ウォルマートは、グーグルホームに話しかけると商品が届くサービスも開始している
IT企業を買収し、事業モデルとIT人材を獲得したウォルマート
リアル小売業の「デジタルシフト化」は、今後加速していくでしょう。最近のニュースを見ていると、リアル小売業とIT企業の協働・提携によって目指すべき革新は、大きく分けると、以下の5項目になります。
「(1)ネット販売の強化」に、ものすごい投資をしているのはウォルマートです。同社は2016年に、ネット通販の有力企業「ジェット・ドットコム」を約33億ドルで買収し、創業者のマーク・ロア氏をウォルマートのネット戦略の責任者として抜擢しました。ロア氏は、ウォルマートのネット事業の急成長の中心人物といわれています。
ウォルマートは、ITベンチャーを買収することで、ITビジネスのノウハウを得るだけでなく、優秀なIT人材を獲得することが大きな目的だったようです。これからのリアル小売業は、IT企業との協働、提携、買収を行うことで「IT人材」に積極的に投資していく必要があります。この発想は、IT人材の少ないリアル小売業にとっては、とても重要なM&A戦略だと思います。
「ウォルマート・ドットコム」では、7,500万点の商品を取り扱い、リアル店舗では品揃えできない「ロングテール」に対応しています。
ウォルマートの2018年のネット販売(アメリカ国内)の売上は40%の急成長率を見込んでいます。アメリカのネット通販市場のウォルマートのシェア率は約5%に達しています。アマゾンのアメリカのネット通販市場のシェア率40%と比較すると、まだまだ低いですが、ウォルマートのネット販売の成長率はアマゾンを凌駕しています。
一方でウォルマートは、リアル店舗の新規出店を年間で30店以内にスローダウンさせており、リアル店舗よりもネット販売への投資を拡大しています。
ウォルマートは2017年、アマゾンと対抗するために、「グーグル」とネット販売事業で提携しました。グーグルのネット販売サービス「グーグルエクスプレス」に日用品10数万点を出品。アマゾンのアレクサに対抗して、グーグルのAIスピーカー「グーグルホーム」に話しかけると注文できるサービスも開始しました。
また、「ネットで注文して宅配」「ネットで注文して店舗受け取り」「店舗から自宅へのお届けサービス」など、買物の選択肢を増やす「(2)オムニチャネル化」も推進しています。この連載の第4回の記事「ウォルマートのピックアップタワー」で紹介したように、店舗受け取りの自動化・無人化にも取り組んでいます。ウォルマートのEC売上の50%強が、「ネットで注文して店舗受け取り」のようです。これはリアル店舗(拠点)を持つ企業の強みですね。
AIによる需要予測と業務の生産性向上
ユニクロとグーグルの協業に関する記事を読むと、ユニクロはまず、「(3) AI活用による需要予測」に関して、グーグルと協業するようです。グーグルが持つAI(人工知能)を使った画像認識技術を活用して、ユニクロの店舗で、接客を担当する社員がカメラに商品をかざすだけで、AIが商品のトレンドや併買商品、在庫情報などを瞬時に教えてくれます。文字による情報提供だけでなくて、音声で問い合わせれば、音声で回答してくれるサービスも実験するようです。
ユニクロは、顧客接点である店舗にデータ提供し、現場で意思決定することで、需要予測の精度を高めようとしていると思います。IT技術の進化によって、従来の「ピラミッド型の意思決定組織」から、「顧客接点の現場で意思決定できる組織」へ、リアル小売業の組織は大きく変わっていきます。
「中央集権型マネジメント」から、「自立型マネジメント」への変革も、ITの進化によって、これから起きる未来だと思います。
さらにユニクロは、店舗、本部、生産、物流拠点のすべてで、全社員が情報を共有するために、グーグルのグループウエア「G Suite」を採用します。グーグルとの協業によって、コミュニケーションの強化、「(4) サプライチェーンの効率化」を進めようとしています。
一方、グーグルは、全世界で、AIを活用した「カスタマーセンター(顧客からの問合せ窓口)」の省人化技術の、リアル店舗への導入を推進しています。今後、ユニクロが「AIカスタマーセンター」を実験する可能性もあります。
ユニクロが進めようとしている、グーグルのグループウエアの採用、AIを活用した業務の省人化などの協業の目的は、「(5)リアル小売業の業務の効率化と生産性の向上」です。ネット販売だけが、IT企業との協業ではないのです。