Amazonは顧客満足だけを追求し独走する21世紀の「宗教」だ

Amazonの2017年12月期決算は前年比30.7%増の1,778億ドル(約19兆5,580億円)、営業利益が同1.9%減の41億ドル(約4,510億円)でした。その成長は止まらず、Amazonによって起こる業界の混乱を指す「アマゾンエフェクト」なる言葉も登場するに至ります。日に日に存在感を強めるAmazonとはいったい何者なのでしょうか。いまさら人には聞けないAmazonのサービスの全体像を解説します。(月刊マーチャンダイジング2018年8月号より転載/文:MD NEXT編集部)

「地球上でもっとも大きな書店」目指し誕生

Amazon.com, Inc. (アマゾン・ドット・コム)は、アメリカ合衆国ワシントン州シアトルに本拠を構えるECサイト、Webサービス会社です。Amazonは1995年にネット書店としてサービスをスタート。「地球上でもっとも大きな書店」というキャッチコピーを掲げ、インターネットの成長とともに、事業規模を拡大し続けました。1997年にはNASDAQに上場。しかし創業から7年間はずっと赤字続きでした。同社は、売上高や利益の最大化ではなく、フリーキャッシュフローの最大化を目的に掲げており、成長事業への投資を惜しまなかったのがその理由です。

あらゆるものをラインアップする小売事業

Amazonはさまざまなビジネスを展開しています。書店をきっかけにスタートしたAmazonですが、いまではEC事業としては、書籍はもちろん、日用雑貨から食品、家電に至るまでありとあらゆるものを販売しています。

Amazonの特徴は、在庫を持つ小売業を運営するだけでなく、「マーケットプレイス」も運営しているということです。これは2000年の秋からスタートした仕組みで、日本では「出品サービス」という名称で提供されています。

Amazonの商品リストの中に、Amazon以外の売り手(出品者)を掲載し、お客はAmazonから購入するか、出品者から購入するかを選択することができます。Amazonの方が値段が高かったなどの理由で、Amazon以外の出品者からお客が商品を購入した場合、Amazonは出品者から手数料を受け取るというものです。販売手数料は商品代金の総額(配送料、包装料を含む)に商品カテゴリーごとの料率を掛けたもので、たとえば食品・飲料は10%です。

出品者側はフルフィルメント byAmazonというサービスを利用し、Amazonの物流拠点に在庫を置くことで、商品の保管から注文処理、配送、返品に関するカスタマーサービスまでをAmazonに代行してもらうこともできます。こちらは1点当り数百円の配送代行手数料と、商品サイズと在庫日数により算出される在庫保管手数料が必要になります。

2017年のアニュアルリポートによれば、ワールドワイドのAmazonにおいて、半分以上の売上が出品者によるものだということです。2017年には、30万以上のアメリカの中小企業がAmazonで販売をスタートしたといいます。

本質は「インターネット上の商品台帳」

このマーケットプレイスという業態からわかるように、Amazonの本質は「すべての商品を網羅したインターネット上の商品台帳」であり、さまざまな売り手が集う「プラットフォーム事業」であるということができるでしょう。商品台帳はオープンになっていて、さまざまな出品者が商品を登録することができます。Amazonの基本機能は、この商品台帳になるべく多くの商品を掲載し、リコメンド機能を使うことで「買い手が想定していなかったような商品」や「買い忘れていた商品」などをお勧めしてさらなる購買につなげるというものです。

このように、自社だけに小売事業を閉じないことで、Amazonはありとあらゆる商品を取り扱いながら、在庫を持つ必要がないという状況をつくり出しました。そして、もし自社が在庫して販売するに値する商品を見つけたら、自社で在庫を持って販売するというスタンスを取っています。

Amazonといえば「ロングテール」(少量が長期間売れ続けること)という言葉で評されることが一時期はやりました。これも、商品全部を在庫しているわけではなくて、さまざまな出品者が集うプラットフォームだからこそ実現できた「売り方」ということができます。

ビジネスの根幹を支えるPrime会費

またAmazonの小売ビジネスのもうひとつの大きなポイントは、会員制のビジネスであるという点です。Amazonの大きな収入の柱のひとつが、Prime会員の会費であるといわれています。Prime会員になると、お急ぎ便の利用が無料になり、後述するAmazon Prime Videoなどのさまざまなデジタルコンテンツも利用することができます。日本での年会費は3,900円(税込み)となっています(2018年6月現在)。

Amazon Prime Videoは無料で見られる映画も多い

ヘビーユーザーにとってはそれほど高い値段ではありません。2017年度のAmazonアニュアルリポートによれば、全世界で1億人がプライム会員として会費を支払っているとのことです。なお、アメリカでは月12.99ドル、年額99ドルとなっており、この会費は徐々に値上がりしています。この会費収益を基盤として、安価な商品価格や、使い勝手のよいユーザーインターフェースの開発などに力を入れているのです。

コンテンツの閲覧方法を次々に革新

Amazonはコンテンツ事業にも力を入れています。その筆頭がAmazon Prime Videoです。Prime Videoは、映画や動画が見放題のサービスで、NetflixやHuluのようなサブスクリプション型の動画配信サービスと競っている状況です。2017年には、3,000以上のビデオの配信権利を確保し、映画製作者やその他の権利保有者にロイヤルティーを1,800万ドル以上も支払いました。

オリジナルのコンテンツ制作にも積極的です。日本では婚活サバイバルドキュメンタリーの「バチェラー・ジャパン」や密室笑わせ合いサバイバルの「ドキュメンタル」などがCMでおなじみでしょう。Amazon Prime Videoを使うと、最新映画も数百円でレンタルできるため、レンタルDVDショップなどにとっては驚異的な競合といえます。

Amazon Prime Videoが映画や動画の閲覧方法を改革したとすると、書籍を読むという体験を大きく変えたのが「Kindle」による電子書籍の購入・閲覧革命です。電子書籍リーダーの「Kindle」を使えば、書店に赴かなくても本を購入できますし、かさばる書籍の保管場所も必要ありません。もちろんPCやタブレット、スマートフォンでもKindleの書籍は閲覧することができます。

購入体験のイノベーション

Amazonの特徴のひとつが、コンテンツや商品をお客に届けるために最適なデバイスを開発し安価に提供しながら、目的の商品・コンテンツの販売を拡大していくという点です。Kindleは電子書籍リーダーですが、家庭でテレビにつないで、テレビの大画面でPrime Videoをはじめとするコンテンツを見ることができる「FireTV」は4,980円(Fire TV Stick)、同じくAmazonが販売している7インチディスプレータブレット「Fire 7 8GB」は執筆時では5,980円と他のデバイスも非常に安価に提供されています。

そういう意味では、昨年日本で発売されたスマートスピーカーの「Amazon Echo」も、最終的にはAmazonでの商品やコンテンツ購入を増やすためのツールということができるでしょう。Echoは、音声で操作できるスマートスピーカーです。「アレクサ、〇〇をして」と話し掛けるだけで、音楽の再生、天気やニュースの読み上げ、アラームのセットなど、さまざまな機能を利用することができます。

スマートスピーカーのAmazon Echoは居間にいても 買物ができる体験を提供する

このEchoと、Amazonのアカウントを紐付ければ、「アレクサ、おむつを注文して」などと呼び掛けるだけで、Amazonでいつも購入しているおむつの注文をすることができます。もはや買物をする場所は店ではなく居間なのです。購入体験のイノベーションということができるでしょう。

2016年に日本でもサービスを開始したAmazon Dash Buttonも同じく購入体験のイノベーションということができます。Amazon DashButtonは、ワンプッシュでお気に入りの商品を簡単に注文できるボタンです。2018年6月時点で150種類以上が販売されています。ボタンを押すだけで、登録されたスマートフォンに接続し、自動的にAmazonに商品が注文されます。

お客にとっては飲料や日用雑貨などのボタンを用意しておけば、家庭の在庫が切れたときにボタンひとつで補充することができ非常に便利です。また、このボタンを家庭に設置できたメーカーにとっても、ブランドスイッチを阻止し、リピート購入が期待できるというメリットがあります。

ほかにも、注文から最短4時間で生鮮食品を配送するAmazon Fresh、注文から最短1時間以内に商品を配送するAmazon Prime Nowなどのサービスが日本国内で展開されています。海外ではセルフサービスで宅配便を受け取ることができるAmazonlockerや、オンラインで注文した商品を店舗でピックアップする拠点のAmazonFresh Pickupなども展開されていて、ありとあらゆる方法での購買体験を実験、実践しているということがわかるでしょう。

AmazonFresh Pickup
Amazon Locker

急成長する企業を支えるAWS

AWS(アマゾン・ウェブ・サービス)はAmazonが提供しているクラウドコンピューティングサービスです。簡単に説明すると、会社の業務で使うコンピュータやシステムを、インターネット上で必要なときに必要な量だけ使用することができるサービスといえます。

これまでは業務に必要なシステムをつくる際には、サーバと呼ばれるコンピュータを購入し、それを置く専用の場所やそこに接続するためのネットワークなどを、導入企業がいちいち用意しなければなりませんでした。物理的なコンピュータには業務の処理量に限界があります。

たとえばECサイトで取り扱っている商品が急にテレビに取り上げられて注文が殺到した場合など、処理量の限界を超えてしまい、ECサイトが稼働を停止してしまうようなことも多々ありました。クラウドのよいところは、必要に応じて自由にリソースを増やすことができるので、急にアクセス数が増えたときは、自動で規模を大きくすることができます(これをスケーラビリティといいます)。

AWSは、Amazonが急成長するときに、コンピュータのリソースを迅速に用意するために構築された仕組みです。この「自社の痛みを解消するため」につくったサービスを、周辺の開発企業に提供したところ非常に好評だったため、2006年に社外向けに事業化されたという経緯があります。このAWSという基盤を利用したことで、民泊大手のAirbnbや、Dropboxなどの企業は急成長を遂げることができました。

資本力に関係なく、最新のITの仕組みを使うことができるのも、AWSの大きな特徴です。売上高数兆円の企業と同じ仕組みを、中小企業でも安価に利用することができるというのは、システムを開発する側にとっても革新的なものでした。(※https://logmi.jp/33928

Amazon GOのプラットフォームが普及する?

2018年1月にリリースされたAmazonGOは小売関係者以外にも大きな話題となりました。飲料や食品が販売されている店内には数百台ものカメラが設置されていて、お客の購買行動を確認しています。入口のゲートでスマートフォンアプリのバーコードをスキャンすることでカメラに映った映像と個人のAmazonアカウントを紐付け、商品を持って店舗の外に出るとAmazonのアカウントから自動で決済がされるという流れです。

技術の粋を極めたこの店舗に、衝撃を受けた方も少なくはないでしょう。2017年にはアメリカのスーパーマーケットチェーン、WholeFoods Marketを137億ドルで買収し、リアル店舗への進出を進めているAmazon。EC企業である同社は、なぜここまでリアル店舗に近づいてきているのでしょうか。

ひとつ予測できるのは、Amazonがリテールテクノロジーのプラットフォームをつくろうとしている点です。Amazonマーケットプレイスのように、Amazon GOで使われている技術を小売企業やメーカーに提供し、手数料等を得るという業態が予想できます。つまりAmazon GOの技術を使ったドラッグストアやコンビニエンスストアが続々店舗数を増やすという未来です。

Amazon GOは決済体験を革新する

そのときに注意したいのが、もしAmazon GOのプラットフォームがマーケットプレイスと同じ構造で提供されるのであれば、それを利用して得られた顧客の購買情報はAmazonが独占し、そのプラットフォームを利用する小売業やメーカーにはほとんど与えられない可能性が高いということです。

さらに、もしその企業が展開するビジネスが有望とおもわれれば、Amazonが独自にその業態の運営に乗り出すことも考えられます。トイザらスは2017年9月、米連邦破産法11条の適用を申請して破綻しました。その原因のひとつが2000年のAmazonとの提携であるともいわれています。

この破綻に関しては以下のような報道がなされています。

………………引用………………

(略)世間がドットコムバブルに沸いた2000年、アマゾンとトイザらスは10年契約を結んだ。これはアマゾン上でトイザらスが唯一の玩具の販売業者となる契約で、トイザらスの公式サイトをクリックするとアマゾン内のトイザらス専用ページに飛ぶ仕掛けになっていた。

この取り組みは当初、アマゾンとトイザらスの両社にメリットをもたらすと見られていた。しかし、アマゾンはその後、トイザらスが十分な商品を確保できていないことを理由に、他の玩具業者らをサイトに招き入れ始めた。

トイザらスは2004年にアマゾンを提訴し、10年契約を終了させた。そして2006年に自社サイトを立ち上げた。しかし、その後のトイザらスの動きは遅すぎた。(略)
https://forbesjapan.com/articles/detail/17781

………………………………………

また、今後は国内外でもAmazonGO方式の決済を提供するサービス事業者など登場することが予想されます。Amazonのプラットフォームにのるのか、他社の提供するそれを利用するのか、あるいは自社で開発するのか、はたまた利用しないのか…、小売事業者は今後難しい判断を求められるでしょう。

Amazonの恐ろしい点はAWSで稼いだ利益を使って、小売事業の利便性の高さや、原価割れするほどの安価な価格を実現している点です。彼らは顧客の購買データを持つことがなによりもメリットであると考えているのです。

巨大化するビジネスに付きまとう闇の側面

小売業にイノベーションを次々と起こすAmazon。しかし一方で、巨大化する同社のビジネスには闇も付きまといます。なりふり構わず顧客のことだけを見て、競合を駆逐し、その後一気に値上げをする…共存共栄なのか、独占/寡占への道なのか、独自の道をAmazonはひた走ります。

Amazonに関わる人たちの労働環境も問題視されています。とくにAmazonのビジネスを支える配送業界は、Amazonのおかげで革新が進む一方で、疲弊もしていて、日本では2013年に佐川急便が完全撤退をしたり、2017年にはヤマトが当日配送サービスから撤退しています。

1995年、Amazonのスタート時に掲げられたミッション・ステートメントは、“ to be Earth,s most customer centriccompany, where customers canfind and discover anything theymight want to buy online, andendeavors to offer its customersthe lowest possible prices.”
だったそうです。(※https://www.amazon.jobs/en/working/workingamazon

「地球上でもっとも顧客中心の会社になること。お客さまがオンラインで買いたいとおもったものをなんでも見つけることができる場所になること。可能な限り商品を安価な値段で販売すること」

…なりふり構わずその理想を実現するために邁進するAmazon。もしかするとAmazonは、この3つのミッションステートメント、すなわちドグマ(教義)を実現するため「だけ」に存在している、21世紀の「宗教」なのかもしれません。

SNSでバズってヒットしたマツキヨのPB「エナジードリンク」

現在、すべての小売業の最大の経営テーマは、いかにアマゾンと差別化できるかです。そして最大のアマゾン対策は、アマゾンでは取り扱いのないPB(プライベートブランド)を強化することです。とはいっても、デザインはNB(ナショナルブランド)のパクリで、価格は半値といった従来の「パチモノPB」ではなくて、その小売業の世界観を明確にした本当のブランディングを行わなければなりません。今週は、PBのリブランディングが成功した「マツモトキヨシ」の事例を紹介します。

これからのPB開発は定期的なリブランディングが不可欠

従来の商慣行を破壊するモンスターであるアマゾンに対抗するためには、わざわざ時間とコストをかけてリアル店舗に行く理由を明確にしなければなりません。そのためには、店舗をブランディングする必要があります。

ドラッグストアであれば、看板を外せばどの店だか分からない無個性の「業態」ではなくて、その小売業独特の世界観をもった個性的な「個態」を創造していかなければなりません。また、アマゾンでは取り扱いのないPB(プライベートブランド)を強化することも、店舗のブランディングには不可欠です。そのPBがあるから、その店にわざわざ行くというくらいのブランド力のあるPBを創造していくことが大切です。

そのためには、「つくりっぱなしのPB」ではなくて、2年くらいの期間で常にPBの品質やデザインを見直し、リブランディングをしていく必要があります。

チェーンストアの最大のブランドである店舗は、古い既存店を計画的に改装し、店舗の平均年齢を5年程度に若く保つことがセオリーです。それと同様に、PBも定期的なリブランディングをする必要があります。「店舗」も「PB」も磨き続けなければ陳腐化し、競争力を失ってしまいます。

マツモトキヨシは、2015年末にPBのリブランディングを決断しました。ブランド名を「MKカスタマー」から「matsukiyo」に変更したのです。これまでのPBは、『競合との差別化』『利益拡大』『お買い得価格での提供』『来店客数増加』といった役割を果たしてきました。しかし、これからは、それらに加えて『ユーザーニーズに応える』『コーポレートブランドのイメージ向上』『企業理念の具現化』といった、企業戦略の実現、つまり「ブランディング」の側面がますます重要になってくると考えたからだそうです。マツキヨのPB商品数は2,000点を超え、売上構成比の10.1%をPBが占めています(2018年6月時点)。

「マツキヨスラッシュ」がPB全体の統一感をつくる

それらのマツキヨのPBの中で最近大ヒットした商品が「エナジードリンク」です。カフェインが従来品の1.5倍入っており、インパクトは抜群。しかもレッドブル289円に対して、PBは150円とお手頃価格です。

マツキヨは、PBのエナジードリンクの販促のためにSNSを効果的に活用しました。ブランドコンセプトのひとつである「面白さ・楽しさのあるアイデア」に基づいて、オレンジ色の缶に緑色の液体という組合せに驚かされます。メロンソーダのような色なので甘いのかとおもって飲むと、意外とスッキリした味わいでまた驚かされ、ガス圧の強いシュワシュワ感に驚かされ、成分の含有量(コスパ)にも驚かされる…という意外性がSNSで拡散されて大ヒットしました。

マツキヨによると、早稲田大学エナジードリンク研究会が、SNSで「これは魔剤だ。すごい」という表現を使い始め、そこからバズって売上が10倍に急増したといいます。メガブランドが育ちにくく、「スモールマス」のブランドが乱立する時代は、テレビよりもコストパフォーマンスの高いSNSの活用で、ブランド認知度を上げることが大切なようです。

また、PBのブランド名「matsukiyo」の「y」の角度(19度)を「マツキヨスラッシュ」と呼び、すべてのPBのパッケージにデザインされており、さりげないアクセントですが、PB全体に統一感があるのも面白いですね。

エナジードリンクとデザインはまったく異なるが、「マツキヨスラッシュ」がPB全体の統一感をつくっている。

月刊マーチャンダイジング2018年8月号やMD NEXTでは、より詳しい内容の記事を掲載の予定です。

シンクロ率120%!?「ドン・キホーテのテーマ」と売場の深い関係

元ドン・キホーテ社員で、現在はコンサルタントとアーティストの両輪を回しながら活動する田中マイミさん。作詞・作曲・歌唱を担当した田中さんの驚くべきプロフィールと、ストアソング制作時のエピソードを聞きました。売場は、エンタメだ! ※2018年7月に掲載された記事を、一部加筆修正して再掲載(2019年3月)。

事業や部門の成長過程を「時系列」で分析する

前回はTableauでデータを表現する方法を、基礎用語の説明を交えながら説明しました。Tableauでは、簡単なマウス操作で大量のデータの分類・集計と視覚化を行うことができ、またグラフの色や形など、表現を多様に切り替えることが可能なことを説明しました。この第三回からは、Tableauの機能を活かした、更に詳細な分析を取り上げます。

1.時系列分析で分かること

分析手法として、今回は「時系列分析」に取り組んでみましょう。状況を分析する際に、事業や部門がどのように成長してきたか、あるいは製品のライフサイクルがどのステージにあるのか等を「時間」の視点から見ることは非常に重要です。

分析の基本は大きな視点で物事を俯瞰し、特徴的なデータを掘り下げて傾向や要因、因果関係を発見することです。時系列分析では過去のデータとの類似度などから、いわゆる季節性やトレンドを見ることができます。また、季節性が顕著で他の要因が少ない場合は将来の予測もTableauの機能を使うことで、容易に行うことが出来ます。

2.売上の推移を見てみる

まずサンプルデータの売上推移を見てみましょう。ここでは、時間を表すデータの操作方法を解説しながら、前年比を表示することに取り組みます。

2.1.シートを追加する

第二回で作成したデータがあるときは、それを残したまま新しくシートを追加します。シートを追加するボタンは画面下部にあります。

<図2-1>

赤枠のアイコンを押してシートを追加

2.2.年から四半期、月へと掘り下げる

新しいシートが用意できたら、時間を表すデータを使って、売上の推移を可視化してみます。Tableauでは時間を表すデータを「日付型のデータ※1」と呼び、基本的に画面左端のディメンションにあります。日付型のデータは名前の左にカレンダーのアイコンが付いています。

※1 正確には年月日を表す「日付型」と、年月日+時分秒まで持つ「日付時刻型」があります。

<図2-2>

それでは、「オーダー日」を列に、メジャーの「売上」を行にドラッグ&ドロップしてみましょう。オーダー日は自動的に年になり、売上は合計で表示されます。ここで列の「年(オーダー日)」をよく見ると、先頭に四角で囲われたプラス記号があることが分かります。

<図2-3>

Tableauは日付型のデータの単位をワンクリックで変更することができます。「年(オーダー日)」のプラス記号をクリックすると、四半期に掘り下げる(ドリルダウンする)ことができます。さらに四半期のプラス記号をクリックすると月に、またさらに月から日へと簡単に細かくできます。※2

ここでは月までドリルダウンし、年と月の間にある四半期は削除しておきましょう。

※2 プラス記号を押すとマイナス記号に変わります。このマイナス記号を押すと、より大きな単位に集約(ドリルアップ)します。

<図2-4>

こうして見ると、毎年7月に大きく落ち込んでいることが分かります。

2.3.前年の数字と比較する

上図2-4.のようになったら、月ごとに前年の数字と比較してみましょう。日付型のデータは簡単に前年比を出すことができます。行にある「合計(売上)」を右クリックして、簡易表計算の中にある「前年比成長率」をクリックするだけです。

<図2-5>

<図2-6>

前年比成長率をクリックした直後

このように、一瞬で成長率のグラフに変化しました。図2-4.では売上の金額が7月に落ち込んでいることが分かりましたが、成長率にしてみると7月は少しずつ成長してきていることも発見できました。

前年比のほか、累計や移動平均なども同じ手順で行うことができます。

2.4.会計年度の開始月をカスタマイズする

現在のグラフは1月から12月までで一区切りになっていますが、会計年度で一年を区切りたいケースもあります。そのような場合に合わせ、Tableauでは会計年度の開始月を変更することができます。

ディメンションにある「オーダー日」を右クリックし、既定のプロパティから「会計年度の開始」を探して、その中の4月をクリックします。

<図2-7>

<図2-8>

会計年度の開始を4月にセットした直後

このように1年が4月スタートになり、年の表記が年度に変わりました。※3

※3 2016年度の7月から12月にグラフがないのは、前年比成長率の計算元となる前年(2015年)のデータがないためです。

2.5.カテゴリごとに分解する

ここまではサンプルデータに存在する全てのデータを見てきましたが、より詳細に状況を把握するため、カテゴリ別に見てみましょう。

「年度ごとの成長率の折れ線グラフ」という形を保ったまま、その中身を細分化するには「マーク」を利用します。

<図2-9>

ここでディメンションから「カテゴリ」をマークの「色」にドラッグ&ドロップします。そうするグラフがカテゴリ別に3色に分けて表示されます。

<図2-10>

画面右上に現れた凡例をクリックすると、任意のカテゴリをハイライト表示することができます。

<図2-11>

2.6.連続値と不連続値

別の表現として、次は年や年度ごとに区切らず、1本の線につなげて表現してみましょう。新しいシートを作成し、列にオーダー日の年と月を、行に売上を配置します。図2-4.を作ったときと同じ操作ですが、会計年度の開始月を4月に設定してあるので、最初から4月スタートの年度で表示されます。

<図2-12>

Tableauでは日付や数値を連続的に表すか、区切って不連続とするかを選ぶことができます。画面右上の「表示形式」から「線グラフ(連続)」のアイコンをクリックします。そうすると1本の折れ線グラフで表示されるようになります。

<図2-13>

図中左列の上から5番目が「線グラフ(連続)」

<図2-14>

列を見てみると、「オーダー日の月」が青色から緑色に変化しています。Tableauでは青色が不連続、緑色が連続を表します。連続値になっていると特定の日付にラインを引いたり予測機能を使ったりすることができるようになります。

試しに予測機能を使ってみましょう。グラフが描かれているエリアの何もないところを右クリックし、予測の中から「予測の表示」をクリックします。

<図2-15>

<図2-16>

予測の表示をクリックした直後

薄い色で将来の予測を表すグラフが追加されました。季節性が強く、トレンドが安定しているものであれば参考になるでしょう。※4

※4 予測は指数平滑法モデルを採用しています。右クリックメニューの「予測の説明」や「予測のオプション」からモデルの内容を確認して手を加えることができます。

3.まとめ

今回は「時系列データ」の操作説明を交えながら、前年比を簡単に表示したり、さらにそれをカテゴリ別に分解したりする方法を解説しました。ビジネスの現場では過去の状況を見て次の計画(プラン)の重要度や方向性を決めることが多いと思います。あるいは行動(アクション)に対する結果をチェックするときに、前年に比べて何パーセント向上したかがひとつの指標になることもあります。Tableauのような分析ツールを使うと、こうしたPDCAの基礎となる情報を簡単に、且つインタラクティブに扱うことができます。

次回は小売店舗の立地という地理的な情報を扱い、データを地図上に表示する方法をご紹介します。

地域のライフラインとして災害から迅速復旧するための5つのポイント

今週は、2017年3月号の月刊MDで掲載した、熊本地震から迅速復旧した「コスモス薬品」に学ぶ「迅速復旧への5ポイント」の記事の一部を再掲載したいと思います。

写真は、2011年3月11日の東日本大震災からの迅速復旧作業を行っているツルハドラッグの復旧現場。

この度の「西日本豪雨災害」により、お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りするとともに、ご遺族の皆様にお悔やみを申し上げます。また、被災された方々に心よりお見舞いを申し上げます。1日も早い復旧を心よりお祈り申し上げます。

日本という国は「自然災害」を避けて通ることができません。2011年3月の「東日本大震災」、2014年8月の「豪雨による広島の土砂災害」、2015年9月の「関東・東北の豪雨災害」、2016年4月の「熊本地震」、そして今年6月の「西日本豪雨災害」と、自然災害は定期的に日本人の暮らしを直撃しています。

チェーンストアは、地域の暮らしを守る「ライフライン」として、災害発生後から店舗や物流を迅速復旧することで、被災者に生活物資を届け、被災者の普段の暮らしを届けることに貢献することが最大の使命です。その機能こそが、地域に密着したチェーンストアの最大の「役割」と「価値」であると思います。自然災害時に「ネット販売」はほとんど役に立ちません。地域とともに生きるリアル店舗だからこそできる社会貢献だと思います。

そこで今週は、2017年3月号の月刊MDで掲載した、熊本地震から迅速復旧した「コスモス薬品」に学ぶ「迅速復旧への5ポイント」の記事の一部を再掲載したいと思います。

15分で対策本部立ち上げ 翌朝には被災地に水送る指示

余震の混乱が続くなか、他店と比べ営業再開までの期間も短く、商品供給力も高かったといわれるコスモス薬品。災害時に各所からの情報処理・情報発信の基地となり、組織の課題と指示を導き出す頭脳ともなる災害対策本部の立ち上げもいち早かった。

前もって、立ち上げる際の明確な基準は定められていないが、熊本地震では発災から15分後に、災害対策本部長である店舗運営部長(現取締役)が本社に到着。地震発生30分後に始まった断水に対して、翌朝には現地に水を届けられるよう、その日の夜のうちに集荷の迅速な指示が出されている。

まず、コスモス薬品がスピード感のある復旧を遂げたポイントのひとつめに、緊急時に組織を動かす指示基盤となる[ポイント①]災害対策本部の立ち上げが早かったことが挙げられる。

「現場は混乱していて、何が欲しいといっている余裕がありません。間違いなく必要なものは、ある程度本部側からプッシュ型で送り込む必要があります。非常時、1店分に必要な物量はどのくらいで、何店分なのか。店を作るのと直すのは、実際はほとんど変わりません。結局、新店をつくるときは、1店分の商品をまとめてボンと送りますから。我々は年間100店近い出店をしており、対応の素地はできているかと思います」(コスモス薬品のコメント。以下同様)

新店・改装、店づくりに長けた100名体制の応援部隊

2つ目のポイントとしては[ポイント②]新店づくりに長けた専門部隊が迅速に対応に当たったことが挙げられる。

同社は新店・改装を本業とする専門部隊を複数チーム擁する。先述したとおり、新店づくりと災害時の復旧作業の基本は同じだ。社外との調整もある新店のスケジュールは変えにくいが、社内のスケジュール調整で対応できる改装であれば、彼らは予定されていた作業をキャンセルして災害復旧に当たる。

また、年間100店をオープンするコスモス薬品には、約70人のエリア長が在籍する。エリア長で新店開業を経験していないエリア長は1人もいない。彼らは1年間で5店、最低でも1店は新店づくりに携わるため、年中行事として経験している。新店を開業する際は、メーカーの応援が入ることもしばしばあり、自社の応援と共に他社の応援部隊も使いながら店をつくっていく。この点も復旧作業との共通項だ。

「あるとき、メーカーの方に『同じように被害に遭った企業に応援にいっても、現場の司令塔がおらず多くの人間が指示待ちをしている。コスモスの応援は大変だが、的確な指示が飛び早く終わる。遊んでいる暇はないが、集中して作業できるので達成感がある』といわれました。新規出店がない会社というのは、企業規模が大きくても変化がありません。災害時には弱いし、組織が停滞していく。そういう意味でも新店を出し続けることには意味があります

水害で鍛えられた復旧作業 20年かけて2日で開店

コスモス薬品の災害対応力を、より鍛え上げている要因がもうひとつある。[ポイント③]水害経験の多さだ。九州は、台風を始め、川の氾濫、最近ではゲリラ豪雨など、水害に見舞われることが多い。4、5年前には堤防が決壊し、人間の背丈くらいの水が入って来て、店舗が水没した事例もあるという。

「水害には慣れていますから、立ち上げは早いですね。建物の被害がなければ、地震の復旧に関しては、汚れていない分、水害よりは楽ともいえる。エリア長ともなると、店長時代に何度か災害を経験している人材がほとんどなので、明確な指示を出すことができます。今年も何店か浸かって、だいたい1日で復旧させていますが普通は無理でしょう。わが社も、15年、20年前は、棚に商品を入れて並べるまでに1カ月はかかっていました」

水害は、浸水後の処理が厄介だ。水に濡れた商品の処分。店内に流されてきた、腐った匂いのするヘドロ状のものやゴミの清掃。それらを片付け、店内を消毒し、新しい商品を入れ直してPOPをつけるまでが復旧作業となる。通常では数週間から1カ月ほどかかる作業だが、コスモス薬品では総力を結集し、水が引いた後に丸1日、2日あれば開店まで持っていけるまでになったという。

今回の熊本地震では、同社被災店舗の大部分がわずか数日で復旧。作業が長引いた店舗も最終的に1カ月程度で復旧している。

熊本地震直後のコスモス薬品の店内。

第一に通常営業の再開を 営業可能な店舗に物資

現場の作業に加え、震災後の売場に商品を満たすスピードも早かった。震災後からまだ間もない時期は物流も滞るため、商品もなかなか入ってこない。早い段階で店を開けても、実質的に売るものがない状態に陥る店舗も多い。

コスモス薬品は他企業に先んじて、そのとき立ち上げられる店を絞り、閉じている店舗からも商品をかき集めた。今回、閉鎖店舗の駐車場で商品を販売する「青空店舗」のような形をとっていないのも、万全な態勢でより多くのお客に商品が行き渡るように、通常営業の早期再開を第一に優先させた結果だ。

[ポイント④]旗艦店としてひとつの店舗に物資を集中したことも、営業再開までの迅速さと物量における他社との差となったといえる。

「この判断が正しいかどうかはわかりません。ただ、今回たくさんのお客さまにご利用いただけたという実績はありますし、他社より物はあったと思います。営業できない店舗から、売れ筋だけを集めて供給しました。さきほどお話した、新店専門の立ち上げ部隊のトラックや、従業員の車も使用しましたね

建物に被害が出た場合はケースバイケースだが、隣の店の看板が見えるほど密なドミナントを築いていることから、開けられる店に全力投球するという方向が考えられるという。

非常時でも売り切る力 メーカーも優先的に協力

また、物資を集められた理由として、自社で賄った商品のほかに、メーカーの協力が得られたことも大きいだろう。幾多の企業が被災するなか、メーカー側も全社平等に商品を供給することは難しい。そのとき、なぜコスモス薬品だったのか。

「日頃から良好な関係を築いていること、信頼関係によるところも大きいと思います。ですが、結局は、非常時とはいえ、商品がどれだけさばき切れるか。それに尽きるのではないでしょうか。送り込んだはいいが、末端が機能していなければフンづまりになってしまいます。
[ポイント⑤]非常時でもある程度商品が末端まで流せる仕組みと力があれば、メーカー側も安心して流してくれるのでしょう」

震災直後の初期は、置けば何でも売れていくが、刻一刻と状況が変わるにつれ、お客のニーズも変化していく。特に、行政から無料で配られる菓子パンは、あっという間に余るようになったという。そのような環境でも、やはりオムツ、ウェットティッシュ、トイレットペーパーなどの紙製品、カップ麺、袋から出してすぐに食べられるような栄養食品、ゼリー系飲料など日持ちのする簡易的な食品。そして紙コップ、紙皿、ラップ類は飛ぶように売れたという。[以上、月刊MD2017年3月号より転載]

これ以外にも、熊本地震発生4日目あたりに、2日程度、疲弊していた現地の従業員をあえて休ませたそうです。コスモス薬品の店舗は標準化ができているため、開けた店に隣県から店長中心に応援スタッフを送り込んで対応したそうです。

また、熊本地震ではコスモス薬品の従業員約2,000人が被災しました。罹災証明の出た従業員には雇用形態を問わず、それが1日4時間労働のパートタイマーであっても会社として御見舞金を出しており、その総額は5,000万円に上ったそうです。

東日本大震災の際にも、ツルハドラッグでは、見舞金を銀行振り込みではなくて、被災地のスタッフに直接手渡す方法を取ったことで、現場の士気が大いに高まったそうです。自然災害のときには、地域の生活者の暮らしを守るだけでなくて、ES(従業員満足)を高めることも、迅速復旧のための原理原則だと思います。

不動在庫マッチングで調剤薬局の収益性向上目指す「ファーマクラウド」

薬局経営の傍ら、煩雑な作業の多い調剤薬局の業務をサポートする現場起点のソリューションを開発しているファーマクラウド。自身も薬剤師であり、ITエンジニアとしての顔も持つ山口洋介代表に、サービス開発の経緯を伺った。(聞き手:MD NEXT編集長 鹿野恵子/構成:イシヤママキ)

薬局を経営したからこそ気づいた問題点

全国に約5万6,000店舗あるとされる調剤薬局。医療機関が発行する処方せんに基づき調剤を行い、患者に服薬の指導を行うことでQOL(quality of life、生活の質)を向上させることを目的とする小売業態である。

調剤薬局は主に病院の近隣に形成される「門前型」、ドラッグストア内に設置する「併設型」の2つに分けられるが、他の小売業態と大きく異なるのは、10店舗以下の小規模チェーンが圧倒的に多い点にある。

例えばコンビニエンスストアの場合、セブン‐イレブン・ジャパン、ユニー・ファミリーマート、ローソンの大手3社で売上シェアの約9割を占めるが、調剤薬局の場合、アインファーマシーズ、日本調剤、クラフト、クオールなど、調剤専業チェーン大手10社を合わせてもシェア15%にも満たない。全体の約7割が家族など1~2名で経営する個人商店で形成された低寡占マーケットである。

2006年の薬学部教育6年制導入やドラッグストアの店舗数増加、女性薬剤師の出産・育児による休業などの影響から薬剤師は常に売り手市場であり、調剤薬局の薬剤師不足は長年の課題だ。煩雑な調剤薬局内での作業効率化は、人手不足に悩む同業態にとって最も求められている要素である。

ファーマクラウドはITを活用し薬局内の作業効率向上に役立つサービスを開発・提供している創業1年半の新興企業である。

代表を務める山口洋介氏は九州大学薬学部を卒業後、製薬メーカーに勤務。元々独立志向が強く、7年間勤務した後、薬剤師として働きながら筑波大学主催の公開講座「サービスカイゼン研修コース」に参加し、起業に関するアイデアを練っていた。

「トヨタのカンバン方式のような製造業での業務効率化を、サービス業にも導入できることを実践的に学ぶコースだった。ここで学んだサービスサイエンスの概念を、自身が身を置く調剤薬局業界にも生かしたいと思ったのがサービス開発の原点」と山口氏は語る。

2012年に満足度調査を行う企業『ファーサス』を設立。薬局特化型SaaS『PHARSAS』を開設し、2014年に『空飛ぶ処方せん』というサービスをスタートさせている。これはかかりつけ薬局のための処方せん送受信システムであり、スマートフォンのカメラで撮影した処方せん画像を薬局に送ることで、患者の待ち時間短縮と薬剤師のストレス軽減を実現するためのものだ。

山口氏は2016年、『ファーサス』社内で自分の薬局『御茶ノ水ファーマシー』をスタート。自ら薬局を経営することで、現場ならではの問題点を発見したという。

山口氏は「薬局は在庫管理について常に問題を抱えている。薬局勤めだった頃、経営者から『在庫を過剰に持つな』と言われてきた。通常、薬局は医療用医薬品を薬卸から9掛けで仕入れているが、元々の価格が高いこともあり、棚卸の際、期限切れによって数十万円分の薬を廃棄することもある。チェーン展開している薬局やドラッグストア企業であれば微々たる金額でも、個人経営の薬局にとっては大きな痛手だ。とはいえ調剤薬局は病院や患者とのやりとりの中で、品揃えを決める部分がある。通常の小売業のように、単にアイテム数を絞り込めばいいというものではないため、ある程度の在庫を抱えることが避けられない点があるのも事実。実際に自分で薬局を運営する立場になり、在庫コントロールの難しさを自身の問題として改めて感じるようになった」と当時を振り返る。

不動在庫をマッチング。薬局同士で売買

不動在庫を作らないためには日頃から在庫状況を把握し、周辺の薬局と情報を共有して、余っている時は他店と協力し消化する必要がある。しかし現状、多くの薬局ではこれを手作業で行っているため現場のカン頼みな部分があり、決して正確さを期するものではない。

そこで山口氏がこの問題を解決するため企画したのが、不動在庫のシェアリングエコノミー『Med Share(メドシェア)』(2017年1月リリース)だ。

山口氏は起業以前の2014年ごろから、現在シェアリングサービスのトップをひた走る『メルカリ』を興味深くウォッチしていたという。

「なぜ多くの生活者が『ヤフオク』ではなく『メルカリ』を利用するのかを考えた時、需要と供給を超効率的にマッチングしているCtoCのサービスと気づいた。このイノベーションを薬局業界にも取り入れたいと試行錯誤して開発したのが『Med Share』。薬局はインフラ的な側面もあるため、地域包括ケアシステムが求める広範囲からの処方せんにも使命感を持って対応しているが、幅広い在庫を抱えることによるデッドストックのリスクは、個人商店の経営者にとって厳しい面もある。そのため安心して処方せんを受け入れられるよう、過剰在庫があれば買い取ってもらえるような仕組み作りが必要だと感じ、このシステムを作った」(山口氏)

薬局の不動在庫を売るサービスを提供する競合は何社か存在するが、どちらかというと消費期限が近い商品の投げ売りが主であり、自店舗の在庫回転率に合った商品は探しにくい。それと比較し『Med Share』はマッチング精度が高く、最終調剤日からの推計処方人数や自店での回転数に加えて、値引き率や利益につながる薬価差も表示されるため、より購入がしやすくなっている。

不動在庫が検出されるので、在庫を確認して出品するだけ
マッチング精度が高いのですぐに売れる

山口氏は薬剤師とエンジニアという二つの顔を持っている。現在、『Med Share』利用店数は約170店舗。個店経営、大きくても20店舗程度の小規模チェーンが中心だ。利用は無料だが将来的には後述する『ファーマシストオンライン』を利用手数料によるマネタイズを検討している。

スマートスピーカーを活用した薬剤師の作業時間短縮

ファーマクラウドの最新サービスがスマートスピーカー「Google Home」による薬剤師アシスタントAI『ファーマシストオンライン』だ。

『Med Share』でデッドストックの発見と処分は可能になったが、そもそもデッドストックを出さないことが重要である。そこで薬剤師は、日々の調剤業務の中で過剰と思われる薬を発見したときに、在庫管理システムなどで直近の使用状況を調べて在庫を調整している

『ファーマシストオンライン』では、薬剤師からの口頭の質問にスマートスピーカーが回答する。ある処方薬が、何人分、何錠処方されているのか、あるいはある薬がどの棚にあるか?といった初歩的な質問から、処方薬の過去の動き、今後、その薬がどれくらい処方されそうかといった予測、同グループ内での他店舗への在庫問い合わせ、不動在庫のリストアップ・FAXによるプリントアウトなど、使用シーンも幅広い。

薬局のアイテム数は小さいところでも約600、大学病院や大型総合病院などの門前薬局では1,000を超えるため、経験則によるカンに頼るのにも限界がある。

『ファーマシストオンライン』を活用することで、従来の在庫管理ソフトと比べて作業時間を5分の1に削減。これまで、パソコンに拘束されていた視線と両手が音声での問い合わせになることで自由になるため、薬を扱いながら在庫管理ができ作業効率の改善に役立っている。

薬剤師かつ薬局経営者ならではの視点が生かされた同社のプロダクツ。ファーマクラウドでは2年以内に『Med Share』導入数を全国約5,000店舗まで拡大し、『ファーマシストオンライン』と共に、同社のメインコンテンツとして販売網を広げていきたいとしている。

YouTube連動、ユーザーニーズ、現物比較…共感型へ売場をチェンジ!

スマートフォンの普及により、マス媒体からの限られた一方通行の情報提供から、インターネットを使った双方向の情報交換へとコミュニケーション方法が変化しています。店頭での情報発信もこうした環境変化に対応しなくてはなりません。後編では、「上からの情報発信」ではなく、「共感型の情報提供」への転換を売場事例から学びます。(前編はこちら)(月刊マーチャンダイジング 2018年7月号より転載)

現代の10代、20代の女性の多くは、化粧方法をYouTubeから学んでいます。当然、母親や友達、化粧品専門店などから学ぶ女性もいますが、その比率は以前に比べて減少傾向です。

コスメ、カラコンの口コミサイト「ガルモニ」の調査によれば、コスメの最新情報を知るメディアとして18歳以下の1位 Twitter(27.6%)、2位 雑誌(21.9%)、3位 Instagram(17.9%)となっています。1位と3位にSNSが入っており合計で45.5%。インターネットが先生役を果たしているといえるでしょう。

[図表1]コスメの最新情報はどこで知りますか?(2017年ガルモニ調べ)

SNSの特徴のひとつは、圧倒的多数が個人発信の情報という点です。

商品選びに関して、「メーカーや供給側発の公式情報は、モノを売るためにいいことしかいっていないのではないか」とおもっている消費者も若年層中心に少なくありません。

このような環境の下、店頭を含む情報発信は、メーカー、供給者目線で「この商品はここが優れているから購入してください」というストロングポイントを訴求して購入を促す「推奨軸」よりは、「商品の使用感やコストパフォーマンスに満足している、この商品で何かが改善された」というユーザー目線の「納得・共感軸」が重視される傾向が強くなってきています。

こうした状況を踏まえて実際の情報発信を見てみましょう。

使っている様子がリアルに伝わるYouTube連動型

10代、20代への影響力が強いYouTubeを活用した店頭情報発信の事例です。商品は、まぶたに塗るだけで二重まぶたになるというアイメイク。ボードに基本情報を掲載し、設置されたプレイヤーではYouTuberが実際に商品を試している動画を流しています。投稿者であるYouTuberは一重まぶたの自分のことをかなり自虐的に表現。内容は言葉遣いも丁寧で好感が持てます。一重まぶたにコンプレックスを持つ人は共感するでしょう。

インフルエンサーの動画活用

いまや、YouTubeやInstagram上には個人で数十万人単位のフォロワーを持つインフルエンサーも少なくありません。

「ざわちん」はブログ上でメイクによりさまざまなタレントの顔まねをすることで人気が出たインフルエンサーです(いまはタレント業も)。多くの人にメイクの持つ力をあらためて認識させました。そのざわちんが商品の使用法を動画で解説する情報発信です。メイクで変身願望のある人には刺さるのではないでしょうか。

共感誘うNo.1訴求

オールインワンクリームの売場です。「@cosmeクチコミランキングNo.1」「スキンケアリピート率No.1」「スタッフおすすめNo.1」など、No.1訴求を重ねて情報発信し、「これほどまでに支持されている」ことで共感を誘おうとしています。スタッフの手製とおもえるチラシも付けて、商品のよさに共感してもらおうというオーラが前面に出ています。

「ユーザーニーズから誕生」訴求


つくり手側の理論や計画で生産する「プロダクトアウト」的な商品ではなく、使い手側のニーズから生まれた商品であることを強調するPOPが付いています。メーカー目線で上流から届けられたのではなく、みんなが欲しいとおもっていた商品であることを強調することによって、私も欲しいとおもわせる「同調欲求」的な心理を突いているといえるでしょう。たしかに視界を確保できればスマホ使用や読書もできて便利で、開発意図に納得できます。

現物比較と特長表記で共感納得

猫の爪とぎの実物POP。商品の3大特長を明快に書いてあり、猫を飼っている人なら納得・共感できる内容です。加えて、実物サンプルがあることで実感もできます。猫の写真もアイキャッチとしては効果的。商品力も大きいが、特長を端的に表現することで売場に目を留めさせ、ムダなく短時間で納得・共感させる情報発信といえます。

「その気持ちわかる」POP

時短訴求のシートマスク売場。60秒間シートマスクをつけるだけで洗顔、スキンケア、保湿下地の3つの効果があるという商品。メーカーのボードにプラスして店側が「朝は1分1秒でも長く寝ていたい…そんなあなたへ!!」と、共感性の高いPOPを付けています。商品特徴が明確で共感を呼びやすいので、店側のアイデア次第で効果が高い情報発信ができる事例といえるでしょう。

 

AIの技術の進化があってこそ実現できた「Amazon Go」

AIの技術の発達が多方面から注目を集めています。小売業においてもAI技術の活用が期待されていますが、期待ばかりが先行して、実際にAIに何ができるのか、どう活用すればいいのかということがわからずにいる方も少なくはないのではないでしょうか。本連載では、小売・流通業界を対象にAIのサービスを提供しているABEJAさんに、AIについて簡潔に解説し、AIとIoTデバイスを使うことで、ビジネスにどのようなインパクトを出すことができるのか、なかでも特に小売業ではAIをどう活用するべきか、について説明していただきます。今回は、AIの歴史とイマを改めて振り返りつつ、AIが発展した要因を、技術的及び社会的な背景を交えながら紹介します。

世界を賑わすAIの進化とリアルとの繋がり

2012年10月に、トロント大学のジェフリー・ヒントン教授が、画像認識のコンペにおいて、従来よりも10パーセント以上の大幅な精度改善を達成した。これを実現したのが、現在のAI技術の核となっているDeep Learningと呼ばれる手法である。このことを皮切りに、AIの技術が世界中で改めて注目を浴びるようになった。

このDeep Learningを中心としたAIによる近年の成果にはめざましいものがある。小売業界で言えば、「無人コンビニ」としてAmazonから出た「Amazon Go」などもAIの技術を活用してこそ実現できたことである。店内に無数のカメラやセンサーをつけ、AIを使用することで、店内のお客様の行動解析や決済の無人化を実現している。

また近年ではGANと呼ばれる画像生成を行う手法も注目を浴びており、ファッションアイテムのデザイン自動生成などの研究もある。

今回のAIブームは3回目

AIには、これまで2回のブームがあった。

東京大学の松尾豊准教授の著書、「人工知能は人間を超えるか 」では、これまでのAIの経緯を次のように説明している。

まず、1956年から1960年代が第1次ブームが起きた。ここではコンピュータで「推論・探索」することで特定の問題を解く研究が進んだが、複雑な現実世界の問題が解けず、1度目のブームが終わった。

2度目のブームは、1980年代に起きた。ここでは、エキスパートシステムと呼ばれる、コンピュータに「知識」を入れた実用的なシステムがたくさん作られたが、知識を人の手で記述・管理する必要があり、その手間から限界が訪れ、再び冬の時代が訪れた。

そして現在が3度目のブームである。3度目のAIブームの中で注目されているのは特定の問題を、データから学習して解く「機械学習」と呼ばれる分野だ。前述したDeep Learningはこの分野の1つで、特に注目され、近年活発に研究されている。

AIが発展し、必要とされている理由とは

一部では、「既にブームが下火になっている」という人もいるが、3度目のAIブームはこれまでのAIブームとは明らかに異なると、筆者は考えている。それは技術的な背景による部分が大きいが、社会的なニーズが増え、ビジネスにおいて重要なインパクトを出していることにも起因する。

まず、技術的な背景から述べる。1つ目の理由としては、ハードウェアの進化に伴う計算速度の向上である。「機械学習」では、基本的に大量のデータを扱うため、コンピュータで処理する内容も多くなる。そのため、十分な学習を行うためには、計算速度は非常に重要な要素である。

2つ目の理由としては、IoT(Internet of things)デバイスによってデータ取得が安価かつ容易に行えるようになったことである。IoTとは、「モノがインターネット経由で通信すること」を意味する。IoTという言葉ができる以前、インターネットはコンピュータ同士を接続するためのものであった。

しかし、コンピュータ以外にも、センサーを搭載したデバイスがインターネットに接続することで、多様なデータを取得することが可能になった。これにより、得られたデータを用いてAIを学習させ、また学習したAIによってデバイスを自動制御することで、現実世界に処理を反映させることが出来るようになった。

「Amazon Go」のように、リアル世界においてもAIを活用できるようになったのは、このIoTの登場に起因する。より多くの適切なデータがあればあるほど、学習を行った際に精度が良くなる可能性が高まるため、データの取得が容易になったことは非常に重要なことである。

これらの技術的な背景の後押しもあり、第3次のAIブームは、かつてのITやクラウドと同じように、今後社会に必須なものになって行くものの1つであると考えられる。

技術的な背景とは別に、人口減少による労働人口の減少や生産性の向上の必要性、従業員の高齢化に伴った経験を引き継ぐ若者の不足などといった、逼迫した社会的なニーズもあり、AIの活用、また広くデータの利活用が様々なところで活用されようとしている。

小売業でのAI活用でいえば、店内におけるお客様の行動分析・需要予測・在庫管理・従業員シフトの最適化などが考えられる。

例えば、Deep Learningを活用することで、画像データからお客様の情報を、精度良く取得することができる。これにより、これまでは難しかったリアル店舗におけるお客様の年齢や性別、及び店内における行動情報を取得できる。

取得したデータから得られたインサイトを元に店舗を改善することで、経験と勘に頼った店舗経営から、スマートストアの実現やデータドリブンな意思決定ができるようになっている。適切な顧客の情報を得ることで、より正確な需要予測、在庫管理などを実現することもできる。

AIは、このような人の手を介さないようにする生産性向上に使われる以外にも、新規ビジネスの創出に加え、これまで人手が多くないと出来なかったことも可能にする。AIによってビジネスを凄まじいスピードで加速させ、またスケールさせて行くことができるようになる。

このようにビジネスにおいて非常に重要なインパクトを与える要素の1つになったAIだが、活用にあたっては注意が必要なポイントも数多く存在する。次回以降の連載では、今後自分たちのビジネスにおいて、どのようにAIを活用して行く必要があるか、また課題解決のためにデータをどのように利活用すればよいかについて、紹介する。

アマゾンは「信者」を増やすためにホールフーズを買収した

業界に衝撃を与えたアマゾンのホールフーズ買収のニュースから1年。今年に入って両社の提携が加速しています。アマゾンのプライム会員がホールフーズで買物をする際、10%もの割引特典が受けられるようになったのです。アマゾンはリアル店舗で一体何を目指しているのでしょうか?

プライム会員特典を一気に進めたホールフーズ

今から約1年前の2017年6月。当社が主催するアメリカ視察ツアー3日目の朝に、アマゾンがオーガニックの高級スーパー「ホールフーズ」を買収するというニュースが飛び込んできました。「アマゾンがいよいよリアル店舗に参入か」ということで、私もツアーの参加者もびっくりしました。

その年の11月にニューヨークでホールフーズを視察した際は、バナナなどの一部のコモディティ商品を、アマゾン効果で安くした程度の連携しかありませんでしたが、今年に入ってアマゾンとホールフーズの連携が加速しています。

今年の5月中旬から、アマゾンのプライム会員がホールフーズで買物をする際に、数100種類のセール品の価格を、さらに10%割引になる特典の提供を開始しました。当初は、フロリダ州の28店舗のみを対象としていましたが、一気に店舗数を拡大し、2018年6月末には総店舗数480店舗の大半を占めるアメリカ国内の店舗で10%割引の特典を受けられるようになりました。

また、アマゾンで注文した商品を最短1時間以内で配達するプライム会員向けサービス「Prime Now」の対象商品にホールフーズの商品を加えました。さらに、Prime Nowの利用客も、ホールフーズの店舗で購入するのと同じ10%割引の特典を受けられるそうです。

プライム会費がアマゾンの利益 店舗は赤字でもいい?

世界でもっとも安いといわれている日本のプライム会員の年会費3,900円と比べると、アメリカのプライム年会費は119ドルと、日本の2倍以上もします(今年に入って従来の99ドルからさらに値上げしています)。年会費は高くても、「Prime Now」(最短1時間の配送サービス)、「Prime Music」(音楽聞き放題のサービス)、「Prime Video」(映像ストリーミングサービス)などのプライム会員特典を考えると、119ドルの年会費を支払ってもお釣りが来ると考えるアメリカの消費者が多く、プライム会員は増え続けています。

2018年4月中旬に行われたアマゾンの年次株主総会で公開された「ベゾスCEOから株主宛に記された手紙」の中で、アマゾンプライムの加入者数が世界で1億人を突破したことが発表されました。

アマゾンは、ホールフーズのようなリアル店舗への参入が目的というよりも、プライム会員の特典を増やす(年119ドル支払ってもいい)ためのひとつのツールとして、ホールフーズでの10%割引を始めたのではないでしょうか?「健康にこだわったオーガニック商品の品揃えは素晴らしいが、値段が高い」といわれ続けてきたホールフーズの商品を、低価格で購入できるという特典は、アマゾンプライム会員の「固定化」と「新規会員獲得」に大きく貢献すると思われます。

「アマゾンプライムの信者」を増やすための布教活動の一環が、ホールフーズの買収といったらいいすぎでしょうか? しかも、「年119ドルの年会費がアマゾンの利益」と考えると、極端なことをいえばアマゾンは、リアル店舗のホールフーズの利益はゼロでもよいと考えるかもしれません。

これは、コストコのようなメンバーシップホールセールクラブが、年会費という利益があるから、粗利益率8%以下の低マージンでも商売が成り立つという構造と似ていますが、アマゾンの場合、ネットとリアルを融合したオムニチャネルの会員組織であることが大きな違いです。アマゾンに対抗して、コストコも近年ネット販売を積極的に強化しています。

アマゾン教の信者が増加していくと、原価70円で仕入れた商品を30円の利益を乗せて100円の売価で販売するという、従来の商売のやり方が根底から崩れていくかもしれません。「店舗は利益ゼロでもいい」というアマゾンに、小売業は価格では太刀打ちできなくなるかもしれません。「アマゾンでは手に入らない価値」を提供すること以外、リアル小売業が生き残る道はないような気がします。

生鮮全店導入により7,000人商圏での勝ち残り図るゲンキー

福井県を拠点に、石川、岐阜、愛知の4県で218店を展開するゲンキー(2018年5月31日現在)。食品の売上構成比が高い大型のメガドラッグストア(DgS)を主力としていたが、2015年からは300坪タイプの出店も加速させている。一貫して食品の利便性、低価格を追求してきた同社が2017年より生鮮3品を本格的に導入し始めた。この戦略の背景や今後の計画など、この事業の責任者である、執行役員 生鮮マーチャンダイジング部長平田都芳氏に聞いた。(月刊マーチャンダイジング2018年7月号より転載)

時代や競合環境により進化していくフォーマット

1988年創業のゲンキーは、2000年に900坪のメガドラッグ第1号店を出店、食品売場を大きく取り低価格で販売するスタイルを確立、このフォーマットでドミナント出店を進めた。

2015年2月にはNew300坪レギュラータイプ(Rタイプ)を初出店。オペレーションの合理化、マニュアルの整備、徹底した標準化などで店の機能を上げながら高速出店にも耐え得るフォーマットを開発した。

そして、2017年6月、青果、精肉、塩干中心に魚という生鮮食品3品をRタイプの東古市店に本格的に導入した。それまでディスカウントドラッグとしていたフォーマット名をフードアンドドラッグ(FD)と改称。店舗サイン(看板)にもその名を入れている。

FD店外観。社名ロゴの下にFOOD&DRUGの文字を入れている

「私たちはこれまで食品を低価格で販売することで集客を図ってきました。しかし、多くのDgSが日配まで品揃えをし食品強化の方向にあります。同質化競争から抜け出すためには生鮮食品が必要だと判断しました。また、生鮮食品を揃えることで1週間の生活に必要な商品を他店を買い回りしなくてもすべてうちの店で揃えることができる、しかも低価格で買える。時間とお金の節約でお客さまに貢献するというのが、基本にある発想です」

「働く女性の時間とお金を節約する」というのが同社のモットーで、ターゲット客層のモデル人物を40歳女性で子供2人、義母介護中など具体的なイメージを立てている。

ターゲット客層のモデルである「田中ケイ子」さんのプロフィールを商談スペースや社内に掲示

こうした有職女性をメーンの来店客に想定し、同社が現在設定する商圏人口は7,000人。シェアを高めることでさらに少ない商圏人口でも営業可能なモデルづくりを目指す。2018年8月に出店を予定している福井県池田町は人口2,631人(2018年4月末)。山がちな地形なので車による周辺地域からの来店も考えにくい。

「池田町は社内では『特区』と呼ばれている例外的な出店立地なのですが、福井県に本社を置く企業としての地域貢献、合わせて今後の人口減少を見据えた実験的な役割もあります」

今後日本は高齢化が進み人口も減る。とくに地方ではその傾向は顕著だ。同社では1週間の生活すべて賄えるワンストップ性、低価格販売、そして徹底したローコストオペレーションで、競合が採算を取れないような狭小商圏でも勝ち残れるビジネスモデルを構築して人口減時代に備える。

全店標準化された品揃え マニュアルに沿って鮮度管理

生鮮食品を品揃えしたFD店は2018年4月末現在で120店。現在順次FD店への改装を急いでおり、計画では2018年11月までに全店導入を目指す。

生鮮売場の構成は3尺の冷蔵ケースで精肉3本、魚2本、青果4本、常温の青果が6本にエンドが1本。これが全店共通の標準パターンである。

青果は冷蔵で3本取る。ニーズの高い商品をトライアンドエラーで改廃していく

青果は葉物、根菜、果菜などニーズの高いアイテムはひととおり揃える。精肉は鶏、豚、牛の3種。魚は塩干中心にマグロの中落ち、開きものなども扱う。刺し身はいまの物流では提供できない。

非冷蔵の青果売場にはバナナ、リンゴなどの果物と根菜類が並ぶ
鶏、豚、牛を揃えた精肉売場。ワンストップ性を高める
魚は塩干、加工物を中心に3尺冷蔵什器2本で販売
もやしは18円、近い将来オーガニック商品の提供を予定している
エンドはフルーツの特売中心
人気のトマトは大きさやパックの入り個数を変えて、細かくニーズに対応

バイヤー体制は青果(切り花含む)3人、精肉、魚、総菜各1人。平田氏がそれを統括する。平田氏はゲンキー入社19年目、前職は大手加工食品卸の営業で生鮮食品の経験はない。ほかのバイヤーもこれまでの担当はまちまちで生鮮食品経験者はいない。

店舗視察、ベンダーからの情報収集、産地訪問、食品スーパーで生鮮の経験を持つ人材を採用して知識を吸収するなど、バイヤーは目利きの技術向上のための努力を重ね、自ら商品を選定し仕入れ、売価を付ける。

「ニーズが高いアイテムは何か、粗利、ロス率はどうなるかなど仮説と検証を繰り返して品揃えを改善させています。もちろん失敗もありますが、いまは知識と経験を蓄積している段階です」

仕入先は、青果が北陸で3社、東海3社のベンダーと取引、精肉も北陸1社、東海2社と新規で口座を開設。塩干を中心とする魚は日配と同様の仕入先から調達している。

北陸には常温の物流センターが1箇所あり、野菜を総量で入荷し、店別に仕分けて日配と同じ物流に乗せ店舗配送する。東海にはまだセンターがないので、ベンダーが仕分けして店舗へチルド配送する。

2019年夏の完成を目指し、岐阜県安八町に敷地面積5,000坪、冷蔵施設を備えたDC(ディストリビューションセンター)兼プロセスセンターを建設予定である。これにより、東海地方の青果のプロセス作業(袋詰め、箱詰めなど)と物流が自前で可能になる。

北陸地方でもEC事業であるゲンキーネットの閉鎖により遊休資産となっている倉庫を活用して青果のプロセスセンター化を計画している。

商品の鮮度管理に関して、同社では青果では商品ごとに「しなび」「とろけ」など見切りの基準を設け、すべてマニュアル化している。営業時間内館内放送で鮮度チェックの時間をアナウンスし担当者がチェック。状況を見てマニュアルに照らし合わせ、見切り基準に達しているものはその場で廃棄する。精肉、魚は午後4時に当日賞味期限商品に値引きシールを貼り、閉店時に売れ残ったものは全量廃棄。

「青果の見切りは社員が担当しています。マニュアルの精度を上げることが非常に重要です。廃棄率が2桁なのでこれを改善することが目下の最大の課題です」

ゲンキー株式会社 執行役員 生鮮マーチャンダイジング部長 平田 都芳(つよし)氏

生鮮食品販売と推奨販売 ハイブリッド戦略で成長

平田氏によると、生鮮食品導入店舗の業績は、導入前よりも売上高で約10%成長。客数も約10%伸びた。粗利益率は導入後も下がっていない。

「生鮮食品を入れることで売上が上がることは当然想定していました。実際、売上は上がり、粗利益率は下ると、来店頻度が増えたことにより、1人当りの買上点数、客単価が上がりました。生鮮食品と相性のよい加工食品や調理器具などの併買が見られます。粗利益率の高い商品との併買もあります」

ワンストップ性の向上により、買上点数が上がったことで客単価が上がり、粗利益率の高い商品とマージンミックスすることで粗利低下も防げている。

人時のかかる生鮮食品の導入により、主力であるHBC(ヘルスアンドビューティケア)への注力がおろそかになることはないか、平田氏に聞いた。

「それはあり得ません。当社の営業でもっとも重要なのは医薬品、健康食品、化粧品の推奨販売です。全店にヘルスケアの責任者がいて、会社で決めた強化商品の推奨販売を行います。また、化粧品のコロラドをはじめ当社は品質がよく利益も取れるプライベートブランド(PB)商品を重視しています。

PBの「コロラド」は化粧品から始まり、現在サプリもある。高付加価値商品の強化で生鮮の低価格販売を支える
医薬品の相談カウンターには、コロラドの化粧品、サプリも置いて推奨販売を心掛けている

HBCの推奨販売、PB商品の強化で得られた利益で、生鮮食品の低価格販売を支える、こうした『ハイブリッド戦略』こそゲンキーの成長ドライバーなのです。生鮮食品の売上が伸びていますが、あくまでついで買いニーズ。薬、化粧品を目的買いしていただき、ついでに生鮮も買っていただく。この図式が変わることはありません」

入り口から入って奥へ引き込む第2マグネットには大容量のペットボトルを配置、生鮮食品まで客足を延ばすことに貢献している
第2マグネットの大容量ペットボトル飲料

生鮮食品導入後、HBCの重点商品において予算割れ、計画未達などのケースはないという。また、現在同社のPBはアイテム数約1,500、売上構成比にして14%、将来的には20%を目指す。

同社では、HBCの推奨販売、PB商品強化という「高付加価値領域」と、全店導入を目指す「生鮮食品」を両輪にして、出店する4県で人口減でも勝ち残れる店づくりを進める。

生鮮食品導入のRタイプ売場レイアウト(300坪)