フードビジネス・アップデート

これがオフィス街酒場の生きる道

第37回宴会を捨て個食、昼飲みで生きる。ニューノーマル時代の酒場

コロナ禍によって外食企業の多くが方向転換を余儀なくされた。特にアルコールを提供する夜型、居酒屋を主力としているところはなおさらである。しかしながら、方向転換の結果生まれた業態が思いのほかポテンシャルの高いものとなっている事例が散見される。今回はそのような事例の中から、株式会社ダイナック(本社/東京都港区、代表/田中政明)という会社の動向を紹介しよう。

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コロナ禍によって得意とする商売に大きな逆風

ダイナックは、サントリーホールディングス(HD)株式会社(本社/大阪市北区、代表/新浪剛史)の連結子会社で外食事業を展開する株式会社ダイナックHD(本社/東京都港区、代表/伊藤恭裕)の事業会社だったが、コロナ禍で業績を悪化させ202012月期売上高1969,600万円(47.0%減)、最終赤字896,900万円、486,900万円の債務超過となった。そこでサントリーHDではTOB(株式公開買付け)を行ない、ダイナックHDは上場廃止となり、この6月からサントリーHDの完全子会社となった

ダイナックの顧客はオフィス街のビジネスマンで、比較的年齢層が高く、宴会売上が多く、客単価は4,500円~5,000円となっていた。同社の売上の40%はこれらの宴会が占めていた。このような需要に対応して、同社では東京駅周辺、新宿駅周辺、そして大阪・梅田駅周辺にそれぞれ約30店舗を構えていた。しかしながら、コロナ禍によって同社の顧客のほとんどがリモート勤務となり、オフィス街での宴会もほぼなくなった。

同社ではこれまで170店舗を展開していて、筋肉質の体質づくりを進めていたところであったが、それがコロナ禍で一気に加速して130店舗に絞り込まれた。

そこで、同社の新しい方向性を示す新業態の開発を行うことになった。同社代表の田中政明氏は、この間の経営判断をこのように語る。

「コロナ禍が終わっても宴会需要の半分ぐらいは戻ってこないと考えるべきだと。そして、当社主流の店舗規模である80坪をリニューアルする時に、1業態のリニューアルで済ませるのではなく、2業態の合わせ技を行うという必要も出て来るのではと考えました」

そこで同社の既存店の中から、東京・神田の店を新業態の実験舞台にすることになった。この店ではコロナ禍以前、宴会の売上が全体の半分を占めていたという。

業態開発を担ったのは、ダイナックの業態開発部とサントリー酒類㈱の営業推進本部グルメ開発部(以下、グルメ開発部)の二つで、これらが共同で進めた。

個食対応で、昼飲みも夜食事もできる店

キックオフは2020年の9月であった。

ダイナックがサントリー酒類から提案されたことは、まず「ニューノーマルな酒場」をコンセプトとした「酒場ダルマ」。そして「感動ボブン」。これは元々ベトナムに「ブンボー」という食事があって(ブンは麺、ボーは牛のこと)、これがフランスに渡り「ボブン」というB級グルメとして定着するようになり、ヘルシーなアジア料理として人気の食事である。

メニューの完成度の高い「感動ボブン」は、「オープンするとすぐにインフルエンサーで広がるだろう」と即採用された。しかしながら、ダイナックでは「ニューノーマルな酒場」の意味をつかみかねていたようだ。

果たして「ニューノーマルな酒場」とはどのようなものか。サントリー酒類のグルメ開発部担当者はこのように解説する。

「テレワークをはじめ生活様式も以前とは全く変わってきている中で、さまざまな人がそれぞれのライフスタイルの中で食事をしていただくというイメージです。これまでランチは食事、ディナーはお酒という形で分かれていましたが、今回の業態は昼飲みができるし、夜食事もできるという飲食空間」

そして、フードやドリンクの試作を重ねていくうちに、ダイナックサイドでもこのコンセプトがイメージできるようになっていった。代表の田中氏はこう語る。

「『酒場ダルマ』がオープンに向かっている様子を見て感じたことは『お客様の使い勝手に対応する』ということをひたすら考えているということでした。フードメニューは、どのようなお客様にとってもみなつまみになり、ご飯も食べることができます。また、すべて個食対応になっています。お一人様に対して全時間帯で自分の好みの楽しみ方をしてください、といったメッセージがあります」

ダイナック代表取締役社長の田中政明氏。サントリーグループの外食部門を歩んできた

ウイスキーの飲み方に新しい提案があふれる

筆者は6月末に「酒場ダルマ」を訪ねた。果たして、でき上がったメニューは次のようになっていた。

同店の一番の特徴はドリンクの飲み方に新しい提案があること。一番の推しは「ハイボール」で、グラスの中に「氷柱」を入れていることで楽しさを演出している。これは純氷をグラスいっぱいに氷の柱(3㎝×3㎝×10㎝くらいの大きさ)が入れてあり、グラスからハイボールがなくなったら、ハイボールをつぎ足すというものだ。普通の「氷柱角ハイボール」一杯目(氷柱入り)は500円(税込、以下同)、おかわり二杯目300円、おかわり三杯目以降は200円となる。「氷柱濃いめ角ハイボール」というものもあり、同じ仕組みで一杯目590円、二杯目390円、三杯目290円となっている。この氷柱は1時間以上経過しても溶けないとのこと。

一推しの「氷柱ハイボール」。氷はそのままでハイボールをつぎ足して楽しむ
提供方法の演出に昭和レトロのこだわりが見られる

筆者が最も感動したのは「知多 お湯割り」690円というものだ。ウイスキーのお湯割りとはイメージをつかみかねていたが、これは日本酒の熱燗同様の熱さで、ほのかに甘味があった。これは「知多」というグレーンウイスキーの持ち味なのだという。このほか、サントリーオールド(通称、ダルマ)の水割りの前割りがある。とてもマイルドな飲み口だった。

「知多 お湯割り」はほのかな甘みがあり和食の食事にマッチする

「サントリーはウイスキーを得意とする会社」と気付いたが、サントリーグループのウイスキーに対する矜持が感じられた。

フードメニューは定食も含めて70品目強で「大衆酒場」の定番が押さえられている。「食べたい食事がなんでも揃っている」という感じだ。中でも「とらふぐ」がキラーコンテンツになっている。切り身が10枚盛り付けられた「トラフグてっさ」490円は注文するとすぐに持ってくる。「とらふぐの唐揚げ」490円は肉厚で食べ応えがある。刺身が新鮮なのが感動的であった。

キラーコンテンツの「トラフグてっさ」。注文するとすぐに提供される

筆者は、氷柱ハイボール4杯、とらふぐの唐揚げ、刺身三種盛り、オイルサーデンでほぼ3,000円であった。安心感のあるお勘定であった。顧客フリーな気分を尊重して、ふらりと立ち寄ることができて、さまざまな楽しみ方を体験できる。これこそが「ニューノーマルな酒場」の真骨頂というものだろう。

著者プロフィール

千葉哲幸
千葉哲幸チバテツユキ

1982年早稲田大学教育学部卒業。柴田書店入社。「月刊ホテル旅館」「月刊食堂」に在籍。1993年商業界に入社。「飲食店経営」編集長を10年間務める。2014年7月に独立。フードフォーラムの屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース・セミナー活動を展開。さまざまな媒体で情報発信を行い、フードサービス業界にかかわる人々の交流を深める活動を推進している。