オーダーはiPadで 決済は電子マネー・クレジットのみ
「GATHERING TABLE PANTRY馬喰町店」は、JR総武本線馬喰町駅から徒歩数分の場所に位置する、店舗面積35坪、席数40席の飲食店だ。ワインをはじめとするアルコール類と前菜、サラダ、洋食、デザートなどを手ごろな価格で揃え、気の合う仲間が気軽に集える楽しい空間を目指す。この店舗は、ロイヤルHDのR&D店舗として位置付けられており、同社はここを足掛かりに、少子高齢化による生産労働人口の減少や、市場変化などサービス産業を取り巻く環境が厳しくなるなかで、グループ全体の課題解決や次世代のビジネスモデル確立に向けた取組みを加速させていく。
この店舗の実証実験の中で注目を集めているのは、現金を一切取り扱わない点だ。店頭には「キャッシュレスチャレンジ」という看板が掲げられており、決済はクレジットカード、電子マネー、楽天アプリで行う。同店での決済の流れは以下のとおりだ。
席に案内されたお客は、はじめに従業員からiPadを渡される。iPadでお客はメニューを選択し、オーダーする。オーダーが入ると、キッチンのタブレットに表示される。その表示を見てキッチンでは調理を行い、注文された品をお客に提供。食後は、お客がiPadに表示されている会計ボタンを押すと、従業員が決済用の端末を持ってお客のテーブルまで行き、クレジットカードや電子マネー、アプリを用いて支払いを行う。決済には楽天ペイを用いており、主要クレジットカードと電子マネーに対応。全体のシステムはマウント・スクエアが開発を担当している。
現金を扱わないことによるメリットは大きい。釣り銭の用意やレジ締め作業はなくなり、作業時間が短縮される。のみならず、違算が許されないレジ作業はだれにとっても精神的なプレッシャーが大きい業務であるため、それがなくなるメリットは、現場にとって計り知れない負荷の軽減となる。新人に対するレジ操作のトレーニングも不要となる。
現金を一切扱わないことに関しては、いまもロイヤルHD社内で議論をしている最中だが、お客からの反応は上々だ。「オープンからまだ3ヵ月しかたっていませんが、非常にスムーズに受け入れていただいています。むしろご支持いただいている印象の方が強い」と同店舗の企画を担当したロイヤルHD企画開発部の中西喜丈氏は話す。
この店が目標の1つとしているのは、店舗運営のペーパーレス化だ。オーダー伝票、レシート、納品伝票などなど、店舗業務には「紙」がつきものだが、システム全体がつながり、紙が店舗にない状態が実現できれば、大きな生産性向上も可能になるだろう。
いまのところ会計作業はテーブルで従業員が行っているが、お客がより、ストレスなく会計できるようにすることを目指す。現在の決済方法は、クレジットカードか電子マネー、アプリだが、今後はWeChatPayやAlipayなどの他のQRコード決済にも対応し、幅広いお客を取り込んでいきたいと考えている。
同店舗では、生産性向上と働き方改革に関する課題を解決するために、このような実験的な決済方法導入(IT活用による店長業務の効率化)をはじめ、キッチンオペレーション改革による調理工程短縮と料理の質の両立、設備のコンパクト化による小規模・低投資型店舗の展開という3つの取組みを行う。
厨房スペースが店舗面積の40%から15%まで縮小
キッチンオペレーション改革では、自社のセントラルキッチン(CK)活用比率を高めることで、品質の安定と作業コストの削減を行い、CKを最大限に活用する。
同店舗では、CKの活用比率を55%までに高め、だれでも簡単に短時間で調理ができるメニューを開発。調理器具もレンジ、オーブン、グリルの機能をプログラミングできるマイクロウェーブコンベクションオーブンを活用し、開発元であるパナソニックと共同研究を実施。何百回と試作を繰り返し、調理時間の短縮を実現しながら、熟練コックが調理したときと同じ熱の入り方になるようなレシピをつくり上げた。
この店舗には揚げ物をつくるためのフライヤーも設置されていない。揚げ物を取り扱わないことで、キッチンの掃除の手間を減らし、また働く人の環境も良好に維持しようという考えだ。排気ダクトや換気扇などの投資も不要になる。あえて「揚げ物を取り扱わないなかで、お客さまに満足していただくにはどのようなメニューがいいのか」ということを考え、メニューを決定した。これまではキッチンの清掃に営業終了後1時間はかかっていたが、同店舗では営業終了後15分程度で済む。
このような、おもい切ったメニュー開発、レシピ開発によるメリットは、作業負荷の軽減にとどまらない。厨房面積も大幅に縮小できた。通常のロイヤルの店舗であれば店舗面積の40%を厨房を含むバックヤードが占めるというが、同店舗では店舗面積35坪中で5坪と約15%になっており、同社の中では画期的なサイズだという。
飲食業はホールとキッチンで役割分担を行うのが一般的だが、キッチンが忙しいとホールが手隙になったり、その逆になることもしばしばで、この役割分担が無駄なコストを発生させている原因にもなっていた。
同店舗では、オペレーションが簡易化されたことで、教育コストも大幅に削減。キッチン業務は3日もあれば習得することができるため、どの従業員もトレーニングを受けた上でホールとキッチン、両方の業務に対応する。席数40という規模ながら、3人(ピーク時は4人)という少人数での運営が可能となっている。
ワンシフトで業務が完了する 営業時間で残業もなし
オープン時間も特徴的だ。平日が15時から22時30分、土日祭日は13時から21時30分と、飲食店であるにもかかわらずランチタイムを外している。ワンシフトで業務が完了する時間帯を選択したことで残業の必要がなくなった。「ランチ営業をしたらもっと売上が上がるはずなのに」という社内からの声もあったが、とりあえず研究開発段階なので、大胆な方向性で一度やってみることを決断した。
「このように振り切った店舗をつくることができたのも、ロイヤルHDのR&D業態だからこそでしょう。今後は成功した部分を横展開していったり、あるいはこのオペレーションの上に新しい業態をつくるということもあり得ます。現在はこれぐらいの店舗面積でやっていますが、より広いスペースでやればやるほど生産性が上がるのではないかともおもっています。横展開できるものをこの店で確立することができれば、事業会社にもっといい効果が与えられるはずです」(中西氏)
突飛なことをしたわけではなく、これまでロイヤルHDが培ってきた方法論を応用、集積してできた業態といえる。発想の転換ができたのは、たくさんの制約の中で、どうやったら「生産性向上と働き方改革の両立が可能になるか」ということを考え抜いたからだろう。
ホスピタリティサービスの産業化の実現
同社のITの活用の最終的な目標は、単なる生産性向上ではなく、同社が目標に掲げる「ホスピタリティサービスの産業化の実現」である。
お客さまとの接点がタブレットやスマートフォンになると、どうしても冷たい雰囲気になってしまいがちだ。「そこを乗り越えて温かい雰囲気をどうつくるかというのが、この店の一番の課題です。温かさが出てはじめてホスピタリティにつながる。さまざまな管理業務をなるべくそぎ落とし、店長が接客の温かさに注力することができたら、お客さまにより喜んでいただくことができるのではないでしょうか」と中西氏。さらに、こう続ける。
「働き方改革の話につながるとおもいますが、店で働くことが楽しい、商売が楽しい、わくわくできる、そういう人に集まってもらうことが最終的な目標です」
同社経営企画部の吉田弘美氏はいう。
「飲食業は目の前でお客さまに『ごちそうさま』『ありがとう』といっていただけて、チャレンジすれば数字も変わるという、非常に面白い仕事です。そんな飲食業の楽しさや面白味を従業員にしっかりと感じてもらえるようにすることが大事です。
レジ締めや棚卸しのような人がやっても機械がやっても付加価値が変わらない仕事は機械に置き換えていって、本当に人間でなければできないような仕事に注力できる環境をつくっていきたい。そういうところに時間を使えるようにすることが、本当の意味で働き方改革、生産性向上につながっていくと考えています。
当社の会長(兼CEO)の菊地(唯夫)は、この20年間のデフレで、モノの値段は下がっていったが、そもそも価格に含まれていたホスピタリティやおもてなしなどの付加価値がどんどん削られてしまったといっています。そういったものを取り戻していかなければならないのではないかとおもいます」
生産性の向上というと、とかく業務をITや機械に置換して合理化するという話に帰結しがちだ。しかし、これまで私たちは生産性向上や経済合理性の掛け声に流されすぎて、付加価値の向上をないがしろにしていたのではないか。単に安くナショナルブランドを販売するだけであれば、実店舗がAmazonや自動販売機に取って代わられるといわれても文句の返しようがないだろう。
なによりも先に自社ならではの付加価値を確立したうえで、工夫によって生産性を向上させ、ホスピタリティのある接客や店頭を実現していく。あるいは、より働きがいのある職場をつくっていく。すべてのチェーンストアは、もう一度その優先順位を考える時期に来ているのかもしれない。