関係性を理解するための商圏調査
人口が増えている時代の商圏調査は、人口が増えている場所を探し、そこに出店をする「店舗開発」のためだけのものだった。当時は、開発が終わったあとは商圏について気にすることはなかった。
しかし、「かつて商圏分析は出店余地のある隙間を見つけるための手法でしたが、現在は顧客との関係性を理解するための手法となりつつあります」と大型商業施設のデベロッパーや電鉄会社などをクライアントに持つ、商圏調査会社ジオマーケティングの酒井嘉昭氏はいう。商圏の中にどのような人が住み、どのようなコミュニティがあるのかを理解することは、どのような店舗運営を行い、品揃えを提供していくのかにもつながる(図表1)。
図表2は、店舗売上げを説明するときに考慮すべき空間スケールとその観測ポイントについてまとめたもので、ピラミッドの底辺から読み解く。「だれがどこに住んでいるのか」「その人はどのような経路を経てあなたの店に来ているのか」という質問に正確に答えるためには、「商圏」→「立地」→「施設・店舗」→「オペレーション」の順番で観察する必要がある。業種・業態によって注目すべき空間スケールの違いはあるものの、その関係性は共通している。また、影響の大きさはピラミッドの底辺にいくにつれて大きくなる。
図表3には、商圏調査で活用できるデータについてまとめた。国勢調査や商業統計・経済センサスをはじめ、アンケート調査、ECサイトのデータ、SNSのデータなど、利用できるデータの量は膨大な量に増えつつある。
サザエさんは「富裕層ファミリー地区」に在住!?
しかし、いくら膨大なデータがあっても適切な切り口で分類することができなければ業務に利用することは不可能だ。
そこでジオマーケティングではジオデモというデータベースを作成し、無料で公開している。国勢調査のデータや、独自調査データなどを基に、日本中の地域を10グループ(図表4)74セグメントに分類したものだ。
たとえば、ジオデモの分類によれば、サザエさんは「②富裕層ファミリー地区」に住んでいるのだという。「都心近郊に広がる閑静な住宅街の富裕層資産家ファミリー」という説明は、東京・世田谷区に持ち家がある磯野家(とフグ田家)の設定にぴったりだ。一方、ちびまる子ちゃんは静岡県清水市(現在の静岡市清水区)在住。「⑤メーカー勤務ファミリー地区」に住んでいると考えられる。製造業などの第二次産業に属する勤労者の比率が高く、高校を卒業すると地元に就職する人が多い。生活には車が必需品、という地区だ。
このジオデモを活用することで、居住者の趣味嗜好や買物パターンを直感的に組織内で共有することができる。土地勘がない人でも共通の物差しを持つことができるツールといえよう。本サービスは会員登録すれば無料で利用できるので、だれでも自店舗の周辺を調査することができる。
商圏人口より「関係人口」が重要
酒井氏は、商圏人口の動向も重要ではあるが、今後は「関係人口」をもっと考慮すべきであるという。「人口は減少し、地方の商業は成立させるための難易度がより高くなります。そのなかで重要になるのが関係人口です」。
「関係人口」とは、移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、地域や地域の人々と多様に関わる人々のことを指す。
酒井氏が「関係人口」を考えた事例のひとつとして挙げるのが、岩手県紫波町の「オガールプロジェクト」だ。地域がプロジェクトを立ち上げ、複合商業施設をつくり、都市と農村の新しい結び付きを創造しようとしているというものである。
また、千葉県鴨川市は「里のMUJIみんなみの里」という総合交流ターミナルをつくり、良品計画がその運営をしていて、いずれも人口減少が進む地方の中で好調に機能しているという。「関係人口」という概念は一般には地方活性化の流れで使われるものだが、小売業にも同様の考え方を転用することができるはずだ。
「現在はだれのためのものでもない店がどんどんできてしまっています。しかし大切なのは、店がどのような関係性を地域の住民とつくっていくかです。だれのためのコミュニティをつくるのか、だれのための店をつくるのか。たとえばドラッグストアであれば時間もお金もあり、ウエルネスに対して関心が高い高齢者に対して、滞在時間を長く、よりゆっくり過ごせるような業態を開発することができれば、これまでより関係性を深めることができるかもしれません」(酒井氏)
機械学習を活用し棚割変更後の売上を予測する
そこで目を向けるべきが「地域コミュニティ」であると酒井氏はいう。
「商圏はもともと『コミュニティ』です。そして、商圏がターゲットを決めます。ターゲットを決めるためにはセグメントに分けなければなりません」
ただ、いくら商圏のコミュニティに最適化するといっても、個別店舗ごとに違ったオペレーションをするにはコストがかかりすぎる。細分化しようとすればいくらでも細分化できるが、人間がオペレーションできる粒度には限界があるからだ。いくつかのグループに分類してコミュニティも品揃えも分類していくべきだ。
膨大な情報をどのような軸で分類していくべきか。そんなときに有効なのがAIの一種である「機械学習(※)」の活用だ。
機械学習はパターン認識に優れている。人間にはできない数多くの繰り返しを実施する問題に非常に有効だ。変数が数百あるようなデータを、数十万回の試行錯誤を繰り返しながら分析をすることができる。
たとえば、売場構成の変更によって、売上がどう変わるかを、実店舗で実際にレイアウト変更して実験し、適正な売場構成を探るのは難しい。
そこでロイヤルホームセンターは、既存店の実績データから、機械学習の方法を応用して売場構成を変更したあとの売上をシミュレーションするモデルを構築した。実際の店舗レイアウトを変更しなくても、システム上でどのような売場構成が売上を最大化できるか検証することが可能になった。工具類を取り扱う売場、木材やコンクリートなどの資材を扱う売場、園芸用品を扱う売場など、6種類の売場構成を自由に変更しながら売上予測を行う。
このような手法を活用すれば、商圏に住む人のコミュニティと、売場の品揃えを連動させることも可能になってくる。機械学習による分析は、インターネット上のSNSのデータ分析や、アンケートの分析などにも有効だ。まだまだ小売業はデータを活用して高度化することができるのである。
酒井氏はいう。「過去のデータから学べば大きな失敗もありません。安全な投資ができれば、より積極的な動きもできます。しかし、データは未来をつくるわけではありませんから、斬新なアイデアは、人間が考えるべきです。そしてそれがうまくいったら横展開をする。そして再度データで検証をする。そのようにすることで新たな需要を発見・創造しながら経営の精度をより上げていくことができます」。