カメラで人と商品の動きを分析
トライアルアイランドシティ店は、福岡市のベッドタウンを目指し開発が進む香椎照葉(かしいてりは)地区にオープン。周囲には建設中のタワーマンションが林立しており、将来のドル箱店舗を目指す。売場面積は1,200坪、ワンフロアに衣食住の商品をEDLP(エブリデーロープライス)でフルラインアップする。
同店舗の特徴は、大きく3つ。(1)スマートカメラによる店内顧客行動の可視化、(2)サイネージによるお客への情報伝達、(3)タブレットカートによるスピードチェックアウトの提供だ。
店舗に足を踏み入れるとまず驚かされるのが、天井や棚前の至る所に設置されたスマートカメラの多さである。この店舗には700台のスマートカメラが設置されていて、うち約100台が「人」、残りの約600台が「商品」の動きを分析し続けている。
まず100台の「人」の動きを追うカメラだが、パナソニックが開発したもので(デバイスはPUX社製とエルモ社製)、主通路上を中心に設置され、カメラ内で来客の属性と行動の分析を行う。個々のお客の情報は記録せずに、分析の結果だけをクラウド上に送信し、お客のプライバシーを守る。こちらのカメラでは、来店客数はもちろんのこと、性別・推定年代・店内での回遊状況などを分析することができる。
一方「商品」を追うカメラはありとあらゆる棚前に設置されており、1台のカメラで2本の棚を撮影。棚の商品陳列状況や、お客がどの商品を手に取ったかという商品接触状況などを記録する。
こちらのカメラは、スマートフォンを転用したもの。型落ちのスマートフォンを大量に仕入れることで原価を引き下げた。「現在世界のCPU、カメラモジュールとして最もマスであり最先端をいっているのはスマートフォンです。そのインフラに乗るのが一番効率的であると考えました」とトライアルホールディングス(HD)のグループCIOであり、同社の情報システム子会社ティー・アール・イー代表取締役社長の西川晋二氏は語る。
大型サイネージ・電子棚札によるコミュニケーション
カメラが店内情報の「インプット」であれば、お客とコミュニケーションを図るための「アウトプット」のインターフェースとして店内で目につくのが超大型のサイネージだ。店内壁面の上部に十数mの長さで配置されたサイネージは、既製品のディスプレーを横に連結することによって製造コストを抑えながら、巨大な動画を流し続けることで来店客に圧倒的なインパクトを与えている。取材中はコカ・コーラやレノアの新商品、トライアルのプリペイドカード加入促進動画が流れていた。
飲料のエンドでは、棚上部に配置されているkinectと連動した電子棚札型サイネージの実験も行われていた。お客が近づくと、サイネージの表示が変化する仕組みである。どの棚の商品を手に取ったかなどの情報も、もちろんkinectで記録している。
グロサリーなどの一部の棚には電子棚札を採用。従来、電子棚札に求められている役割は、棚札管理の省力化だったが、電源管理などの管理コストもかさむため、なかなか普及は進んでいない。トライアルは、電子棚札のメリットをコスト削減よりも柔軟な価格政策の実現と考える。電子棚札があれば、将来的に需要と供給などに合わせて価格を柔軟に変動させる「ダイナミックプライス」の導入も可能になる。
ショッパーマーケティングの高度化とリテールメディア化
これらの数々のテクノロジー導入の背景には、メーカーとの協働による「ショッパーマーケティングの高度化」という目的がある。
「メーカーの新商品は多産多死。たまたまヒットした商品しか生き残ることができない、非常にムダが多い状況です。もっと科学をしていかなければならないという課題がありました」(西川氏)
メーカーと小売業の商談でコミットした施策が店頭で展開できていなかったり、新商品が配架されても陳列ができていないという状況は往々にしてある。そして現状では、店舗における商品の陳列状況を把握するには、ラウンダーなどが訪店し、目視で観察したり写真に記録するなどの人海戦術しか方法がなかった。わざわざ足を運ばなくても、店頭状況を把握したいというのは、メーカーにとっての悲願でもある。
この店舗のように商品の動きを全部可視化することで、まずメーカーは商品の配荷がきちんとできているか、指示どおりの店頭展開が実現できているかを知ることができるようになる。さらに第2段階として、きちんと売場にお客の立ち寄りができているのか、アテンションを得ることができているのか、というような分析もできるようになるだろう。
現在棚前行動の分析に関しては、外資系を中心とする生活消耗品関連のメーカーの関心が非常に高く、トライアルはそれらの企業とともに実験を繰り返している状況だという。
以前は自社で開発したPB(プライベートブランド)を売り込む主義だったトライアルは、ここ数年でメーカーと協議して売り場をつくり込む方向におおきくかじを切った。カテゴリーキャプテンの企業に売場の提案をしてもらいながらカテゴリーの収益性を高める取り組みは、化粧品売場の「ビューティートライアル」などにも表れている。「当社はディスカウントストアということもあり、これまではつくり込めない売場もありました。ですが、メーカーさんにカテゴリーキャプテンになっていただいたことで、しっかりとした提案型の売場をつくることができるようになりました」(西川氏)
もうひとつ、テクノロジー導入推進の背景にあるのは「リテールメディア化」への期待だ。テレビや広告などのマス広告は、商品についての一定の認知を与えられるものの、最後にお客をプッシュする効果は薄い。そもそもテレビCMの効果が下がってきている。メーカーにとって、お客が購買を決定する場所としての店舗の役割は非常に重要になってきている。サイネージやレジカートのタブレットは、お客に対する情報提供の場所として、最後のひと押しの場所として、大きな効果を期待することができるだろう。
来店客の40%が利用するレジカート
カメラとサイネージが「インプット」と「アウトプット」の革新である一方、レジカートは「チェックアウト」の革新といえる。
トライアルのレジカートはプリペイドカード決済のみを受け付ける。同社のプリペイドカードは、バーコードとPINコードが印刷されたプラスチックのシンプルなカードだ。NFCタグなど電子的な部品は使用しておらず、低コストで運用されていることが推測される。
入会は店頭のタブレットに氏名や住所などの個人情報を入力するだけで完了。スマートフォンなどから自分で登録することも可能だ。店頭の入金機などを使い1,000円単位で入金する。
レジカートを使用する際、お客はまずプリペイドカードをスキャンし、PINコードを入力してログイン。商品を購入する際は、手元にあるスキャナで商品バーコードをスキャンすればよい。野菜など、バーコードが添付されていない商品は、「パプリカ」「きゅうり」など、画面に表示されたボタンを選択して登録することができる。商品をスキャンすると、その商品の金額などが表示され、画面の右側には関連商品、おすすめの商品が表示される。タブレットカート利用者だけに付与されるポイント倍増クーポンもある。
レジカートでの買物を終了し決済をする際は、決済エリアに近づいて、画面上の決済ボタンを押す。その後レジ袋(有料)の枚数や、利用するポイント数などを入力。レジカートのレーンで、店舗従業員が年齢確認、医薬品説明、防犯対象商品などをチェック。チェック後に、店舗従業員がOKボタンを押すと決済が完了。プリペイドカードから自動で利用額が引き落とされる。
基本的に運用は性善説で行われていて、チェックアウト時は一部のお客の買物内容をチェックするだけで、全員分の買物内容を細かく見るようなことはしていない。万引きよりも、お客のついうっかりスキャンし忘れをどう予防するかを研究しているところだという。
ROIを考えるとAmazonGO方式は重過ぎる
「レジカート導入前は、そんなものは使われないだろうとか、お客さまにスキャンさせるのはどうかという声もありましたが、実際の導入後もまったく問題は出ていません」(西川氏)
取材時の2018年4月時点で、想定よりレジカートの利用率が高く、週末にタブレットカートのチェックアウト渋滞といううれしい誤算も起きている。意気込んで新しいツールを導入したものの、お客に使ってもらえないという事象はしばしば起こり得るが、今回の滑り出しはまずまず好調だ。
アイランドシティ店ストアマネジャーの内山智博氏は、レジカート利用の現状をこう分析する。
「土日は200台がフル稼働し、1度レジカートを使ったお客さまの80%以上は継続して利用していただいています。店舗側の課題は、まだレジカートを使用していないお客さまに、カートを使うとどれだけ便利でお得かを伝えることです。レジ渋滞はお客さまがレジカートの使い方を覚えてくだされば解消していくと考えています。ガラケーからスマートフォンに移ったときは、みんな最初は説明書を見ながらやっていました。店舗側も、説明と工夫が必要です」
意外だったのは、トライアルの狙いとは違うところが、お客に受けているという点だ。
「私たちは、スピードキャッシュアウトの便利さがお客さまにとって最大のメリットであると考えていたのですが、『いま合計何円分の商品を購入しようとしているのか』が画面に表示されていて、買物のしすぎを防げるのがうれしいという声の方が多いようです。その次にスピードキャッシュアウト、最後がクーポンで買物が安くなるという点を評価していただいています」(内山氏)
レジカートの利用者の6割が30代、40代の女性客。時間がないターゲット層の買物行動にレジカートがフィットしたようだ。
西川氏は、アイランドシティ店の目標のひとつに、ROI(投資した資本に対して利益を得ること)の成立を掲げる。「AmazonGOを視察した際、ジャストウォークアウトという買物体験は素晴らしかったのですが、コンピューティングパワーの利用が過剰だとも感じました。私たちはレジカートという決済方法を選択して間違っていなかったとおもっています。今後、レジカートの製造費を現在の半分にすることができれば、ROIも成立する見込みです」(西川氏)
トライアルは、さまざまな部分で果敢なトレードオフに挑戦している。たとえば、チェックアウトはレジカート、セミセルフレジ、セルフレジの3種類で、レジカートとセルフレジはプリペイドカードの決済のみに対応。
つまり現金を使いたい人はセミセルフレジを選択しなければならない。また、クレジットカードは決済手数料の負担を軽減するため、サービスカウンターのみでの利用となっている。さらにセルフレジは、現金決済と商品重量の計測機能をトレードオフすることで、価格を従来の5分の1に引き下げた。
リスクを取って新しいことに挑戦する。大企業化した多くの小売業・チェーンストアが忘れてしまったチャレンジ精神を、トライアルアイランドシティ店からは感じることができる。
トライアルは、これらリテールメディアやレジカートの仕組みを自社内だけで利用するのではなく、システム子会社のティー・アール・イーを窓口として外販していく予定だ。商品とお客が出会う「店舗」という場所で、さらにメーカーと小売業のコラボレーションが進むきっかけとなるだろう。