今週の視点

100の指示より1の徹底を重視せよ

第109回誰でもできる「平凡」なことを徹底することは「非凡」である

時代は変わっても、大量の店舗を展開する「チェーンストア」にとって、もっとも重要な競争戦略は「基本の徹底」です。とくに、本部で決めたことを現場で徹底する「完全作業力」の高さこそが、チェーンストア組織の最大の差別化戦略です。

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汚い売場からは女性の固定客が逃げる

「汚い売場は女性が逃げる」という言葉は、顧客満足度調査のミステリーショッパー(買物調査隊)のスタッフが残した格言です。本誌が組織したミステリーショッパーに、覆面で複数のドラッグストア(DgS)に買物に行ってもらったところ、その店で商品を「買わなかった理由」の第1位が、「売場が汚い、テスターが汚れていた」というクリンリネスに関する項目だったからです。小売業というのは、「基本の徹底がなによりも重要である」ということを再認識したと同時に、売場や商品が汚れていても、平気で放置している店舗があることに驚いたものです。

図表1 現場力を高める基本5原則

図表1は、店頭の現場力を高める5ヵ条を整理したものです。すべての項目は、だれにでも理解でき、だれにでも実行できる「当り前のこと」です。しかし、当り前のことを全員で、全店で、100%実行することは、とても困難なことであります。「小売業とは、誰でもできることを、誰にもできないくらい徹底する」ことが、最大の差別化戦略であるということが、今回の視点の結論です。

ダメな組織ほど、商品部、店舗運営部、社長、副社長、専務—etc.から、店舗現場に対して、ありとあらゆる方向から、ありとあらゆる異なった指示が嵐のように降り注いでいます。しかも、指示を出す側は、指示を出すことで安心してしまうので、指示が実行されたかどうかは確認しないまま放置されます。店頭現場では、指示を実行しなくても叱られないということが分かると、必ず、指示を左から右に受け流すようになります。

そして、本部からの指示・命令は、現場では実行されず、「指示の屍」が累々と積み上げられていきます。実は、こういう組織ってほんとに多いと思います。つまり、小売業の店頭実現力を高めるためには、「100の指示より1の徹底」という意識をなによりも優先することが大切です。

100の指示より1の徹底を重視せよ

江戸時代の商家である三井家で、享保年間の初期に、組織のタガが緩んで業績が悪化した時期があったそうです。創業家(オーナー経営者)が業績回復のために、ありとあらゆる指示を出しましたが、一向に現場では実行されませんでした。しかし、ある番頭さん(サラリーマン経営者)が、ただひとつの指示だけを徹底するという組織改革を断行しました。

その「ただひとつの指示」というのは、当時の商家は、住み込みの丁稚奉公でしたから、全員が「門限を守る」というひとつのルールを徹底することだけでした。だれにでもできる簡単な決まりを、たったひとつだけ守ることを、番頭さんは従業員と約束した代わりに、その決まりに関しては100%妥協しないことを徹底しました。

妥協しないとは、1分でも遅れたら、門を閉めて、寒い夜に外に締め出すのは可愛そうだからと、同情して門を開けることは絶対にしないことを徹底したのです。結果として、たったひとつの決まりを、全員が守るようになることで、組織は活性化し、企業文化は変わり、業績も回復したそうです。現代にも通用する「組織改革のセオリー」が、その逸話の中にあると思います。

また、何年か前に、あるDgSの経営者が、新社長に就任した際に、「仕事が終わって帰社する時に、机の上のもの(書類や本、事務用品など)をすべて引き出しにしまって、机の上に何も置かないで帰る」という決まりだけを徹底したそうです。その経営者は、あれこれやりたいのを我慢して、図表1の「整理・整頓」の1点を全員で守り、徹底することだけに、こだわったそうです。

「机の上に何も置かないで帰る」という、だれにでもできそうな決まりも、実は全員で徹底するのは簡単なことではなくて、繰り返しいい続けて、何ヵ月もかかって、やっと徹底することができたそうです。

ところが、不思議なことにひとつのことが徹底できると、2番目、3番目の「決まり」を徹底する速度は、確実に速くなるそうです。つまり、ひとつのことを徹底することが、組織を活性化する近道だということが分かります。そういう意味で、図表1の「整理・整頓」と「クリンリネス」の徹底は、小売業がまず実行すべき基本中の基本です。

売れ筋の陳列量を全店で維持しよう

図表1の3番目の項目である「フレンドリーサービス」も重要な差別化戦略です。尾行販売やディープなカウンセリングを実施するデパートとは違って、月刊MDのメイン読者であるDgS(ドラッグストア)は、短時間の「接客」「コミュニケーション力」が重要です。さらに、清潔な身だしなみと、感じのいい挨拶を徹底することが重要です。

4番目の「鮮度管理」も小売業の基本です。生鮮食品を取り扱っていないDgSの場合、鮮度に鈍感な企業が多いようです。賞味期限切れの食品や、精米日から3ヵ月以上経過した米を店頭で発見した買物客は、黙って二度と、その店に行かなくなります。「賞味期限管理の仕組み」、「死に筋退治の仕組みづくり」も、基本の徹底のためには不可欠です。

5番目の「売れ筋の陳列量」も商品構成のもっとも大切な基本です。50坪の店だろうが、1,000坪の店だろうが、買物客から聞かれる質問の第1は、「○○はどこにあるのですか?」という質問です。

「売れ筋」や「売り筋」が1フェース陳列では、買物客が商品を見落とすことで売り逃がしが発生し、さらに店頭欠品による機会損失も膨大です。売れ筋や売り筋は、「売れる陳列量の維持」が重要であり、それが小売業の商品構成の「当り前の基本原則」なのです。

先日も、あるDgSで、有名な売れ筋商品のシリーズが5品目陳列されていましたが、すべて1フェース陳列でした。店の人に「売れ筋品目はどれか?」と確認したら、案の定、1番目の売れ筋が欠品しており、2番目の売れ筋が品薄であり、残り3品目は十分に在庫がありました。

つまり、「売れる商品は陳列量を多くする」という小学生でも理解できる簡単な原理原則を、全店で実行し、その状態を維持することは、とてつもなく難しいことなのです。誰でもできることを徹底できる組織だけが、他店との競争に勝ち、差別化できるのだと思います。つまり、真の差別化とは、奇をてらうことではなくて、当り前のことが当たり前にできる状態を継続することなのです。

[月刊MD2009年1月号の今月の視点より引用]

著者プロフィール

日野眞克
日野眞克ヒノマサカツ

株式会社ニュー・フォーマット研究所代表取締役社長。月刊『マーチャンダイジング』主幹を務める。株式会社商業界の「月刊販売革新」編集記者を経て、1997年に独立し、株式会社ニュー・フォーマット研究所を設立。