情報小売業の時代

サツドラホールディングス 富山浩樹氏

第2回「情報格差を無くすことが新しいチェーンストアの役割」

連載第2回目は、北海道を中心にドラッグストア(DgS)を約190店舗展開するサツ ドラホールディングス(HD)代表取締役社長の富山浩樹氏が登場。 企業規模は中堅ですが、2016年8月に設立した純粋持ち株会社サツドラホールディ ングスでは「リテール(小売業)×マーケティング」をコンセプトに掲げ、子会社の リージョナルマーケティングでは地域ポイントカードのEZOCAを推進。 既存店舗のリブランディングや、AI関連会社の子会社化、地域コミュニティの創出など、 幅広く挑戦的な取組みを行います。 技術が小売業を、そして社会をどう変えるのか。 話は「産業革命に匹敵する社会の変化」にまで広がりました。(月刊マーチャンダイジング 2017年9月号より転載、企業概要等は当時のものです)(聞き手:月刊マーチャンダイジング主幹 日野眞克)

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POSとMDシステムが ITの基軸となる

──御社はこの6月に情報系の企業を2社子会社化されました。まずはその経緯からお聞かせください。

富山 今回、人工知能(AI)関連の会社であるエーアイ・トウキョウ・ラボを資本提携で、クラウドPOSシステム開発の会社であるGRIT WORKS(以下グリットワークス)を4U Applicationsと合弁で設立し、子会社化しました。

私どもはリテールを含めたあらゆる事業にとって、テクノロジーは不可欠なものになると考えています。世の中には新しい技術がどんどん登場していて、情報システムをまるでプラモデルのようにいろいろなパーツを組み合わせてつくり上げていくようになりつつあるなか、何を核と考え、何を外部に開発委託するのかの選択が非常に重要になりました。そして、核の部分を自分たちでしっかりとコントロールできる体制も必要です。

リテールテクノロジーの基軸は、POSとマーチャンダイジング(MD)システムです。POSはすべてのデータの入り口で、MDシステムは商品マスタを軸に、発注や販売管理、在庫管理などを含めた、一気通貫した商品の流れであり、チェーンストアの核となる仕組みといえます。ここを柔軟に、スピード感を持ってつくっていかなければなりません。しかし、これまでの情報システムのつくり方ではスピード感が足りず、自分たちでやりたいこともなかなか実現できないという状況でした。

──ITの会社を子会社化することで、スピード感のある開発ができるようになるということですね。

富山 はい。たとえば今回エーアイ・トウキョウ・ラボを子会社化したことで、商品リコメンドのような仕組みであれば、自分たちで開発することができるようになりました。一方データ分析であれば、Tableau(タブロー)のようなグローバルスタンダードのツールを選択していくというような切り分けができるようになります。

──グリットワークスはクラウドPOSの会社ということですが、御社はかなり早い段階でクラウドPOSを導入されたそうですね。

富山 はい。2013年に当社の子会社で、EZOCAという地域共通ポイントカードのサービスを提供しているリージョナルマーケティングを立ち上げたのがきっかけでした。EZOCAをサツドラに導入するため、POSの改修をメーカーに打診したのですが、開発費の見積もりが非常に高額になり、さらに数年先の仕様まで決めてほしいといわれました。これではEZOCAをスタートできないと、4UApplicationsさんとともに当社オリジナルのクラウドPOS開発に着手したんです。2013年6月にプロジェクトが始動し、2014年に実店舗での実験にこぎつけました。同5月には600台の既存POSをすべてクラウドPOSに移行し、その後ギフトカードや銀聯(ぎんれん)決済対応、免税パスポート対応、SuicaなどのICマネー対応などなど、日本でもかなり早い段階でさまざまな決済方法に対応しています(図表1)。

当社は、企業規模もさほど大きくはなく、体力があるわけでもありません。これだけのことを行うのに、大手ベンダーさんに外注したらコスト的に耐えることはできませんでした。内製化してクラウド化したからこそ、自社の仕様に適したものを低コストでつくることができたのだとおもいます。

IT企業との協業の秘訣は歩み寄りと相互理解

──少し下世話な話ですが、POSのレジをクラウドPOSにすることでコストは下がるのでしょうか。

富山 そうですね。新店のPOSシステム導入コストは44%ダウンしました。

──POSは、一般的にはハードとアプリは抱き合わせで販売され、運用や改修にも相当な費用が掛かります。

富山 そうですね。アプリを内製化してハードとアプリの分離に成功したので、さまざまなメーカーのPOSを導入できるようになりましたし、使わない機能が多いパッケージライセンスを購入する必要もなくなります。

──4UApplicationsさんというIT企業とのクラウドPOS開発という協業が功を奏したのですね。

富山 4UApplicationsさんは、技術的には優れていましたが、エンドユーザーである小売業と直接取引をする体力はなく、大手システムベンダーの黒子に甘んじていました。直接の取引はわれわれがはじめてだったそうです。

──お互いが歩み寄ることができたから成功したのでしょうか。

富山 歩み寄ったことと、理解したことが重要です。いわゆる受託の関係ではなくて、パートナーシップという関係性を築けたことが大切なのだとおもいます。

──なるほど。しかしこれだけスピード感のある開発ができるのであれば、5年リースのPOSで縛られている小売企業は遅れてしまいますよね。

富山 そうですね。DgSのレじはたぶん全業態の中で、一番オペレーションが煩雑なのではないでしょうか。クーポンやポイントを複数導入しているようなDgSチェーンさんでは、POSの仕組みが全然追い付いていなくて、人間業で何とかしなければならないような状況で、大変だなとおもっています。

当社は全店約700台のレジで、POSレジを通過した瞬間に、レシートごとに売上がシステムに計上されるようになっています。(スマートフォンを見せながら)

これは当社のいま現在の実績です。たとえばここに客数という項目がありますが、今日これまでに3万2873人がレジを通過されたということがわかります。いま3万2888人になりました。もちろん店舗別や地区別のようにさまざまな切り口で表示することもできます。

──これはすごいですね。リアルタイムでの売上や在庫のデータ処理はあるべき姿ですが、実現できている企業はそう多くはありません。アメリカでオムニチャネルを視察した際。実店舗とECの在庫データを一元管理できないと実現できないということがよくわかりました。いまDgSでそれができている企業はほとんどありません。

富山 私どもは、オムニチャネルについてはまだ全然着手できていない状態ですが、今後非常に重要になると感じています。将来的にはいつでもどこでも買物ができる体験をオムニチャネルを通じて提供していきたいのです。

──昔は情報システムの導入は、業務のローコスト化が主な目的でした。ですが、いまはシステムを入れることによって、お客に店としての価値やブランドとしての価値を提供し、満足度を上げていくためのものになりつつありますね。そういう意味で、情報システムの導入により、いわゆるお客さまの満足度や、サツドラさんの強みをより強化できたような事例はありますか。

富山 POSにさまざまな決済の仕組みを追加していくことができたのは、そのひとつだとおもっています。EZOCAも会員が141万人まで増えました。提携社数は100社、600店舗(2017年6月現在)です。先般(ホームセンターの)ジョイフルさんにも導入いただきました。電子マネーや決済系の新しい仕組みが出てきたときに、自社に導入しようとしても、POSを更新できずに止まってしまう企業さんは少なくありません。POS導入の予算が取れないとか、時間がかかるというような悩みに対して、グリットワークスでソリューションを提供することができるのではないかと考えています。

クラウドPOSを独自開発することで、POSのハードウエアは自社で好きなものを選択できる状況になった。これはFujituのPOSレジに、NCRのバーコードリーダーが付いている様子。使い勝手がよいものを、自社の基準で組み合わせられる、まさに内製化によってシステムイニシアティブを勝ち得た事例といえる。
電子マネーはシンクライアント型を採用し交通系、iD、QUICPay、nanaco、WAON、楽天edyのフルラインナップを低コスト、短期間で全店舗に導入。レジ金額入力後、カードをかざすまで数秒待たされるものが多いが、こちらはシンクライアント型であることを感じさせないスピーディな決済を実現している

可能性のあるDgSのデータ領域

──現在御社の情報システム関連の社内体制はどのようになっているのでしょうか。

富山 業務システム部という部署が担当しています。もともとは業務改革チームという組織が、社内の業務改革を担当していました。そのほかにITを中心に担当する情報システム部があったのですが、それらをひとつにして業務システム部にしたのです。このようにして、業務に沿ったシステム開発ができるようになりました。要件定義から、開発、テストというITシステム開発の一連の流れを内製化して自分たちで回せるようになったのと同時に、ITを業務に落とし込んで、マニュアル化するところまでこの部署で担当しています。この体制をつくることができたのが肝だとおもっています。

──縦割りの業務に、横串を指す役割ですね。

富山 はい。現在業務システム部は15人ほどで運営しています。今回グループ会社を増強した理由のひとつが、開発のスピードを上げたいと考えたからです。内外の組織と密に連携し、外にネットワークをつくり、技術が好きな人材を集めるための仕組みともいえます。これから実店舗を含めたリアルな世界がデジタル化するところが主戦場になっていくと、私はおもっています。デジタル側の人材も、店舗や決済の仕組みを含めて、生活に関連するサービスを開発することができ、開発したものを多くの人に使っていただけるという環境を求めているようです。今後、オープンイノベーション※1の実行団体を設立し、そこでさまざまな実証実験を行っていきたいとおもっています。当社は実店舗という場や、そこから得られたデータを提供し、さまざまな企業・団体の方に、それを利用して研究開発をしていただく。単なる受託関係ではなく、お互いに次に使うことができるものを開発していきましょうという試みです。

※1 オープンイノベーション:自社だけでなく他社や大学、地方自治体、社会起業家など異業種、異分野が持つ技術やアイデア、サービス、ノウハウ、データ、知識などを組み合わせ、革新的なビジネスモデル、研究成果、製品開発、サービス開発、組織改革、 行政改革、地域活性化、ソーシャルイノベーションなどにつなげるイノベーションの方法論である。

私たちが目指しているのはこういう世界(図表2)です。お客さまが中心にいて、クラウドPOSと基幹システム、決済や医療データ、また従業員向けのIoTツール、そういうものが全部連携している。このような世界は、オープンイノベーションでないと絶対にできません。

──行政データやバイタルデータも入るとなると、DgSの扱うデータの幅というのは本当に広いですね。

富山 広いです。すごく可能性があるんですよ。

──いろいろやらなければならないことがあるとおもうのですが、優先順位についてはどのようにお考えでしょうか。

富山 「全部同時」ですね。「まずはここをやってから次はここ…」というのは遅すぎます。いかにスピードを上げていくかということを常に考えています。とりあえず「やる」です。そしてやりたい企業を集めていきます。「この分野をやりたい人がいたら、うちでやってみませんか」という輪をどうやって広げていくかだとおもうんですよ。

テクノロジーが働き方を変える

同社の業務基準書である「サツドラウェイブック」。 2015年に紙の冊子として作成されたが、現在はタ ブレット(iPad)で閲覧できるようになっている

──外向きのお話が多いように感じますが、社内業務の生産性向上についてはいかがでしょうか。

富山 生産性向上のためのツールとしてPOSはその最たるものです。POSから業務システム、基幹システムをくっつけていくのが本丸でしょうね。将来的には店舗従業員向けのスマートデバイス上で、業務についてのサジェスト(提案)がポップアップでどんどん出てきて、だれでもすぐに店頭業務をすることができるようになるのではないでしょうか。

──そのうち、店舗がタブレット上で「品出しする人募集」というボタンを押したら、近所で手が空いている人が集まって手伝ってくれて、働いた分のポイントで店頭で買物ができる、なんて仕組みができるかもしれませんね(笑)。

富山 そうそう。それは私は本当にそうなるとおもっていますよ。単純化してシステム化することができれば、ワークシェアもできるようになる。雇用の仕方も変わりますし、お金というものの価値も変わってきます。

──産業革命に匹敵する変化ですね。

富山 そうですね。経営者がそういうことをリアリティを持って捉えられているかどうかが大きな分かれ目なのではないでしょうか。「そうはいっても」と心の底からおもっていない人が大半です。

──働き方も変わりますね。

富山 テクノロジーの変化が働き方も変えていきます。当社は現在多様性のある組織づくりを目指していて、社内人材の活性化のために、連続休暇制度も導入しています。最低5日間連続で休むというもので、導入初年度に取得率99%を実現しました。女性活躍推進に関する取組みが優良な企業に与えられる、厚生労働省認定の「えるぼし」認定も取得しました。最近では、新たな人事制度「サツドラジョブスタイル」を発表し、パラレルキャリアや副業、兼業も促進しています。変化に対応し、成長し続けられる人材をどう育てていくかが重要です。

現金レス決済WeChat Payの導入を支援

──子会社であるリージョナルマーケティングでは、QRコードを活用した中国の決済サービス、WeChat Payment(以下、WeChat Pay)の導入も行われているとのことですね。

富山 WeChatは中国におけるLINEのようなSNSです。アカウント数は13億、月間アクティブユーザー数は9億人といわれています。このWeChatが提供するQRコードを使った決済方法がWeChat Payです。中国では一般的に利用されているサービスで、中国の都市部では現金を持ち歩かない人が増えています。日本に来た中国人観光客は、現金を持ち歩く不自由を強いられている状況です。当社がこのサービスを提供することで、中国人観光客の皆さまに日本でも中国と同じような消費体験をしていただけるようにしていきたいと考えています。

──(実際に決済のデモを見て)決済のスピードがとても速いですね。

富山そうですね。銀聯(ぎんれん)カードなどの決済手段もあるのですが、お客さまからカードをお預かりして、端末にカードを通し、サインをしていただいて…という一連の動作の時間がかかります。それに比べるとWeChat PayはQRコードを読み込むだけなので非常にスムーズです。最近中国では賽銭(さいせん)箱にもQRコードのシールが貼られていて、そこにWeChat Payでお賽銭を振り込むそうですよ。

WeChat PayはSNSによる拡散性が非常に高いのも特徴です。たぶんこれからはQRコードによる決済が主戦場になります。NFC※2は非常に高コストですが、QRコードであれば安価にいくらでもばらまくことができます。

※2 NFC:かざして通信するための規格。スマート フォンやSUICAなどのカード型電子マネーに採用さ れている。

──先ほどお金の概念が変わるとおっしゃいましたが、まさにこういうことなんですね。

富山 そうですね。WeChat Payのもうひとつのよさは、オンライン予約と決済が同時に行われるので、外国人観光客のキャンセルリスクを軽減できるという点です。当社はこの決済の端末を、ホテルやスキー場などリゾート系の施設やショッピングセンター中心に、2017年8月までで500台の導入を予定しています。

専門家不要の時代でも対面は残る

──これだけ大きな変革の時代を迎えて、今後小売業はどのような姿になるとおもわれますか。そしてその中で御社はどのような存在でありたいとおもわれますでしょうか。

富山 これからは店舗というリアルな場を持っていることが、大きな意味を持つようになるとおもいます。そしてAIがやるべきことと、人がやるべきことが分かれていって、自動化できることはAIに任せ、人間はクリエイティブやコミュニケーションに特化するようになります。また、スマートフォンを使うことで、いつでもどこでも買物ができるようになります。店やモノ、人の時間なドはシェアし合うようになるでしょう。たぶんそういった変化の中で、フレキシブルなサービス設計ができたり、買物体験がつくれるかどうかが、大きな課題になっていくのだとおもいます。だいたい頭の中でイメージは固まりつつあって、いまそれをまとめているところです。

──昔は人が集まらなかった店頭でのワークショップも、SNS効果で人が来るようになっているようですね。

富山 何かを体験することや、人に対面で接するものは、今後も残っていきます。

接客のスタイルは、販売の手前までは機械がAIでサジェストし、人間がそれをうまくお客さまとコミュニケーションしておすすめするようになるのではないでしょうか。スマートフォンやタブレットのようなデジタル機器を使うことで、いままでは専門的な知識がなければお客さまに販売できなかったものを、だれでも売れるようになります。だから専門家は必要なくなりますが、最後のひと押しは人間がすべきでしょうね。このような一連の流れをどうやって設計するか。システム設計だけではなく、いかにサービス設計をするかがとても大切です。

(故)渥美俊一先生が、経済民主主義の実現ということで、地域格差や経済格差をなくすことが大衆化であり、小売業の社会的意義であるとおっしゃられていましたが、今後は情報格差も格差のひとつになっていくとおもいます。情報を持っている人と持っていない人の間で、生活がまったく違っている。自分の周囲を見てみても、既にそのような状況になりつつあります。この情報格差を埋めていくことも、これからのチェーンストアの役割のひとつだと私はおもっています。

──今日は刺激的なお話をありがとうございました。

企業概要

    • 企業名
    • サツドラホールディングス株式会社
    • 本社所在地
    • 北海道札幌市北区太平3条1-2-18
    • 代表者
    • 代表取締役社長 富山 浩樹
    • 売上高
    • 878億円(2017年5月期) ※ホールディングス化により15ヵ月の変則決算
    • 店舗数
    • 190店(2017年5月末現在)

著者プロフィール

鹿野恵子
鹿野恵子カノケイコ

MD NEXT編集長。宮城県仙台市生まれ。早稲田大学法学部卒。アスキー、商業界、ユニバーサル・シェル・プログラミング研究所を経て独立。一貫して流通小売業とITを軸にした活動を続ける。2018年より現職。2016年11月生まれの娘の育児を楽しみつつ働いています。twitter: @keikoka