フードビジネス・アップデート

ベッドタウン発の飲食店革新

第39回一つ星シェフプロデュース「昭和レトロの洋食店」が町を元気にする

この企画では、コロナ禍で苦境に陥った居酒屋、飲食業の打開策を過去いくつか紹介してきた。今回は、東京郊外のベッドタウンに開業した昭和レトロの演出を凝らした「町の洋食屋さん」の事例である。運営するのは居酒屋やバルを展開していた会社。町への思いとひとつ星シェフの技が町を元気にしていく。

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ベッドタウンで起こった飲食店の革新

埼京線・北戸田駅より徒歩2分の場所に「町の洋食 パーラーオオハシ」(以下、パーラーオオハシ)という店がある。この店は外観からして「昭和レトロ」である。とても印象深い。東京タワーと同じ年齢の筆者としては、とても懐かしい気分にかられる。このような外観が並ぶテーマパークがあるが、大抵は外観だけであって扉は開かなかったりする。

しかし、この店は違う。店の中も昭和レトロである。色調がダークブラウンで統一され、椅子やテーブルが若干低めで落ち着きがある。メニューは「町のハンバーグ」1300円(税込、以下同)、「町のエビフライ」1800円、「町のナポリタン」800円と昭和の外食のご馳走である。BGMは昭和の歌謡曲。この一貫して昭和レトロの同店は、昼は中高年の女性、ティータイムは女子高生や若いカップル、ディナー帯はお一人様やファミリーという具合に、さまざまな客層で全時間帯に顧客が存在している。

店頭の食品サンプルも昭和の感覚

時短営業やアルコール提供の自粛を要請されていても(912日に執筆)、同店はそれとは全く無縁である。顧客の目的は食事であり、コーヒーをはじめとしたソフトドリンクである。営業時間は「11時~20時」と書かれてある。

飲食業のトレンドを語る場合に都心の動向を注目しがちだが、「パーラーオオハシ」は東京のベッドタウンで示された飲食業界の革新であると、まず冒頭で述べておきたい。

居酒屋営業ができなくなりパンの販売店を営む

同店を経営しているのは株式会社ロット(本社/埼玉県戸田市、代表/山﨑将志)。同社は前社長の田子英城氏が他の二人と計3人で「飲食で町を元気にしよう」と埼京線・戸田公園駅の近くにカフェを立ち上げたことがはじまりである。2001年のこと、3人は当時20代前半であった。

その後は1号店から遠隔地に出店したこともあったが、店舗展開は埼玉県南部エリアでドミナント出店する方針に定まり、埼京線の戸田公園駅から武蔵浦和駅、武蔵浦和駅を基点として武蔵野線の東川口駅から新座駅というT字型の沿線上で店舗を展開してきた。2016年のピーク時には31店舗を擁していたが、その後社員独立の店舗に充てたり、不採算店舗を閉店するなどして現在は21店舗となっている。このようにロットは「地域密着」で経営していることが大きなポイントだ。

同社の業態は、主として居酒屋である。顧客を同世代と想定すると、居酒屋であれば顧客と共に楽しみながら仕事ができると思うからではないか。また、専門的な料理を扱わないことから営業も比較的容易であることが「居酒屋」を選択していくのであろう。

しかし、コロナ禍は居酒屋を直撃した。営業は夜8時まで、アルコール提供の自粛ということで、居酒屋営業そのものができなくなった。

そこで同社では、休業している路面の居酒屋を臨時に「パンの販売店」に切り替えた。

パンは埼玉県本庄市に本拠を構える「Ohana」というベーカリーショップから仕入れた。

昨年の4月、戸田公園駅前の店舗で行ったところ、たちまち繁盛店となった。そして、同社の本来の商売である居酒屋にはまったく見られない現象があった。

それはまず「日中に商品が売れる」こと。そして、「ベビーカーを引いた女性客」や「中高年の女性客」が大半を占めた。――これが「ベーカリーオオハシ」をオープンすることになる伏線となった。

昨年の5月、戸田公園駅前のワインバルの1階でパンの販売を行った。この時にこれまでにない顧客の存在に気付かされた

一つ星フレンチのシェフが店づくりを監修

さて、同店の店舗コンセプトからメニュー開発を担当したのは東京・代々木上原の一つ星フレンチレストラン「sio」のオーナーシェフ、鳥羽周作氏である。「なぜ代々木上原の一つ星フレンチシェフが北戸田のレストランをプロデュースすることになったのか?」――それは、鳥羽氏は同店のある埼玉県戸田市の出身で、ロットの前社長の田子氏と小学校、中学校時代の同級生というご縁である。二人はそれぞれ飲食の道に進み、幼なじみとして交流を重ねていた。田子氏はかねてより鳥羽氏に業態づくりのアイデアを仰いでいた。その後、ロットの代表は田子氏から現在の山﨑氏に引き継がれ、鳥羽氏との交流も続いた。鳥羽氏は自分の出身地である戸田の町を常々「飲食でイカシタ町にしたい」とアピールしていた。

テーブルは低く落ち着きのある空間を醸し出している
フードメニューは“箸でも食べることができる”洋食で構成している
「パーラーオオハシ」では持ち帰り品となるフルーツサンド、プリン、チーズケーキを店内で手づくりしている

鳥羽氏は一つ星フレンチの一方で、大衆業態の出店を手掛けている。それが201912月東急プラザ渋谷の6階にオープンした「パーラー大箸」である。同店は、ハンバーグ、エビフライ、ナポリタンといった洋食や、プリン、クリームソーダといった昭和レトロのメニューをラインアップしている。大衆的な店であるがクオリティが高いことで評判の店となった。

ロットではコロナ禍によって、不採算店舗の撤退や業態転換が迫られていた。そこで同社ではパンの販売店で見られた顧客の動向を踏まえながら、昼型で食事を中心とした業態をつくることを画策するようになった。

このような状況の中の山崎氏のもとに鳥羽氏から連絡が入った。

「そろそろ何かやりませんか?」

山﨑氏は不振店の一つの北戸田駅近くのワインバルをリニューアルすることに決めて、鳥羽氏のプランに委ねることにした。

鳥羽氏は「パーラー大箸」のアイデアをここにも生かそうと考えた。「パーラー」の語源は「人を迎え入れる」「談話室」というもの、それが昭和の時代に軽食堂をおしゃれな雰囲気で伝わるように用いられた。

山﨑氏は鳥羽氏に「大箸」の意味を訪ねたところ、「箸でも食べることが出来る店」という。高齢者、中高年に加えて若者も来店することを意識して「大」を付けたという。「この感覚は良いな」と山崎氏直感し、「それによって地域から愛される店をつくりたい」と考えた。そしてリニューアルオープンする店の名前は本家の「大箸」の音を生かして「オオハシ」とした。

店数を増やすのではなく顧客を広げていく

山﨑氏と鳥羽氏の間で旧店舗をリニューアルするという話は今年の5月にはじまり、6月には店舗の改装や開業に向けた準備を行った。新店に必要な調理技術を習得するために新店の調理担当の社員が「パーラー大箸」で現場研修を受けた。さらに、オープン1週間前から鳥羽氏サイドのシェフ二人を北戸田の店舗に派遣してもらい、調理調整、クオリティチェックなどの開業準備に携わってもらった。そして、オープンしてから3日間、現場に入って監修をしてもらった。このように鳥羽氏サイドから計3週間の現場研修を受けた。

また、新店舗の従業員は、前店舗の従業員の全員と面談して、意思を確認した上で新店舗の従業員として継続して勤務してもらった。また、営業を開始してから不足している部分を勘案して新規に従業員を採用した。

こうしてロットの新店「パーラーオオハシ」は79日に先行オープンし、「フルーツサンド」ミックス600円、イチゴ650円、「プリン」500円、「チーズケーキ」3000円を販売。

721日にグランドオープンした。

「当社は地域社会に根差した会社です。これからは店数を増やすことではなく、顧客を広げていくことが重要だと考えています」(山崎氏)

このように「パーラーオオハシ」は、「飲食で町を元気にしよう」と志を持った人たちの情熱によって生み出された店舗なのである。現状の売上は前店舗の今年年初の状況の2倍程度になっているという。

「これからは店数ではなく顧客層を広げる」と語るロットの代表取締役社長の山﨑将志氏

著者プロフィール

千葉哲幸
千葉哲幸チバテツユキ

1982年早稲田大学教育学部卒業。柴田書店入社。「月刊ホテル旅館」「月刊食堂」に在籍。1993年商業界に入社。「飲食店経営」編集長を10年間務める。2014年7月に独立。フードフォーラムの屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース・セミナー活動を展開。さまざまな媒体で情報発信を行い、フードサービス業界にかかわる人々の交流を深める活動を推進している。