カインズ デジタル戦略本部本部長 池照直樹氏インタビュー

カインズ、DXの鍵を握るのは「くらしに寄り添うカインドネス精神」

2019年3月からカインズが取り組む「プロジェクトカインドネス」で重要な役割を担うのがデジタル戦略だ。IT小売企業にかじを切ろうとしている同社が、ここまでどのようにデジタル化を推し進めてきたのか。これからどこへ向かうのか。同社ならではのデジタル戦略について、デジタル戦略本部本部長の池照直樹氏にお話を伺った。 (聞き手:MD NEXT編集長 鹿野 恵子/月刊マーチャンダイジング2020年6月号より転載)

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「自分たちができること」を向上・拡大させるためのIT

──着任されてから約半年がたちました。小売業のITシステムについてどのような印象をお持ちでいらっしゃいますか。

池照 私はこれまでさまざまな企業さんのデジタル化支援を手掛けてきました。デジタル化支援の対象には2種類あります。ひとつは業務システム、もうひとつがマーケティングです。この2つは仕事の種類こそ異なるものの、お客さまによい情報をお届けするという目的は共通しています。

業務システムにおける成功とマーケティング活動における成功は表裏一体です。表側(マーケティング活動)の仕組みによってお客さまへのリーチを広げたり、転換率を高めたりする一方で、裏側(業務システム)の仕組みについてはデータのクオリティを高めていかなければなりません。その両方を同時に整えていく必要がありますが、小売業は「裏側のデータのクオリティ」に課題があるように感じています。

──どういうことでしょうか。

池照 これまで小売業は、POSや物流システムのような裏側の仕組みの構築に焦点が置かれていて、お客さまに対するIT投資については消極的でした。

お客さま情報の一元管理ができていないという点は、小売業界全体の大きな弱みですが、その理由としては、お客さま一人ひとりに対して働き掛けをするというよりも、お店に来ていただいたお客さまに対して最大限の接客を行ってきたという自負があったからなのだとおもいます。

一方カインズには約1,000万人のカード会員がいますが、非常に大きな強みである一方で、まだそれを生かしきれているとはいえません。

──お客さま情報の重要性を知りつつ、それを活用することができていなかったのはなぜですか。

池照 活用するために何をすればいいのかがわからなかったのだとおもいます。一口でITエンジニアといっても、物流システムが得意な人もいれば、POSが得意な人、データ分析が得意な人など、いろいろな人がいます。それらの人材がきちんと揃っている状態をつくっていかなければ、良いサービスをお客さまに提供することは難しいとおもいます。

──技術者を採用する側がそこを理解しておらず、お客さまにサービスを提供できる体制がつくれていなかったのですね。

池照 そうですね。でも、カインズにはお客さまのくらしに寄り添い続けることを目標とする、カインドネスな精神があり、これが今後の鍵を握るとおもっています。店舗を持たずECのみで成立している小売事業者は、お客さまと直接お会いする機会が少ないこともあって、お客さまをデータとして見がちな傾向があります。

最近ではさまざまな企業がワン・ツー・ワン・マーケティングの仕組みを導入していますが、このような企業はお客さまと対峙するシナリオが描けず、なかなか進められないと思います。

Aという商品を購入したお客さまに、次に何をおすすめするか、それに合わせてどんな商品をおすすめするのかなど、このような肌感覚がマーケティングオートメーション(※1)のシナリオになるんです。ですから、ワン・ツー・ワン・マーケティングを実現しようとするときには、お客さまによいご提案をしようとする気持ちが文化として存在するかどうかが、非常に重要になるとおもいますね。

(※1 マーケティングオートメーション…デジタルマーケティングの一部のプロセスを自動化するシステムのこと)

昔、私の生家の近所に「さわや」というよろずやがありました。さわやのおばちゃんは、私の母親が昨日何を買って、私が夕飯で何を食べたか、何を飲んだかを知っています。だから母親に対してよい提案ができますし、私にも「コーラ飲みすぎたらお母さんにいいつけるよ」といえるわけです(笑)。

ワン・ツー・ワンの仕組みというのは、このさわやのおばちゃんをスケールアップさせているだけなんですよね。システムでなくても、1,000万人のさわやのおばちゃんがいればカインズのカード会員をサポートできます。しかし現実に1,000万人雇うのは無理なのでシステムに投資をする。システムの幻想を追うのではなく、あくまでも自分たちができることを向上・拡大してくれるのがシステムだということを念頭に置いて、物事を進めていくのがいいとおもっています。

そのためには、そもそもよいサービスを持ってないといけないですよね。カインズのメンバーのほとんどは店頭に立ったことがありますから、そこは強みだとおもいます。

アプリ会員を2ヵ月で50万人増やした店頭の力

──昨年の3月からプロジェクトカインドネスというテーマで経営改革をされていますが、その中でデジタルを活用してどのような戦略を取ってこられたか伺いたいとおもいます。

池照 プロジェクトカインドネスでは4つの戦略を掲げています(詳しくは高家正行社長インタビュー記事参照)。その2つ目がデジタル戦略で、その中で一番重点を置いているのが、「わずらわしさ解消」、そして「パーソナライゼーション」です。

HC業界首位に。カインズ社長高家氏に聞く「第3の創業の行動計画」

 

当社はこれまで顧客系のシステムにあまり投資をしてきませんでした。そこで最初に着手したのが組織づくりです。私が着任した当時はコンテンツも含めてECの運用をしているのが10人程度でしたが、そこから1年でデジタル系人材を30人ほど増員しました。

内訳は半分がエンジニアで、半分がデジタルマーケティング関連の人材です。エンジニアは、アジャイル開発(※2)をするメンバーが十数人、デジタルマーケティングの運用も10人ほど増えています。ほかにもEC関連の業務に携わるメンバーが40人ほどいて、現在はデジタル戦略本部として70〜80人の陣容になります。

(※2 アジャイル開発…迅速かつ適応的にソフトウエア開発を行うシステム開発手法の総称)

──組織づくりの次は何をしましたか。

池照 次に手掛けたのも、実はデジタル関連ではなく、当社の「カインズアプリ」のユーザーを増やすという仕事でした。カインズではこれまでさまざまなワン・ツー・ワンのアプローチをしていて、その内容自体は悪くなかったのですが、対象人数が少なかったんです。そこでマーケティングが機能するようにまずは母数を増やしたのです。ユーザー数を増やすために行ったのが店頭での販促活動です。当時のアプリのユーザー数は70万人程度だったのですが、2ヵ月で50万人増えて約120万人になりました。店頭での効果の大きさを改めて感じました。

そうしてユーザー数を増やしたところへ、現在はマーケティングオートメーションの仕組みを使ってプッシュ機能を入れたりしています。今年の2月にはアプリの大幅バージョンアップを行いました。さまざまな機能を付け加えましたが、商品の陳列位置がわかる点が一番大きな進化だとおもいます。

──商品の陳列位置を表示するためにはある程度在庫数や陳列位置がシステム上で把握できる状態になっていなければなりませんが、2020年2月のリリースに合わせて準備をしてきたのですか。

池照 元々2019年10月に当社のメンバー用アプリ(Find in CAINZ)で先行リリースしていた機能を、お客さま向けにリリースしたものなので、基盤はあったといえます。

お客さま向けのアプリには商品取り置き機能を追加しました。当初、取り置き機能は今年5月にリリースする予定だったのですが、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため前倒ししたのです。店頭に大勢の人が並ぶのを避けようと、チームメンバーに取り置き機能を早くリリースしたいと相談したら、数日で実装してくれました。

──そのスピード感は社内で内製しているからこそなのでしょうか。

池照 そうですね。それと、裏側でシステムの設計がきちんとできていたことも大きかったとおもいます。当社では昨年のFind in CAINZリリース時点にはその基盤ができていました。ただ、在庫数量の表示などについては、いまでもリアルタイム性という課題は残っています。

日本の小売業の情報システムは、さまざまなベンダーに発注していることが多く、バッチ処理(※3)という方法でデータのやりとりがされています。当社でもまだバッチ処理が多くデータをさばききれていないのが課題になっています。

(※3 バッチ処理…コンピュータでプログラム群を処理目的ごとに区切り、この区切りごとに順次実行していく処理のこと)

一つひとつのシステムからAPI(※4)でデータをやりとりできればリアルタイム性の高いシステムをつくることができます。アメリカでは、日本と違ってAPIを公開するのが当然とされるなど、システムは再利用されることを前提としてつくられています。日本はさまざまな立場の思惑があり、あえて閉じたシステムになっているように思います。

(※4 API…アプリケーション・プログラミング・インターフェースの略。広義ではシステム同士が互いに情報をやりとりするための仕様のこと)

システムを俯瞰的に見て、全体の設計図を考えられる人材が社内にいないというのが日本の小売業の大きな課題です。小売業だけでなく、日本のあらゆる業界における課題かもしれません。

私たちが考えるべきは、企業のシステムの設計図をどのように描くかということです。日本の開発は機能優先型で、全体設計を置き去りにしたままでビジネス要件定義がなされます。これは家を建てるとき、先に内装を決めてから柱の位置を考えるようなものです。

まずは枠組みを設計したうえで内装を施さないと建物はうまく建ちません。これと同じでITの世界でも先に全体の設計図を決めてから、あとで機能を考えていく必要があります。

希少品抽選システムを短期で開発できた理由

──今後アプリに関してはどのような展開を予定していますか。

池照 いろいろなことをやろうと考えてはいたのですが、新型コロナウイルスの影響があり、いまはそちらの対応に追われています(取材は2020年4月中旬に実施)。

たとえば、これまで小売業はお客さまにどう店内を回遊していただくかということを考えてきましたが、これからしばらくはおそらく、いかに店舗に滞留せず、短時間で買物を済ませていただくかという、まったく逆の方向性になっていくことでしょう。

近々リリースする予定の機能が、マスクなど希少商品アイテムの抽選システムです。開店時間前から店の前に並んでいただくのは感染リスクを伴いますし、陳列されたマスクめがけて店内を走られるのも危険です。はじめはインターネット販売から展開していく予定です。

また、日中お仕事をしている人は、平日昼間に店舗に行くことができませんので、そうした人向けのサービスも展開しています。これからも、急に売れ始めた商品や、欠品になる商品は存在することでしょうし、そのたびに人が殺到する状態をつくるのはよくありません。当社のメンバーも感染リスクを抱えながら働いていますので、早い段階でそうした状況を解決したいとチームに話しています。

4月29日からスタートした品薄商品の抽選販売サイト。カインズ会員限定で抽選に参加できる

取材協力
カインズ
デジタル戦略本部本部長
池照直樹氏

–続きは月刊マーチャンダイジング2020年6月号でご覧ください

・デジタル戦略本部の組織について
・いかにして優秀な人材が集まる文化をつくるか
・小売業における情報システム部の役割とは

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