今週の視点

不特定多数から特定少数へ

第108回これからのリアル小売業は固定客との長期的な商売が重要

人口減少、高齢化によって、「狭小商圏化」が進むリアル小売業の商売は大きく転換していきます。そのパラダイムシフトのビフォーアフターを解説します。

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(×)浮動客をかき集める (○)固定客を増やす

図表1は、これからの「リアル小売業」のビフォーアフターをまとめたものです。第1の変化は、「狭小商圏化」が加速することです。車で30分もかけて来店するような大商圏のリアル店舗は、Amazonなどのeコマースとの競争には弱いと思います。「コストコ」のようなAmazonにはない特別な来店目的を持つ業態以外は、大商圏立地の店舗は成立しにくくなるでしょう。

Amazonと共存できるリアル店舗は、「近くて便利」という価値を磨いた狭小商圏店舗だけになる日が来るかもしれません。現在、ドラッグストア(DgS)の商圏人口は1万人を切っていますが、引き続き大量出店を計画しているDgS企業は、人口7,000~5,000人という狭小商圏立地への出店も計画しはじめています。

7,000~5,000人の狭小商圏立地でも商売を成立するためには「ラインロビング」が不可欠の戦略です。新しいカテゴリーを増やすことで「来店目的」を増やし、一人当たりの支出金額を増やすことが、狭小商圏で成立させるためのセオリーです。最近のDgSは、精肉、青果などの生鮮食品までラインロビングする事例が増えています。

第2の変化は、浮動客を広域からかき集めるような販促が廃れて、商圏内に住み、繰り返し来店してくれる「固定客」を増やすことが最重点の売上対策になることです。これからのリアル店舗にとってもっとも重要視すべき数値は「年間購入金額」です。一般的に1店舗で1年間に6万円以上支出してくれる客をロイヤルカスタマー(固定客)と定義しますが、いかに狭小商圏内に住む年間購入金額の高い固定客を増やし、その店を信頼して通い続けてくれる「生涯顧客」を増やすことが、これからのリアル店舗にとってはもっとも重要な経営戦略に変わっていきます。

第3の変化は、開店前に行列をつくるような「短期特価特売(ハイ&ロー)」の売り方が廃れて、価格と「売れ方」の波動をつくらない「EDLP(毎日低価格)」の売り方が主流になることです。

狭小商圏の商売は「正直な商売」であるべき

狭小商圏時代に固定客に信頼される店づくりは、広域商圏時代の商売よりも難しいと思います。広域商圏時代は、企業が儲かる商品を押し売りして、顧客を怒らせても、次から次に新規客が増えていました。しかし、限られた商圏の固定客の繰り返し来店で成立する商売は、より正直な商売でなければなりません。不誠実な商売をすれば、地域の固定客は離れていき、二度と戻ってこなくなります。

商業界の創始者である倉本長治氏の「商売十訓」の巻頭は「損得よりも善悪が先」という言葉です。正直な商売こそ長期的な繁栄の「王道」であるという原点に戻ることが、これからのリアル店舗には求められます。逆に、押し売り販売は「覇道」であり、長期的には衰退の道をたどるという歴史の教訓を学ぶべきです。

DgSという業態は、「推奨販売力」が強いことが、業態として成長した大きな理由のひとつでした。しかし、狭小商圏時代には、過度な「推奨品の押し売り販売」は、固定客を減らす原因になるので注意が必要です。利益率の高い推奨品を販売することが目的ではなくて、狭小商圏に住む「なじみの固定客」に親身に寄り添って問題解決することが、接客販売の基本であるという原点に立ちかえるべきです。

そのためには、図表1で示した「商品軸、ブランド軸のMD」から「顧客軸のMD」に転換することが第4の変化です。たとえば、化粧品の推奨品が毎月のように変わる推奨販売は、商品ありきの商売であり、覇道経営です。顧客軸のMD(マーチャンダイジング)とは、女性の固定客の「肌悩み」に長期的に寄り添って、問題解決力のある接客によって長期的に信頼してくれる「生涯顧客」を増やすことです。

医薬品の接客販売に関しても、値入率の高い推奨品を無条件で押し売りするような接客は、地域の固定客に見透かされて、その店からの離反につながる可能性があります。あくまでも、地域の患者さんの健康状態や顧客属性、購買データに基づいた、その患者さんにとってもっとも適切な商品を個別に推奨する接客力が、狭小商圏時代にはますます重要になります。

長期的に信頼される固定客を増やすためには、図表1の「マスマーケティング」から「One to Oneマーケティング」への転換が重要になります。かつてのチェーンストアのように「不特定多数」の客に、同じ売り方、同じ販促、同じ接客を行うのではなくて、「特定少数」の客に、よりパーソナルな売り方・販促・接客を行うことが、狭小商圏時代のリアル小売業には求められます。これが第5の変化です。

※この記事は月刊MD2021年6月号の記事『今月の視点』を再編集したものです。

著者プロフィール

日野眞克
日野眞克ヒノマサカツ

株式会社ニュー・フォーマット研究所代表取締役社長。月刊『マーチャンダイジング』主幹を務める。株式会社商業界の「月刊販売革新」編集記者を経て、1997年に独立し、株式会社ニュー・フォーマット研究所を設立。