Tableauの導入でデータ可視化に成功
──これまでの御社のシステムによる業務改革の経緯を教えてください。
柳瀬 当社は1990年代前半にシステムを導入するなど、システム導入は早い方でした。しかし、2008年に私が入社した際には、メールも WEBもなく、社内のパソコンからインターネットに接続することもできず、非常に遅れた状況になっていました。
一番の課題は、大量に存在する POSデータを柔軟に分析することができなかったことです。新しい切り口でデーを集計しようとすると業務システムに負荷がかかり、レジが止まってしまう危険性があるというので、データベースにあるデータをいちいち手作業でダウンロードしてエクセルで分析するという、時間や労力をかけて対応せざるを得ない状況でした。
それが、2015年にオープンソースのデータ分析ツールである「Tableau」に出会い、さまざまな切り口で柔軟にデータを分析できることがわかりました。最初は私が個人的に使っていたのですが、徐々に社内に仲間を増やしていき、現在は Tableauで業務分析を行っています。
──これまでのように、ひとつひとつの帳票を、システムを改修してつくるよりも費用が掛からないのですよね。
柳瀬 はい。断然安くなります。単にデータを分析するだけではなくて、ちょっとした帳票をつくることもできます。これまでは帳票をつくる際、どのような帳票が欲しいのかを情報システム部に細かくリクエストして、要件定義をして、設計をして、データベースからデータを引っこ抜いて、どう運用するのかを考え、2.3週間かけてプログラムを書き…、と非常に手間も時間もかかり、費用も数百万円単位で掛かっていました。
ですが、Tableauのようなデータ可視化ツールを使えば、だれでも簡単に自分がつくりたい帳票をつくれます。当社は売上規模が300億円程度ですので、システムに投資をすることはあまりできません。しかし、当社程度の規模の企業でも、クラウドと情報の可視化ツールを使って簡単にデータ分析ができる、ということに気が付きました。
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グッデイデータリンクの画面。自分たちがつくりたい帳票を簡単に、短時間でつくることができる
──つまり、情報システム部の人間ではなく、現場で帳票をつくったり、データ加工をすることができるんですね。
柳瀬 そうです。それぞれの担当者が帳票設計をできるのが一番いいんです。現在は、情報システム部はもちろん経営企画室や、各部署の若手社員にTableauの使い方を教えていて、社内で情報共有ができるレベルになりました。彼らはごく一般的な社員で、ITスキルも普通です。ITに詳しくない人間でも情報システムを使えることが重要です。
──お客さまに近い現場で意思決定ができるようになるというのは、小売業にとっては大切ですね。
柳瀬 私たちの現在の課題は、いかに現場の社員を巻き込み、データで得られた知見を実務に生かしていくかです。その気になればデータ分析は30分や1時間程度で簡単にできます。
しかし現場の状況や、人の行動を変えるのには時間がかかります。そして、意外と売場の人がやっていることは正しいともおもっていますので、何がしたいかだとか、現場で見たり聞いたりして得た気付きをどんどん伝えてもらいたいとおもっています。
──そういう雰囲気づくりも大事ですね。
柳瀬 そうですね。まさにいま、そこを業務改革でやっていこうとしています。
──日本は四季が明確ですので、季節商品は重要です。いつ導入するかだとか、いつ売り切るべきなのかとか、そういうことも分析することができますね。
柳瀬 さらに、それをバイヤーの業務にどう落とし込むかが一番難しいです。
発注データを簡単につくることができるようになったとしても、商品が適正な数、適正なタイミングで入るような商談や発注がきちんとできなければ意味がありません。データ分析のノウハウやスキルは身に付きつつありますが、それ以上に作業や現実を変えることが重要です。それができないと、データも変わりません。
前年の7割の在庫で回った「絶対鮮度宣言」
──Tableauを使った分析で効果が出た具体例を教えてください。
柳瀬 昨年、入荷後4日以内の苗しか売らない「絶対鮮度宣言」というキャンペーンを打ちました。実現するためには正確な補充が必要なのですが、天気予報や過去の天候情報、売上推移などの情報量が多すぎて、当社の63店舗で正確な補充のコントロールをすることは難しいと感じていました。そこで、Tableauを使って各店の在庫状況や現在の売上を共有し、過去の天候データと売上のデータを曜日で合わせて、何曜日にどの苗がどれだけ売れたのかを可視化したのです。
すると「来週の月曜日は雨が降るけれど、前年の同時期・同曜日、同じ天気の日の状況を参考にすると、仕入れの数量は何掛けにしないと多すぎる」というような仕入れのコントロールができるようになりました。結果的に、前年の7掛けぐらいの在庫でキャンペーンを終えることができました。欠品になりそうなころに次の商品が入荷するというように、うまく回りましたね。
実はこの事例は、キャンペーンを始めたあとで、在庫コントロールができていないことに気付いて、慌てて天候と売上の相関がわかるような表をつくったんですよ。
──「ぱぱっ」とできてしまうのですか。
柳瀬 そうですね。いちいちシステム部にデータ分析をお願いして、〇週間かかります、といわれたら、その間にシーズンが終わってしまいます。また、システム部に依頼してつくると、自分がおもっていたのと少し違った帳票ができ上がることもあります。
当社はこのような改善を続けてきましたが、このような考え方はどこの企業でも応用できるとおもい、この4月から嘉穂無線HDの100%子会社、カホエンタープライズでデータ活用支援事業という新事業をスタートしました。
少しのコードを書けば自動でデータを集計できる
柳瀬 (PCの画面を見せながら)先日佐賀市が公開している交通事故のデータをいじってみたのがこの画面です。佐賀市は、何月何日にどこで交通事故が起きたのかというデータをCSV形式で提供しています。それをTableauに入力して、年齢や事故の原因、事故の起きた場所などを整理して表示してみました。
たとえば、事故が起きるのは雨の日が多いように感じますが、実は晴れの日の方が多いだとか、雨の日にどんな事故が 起きやすいのかも直感的にわかる。データとTableauさえあれば、データを可視化するのに特別なスキルはいりません。
企業の株価の推移を分析したければ、インターネットで「株価 自動取得」と検索をするとプログラムのコードが出てくるので、Yahoo! Japanなどのサイトから企業ごとの株価データをダウンロードして、自分が見たい企業の株価の推移などを好きに表示することもできます。少しコードを書くことで、いままでエクセルでずっと時間が掛かってきた分析などが、自動でできるようになるんです。
──ものすごい生産性の向上ですね。いまや市場は成熟し、モノがガンガン売れるわけではなくなりました。需要予測の精度を上げていくのも重要です。
柳瀬 当社は1店舗あたり8万アイテムほどを取り扱っているのですが、需要を予測しきれず欠品してしまうことはまだまだ あります。ゆくゆくは自動で発注データが生成できるようになればいいとおもっています。
商圏の分析もだいぶ簡単になりました。(別のPC画面を見せながら)こちらは総務省(統計局)が提供している250mメッシュの人口データを取り込んだものです。エリアごとの性別、年齢、職業などのデータが公開されています。こちらのデータは佐賀の市町村ごとの人口や農業人口などを、市町村や何丁目単位のメッシュに落とし込んだものなのですが、ここに店舗があると仮定して、そこから10km以内の農業人口は何戸だろうか…というようなことを、簡単に見ることができます。これを使ってどういう品揃えにすればいいのかという検討もできますよね。
──うーん。高額なGIS(地理情報)ソフトは不要になるかもしれませんね。
柳瀬 いまお見せしたものを外部の企業に製作してもらったら、軽く数千万円は掛かってしまうのではないでしょうか。
「面倒な仕事はプログラムに任せる」という発想
──取引先ともデータの共有を始めたと伺いました。
柳瀬 「グッデイデータリンク」という仕組みを提供して、取引先さんと情報の共有をしています。それまでは取引先さんは当社への出荷データしか持っていなかったのですが、グッデイデータリンクで、月別の売上や在庫、当社から見た仕入れ(仕入先から見た出荷)のデータを参照し、分析できるようになりました(写真2)。
[写真2]
取引先に公開されている情報の一部。取引先と多くの情報を共有することで、取引の精度が上がっていく
いまは取引先さんにグッデイデータリンクの使い方を教えているところです。閲覧ログも取れますので、各取引先さんがどれだけシステムを見ているのかもわかります。便利に使っている取引先さんもいますので、その事例をほかの取引先さんに紹介したりもしています。一番上手に活用されている取引先さんは、店舗ごとの売上や在庫をチェックして、そろそろ在庫が少なくなっているから補充した方がいいのではないでしょうか? というフォローもしてくれます。もちろんバイヤーとの商談にも活用できます。
──業務の効率化にも、情報システムは大きな役割を果たしますね。
柳瀬 そうですね。1から10まで数字を表示するときに、「1」「2」「3」「4」「5」「6」「7」「8」「9」「10」と、ひとつひとつ入力して表示させるよりも、プログラムで
「1から10までの数字を表示する」と書いた方が絶対早いんです。
──プログラムは、一度書いてしまえば「1から10」だけでなく、「5から30」でも、「1から1,000万」でも応用が利きますね。
柳瀬 でもこのような思考パターンは、なかなか小売業の現場では見られません。だから、小売業の現場でもこのような考え方をしていった方がよいのではないかとおもっています。当社では、現在発注を一店舗一店舗、一商品ずつ手作業で行っていますが、システムで簡単にできればと考えています。
──自動発注ということでしょうか。
柳瀬 自動発注にもいろいろなやり方があるとおもいますが、まずは単純に期間の売上を見て、期首の在庫があって、期末の在庫があって、では何個仕入れて、いつ入荷するの?という話をしていきましょうということです。それだけでも実務的には格段に楽になります。
数字を基に話をする文化をつくる
── 経営者にとっては、システムはブラックボックスで、どう取り扱えばいいも のなのかわからないことが多いです。
柳瀬 わかりませんよね。私もTableau を使って自社のデータベースをのぞいてみるまでは、何をしていいのかさっぱりわかりませんでした。(新しい帳票などをつくりたくて)会社の情報システム部の人間に、これはできますか? できませんか? と聞いてみると、何か答えは返ってくるのですが、その理由もわかりませんでした。ですが、いまはわかります。このデータと、このデータをくっつければ、欲しい情報が出てくる。だから何でもできてしまうんだ、というのが すごい発見でした。
たぶんどこの会社さんでも同じような悩みを抱えていて、どうすればいいのかわからないまま、多額の投資をしてし まっているのだとおもいます。当社の取引先さんだけでも、システム投資に億単位のお金を掛けているところもあるのですが、それをやって何かいいことがあったのかと聞いてみると「別に何もなかった」という。
──経営者と情報システム部、現場との間に断絶があります。
柳瀬 やりたいことは、業務をやっている現場の方が明確です。情報システム部の人は「これが知りたい」「あれをやりたい」とはあまりいいません。だから、業務をやっている人が、システムのことを理解しているというのが一番強いですよね
そしてデータ分析に一番興味があるのは経営者です。私は嘉穂無線の経営者という立場になったときに、なんとなく報告は上がってくるけれど、自分が見ている合計された数字と、個々の話が全然リンクしていないので、なんでこんなことになっているのかがまったくわからなくて、自分で手を出すことができませんでした。でもツールがあればどんどん自分で数字の原因を調べて「こう売れているんじゃない?」ということができる。
昨日も、マーケティングの担当者が薪が売れているという話をしてきたんです。データを分析してみたら、どうも年末だけ薪が売れている。そこでバーベキューの木炭と売れ方を比較してみて、ならば夏も売れるのではないか、と仮説を立てることができます。調べてみると、最近木炭ではなくて、薪で焼き肉をするのがはやっているということもわかり、店頭でそういう提案ができるのではないか…というアイデアも出てきました。ただ仕入れて売っているだけでは、そんな細かいところまでチェックしませんよね。
──勘と経験に依存した経営から、データに基づいた経営を目指すということですね。
柳瀬 数字を基に話をすることで、トライ&エラーをしようという話もしやすくなります。社内でも、「これは売れています」とか、「多いです」「少ないです」という表現はやめましょうといっているんです。人によっては、1億円を「多い」とおもう人もいれば、「少ない」とおもう人もいる。「多い」「少ない」はやめて「何円」 かで話をしようと。あるいは「30%アップ」 といっても、「10個が13個に伸びた」だ けならあまり意味がありません。これはもう人間系の話ですので、教育をしなければなりません。ただ、データ系の話はほとんど解決したとおもっています。次は人間系ですね。
店舗は「体験」「発見」が重要
──最後に店舗運営についてお伺いします。日本の流通小売業は集約化が進んでいます。御社は中堅のHCですが、リアル店舗として生き残っていくために、どのような戦略を取ろうとしていらっしゃるのでしょうか。
柳瀬 なぜお客さまが自社の店舗に足を運んでくださるのかを考えることだとおもっています。少子高齢化ですので、何もしなければお客さまは減ってしまう。そのような状況にどう対応するかが一番大切で、お店に来て楽しいとか、なんだかそこにいたくなるというのが大切です。
情報は、ネットで調べればわかってしまいますし、モノもインターネットで購入することができるのですが、DIYの体験などは、お店に行かなければできません。店舗にとって「体験をして、新しい発見がある」ということは非常に大事だなと感じています。体験しないとわからないことの価値が上がってきているのです。
──店舗では、ライフスタイル提案型の売場をつくろうとされているそうですね。
柳瀬 今年度内に佐賀県の基山に新店をオープンする予定です。1年半ぶりの新店なので、新しいことを盛り込んでいこうとおもっています。福岡はディスカウントストアが非常に多いので、単純に値段勝負だけだと体力的に勝てません。どうやって特徴づけていくか、頭をひねっています。
2017年4月には、福岡市の繁華街である天神に「GOODAY FAB DAIMYO(グッデイファブ大名 )」というDIYスペースをオープンしました。「minne(ミンネ)」というハンドメイドサイトとも提携しています。minneはGMOペパボが運営する国内最大のハンドメイドマーケットで、個人が手づくりしたものを簡単に売ることができます。いまは作家さんが30万人ほどいるそうです。現在はグッデイファブ大名でminneの作家さんにワークショップをやっていただいたりしているのですが、ゆくゆくは一緒にフリーマーケットの企画などもできるといいなとおもっています。
──昔は大手メーカーが日用品を製造して売るという流れでしたが、最近はアメリカの食品スーパーでも、クアーズのSKUが減って、地元のクラフトビールが尺数を増やしています。昔みたいに、2対8の法則で割り切れるようではなくなっている。究極は「個人」ですよね。
柳瀬 そうですね。小売業って、なんで売れるのかよくわかりませんよね。テレビのおかげで急に火がつくとか。予測がつかないことばかりです。
なぜ当社がデータ分析の話を表に出しているかというと、HCをはじめとする小売業は今後伸びていくという絵を描きにくいと考えているからです。ですから、収益性を上げていくとか、既存店を強化していくとかという戦略が重要になります。
そして小売業にはデータがたくさんあるのに、まったく分析できていないという状況がありますので、それをきちんと分析して、売上アップや店づくりに役立てようと考えています。そのようなニーズに業種は関係ありません。4月にカホエンタープライズの事業を立ち上げてから、メーカーや不動産、学習塾など、小売業以外の業界の企業さまからもお声掛けをいただいています。
──データ分析は小売業にとって隠れた埋蔵金になり得るということでしょうか。今日は興味深いお話をありがとうございました。
(月刊マーチャンダイジング 2017年8月号より転載)