AIリテールイノベーション

AIを活用する必要性と、利活用のために必要なこと

第4回小売業界がAIやデータ活用で失敗しないためにすべきこと

これまでの連載の中で、AIについて、また小売業界に限らず幅広い業界でAIやデータの利活用が進んでいることを紹介してきた。今回の記事では、AIやデータを利活用するにあたって必要な考え方や準備すべきことを紹介する。

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事業におけるAIやデータ活用の有用性を考える

AmazonGoはもちろんだが、2016年末に中国のアリババが「ニューリテール戦略」を発表したように、中国などでは無人店舗が既に実現されており、O2Oなどの取り組みも進んでいる。そんな中、これからの小売業界がデータやAIを活用するという意思決定は必然だろう。

その際にまず考える必要があるのは、データ活用の有効性である。例えば「数店舗の展開で、来店客数が少ない会社」と「全国に1000店鋪以上展開し、1店鋪あたりの来店客数も多い会社」では、データ活用による有効性が異なることは直感的にお分かりいただけると思う。

上記の例は極端ではあるが、事業に対して、AIやデータ活用によってどのくらい効果が見込め、活用して行く必要性があるか、ということを考えるべきであると伝えたい。

一般的に、規模が小さい会社では、AIやデータ活用への投資に対する効果が規模が大きい会社よりも小さくなってしまう。AIやデータ活用は、主に数パーセントの改善や自動化で力を発揮する。

そのため、規模が小さい会社では、AIやデータ活用以外の部分に注力する方が効果が大きく、逆に規模が大きい会社、例えば、数パーセントの改善が大きくインパクトをする会社などは、AIやデータ活用によるコスト削減や、サービスレベルの向上に意味が出てくる。

AIやデータ活用で解くべき課題を考える

自社でAIやデータ活用によって、事業にインパクトが出そうかどうかを考えると同時に、AIやデータ活用で解くべき課題を考えることも必要である。AIやデータ活用のサービスを提供している立場ではあるが、それらはあくまで手段であり、課題解決のためのひとつの選択肢だと考える。

「AIが流行っているから、なにかやってみたい」

こういう一言も、「新しい技術を先駆けて取り入れてみる」という観点では素晴らしい。しかし、第二回目の記事で述べたように、実際にそのプロジェクトから成果を得るためには、課題の整理から行うべきである。

私の経験上、「とりあえずAIを使ってみたい」と始まったプロジェクトと、「特定の課題を解決するためにAIを使いたい」と始まったプロジェクトでは、プロジェクトの成功確率が全く異なる。

もちろん、前者の経緯で始まったプロジェクトでも、その目的が「その新しい技術で何が可能で、何が不可能かを検証する」というような内容であれば、プロジェクトとしては成功であると思う。しかしながら、実際には前者の経緯で始まったプロジェクトでも、事業上の成果を求められることがほとんどである。

具体的な企業名は伏せるが、AIやデータが必要な課題として、以下のような例がある。

「従来より、POSデータで分析を行ってきた。しかし、POSデータからは分析ができない”購入していないお客様”の年齢・性別、手に取った商品や見た商品を分析し、より購入していただけるような施策を打ちたい”」

例えば、この例であれば「既にPOSのデータを活用して購入者の情報を分析してきたが、それ以上の課題を解決することが売上向上には必要だと考えたから、購入していないお客様の分析もしたい」となっており、新しいデータを使わないと解けない課題があることがわかる。

AI・データ活用に必要なステップ

AIやデータ活用の有用性や解くべき課題が確認できたら、以下のようなステップに沿って進めていく。

  1. 目的設定
  2. 指標決定
  3. 必要なデータの取得・蓄積
  4. データの可視化
  5. 自動化可能な部分の特定
  6. AIを活用した自動化の検証
  7. 自動化のためのシステム開発

先ほどの例を使って説明する。今回は、「購入していないお客様に、購入いただける施策を打つ」という目的設定をする。

次に、この目的を達成するために、どのような指標を見るべきかを考える。指標の例としては以下のようなものが挙げられる。

  • 来店者数
  • 来店者の属性情報(年齢・性別)
  • 購入者数
  • 購入者の属性情報(年齢・性別)
  • 買上率(購入者数 ÷ 来店者数)

POSから取得できる指標もあるが、POSから取得できない、以下のような指標もある。

POSデータ以外で取得可能なお客様のデータ

これらのデータから、買上率が低い属性区分があることが発見できるかもしれない。また、特定の店舗が、来店者数は多いが買上率が他店舗に比べて低いなど、POSデータだけでは発見できない課題が発見できるかもしれない。これらの発見をもとに、施策を打てるようになる。

目的設定、指標設定まで終えたところで、「それらのデータをどのように取得できるか」について考えるというステップに移行する。

取得方法としては、店内にカメラを設置し、そのデータを取得、そのデータからAIを使って属性を判定するという方法がある。

  • 年齢
  • 性別
  • 購入客と非購入客の店内導線の分析

このような方法でデータが取得できるようになったら、エクセルなどを使って分析・可視化することをお薦めする。最初から高度な分析ツールを使う必要はなく、エクセルなどの手元にある身近なツールを使って分析し、設定した目標を達成できそうかを検証することが重要である。

これで、最初に設定した「購入していないお客様に購入していただける施策を打ちたい」という目標を達成するためのステップのイメージがついたと思う。

小さく、とにかく小さく始めることが大事

具体例を用いてAI・データ活用におけるステップを紹介したが、最初から「非購入者に購入していただけるようなOneToOneマーケティングがしたい」など、ステップを大きく跨ぐような目標を設定してはいけない。

小さく、とにかく小さく始めることが大事である。これにはいくつかの理由がある。

1つ目は有効性検証の観点である。十分な検証無しに、大きな費用を投下してしまうと、その取り組みによる効果が薄い、もしくは運用に乗りにくいと判明した場合に、大きな損失になってしまうからだ。まずは、上述の例のように、その分析により目的を達成できそうかを検証することが重要である。

2つ目は運用可能性の観点である。新たな取り組みという性質上、新たな業務が生じやすい。また、その業務に対して業務フローを構築する必要も出てくる。仮に、最初から全店舗で新たなシステムやデータ活用を始めた場合、その業務フローが不十分な設計だった際の影響度合いは大きい。そのため、小さく始めて、上記の有効性の検証を行いつつ、大規模に拡大した場合の業務フローもしっかりと構築することが重要である。

上記2点より、まずは少数の関係者で、小さい予算で始め、それを少しずつ組織に伝搬させていく、そのようなステップを踏むことも重要だ。

データ分析でやってはいけない4つの間違い

少し前に見た記事で、非常に興味深かった記事がある。それは、「The Four Cringe-Worthy Mistakes Too Many Startups Make with Data」という記事で、これはHotel Tonightというサービスを提供しているスタートアップの方が書いた記事だ。

この記事では、スタートアップがデータ分析をする際に陥る4つのパターンということで、以下の4つが紹介されている。

  • Starting with Metrics Instead of a Goal(目的の代わりに指標から初めてしまう)
  • Rampant Personalization(パーソナライズの横行)
  • Hiring a Dedicated Data Scientist(専門のデータサイエンティストを雇ってしまう)
  • Chasing After the Latest Toolset(最新のツールの追っかけ)

これらは本当によく陥りがちなことである。多くの場合、データ分析を始めるにあたって、最新のツールを使う必要も、専門のデータサイエンティストを自社で雇う必要もない。

上述のステップの通り、まずは目的を設定し、必要なデータを集めたら、すぐにエクセルなど手元にあるツールでデータを見る。そのデータから課題を特定し、施策を打つ。そして、この分析の有効性を検証する。これが最初の一歩である。

このような意識が薄いと、あくまで手段であるAIやデータ活用が目的に替わってしまいがちである。結果として、目的として押さえ続けるべき、事業成長に関わるアクションが手薄になってしまう。

AI・データ活用がスタンダードになるこれからを見据えて

世界的に見ても、これまで小売業をやっていなかったテクノロジーカンパニーが、新しい技術を使って無人店舗などの次世代店舗と言われるような取り組みを実施している。しかしながら、最初から同等の内容を実施するのではなく、「急がば回れ」の考えで、まずは小さく、始めることをお勧めする。

読者の中で「データを使って何かしてみたい」と思っている方がいれば、まずは何が目的なのか、そのために必要な指標やデータは何か、そして自分や周りの数名だけでできる小さな目標は何か、などを考えて見てはどうだろうか。

次回は、現在の小売とAI・データ分析で行われていることや、今実現できていることや将来実現できることについて紹介する。

著者プロフィール

伊藤 久之
伊藤 久之イトウヒサユキ

株式会社リクルートエージェントを経て、JTBグループにて新規事業立ち上げに従事。 その後、サービス立ち上げ期のSaaSベンチャーにてセールス、CS、サービス企画など幅広く担当。2016年株式会社ABEJA入社。 ABEJAでは、ABEJA Insight for Retailを基盤にした次世代の小売経営を推進している。グロービス経営大学院卒業(MBA)。JDLA Deep Learning for GENERAL 2017。