョブスタイル」を発表し、パラレルキャリアや副業、兼業も促進しています。変化に対応し、成長し続けられる人材をどう育てていくかが重要です。

現金レス決済WeChat Payの導入を支援

──子会社であるリージョナルマーケティングでは、QRコードを活用した中国の決済サービス、WeChat Payment(以下、WeChat Pay)の導入も行われているとのことですね。

富山 WeChatは中国におけるLINEのようなSNSです。アカウント数は13億、月間アクティブユーザー数は9億人といわれています。このWeChatが提供するQRコードを使った決済方法がWeChat Payです。中国では一般的に利用されているサービスで、中国の都市部では現金を持ち歩かない人が増えています。日本に来た中国人観光客は、現金を持ち歩く不自由を強いられている状況です。当社がこのサービスを提供することで、中国人観光客の皆さまに日本でも中国と同じような消費体験をしていただけるようにしていきたいと考えています。

──(実際に決済のデモを見て)決済のスピードがとても速いですね。

富山そうですね。銀聯(ぎんれん)カードなどの決済手段もあるのですが、お客さまからカードをお預かりして、端末にカードを通し、サインをしていただいて…という一連の動作の時間がかかります。それに比べるとWeChat PayはQRコードを読み込むだけなので非常にスムーズです。最近中国では賽銭(さいせん)箱にもQRコードのシールが貼られていて、そこにWeChat Payでお賽銭を振り込むそうですよ。

WeChat PayはSNSによる拡散性が非常に高いのも特徴です。たぶんこれからはQRコードによる決済が主戦場になります。NFC※2は非常に高コストですが、QRコードであれば安価にいくらでもばらまくことができます。

※2 NFC:かざして通信するための規格。スマート フォンやSUICAなどのカード型電子マネーに採用さ れている。

──先ほどお金の概念が変わるとおっしゃいましたが、まさにこういうことなんですね。

富山 そうですね。WeChat Payのもうひとつのよさは、オンライン予約と決済が同時に行われるので、外国人観光客のキャンセルリスクを軽減できるという点です。当社はこの決済の端末を、ホテルやスキー場などリゾート系の施設やショッピングセンター中心に、2017年8月までで500台の導入を予定しています。

専門家不要の時代でも対面は残る

──これだけ大きな変革の時代を迎えて、今後小売業はどのような姿になるとおもわれますか。そしてその中で御社はどのような存在でありたいとおもわれますでしょうか。

富山 これからは店舗というリアルな場を持っていることが、大きな意味を持つようになるとおもいます。そしてAIがやるべきことと、人がやるべきことが分かれていって、自動化できることはAIに任せ、人間はクリエイティブやコミュニケーションに特化するようになります。また、スマートフォンを使うことで、いつでもどこでも買物ができるようになります。店やモノ、人の時間なドはシェアし合うようになるでしょう。たぶんそういった変化の中で、フレキシブルなサービス設計ができたり、買物体験がつくれるかどうかが、大きな課題になっていくのだとおもいます。だいたい頭の中でイメージは固まりつつあって、いまそれをまとめているところです。

──昔は人が集まらなかった店頭でのワークショップも、SNS効果で人が来るようになっているようですね。

富山 何かを体験することや、人に対面で接するものは、今後も残っていきます。

接客のスタイルは、販売の手前までは機械がAIでサジェストし、人間がそれをうまくお客さまとコミュニケーションしておすすめするようになるのではないでしょうか。スマートフォンやタブレットのようなデジタル機器を使うことで、いままでは専門的な知識がなければお客さまに販売できなかったものを、だれでも売れるようになります。だから専門家は必要なくなりますが、最後のひと押しは人間がすべきでしょうね。このような一連の流れをどうやって設計するか。システム設計だけではなく、いかにサービス設計をするかがとても大切です。

(故)渥美俊一先生が、経済民主主義の実現ということで、地域格差や経済格差をなくすことが大衆化であり、小売業の社会的意義であるとおっしゃられていましたが、今後は情報格差も格差のひとつになっていくとおもいます。情報を持っている人と持っていない人の間で、生活がまったく違っている。自分の周囲を見てみても、既にそのような状況になりつつあります。この情報格差を埋めていくことも、これからのチェーンストアの役割のひとつだと私はおもっています。

──今日は刺激的なお話をありがとうございました。

サツドラ江別錦店に学ぶ店舗リブランディング

北海道を中心に約190店舗(2017年5月現在)を展開するサッポロドラッグストアー。2016年6月に屋号をこれまでの「サッポロドラッグストアー」から「サツドラ」へ変更し、リブランディングを行った。店舗を象徴するCIも従来の赤を基調にしたものから、プラスの形が印象的なブルーを基調としたものへと大幅に変更。2016年8月には持株会社のサツドラホールディングス(HD)を設立している。競合他社に迎合しないという同社の決意が感じられるリブランディングの内幕と新店を紹介する。(月刊マーチャンダイジング 2017年11月号より転載、企業概要等は当時のものです)

楽しくなければDgSじゃない

同社がリブランディングの検討を始めたのは、さかのぼること今から4年前の2013年のことだ。北海道内でドラッグストア(DgS)のシェア8割を占めるトップ3のツルハドラッグ、サンドラッグ、そしてサッポロドラッグストアーは、いずれも赤を基調としたロゴマークで道内に店舗を展開していた。そのためお客に個々の企業として認知されておらず、サツドラの店舗でもお客から他社のポイントカードやチラシを提示されるようなことが頻発していたという。

そんな状況のなか「今後、DgSも個々の企業としてお客さまから認識、選別される時代が来る。個のサツドラとしてお客さまに意識してもらいたい」との考えで、現代表取締役社長の富山浩樹氏(当時は社長就任前)がリブランディングを決定。

かねてよりデザインを経営に取り入れたいという思いがあったという富山氏が、視察や情報収集を重ねた末にパートナーとして選んだのが、エイトブランディングデザインの西澤明洋氏だ。西澤氏はクラフトビール「COEDO」やキリン「生茶」など多数のブランディング実績があり、リサーチからプランニング、コンセプト開発まで含めたブランディングデザインを手掛けている。サツドラ側は、リブランディングの担当者として1名を専任。常時富山氏を含む3〜15人のメンバーが入れ替わりながらプロジェクトを推進した。

リブランディングといっても、単にデザインを変更すればいいというわけではない。まずは企業としての強みと弱みを挙げ、ポジショニングを明確にするところからスタートした。「赤い看板のDgS」としてしか認知されていない弱みがある一方で、北海道に根差したDgSとして地域の活性化を目指しつつ、道外に対しても北海道から健康や美を発信しているなど、とことん「北海道」を大切にしている企業であるという強みも見つかった。

サツドラ江別錦店
新ロゴを掲げた江別錦店ファサード。 これまでの店舗と比較するとシンプル な外装で住宅街の中ではかなり目立つ

議論の末にたどり着いた新しいブランドコンセプトは「北海道のいつもを楽しく」。現会長で創業者の富山睦浩氏が言い続けていた「楽しくなければDgSではない」という考えがベースになっている。DgSという業界の枠を超え、ライフスタイルストアへ進化していくという決意も表したコンセプトだ。ロゴマークはブルーと黄緑を基調とした2色のプラスが並んだものに刷新。創業当時に使用していた青色を使用することで、ブランドのルーツを表現。黄緑色は北海道の大地をイメージしており、創業以来北海道の地で培ってきた「サツドラ」ブランドを基盤としつつ、さらなる飛躍を目指すという思いを込めた。

サツドラ江別錦店
同社が6月にリニューアルした「サツドラ江別錦 店」は同社の新デザインプロトタイプ店舗。 こ のリブランディングを象徴するかのように斬新 な店舗デザインを採用している

選びやすさと買いやすさ

コンセプトやロゴなどのソフト面からスタートしたリブランディングは、現在ハード面にまで進展している。今回取材したサツドラ江別錦店は、2017年6月にスクラップ&ビルドでオープンした新デザイン店舗のプロトタイプという位置付けだ。

もともとサツドラは、欲しいものがすぐに見つかり、店頭で迷わないという「選びやすさと買いやすさ」そして「居心地のよさ」を店舗づくりの指針としてきている。この江別錦店は、十分に余裕を持たせた通路幅や、入り口からどこに何があるのかを見渡せるようにつけられた陳列棚の高低差、カテゴリーのサインなどから、店づくりへのこだわりが感じられる。

サツドラ江別錦店
入店してすぐのビューティコーナー。 1,350mmと低めの什器を採用し、圧迫感を持たせない工夫をしている。 また、暗めの色の什器のシャープな印象を、木目調の天井と床のコンクリートの床のカラーリングで中和している

入店すると入り口正面に化粧品売場が広がり、壁面の第1マグネットのシーゾナルとサツ安超プライス(3ヵ月間価格を固定した商品)コーナーで店内奥まで誘導。第2マグネットにはヘアケア売場を配置。店舗の最奥には食品売場を、レジ横には医薬品コーナーを展開している。これはゼネラルフォーマットと呼ぶ同社標準業態のものに準じたレイアウトだ。店内には、居心地のよさを演出するかのようなさまざまな工夫が目につく。

サツドラ江別錦店

サツドラ江別錦店
入店してすぐ左手のシーゾナルの棚では、季節商品を展開。 取材時は温活と 鍋で冬を先取りして提案。 それに続くサツ安超プライスの棚では、3ヵ月間価 格を固定して販売する

コンクリートの床には白い塗料で手描き風のイラストが施されており、壁面に掲げられたアイコン風のカテゴリーサインもユニークだ。サイン類のフォントは今回サツドラのためにオリジナルで作成されたもので、店舗全体に統一感をもたらしている。

サツドラ江別錦店

サツドラ江別錦店
コンクリートの床面に描かれたさまざ まな手描き風のイラスト。シーゾナ ルコー ナ ーの 床には北 海 道 が、 ヘアケアコーナーには長い髪の 女性の後ろ姿があしらわれている

主導線には道路のセンターラインや進行方向の指示表示のような交通標識も描かれていて、ついついそれに従って店内奥まで足を運んでしまう。天井の照明はLEDで調光付きのダウンライト形式。通常店舗より若干照度は落とされているようで、照明によって生まれた陰影が売場に落ち着いた雰囲気をもたらす。

什器の高さの工夫で圧迫感を減らす

入り口から見て手前の化粧品、医薬品売場には高さ1,350mmの什器を配置し、店舗奥の日雑、食品売場には高さ1,800mmの什器を採用。入店した際の見通しをよくすることで、什器の高さの割に圧迫感がないよう工夫している。天井は既存店舗より高く、木目調になっていることで暗い色の什器の雰囲気を中和している。

商品在庫はなるべく店頭に並べることで、バックヤードの面積を従来より縮小した。このことによって、後方での在庫管理の手間も減少したという。なお店舗の設計はブランディングパートナーであるSUPPOSE DESIGN OFFICEが手掛けた。

サツドラ江別錦店

サツドラ江別錦店
江別錦店では陳列の実験も行う。 歯ブラシの棚はゴンドラ1本で1種類の商品を大量陳列し 視認性を高める。エンドのパンツ型軽失禁パッドは最上部の棚1枚をディスプレーコーナーに

サツドラHDは、店舗の新デザイン導入と並行してプライベートブランド(PB)のリブランディングも行う。現在同社のPBには初期のサッポロドラッグストアーのロゴ入り商品や、子会社で製造元の「Creare(クレアーレ)」ブランドの商品が混在しているが、これを今後「サツドラ」ブランドに統一する。既に人気商品の「超炭酸水」や「ソフトパックティッシュ」などは新ブランドへの移行を完了。現在500〜600SKUほど開発しているPBに波及させていく予定だ。

サツドラ江別錦店
店舗奥の壁面で冷凍食品 を展開。 有職女性の増 加に伴い、大容量の冷凍 食品などの人気が高まっ ている。これまでは平台 のオープン冷凍ケースを 利用していたが、リーチイ ンを採用することでエネ ルギー効率が向上し、お 客からの商品視認性も高 まった
サツドラ江別錦店
ハンドタオル、バスタオルなどの糸物もPBを開発。 ハンドタオルはフック付きでさまざまなシーンでの 活用を想定している。ベーシックな白だけでなく、少 しくすんだピンク、ブルー、ブラウンと、生活に取り込 みやすいカラーバリエーション

「楽しさ」は実店舗にとって重要な差別化戦略のひとつだが、これを明言しているDgS企業はほとんどない。その一方で、このサツドラ江別錦店からは「選びやすさ」と「楽しさ」という実店舗が注力すべきポイントを真面目に考えていることが伝わってくる。サツドラHDによれば同店舗はあくまで実験店という位置付けとのことだが、挑戦を感じられる野心的な店舗であることに間違いはない。斬新なデザインの店舗は、立ち上げ当初は好調でも、陳列などがルールどおりになされず店頭が乱れる事例が多々ある。この店舗も今後陳列や店舗管理の質の維持が課題になるだろう。オペレーションレベルをいかに保つかが鍵を握る。

 

「現場の人がシステムのことを理解しているのが一番強い」

連載第1回目は福岡県に本社を構え、63店舗のホームセンター(HC)「グッデイ」を展開する嘉穂無線ホールディングス(HD)・株式会社グッデイの柳瀬隆志氏が登場します。商社で経験を積んだ後、2008年にグッデイに入社したものの、あまりにも小売業のITが遅れていることに驚き、そこから業務改革、システム改革に着手。Tableau(タブロー)というデータ可視化ツールを活用し、安価で柔軟に使える自社データの閲覧環境を構築しました。2017年4月には、嘉穂無線HDの100%子会社、カホエンタープライズで、データ活用支援事業もスタート。企業規模の面では他社に及ばないものの、データ分析の分野においては先進的な姿勢を感じさせる企業です。(月刊マーチャンダイジング 2017年8月号より転載、企業概要等は当時のものです)(聞き手:月刊マーチャンダイジング主幹 日野眞克)

Tableauの導入でデータ可視化に成功

──これまでの御社のシステムによる業務改革の経緯を教えてください。

柳瀬 当社は1990年代前半にシステムを導入するなど、システム導入は早い方でした。しかし、2008年に私が入社した際には、メールも WEBもなく、社内のパソコンからインターネットに接続することもできず、非常に遅れた状況になっていました。

一番の課題は、大量に存在する POSデータを柔軟に分析することができなかったことです。新しい切り口でデーを集計しようとすると業務システムに負荷がかかり、レジが止まってしまう危険性があるというので、データベースにあるデータをいちいち手作業でダウンロードしてエクセルで分析するという、時間や労力をかけて対応せざるを得ない状況でした。

それが、2015年にオープンソースのデータ分析ツールである「Tableau」に出会い、さまざまな切り口で柔軟にデータを分析できることがわかりました。最初は私が個人的に使っていたのですが、徐々に社内に仲間を増やしていき、現在は Tableauで業務分析を行っています。

──これまでのように、ひとつひとつの帳票を、システムを改修してつくるよりも費用が掛からないのですよね。

柳瀬 はい。断然安くなります。単にデータを分析するだけではなくて、ちょっとした帳票をつくることもできます。これまでは帳票をつくる際、どのような帳票が欲しいのかを情報システム部に細かくリクエストして、要件定義をして、設計をして、データベースからデータを引っこ抜いて、どう運用するのかを考え、2.3週間かけてプログラムを書き…、と非常に手間も時間もかかり、費用も数百万円単位で掛かっていました。

ですが、Tableauのようなデータ可視化ツールを使えば、だれでも簡単に自分がつくりたい帳票をつくれます。当社は売上規模が300億円程度ですので、システムに投資をすることはあまりできません。しかし、当社程度の規模の企業でも、クラウドと情報の可視化ツールを使って簡単にデータ分析ができる、ということに気が付きました。

[写真1]

グッデイデータリンクの画面。自分たちがつくりたい帳票を簡単に、短時間でつくることができる

──つまり、情報システム部の人間ではなく、現場で帳票をつくったり、データ加工をすることができるんですね。

柳瀬 そうです。それぞれの担当者が帳票設計をできるのが一番いいんです。現在は、情報システム部はもちろん経営企画室や、各部署の若手社員にTableauの使い方を教えていて、社内で情報共有ができるレベルになりました。彼らはごく一般的な社員で、ITスキルも普通です。ITに詳しくない人間でも情報システムを使えることが重要です。

──お客さまに近い現場で意思決定ができるようになるというのは、小売業にとっては大切ですね。

柳瀬 私たちの現在の課題は、いかに現場の社員を巻き込み、データで得られた知見を実務に生かしていくかです。その気になればデータ分析は30分や1時間程度で簡単にできます。

しかし現場の状況や、人の行動を変えるのには時間がかかります。そして、意外と売場の人がやっていることは正しいともおもっていますので、何がしたいかだとか、現場で見たり聞いたりして得た気付きをどんどん伝えてもらいたいとおもっています。

──そういう雰囲気づくりも大事ですね。

柳瀬 そうですね。まさにいま、そこを業務改革でやっていこうとしています。

──日本は四季が明確ですので、季節商品は重要です。いつ導入するかだとか、いつ売り切るべきなのかとか、そういうことも分析することができますね。

柳瀬 さらに、それをバイヤーの業務にどう落とし込むかが一番難しいです。

発注データを簡単につくることができるようになったとしても、商品が適正な数、適正なタイミングで入るような商談や発注がきちんとできなければ意味がありません。データ分析のノウハウやスキルは身に付きつつありますが、それ以上に作業や現実を変えることが重要です。それができないと、データも変わりません。

前年の7割の在庫で回った「絶対鮮度宣言」

──Tableauを使った分析で効果が出た具体例を教えてください。

柳瀬 昨年、入荷後4日以内の苗しか売らない「絶対鮮度宣言」というキャンペーンを打ちました。実現するためには正確な補充が必要なのですが、天気予報や過去の天候情報、売上推移などの情報量が多すぎて、当社の63店舗で正確な補充のコントロールをすることは難しいと感じていました。そこで、Tableauを使って各店の在庫状況や現在の売上を共有し、過去の天候データと売上のデータを曜日で合わせて、何曜日にどの苗がどれだけ売れたのかを可視化したのです。

すると「来週の月曜日は雨が降るけれど、前年の同時期・同曜日、同じ天気の日の状況を参考にすると、仕入れの数量は何掛けにしないと多すぎる」というような仕入れのコントロールができるようになりました。結果的に、前年の7掛けぐらいの在庫でキャンペーンを終えることができました。欠品になりそうなころに次の商品が入荷するというように、うまく回りましたね。

実はこの事例は、キャンペーンを始めたあとで、在庫コントロールができていないことに気付いて、慌てて天候と売上の相関がわかるような表をつくったんですよ。

──「ぱぱっ」とできてしまうのですか。

柳瀬 そうですね。いちいちシステム部にデータ分析をお願いして、〇週間かかります、といわれたら、その間にシーズンが終わってしまいます。また、システム部に依頼してつくると、自分がおもっていたのと少し違った帳票ができ上がることもあります。

当社はこのような改善を続けてきましたが、このような考え方はどこの企業でも応用できるとおもい、この4月から嘉穂無線HDの100%子会社、カホエンタープライズでデータ活用支援事業という新事業をスタートしました。

少しのコードを書けば自動でデータを集計できる

柳瀬 (PCの画面を見せながら)先日佐賀市が公開している交通事故のデータをいじってみたのがこの画面です。佐賀市は、何月何日にどこで交通事故が起きたのかというデータをCSV形式で提供しています。それをTableauに入力して、年齢や事故の原因、事故の起きた場所などを整理して表示してみました。

たとえば、事故が起きるのは雨の日が多いように感じますが、実は晴れの日の方が多いだとか、雨の日にどんな事故が 起きやすいのかも直感的にわかる。データとTableauさえあれば、データを可視化するのに特別なスキルはいりません。

企業の株価の推移を分析したければ、インターネットで「株価 自動取得」と検索をするとプログラムのコードが出てくるので、Yahoo! Japanなどのサイトから企業ごとの株価データをダウンロードして、自分が見たい企業の株価の推移などを好きに表示することもできます。少しコードを書くことで、いままでエクセルでずっと時間が掛かってきた分析などが、自動でできるようになるんです。

──ものすごい生産性の向上ですね。いまや市場は成熟し、モノがガンガン売れるわけではなくなりました。需要予測の精度を上げていくのも重要です。

柳瀬 当社は1店舗あたり8万アイテムほどを取り扱っているのですが、需要を予測しきれず欠品してしまうことはまだまだ あります。ゆくゆくは自動で発注データが生成できるようになればいいとおもっています。

商圏の分析もだいぶ簡単になりました。(別のPC画面を見せながら)こちらは総務省(統計局)が提供している250mメッシュの人口データを取り込んだものです。エリアごとの性別、年齢、職業などのデータが公開されています。こちらのデータは佐賀の市町村ごとの人口や農業人口などを、市町村や何丁目単位のメッシュに落とし込んだものなのですが、ここに店舗があると仮定して、そこから10km以内の農業人口は何戸だろうか…というようなことを、簡単に見ることができます。これを使ってどういう品揃えにすればいいのかという検討もできますよね。

──うーん。高額なGIS(地理情報)ソフトは不要になるかもしれませんね。

柳瀬 いまお見せしたものを外部の企業に製作してもらったら、軽く数千万円は掛かってしまうのではないでしょうか。

「面倒な仕事はプログラムに任せる」という発想

──取引先ともデータの共有を始めたと伺いました。

柳瀬 「グッデイデータリンク」という仕組みを提供して、取引先さんと情報の共有をしています。それまでは取引先さんは当社への出荷データしか持っていなかったのですが、グッデイデータリンクで、月別の売上や在庫、当社から見た仕入れ(仕入先から見た出荷)のデータを参照し、分析できるようになりました(写真2)。

[写真2]

取引先に公開されている情報の一部。取引先と多くの情報を共有することで、取引の精度が上がっていく

いまは取引先さんにグッデイデータリンクの使い方を教えているところです。閲覧ログも取れますので、各取引先さんがどれだけシステムを見ているのかもわかります。便利に使っている取引先さんもいますので、その事例をほかの取引先さんに紹介したりもしています。一番上手に活用されている取引先さんは、店舗ごとの売上や在庫をチェックして、そろそろ在庫が少なくなっているから補充した方がいいのではないでしょうか? というフォローもしてくれます。もちろんバイヤーとの商談にも活用できます。

──業務の効率化にも、情報システムは大きな役割を果たしますね。

柳瀬 そうですね。1から10まで数字を表示するときに、「1」「2」「3」「4」「5」「6」「7」「8」「9」「10」と、ひとつひとつ入力して表示させるよりも、プログラムで
「1から10までの数字を表示する」と書いた方が絶対早いんです。

──プログラムは、一度書いてしまえば「1から10」だけでなく、「5から30」でも、「1から1,000万」でも応用が利きますね。

柳瀬 でもこのような思考パターンは、なかなか小売業の現場では見られません。だから、小売業の現場でもこのような考え方をしていった方がよいのではないかとおもっています。当社では、現在発注を一店舗一店舗、一商品ずつ手作業で行っていますが、システムで簡単にできればと考えています。

──自動発注ということでしょうか。

柳瀬 自動発注にもいろいろなやり方があるとおもいますが、まずは単純に期間の売上を見て、期首の在庫があって、期末の在庫があって、では何個仕入れて、いつ入荷するの?という話をしていきましょうということです。それだけでも実務的には格段に楽になります。

数字を基に話をする文化をつくる

経営者にとっては、システムはブラックボックスで、どう取り扱えばいいも のなのかわからないことが多いです。

柳瀬 わかりませんよね。私もTableau を使って自社のデータベースをのぞいてみるまでは、何をしていいのかさっぱりわかりませんでした。(新しい帳票などをつくりたくて)会社の情報システム部の人間に、これはできますか? できませんか? と聞いてみると、何か答えは返ってくるのですが、その理由もわかりませんでした。ですが、いまはわかります。このデータと、このデータをくっつければ、欲しい情報が出てくる。だから何でもできてしまうんだ、というのが すごい発見でした。

たぶんどこの会社さんでも同じような悩みを抱えていて、どうすればいいのかわからないまま、多額の投資をしてし まっているのだとおもいます。当社の取引先さんだけでも、システム投資に億単位のお金を掛けているところもあるのですが、それをやって何かいいことがあったのかと聞いてみると「別に何もなかった」という。

──経営者と情報システム部、現場との間に断絶があります。

柳瀬 やりたいことは、業務をやっている現場の方が明確です。情報システム部の人は「これが知りたい」「あれをやりたい」とはあまりいいません。だから、業務をやっている人が、システムのことを理解しているというのが一番強いですよね

そしてデータ分析に一番興味があるのは経営者です。私は嘉穂無線の経営者という立場になったときに、なんとなく報告は上がってくるけれど、自分が見ている合計された数字と、個々の話が全然リンクしていないので、なんでこんなことになっているのかがまったくわからなくて、自分で手を出すことができませんでした。でもツールがあればどんどん自分で数字の原因を調べて「こう売れているんじゃない?」ということができる。

昨日も、マーケティングの担当者が薪が売れているという話をしてきたんです。データを分析してみたら、どうも年末だけ薪が売れている。そこでバーベキューの木炭と売れ方を比較してみて、ならば夏も売れるのではないか、と仮説を立てることができます。調べてみると、最近木炭ではなくて、薪で焼き肉をするのがはやっているということもわかり、店頭でそういう提案ができるのではないか…というアイデアも出てきました。ただ仕入れて売っているだけでは、そんな細かいところまでチェックしませんよね。

──勘と経験に依存した経営から、データに基づいた経営を目指すということですね。

柳瀬 数字を基に話をすることで、トライ&エラーをしようという話もしやすくなります。社内でも、「これは売れています」とか、「多いです」「少ないです」という表現はやめましょうといっているんです。人によっては、1億円を「多い」とおもう人もいれば、「少ない」とおもう人もいる。「多い」「少ない」はやめて「何円」 かで話をしようと。あるいは「30%アップ」 といっても、「10個が13個に伸びた」だ けならあまり意味がありません。これはもう人間系の話ですので、教育をしなければなりません。ただ、データ系の話はほとんど解決したとおもっています。次は人間系ですね。

店舗は「体験」「発見」が重要

──最後に店舗運営についてお伺いします。日本の流通小売業は集約化が進んでいます。御社は中堅のHCですが、リアル店舗として生き残っていくために、どのような戦略を取ろうとしていらっしゃるのでしょうか。

柳瀬 なぜお客さまが自社の店舗に足を運んでくださるのかを考えることだとおもっています。少子高齢化ですので、何もしなければお客さまは減ってしまう。そのような状況にどう対応するかが一番大切で、お店に来て楽しいとか、なんだかそこにいたくなるというのが大切です。

情報は、ネットで調べればわかってしまいますし、モノもインターネットで購入することができるのですが、DIYの体験などは、お店に行かなければできません。店舗にとって「体験をして、新しい発見がある」ということは非常に大事だなと感じています。体験しないとわからないことの価値が上がってきているのです。

──店舗では、ライフスタイル提案型の売場をつくろうとされているそうですね。

柳瀬 今年度内に佐賀県の基山に新店をオープンする予定です。1年半ぶりの新店なので、新しいことを盛り込んでいこうとおもっています。福岡はディスカウントストアが非常に多いので、単純に値段勝負だけだと体力的に勝てません。どうやって特徴づけていくか、頭をひねっています。

2017年4月には、福岡市の繁華街である天神に「GOODAY FAB DAIMYO(グッデイファブ大名 )」というDIYスペースをオープンしました。「minne(ミンネ)」というハンドメイドサイトとも提携しています。minneはGMOペパボが運営する国内最大のハンドメイドマーケットで、個人が手づくりしたものを簡単に売ることができます。いまは作家さんが30万人ほどいるそうです。現在はグッデイファブ大名でminneの作家さんにワークショップをやっていただいたりしているのですが、ゆくゆくは一緒にフリーマーケットの企画などもできるといいなとおもっています。

──昔は大手メーカーが日用品を製造して売るという流れでしたが、最近はアメリカの食品スーパーでも、クアーズのSKUが減って、地元のクラフトビールが尺数を増やしています。昔みたいに、2対8の法則で割り切れるようではなくなっている。究極は「個人」ですよね。

柳瀬 そうですね。小売業って、なんで売れるのかよくわかりませんよね。テレビのおかげで急に火がつくとか。予測がつかないことばかりです。

なぜ当社がデータ分析の話を表に出しているかというと、HCをはじめとする小売業は今後伸びていくという絵を描きにくいと考えているからです。ですから、収益性を上げていくとか、既存店を強化していくとかという戦略が重要になります。

そして小売業にはデータがたくさんあるのに、まったく分析できていないという状況がありますので、それをきちんと分析して、売上アップや店づくりに役立てようと考えています。そのようなニーズに業種は関係ありません。4月にカホエンタープライズの事業を立ち上げてから、メーカーや不動産、学習塾など、小売業以外の業界の企業さまからもお声掛けをいただいています。

──データ分析は小売業にとって隠れた埋蔵金になり得るということでしょうか。今日は興味深いお話をありがとうございました。

(月刊マーチャンダイジング 2017年8月号より転載)