フードビジネス・アップデート

横丁の賑わいが客を呼ぶ

第35回横浜駅西口の横丁に人気7店が集結。飲食店版「アベンジャーズ」大成功!

2021年3月20日横浜駅西口の繁華街の中に「横浜西口一番街」という“横丁”がオープンした。ここには主に横浜エリアで飲食店を展開している7社が出店、鮮魚、小皿料理、もつ煮込み、焼売、韓国屋台料理といった大衆的な専門店で構成されている。どの店も地元の人によく知られた人気店で、これらが集まることによって集客力を著しく高めている。

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物件の広さを見て「横丁化」がひらめく

同店をプロデュースし、現在統括を担当しているのはここにも出店している㈱奴ダイニング(本社/東京都中央区、代表/松本丈志)である。このプロジェクトが立ち上がったきっかけは、2020年5月に同社代表の松本氏に現在の物件の持ち主より出店のオファーがあったこと。

物件の規模は70坪、6年間の定期借家契約であったことから松本氏は当初パートナーと一緒に運営することを想定していたが、実際に物件の広さを目の前にして「横丁にしよう」とひらめいた。モデルとしたのは同社が参画して2018年2月にオープンした「野毛一番街」(後述)である。

そこで、松本氏は飲食店経営者の知人に出店を打診。結果6社から賛同を得て、同社を加えて7社によるユニークな横丁が誕生した。

席が詰め込まれても開放感がある理由

「横浜西口一番街」の中に入って真っ先に感じることは、客席が詰め込まれているということだ。実際の店舗規模は「70261席」であり、「1坪あたり3.7席」となる。ロイヤルホストやデニーズといったファミリーレストランは「1坪あたり1席」、つぼ八、庄やといった大衆居酒屋は「1坪あたり2席」というパターンを念頭に置くと、客席の状況を推し量ることができるであろう。

しかしながら、ここには開放感がある。客席が詰め込まれているのになぜ開放感があるのか。それはまず、店舗ごとの間仕切りはあるが視界に入らない高さになっていること。さらに個性的なバラバラの店舗デザインが一つの空間に凝集されていることが挙げられる。そのポイントは後述する施工の段階で詳しく述べる。

コロナ禍の営業時間短縮の要請に従って21時までの営業としているが、取材をした4月上旬現在、平日で120万円、土日祝では180万円を売り上げている。土日祝には1日700人が来店していることになる。前出の松本氏は、事業計画書に月商4,000万円と記したというが、それを上回る勢いで推移している。

さて、ここの物件を見て松本氏がひらめいたという「野毛一番街」とはJR桜木町近くにある大衆的な酒場が集まる大きな飲食店街「野毛」の中にある。

同店をプロデュースしたのは横浜の飲食企業㈱First Drop代表の平尾謙太郎氏。コンビニが撤退した路面45坪の物件で6店舗182席という複数業態の集合体をつくり上げた。ここの客席効率は「横浜西口一番街」の1坪あたり3.7席を上回る「4.0席」である。

それぞれの業態は、串焼きビストロ、肉バル、炭火焼き鳥、串揚げ×カレーうどん、魚と酒、韓国屋台居酒屋で、客単価は1,500円~2,300円と大衆業態で構成された。オープンして間もなく1日500人が来店するという盛況を博し、コロナ禍前には月間で2,800万円を売っていた。

松本氏にとって、ここで経験したことが「1社だけでは醸し出すことができない強烈なパワーが放出された」と記憶に刻まれていた。

そこで、松本氏は早速平尾氏に「横浜西口の物件を『野毛一番街』を参考にした店にしたい」と構想を披露し、出店も了承していただいた。こうして、個性的な7社の店舗が一つの空間に揃うことになった(各店舗の概要は巻末で紹介)。

詰め込んだ店内の中に個性的なデザインが凝集されている
張り出したテラス席によって店内の賑わいと楽しさをアピールしている

施工業者が複数入りバラバラな空間ができ上がった

「横丁」は統一感がなく雑多な個性が集まっていることが魅力である。そこで松本氏は設計施工の進め方に工夫を凝らした。

まず、全体のデザインとA工事、B工事は奴ダイニングが担当。出店する会社が担当したのはC工事のみである。これで出店する会社の出店コストは1社で新規出店する場合と比べて抑えることができた。

次に、A工事、B工事の施工業者は2社、C工事には4社が入った。これらの工程を調整することは容易ではないが、松本氏はこれらの業者すべてと交流があることからスムーズに進めることができた。また、複数の施工業者が内装工事を行うことによって、内装のテーストが統一されておらずバラバラな集合体ができ上がった。

工事の内容をざっくりと言うと、まず、物件の持ち主からスケルトンの状態で受け取った奴ダイニングは、A工事、B工事において、間口の改造、電気、水道、エアコン、トイレ、テラス、共有部の床を整えた。C工事では各出店者と造作に関する一定の規定を共有して、出店社それぞれが思い通りの造作を行なった。全体の工事費用は約12,000万円となった。

出店している店舗の客単価は2,0003,000円に収まっている。既存店舗は高級店であってもこのプロジェクトに合わせて大衆的な新業態を開発した事例もある。

コロナ禍の中で新規出店したこともあり、オープンに際して「withコロナの先駆けとなる横丁」をうたっている。そのポイントは「横丁の抜け目ない4つの感染症対策」である。内容は、①検温・消毒の実施、②十分な換気、③マスクの着用、④光触媒のコーティングである。④の光触媒は抗菌だけではなく、消臭、防藻・防カビ、有害物質の分解・除去に効果があり、コロナ禍で注目をされるようになった。

「圧倒的な集客力の創出」「出店コストを抑える」「安全・安心な店内環境」という具合に「横浜西口一番街」は飲食業の展開の在り方に新しい要素を創出している。

ロゴや提灯などのブランディングはお馴染みのものがそのまま掲出されている
店舗ごとの敷居を低くしていることと店舗デザインがバラバラになっていることで開放感がある
テイクアウトを積極的にアピールしている店もあり売り方の多様性が広がっている

「横浜西口一番街」に出店している店舗名、(坪数・席数)、会社名は以下の通り(店名の五十音順)。カギカッコの中の太い文字はキャッチフレーズ。

韓兵衛(かんべえ)(10坪・38席)㈱YOSHITSUNE

「気軽に韓国屋台料理を楽しめる」。キムチ、ナムルにはじまり、ビビンバ、サムギョプサルなど本格的な韓国料理を、韓国の家の庭先で食べるようなイメージ。

魚と酒 はなたれ7坪・35席)㈱First Drop

「こだわりの魚と酒」。横浜中央市場に買参権を持つ。また、三崎半島佐島漁港でその日獲れたての「湘南朝生しらす」をはじめとした市場に出荷前の朝どり魚を仕入れる。

焼売酒場 しげ吉10坪・32席)㈱シゲキッチン

「おいしいものを通じて人同士が仲良くなれる場」。横浜界隈で焼肉店「食彩和牛 しげ吉」を展開する企業の新業態でA5メス和牛を使用した焼売専門店。蒸し、揚げ、炙りで提供。

野毛焼きそばセンター まるき10坪・32席)㈱Omnibus

「記憶に残る絶品焼きそば」。東京・浅草「開花楼」特注の麺×オリジナルソース。横浜・野毛の本店は「横浜で食べ歩き料理5選」に選出されている。メキシコ料理もある。

BEEF KITCHEN STAND10坪・47席)㈱奴ダイニング

「ステーキや肉料理でお酒が飲める大衆居酒屋」。「名物ビフテキ50290円(税込319円)をはじめとしてスモールポーションのフードメニューのバラエティが豊富。

もつしげ(9坪・32席)㈱ニュールック

「横浜西口一番街にふさわしいもつしげ」。横浜・野毛が発祥のブランドで、毎朝仕入れる鮮度が際立つモツを串焼き、名物の「塩もつ煮込み」などで提供する。

もつ煮込み専門店 沼田14坪・45席)㈲珈琲新鮮館

「日本で唯一のもつ煮込み専門店」。味噌、醤油、塩、カレーなど、常時5~6種類のもつ煮込みを揃える。味ごとに素材を変えている。モツを使用したバラエティが豊富。

著者プロフィール

千葉哲幸
千葉哲幸チバテツユキ

1982年早稲田大学教育学部卒業。柴田書店入社。「月刊ホテル旅館」「月刊食堂」に在籍。1993年商業界に入社。「飲食店経営」編集長を10年間務める。2014年7月に独立。フードフォーラムの屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース・セミナー活動を展開。さまざまな媒体で情報発信を行い、フードサービス業界にかかわる人々の交流を深める活動を推進している。