カインズのデジタルトランスフォーメーション徹底解剖

HC業界首位に。カインズ社長高家氏に聞く「第3の創業の行動計画」

ホームセンター(HC)のSPA(製造小売業)化などの革新的な改革を行い、HC業態の枠を超えて注目されているカインズ。2020年2月期決算では、売上高4410億円と、これまで業界一位の売上高だったDCMホールディングスの営業収益を越え、売上高で業界首位になった。同社は「第3の創業期」を迎えて、どんなイノベーションに挑戦しようとしているのか。その全貌をカインズの高家正行社長に聞く。(聞き手:本誌主幹 日野 眞克/月刊マーチャンダイジング2020年6月号より転載)

  • Facebook
  • Twitter
  • Line
  • Hatena

プロ経営者として第3の創業期を担う

──カインズの社長に就任された経緯をお聞かせください。

高家 大学卒業後、三井銀行(現・三井住友銀行)に入行しました。30代のころ入社した会社で出世して社長になるのではなくて、「職業としての経営者」になりたいと考えました。

そして1999年35歳のときにA.T.カーニーというコンサルティング会社に転職。2004年に、精密機械部品から、工具や手袋などの間接生産材をワンストップで提供するビジネスモデルで急成長していた株式会社ミスミ(現株式会社ミスミグループ本社)に入社し、2008年から5年間代表取締役社長を務めました。その後、2016年にカインズの取締役となり、2019年3月に代表取締役社長に就任しました。

──カインズに入社されたのは、土屋裕雅社長(現・会長)から誘われたからですか。

高家 ミスミの社長時代から土屋とは顔見知りでした。当時から土屋は勉強熱心で、ミスミの経営も研究していました。ミスミを退職したときに、土屋からカインズの経営を見てくれませんか、と誘われてカインズに月1回、2回と行き始めたのがきっかけです。

カインズは、昨年創業60年を迎えたベイシアグループからスピンオフして、30年ほど前に創立した会社です。カインズの第1の創業期は、日本型のHCという業態が生まれた時代でした。その後、土屋が社長になって、HC業態の中でSPA化をいち早く推進し、HCの中では異色な存在として成長した時期が、第2の創業期です。商品開発力がつくことで、横並びのHCではなくて、完全に差別化された「カインズ」という業態を目指してきました。

──カインズの第3の創業期の社長として就任されたということですね。

高家 第3の創業についての土屋の考えは、自分たちがつくってきたカインズを超えるような存在になることです。「従来の連続的な改善ではなくて、不連続な大改革を行うためにはもっとも大きな人事異動が必要です。それはトップが代わることだから、社長を交代することにしました」と土屋が全幹部の前で発表しました。

第3の創業の行動計画 PROJECT KINDNESS

──大改革の方針を教えてください。

高家 第3の創業のための具体的な中期経営計画が、昨年の前期からスタートした「PROJECT KINDNESS」(プロジェクトカインドネス)です(図表1)。それは4つの柱で構成されています。第1は、「SBU(ストラテジック・ビジネス・ユニット)戦略」です。

[図表1] PROJECT KINDNESSの4つの戦略

カインズは、4,000億円を超える売上になり、大型店では商品点数も10万SKU以上あります。何でも揃っているようですが、本当にお客さまのニーズにきちんと応えられているのかを突き詰めるために、いまから2年前、3つのビジネスユニットに社内分社化して責任を明確にしようと考えました。ユニットは以下の3つです。

第1のユニットが、プロの職人のための売場でづくりを目的とする「プロSBU」です。第2のユニットが、日用雑貨や家庭用品、酒・飲料などの売場で、「日用雑貨SBU」です。第3のユニットが、この十数年カインズがつくってきたPB商品を中心として、お客さまに対して「暮らしの提案」をするための「ライフスタイルSBU」です。

この3つのSBUは、お客さまに提供する価値の源泉が異なりますので、商品ではなく、価値を軸にして会社を3つに分けて疑似的に社内分社化しました。それぞれのSBUの年商は1,000億円前後ありますので、3つのSBUのトップに次世代のリーダーを立てて、「君たちが社長だとおもって伸ばしてくれ」といっています。

──日用雑貨の売場を拝見すると、たとえば洗濯洗剤は地域一番の広い売場を確保していますね。

高家 HCはドラッグストア(DgS)よりも売場面積を広く確保できます。DgSは、店舗面積に限りがあるので売れ筋に絞って品揃えしますが、カインズはロングテールの洗剤も品揃えできます。たとえば「襟の汚れ落とし洗剤」のような商品は、一度買うと長持ちするので、購買頻度は低いのですが必需品です。そういう商品をきちんと品揃えすることが、カインズの提供する価値なのです。

また、郊外立地のカインズでは、週末に車で来店されるお客さまが多く、同じ用途でも大容量がよく売れます。大容量の商品は一回買うと、3ヵ月くらい持ちますが、ユニット単価は安いのでお買い得です。同じ洗濯洗剤でも、そういう売り方をするのもカインズの特徴だとおもいます。

モノを売るのではなくライフスタイルを売る

──PBを中心とした「ライフスタイルSBU」は、どう進化させようとしていますか。

高家 グッドデザイン賞を8年連続で受賞するなど、PB商品のデザインと機能性は向上してきました。売上構成比の4割弱を占めるPB商品は、SPAをベースとしてつくってきました。さらに「コストを下げて品質を高める」ことに挑戦するために、SPAのもう一段上の進化が必要だとおもっています。

商品を企画し、開発し、試作し、量産化し、物流し、陳列して売るというサプライチェーンの一気通貫が、どれだけスピーディにできるかがSPAの極意だとおもいます。トヨタの「かんばん方式」のように店頭販売から生産計画までをどれだけリーンにつなげられるかが重要です。

たとえば、多くのPB商品に使われているプラスチック素材の品質向上に挑戦すれば、カインズのプラスチック製のPB商品の品質は大きく向上します。このように、製造業と比較すると、小売業のSPAはまだまだ進化する余地がたくさんあります。

──ライフスタイルSBUは、商品を売るよりも生活や暮らしの提案力を高めることに挑戦していますね。

高家 そうです。ライフスタイルSBUは、モノ(商品)からコト(お客の新しい暮らし)を提案する売り方に力を入れています。家事が楽になる商品を集めた「楽カジ」の売場。ペットと快適に暮らす商品を集めた「&PET」の売場のように、暮らしのテーマに合わせて商品を再編集し、新しい売り方を開発しています。

たとえば「楽カジ」の提案のひとつが、「短時間で調理できるキッチン用品」という新しい分類による売場づくりで、時短調理のためのフライパン、時短できるキッチン用品(アルミホイル)など、モノの分類を超えた構成です。

例えば、フライパンの売場では、ずらっと陳列された商品のなかに時短機能のあるフライパンが埋もれて目立たなくなっていました。それを生活のテーマで再編集することで、「楽カジ」売場の売上が2桁も伸びた成功事例も出ています。

やはり、同じカテゴリーを大量陳列するよりも、暮らしのテーマで訴求した方が、お客さまに伝わりやすいのだと実感しています。

「&PET」の売り方も、ペット用品だけを取り扱う売場ではなくて、ペットのいる生活に必要な商品を集めた売場です。インテリア売場に陳列していると見つけられない消臭機能の高いカーテンもペット売場に陳列します。

また、猫が爪を研いでも大丈夫な耐久性の強いカーペットなど、このような暮らしに関するテーマを10ほど掲げて推進しているところです。そういう商品の再編集が、ライフスタイルSBUの一番大きな取組みです。

デジタルシフトに大きな予算を使った

──「PROJECT KINDNESS」の2番目の柱である「デジタル戦略」についてお聞かせください。

高家 日本の小売業がアメリカの小売業と比べて遅れているのが「デジタルシフト」だと考え、社長就任の1年目(昨年)にデジタルに大きく投資する予算を取り、実行しました。デジタル投資によって前期は、最初から減益計画を立てたのです。大きく飛躍するために、一度力を蓄える必要があると判断しました。

デジタルシフトの投資は、人材確保の分野にも及んでいます。東京・表参道に「CAINZ INNOVATIONHUB」というデジタル拠点を開設しました(写真A)。このオフィスには、40人ほどの人材が働いています。カインズのプロパー人材と、この1年以内に異業種から採用したデジタルに強い人材の混成チームです。

[写真A]東京・表参道に開設したデジタル人材が働くオフィス「CAINZI NNOVATION HUB」
──デジタル人材を確保するためには、こういう都心のオフィスが必要なのですか。

高家 カインズの本社がある本庄市早稲田(埼玉県)では、通勤の問題等もあり、デジタル人材が確保しにくいと考えました。また、デジタル人材と小売業の働き方・勤務時間などが異なりますので、無理やり小売業の枠にはめるよりも、別会社にしてデジタル人材の受け皿をつくった方がいいと判断しました。

──アメリカの大手小売業のウォルマートやホームデポは、新規出店投資を抑えて、デジタルにものすごく投資していますね。

高家 当社も「PROJECT KINDNESS」を開始した昨年前半は、新規出店をかなり抑えました。来年くらいまでは新規出店を抑えようと考えています。年間5~6店は新規出店しますが、やみくもに大量出店することは考えていません。

──カインズさんのアプリをスマホに入れると、マイストア(登録店舗)の在庫数と陳列場所(レイアウト図に表示)が事前にわかるサービスを始めましたね。来店して欲しい商品が欠品しているというガッカリがなくなるのはお客にとってメリットがありますね。

高家 アメリカのHCのホームデポは何年か前から同様のサービスを始めていましたが、それに近いことができるようになりました。当社の事前在庫確認サービスは、理論在庫数と陳列位置がスマホで事前にわかるサービスです。棚割登録したデータを反映しますので、季節や企画によって売場が換わると、最新のレイアウト図に陳列位置が更新されます。

在庫の更新はリアルタイムではないですが、タイムラグが極力少ない方法で在庫数と陳列位置を更新できるようにしています。大型店では特に、来店する前に在庫のあるなしがわかって、しかも陳列位置がわかることは、お客さまにとって便利なサービスだとおもいます。

──店頭欠品は、顧客満足(CS)を下げる大きな要因ですね。

高家 事前に在庫を確認できるのは、とくにプロの職人さんに大好評です。プロの職人さんは早朝に来店し、必要な材料を買い揃えた後、現場に行きますから、時間をかけて店内を買い回りたくないので、陳列位置がわかるサービスは好評です。

また、ねじが1本足りなくても仕事になりませんから在庫数がわかることも重要です。「カインズアプリ」で事前に在庫数がわかって、不足している場合は必要数をお取り置きするサービスも提供しています。

店舗に在庫がない商品も、「今日のお昼までに取り置きを申し込んでいただくと、明日の朝には店舗でピックアップできます」というサービスを始めています。プロの職人さんの新しいHCの使い方として徐々に定着しています。

新アプリを使って、マイストアの在庫数が事前にわかるサービスを開始した
購入したい商品の陳列位置がスマホのレイアウト図に表示される

–続きは月刊マーチャンダイジング2020年6月号でご覧ください

・デジタル戦略はストレスフリーが重要
・店頭ピックアップはリアル店舗の壁を超える
・情緒的な接客力と生産性向上を両立したい
・カインズと提携したb8taとは?

ご購読は以下のバナーから。