シェフ5人、人気投票で入れ替え。シェフのためのコワーキングスペース

食マーケティング総合企業の株式会社favy(ファビー/本社:東京都新宿区、代表:高梨巧)は2019年1月17日、東京・銀座4丁目に“シェフのためのコワーキングスペース”をうたう「re:Dine」(以下、リダイン)をオープン。その独特なシステムのもと5人の腕利きシェフがしのぎを削る。”業界の仕掛人”的に次々に新機軸を打ち出す同社が始めた新しい食の世界を見てみよう。

飲食店独立開業の課題を解決する

新築ビルの9階にある同店は、エレベーターが開くと縦長に開放的な空間が広がる。店舗規模は約120坪で店内には同じスペックのキッチンが5つ設けられ、それぞれのキッチンでシェフが料理をつくり約120席の客席を共有する。

シェフが独立開業するに際しての課題は多い。それは、「開業資金が乏しい」「スタッフの採用ができるか不安」「プロモーションが不慣れ」「ちゃんと売上が取れるのか不安」ということだ。リダインではこれらを解決し、参加するシェフにとってのメリットを整えた。

縦長の店舗空間に約120席が配されている。ホールスタッフはfavyが雇用している
おしゃれなインテリア、落ち着いた雰囲気の店内

参加に際しては、初期費用20万円、月利用料5万円(平日限定者)、そして売上の45%をfavyに支払う。「これは一般的な開業費用の20分の1に相当する」(favy調べ)。シェフには売上の55%が手元に入るが、これは「一般的に飲食店の原価は3035%、人件費2025%ということから割り出した」(同社取締役、米山健一郎氏)ものだ。

フロアスタッフはfavyで雇用し、その人件費や施設の維持・管理費やプロモーション費用等をfavyが賄う。いきなり一等地である銀座で仕事ができて、銀座に集まる人を顧客にすることができる。他のシェフとキッチンが隣り合わせで料理を切磋琢磨することになり、交流を深めることができる。開業を望むシェフには魅力たっぷりのシステムだ。

厨房の中には同じスペックのキッチンが5つ設けられている

お客様の人気投票によって最下位が入れ替わる

このようなメリットの一方で、シェフはお客様の人気投票で入れ替わるという厳しさもある。お客様が食事を終えて店を出る時に、iPad上の投票パネルにタッチして、さらにシェフごとの売上を加味し、3カ月単位で集計して、その段階で最下位になった人は参加を待つシェフと入れ替わるというものだ。

売上上位のシェフはリダインに居続けることも可能だが、「ここでの出店は腕試しという感覚で、ここでファンのお客様がついたのであれば、街中に出店したほうがメリットがあるのではないか」と米山氏は語る。

シェフが市中への出店を検討する際にはfavyが支援を行う。それは物件や仕入先の紹介、スタッフ教育など店舗経営ノウハウ、favyのグルメサイトでのプロモーション等だ。

ここに参加するシェフは昨年9月よりfavyのホームページで「独立・起業を目指している人」「既に独立済だが、新たなメニューや業態を試したい人」「向上心のある次世代の料理人」「過去に飲食店を営んでいたが、撤退してしまった人」を条件として一般公募された。応募のあった約140人のうち書類等の整っていた約30人に絞り、favy担当者によるメニューの試食審査などを行い参加者を決定した。

コンセプトが明快で高度に専門的なシェフが揃う

今回参加することができたシェフは以下の通り。

・関口彬氏(週末限定)/和の調理法を中心においしい楽しめる料理を提供。カフェ、フレンチ、和食などの経験を持ち、同時に大手料理教室で料理撮影やメニュー監修を担当。

・高山仁志氏(平日限定)/“Play foodEat happiness!をコンセプトとし、東北の食材をメインにしたモダンフレンチ。

・高島朋晃氏(平日限定)/東京・駒沢でスープカレーの店「パッション」を経営。一度食べたらやみつになるカレーづくりを心掛ける。

・谷口健太郎(平日限定)/東京の有名店や星付きのフレンチで修業を重ね、基礎を大切にしたフレンチを提供。

・松山喬洋氏(平日限定)/食×CSR事業で企画開発ディレクション、コンサルティングを展開。おいしい明日のためにをコンセプトに他では食べることのできない料理を提供。

・山口弘氏(週末限定)/アグー唯一の純血種である沖縄の今帰仁(なきじん)アグーや長期肥育の天城黒豚を中心にさまざまな肉料理を提供。

この他、favyから、ラーメン「favy Kitchen」、ソフトクリーム「coisof」が出店した。リダインの入り口近くにはバーカウンターがあり、アルコールを楽しむこともできる。

各シェフ、商品の価格レンジが広いが客単価は「大体4,000円程度ではないか」と米山氏は推察する。

バーカウンターにバーテンダーが常駐している

これまでの外食にはないメニューの楽しみ方ができる

このように、コンセプトが明快なシェフと特徴のはっきりとしたメニューが揃った。

各自のラインアップから、お客様はこれまでの外食にはない楽しさを体験することができる。

まず、食事をするメニューを一人のシェフにこだわることなく、シェフをまたいで一度にジャンルの異なるメニューを食べることができる。そして、リダインに来店するたびに前回と異なるシェフのメニューを体験していいし、またお気に入りのシェフのメニューを食べ続けても構わない。

いずれにしろリダインを出る時にお気に入りのシェフに投票することになり、この投票の数によって、お気に入りのシェフをリダインに継続して参加させることになる。

また、リダインでは完全キャッシュレス化を行う。支払いの際にクレジットカードや電子マネー、QRコード決済に加え、今後は独自の決済システムも導入予定で、先進的な飲食店の機能を切り拓いていくという。

リダインの店舗展開については未定だが、「お客様がたくさん集まる大きな都会であれば出店する可能性はあるのでは」(米山氏)という。

フードサービスと顧客の新しい関係性を創造

favyはデジタルマーケティングの専門家と食の専門家が集まる集団で「飲食店が簡単に潰れない世界を創る」ことをビジョンとしている。事業内容は主にグルメサイトの運営やホームページ作成のサポートを行っている。

201610月にコーヒースタンドの「coffee mafia」(コーヒーマフィア)をオープンし(東京・西新宿)フードサービス業界にあってコーヒーの「定額制サービス」に先鞭を付けた。

その後、東京・飯田橋にも出店し、昨年718日から831日まで「100円ビール」のテスト販売を行った。

また完全会員制で完全予約制の料理店「29ON」(ニクオン)西新宿、池袋、代官山、表参道と4店舗展開しているが、この仕組みによって原価率50%を掛けたコースメニューを提供し、会員以外にその詳しい所在地を公開しないというユニークな営業を行っている。

favyが試みている飲食業の営業方法はフードサービスの提供者と顧客の関係性についてこれまでの常識にない新しい発想がある。飲食業はリピーターの争奪戦が熾烈になっていくことであろうが、同社には、顧客満足とともに同社のビジョンである「飲食店が簡単に潰れない世界を創る」という意欲が感じられる。

キャッシュレスとグルテンフリーから、外食の未来が見える

筆者はフードサービスが今日、注目すべきことは「キャッシュレス」と「食の多様性」であると認識している。2018年10月にオープンした、この2つを兼ね備えたレストラン「TACO FANATICO」を紹介しよう。

キャッシュレス&グルテンフリーレストラン

キャッシュレスは、レジを締めた後に行う会計の作業を削減し、また売上金額が合わないなどのリスクや、不正行為という疑心暗鬼の発生を解消し、従業員をストレスから解放する。

日本は海外諸国と比べてキャッシュレス化が遅れている。その要因として、治安がいい、ニセ札をつくりにくい、店舗のレジの処理が早い、現金の入手が容易といったものが挙げられるが、人材不足問題を解決する上でもキャッシュレス化は必要なことであり、これから一気に進むことであろう。

食の多様性は、インバウンドが増加してグローバル化が進むことによって、宗教やアレルギー、主義に基づく食の禁忌が顕在化し、これらに対応した品ぞろえを心掛けることが重要になる。

ちなみに筆者は、3年前よりインバウンド対策の取材を継続しているうちにハラールを知り、そしてフードダイバーシティ(食の多様性)を知り、この過程で自分はグルテン不耐症であることを確信して、グルテンフリーの食生活を心掛けることによってすっかりと体調がよくなった。

この2つを兼ね備えた飲食店「TACO FANATICO」(タコ ファナティコ)が2018年10月19日にオープンした。経営は株式会社グローバルダイニング(本社/東京・港区、社長/長谷川耕造)。立地は、中目黒駅から徒歩2分の目黒川沿い、14.4坪(カウンター席22席、スタンディング8席~)となっている。

同店の規模は、同社の史上最小店舗であるが、この狭さを最大限に活かして、フルオープンキッチン、エンターテインメント、ライブ感を演出している。こうしてお客同士、カウンター越しのスタッフとの距離感も近くなり、スモールコミュニティが生まれることに配慮した。メニューはタコスの品揃えにこだわった品揃えで客単価は2,000円。店舗デザインもメニュー設計も造り込みが行き届いている。

グルテンフリーのタスコは店内でハンドメイド
カウンター席が全てキッチンに向いていてライブ感がある

キャッシュレス化を2年前に想定していた

同店のキャッシュレスとグルテンフリー対応について、同社取締役の小林庸麿氏が解説してくれた。

同店のキャッシュレスは、クレジットカード(VISA、MASTER、AMEX、DINERS、JCB、DISCOVER、銀聯)、電子マネー(iD、nanaco、Edy、WAON、QUICKPay、Apple Payなど)、交通系電子マネー(suica、pasmo、icocaなど)に対応する。

キャッシュレス化に踏み込むことについては、2016年に広尾の日赤通りにサラダ専門店をリニューアルで出店をするときに検討された。しかしながら、このときは時期尚早ということで見送られた。

その理由として、社員の中にカードを使用することに親しんでいない人がいたこと、キャッシュレス対応のカードとしては交通系のものであればたいていの人が持っているという判断があったが、店が駅から遠くて残金不足でチャージに出向くとしても不便な距離にあると想定した。

今回同店がキャッシュレスに踏み切ることになったのは、まず「新規出店」であること。既存店の場合はリピーターが定着していることから、切り替えによって多少の不便をもたらすことになるのではという懸念があった。次に「小型店」であること。大型店は宴会が入ると現金決済が多くなることから、導入は今後の課題とした。さらに「客単価が低い」ということ。手軽な価格であることから交通系カードが対応しやすいのではと考えた。

そして、肌感覚で「キャッシュレスを容認する時代になってきた」と感じてきたことが決断を後押しした。実際に、同店がオープンしてから、お客の多くは決済をするときに「便利ですね」と語り、好意的だという。

同社の他の店のキャッシュレス化については、一斉に行うことをせずに、できるところから切り替えていくという方針である。

キャッシュレス端末、支払い手段は多数
キャッシュレス、禁煙、予約不可をさりげなく表示
プレミアムテキーラとメスカルを約100種類ラインアップ

「グルテンフリー」は大きな差別化となる

グルテンフリーについては、同社の「安全安心」、「健康」というミッションが根底にある。

添加物の入っている食品はなるべく使わない方針であり、ベジタリアン・ヴィーガンにはすでに7、8年前から対応している。既存店では、パスタにそば粉や玄米、低糖質の商品も用意してあり、お客からの要望があれば同じ料理であっても材料をグルテンフリーにチェンジして提供する。

また、カリフラワーライスや、カリフラワーのチャーハンもラインアップしている。これは「このようなことをアピールして、健康に気遣っている人たちに存在を認めていただくための試み」(小林氏)であるという。

今回の店のメニューをタコスに特化することに決めたときに、「グルテンフリー」の発想がすぐにひらめいた。それは、グルテンフリーを実践する人が増えていることを実感しており、これに対応したことをうたうことで大きな差別化になると考えた。

同社ではアメリカ・ロサンゼルスに2店舗を展開しており、現地でのレストランの動向についてここを拠点にリサーチしていることも奏功している。

冒頭で述べた食の多様性について、現地では今やマイノリティではなくなってきていて、一般の人もヴェジタリアンも、ハラールも同じレストランの中で垣根がなく同時に食事を楽しんでいる。こうして、「同じ店で、価値観や習慣の異なる食を選ぶことができる」ということがスタンダードになってくるということを確信している。

感度の高い中目黒から、「新スタンダード」を発信

同店がこだわっているタコスは、イエローコーンマサをベースとして、つなぎにスーパー穀物を使用して店内でハンドメイドしている。これをオーダーを受けてからお客様の目の前で焼き上げている。
タコスの色は4種類あり、白はプレーン、ピンクはビーツ、黒は竹炭、黄色はクミンとターメリックによるものだ。

タコスの種類は10種類以上あるが、一例を挙げると以下のようになる。「名物!アルパストール・ポーク」」260円(税別、以下同)、「チキンモレ」350円、「ビーフステーキ」450円、「角煮ポーク」350円、「天ぷらシュリンプ」350円。いずれもインスタ映えする彩りである。

アルコールのメニューでは、プレミアムテキーラとメスカルを約100種類ラインアップしていることも特徴である。

現在の営業時間は、平日17時~26時、土日祝11時30分~26時となっている。キャッシュレスとグルテンフリーという先進的なレストランの試みが、時代を読み取ることに敏感な人が多く住む中目黒で定着することによって、フードサービス全体に影響を及ぼすことは必然的なことであろう。

「メイド・イン・ジャパン」のチャンスを中国で広げるたった一つの方法

前回は、中国の消費者に商品を販売する3つのルートと、その関係性を紹介しました。中国に進出している日本の大手企業の多くが、この3つのルートをすでに利用しています。しかし特に越境ECと中国国内での正規輸入販売は、対立の構造になりがちです。今回は、この対立を解消させる方法を考えてみましょう。

越境ECで売れ始めたら販売をやめるべき!

その方法とは、「越境ECは、テスト販売に徹する」ということです。とてもシンプルで、導入しやすく、マーケティングとしても効率的で優れた方法です。

日本の企業が中国に進出して店舗で商品を販売できるようになるまでのステップを考えてみましょう。

中国に子会社をつくるか、代理店を使うかして、現地で莫大なコストを投じてマーケティングリサーチを行い、販売する自社商品を決め、中国政府の許認可を取得。ここに1年ほどの時間が費やされます。許認可を受けたら、店舗をつくるか、販売してくれる店舗を探して交渉をします。店頭に商品が並ぶまでに、さらに1年半以上の時間がかかるでしょう。

販売が決まると、輸送費、在庫の保管の経費、プロモーション費が企業の負担として積み重なっていきます。ここまでの時間と費用をかけて販路に乗せた商品が一度当たれば大きな利益を生みますが、売れなければ大きな赤字だけが残ります。中国国内での正規輸入販売を行うことは、大きな賭けなのです。

しかしここで、前回お話しした「インバウンドから越境ECへの流れ」を思い出してください。観光で日本を訪れた中国人は、DgSで購入したものを帰国してからも越境ECでリピート購入をしています。この流れを中国国内での正規輸入販売につなげることはできないのでしょうか。つまり、越境ECで日本企業がテスト販売した商品を購入した消費者が、中国国内での正規輸入販売でリピート購入するようにつなげるのです。しかも、越境ECと正規輸入販売が食い合わずに。

そのための必須条件は、「(1)越境ECでは中国国内の正規輸入販売の価格よりも安くしないこと」と、「(2)越境ECである程度売れることが分かったら、輸入販売許認可を取得した時点でその商品の越境ECでの販売はやめること」です。

(1)は分かりやすいでしょう。中国国内の店舗で50元で売っている商品を、越境ECで30元で売ってしまったら、消費者は「その商品は30元の価値」と記憶します。正規輸入販売店で同じ商品を見かけても、50元の値段だったら、「なんだ、この店で買うと高いんだな」となるでしょう。

しかし、もし越境ECでも正規輸入販売店と同じ50元で売っていれば、そこで買えば配達を待つことなくすぐ手に入れて使えるのですから、買ってみようという気持ちになります。そのとき、店員から商品についてのアドバイスも受けることもできるでしょう。店員の対応に好感が持てれば、次もここで買おうとなるかもしれません。これが越境ECにはできない正規輸入販売店、つまり「リアル店舗」の強みです。

2015年の数値、UNCTAD調べ。中国の越境EC利用者は群を抜いている。それだけ可能性も高い

「越境ECはテスト販売」に徹しよう

もう一つの「その商品の販売はやめる」というのは、どういうことでしょうか。売れているのになぜ販売をやめるのか、と疑問を持たれるかもしれません。

越境ECである程度売れたということは、消費者にその商品が浸透してきた証拠です。販路を正規輸入販売店=リアル店舗に絞り、越境ECから中国国内にある正規輸入販売店に消費者を誘導します。そして越境ECでは、まだ中国では販売していない、これから販売していきたいと考える商品に差し替えるのです。

すなわち、「越境ECのテスト販売化」です。日本では、商品は毎月のように新しいものが発売されています。次から次へ、新しい商品を越境ECでテスト販売し、売れるようになったら中国国内にある正規輸入販売店にその商品を託して、越境ECではまた次の新しい商品を提案していくのです。

先ほどお話ししたように、中国国内で正規輸入商品を売るのは賭けのようなもの。挑戦したもののうまくいかず、大きな赤字を残したまま中国進出を諦めてしまった日本企業もたくさんあります。中国進出そのものに、アレルギーのような反応を見せる日本企業もあります。しかし、越境ECをテスト販売に使えば、進出にかかる費用は大きく削減できるだけではなく、見込み客に商品を知ってもらい、買って試してもらえるチャンスが生まれるのです。

海外企業は中国市場に商品を投入する前にマーケティングリサーチを行いますが、私は「これは無駄である」と言い続けてきました。なぜなら、近年大きな経済成長を見せているとはいえ、中国国内ではまだ貧富の差は大きいのが実情です。例えば「都心で働く25歳までのひとり暮らしの女性」を調査対象に日本の商品の使用感を聞いたとしても、まだ働き始めて間もない若者たちが、高価な日本の商品の善し悪しを判断できるとは限らないのです。その結果、残念ながら信憑性に大きく欠ける報告書ができあがるのです。それを基に中国進出の戦略を立てるのですから、中国進出が「賭け」になってしまうのは当然のことです。

しかし越境ECを使えば、商品を売りながら、マーケティングリサーチができるのです。しかもリサーチ対象は実際に使っている消費者ですから、より説得力のあるデータが集まります。越境ECでテスト販売をして消費者の反応を探り、成功した商品を中国国内での正規輸入販売に導入するという連携さえつくり上げてしまえば、売れなかったときのことを心配して及び腰になることもなく、自信を持って許認可の申請をして、商品を店舗に並べることができます。店頭に並んだら越境ECからは撤去することで、正規輸入販売との食い合いに歯止めをかけることができます。

なぜわざわざ、すでに中国国内の店舗で売れている商品を越境ECで扱って、越境ECと店舗を対立させるのでしょう? 越境ECをうまく利用すれば、中国市場の開拓がスムーズになるはずなのです。

越境ECは、安価に始めることができるから、大きなリスクがありません。リスクが小さすぎて、だれもかれもが戦略もなく安易に始めてしまいがちです。しかし、せっかく越境ECを利用するのであれば、うまく使うことが大事です。越境ECは中国市場の反応をみるためのテスト販売、本格的な販売は中国国内の正規輸入販売で。そんな棲み分けをすることで、商品だけでなく中国の消費者も一緒に育てていけるのです。

画像による「食品判定システム」はイスラム圏からのインバウンド需要を変えるか?

株式会社NTTドコモ(以下、ドコモ)では、食の禁忌を持つ人がコンビニやスーパーで食品を購入する際にスマートフォンやタブレットで撮影するだけで、対象とするものが摂取できるか否かを判定できる「食品判定システム」を開発した(2018年9月26日にリリース)。現段階ではムスリム(イスラム教徒)とベジタリアンに対応できるようになっている。

食品の1次原料データを認識させる

この食品判定システムは、ドコモの「商品棚画像認識エンジン」を活用したもの(2018年3月1日にリリース)。「商品棚画像認識エンジン」とは、商品メーカーのラウンダー(店舗巡回担当者)が手作業で行っていた商品陳列棚における商品管理をスマートフォンやタブレットで撮影することでリアルタイムに陳列状況が把握できるというものだ。

「食品判定システム」は現在実証実験の段階で、2018年9月26日から12月31日までフードダイバーシティ株式会社のムスリム・ベジタリアン向けレストラン検索アプリ「HALAL GOURMET JAPAN」内でトライアル提供を行っている。

「食品判定システム」を開発した同社R&Dイノベーション本部サービスイノベーション部のファティナ・プテリ氏(26歳)が開発の経緯を語ってくれた。

ファティナ氏はインドネシア出身で自身もムスリムである。ファティナ氏の元にはこれまで、インドネシアから日本に観光にやってくる友人・知人や、日本で留学生をしている友人・知人からよく写真が送られてきたという。その目的は、ファティナ氏に「日本のこの食品は食べられるか、食べられないか」ということを確認するためだ。そのたびに、「これが自動化されると便利だ」と思っていた。そこでドコモで開発した「商品棚認識エンジン」が、これに活用できるのではないかと考えた。

そこで、ムスリムやベジタリアンのネットワークを広く持っているフードダイバーシティ社の「HALAL GOURMET JAPAN」のユーザーに実際に使ってもらいたいと考えて、2017年12月フードダイバーシティ社に提案した。

では、どうして、食品を撮影することによって、ムスリムやベジタリアンがそれを摂取できるか否かを判定できるのだろうか。

それは、商品ごとの原材料のデータを1次原料ベースで認識させて、例えば、食品表示のラベルの中に「豚」「ポークエキス」「ラード」「アルコール」という文字が入っていると、はじくようにしている。こうして、ムスリムやベジタリアンが摂取できる商品を認識させていった。現状の表示は、ピンクの枠組みは「食べられます」。白の枠組みは「データが登録されていません」。そして「食べられません」という枠組みを設けていない。

フードダイバーシティ社「HALAL GOURMRT JAPAN」のアプリのイメージ
実際に食品を撮影した画面。ピンクの枠組みは「食べられます」、白の枠組みは「データが登録されていません」

「買いたい商品の不安」を解決する

現状認識している商品は90アイテム。スナック、アイスクリーム、スイーツ、おにぎりなど、ムスリムやベジタリアンのインバウンドが日本で購入する頻度が高いものをピックアップした。

90品目ということは少ないのではと感じるが、ファティナ氏によると実証実験の段階なので数を追求せずに、ユーザーの評判を確認してから段階的に商品のアイテムを広げていこうと考えているという。

「このような提案をメーカーに持ち込むと、大変興味を抱いていただけますが、それ以前にユーザーからのニーズがあるかどうかが重要だと思っています。ユーザー側も商品が認識されていないと食品を判定することができません。どちらを先にやるかが本当に難しかった。その結果、ユーザーに先に使ってもらって検証した内容をフィードバックして、メーカーに相談しにいくという段階を踏むことのほうがスムーズではないかと考えています」(ファティナ氏)

今後商品のアイテムを増やしていくために、このアプリのユーザーがコンビニ、スーパーで商品を写真に撮ってもらいアンケートと共に集めている。そのポイントは、「買いたい商品」ということだ。ここから「買いたい商品の不安を解消する」ということでこのアプリが活かされていくことになる。

チェーンレストランのブランドイメージを高める

今後の開発の中で、1次原料ベースから、2次原料ベースと広げていくことによって、アレルゲン対策も可能になる。さまざまな食の禁忌を解決していくことになるであろう。

この技術は、今後ファストフード、ファミリーレストランなどのチェーンレストランのメニューを判別することを可能にするであろう。最近、お客さまが店側に自分に食の禁忌があることを申し出ると、タブレットでメニュー別にアレルゲン情報を示してくれるところが出てきているが、このような機能がアプリの中に納まる日も近いのではないか。

チェーンレストランが食の禁忌に対応することは、「安心して食事ができる店」というブランドイメージをもたらすことであろう。

ファティナ氏は、「食品判定システム」の展望をこう語る。

「このソリューションは、食品メーカーにとってお客さまにリーチするプラットフォームであり、ユーザーにとって食品を選ぶときのプラットフォームであり、ユーザーと食品メーカーをつなぐプラットフォームとなって欲しい。そして、これが食に関わる大きなプラットフォームになればとても嬉しいことです」

飲食の機会損失を防ぎ、多くの人をハッピーにする

パートナーであるフードダイバーシティ社代表取締役の守護彰浩氏が解説してくれた。

「現在進めている『買えるかどうか悩んだ』というマーケティングデータは、海外に進出したい企業にとってとても貴重なものとなるでしょう。これまで、購買につながるマーケティングデータは存在していますが、このデータは、食の禁忌を捉える上で必要不可欠のものだからです。いずれは輸出にも貢献できる仕組みにしていきたいと思います」

「以前よりは減少傾向にはありますが、ムスリムで日本旅行に来る人たちの中には、まだ現地から食料を持ってきている人がいます。ファミリー4人で5日間滞在するためには、食料はスーツケース1個分に相当します。これをその受入側である日本の側がら表現すると、飲食の機会損失をしているということになります」

そういう意味で、食の禁忌に対応することは、彼らに感動をもたらし、日本で体験した素敵な記憶を深く刻むことであろう。

「食品判定システム」の宣伝活動について、守護氏はあえて戦略的に行わない方針だという。
「ムスリムの中には日本にやってきたときに、食事については何も気にしていないという人もいます。その人にはこの情報を届ける必要はありませんので、好きなものを消費して頂ければと思います。この情報が必要な人は、日本に来てもきちんとハラールを守りたいという人です。情報を探している人にきちんと届くようにすることが重要です」

左がNTTドコモのファティナ・プテリ氏、右がフードダイバーシティ代表取締役の守護彰浩氏

インドネシア出身のファティナ氏も、「インドネシアの人はネットリテラシーがとても高くて、必要とされる情報は速いスピードで拡散していく」と語る。

「食品判定システム」の開発は、母国の人たちの日本で食品を購入する不安を解決することが発端となっているために、著しく速く普及するのではないか。

越境ECで日本企業の中国ビジネスが危機に追い込まれているという意外な事実

日本の企業が中国の消費者に商品を販売する形は大きく分けて3つあります。「インバウンド」「越境EC」そして「中国国内での正規輸入販売」です。いずれのチャネルも成果を挙げていますが、3つをうまく連携することがさらに大きなチャンスを生み出します。それはなぜか。2回に分けてお話ししていきます。

企業が中国で販売する3つのルート

インバウンドとは、旅行なり出張なりで日本を訪れている海外の人が、滞在中に消費すること。中国、台湾、香港この3つの国と地域からの訪日旅行者数は、全体の約半分を占めています。越境ECとは、海外企業がその国のネット通販(EC)に出店して、商品を海外から消費者に直送すること(在庫が海外または保税倉庫にあること)。この連載では、中国における越境ECに限った説明をします。そして、中国国内での正規輸入販売とは、日本企業が正規に商品を販売するルートのことです(商品の輸入販売許可を取得し、正規輸入通関で在庫が中国国内にあること)。

2017年1月〜12月の訪日外国人観光客内訳(日本政府観光局調べ)

ひとつひとつ、その特徴を説明していきましょう。

まずインバウンドは2015年ごろ、中国人観光客による「爆買い」と揶揄された現象から、日本に浸透してきたように思います。中国のネットが発信した「日本で買うべき商品」という情報から、「神薬12選」という言葉も生まれました。

観光客にとっては、日本の商品を日本での価格で購入でき、免税手続きをすればさらに若干安くなるだけでなく、自分で持ち帰るので送料なども基本的にかかりません。日本の商品を中国国内で買うより確実に安く手に入れることができますし、中国では入手できない商品も購入できます。

問題があるとすれば、日本の商品の多くが日本語でしか説明が書かれておらず、多くの中国人には使い方が分からないということです。だからこそ、神薬12選のようにネットですでに話題になっている商品が売れ筋になりますし、中国語で商品について発信してくれる「KOL(Key Opinion Leader、インフルエンサー)」と呼ばれる人たちの存在は大きいといえます。

この問題の解決のために、私はスマホで日本の医薬品や化粧品のバーコードを読み込むと、画面に中国語の説明が表示される「集匠」というアプリを昨年つくりました。

2つめの越境ECについては、海外企業が中国で商品を販売する許認可の必要がなく、簡単に中国市場に商品を流通させることができる効率的な手段です。中国の消費者はこの越境ECを利用することで、中国国内にいながらにして海外の商品を購入することができます。アリババの運営するTモール国際(天猫国際)が代表的なサイトです。

発送に関しては、海外に保管してある商品を直接送る「直送モデル」と、中国国内にいくつかある保税区と呼ばれる場所に商品を保管しておき、そこから送る「保税区モデル」という2つの種類があります。いずれの形も、郵送や宅配便によって購入者の手元に商品が届けられます。直送の場合は1週間単位で輸送に時間がかかり、送料も加算されます。購入した商品の種類や量によっては、別途関税がかかることがあります。

3つめの中国国内での正規輸入販売は、海外企業が中国に子会社を設立したり、代理店を置くなどして、正規のルートで商品を店舗に並べることです。WTO加盟以前から一部の大手海外企業が中国国内に進出していましたが、加盟以降、進出企業の数は爆発的に増えています。在庫は当然ながら中国国内にあり、中国で販売するための許認可の取得、関税、物流、プロモーション、人件費などの費用がかかっていますので、日本での販売価格の1.5~2倍になるのが通常です。

食い合いをする越境ECと正規輸入販売

ここで、ひとつ問題が起こります。

インバウンドは旅行者による消費ですから、いたって自然な形です。日本の経済的にも、企業としても歓迎すべき行動です。

また、越境ECの利用者の4割が、日本に旅行をして商品を購入した経験があるという調査結果(日本貿易振興機構調べ)もあり、インバウンドから越境ECへという消費者の流れができていることが分かります。どんなに日本に旅行する中国人が増えたといっても、全人口が14億人に届こうとする中国では、1年間に日本に旅行する数は人口の1%以下。越境ECの利用者は分母が違います。インバウンドから越境ECへの流れは、企業にとってチャンスが広がることを意味しています。

しかし一方で、越境ECはもう一つのルートである中国国内での正規輸入販売と、完全にお客の取り合いになってしまうのです。

先ほど話したように、越境ECを使えば、企業は日本国内にいながらネット上で出品・販売までこぎ着けることができます。出店料やある程度のプロモーション費はかかったとしても、正規輸入販売の値段よりもはるかに安い値付けができるため、目先のことしか見えていないと、例えばリアル店舗で100元の商品を90元や80元、もしかしたら60元ぐらいの値段で販売してしまう可能性もあります。すると当然ながら、正規輸入販売のお客を越境ECが奪ってしまうことになるのです。

実際この矛盾は、越境ECを行っている多くの日本企業で起きています。莫大な時間と労力をかけて中国に進出し、リアル店舗を構えているにもかかわらず、同業他社とではなく、よりによって同じ社内の別な部署とお客の奪い合いをしている状況は、残念としかいいようがありません。企業によっては状況は深刻です。

それでは、越境ECと中国国内での正規輸入販売が対立せず、共存できる方法はあるのでしょうか。それこそが私が考える「チャンスへつなげる3つの連携」です。次回はその共存への道を考えたいと思います。

「牛角」創業者が発案。1人焼肉「焼肉ライク」早くも大ブレークの予兆

東京・新橋に開店した一人焼肉の「焼肉ライク」。良質な肉をリーズナブルで価格で提供する立ち食い形式の焼肉屋である。女性の人気も高く、営業中は順番待ちの行列ができる。多店舗展開を見据えており、一気にブレークする可能性も高い。人気の秘密とこれからの可能性を見てみよう。

「もっと手軽に」「もっと楽しく」

2018年8月29日に「焼肉ライク」が新橋・烏森神社近くの路面にオープンした。同店はロースターを1人で独占する「1人焼肉」の業態である。店舗規模は16坪21席で店内のほとんどがカウンター形式となっている。

店頭に商品の画像と価格が表示されているが、これが実に感動的である。ごはん・キムチ・スープのついたセットメニューは8種類で、このようになっている(税別)。

・「うす切りカルビセット」100ℊ530円、200ℊ860円、300ℊ1,190円
・「カルビ&ハラミセット」100ℊ810円、200ℊ1,210円
・「ザブトン&ハラミセット」100ℊ870円、200ℊ1310円
・「Wカルビセット」100ℊ710円、200ℊ1,010円
・「国産牛カーペット しゃぶすきセット」100ℊ860円、200ℊ1,440円
・「牛タン&カルビセット」100ℊ970円、200ℊ1,460円
・「牛タン&和牛上カルビセット」100ℊ1260円、200ℊ1,960円
・「豚トロ&ホルモンセット」100ℊ660円、200ℊ960円

また、肉は単品で9種類がラインアップされている。それぞれ100ℊの価格は、「うす切りカルビ」330円、「カルビ」480円、「ハラミ」530円、「ザブトン」580円、「国産牛カーペット」580円、「和牛上カルビ」980円、「豚トロ」380円、「ホルモン」380円、「牛タン」780円となっている。

またそれぞれ50ℊでも注文ができる(価格は100ℊの半額よりも若干高い)。一番人気はカルビ、そしてハラミ、うす切りカルビ、タン、ザブトンと続く。肉が200ℊのセットメニューが8割を占めているという。

店名の「ライク」とは、「As you like」(お好きなように)に由来しているが、消費者に向けて焼肉を「もっと手軽に」「もっと楽しく」という提案が溢れている。

オープン前の店内。ロースターの上に吸煙装置がないためにすっきりとしている
店頭の幟に掲載されている選べる肉のお知らせ
店頭の幟に掲載されている定食メニュー。価格が衝撃的だ

同店を開発したのは、株式会社ダイニングイノベーション。同社会長の西山知義氏は、焼肉市場において革命的な業態「牛角」を創業した人物で、2003年には創業7年にして当時の会社であるレインズ・インターナショナルの外食グループ1,000店舗を達成した。ダイニングイノベーションは2012年に設立し、焼肉の「KINTAN」をはじめ、複数業態を展開している。

以下、焼肉ライクの構想と展望について、焼肉ライク事業マネージャーの有村壮央氏が解説してくれた。ちなみに有村氏は飲食業を経営していたとき、西山氏の私塾である西山塾で学んでいた。昨年11月西山氏から「新しい焼き肉事業を一緒にやらないか」とのオファーを受け、西山氏が考える構想に大きな可能性を感じ取り、自身の飲食事業を共同経営者に譲渡して、2018年1月にダイニングイノベーションに入社して新事業に専念することになった。

女性客の満足度が圧倒的に高い

焼肉ライクは「いきなり!ステーキ」からも発想を得ている。いきなり!ステーキは2013年12月に1号店がオープンして以来、5年目のこの8月に300店を突破した。

「その快進撃を見ていて、ステーキより焼肉の方が需要がある。焼肉を1人でさっと食べることができる店があったらいいのでは。ステーキは形が整っている必要があるが、焼肉はカットしているので肉を効率的に使用できる。商品は、ショートプレートとカルビを組み合わせて1,300円程度。このような発想をすることで、かなりの可能性があると感じました」(有村氏)

店舗展開は、まず首都圏から、直営・FCを組み合わせながら全国に広げる。当初探した立地は、現在の新橋をはじめ、新宿、秋葉原、品川、渋谷、八重洲といった、平日はサラリーマンが多く、土日も営業ができる繁華街で、ラーメン店の売上が高いところを想定したという。これらの中で現在の物件が一番早く出てきたので、ここを1号店とした。

商品構成は前述の通り。肉はUS産のチルドがメインとなるが、複数の業態から部位別にチルドないし冷凍で仕入れている。米は岩手産のひとめぼれで新米を精米3日以内のものを使用。少量ずつ炊飯して1時間以内炊き立てのごはんを提供している。

同店が設備の面で誇るのはロースターである。一般的な焼肉店ではテーブルの上にロースターを置いてその上から煙を吸引するというスタイルの店が多いが、同店ではロースターをテーブルの中に内蔵しロースターの横から煙を吸引する形にした。内装もバルのような雰囲気にすることで、女性客が気軽に入店することができる雰囲気を作った。

ちなみにロースターの網は使い捨てで、お客さまから食事の途中で替えて欲しいという要望があった場合は1枚30円(原価)で交換する。

女性客の比率は現在20~25%、これは新橋という土地柄と考えており、渋谷や恵比寿となると女性5割ないし、男性より女性の方が多くなるものと想定している。

有村氏がお客さまの反応を見ていると、女性客の満足度の方が圧倒的に高いという。

「焼肉を食べたいけど、女性が気兼ねなく1人で入れる店がこれまでなかった。こんな店が近くに欲しい、という感じです」

アルバイト募集をしたところ230人の応募があり、その8割程度が若い女性だった。新橋でこれだけの応募があるということは奇跡的なことではないか。

「応募する動機は、自分が行きたい店で働きたいと思うのではないでしょうか、例えばカフェとか。既存の業種の既存の業態のままでは募集・採用は難しいのではないでしょうか。この店によって募集・採用の在り方を学びました」(有村氏)

筆者がリアルに「カルビ&ハラミセット」870円(税込)を食事している様子

1日客数400~450人、20回転以上

オープンの初日、290食限定で、通常1,210円(税別)のカルビ・ハラミセットを290円(税込)で販売した。いきなり120人の行列ができて、290人目は17時30分ごろとなり、この日のプロモーションは終了した。

通常営業となっても驚異的な繁盛ぶりを見せている。営業時間は11時~23時(無休)だが、15時~17時以外は店の前に行列ができる。お客さまの滞在時間は昼23分、夜28分でこれは想定通りとのこと。同店の面積が狭いことからハイチェアを使用しているが、これは今後の展開の中で検証していくという。同店の1日客数は400~450人で1日20回転以上。1日に提供する米は60㎏、肉は80㎏となっている。

黒板で本日入荷している和牛を紹介している

今後5年間で300店を想定しており、現在はパッケージを整えている段階とのこと。標準的な店舗は20~25坪で、都心に限らずロードサイドも想定している。既に加盟店のオファーが多数あるが、来年の早い段階で正式な募集を行う予定とのこと。一般の飲食店に対してダクトとロースターが必要となることから法人向けのパッケージとなる模様だ。

ECへの警鐘とリアル店舗への回帰

2001年の中国のWTO(世界貿易機関)加盟から大きく変化を見せてきた中国経済。ECの隆盛によるリアル店舗の衰退を経て、いま経済の視線は再度リアル店舗に戻っています。今回は2017年ごろから始まった「転換期」についてお話しましょう。

ECからリアル店舗へ

いま、中国のECはシェアを上げるために極端な安売りを続けています。これはどこかで限界が来るのではないかと思っています。商品を提供するメーカーは売上こそ上がりますが、利益がとれていません。大きな売上があるので引くにも引けないし、販促金や割引などEC側の要求も次第に大きくなる。このままでは行き詰まると危機感を持っている企業も少なくないでしょう。

ただ、私はECに問題があるからECは必要ないと言っている訳ではありません。時間がないとき、重い商品を買うときなどECはとても便利です。私も利用しています。しかし、「リアル店舗つぶし」のような極端な安売りで集客するというやり方は、どこかで破綻しかねないし、リアル店舗の空洞化を生みます。

日本のようにECがリアル店舗より10%程度安くて、どちらで買うかは消費者の選択次第という競合関係はとても大切です。ECもリアル店舗も買物の選択肢として共存することが望ましいのです。そして、私の持論ですが、ECがいくら発達してもリアル店舗は絶対になくなりません。

実際に中国ではEC最大手のアリババが中国最大手のハイパーマーケットチェーンのサンアート・リテールを買収しました。アリババは百貨店も買収しておりリアル店舗へ積極的に進出しています。その他、地方を中心に若い人がCS(化粧品専門店)を始めたり、リアル店舗にも動きがあります。

このように活気を取り戻しつつあるリアル店舗ですが、いくつか問題もあります。都市部では家賃、人件費など販管費が高騰しているのでECとの価格差が縮まらない。バイヤーをはじめとする多くのリアル店舗の経験者がECに引き抜かれて、人材不足になっていることなどです。

加えて、ECから来た人たちが「新小売(中国語:新零售)」と称して様々な新しいビジネスモデルを展開しています。「体験店」といって商品を試せることをウリした店舗、ショッピングモールなどに短期間出店する小型店などがそれにあたります。残念ながらいずれも長続きせず、アイデア、コンセプトでファンドから資金を引き出すECの手法をリアル店舗で応用しているように私には見えます。

課題も抱えつつ動いている中国のリアル店舗ですが、今後、中国の都市部では50〜100坪くらいの小回りのきく店舗に可能性があります。それには日本のDgS(ドラッグストア)のビジネスモデルが最適なのです。

香港が本拠地のWATOSON’Sは中国内でも多店舗出店
アリババが買収したサン・アート・リテールが運営するSM「大潤発(RT-マート)」
大潤発(RT-Mart)店内。大きなサインボードとプロモーションコーナーが印象的

これからの中国小売業は日本に学ぶ

可能性があるからと言って、日本のDgSのビジネスモデルをそのまま持ってきても通用しないでしょう。日本の小売業はアメリカから学んでいますが、日本流にアレンジすることで成功しています。同じように日本で成功しているDgSをそのまま持ってくるだけではうまくいきません。中国に合ったアレンジが必要なのです。

カテゴリーの考え方、陳列方法、接客・サービス、地域密着、こうした日本のDgSの要素を現地に合わせて調整する。それも場所や客層ごとに細かく調整する必要があります。

日本のDgS関係者は薬局から始めた方が多いので、中国に進出すると医薬品の販売にこだわります。しかし、中国の薬局の多くは国営で、問屋も国営です。したがって売価や利益率がある程度決まっており、あまり利益が出ません。

医薬品を販売してもいいのですが、構成比は絞って化粧品を主力にした方がよいでしょう。そこに雑貨や食品をどう組み合わせるか。また、商品がすべてメイドインジャパンでは、高すぎて地域密着になりません。地域に住む様々な層の方が気軽に日常的に買物できる店でなくてはいけません。

このような視点で、日本のDgSの要素を一度分解して、立地やお客様に合わせて再度、細かく組立て直す必要があるのです。小売業だけでなく、メーカーもどの商品が中国に合うかを見極めなくてはいけません。企業ごとではなく、店ごと案件ごとの調整が必要なのです。

中国のCSの経営者などは日本に行き、日本のDgSのようになりたいと思っています。日本のDgSのビジネスモデルを中国流に最適化できた企業は大きな成功を納めるでしょう。

串カツ田中 「禁煙」で売上、労働環境共に見通し良好

居酒屋チェーンの串カツ田中を運営する株式会社串カツ田中ホールディングス(東京都品川区、社長/貫啓二、以下、串カツ田中)は、6月1日から串カツ田中のほぼ全店で全席禁煙化ないし一部フロア分煙化を行っている。その後の動向を同社は定期的にリポートしており、筆者のリサーチを加えて、同チェーンにとって禁煙化はどのような効果をもたらしているかをまとめたい。

開始1カ月目(6月)は、売上高97.1%、客数102.2%、客単価95.0%

同社がリポートする対象店舗は、全席禁煙を行っている同社直営の86店舗である。

まず、6月の一カ月間の外的要因はこのようであった。

東京の今年6月の月間降水量は昨年6月に比べると多く、特に土日に限って見ると昨年よりも倍以上の降水量があった(気象庁過去の気象データより)。サッカーワールドカップが始まり、一般的に客数が減少する。6月1日(金)~6月14日(木)に感謝祭キャンペーン(串カツ全品108円〈税込、以下同〉)、6月22日(金)~6月30日(土)に200店舗達成記念キャンペーン(ドリンク216円)を実施。

これらの外的要因を加味しながら、この6月度は前年同期比売上高97.1%、客数102.2%、客単価95.0%となった。19時と23時の時間帯の売上が20時、22時台に分散。ピーク時間が早まり、早い時間帯の売上高が増加する一方、深夜帯の売上高が減少した。

客層の動向では、増加したのは、ファミリー6%増、一般の男女グループ(20代)1%増、女性・カップル1%増。減少したのは、男性グループ6%減、一般男女グループ(30代~)1%減。

客単価が既存店前年同期比95.0%と減少した要因について、「キャンペーンによる客単価の減少と、お子様を含む未成年のお客様の増加により、お通し代がなく飲み物がソフトドリンクのため」と同社では分析している。

今後の課題として、店頭や路上喫煙、ポイ捨てが増加したことから、それにより通行人の受動喫煙が生じたり、近隣施設や住民から意見が寄せられることもあったという。今後は清掃を強化することなどで、地域の人や喫煙のお客様にも気持ちよく利用していただく施策を検討するという。

筆者はここ5年間ほどたばこを吸わない。ただし、居酒屋においてたばこは同居するものという価値観を持っていた。それゆえ、6月禁煙になってクリーンな印象の串カツ田中には若干の違和感を抱いた。本来同居しているものの一つがなくなっているという感覚であった。

全席禁煙化に踏み切る前に店内で告知した

子供連れ、妊婦の人も入店することができる

リポートの中で、お客様の声を抜粋したものは以下の通り。

■プラスの声
・禁煙だから安心して子供を連れてくることができる
・妊婦でも来ることができる
・おいしく食べられる

■マイナス
・居酒屋、お酒を飲める店でたばこが吸えないのはあり得ない
・ゆっくりできない

一方、従業員アンケートを抜粋したのは以下の通り。

■プラスの声
・女性客、若者、年配客が増えた
・働く上で快適になった気がすする
・灰皿の片づけがなくなったので、ウエーティングのお客様を早く通すことができる
・早い時間帯に込み合う
・回転率が上がった
・禁煙だから、いらっしゃるお客様がいる
・高校生の学校帰りの利用が増えた
・平日でもファミリーが増えた
・単価が減ったが客数は増加した

■マイナスの声
・会社員や中年男性が減少
・遅い時間(22時以降)の客数が減少
・ピークが重なり、席数が少ない店は取りこぼしが起きている
・滞在時間が短縮化
・禁煙と聞くと帰る客が1日1~4組いる
・店頭や路上喫煙、ポイ捨てが多い
・喫煙の常連客が来なくなった
・喫煙所が近所にないので店頭での喫煙は地域とのトラブルになりかねない

同社では、短期的には客数は減少する可能性があり、長期的には飲食店の禁煙化への理解が浸透し、客数が増加すると想定していたという。しかし、実際には客数が増加した。

そして、開始2カ月目(7月)は、売上高101.9%、客数104.1%、客単価97.9%となった。客単価が下がり、客数が増加するという現象は継続した。

開始3カ月目(8月)は売上高109.7%、客数112.1%、客単価97.9%

8月に入り、串カツ田中の76店舗で営業時間を変更した。変更内容は、「土曜・日曜の開店時間を早め、閉店時間を短縮」「平日の閉店時間を短縮」である。この背景には「ファミリー層の増加」「早い時間の客数増(土曜・日曜の14時台、15時台など)」「深夜帯の客数減」、そしてお客さまから営業時間の前倒しを希望する声が多く寄せられるようになったことを挙げている。

メニュー変更が81店舗で行われ、8月16日から食べ放題コースを加えた。コースは2種類で平日18時までの来店者限定「ほぼ全品食べ放題コース」(大人2354円、小学生以下1177円、6歳以下518円、3歳以下0円)、「串カツ食べ放題コース」(大人1598円、小学生以下799円、6歳以下410円、3歳以下0円)となっている。(全てお通し代込みの金額)

食べ放題は、対象とする客層をイメージして訴求した

これらのコースメニューは1店舗30人限定で、利用前日までの予約が必要。制限時間は120分(90分ラストオーダー)などの条件がある。そして、「連絡なく食べ放題のスタート時間から15分遅れた場合はキャンセル扱いとする。キャンセルの連絡は前日まで、当日のキャンセルは半額がキャンセル料として発生する」――このようにキャンセルポリシーを明記した。これは禁煙化に踏み込んだことで生まれた企業文化ではないだろうか。

8月の集計データによると前年同月比で売上高109.7%、客数112.1%、客単価97.9%となっている。

これらは決して自然増だけではなく、さまざまな店舗施策を実施したことも手伝っている。それらは以下の通り。

・8月4日(土)、19日(日)に64店舗限定、14時までの来店で「串カツ108円均一 昼飲みキャンペーン」
・8月16日(木)より食べ放題コーススタート(上記)
・8月27日(月)、30日(木)に18時までの来店で「串カツ108円均一 プレミアムウイーク」
・8月31日(金)「終日串カツ108円均一 プレミアムフライデー」

食べ放題は、食事をする店というイメージをもたらした

そして、これらの一連の取組みがメディアに多数取り上げられることによって、多くの人々に来店動機をもたらしたことであろう。

筆者の印象として、客層はドラスティックに変わったというほどではないが、利用客の雰囲気に気軽に利用する店というイメージが漂ってきた。サクッと飲んで食べて帰る、という感じである。

同社では禁煙化・分煙化によって客層が変化したこともさることながら、「深夜労働時間短縮により従業員負担の軽減」「働き方の選択肢広げることで人材確保に寄与する」「深夜帯の営業時間を短縮することで店舗運営を効率化する」という効果があることも述べている。

同社社長の貫啓二氏は、禁煙化・分煙化を開始する前にfacebookで、「ビビッている」という投稿をしていたが、その不安感は鎮まっているだろうか。いずれにしろ、3カ月が経過して串カツ田中は近代的な業態としてまとまりつつある。

リアル店舗の衰退と中国ECの抱える課題

今回はECの台頭もからめながら、中国小売業が「衰退期」から「転換期」へ移りゆく様子を見ていきます。ECの登場により、大きく変化する中国の人々の購買行動。内陸部ではCSと呼ばれる化粧品専門店が転換点を迎え、ECの激安価格にリアル店舗も押されています。

リアル店舗の衰退

中国市場の転換期は2017年頃から始まりました。きっかけは大きく2つあります。

一つは「成長期」から始まった内陸部の発展です。中国経済の発展に伴い、沿岸部における物件の家賃、人件費が大きく高騰し、少しでもコストを下げるために、多くの企業が内陸部へ工場を移転させました。

それに伴い、小売業の店舗も内陸へと広がっています。それまで沿岸部に出稼ぎに来ていた人材が内陸部にとどまり、店舗が増え、経済活動が活発化することで、内陸部はさらに発展し、その傾向は「衰退期」になるとより顕著になりました。

四川省の成都、省に属さない直轄都市である重慶は代表的な内陸部の都市

もう一つは、ECの出現です。中国の2大ECとして知られている「天猫(Tmall)」(アリババグループ)と「京東(JD.com)」は、衰退期が始まる2013年頃から本格的に軌道に乗り、それに続くスマホの普及で、爆発的な飛躍を遂げました。

なかでも中国EC市場のシェアのおよそ半分を握っているTmallは、その集客力を目当てに、小売業者は保証金や年会費を支払って出店するため、安定した基盤を作り上げています。

これによって、特に沿岸地域のリアル店舗は衰退の一途をたどります。これが私のいう中国経済(リアル小売店舗)の衰退期です。かつては消費者の憧れの的だった百貨店も、大都市圏では店舗こそ保っているものの売上は上がらず、個人的な印象でいえば、もはや「全滅」に近い。百貨店の衰退は日本でも見られますが、中国では日本で数十年かかった変化を、ほんの十数年で経験してしまったのです。

2015年 中国電子商務研究センター調べ

地方を握るCS(化粧品専門店)

では、発展を見せている内陸部や地方部ではどうでしょうか。

地方部では、前回紹介した「化粧品専門店(CS)」という業態が全国に20万前後展開しており、沿岸部から内陸に進出してきたワトソンズもかなわない力を持っています。

CSの賢い点は、むやみに全国展開をするのではなく、自分たちがおさえている地盤から極力外には出ないことです。ちなみに大手CSチェーン「GIALEN」は広州市発祥で、広東省を地盤としており、広東省の人口は1億1,000万人です。

CSは自分たちのエリアにどんな客層がいて、どんな商品が売れるかを熟知しています。出店の際には、優良な物件の情報も手に入ります。そこが、後発のワトソンズにはない強い「地盤」という側面です。

さてCSは、WHO加盟以前は偽物や横流し品も販売していたために、モノによっては7〜8割という常識外れの高い粗利益率を上げていました。そういう商品もあるので、全体の利益率も相当に高いものでした。残念ながらいまだにその意識が抜けない経営者も多く、外資系のメーカーに対して、高い利益率を求めることは少なくありません。

そのために交渉がまとまらず、CSの店頭に並ぶ商品はP&Gやジョンソン・エンド・ジョンソンといった、低い利益率でも大量販売することで採算が取れる大手外資系メーカーか、低コストで運営しているローカルメーカーの商品に限られてしまっています。

限られたメーカー、ブランドしか店頭に並ばないという状態では、たとえ強い地盤を持つCSであっても安穏とはしていられないはずです。現在の内陸や地方の消費者は買物の経験が浅く、経済的に豊かになっていても商品に対する知識は、まだ10年以上前の沿岸部のそれに等しいのです。

また、中高年の消費者がスマホで情報を得ることもまだむずかしい状況です。だからこそ、CSは彼らを相手にこれまで通りのビジネスを続けられています。しかし時代は加速度的に進んでおり、遠くない将来には地方の消費者もいまの沿岸部のように成長し、商品の見極めができるようになってくるでしょう。その時に、CSが今のまま変わらずにいれば、見向きもされなくなってしまいます。

こうした事態になることを恐れて、CSも日本のドラッグストア(DgS)を見習い、店舗のデザインや陳列を変えるなどしていますが、一朝一夕にできるはずもありません。いま、彼らにとっての転換期を迎えていると言えるでしょう。

広州市を地盤とするCS「GIALEN」

異常なECの安売りで売上を落とすリアル店舗

中国のECの台頭で目に付くのは、「激安」価格です。日本では、リアル店舗の価格とネット通販での価格は、特に理由がない限りはせいぜい10%ほどの違いではないでしょうか。しかし中国の「激安」はレベルが違います。これは極端な話ですか、100で仕入れた商品を50で売る、というような手法もとられているのです。

EC事業者が重視するのはシェアであって利益ではないのです。シェア拡大を目的とした異常な安売りで、売上を落とすリアル店舗が続出しました。

中国では国内外のファンドが投資先を探しており、EC事業者はその格好のターゲットです。将来性を見込まれて企画が通ったビジネスは、評価が高ければ中国市場に注目している世界中のファンドが出資し、バックアップします。そして生き残り、さらなる成長が見られれば、有望だと判断されてより多くの出資が見込めます。

そのためにEC事業者は少しでも多くのシェアを取って自社の価値を上げる必要があります。商品価格を赤字覚悟で下げてでも売上を取ろうとする理由はここにあります。リアル店舗が売上で運営されるのとは全く次元の違う世界が広がっているのです。

ファンドの介入は、中国のビジネスを変化させました。新たなビジネスアイデアを提案し、ファンドから出資を募る。中国という巨大な市場を背景に、パワーポイントの企画書だけで莫大な金が事業資金として入ってくるのです。

私はこの状況をあまり好ましく思っていません。ファンドから投資を受けようとする若い人たちは、事業そのものより、投資を受けること、お金そのものに関心があるように見えるからです。

もう一つ、ECでやめた方がいいと思っていることがあります。毎年11月11日に行われる「ダブルイレブン」商戦です。2017年のダブルイレブンでは、Tmallでの取引総額がなんと1,682億元(約2兆7,000億円)。その数字は日本でも衝撃をもって報じられました。

ダブルイレブンは、もともとはアメリカの「ブラックフライデー」からヒントを得たもの。しかし、ブラックフライデーは衣料品を中心とした商品回転率の遅い商品の在庫処分セールであるのに対して、中国のダブルイレブンは日用品など通常商品の大幅な値下げです。需要の先食いに過ぎません。

ダブルイレブン前の1カ月間ほどは、消費者はダブルイレブンを見越して買い控えをし、ダブルイレブンで思う存分買物をした後は、さらに1カ月間ほど買物をしない期間が続きます。魔の2カ月間と言ってもいいでしょう。

当然、リアル店舗にもその影響は及び、売上を直撃するのです。あたかも活発な経済活動が行われているかのように見える特売商戦ですが、小売業の視点から考えると、残念ながら悪しき習慣でしかないと思っています。

私から見ると、中国のECはこのように様々な意味で課題を抱えているのです。

「野郎ラーメン」の定額制サービスに見る、ラーメン愛とチャレンジ精神

飲食業界でサブスクリプションサービスというものを取り入れる事例が増えてきている。この「subscription」とは、雑誌の「予約購読」「年間購読」という意味だが、利用者はモノを買い取るのではなく、モノの利用権を得て利用した期間に応じて料金を支払うという「定額制サービス」のことである。この顕著な事例として株式会社フードリヴァンプ(本社/東京・三軒茶屋、社長/林正勝)が展開する「野郎ラーメン」の取組みを紹介しよう。

1カ月のうち12回の来店で元が取れる

現在「野郎ラーメン」は1都3県16店舗を展開(海外は中国に2店舗)、他業態を含めて同社全体では31店舗を展開している(2018年7月末現在)。

同チェーンでは2017年11月1日より「1日一杯野郎ラーメン」をうたったサービスを導入した。これは「18歳~38歳限定」で「月額(30日)8,600円(税別)」で同チェーンのメニューのうち「豚骨野郎780円」(税込、以下同)「汁無し野郎830円」「味噌野郎880円」のどれか一つを1日一杯食べられるというものだ。仮に豚骨野郎だけでは12杯で元が取れるという計算になる。30日毎日来店した場合は1杯当たりの単価が287円となる。

自宅や同チェーンの店内でアプリを取得した段階で会員となる。そこから会員の権利が1カ月間継続する。会員は自動継続する。会員を止める時には、権利が終了するときにアプリで通告する。会費はクレジットカードないしキャリア決済で引き落とされる。

このサービスを導入したきっかけと動向について同社広報担当の黒木勝巳氏が解説してくれた。

熱いラーメン愛が伝わる定額制の宣伝ポスター

会員と店舗従業員とのコミュケーションが生まれた

このサービスは「お客さまに満足していただきたい」という思いの一点で2017年の夏にその検証がスタートしたという。

同チェーンは券売機を使用しているためにお客さまのデータを取りにくく、お客さまの来店頻度は本部では分からなかった。しかし、各店長に尋ねると週に2~3回来店するコアな常連客が存在することを把握していた。

そこで、このようなファンの方々に喜んでいただくためにチェーンとしてどのようなことができるか考えていった。

冒頭で「12杯で元が取れる」と書いたが、その前に「8,600円」に根拠があるという。「86」つまり「野郎」なのである。この価格設定を「野郎ラーメンらしさ」と捉えた。12杯で元が取れるとは偶然とはいえ、絶妙な数字となった。月に12杯とは週3回の来店となり、同チェーンのコアな常連客の来店頻度と合致する。ここに定額制サービスを導入してさらに満足をしてもらおうという発想だ。

選ばれた3種類のラーメンの理由は、まず「豚骨野郎」は最も注文数の多い商品であること。「汁無し野郎」は、同チェーンで汁無しを食べるお客さまはこれを継続して食べていて、これを「1日一杯野郎ラーメン生活」のラインアップから外すと汁無しのファンのお客さまを外すことになると考えたこと。「味噌野郎」は、同チェーンで味噌野郎しか食べない人がいることからラインアップに入れた。

このアプリの効果は、会員と店舗従業員とのコミュケーションが生まれたということだ。一般のお客さまは券売機でチケットを購入して、従業員はそのチケットに準じて商品を提供するということであったが、会員の場合は券売機の前を素通りすることになり、従業員はそのお客さまは定額制のお客さまだと分かり、従業員がお客さまのアプリを操作する時に、お客さまとのコミュニケーションが生まれるようになった。

豚骨野郎780円(税込)
汁無し野郎830円(税込)
味噌野郎880円(税込)
野郎ラーメンアプリ起動画面
アプリ パスポート一覧の画面

お客にとって店に行き続けることがイベント

会員数と会員の利用回数等は非公開だが、11月1日から11月30日まで毎日来店したお客さまは7人いた。これらの人に連絡を取り、連絡が取れた5人に表彰状と記念品(従業員が着用している野郎Tシャツ)を手渡した。

この受賞者にインタビューをしたところ、このような回答があった。

「この会員になることで当初ラーメンに飽きるかと思っていたが全然そうではなかった。むしろ、野郎ラーメンに行き続けることのほうが大変だった。夜は飲み会とかあるし、そのような日の何時に食べるか。また、雨の日もある。ただ、毎日野郎ラーメンに行くことは自分にとってのチャレンジだと思ってやった。やり通して楽しかった」

このように、「元を取る」という発想だけではなく、「自分のイベントごと」として捉えて会員になっている事例もあった。野郎ラーメンのメニューはどれも山盛りになっていて一般的に完食することが難しいほどのボリュームがある。それを毎日食べ続けるチャレンジとして受け止められたようだ。

会員はコアなファンが多いとはいえ、会員を継続することには慎重であるという。30日のうち15日以上来店している人がほとんどということだが、学生であれば3月から4月にかけて実家に帰るということで会員を止めるという人がいた。5月もGWがあることから止める人がいた。

一方で6月7月にかけて会員は再び増えてきた。このように会員はそれぞれのライフスタイルに合わせて使用していて、会員数が増えるようになったのは日増しにこのサービスの存在の認知度が高まったことから、その分が上積みされているのではないかと想定している。

さらに、2017年12月1日から月額300円(税別)で1杯のラーメンにつきトッピングを1つサービスする「野郎まんぷく定期券」を導入した。これは月に3回同じ店で利用すると元が取れるというもの。ちなみにこれは「1日一杯野郎ラーメン生活」や他のクーポンと併用することはできない。

「定額制サービス付き小売業」は一つの業態

野郎ラーメンで定額制サービスを導入して10カ月がたとうとしているが、フードリヴァンプとしてこのサービスをどのように展開しようとしているのか。黒木氏はこう語る。

「このサービスを止めるという発想はありません。ただし、ビジネスモデルとして成立させていくとうのはわれわれの仕事ではないように思います。当社は創業10年目で、野郎ラーメンの豚骨スープは店で水とげんこつで16時間炊いて、真剣にラーメンをつくっています。われわれはこのような商品をとにかくお客さまに食べてほしいという感覚を持って、その提供の仕方の一つに定額制サービスがあると考えています」

筆者は、定額制サービスを導入する場合「分かりやすいサービス」になっていることが重要だと思っている。そして、大手ファストフードチェーンや、コアなファンのいる店、また地域社会に密着している定食店とかそば店のような業態に向いていると考えている。

その点「地域に永く愛される店作りを」という経営理念を掲げる同社の野郎ラーメンは、定額制サービスを導入したことで、一つの業態として形を整えたということが言えるのではないだろうか。