「こまめな掃除で家中除菌」 「新しい生活様式」に合わせた新カテゴリー提案

新型コロナウイルスの感染拡大で社会のあり方や生活習慣が変わりつつある。こうした変化を捉え、家中をこまめに除菌掃除する新たなニーズに可能性がある。シートクリーナーを活用した掃除用品の販売強化である。見えない菌を除去して清潔な家庭を維持することで、生活者の健康維持に貢献。 同時に小売業にとっては大きな需要開拓のチャンスだ。

コロナ禍で 特需商品、仮需商品が出現

2019年12月中国で発生した「新型コロナウイルス」は2020年1月、日本でも感染者が確認され社会に大きな影響を与えている。

図表1は新型コロナウイルス感染に伴う週ごとの市場トレンドである(購買金額の前年比)。日本で初の感染者が確認された翌々週にあたる1月27日の週からマスク、ウェットティッシュの特需が始まり一気に店頭が品薄状態になった。紙製品がなくなるという「デマ」が拡散した2月24日の週からは生活者が買いだめに走り生理用品、ベビーおむつなどの需要が急上昇している(仮需要)。仮需は商品供給が追いついたこともあり次第に落ち着くが、マスク、ウェットティッシュは継続的に異常値ともいえる高い数値を維持している。

このトレンドにあり、注目すべきは使い捨て住居用シートクリーナーである。特需の起こった週から堅調に推移し、仮需のタイミングでピークを迎えるが、その後の伸長率も順調に推移している。商品供給も安定しており、店頭での提案次第では、今後さらなる成長が期待できるカテゴリーである。

シートクリーナーは 年間約258億円市場 

図表2はシートクリーナー市場の金額推移である。年末大掃除シーズンで市場は拡大しているが、新型コロナが感染拡大した2020年2月以降は堅調に市場は拡大。2020年2~5月の市場成長率の平均値はシートクリーナー全体で130.4%、フロア134.1%、ハンディ117.7%となっており、衛生意識の高まりを背景にフロアが牽引してシートクリーナー市場を拡大させているのが分かる。直近の成長トレンドから見て、消費財メーカー大手のユニ・チャームでは2020年の住居用シートクリーナー市場の金額規模は258億円、前年比119%を見込んでおり、今後大きな成長が期待できるカテゴリーである。こまめな掃除習慣が定着しようとしている今、除菌をキーワードにした提案でさらなる市場活性化が可能だろう。

コロナ禍で生まれる 「家中除菌」の新習慣

厚生労働省は5月4日に「新しい生活 様 式 」を公表 、新型コロナウイルスの感染 リスクがある中 、感染予防のための望ましい生活方法を提示した(図表3 )。マスク着用 、3密回避 、手指洗いなどが示されているが、これらに加えて「こまめな 掃除で家中除菌の新習慣」を提案することで、掃除用品の大きな需要開拓が期待できる。住居内にはドアノブ 、照明スイッチ、家具・テーブルなど見えない菌が付着してい る場所は多い。その中でも床は面積が広い分、菌が付着する可能性も高い。これにいかに気づいてもらえるかが提案成功のポイントだ。

高まる清潔意識。床の除菌ニーズは開拓できる

ユニ・チャームの調査によれば、約79%の人がコロナ前と比較して除菌意識は高まったと回答している。具体的な行動としては「ドアノブや電気のスイッチ、階段の手すりを除菌シートで拭くようになった」「キッチン回りをアルコール除菌する頻度が上がった」「食卓をこまめに除菌シートなどで拭くようになった」などが挙がっている。

図表4では3つの変化から、シートクリーナー市場拡大の可能性を見ている。まず、新型コロナウイルスの感染拡大により平日、休日の在宅時間は増えている(環境変化)。

次に、感染予防の観点から清潔意識は高まり、在宅時間の長時間化と合わせ住居掃除の意欲も高まっている(意識変化)。

さらに、シートクリーナーの使用率、使用枚数は拡大しており環境、意識の変化で実態も変化している。いまこそ市場拡大のチャンスなのだ。

しかし、床の除菌を積極的に意識している人はまだ少なく、「いわれてみると気になる」という意識レベルの人が多い。毎日掃除習慣の定着、シートクリーナーの使用率アップを追い風に、素足で過ごす時間が増え、菌の移動リスクが高まる夏に床除菌の必要性をアピールすれば、ニーズ開拓の可能性が高まる。

売場ゾーニング見直し提案


住居用掃除売場の一般的なゾーニングはトイレ用30%、浴室用40%、洗面用5%、リビング25%となっていることが多い。今後除菌ニーズが高まり“家中除菌”の新習慣が定着すれば、床掃除を中心にリビング用の売場構成比を30%に上げるといった見直しも必要になる。

夜は居酒屋、昼はかき氷専門店。二つの顔でコロナ危機脱出

コロナ禍の影響で苦境に立たされている飲食店は多い。テイクアウト、デリバリーで挽回する店舗、企業も増えているが、新しいビジネスモデルを打ち出し苦境を乗り越えようとする企業もある。居酒屋チェーンのKUURAKU GROUPは、日中はかき氷専門店として営業、新たなニーズ開拓に乗り出している。

居酒屋が編み出した二毛作営業

同じ店舗で、異なる時間帯にそれぞれ別の商売をすることを「二毛作」という。居酒屋の場合、営業が夜に集中することから、日中の時間帯に生産性を上げることは重要なポイントとなる。そこで、ランチ営業で売上をつくろうと考えるのだが、夜のメンバーがそれを担うとすると体力的にきつくなる。ならば、物販か、労働負荷が少ない営業を行うということが考えられるのではないか。

これからのウィズコロナ時代は、ソーシャルディスタンスが常識となることから、飲食店ではかつてのように「席を詰め込む」ということができない。それだけに、居酒屋の二毛作は営業政策としてこれから特に重要になっていく。その素晴らしいヒントが、今回の事例だ。

「今年も酷暑になる」でひらめいたこと

東京・千葉で居酒屋等の飲食店を17店舗展開しているKUURAKU GROUPでは、銀座店、町屋店、北千住店、本八幡店の4店舗で、日中を活用して「かき氷専門店」を営業している。従来の居酒屋営業では営業時間外である。この「かき氷専門店」は独自の店として位置付け、ファサードにオリジナルの青い暖簾を下げ、たくさんの風鈴を飾り付けて、居酒屋営業とは全く異なるイメージをつくり上げている。530日にオープンした北千住店を皮切りに順次オープンしていき、営業時間は12時から1630分の4時間30分となっている。

これらの4店舗のうち特に下町の3店舗はウェーティングができるほどの好調ぶりで、営業を開始して以来1カ月たたずに4店舗合計で4000杯を販売した。「かき氷専門店」の営業は10月頃までと想定している。

KUURAKU GROUPの「かき氷専門店」で注目されるポイントとして、まず、店舗が路面店であること。初期投資、ランニングコストが低いこと。そして労働負荷が低いことが挙げられる。

同社代表の福原裕一氏によると、「かき氷専門店」営業のヒントはこのようなことだ。

「コロナ禍で多くの飲食店ではテイクアウト・デリバリーを行ないましたが、これはレッドオーシャンで、ここに人件費をかけて行うのではなく、『お店』という資源を活かして何か新しいことができないかと考えた」

「当社の海外事業であるスリランカの店舗でかき氷の営業を試みたことがあり、ウィズコロナの中で、『今年も酷暑になる』『みなマスクを着けて過ごしている』ことから『かき氷』がひらめいた」

路面に面した場所でテイクアウト販売を行う

同業者に向けたライセンス販売を画策

同社の4店舗が秀逸なことは、「居酒屋がかき氷を売っている」というイメージを払拭して、「かき氷専門店」に徹底していることだ。ファサードの暖簾は既製品ではなくオリジナルのデザインを施したもので、ファサードの上にはたくさんの風鈴を付けて涼感を演出している。

商品は、まず「期間限定商品」の「まるごとメロン」「まるごとメロンミルク」が目を引く。メロンの果肉を小さなボール状にくり抜いて、かき氷を盛り込んで側面にそのボール状のメロンを張り付けている。涼感と共にとてもインスタ映えする商品だ。メロンは1日6~10食程度を用意しているとのことだが、この商品はほとんど売り切れになるという。

価格は銀座店の「かき氷大吉」を例にとると、前述のメロンがそれぞれ1,280円と1,350円、このほか「いちご」880円、「いちごミルク」950円、「マンゴー」880円、「マンゴーミルク」950円、「宇治金時(わらび餅入り)」950円、「宇治金時(同)」1,050円となっている。他の3店は「かき氷大吉」よりも低めとなっている。

テイクアウトの商品に「まるごとメロン」はなく、「いちご」「マンゴー」「宇治金時」がイートインの商品よりもポーションを小さくし、2割安程度で販売している。

氷は「純氷」(じゅんぴょう)を使用。これは水をろ過することで純度を高くし、ゆっくりと凍らせているもの。この氷はそれぞれの製氷業者でつくられていて、製氷業者が異なっていてもクオリティは共通している。

これらの取組みは1店舗あたり初期投資が20万円ではじめたことであるが、現状の営業ペースで8月度は4店舗で1,000万円の売上が想定されている。ランニングコストとしては「かき氷の原価」「人件費」ということから4店舗で300万円の利益を見込んでいるという。

同社としてはこのノウハウを「日本唯一無二のかき氷専門店チェーン」の構想につなげたい構えだ。さらに、この間培ったノウハウを生かし「かき氷専門店」のライセンス販売を展開していきたい意向。労働負荷が低いことから、居酒屋営業店舗の新しい働き方として提案していきたいとしている。

期間限定の「まるごとメロンミルク」1,350円
メニュー大きく4つに絞り込まれている

コロナ禍の渦中で進むさまざまなチャレンジ

さて、KUURAKUではこのコロナ禍にあって「かき氷専門店」以外にもさまざまなチャレンジを行っている。

まず、この3月から「KUURAKU GROUP公式アプリ」を設けて利用者にたくさんの特典や利便性を付与している。この利用者は6月末に4,600人を超えて、急速に増えて続けている。

DXDigtal TransformationITの浸透を活用する)としてEC(通信販売)を新規に事業化、さらにモバイルオーダー、キャッシュレス決済、デリバリーサービス、Googleマイビジネスを活用するようになった。

ECでは、同社の高級店である比内鶏専門店「銀座かしわ」で、冷凍の親子丼セット、つくねなどのミールキットの拡販に努めている。

キャッシュレス決済ではアジア系の100種のペイメントシステムに対応できる「Take Me Pay」を導入し、最終的には世界1,000種のペイメントシステムに対応できるようにする。

さらにオーダーしてから決済するまでをこなすオーダリングシステムの「Take Me Order」を導入してデリバリーで活用していく予定だ。

また、新規事業として「キッチンカー」をはじめた。キッチンカーでお客さまにより近づくことによって、お客さまとの会話から生まれる発想などを取り入れ、次のビジネスにつなげていきたいとしている。現状は取引先である精肉工場の敷地内と都内のオフィスビル街で販売している。今後はホームセンターと提携するなどして、販売場所を確保していく計画だ。

当然ながら、このコロナ禍の渦中にチャレンジを重ねているのはKUURAKUに限ったことではない。飲食業界では、いずれ近いうちに「コロナ禍の中でどのようなことをしていたか」ということの成果が如実に表れることになるであろう。

銀座店の「かき氷大吉」は17時以降は「博多屋大吉」となる

塚田農場のエー・ピーカンパニー、生き残りに「ファン深掘り作戦」選ぶ

不特定多数を相手にするのではなく、そのブランドの支持者=ファンを対象にニーズを深掘りしていく戦略がファンマーケティングだ。居酒屋チェーン「塚田農場」を手掛けるエー・ピーカンパニーは、これまで培ってきた独創的なビジネスモデルを背景に、これからの成長戦略として、ファンマーケティング構想を描いている。

「クオリティの高い食材」を開拓する企業文化

「塚田農場」という居酒屋チェーンがある。店舗数は現在約120店舗、「みやざき地頭鶏(じとっこ)」をはじめとした地鶏を主力商品としていて、客単価4,000円前後の業態である。展開しているのは株式会社エー・ピーカンパニー(本社/東京都豊島区、代表/米山久)。会社全体では総店舗数約200店、年商約230億円である。

居酒屋業界は新型コロナウイルスの影響で各社一様に大変業績を落としているが、エー・ピーカンパニー(以下、AP)も同様だ。同社の決算は3月で、今期が走り出した4月2日より全店休業し、6月1日から全店の営業を再開した。いきなり2ヵ月間、売上がほとんどない状態を過ごしたことになる。

筆者は5月末に代表の米山久氏に近況を伺う機会を得た。コロナ禍での「コスト圧縮」をはじめ「雇用継続」などさまざま言及されたが、「次なる施策」として掲げた「APファンマーケティング構想」に、これからのフードサービス業のあるべき姿を感じた。

APのことを語る場合はまず、同社の「生販直結モデル」を説明しておく必要がある。

エー・ピーカンパニーが独自に作り出した「生販直結モデル」のスキーム

同社の成長を牽引したブランドは冒頭で述べた「塚田農場」である。これは2003年の当時、代表の米山氏が「ありきたりじゃない新・外食」を追求している過程で、宮崎県日南市の地鶏「みやざき地頭鶏(じとっこ)」と巡り合ったことに端を発する。

この地鶏は増体率が高く、食味に適度な歯ごたえがあって旨味があることが大きな特徴だ。これを主要食材に育てていくために、現地の生産者と協調して生産拠点をつくり、この鶏肉を東京はじめとした居酒屋「塚田農場」に届けるという仕組みをつくった。このモデルは鮮魚分野でも開拓した。そして、「食のあるべき姿を追求する」というミッションを打ち立て、食品の生産(1次産業)から流通(2次産業)、販売(3次産業)に至るまでの全てを一貫して手がける独自の6次産業化ビジネスモデルを展開するようになった。

このようにAPの最大の特徴は「クオリティの高い食材」である。これを当初からぶれずに行ってきたことによって、「塚田農場」や「四十八漁場」をはじめとしたブランドには根強いファンが存在している。

『PR TIMES』というニュースリリース配信サービスがあって、企業が発信する動向を把握するときに「PR TIMES 〇〇」と企業名を打ち込むと、その企業のニュースリリースがざっと出てくる。そこで、APの動向が気になり検索してみた。すると、矢継ぎ早にニュースリリースが配信されていて、主に中食分野に力を入れている様子が伝わってきた。

弁当事業の成長が新しいマーケットを切り拓く

同社のリリースを時系列で紹介するとこうなる。

・3月31日:「店舗休業」4月2日から、営業再開日は4月10日、15日、21日(エリアで異なる)
・4月9日:「食品を宅配」。「Oisix」と共同で一般に販売、4月15日から
・4月11日:営業開始日を、4月10日、15日、21日からであったものを5月15日に延期
・4月13日:「コロナ禍休業による余剰食材を販売」、一次産業支援のD2C(Direct to Consumer)事業を4月14日から本格始動
・4月23日:「おうち塚田農場 家飲み便」(おつまみの通信販売)、4月23日受注スタート
・4月27日:「海の味覚、日本酒を通信販売」。鮮魚居酒屋「四十八漁場」で取り扱う予定だった食材を通販
・5月7日:「オンライン焼酎蔵見学ツアー」を実施、5月7日から
・5月13日:「トライアル営業実施」、5月15日からの営業開始日を、6月1日からを目途に変更
・5月15日:通信販売によって、「地鶏を100店舗使用分の16%」を販売したことを報告
・5月20日:「医療従事者に弁当を無償提供」。5,000食を目標にクラウドファンディングを開始
・5月21日:「『家飲み便』を拡大」、都心限定だったものを本州26都道府県に拡大、5月22日から
・5月27日:当社ブランド営業再開、6月1日から
・6月4日:「新しい飲食店の営業形態」追求の次なる打ち手は食堂業態!当社各種ブランドの〝おいしい″を集めた「つかだ食堂」を立ち上げる。5月15日にパイロット運営運営をスタート(渋谷南口店)

4月13日より「食材の通販」がはじまり、中食へと拡充していった
5月7日に「オンライン酒蔵見学ツアー」を実施

コロナ禍によって飲食業の多くが「テイクアウト」「デリバリー」を手掛けるようになったが、APでは2014年7月に新規事業として宅配弁当の「おべんとラボ」を立ち上げ、2015年7月1日に塚田農場プラスという商号で法人化している。それが2020年3月期連結決算の売上高230億円のうち約20億円を占めるほどに成長した。ニュースリリースの中の、4月23日「おつまみ通信販売開始」、5月20日「医療従事者に弁当を無償提供」、5月21日の「『家飲み便』を拡大」は、この塚田農場プラスが担っている。

APの店舗の本領は「クオリティの高い食材」であると前述したが、これまでの店舗展開を支えてきたものは、これらを高く評価する「APファン」に他ならない。弁当事業が5年余りで20億円に成長しているのは、これらに支えられているからであろう。

これらは「APファンマーケティング構想」の序章に相当するようだ。これからはリアル店舗がAPのファンのリアルコミュニティとなっていき、さまざまなサービスを生み出すきっかけとなっていくことであろう。

全業態の食材をシャッフルした定食店

さて、前述のニュースリリースの最後に「つかだ食堂」のことが紹介されている。それによると、APの「塚田農場」をはじめとした多岐にわたる業態の垣根を越えて、APがあつらえることができる全食材から、旬や生産状況によって紹介したいものを選別して提供する業態という。簡単にいうと、「APが独自に調達したこだわりの食材を使用した定食店」である。ランチタイム11時30分~15時、ディナータイム16時~22時でランチタイムからお酒を飲むことができる。

筆者は6月11日の12時ごろに池袋北口店で「チキン南蛮定食」900円(税込)を食べた。「商品力の高い定食店ができた」という印象だ。もっと早く新業態としてリリースしていればよかったのではと思った。現状、オープンしたばかりで、また空中階にあることからお客はまばらだが、やがて人気を博すことになるだろう。それを支えるのもAPのファンである。

「APファンマーケティング構想」のスキームは、これからのフードサービス業の定説となっていくのではないだろうか。

三茶のフードサービス界をリードする飲食店経営「和音人」が見せた、コロナ危機との戦い方

コロナ禍の中で飲食店はどう戦おうとしているのか。立ち向かいフードサービスの「新しいこと」をつかもうとしている若い人々の事例をご紹介する。

三軒茶屋にドミナントを築き、社員の夢をかなえる姿勢

東京・三軒茶屋にドミナントで7店舗展開している株式会社和音人(わいんびと、本社/東京都世田谷区、代表/狩野高光)という飲食企業がある。三軒茶屋で創業した「焼鳥 月山」は20156月にオープン。以来、5年間でこのような陣容を築き上げているのは、代表の強い信念が社員共々共有化されているからではないか。

参考までに、facebookで同社代表、狩野高光氏の「takamitsu kano」ないしは同社執行役員の「齋藤太一」を検索すると、狩野氏はフードサービス業界の次代を担う存在であること、この会社の社員がどれほど代表のことが大好きか、そしてどれほどチャレンジ精神にあふれているか、ということが如実に伝わってくる。

ちなみに狩野氏は19871月生まれだから33歳。飲食業で独立する道を一貫して歩み28歳で独立した。

創業時の信念は大きく二つ。まず、代表の狩野氏は「街として成熟度の高いところ」で起業することを考え、中野、学芸大学などの候補も挙げた中から「三軒茶屋」を選んだ。そして、「ランチェスター戦略にある局地戦で戦っていき、ドミナント展開をすることで地域のシェアを獲得しようと考えた」と言う。

「三軒茶屋は結構飲食店の移り変わりがあり、また3店舗以上を展開している店がないことから、当社のような路線が勝てるのではないか。とにかく、店舗数においても年商においても3年間で三軒茶屋の地域一番店となることを目標にした」

こうして、和音人は三軒茶屋における現在の地位を築き上げた。

次に「社員の夢を一つずつかなえていくこと」。創業の店のコンセプトは「山形」に由来するが、それは立ち上げメンバーの一人である齋藤氏の夢を尊重したからだ。齋藤氏は山形県西川町大井沢の出身で、父が現地の町おこしで活躍している。齋藤氏は父の活動を応援したいという想いがあり、狩野氏も創業店のコンセプトをその町を盛り上げていく趣旨のものにした。立ち上げメンバーは店がオープンする1年半前から、現地の酪農家、農家、酒蔵などさまざまなところと交流して食材を仕入れるルートをつくった。

和音人の店は料理のクオリティが高いと同時に客単価も高い。7店舗の中に餃子の店があり客単価3,500円だが、他の店はどれも5,0008,000円のレベルになっている。その理由を狩野氏はこう語る。

「日本の外食の価格は安い。どの店も現状のものから1,000円、2,000円は引き上げるべきだ。私はこのようなところから日本の外食の地位向上を図っていきたい」

店のQSC(品質・サービス・清潔さ)を高度に保てば、三軒茶屋の地元やその周辺には、それをきちんと評価する顧客が存在する。これらの富裕層は旧来型の飲食店にはないQSCを欲していたようだ。

今日、三軒茶屋はフードサービスのワンダーランドだ。実に個性的な店が密集して競い合っている。そして客単価は5,000円あたりになるが、不満は残らない。そのような環境は和音人がリーダーとなって醸し出されたようだ。

「焼鳥 月山」がオープンした当時の客単価は6,000円だが、2015年当時の三軒茶屋ではこの客単価は空白マーケットで、ブルーオーシャンの中で営業したという。その後、三軒茶屋に新規参入するところは類似の客単価でQSCのレベルの高いところが増えていった。

「緊急事態発生」後、新事業に俊敏に取り組む

そこでコロナ禍である。

和音人では今年に入り1~3月の業績は前年を上回っていたが、4月に入ると通常の3割以下に減少するようになった。

政府は47日に「緊急事態宣言」を発出した。それを受けて、和音人では9日より7店舗中6店舗の営業を自粛した。ここからの同社の行動は俊敏であった。

それは、以下のようなものだ。

(1)410日より、7店舗中6店舗はイートイン営業を休止しテイクアウト営業に切り替え、無添加・無化調(化学調味料)の食事を提供。

デリバリーは業者ではなく社員が行った。地域密着で育ってきたことから地域との結びつきを大切にした。メニューは軽食、サイドメニューの類の500円、弁当の類の1,000円、オードブル3,000円~、和音人セレクトの日本酒やオリジナルのクラフトサワーなど。開始してから1日80100食を販売した。

(2)ECサイト(通販)を立ち上げ、オリジナル商品を「和音人 月山 STORE」というサイトで発信。

商品のコンセプトは「山形」である。まず「おうちde 芋煮」「おうち de 餃子」(1,700円)を開発、また「山形斉藤の千日和牛」という和音人のブランド牛(1000日飼育の黒毛和牛の雌)を部位別にラインアップ。また、和音人のアンテナショップでも販売しているオリジナル商品を逐次品目に加え、開始して1週間で40万円を売り上げた。

ECサイト(通販)の「おうちde芋煮」1700円

(3)「社長をタダで貸します」――代表の狩野氏が、他社の社員の勉強会に講師として出講。

営業を自粛している中で、この期間中に研修をしたいという会社の要望に応えて、狩野氏が勉強会を行う。ちなみに、427日の場合、ホテル業界の会社よりオファーがあり、「みんなの知らない危ない食べ物の話」「最強の組織を作る人創り」などをテーマにzoom60人に向けて講演を行った。

「社長貸します」で4月27日にzoomで60人に向けて研修を行った、人物は和音人代表の狩野高光氏(facebookより)

(4)オンライン飲み会「zoom de BAR」を開催。

410日から、不定期ながら週に3回程度のペースで開催。三軒茶屋のバーから狩野氏を始めとした3人が司会を務め、参加者と盛り上がる。参加者は和音人の顧客、関係者の友人、知人など。東京だけではなく、海外諸国など多岐に及んでいる。

421日は「スラムダンクの勝利学に学ぶ」をトークテーマとして10人程度が参加し1時間程度行った。この日、筆者も参加した。飲み会の席で、「目標設定の重要性」「共通目標を理解することがチームワークの原点」「あきらめたら、そこで試合終了」という、スラムダンクの中にあふれるチームづくりのポイントを引き合いにして盛り上がった。笑いの絶えない時間であったが、「コロナ禍に勝とう」という共感があった。

「zoom de BAR」の様子、4月21日の場合「スラムダンク」をテーマに行なった

zoom de BAR」を進行している合間には、和音人のECサイトの内容を紹介している。

さて、和音人では5月6日にデリバリーを終了し、57日から逐次店舗営業を再開している。営業時間は15時~20時(ドリンクは19L.O.)、テイクアウトも継続する。久しぶりにお客さまと直に接した狩野氏のfacebookには、「人と実際に会うのはzoomとは全然違う。嬉しくて熱いものがこみ上げてきた」という趣旨のことが述べてられていた。

苦境にある時には誰もがこのように言う。「今できることをやろう」と。和音人はこの間これに全力で取り組んでいる。特に、前述の4つの施策は、フードサービス業にとってこれから必要な能力になるのではないかと思っている。

独自の給与システムで売上予算は前年比80%。それでも儲かる超繁盛「もつ焼き居酒屋」

新型コロナウイルスによって飲食業は大きな影響を被っている。多くは「中食」に活路を見出そうしているが、これが定着することで飲食店の存在感は変化していくことであろう。それは「地域密着」であり、「重層的な販売機能を持つ」ということだ。さて、ここでは損益分岐点を引き下げることによって、平時から高い「生産性」「顧客満足」「従業員満足」を実現している事例を紹介しよう。

38坪で月商約1,300万円の超繁盛店

東京、神奈川、千葉、埼玉の一都三県にもつ焼き居酒屋「串屋横丁」が約50店舗展開している。「頑固おやじが営む個人店」のような店で2等立地、3等立地にありながら平時はいつも繁盛風景が見られている。看板商品のスーパーホルモンロール」はピンポン玉のようなホルモンボールが串に通されて1本130円(税別)、他の商品もフレッシュで価格が低く、客単価は2,2002,300円前後となっている。

同チェーンを展開しているのは千葉県茂原市に本拠を置くドリーマーズ株式会社(代表/中村正利)。「串屋横丁」のほかに、肉料理の「小松屋」を2店舗展開している。

「串屋横丁」約50店舗のうち直営は18店舗、このほかは加盟店だがみな同社の卒業生である。各店舗の繁盛ぶりを見ると商売を営む人は誰しも加盟店になりたいと思うであろう。中国地方の地方都市で居酒屋を営む経営者を「串屋横丁」の中で一番売っている店の門前仲町店にご案内したことがある。同店は38坪で月商1,200万~1,300万円、これだけ売ると利益は430万~440万円となっている。しかしながら「串屋横丁」の展開姿勢は一貫していて、エリアは千葉県茂原市の工場から配送できる範囲であること、そして、オーナーは直営店の卒業生であることで一貫している。こうして店を運営するマインドとクオリティは高度に保たれている。そこでその経営者はFC加盟を丁重に断られたという。

ドリーマーズ代表の中村正利氏は19689月生まれ。ドリーマーズを創業し「串屋横丁」を軌道に乗せるまでの人生は多岐にわたっている。ドリーマーズの前はIT企業を営んでいたが2001年に事実上の倒産状態となる。2003年に起死回生の事業となる「串屋横丁」を立ち上げ、4年間で4,000万円の借金を完済し、以来「串屋横丁」独自の仕組みをつくり上げた。

写真手前、看板商品の「スーパーホルモンロール」は1本100g130円(税別)
オープンは16時で18時を回るとこのような満席状態となる(3月25日撮影)

地域の固定客を徹底深掘り

これまで最も力を注いだものは「理念教育により高いモチベーションを持ったチームづくり」、続いて「トレンドに左右されない業態づくり」ということだ。業態寿命という言葉とは無縁の「もつ焼き居酒屋」を徹底的に磨き上げて個人店にもチェーン店にも負けないクオリティをつくり上げることに力を傾けた。

2011年の東日本大震災の時に「串屋横丁」チェーンの売上が激減した。そこで、安定して利益を確保できる仕組みづくりに挑んで以下のようなことを成し遂げた。

① 主要食材のホルモンは屠畜場の組合員となり、養豚業者から直接仕入れることで中間マージンを劇的に削減。

② 本部のある千葉県茂原市に工場をつくり「串屋横丁」50店舗全店の仕込みを行い、店舗では仕込みをしないようした。工場の人員は製造部20人、配送部6人、受注部1人で2627人の体制。店舗で仕込みをすることに換算すると1店舗当たり0.5人となる。店舗で仕込みを行うと1店舗当たり3人が必要となるが、「串屋横丁」の全体で毎日130人の人員削減を実現し、年間の人件費では25,000万円以上を削減していることになる。

③ 「もつ焼き居酒屋」としての業態を専門特化することで、厨房面積を小さくし、坪当たり席数を大幅に増やした。前述の門前仲町店では38坪で約100席となっている。

④ リピーター対策として「ドリンクパスポート」というカードを作成。これは5回店舗を利用すれば毎日1杯無料でお酒が飲めるというもの。これによって広告宣伝費を全廃した。

また、宴会需要や団体需要には重きを置いていない。大切にしているマーケットは、その街に住んでいたり、その街で仕事をしている人々だ。これらに高い商品力と「ドリンクパスポート」が手伝ってどの店もほとんどがリピーターによって支えられている。

損益分岐点を下げる「仕組み」をつくる

さらに、非常識と思えるような給与制度をつくり上げた。

まず、店長の給与制度。固定給は月24万円である。しかし、これに歩合給制度が加わる。店長が受け持つ店の規模(席数など)によって歩合の条件は決まってくる。

一番大きな店は歩合給が80万円、一番小さい店の場合45万円程度。一番大きな店の店長は固定給+歩合給に残業代などがついて月の給料は110万円程度、一方の店長は75万円程度になる。

店長には異動がなく、日報もない。営業に差支えがなければ店に出勤するのは何時でもいい。ただし店長としての業務を全うしないと解任となる。

各店舗には店長を目指す人がたくさんいる。固定給は店長よりも高く設定されて年間340~350万円。これに加えて会社が決めた利益目標をクリアすると毎月10万円が給付される。さらに残業代が加わって年収500万円程度になる。

人件費を売上に合わせて変動させることで、予算組を「前年の80%」という仕組みをつくった。外的要因で店の売上が下がっても本部の利益は確保できて、また店長・店長候補の高いモチベーションによって売上は前年を保つことができている。

効率的でショーアップされた厨房をつくり、客席数も増やしている

経営理念は「全ての経費はお客様のために」

「串屋横丁」のモデルは「老舗繁盛店」である。これらの店は販促をしない、メニュー変更をしない、お客さまアンケートを取らない。「店の実権を店が握り、お客さまに左右されない店が、長く営業を続けることができる秘訣」と中村氏は確信している。

「メニューを増やす、キャンぺーンを行うということは全て経費です。このようなことをやらないことが正しい経営。『スーパーホルモンロールを食べたくなったから串屋横丁に行こう!』というお客さまが安心してやって来られるように、常に店を磨いているのです」

「全ての経費はお客さまのために」――これがドリーマーズの経営方針である。

これによって、「無駄なことの全てはお客さまのためにならない」という考え方に至っている。イベント、ルール、組織、中間管理職等々、例えばスパーバイザーが店舗を回って歩くということも無駄なものと考えている。そこで、評価制度や組織を撤廃した。それは、「当社の社員を評価するのはお客さまです。お客さまの『良かったよ』という評価が『売上』に結び付いてくる」(中村氏)と考えているからだ。

こうして「地域密着」であり「顧客を尊重する」という経営姿勢が強く発信されている。

ドリーマーズ株式会社、代表取締役の中村正利氏

銘柄で注文は受けない。料理との相性でお酒を提案…新スタイルの日本酒バル

日本酒好きには好みの銘柄やごひいきの蔵元などがある。日本酒をウリにする店なら当然、各地の銘柄を集め品揃えの豊富さで勝負するのが常道だろう。しかし、あくまで料理、それも西洋料理とのマッチングだけで日本酒を提供するバールが東京門前仲町にある。

日本酒をノーブランドで売る

日本酒を売る飲食店は「銘柄」の品揃えをアピールしている。最近の人気銘柄の筆頭に挙げられるのは「獺祭」である。2015年に本社蔵を大幅につくり変えたことによって、幻の銘酒がいつでもどこでも飲むことができる不動の人気銘柄になっている。このほか「久保田」「八海山」「写楽」「而今」といった人気銘柄をそろえていると、日本酒好きにとっては訪問リストに載せておきたい店となる。

だから、日本酒の品揃えはお客さまを引き付けるための重要なファクターだ。突出した人気銘柄の入手が難しくなれば、それを補うためのダークホースを探し出して、自店のスターに育て上げていく。

こんな具合に、日本酒好きが高じると「銘柄」に行き着くということが常識だと思っていたが、銘柄に全くこだわらず「お客さまの好みの味わい」「料理とのマッチング」で提供して繁盛しているバルを体験した。立地は東京・門前仲町、富岡八幡宮の参道を横に入った路面店である。

門前仲町は浅草ほどの賑わいはないが、門前町としての風情がある。私用で門前仲町を訪ねる機会が多いのだが、近年つくり込みが巧みな飲食店が増えている。1月の末に富岡八幡宮の裏道を歩いていて、その店「KARASU」を見つけた。店頭はウッディなデザインで店名の文字が小さくデザインされていてセンスの良さを感じた。

店は916席で15時から24時の営業。コンセプトは「日本酒と西洋料理のマッチング」だという。カウンターの中に約50種類のメニューが書かれた黒板があり、「シチリアで食べたポテトサラダ」600円、「地中海風よだれどり」1,000円、「カツオのブルーチーズカツレツ」1,400円というキャッチーなメニュー名が載せてあり、どのような内容なのか思わず聞いてみたくなる。

オーナーの赤井健太郎氏は19893月生まれ、20歳で六本木にバーを展開する会社にバーテンダーとして入社。それ以来、社長に「将来飲食業で独立したい」とアピールしていたところ21歳で店長を任された。赤井氏はそれに応えるべく一生懸命に仕事に取り組みマネジメントを学んだ。同社のほか、三軒茶屋のオーセンティックバーで働くなど独立するための修業を8年間積んだ。この過程で、「自分の店では日本酒を発信しよう」という目標が定まっていった。

フードメニューのネーミングは、どれもどのような内容なのか興味を引くものになっている

稀な異国の料理体験をメニューに活かす

六本木の会社にはユニークな制度があった。それは、1年に1度、2週間の有給休暇を取得できて、海外旅行に行かせること。そのために10万円が支給された。そこで赤井氏は当初、仕事に関連するスコットランドやイタリアに行っていたが、だんだんと訪ねるきっかけが稀な異国に憧れるようになり、旧ユーゴスラビアやチュニジアに行った。この経験が、現在の「KARASU」のメニューづくりに活かされているという。

たとえば、チュニジアの国民的調味料に「ハリッサ」がある。これはパプリカをベースに複数のスパイスとオリーブオイルを混ぜてつくるもので、中華料理に例えると豆板醤のようなものだ。これを自家製でつくり、現在のメニューに使用している。最初につくったのは「地中海風よだれどり」、低温調理した鶏の胸肉にハリッサを合わせたものだ。

KARASU」をオープンしたのは20184月。自分の店は代々木上原あたりに出店しようと思っていたが、仲介業者より現在の物件を紹介された。赤井氏はそれまで東京の東エリアを訪ねたことがなかったが、ここを見た時に店のイメージがすぐに湧いてきたことから、即決した。

狭い店であるが、日本酒の一升瓶がたくさん目立つ。赤井氏に尋ねると「7080本」という。果たして、916席の店で7080本の日本酒が回転するものだろうかと不思議に思った。日本酒は一度栓を抜くと、劣化が早く進む。劣化するとすっぱい味になり、おいしい飲み物ではなくなる。

「日本酒をアピールする店」とはそういう理由も加わって人気銘柄に限定して揃えているわけだが、「KARASU」ではそれとは全く異なる売り方をしている。それは、冒頭で述べた「お客さまの好みの味わいで売る」「料理とのマッチングで売る」ということだ。日本酒のバラエティ豊富なバルとして成立しているポイントはここにある。

同店の日本酒のメニューにはこう書かれている。

「味わいのボリュームはライト?しっかり?」

「香りはフルーティ?華やか?穏やか?」

「温度は冷酒?燗?常温?」

「または料理に合わせておまかせ」

日本酒のお品書きではお客さまの好みを尋ねている
常温で保存されている日本酒。徳利の数も豊富
カウンターの中もリーチインクーラーの中もさまざまな一升瓶が並ぶ

日本酒を売る主導権を店側が握る

このような提案をしている理由について、赤井氏はこう語る。

「日本酒とは食中酒として楽しむものだと思います。何を食べているかということで日本酒を選ぶことが日本酒の醍醐味です。日本酒をより楽しんでもらうために、お客さまからいま食べている料理に合う日本酒をくださいと、言ってもらえるようにしている」

「飲み物はビールのほかに日本酒しか置いていないから、一般的な店よりも日本酒の回転が速いのでは」

つまり、日本酒を「お客さまの好みの味わいで売る」「料理とのマッチングで売る」ということは、商品をお客さまの都合に合わせるのではなく、店側が主導権を握って提供するということだ。オーナーが店の料理にマッチする日本酒の個性に傾注することによって、お客さまにとっては感動的なマッチングとなり、記憶に残る店となり常連となる。事実同店は、いつも近隣に住む30代~40代の富裕な層で満席だ。常連客同士の仲がとてもよい。みな同店の魅力にひかれて「サードプレイス」のようになっているのだろう。

赤井氏はこれから「外食の仕事にこだわらない」ないという。それは、「当店に来て、料理と日本酒のマッチングを楽しんだ人が、自宅で当店のような楽しみ方をしてもらいたい」という発想から始まり、ゆくゆくは「中食よりもクオリティの高い飲食店のおつまみと、それに合う日本酒をセットにして宅配業者に届けてもらう」というビジネスだ。

これは「日本酒と西洋料理のマッチング」という「KARASU」のブランディングによって広がることだ。飲食店がブランディングに成功すると、その商品は別の場所でも楽しむことができる。筆者は今家で「スターバックスコーヒー」のドリップタイプで淹れたコーヒーを飲みながら原稿を書いているが、「KARASU」の顧客にはこのようなタイプの商品も歓迎されることであろう。

フードなし、立ち飲み1杯650円 「梅干しサワー専門店」が大入繁盛中

梅干しは好き嫌いが分かれそうだが、明確に嫌いという人は2割程度。大方の人は梅干しが好きか嫌いか考えたこともないという(梅干しサワー専門店の開業前肌感覚調査)。梅干しに対して明確な好き嫌い意識のない「浮動票」をターゲットに梅干しサワー単品で勝負する店が下北沢にある。

「梅干しが好きか嫌いか考えたことのない人」がターゲット

東京・下北沢の駅近くの路地裏に「梅干しサワー専門店」という名の店がある。商品は店名通りに「梅干しサワー」のみ。フードメニューがない。ほかにいくつかのアルコールとソフトドリンクがあるが、おまけのような存在だ。

ただし、「梅干しサワー」のバラエティはある。梅干しはしょっぱいタイプから甘いものまで4種類あり、焼酎はスタンダードが甲類の「金宮」で1杯650円、麦や芋の乙類を使用した場合はプラス50円となる。チャージや税金は付けない。

同店がオープンしたのは20194月のこと。経営はThink and Act(本社/東京都新宿区)という会社で川原宙氏(198610月生まれ)と藤井拓郎氏(19916月生まれ)の二人代表である。

二人は音楽グループの「ゆず」のファンで、そのオフ会で知り合い意気投合した。まず、藤井氏が川原氏にバーを開業したいということを持ち掛け新宿・歌舞伎町に3.5坪8席の「BARくず星」を201712月にオープンした。

2号店として「梅干しサワー専門店」のアイデアを切り出したのは川原氏であった。川原氏は梅干しが好物で、飲食店に行くたびに梅干しサワーを飲んでいた しかしながら、納得する梅干しサワーに出合うことがなかったという。その理由はどの店も梅干しの味が薄いということだった。単に梅干しを入れるのではなく梅に関連するエキスやタレを入れることによって大きく味が変わることを発見し、「梅干しサワー専門店」の骨格が見えてきた。

試作を繰り返している過程で、「梅干しが嫌い」という人は肌感覚で2割程度という認識に落ち着いた。そこで「梅干しが好きな人がターゲットではなく、梅干しが好きだとか嫌いだとか考えたことのない、浮動票のような層をターゲットにしよう」と考えた。

フードメニューは当初一般的な居酒屋メニューのラインアップを検討した。しかしながら、どれも梅干しサワーと一緒に食べてみると、ことごとく梅干しサワーの持ち味を台無しにしてしまった。そこで、オープン前にフードメニューを出さないことにした。この割り切り方が「梅干しサワー専門店」の個性を際立たせることになった。

実際にオープンしてから、「本当に梅干しサワーだけなんだ」とむしろほめてくれるお客さまがいた。何より、フードメニューがないことからオペレーションが楽である。お客さまにも従業員にもフードに関わるストレスを与えない。店舗面積は9坪弱の立ち飲みで18人収容が概ねマックスであるが、13人程度が適正という。

お客さまがグラスに梅干しを自分で入れて「梅干しサワー」をつくる
二人代表の藤井拓郎氏(左)と川原宙氏

「せんべろ」「昼飲み」と一線を画すポイント

梅干しは4種類から選べ、それぞれにキャラクターを求めた。甘いものがあれば、ものすごく酸っぱいものを対極に置くという具合。味の境界線があいまいではなく、それぞれの味がカブらないことを意識した。そこで、メーカーは絞らず和歌山で南高梅を使用した2社とした。ここまで行き着くまで100種類の梅干しを食べたという。

「梅干しサワー」はグラス1杯に25度の焼酎を60㎖入れていて、アルコール度数は強めである。これは梅干しの味が強いことから、ある程度のアルコールを入れないとサワーの味がしなくなると判断し、飲みごたえを重視した。そうして立ち飲みを楽しんでもらおうと考えた。実際に「味が薄い」といった不満足な思いをしない。

梅干しサワー1杯650円という価格は感覚で決めたことであり、厳密な原価計算に基づいているものではない。1杯800円、900円だと「高い」と感じられるだろうし、これではカウンターで知らない人通しが気楽に会話する雰囲気には至らないであろう。

お客さまの注文パターンは、12杯で帰る人、ないし5杯6杯を楽しむ人とさまざま。30分で帰る人もいれば、店で親しくなった人と2時間程度会話を楽しんでいる人もいる。このように支払う金額はまちまちだが客単価は2,000円程度になっている。

同店のお客さまはリピーターが新しいお客さまを連れてくる、というパターンが多い。1人のリピーターが6人の新規客を連れてきたという例もある。このような具合で来店するお客さまは増え続けている。客数は120人を下回ることはなく、土日には50人、60人が来店、これまで多い日は80人の日もあった。

昨今の居酒屋では「せんべろ」(1,000円でべろべろに酔っ払うことができる)、「昼飲み」という具合に、低価格で昼から気軽に飲める居酒屋が一つのトレンドとなっている。「梅干しサワー専門店」は客単価など近い一面もあるが、これらの店とは一線を画している。その最大の違いは同店の売り物でもある「空気感」というものではないかと思っている。

サブカルチャーの街だからこそ個性が光る

従業員は話術が達者な人が多い。ピークタイムに3人で運営しているが、三者三様で個性があり、お客さまとの対応を楽しんでいる様子が伝わってくる。現在の従業員は元お客さまというパターンが多い。川原氏はこう語る。

「一般的な飲食店は、従業員の個性を均一な方向にしています。私は全員が違ってそれでいいと考えています。ですから、ここに来たら好きにやっていいよ、好きな人と好きな話題をしなさい、と伝えています」

二人の経営者は従業員に指示を出したり、お願いをすることをしない。一方で、従業員から例えば「利き酒セット」などの商品の提供の仕方などについての提案があると、それを採用している。

「梅干しサワーはすっぱい!」と顔で表現するノリのよさ
従業員の表情はみな楽しそう

店の発案者である川原氏はこう語る。

「梅干しサワーとは僕らにとって一つのコンテンツです。僕たちは飲食店をやりたいのではなく、この店はエンターテインメントの一ジャンルなのです。梅干しサワー以外の商品を置いていないのはたまたまのことで、狙いとしていることは下北沢という街で憩うことができる店にすることです」

筆者はこの店の存在を知ってから3回訪れているが、同店は「下北沢駅近くの路地裏」という立地にとても溶け込んでいる。客層は20代から40代で職業不詳という感じだ。お客さま同士の仲が良く、同店にいると知らないお客さまと自然と会話が弾む。

経営者の二人は物件を下北沢のほかに高円寺でも探したというが、高円寺でもここと同じような溶け込み方をするのではないか。下北沢は小劇場の街であり、高円寺はライブハウスの街だ。このようなサブカルチャーが根付いている街だからこそ、店の個性が光るのだろう。

知らぬ同士のお客さま、従業員ともにすぐに仲良く会話が弾む

東京・自由が丘の和食店が「ヴィーガンレストラン世界一」の快挙

日本で1,000人規模の国際会議があれば、用意する食事の25%がベジタリアン用、15%がハラール(イスラム教徒用)、5%がグルテンフリー(小麦粉不使用)だという、国際化と同時に食の多様化も進んでいる。ベジタリアンの中でも卵や牛乳さえ口にしない絶対菜食主義者はヴィーガンと呼ばれその数は増えている。今回はヴィーガン専用で世界一に輝いたレストランを紹介する。

世界の中で最もメジャーな食のジャンルは「ベジタリアン」

筆者は6年前にフードサービス分野の記者として独立したのだが、もう一つの専門分野として2013年当時に話題になり始めた「インバウンド」にも取り組むことを心掛けて記者活動を行ってきた。そこで遭遇したのは「フードダイバーシティ」であった。

これは「食の多様性」という意味である。世界には食習慣、宗教、健康上の理由によって特徴的な食品や、食べられない食品がある人が存在していて、これらの違いを尊重し受け入れるための環境整備を行うということだ。

この分野で最初に出合ったのが「ハラール」だ。イスラム教徒の戒律で「許された」という意味で、具体的には「豚肉、アルコールを使用しない」ということだ。さらに、小麦製品を摂取しない「グルテンフリー」が存在すること、またフードダイバーシティの中で最もメジャーなのは「ベジタリアン」であることも知った。

「ベジタリアン」の存在は、筆者が社会人になりたての三十数年前に日本に紹介された。2000年に入り、アメリカのセレブに絶対菜食主義である「ヴィーガン」が増えてきているということを知り、どうすればそんな菜食主義者になるものかと思っていたものだが、いつの間にか筆者はベジタリアンであってたまに肉食をする「ノンベジタリアン」になっていた。筆者がこのようになった背景を詳しく説明すると長くなるが、簡単に言うと肉食を慎むきっかけとなった健康上の危機を経験したからだ。

筆者は肉食を(ほとんど)しなくなったとはいえ、食生活にはまったく困っていない。外食評論を仕事としているが、チェーンレストランであってもフードダイバーシティを意識しているところが散見されてきて(アレルゲン情報など)、魅力的なベジタリアン、ヴィーガンのレストランは日増しに増えてきている。

筆者がハラールの取材をするようになった2015年当時は、ムスリム(イスラム教徒)のインバウンドが日本で食事をすることに困っていたが、今日はその不便はどんどん改善され、「おいしいハラールレストラン」が選べる状態になっている。

筆者は20189月に、ホテル内の全てのレストランがベジタリアン対応を整えたというヨコハマグランドインターコンチネンタルホテルのベジタリアン試食会を訪れる機会があった。そこで同社の総料理長である齋藤悦夫氏がこう述べていた。

1000人規模の国際会議があると、25%がベジタリアン、15%がハラール、5%がグルテンフリーとなる。そこで、メニューづくりはベジタリアンを中心に考えると、さまざまな人が一緒に食事をすることができるようになる」

つまり、「ベジタリアン」をメニューの基軸に位置付けるとフードダイバーシティは解決されるということだ。

ハラール対応からフードダイバーシティに挑戦

前振りが長くなったが、ここから本題である。

今日、世界中の人が旅行を楽しむときに「TripAdviser」をのぞいているが、これと同じような感覚で、世界中のベジタリアンとヴィーガンが旅行先のベジタリアンとヴィーガン事情を把握する情報サイトに「Happy Cow」(ハッピーカウ)がある。世界中のベジタリアンとヴィーガンがこれらに関連した情報を寄せている。

このハッピーカウで東京・自由が丘の「菜道(さいどう)」というヴィーガンレストランが世界第1位となった。20191110日のことである。同店がオープンしたのは20189月で、ハッピーカウのランキングには20196月から登場するようになり、同店のことを注目してきた人にとって第1位の獲得は「なるべくしてなった」という感慨を抱いているようだ。

ヴィーガンレストランには「シンプル」が似合うことを実感する

このランキングは実際に訪問して食事をした結果に基づくものであるから、世界中のベジタリアンとヴィーガンが「自由が丘」という交通アクセスが決して至便と言えない場所にわざわざ足を運んでいるということだ。

ちなみに上位にランクインしている国と都市は、2位ギリシア・アテネ、3位ドイツ・ベルリン、4位スペイン・バルセロナ、5位ベトナム・ホイアンと続いている。

同店をヴィーガンレストラン世界一に導いたのは同店の料理監修をしている楠本勝三氏である。

楠本氏は19756月生まれ。大阪の調理師専門学校を卒業後、フランス料理店に就職。2010年東京・西麻布の会員制のレストランで料理長となった。会員制ということで接待需要が多かった。2015年の当時、会員から「これからムスリム(イスラム教徒)の人を接待することが増えるので、ハラールのことを勉強してほしい」と言われるようになった。

このとき、楠本氏は初めてフードダイバーシティのことを知り、それにかなうように一生懸命に取り組んだ。このような楠本氏の姿勢と実績が評判となり、「ヴィーガンができるか」「コーシャ(ユダヤ教徒対応)ができるか」と尋ねられることが増えて、グルテンフリー、アレルギー対応などの問い合わせも受けるようになった。

「映え」も考慮されたヴィーガン料理の数々

「和食」がグローバルに向けてさらに前進

「菜道」を経営するのは株式会社和食社中(本社/東京都港区、代表/大槻昌弘)である。株式会社Funfairというベンチャーと、株式会社交洋という商社によって設立された。

Funfairは「日本が誇る食文化を通じて世界に笑顔を届ける」ことをミッションとしていて、フードダイバーシティに先見的に取り組んで実績を挙げてきている。

その端緒となるのは「Samurai Ramen UMAMI」(以下、サムライラーメン)というインスタントラーメンを日本にやってくるムスリム向けの土産品として開発したことだ。これは2014年当時のことで、「NO MSG」「アルコール不使用」「ヴィーガンレシピ」であることをうたっている。以前はムスリムのインバウンドが集まるショップに置かれていたが、この3つのポイントが欧米系のインバウンドにも受け入れられるようになった。

その後、海外で店舗展開するようになり、20176月、マレーシア・ジョホーバルにあるマレーシア最大規模のイオンモールに初の実店舗である「Samurai Ramen UMAMI Restaurant」をオープンした。東南アジアをはじめとした海外では店舗展開とともに「世界の誰もが食べられるラーメン」を旗頭として、「ラーメンと和食」のマーケットを開拓していく意向だ。

「サムライラーメン」は2014年にムスリム向けのお土産品として開発された
マレーシアの店ではラーメンにとどまらず「和食」メニューを増やしている

このような経験値が背景にありヴィーガンレストラン「菜道」が誕生した。ハッピーカウによる「世界第1位」のブランドは、今後の海外出店や販路を開拓していく上で大きな力を発揮していくことであろう。

前段で、「ベジタリアンはフードダイバーシティを解決する」と述べたが、これは世界中の食のマーケットを対象にできることを意味する。「ミシュランの星付きのことで一喜一憂するグルメの世界は、世界の食のマーケットの半分に過ぎない」というのは言い過ぎであろうが、「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録された(201312月)ことに加えて、日本の食がグローバルに向けてさらに一歩進展した。

「里山資本主義」の発想から誕生した地域連携型のファミレス「里山トランジット」

「里山資本主義」とはお金の循環ですべてが成り立つ「マネー資本主義」に対して、お金だけに依存しない社会システムを目指すもの。食料、水、燃料などの必需品を人間の居住エリアに近く気軽に立ち入れる「里山(さとやま)」から、人のネットワークを活用して調達するという発想に基づく。この考えを取り込み千葉市で営業するファミレスの事例を紹介しよう。

まちづくりプロデュースでユニークな事業を展開するミナデイン

前回の筆者の記事「飲食店のセレクトショップ増加中」の事例3本目に東京・新橋の「烏森百薬」のことを紹介した。同店は株式会社ミナデイン(本社/東京都港区、代表/大久保伸隆)の経営で、「塚田農場」を展開するエー・ピーカンパニーで副社長を務めた大久保伸隆氏が2018年6月に独立。フードサービス業が抱えてきた課題を解決することを志して8月にオープンしたものだ。

その志は「烏森百薬」で具現化。フードメニューの約25品目の8割に他社の有力商品を導入、2階のスペースを16席の貸し切りに、ドリンクをお客さまに作ってもらう…などの試みによって店の生産性を高めようとしている。

結果、従業員がお客さまに接する時間が増え、会話が巧みでスマイルが豊かで実に居心地のよい空間となった。FC加盟を希望する要望も増えて、2019年12月にその1号店が千葉市内にオープンした。

今回はこのミナデインが手掛けるもう一つの分野、「まちづくりプロデュース」のことについて紹介しよう。

ミナデインの事業内容は、①直営飲食店(固定観念にとらわれないコンセプト、生産性を高めるオペレーション、業界の課題を解決するビジネスモデル)、②まちづくりプロデュース(地域に眠る資源の発掘・再定義、当事者意識を持つ参加型まちづくり、さらなる魅力がつく付加価値の提供)、③FC&コンサルティング(飲食店出店のトータルサポート、独立希望者のアイデアを形に、ネットワークによる優良物件の紹介)となっている。前回紹介した「烏森百薬」はこれらの①を具現化したものだ。

持続可能な「ニュータウン開発」に賛同する

ミナデインが直営飲食店の展開と同時に進めているが、前述の②にある「まちづくりプロデュース」である。この端緒となったのは千葉・ユーカリが丘に2018年12月にオープンしたレストラン「里山transit」(以下、里山トランジット)である。

この構想は、大久保氏が独立してから藻谷浩介氏の対話集『しなやかな日本列島のつくり方』を読み、この中に出てくるデベロッパーの山万株式会社(本社/東京都中央区、代表/嶋田哲夫)が取り組む「ユーカリが丘ニュータウン開発」に感銘を受けたことがきっかけとなった。

藻谷氏は「里山資本主義」の提唱者で、この考え方に基づいてこの本はまとめられている。

「里山資本主義」とはざっくりと述べると、日本から遠く離れた国から資源を輸入するのではなく、日本の各地域にある資源を活用して、地元で生活している人たちの質を向上させる、という考え方である。

山万による「ユーカリが丘ニュータウン開発」が着手されたのは1971年のこと。計画的に持続可能な「里山」を目指して、8,000世帯分の土地を40年間かけて年間200世帯ずつ販売してきた。街の人口は2万人、イオンやスーパーマーケット、映画館などもあり、周辺人口を含めると10万人が集まる。

大久保氏はこの街で、子供からお年寄りまで楽しむことができる地元密着のファミリーレストランの要素を持ち、地元の資源を還元する店をつくろうと考えた。店名は、地元の資源を活かすということで「里山」、モノやヒトの中継点を目指して「トランジット」とした。

千葉・ユーカリが丘地区の人口は2万人、周辺からの来訪者を含めると商圏10万人となる

店舗はスケルトンから設計し、さまざまな年齢層と利用動機を想定して60坪90席のゾーニングは多様にした。店内奥の大きな窓の席はお子さま連れのファミリーを想定した掘りこたつ、その手前に大理石を使用したカフェ的なスペース、店舗入り口近くは円形のカウンターテーブルで一人客がふらりと立ち寄れる感覚。12人を収容できる個室もある。

商品コンセプトは「何屋」ということを限定しない。「和洋折衷でゼロ歳から100歳までを満足させる」(大久保氏)という構成になっている。

「里山transit」のエントランス。スケルトンから店づくりを行った
オープン当初は「総選挙」の名目でアンケートでメニューを取り入れていた

地元農家や市民農家と連携するコミュニティ

「里山トランジット」では、周辺の農家と連携して大久保氏が称する「持参地消」という取り組みを行っている。これは「里山」ならでは食材調達に輸送コストをかけない取り組みで農家から週に2~3回野菜を持ってきてもらう。農家からは季節ごとの播種(はしゅ)計画をあらかじめ受け取り、それに基づいてメニューを開発している。このようなサイクルが見えてきたことから、来年からは店が必要とする野菜の生産をお願いしていきたいと考えている。

また、同じエリアにはプロの農家ではないがリタイアしてから市民農園で野菜をつくっている人々が多くいる。ここではプロの農家と異なり農産物が一気にでき過ぎてしまうこともある。そこで自分たちで食べきれない場合は、人にあげるか、それでも余る場合は捨てることになる。

そこで考えたのが「里山リサイクル」という取り組みで2019年の5月から行っている。「里山トランジット」が市民農園の脇にかごを置いて、不要な野菜を入れてもらう。筆者がリサーチで伺った時には取れ過ぎたコリンキー(カボチャ品種)が店内の入り口近くに置かれ、それで料理をつくるレシピも用意されていた。それを食べてみたいと思ったお客さまが自由に持っていくという仕組みである。ゆくゆくはこれらの野菜を総菜や加工品にして、来店したお客さまに無料で持って行ってもらうということも検討している。

「ビジネスをもって地域社会に貢献する」という言い方があるが、同店はユーカリが丘のコミュニティのハブとしての役割が定着しつつある。

エントランス近くは円形のカウンター席で一人客でもふらりと入ることができる
店舗奥の眺望がよいスペースは掘りごたつにしてファミリー対応
カトラリー、水などはセルフで行う

優秀な全国のFCオーナーと連合する構想

「里山トランジット」の展望について、大久保氏はこう語る。

「これは地域に合わせたファミレスですが、これから1年間ほどかけてブランドとして完成させたい。優秀な全国のFCオーナーとの連合を強くしてそれぞれの人の部分は解決していく」

「立地に関して、都心では高級住宅街の近くということが見えている。地方の場合はFCオーナーが地域にどのようにコミットしているかが重要。このような人の地元でいい場所とはどのようなところになるかがポイントとなるでしょう。そこで、これからは人脈、人間関係をつくっていくことが大切です」

この談話に出てくる「優秀な全国のFCオーナー」とは、前述の「烏森百薬」のFCオーナーと同様に同じ志を持つ「同志的連合」のことだ。組織をヒエラルキーで考えるのではなく、それぞれが地域社会で持ちうる能力をリスペクトしあう関係である。

店舗では無理な調達やオペレーションを追求するのではなく、簡単な言葉で例えると、「楽しい飲食店をつくろう」という発想が息づいている。実に人間臭い世界であり、その現場にいると心が躍る。大久保氏がつくり上げようとしているフードサービスの世界に新しい潮流が生まれつつあることを感じる。

ミナデイン代表の大久保伸隆盛氏、東証一部上場の外食企業副社長から転身して新しいフードサービスにチャレンジしている

「有名店の人気メニューあります」。飲食店のセレクトショップ増加中

「セレクトショップ」という販売形態がある。これはアパレルショップが複数のブランドを仕入れて販売することだ。近年着実に増えてきている「飲食店のセレクトショップ」、三つのパターンを紹介する。

佐野ラーメンの名店日光軒の「ハラール餃子」

筆者が『飲食店経営』の編集長をしていた15年ごろ前の話、フリーのライターさんから「セレクトショップの飲食店」の企画を持ち込まれた。

当時の私は「飲食店が他の店の商品を売るなんてことはあり得ない」と思っていて、結局採用しなかった。飲食店にとっての生命線は料理のクオリティを磨くことではないか。それが看板商品となり、伝説となって、それにあやかろうとしてパクリが生まれる。飲食業とはそういうものだと思い込んでいた。

しかしながら近年「飲食店のセレクトショップ」は現実に増えてきている。ここではその3つのパターンを紹介したい。

まず、ハラール(イスラム教徒の戒律に基づくこと)がきっかけとなったもの。筆者は2013年ごろから急増する兆しにあったインバウンドの取材を継続するようになり、2015年ごろからハラール対応の取材が増えていった。

そこでラーメンで街おこしをしている栃木県佐野市のラーメン店でハラール対応を充実させていた「日光軒」の取材をした。JR佐野駅がある両毛線の沿線では工場団地が多く、その従業員としてイスラム教国の人々が多数居住していることから、「日光軒」では彼らに向けた商品開発をすることと、また日本在住のムスリム(イスラム教徒のこと)にとって、ハラール対応ができていることは目的来店につながるものと確信して、ハラール対応のラーメンと餃子を開発した。

するとにわかに知れ渡り、近隣のムスリムが来店するようになり、また佐野市近郊の商業施設で買物をして「日光軒」でラーメンと餃子を食べるといった〝ハラールツーリズム″が定着するようになった。

特に、ハラール屠畜をした鶏肉と食感をつくるために大きめに切ったキャベツを餡にした餃子が話題になった。世界に向けて日本の「ふるさと名物」を紹介する経済産業省の補助事業のウェブサイト「NIPPON QUEST」の第1回アワード(2016年3月)で、「日光軒のハラール餃子」が食部門でグランプリを受賞した(1,600品が出品)。

このことがハラール対応を行う全国の飲食店から注目されるようになり、「日光軒のハラール餃子」を「日光軒」から仕入れて、この商品名でラインアップする店が多数現れた。

肉はハラール屠畜をした鶏肉だが、キャベツで歯ごたえをつくっている
「日光軒」はラーメン店に転換する以前、カフェを営業していた

「金賞」のから揚げでライセンスビジネス

次に、日本の国民食である「から揚げ」から提案している事例。

この世界のアワードでは日本唐揚協会主催の「からあげグランプリ」が存在し、から揚げを扱う飲食店ではここで金賞を受賞していることをブランディングに活用している。

東京・新小岩のからあげバル「ハイカラ」はまさにその金賞受賞の常連で、2014年に初めて受賞して以来、2018年を除いて5回金賞を受賞している。運営は株式会社ハイカラ(本社/東京都葛飾区、代表/大野太陽)である。

その商品「ハイカラ名物 半身揚げ」880円(税別)は、その名の通り鶏の半身を揚げたもので、皮と肉が柔らかくふっくらとしてカレー粉の風味が食欲をそそる。この形状や味付けは「ハイカラ」の店主であり代表の大野太陽氏の故郷、新潟のソウルフードということだが、肉には同店オリジナルの下処理をして、衣となるシーズニングに味付けをしている。

大野氏は「ハイカラ」のチェーン化構想を抱くようになった。これは飲食店の展開にこだわらずに、半身揚げをテイクアウト専門店も含めて販売チャネルを広く想定している。現状、真空で冷凍する技術も出来上がっていることからネット上での販売も可能だ。

「全国のおいしいものをピックアップしてグランドメニューをつくり、仕込み時間を減らしたことで生まれた時間を接客に費やす。このようにセレクトショップとして腰を据えることによって、その存在感が際立ちます」(大野氏)

この構想通りに「ハイカラ名物 半身揚げ」を商品化している店が徐々に増えてきている。

この取組みは〝ライセンス″という新しい飲食のビジネスを切り開いていくものだ。それは、本部ががんじがらめに管理するのではなくライセンシーにとって自由度の高い世界である。

「ハイカラ」は東京・新小岩の住宅街の入り口にあり、客層の年代は30~70代
「ハイカラ名物 半身揚げ」880円(税別)は消費税が10%になったことからボリュームを10%増量したということがfacebookで話題になっている

コンセプトを磨くことが競争力となる

三つ目は、東京・新橋の烏森神社の参道に20189月にオープンした「烏森百薬」の事例。同店を経営するのは株式会社ミナデイン(本社/東京都港区、代表/大久保伸隆)。代表の大久保伸隆氏は「塚田農場」を展開するエー・ピーカンパニーの副社長を務めた人物だが、これまでのフードサービス業が抱えてきた課題を解決することを志して20186月に退任、最初の事業として同店を立ち上げた。

ここのディナータイムのメニューのうち25品は、大久保氏が厳選したお薦めのお店のものを、つくり手を明記して提供している。

このようなメニュー構成となったきっかけは、大久保氏が独立した当初、料理人がいなかったことである。

前職ではさまざまことを学び、課題として感じていたことがあった。それは、売上が上がると準備が増えて、仕込みも増える。売上が上がると経営者はうれしいが、現場にとっては大変なことで、これが労務問題につながっていく。この問題の根源は利益率の低さにある。それを解決するのが業界全体の課題であろう。

そして、大久保氏はこのようなことを考えるようになった。

「日本全国を食べ歩いていて、例えばから揚げの名店に行って、これに勝とうと思ったら果たして何年かかるだろうか。勝ったとしてお客さまは満足するだろうか。では、僕の持っているスキルを使ってお客さま満足を最大化できるコンセプトは何だろう」

そこで、音楽の世界のDJ、ファッション業界のセレクトショップの存在を思い出した。「僕が日本一と思う食べ物をそろえてキュレーション(情報を選んで集めて整理して新しい価値を付け加える)をすることができれば、お客さま満足度はそれなりに頂くことができるのではないか」

「烏森百薬」で使用する名品のメインは から揚げ、餃子、マグロ。ほか、魚系のおつまみは魚の卸売りの業者にある程度セレクトしてもらっているので、試食だけを行う。現在、料理人が入ってきたので自家製のものを5品くらいラインアップしている。

こうして、料理人は月替りメニューの開発やサービスを磨き上げることに余裕を持って取り組めるようになる。接客も余裕を持って行うことができて、従業員のトークと笑顔が充実するようになり、結果お客さまの満足度は向上する。

このような三つの事例をみていくと、これから「セレクトショップの飲食店」は一般的な業態として認められ、セレクトショップとしてのコンセプトを磨いて競争力をつけるという方向に進むのではないだろうか。

烏森百薬の「気軽に立ち寄る店」というコンセプトがメニューに現れている