ウォルグリーンが冷蔵ケース 「広告メディア化」の実験開始

「ラスト・ワンマイル」といえば、一般には店舗からお客の手元に商品を届けるための物流の最終工程を指しますが、アメリカでは消費者が店頭で購買を決断するための最後の一押しのことも「ラスト・ワンマイル」というそうです。ウォルグリーンは、冷蔵庫の画面をサイネージ化するスタートアップ企業の技術を導入して、店頭広告モデルの実験を開始しました。ラスト・ワンマイルにつながる店頭メディア化の可能性が大きく広がります。

冷蔵庫をサイネージ化したサンフランシスコのウォルグリーン。

冷蔵庫の中の商品をサイネージに表示

ウォルグリーンは、冷蔵庫の扉をサイネージ化する実験を開始しました。冷蔵庫の扉の後ろと前にカメラがついています。後ろのカメラは冷蔵庫の庫内を撮影しており、扉のサイネージに在庫商品の画像を映します。欠品している棚は、白い空欄で表示されます。

冷蔵庫のサイネージと在庫商品は連動している。

扉のサイネージには「動画」のコマーシャルを流すことができます。おすすめ商品やお買い得商品を目立たせるように表示したり、動画で目立たせることもできます。ウォルグリーンは冷蔵庫の扉を、ラスト・ワンマイルを促進する効果的な広告メディアとして、メーカーから広告収入を得るビジネスモデルの実験を開始しました。

テレビCMの影響が低下しているアメリカでは、店頭は非常に重要な広告メディアです。その商品の特徴を動画で放映したり、キャンペーンの告知を行うこともできます。

ウォルグリーンは現在、数十店規模で、冷蔵庫のサイネージ化の実験を始めていますが、8,000店を超える全店で導入すると、すごく影響力のあるメディアになりますね。

店頭はマーケティングの実験場になる

冷蔵庫の前のカメラは、来店客の購買行動を録画しています。POSデータは何がいくつ売れたかというデータしか取れません。このカメラでは、来店客(ショッパー)の「購買前行動」を記録することができます。たとえば、「購入商品を決めていてすぐに購入したのか?」「あれこれ迷って購入したのか?」「あれこれ迷って購入しないで帰ったのか?」「来店客はどの画面や動画を見たのか?」が記録されます。そのビッグデータをメーカーと小売が分析することで、「ラスト・ワンマイル」の精度を高めます。

ウォルグリーンは、画面に放映する「動画コンテンツ」や「購買前行動」などのビッグデータは、すべてマイクロソフトの「Azure(アジュール)」というクラウドサービスで管理しているそうです。

たとえば、メーカーがウォルグリーンのサイネージに投影する動画広告のコンテンツをアップロードする場合も、クラウドサービスを使えば、メーカー本社のパソコンから、遠く離れた店舗のコンテンツを変更することができます。

これまで多くの小売業がアマゾンのクラウドサービス「AWS」を採用していながら、自社の顧客売上データ、購買行動データ、決済データなどを商売上の競合が提供するシステム上に保管することを快くは思っていませんでした。近年「ウォルマート」「クローガー」「ウォルグリーン」などのリアル小売企業が、続々とマイクロソフトのアジュールを採用するようになったのです。

アメリカでは、アジュールが、アマゾンのAWSのシェアを逆転しました。「アジュール連合」vs「アマゾン」の熾烈なデータ覇権争いが勃発しているわけです。

花王とPFN、皮脂RNAモニタリング実用化プロジェクト開始

花王株式会社と株式会社Preferred Networks(PFN)は、2019年11月20日、「皮脂RNAモニタリング」を実用化するための協働プロジェクト「Kao×PFN 皮脂RNAプロジェクト」を開始すると発表し、花王本社で記者会見を開いた。第一弾として、皮脂RNAから得られたデータに機械学習・ディープラーニング(深層学習)などのAI技術を応用して、肌状態にコミットする美容カウンセリングサービスの構築をめざす。(ライター:森山和道)

花王の皮脂RNAモニタリング技術で得られた情報に、PFNの機械学習・深層学習技術を用いて、高度な予測アルゴリズムを開発する。これにより従来の肌測定や解析技術では把握できなかった肌内部の状態を知ることや、将来の肌ダメージのリスク評価が可能になるという。

さらに遺伝情報をもとにパーソナライズされた美容アドバイスやスキンケアを提供することで、肌状態の改善・予防への道も拓くことを目指す。まずは2020年から一部機能のテスト運用を開始し、顧客の反応を見ながら精度の向上と改良を進めていく。また、高齢化の進展とともに増加しているパーキンソン病などの難治性疾患の早期診断技術の共同研究も予定している。

花王のRNAモニタリング × PFNのAI技術

Kao×PFN 皮脂RNAプロジェクト

花王株式会社生物科学研究所は2019年6月に、皮脂の中に人のRNA(リボ核酸)が存在することを発見し、そのRNAを網羅的に分析する独自の解析技術「RNA Monitoring(RNAモニタリング)」を世界で初めて構築したと発表していた。RNAモニタリングにより、皮脂中のRNA発現情報にアトピー性皮膚炎の肌状態が反映されていることも見出し、学会発表も行なっている。

今回の発表はそれをさらに一般化し実用化を目指すもの。はじめに、花王株式会社 代表取締役 専務執行役員の長谷部佳宏氏が「二年前からRNAモニタリングのパートナーを探していた。PFNがもっとも優れていると判断した。最初の段階から非常に興味を持って取り組んでもらえた」と述べ、プロジェクトの全体を紹介した。

花王株式会社 代表取締役 専務執行役員 長谷部佳宏氏

「RNAモニタリング」では、皮脂中から一人あたり約13,000種類のRNAを取って発現量を測定する。同時に肌や健康状態のデータも取得する。このデータを用いて、皮脂RNA発現データから、肌や皮膚、体内状態を推定する予測モデルを構築する。

DNAは変化しないが、DNAから転写されるRNAの発現は肝臓や皮膚等の組織ごとにプロファイルも合成量も違い、環境・食生活・運動・環境などの情報によっても日々変化する。その変化をキャッチすることができれば、もっと人の身体のことを理解できるようになる。

だが、RNAは非常に不安定だ。また、皮膚にはRNAを分解する酵素が存在している。そのため人に由来する分析可能なRNAを角層や汗から回収することは難しいと考えられていた。しかし花王は皮脂のなかにRNAが綺麗に保存されていることを発見した。しかも市販のあぶら取りフィルムで皮脂を拭くだけで、RNAが壊れずに採取できる。つまり、遺伝子発現情報が、いつでも誰でも簡便に採取できることを意味している。

では、それをどう活用するのか。今回、皮膚の美容について皮膚色、形状・弾性、角層機能、目視評価など、花王が重視しており、かつ、かなり時間をかけて調べなければならない情報だった120項目のうち104項目が、皮脂を取るだけでPFNの技術を活用して関連づけられ予測できることがわかったという。

RNAモニタリングのPFNによるスクリーニング結果 

また、アトピー性皮膚炎患者の皮脂中RNA解析を行ったところ、皮膚のバリア機能維持に重要なRNA種の発現が減少し、炎症の亢進に関わるRNA種の発現が上昇していることが明確にわかった。アトピー性皮膚炎の症状が重くなるにつれて発現が上昇することがわかっているRNA種が、皮脂中RNAでも同様に重症化に伴い増加していた。長谷部氏は、今後は「一つ一つの遺伝子の因果関係を明らかにすることでアトピー性皮膚炎に対しても明確な診断と治療にまでもっていきたい」と述べた。

アトピー性皮膚炎患者の皮脂中RNA解析の結果

コミットメントできるビューティケアを目指す

RNAの発現は身体各部位によっても異なる

RNAの発現は身体のどこで取るかによっても異なることがわかっているという。たとえば右の頬と左の頬でも異なり、様々な情報が含まれていることがわかっている。

花王は、極細の糸を吹き付けて肌に積層型の極薄膜をつくる技術「Fine Fiber Technology(ファインファイバーテクノロジー)」の応用製品第一弾として、美容液と組み合わせた「バイオミメシス ヴェール」を11月から販売している。

花王 | 「エスト」から「Fine Fiber Technology(ファインファイバーテクノロジー)」応用第一弾商品 日本およびアジアで発売

この「ファインファイバー」と「RNAモニタリング」技術を合わせて用い、着用から3時間後にどんな遺伝子が動いたかを調べたところ、たった3時間の変化もRNAは反映することがわかった。つまり、化粧液などをつける前とつけたあとの効果をRNAを用いて調べることができることを意味している。長谷部氏は「さらに長期的な変化についても、どう変化するのかを見てみたい」と述べ、「そのためにAI技術を使う」と述べた。データが増え、関連遺伝子がわかればわかるほど、「化粧品の良し悪しが遺伝子レベルでわかる」という。

ファインファイバーによる効果をRNAモニタリングで可視化することができる

長谷部氏は「コミットメントできるビューティケアを目指す」と述べ、今後、RNAがどんな理由で変わっていくのかを探っていくと語った。これは花王が重視している「本質研究そのもの」だという。

美容にフォーカスすると、しわ・しみ・たるみなどが製品の因子によって変化するといったときに、それを理由づけすることができるようになる。美容液などの成分だけでなく、素材や処方がどんなふうに左右するか、それらの因子を同時にモニタリングできれば、「コミットメントできるレベルのビューティケア、ヘルスケアが実現する」と考えているという。2020年春から「BEAUTY BASE by Kao 銀座店」での試行開始を目指している。

2020年春から「BEAUTY BASE by Kao 銀座店」で試行開始

現実世界の問題をディープラーニングで解くPFN

株式会社Preferred Networks 代表取締役社長 最高経営責任者 西川徹氏

株式会社Preferred Networks(PFN) 代表取締役社長 最高経営責任者 西川徹氏は「現実世界を計算可能にする」ことが同社のミッションだと紹介した。具体的には自動運転やロボットなど現実世界が抱える問題をディープラーニングとコンピューティングの力で解決しようとしている。PFNの現実世界の問題を解くための戦略は、業界でのリーティングカンパニーと組むこととだ。問題を深く知っているパートナーと密に連携することで、共同して難しい問題に立ち向かっているという。

バイオ・ケミカル領域の取り組みでは、国立がん研究センター、中外製薬、JXTGグループとの取り組みを紹介した。西川氏は、ケミカルとライフサイエンスでは今後、ディープラーニングが非常に大きな意味を持つと考えているという。生物の多様性を理解することが極めて重要だからだ。たとえば、同じ名前のガンでも人によって抗がん剤が効いたり効かなかったりする。それは遺伝子にエラーの入るパターンが人によって違うからだ。よって、生物の持つ多様性に対応することが重要になる。

PFNのバイオ・ケミカル分野での取り組み

これまでの生物学は共通の性質に注目してきた。だがルールでは記述しきれない問題に対しては、データドリブンのアプローチが必要になるし、多様性に注目することで初めて、医療でも個々の状況に合わせたケアが可能になる。また、ケミカルは非常にミクロな世界だ。化学の研究では分子動力学とスパコンによるシミュレーション技術が活用されてきたが、シミュレーションだけでは未解明の現象も多い。西川氏は「現実世界とバーチャルな世界のギャップをデータドリブン・アプローチで解決していくことが可能なのではないかと考えている。これからはディープラーニングと計算力で解決していくのが主流になる」と述べて、ケミカルとバイオの分野のリーディングカンパニーである花王と組んだと述べた。

株式会社Preferred Networks 代表取締役副社長 岡野原大輔氏

具体的な取り組みについては同 代表取締役副社長の岡野原大輔氏が解説した。同社のバイオ関連への取り組みは、がんの診断の精密化から始まっており、それは国立がん研究センターや産総研AIセンターと共同プロジェクトを進めている。臨床情報、マルチオミックスデータ、医用画像、疫学データを利用してPrecision Medicine(精密医療)の実現を目指している。

ではケミカルではAIはどう使えるのか。薬や材料の探索においては、まず最初に分子設計をする必要があるが、分子の組み合わせは無数にある。全ての場合を網羅することはできない。だからこれまでは専門家がデザインしていた。しかし、ディープラーニングを使うと様々な化合物を網羅的に探索し、かつ、狙った性質を持つように作れるようになっている。また、コンピュータシミュレーションは莫大な計算量がかかるが、ディープラーニングによって100万倍の高速化も可能になっているという。薬剤を製造しやすくしたり、飲みやすくしたり、狙った性質を持つように最適化することにも機械学習が使える。

薬や材料の探索におけるAIの活用

がんの研究においては、少量の血液サンプルを採取し、そのなかにmiRNAがどのくらい出てくるのかを解析して、その発現量から、がんの有無、種別や状態の判別に取り組んでいる。もうひとつ、ライフサイエンスでうまくいっている例が、医療画像解析だ。PFNでも国際的な放射線科研究学会において肺炎検出チャレンジに挑み、1,445チーム中6位の成績を収めている。またメディカルAI学会を2018年に発足させ、オンライン講義資料を提供している。岡野原氏は「データがあり、問題があって、AIを適切に適用すれば様々な問題を解決できる」と語った。

少量の血液からがん診断をする研究の概要

データと技術だけではなく、AIには計算性能も必要だ。PFNではGPUクラスタを自社で構築し日本の企業では最速のスパコンを所持している。さらにAIに特化したチップを独自開発し、世の中にない計算性能を持った計算機を構築することで十分な精度で必要なデータを解析できるようにしようとしている。これらの計算資源と皮脂RNAモニタリング技術を活用し、「パーソナライズドされた美容アドバイスやスキンケアに取り組んでいきたい」と岡野原氏は語った。

皮脂RNAから肌・皮膚・体内因子の状態を推定する

人の内部変化を捉えて消費者との新たなコミュニケーションが始まる

花王株式会社 代表取締役社長執行役員 澤田道隆氏

最後に、花王株式会社 代表取締役社長執行役員の澤田道隆氏も交えた四人によるトークが行われた。澤田氏は「今回、ようやく実用化に至った。コスメティックな世界でも本質的な診断の方向が見えてきたのはすごいこと」と述べて、自ら司会し、トークを進めた。

PFN岡野原氏は「皮脂からRNAが抽出できるは非常に重要なブレイクスルー。皮脂RNAは誰でも簡単に毎日取ることができる。処置前・処置後にも取れる。まだまだ解明されていないことは多い。なぜ皮脂にRNAが体内の情報をもったかたちで出てくるのかは解明されてないが、実証を進めていくなかでも体内情報を知る非常に重要なシグナルとしても使えるだろうと考えている」と語った。

花王 澤田道隆氏(左)と長谷部佳宏氏(右)

花王・長谷部氏は皮脂RNAの発見について「皮脂を細かくしらべていくなかで、一人の研究員が『もしや』と思って調べた。普通は酵素で分解されてしまうので最初は誰もが疑ったが、次世代シーケンサーに調べて何回も確認した」と経緯を紹介した。そして「皮膚は『体の鏡』と言われる。それができて、人のために繋がるのではないか。今はまだ発見。これをいかに発明につなげるかが重要。このデータをどう読み取って世の中に返していくか。PFNはそのための最強のパートナーだ」と語った。

花王がPFNをパートナーに選んだ理由は、PFNがmiRNAについて既に本質的な知識を持っており、少ないデータからでも精度の高いモデルを構築する技術があったからだったという。

PFNの西川氏は「今回はいろいろなデータをいただくことができた。血液検体からはDNAを調べるのはコストも時間もかかるが、それに比べると大変ではなかった。皮脂RNAは非侵襲性で現実的に毎日取ることができる。実用化されたら気軽にずっとモニタリングができる。定量的なデータを取り続けることができるということに大きな可能性を感じている。このような発表ができて嬉しい」と語った。

以前は、皮脂RNAの解析にもかなりの日数がかかっていたが、今は数時間単位までコストダウンが可能になっており、実際の美容診断・カウンセリングのなかに組み込んでいけるところまできているという。さらに将来的にはコスメティクスから医療へも持っていける可能性があるとし、花王のグループ製品全体の価値を高めることもできると考えているという。

PFNとしても、これまではBtoBが多かったが、今後はBtoC、生活に寄り添った技術を提供していきたいと考えており、花王の持つ生活者と近い商品に対してディープラーニングが適用されることでどう受け入れられるのかという観点でも重要だと考えているという。今後は人の動きや変化をより詳細にトラッキングできるようになることから、マーケティングサイエンス的なところにも使えるのではないかと西川氏は述べた。

岡野原氏も「様々な人の情報を取れるようになっているが、観測データが行動変容にどう繋がるのか、その理解にはギャップがある。AI技術を使って内部状態を推測することはできるようになるだろう。人は無意識に自分でも気づかないうちに行動が変わっていく。その過程では何かしらの変化が身体内で起きているはず。その変化を捉えることができれば、どのように消費者とコミュニケーションをとっていけばいいのかについてもAIは活かしていくことができる」と語った。

PFN 岡野原大輔氏(左)と西川徹氏(右)

花王の澤田氏は今回の連携について「枠組みを広げていくことで未来に向けたものづくりのあり方も変わってくると思う。AIは脅威と見られることもあるが、本来、人間主体のAI、人間らしさを引き出さなければならない」と述べた。

PFN西川氏も「AI技術が人の創造力を超えるのはまだまだ先」と述べた。そして「いっぽう、機械の力を借りることで人の視点を広げることができる。膨大な情報を人が細かく見ることはできない。だが機械の力を借りることで理解に近づくことができ、人の能力をスケールさせることができる。人の努力がもっといかせる、そういうAIが私たちが目指すものであり、そういう世界を作っていきたい」と語った。

PFN岡野原氏は「AI技術はまだ一般の人に届いていない。一般の人が『AIで生活が変わったな』と実感することは少ない。今回の成果はこれまでにない接点を増やしていける機会。使い方や経験が蓄積されていくと、AIが実際に我々の生活を豊かにし、人間の可能性を広げるものだと理解が深まっていく。普通の生活でもAIの恩恵を受けれることを示していきたい」と述べた。

花王の長谷部氏は「ものづくりも、もっとお客様に寄り添いたい。脳の血流を調べると商品の触り心地が変わるだけで膨大な変化が起こる。そこで得られる膨大なデータをどうやってサービスやものづくりに活かすか。もっとお客様にダイレクトに『ベストだな。あってよかったな』と思ってもらえるようになるのではないか。AIによって違う次元のサービスができるようになる」と語った。

澤田氏は最後に「この連携はグローバルな取り組みもできる」と海外展開についても触れ、「お互いに社会の役に立ちたいということを企業理念のベースにしている。良い連携をすすめていきたい」と締めくくった。両者がそれぞれをパートナーとして選んだ理由については、「社会実装できるグランドデザインを両者が思い描けたことが大きかった」という。

4者によるトークが行われた

エビデンスに基づいた「予防コスメ」へ

花王の製品群の広がりとPFNの技術を軸として社会実装を進める

現在までに蓄積されたデータは500-600人分程度。今後は、来春から「BEAUTY BASE by Kao 銀座店」に来店した客に対してカウンセリングの提案を行い、データを集め、モデルの精度を高めていく。データは後日、お客に返す。現在は13,000のRNAを全て調べているが、将来的にはキーとなるもっと少ない遺伝子だけを調べればよくなるのではないかと考えており、そこにも機械学習を適用していく。解析時間やコストも飛躍的に下がっていくと予想しているという。

現時点ではRNAの変動と皮膚状態の「相関」を見ているだけだが、このデータを用いて実際に働きかけるヘルスケア商品や化粧品に落とし込んでいくためには「因果」の解明が必要になる。岡野原氏は「化粧品などでアクションを加えた前と後のデータをモデルに入れていくことで因果が見えてきて、有効なリコメンドができるようになると考えている」と述べた。花王では、RNAがどのような環境因子で変動するのか、個々のデータを取得していく。

また花王ではこの皮脂RNAモニタリング事業を通してデータを積み重ねていくことで、予測モデルを構築し、「予防コスメ」を進めていくという。5年先、10年先に加齢すると肌がどのような状態になるか、化粧品を使うことでどのような状態を維持できるかといったアドバイスがエビデンスに基づいて可能になると考えているという。そこから花王だけでなく他社製品も含めてブランドをリンクさせていくといった世界観を持っており、それはそれほど遠くない時代に可能になると考えているとのことだった。

マツモトキヨシHDのPB開発軸は「らしさ=革新性」

プライベートブランド(PB)を扱うドラッグストア(DgS)は数多いが、その「ブランディング」までを考察し、実践につなげている企業はまだ少ない。そんな状況下において、先端をいく企業のひとつといえるのがマツモトキヨシホールディングス(HD)だ。同社のPB「matsukiyo」は独自のカラーを備え、確かな「ブランド」として立っている。追従する企業も数あるなか、マツモトキヨシHDは今度どう活動し、新たな商品を展開していくのか。(月刊マーチャンダイジング2019年11月号より転載)

「matsukiyo」への転換完了
ニーズへの対応をさらに強化

PBの開発・発展の流れは、おおむね以下のようになっていることが多い。まずはナショナルブランド(NB)の模倣をする期間があり、その後独自の付加価値を追求する時期があり、やがてPBをひとつの「ブランド」として立たせる時期がくる。この流れに沿い、近年ブランディングについて深く考える時期まで到達したのがマツモトキヨシHDのPB「matsukiyo」である。

マツモトキヨシHDには、「MKカスタマー」というPBが存在しており、そのブラッシュアップを昨年完了。現在は「matsukiyo」ブランドとして新たに展開している。つまりこれは、ある意味同社PBが生まれ変わり、今年から再スタートを切ったことを意味しているといえるだろう。

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▲開発したPBを売場でもしっかり訴求。
フェースを取って固まりで見せるほか、突き出しPOPを付けることで、どこにPBがあるのか一目でわかるようにしている

「matsukiyo」が特徴的なのは、NBなどマスブランドでは取り逃がしがちになるニッチなニーズに対応する、小回りの利く商品を展開、ヒットを生み出しているところだ。往々にして、PBはNBよりもリーズナブルであることが差別化のポイントになっているが、マツモトキヨシではNBなどが手をつけていないベネフィットを手掛けることを狙っている。

「現時点で、自社PBのブランディングはある程度完了したといえるでしょう。そのうえで、今度は顧客のニーズをどうかなえていくか、それを考えるのが次のステップ。ブランディング+データの活用を実現させたPB開発を現実化させていくのが、いま私たちが向き合うべきフェーズと考えています」(執行役員 営業企画部長 松田崇氏)

開発担当者が購買データ分析
客層の傾向からトレンド予測

「顧客のニーズ」というと、店頭で得られるお客の声を中心に読み取っていくものと考えられがちだ。しかしマツモトキヨシHDでは、そのほかにもECを含め、個人に紐付いた購買データを収集・分析して意見や傾向を読み、今後のトレンド予測を行っている。その中で、とくに状況を読み解きやすいのは、PBリニューアルに際して生まれたビフォー・アフターのある商品だという。これらはリニューアルのプロセス中に目にしたデータから、新規開発のヒントを多数発見できるからだ。

「かといって、社内にデータ分析専門の部署があるわけではありません。その代わりPB開発担当者がそれらデータを読み込み、次の予測を立てるのが業務の一環となっています」(松田氏)

加えて開発担当者はリリースを発行し、社内メディアを活用したPRも行い、プロモーション担当者と連携しながらプロモーション計画を立て、実践する。そして最終的な店頭での販売というプロセスまで、一気通貫でプロデュースを行うのだ。

「昨今の市場は、いい商品をつくれば売れる、という単純なものではありません。そのよさを顧客に、あるいは各店舗従業員にも理解してもらい、売上につなげていかなければならない。つまり、すべては『掛け算』で進行しているといえるでしょう」( 松田氏)

そしてその際留意されるのは、新たな商品が「matsukiyo」らしさを備えているか、そのベースにデータの裏付けがあるかどうかだ。この2つがセットになったとき、はじめてヒット商品が生まれるといえる。

では「『matsukiyo』らしさ」とは一体何か?

これは「革新的」という一言で表現することができるだろう。その好例が「EXSTRONGエナジードリンク」。

パッケージと中身のドリンクの極端な色の違い、味わい、含有成分量の多さなど、複数の「驚き」を持ったこの商品は大きなヒットを飛ばし、現在エナジードリンク類の中でトップの売上を誇っている。

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▲Twitterで火が付き、大ヒットしたエナジードリンク。
今秋は、昨年好評だった期間限定のドリンクのほか、カフェイン量が同量のタブレットを発売。自社がつくり出した資産を有効活用している

「顧客にどれだけの驚きが与えられるか、それはマーケティング上も必要なことです。それが『買いたくなる衝動』となって顧客に響く。商品自体に自信があっても、それだけでは足りない。驚き、革新性を持たせるというマーケティングを実践しなければ、これだけの結果にはつながらなかったかもしれません」( 松田氏)

カテゴリーにとらわれず
テーマを掲げて開発を進める

「EXSTRONGエナジードリンク」の例を見てもわかるように、マツモトキヨシHDはあえてレッドオーシャンに乗り込むこともいとわない。むしろ、KBF(重要購買決定要因)を正確に把握し、それを商品に盛り込むことができるか否かに注力している。同時に、これまで考えられてきたようなカテゴリー単位での商品強化からも一歩引いている。その代わりに重視しているのが、先にも述べたデータから読み取るニーズやトレンドの傾向だ。

たとえば「美」というテーマで考えていくと、従来であれば化粧品類のカテゴリーを充実させるというのが王道であろう。しかしマツモトキヨシHDでは、あえてカテゴリーにこだわることなく多角的に「美」を追求。その結果、近年では女性向けのプロテインがヒットした。

「プロテインは健康食品の位置付けになりますが、多くの女性はこれを飲むことで筋肉をつけ、理想とする美しいボディを手に入れたいと望む。つまり、利用目的としてはビューティになる。こういったヒット商品の生まれ方は、比較的最近の傾向ではないかと考えています」(松田氏)

正統派の化粧品であれば、コストパフォーマンスの高いオーガニック製品など、NBがあまり手掛けない領域で商品を展開、そこにDgSとしてのマツモトキヨシらしさを見せている。

また最近では、10月11日に日用雑貨カテゴリーでもはじめてのPB商品「レプリカノーツ」を発表。その第一弾として、ファブリックミストと柔軟剤を発売した。これもカテゴリーとしては日用雑貨であるが、テーマになっているのは香りという「美」。ファッションや香水を楽しむように、日常において洗練された香りを楽しみたい客層がターゲットとなる。ここからも、「美=化粧品」にとらわれない、マツモトキヨシHDの姿勢が見て取れる。

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▲「matsukiyo」とは別ラインで、10月から発売される新PB「レプリカノー
ツ(Replica Notes)」。ファッションと同じ感覚で“洗練された香り”を楽しむアイテムを展開。

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▲第一弾は、ファブリックソフナー(柔軟剤)税抜き665円(600mℓ)、ファブリックリフレッシャー(ミスト)税抜き480円(300mℓ)(600mℓ)、ファブリックリフレッシャー(ミスト)税抜き480(300mℓ)

そんな同社のPB比率は、2019年6月末時点で10.4%ほど。HD小売売上の14%がNBを好むインバウンドが占めていることを考えると、数字以上の割合であるといえるだろう。この数値はいまも伸長傾向にあり、今後さらに高めていきたいとの意向である。

「開発チームも中長期戦略を練って業務に取り組んでいます。現時点で、自社PBのアイテム数は約1,500点。これだけのSKUを持っているメーカーは少ないでしょうし、そこからさらに新しい商品を生み出しつつ、的確なリニューアルを実践していくのは大変な作業です。それでも、私たちは年ごとに売上を伸ばし、ヒット商品を生み、そしてなにより商品として進化していくPBをつくり続けていく。それが今後のマツモトキヨシHDのPB展開の方向性だといえます」(松田氏)

<取材協力>

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執行役員
営業統括本部 営業企画部長
松田 崇氏

“note”で月刊マーチャンダイジングの記事を購入できるようになりました

この度、ニューフォーマット研究所が運営する小売業界向け専門誌「月刊マーチャンダイジング」とウェブメディア「MD NEXT」はピースオブケイク社が運営するコンテンツプラットフォーム「note」上にてデジタル版有料記事試験配信をスタートいたします。(MD NEXT編集長 鹿野恵子)

まずテスト版として月刊マーチャンダイジング(MD)2019年11月号のマガジンを公開いたしました。プライベートブランド特集として、他では読めない各ドラッグストア企業のPB開発戦略を読むことができます。

https://note.mu/mdnext/m/m00241a48ae1e

紙の媒体は先細りが見えていて、業界誌といえども今後はデジタルで課金していくしかビジネスの存続はないと私たちは考えています。

長らく私たちはどのような課金形態が一番よいのか模索していたのですが、現状のコンテンツ流通において、noteというプラットフォームが、出版社やコンテンツクリエイターにとって、課金のシステムを低コストで導入するための最適解だと判断した次第です。

くしくも先週文芸春秋さんがのデジタル定期購読版をnote上でスタートしたという記事が発表されていて、「ウォルマートがAmazonに出店するようなものだ」というコメントしている方がいらっしゃいましたが、それぐらいの大変化が出版業界には起きています。

専門誌の出版社は、専門分野での実績や法人との結びつきという参入障壁に守られて、販売や業務の革新にはほとんど着手してきていない状況だと思います。ですが我々専門誌出版社こそ、今挑戦し、変革せねば、生き残ることができないのではないでしょうか。

月刊MD on noteは、しばらくはテスト版として値段やコンテンツの粒度を変更しながら記事を公開していこうと考えています。ビジネス化のめどがたったら定期購読マガジン化なども検討中です。

小売業を取り巻く状況は大きく変わっていますが、店とそこにいる人(実店舗には限りません)が革新し、生活に寄り添うことでしか、人々の生活は変わりえないと私たちは信じています。

有益な情報発信を、さまざまなチャネルで実現していければと考えています。

是非ご購読ください。フォローや拡散などでの応援も、どうぞよろしくお願いします。

 

購買行動は「計画購買」と「非計画購買」に分けて理解する

購買行動の理解なくして、お客に喜んでいただける店づくりは不可能です。お客は店頭で商品を購入するとき、いったいどのような理由でその商品を手に取るのでしょうか?お客の立場から購買行動をあらためて分析します。ポイントとなるのは、その買物が計画的かどうかです。

計画購買と非計画購買

購買行動には、「計画購買」と「非計画購買」の2種類があります。

「計画購買」とは、入店前にそもそも何を買うのかを決めている購買行動のことです。たとえば、家で使っているA社のラップを買うという目的で来店し、実際にA社のラップを買ったというように、「入店前の意向」と「入店後に購入したもの」が結果として同じであった場合を「計画購買」と言います。

一方の「非計画購買」はたとえばA社のラップを買おうとしていたものの、店舗で実際に購入したのはB社のラップだったというように、入店前の意図とは違うものを買うことを指します。そもそも買うつもりがなかったものを、店舗で見つけて購入したり、ビールを買うつもりだけれども銘柄は店頭で決めようという購買行動も非計画購買に入ります。

非計画購買の4種類

非計画購買には4種類あります。(非計画購買の分類は人によって違うことがありますが、筆者は4種類に分ければ十分だと考えています)。

1つ目は「純粋衝動購買」です。売場を歩いていて気になった「これいいな」と思ったものを購買することです。もともとビールを買うつもりはなかったのだけれども、ビールの新製品が出ていたので買ってみたというものです。

2つ目は「想起衝動購買」です。日常の必需品を売場で思い出して購入することを指します。たとえば、売場でPOPを見て「そういえば家のマヨネーズがそろそろ切れそうだ」と思い出して購入することです。これは、売場で何かを思い出したことによって発生した非計画購買と言えます。

3つ目は「提案受入衝動購買」です。一番わかりやすいのが、店舗の従業員が薦めてくれたものを購入する例です。ドラッグストアの店頭で「最近疲れがたまっているんです」と相談したところ、店員さんが栄養ドリンクをお勧めしてくれたので、それを購入したというような購買行動を指します。当然接客による推奨だけではなく、POPやデジタルサイネージ、大量陳列による提案を受け入れて購入することもこれに含みます。「提案受入衝動購買」も、売場に行かなければ発生しない非計画購買です。

4つ目は「計画的衝動購買」です。「入店前に買うものの品種までは決めているけれども、品目までは決めていない」場合などがこれにあたります。「キャベツを買うと決めているけど、どの産地・サイズのキャベツを買うかは店に行ってから決めよう」「一番安いシャンプーを買おう」などの購買行動を指します。鮮度や品揃え、特価やクーポン値引き、ポイント還元率のアップなど、店頭で提供される情報によって品目が選定されます。

カテゴリーによって購買行動の種類・割合は違う

業態やカテゴリーによって、どの購買がどの比率で起きるのかは異なります。

たとえば、生鮮食品や日配は非計画購買が多いカテゴリーと言えます。これらの食品に関しては、店頭で実際に買うものを決めようと思うお客が多いのです。皆さんも「肉を買う」とは決めていても、具体的にどの肉をどれぐらい購入するのかは、その日の価格や鮮度、品揃えを見て店頭で決めることが多いのではないでしょうか。納豆を買うときも「今日は特売の納豆にしよう」とか「少し高いけどおいしそうな納豆にしよう」と考えて購入している人が多いはずです。ですから食品スーパーマーケットは、8割がた非計画購買であるといわれています。

一方、医薬品や調味料のような必需品は計画購買が多いカテゴリーです。「いつも使っているあの風邪薬を追加で購入しよう」「冷蔵庫のあのメーカーのマヨネーズがもうなくなりそうなので買いに行こう」という必需品の追加購入が多いからです。

計画購買の需要を満たすことは、客数に影響します。一方、非計画購買をいかに起こすかによって、客単価が影響します。

次回はこのことについて詳しく説明していきましょう。

(談、まとめ:編集部 鹿野恵子/イラスト:一秒)

ツルハ、ウエルシアを抜き僅差で売上高1位に。ココカラ+マツキヨ連合で再編進むドラッグストア業界

月刊マーチャンダイジングでは、毎年10月号で上場ドラッグストア企業の決算を特集しています。今回は2019年の売上高ランキングと、2020年の予想売上高ランキングの状況から、ドラッグストア業界の将来の展望について学びます。

(※本記事は2019年度の決算をまとめたものです。最新のドラッグストア業界決算に関する記事はこちら)

ウエルシア・ツルハのトップ2は売上8,000億突破![ドラッグストア決算2020まとめ]

売上高はウエルシアを抜きツルハがトップに立つ

上の図表はDgS上場企業各社が2019年に発表した決算の実績です。以下により細かい内容を記しています。(画像はクリックで拡大できます)

売上高に関しては、ツルハホールディングス(HD)が昨年トップだったウエルシアHDを抜いて、僅差ではありますが7,824億円で1位となりました。

ツルハHDの期首初めの売上高予想は7,436億円でしたが、期中に140店舗の新規出店(純増84店舗)を行うなど積極的な出店政策を進めたことと、2018年5月に中部圏を地盤とするビー・アンド・ディーHDを子会社化したことで67店舗が加わったことが、大幅な売上増につながる結果となりました。

ウエルシアHDも前期比12.1%増と高い伸びを示したものの、ツルハHDとは33億円の差が付いて7,791億円となりました。

コスモス薬品3位に、収益重視のマツキヨHD

さらに、2017年度に売上高で5位だったコスモス薬品が、2019年5月期(2018年度)決算で6,000億円の大台を突破して3位に躍り出ました。コスモス薬品も期中に93店舗の出店(純増81店舗)を進め、期末店舗数は993店舗と1,000店舗に迫っています。(2019年10月現在1,020店舗を出店)

4位は、同4.2%増で5,880億円のサンドラッグ。売上高構成比で約4割を占めるディスカウント事業(ダイレックス)の売上高が同7.6%増と、全体を牽引した形です。

マツモトキヨシHDは、同3.1%増の5,759億円と5位に落ち着きました。3年前の2015年度まで業界のトップを走ってきた同社ですが、上位企業の中では伸び率が高いとはいえません。

その理由は、この数年規模拡大よりも収益改善を重視してきたことがあります。その代表がプライベートブランド(PB)の拡充で、2019年3月期(2018年度)のPBの売上高構成比は前年度から0.5ポイントアップして10.6%にまで高まっています。営業利益は360億円とツルハの418億円に次いで業界2位。営業利益率は6.3%と業界トップです。

出店強化でクリエイト、クスリのアオキHDも好調

中堅DgSの中でも堅調に業績を伸ばしている企業が、クリエイトSD HD、クスリのアオキHD、Genky DrugStores、薬王堂です。

クリエイトSD HDも新規出店を積極的に進めており、生鮮食品を取り扱う専門店と協業した店舗や、前期から展開しているビューティ強化型の新業態Cremo(クレモ)などを含め44店舗の新規出店(純増39店舗)を行いました。

出店を強化しているのは、クスリのアオキHDも同様です。同社は期中にDgS業態を85店舗出店(純増84店舗)。DgS併設調剤薬局を40薬局新規に開設して、期末店舗数はDgS535店舗(うち調剤薬局併設239店舗)、調剤専門薬局6店舗の合計541店舗となっています。

マツキヨ選択は、効率性とPB開発力が決め手

DgS業界で、いまもっとも耳目を集めているのがココカラファインとマツキヨの資本業務提携でしょう。

8月14日、ココカラファインはマツモトキヨシHDとの経営統合に向けた協議を開始すると発表しました。いよいよDgS業界で1兆円企業が誕生することになります。

4月のココカラファインとマツモトキヨシHDとの資本業務提携に関する協議開始の発表を端にして、その後スギHDがココカラファインに秋波を送り、ココカラファインは6月に特別委員会を設置して、どちらとの連携がより相乗効果を生み出すかなどについて検討を重ねてきました。

いずれも店舗網などに関しては補完関係にあるとされ、PBなどの商品戦略に強みのあるマツモトキヨシHDか、調剤に強みのあるスギHDのどちらを選択するのか、業界関係者は注目してきたが、ココカラファインは「店舗作業の効率性やPB商品の開発などについて、大きなシナジー効果が生じる可能性」があると判断しました。

これまでのDgS業界のM&Aは、中小が生き残りをかけて大手の傘下に入るという図式が続いてきましたが、売上で5,000億円規模の大手同士でさえ手を組まなければならなくなったという状況が生み出されています。

日本チェーンドラッグストア協会によると、2018年度のDgS企業409社2万228店舗の推定売上高は、前年度比で6.2%増の7兆2,744億円でした。わずか10年で2兆円強を上積みする勢いで成長しているということです。

市場が約10兆円のコンビニエンスストア業界を、DgS業界は規模において視野に入れるようになりました。最近では、食品を強化するDgS、ヘルス&ビューティを強化するコンビニと、取扱い品目でお互いの垣根は低くなっています。

そのコンビニ業界は、実質、セブン−イレブン、ファミリーマート、ローソンの3社で、市場の約9割を占めるといわれています。

いずれDgS業界も、コンビニ業界同様に上位3社ほどで占められるだろうという見方があります。

前項のDgS売上高ランキングのうち、上位10社・グループの売上高合計は5兆5,153億円です。これは、前年度から3,430億円の増加で、中堅DgS1社が加わるのと同じ勢いです。

単純な比較はできませんが、2018年度に上位10社がDgS市場全体に占める割合は約75%。ちなみに同様の試算で2017年度は約70%ですから、この1年間で5%伸びたことになります。一方で、コンビニ業界に比べると、寡占化の動きにはまだ伸びしろがあるともいえるでしょう。

2019年度は5,000億円以上が6社に

上場DgSの2019年度の売上高予想を見ると、ツルハHDは8,200億円。一方のウエルシアHDは8,500億円となっているので、来年はまた順位が入れ替わることになります。

コスモス薬品(売上高予想6,585億円)、サンドラッグ(同6,164億円)、マツモトキヨシHD(同6,000億円)と、各社は強気の予想を立て、スギHD(同5,200億円)も5,000億円台を見込みます。2019年度は5,000億円以上のDgSが6社誕生することになり、食品スーパー業界の5社を超えることにります。

さらに、実際の数値が反映されるのは2020年度以降になるが、マツモトキヨシHDとココカラファイン(同4,090億円)の2019年度の売上高予想を単純に合計すると1兆90億円です。1兆円を上回ることによる、仕入れや商品開発、投資効率のスケールメリットは計り知れません。

上位企業が、この動きに対して座して待つとは想定しにくいでしょう。スギHDも次の施策を練ってくるはずです。業界再編の次の一手はどこなのか、DgS業界で本当に生き残れるのはどこなのかが注目されています。

MIYOSHI「無添加 白いせっけん 3P」リニューアルが問う、本当の「無添加」

ミヨシ石鹸が固形せっけんの主力商品「白いせっけん3P」をリニューアルした。配合成分のグレードアップはもちろん、脱酸素フィルムを採用した斬新なパッケージや、「全成分表示」などのこだわりで本当の「無添加」とは何かを市場に問いかける製品に仕上がっている。

素材を踏み込んで伝えることがメーカーの「誠意」

「無添加 白いせっけん」は、精製度の高い食品用天然油脂を使用し、本釜焚で製造している同社こだわりの主力商品だ。その人気商品を今回リニューアルした背景には2点あると、ミヨシ石鹸取締役営業本部長の中野浩之さんは言う。

1つが「全成分表示」だ。

「これまでは薬事法に従い、パッケージに記載する原材料について『せっけん素地と水』という表示をしていました。それを今回のリニューアルから脂肪酸レベルまで分解して表示することにしたのです」(中野さん)

新商品のパッケージには「牛脂脂肪酸Na、パーム核脂肪酸Na、水、グリセリン、塩化Na」と記載されている。これはPCPC(The Personal Care Products Council)の定めたINCI(国際的表示名称)に準ずる形式だ。

「食品業界を中心に、本当の無添加とは何か?ということが議論になっています。無添加という言葉には、いまのところ規制がない状態です。メーカーが名乗ろうと思えば『香料無添加』『防腐剤無添加』のようにいくらでも名乗ることができます。弊社はそうではなくて、本当の無添加とは何かということを提示しようとしています。これまでは水とせっけん素地からできているとお伝えしていたものを、さらに踏み込んでお客様にお伝えすることが我々の誠意ではないかと考えました」(中野さん)

ミヨシ石鹸は、この「白いせっけん」を皮切りに、ビューティーケアの商品を全成分表示に切り替える予定だという。

脱酸素フィルム採用でさらに環境にやさしく、新鮮に

今回のリニューアルのもう一つの理由が「パッケージの変更」である。

石鹸は空気に触れると変色することがあり、同社の既存商品は個包装のひとつひとつに脱酸素剤を封入していた。しかしこれは最終的にはゴミになってしまう。

「パッケージを開けるときまでつくりたてが続く、というコンセプトでこれまで脱酸素剤を封入していました。しかし、これも小さなことですが、ゴミとして処理しなければならないため、今回三菱化学さんと共同で脱酸素フィルムを開発しました。個包装に脱酸素剤を練りこみ、それ自体が脱酸素剤の代わりとなります。一般には食品・菓子に利用されているもので、日用品では弊社製品以外採用の予定はないそうです」(中野さん)

フィルムへの印刷も環境に配慮したバイオマスインキを採用している。少し灰色がかった個包装は、あえてフィルムの素材の色をそのままにしたもの。このフィルムは酸化すると変色するが、もし変色したのであれば、それはきちんとフィルムが酸素を吸っている証拠と言える。

全体のパッケージもリニューアルを行った。通常3個入りの石鹸は、石鹸を平たく並べるため、寝かせた状態でしか店頭に陳列できない。今回はそれをサンドイッチのように3つ積み重ねた形状にした。

「きちんとお客様の方を向いた商品にしたいと考え、この形を選びました。実はこのパッケージの上部を止めるのは手作業でかなりのコストがかかるのですが、すべてにおいて人にやさしく、環境にやさしくするためにはどのようにすればいいのかを考えながら商品を設計しています」(中野さん)

もちろん製品の品質自体もパワーアップしている。原料の一つである牛脂成分のグレードを上げ、硬化牛脂にしたことで、これまでより泡もちよく、とけ崩れしにくくなった。

「使っているうちに乾燥してひび割れしてしまう石鹸は少なくありませんが、この白いせっけんは、最後までしっかりと使い切ることができます。継続して使っていただいているお客様には、使い心地の改善点を、はじめての方には、あらためて固形せっけんのよさを感じてもらえるはずです」(同社広報 櫻井利枝さん)

いたるところにこだわりが詰め込まれた「ミヨシの白いせっけん」。本当の意味での「無添加」とは何かを問いかけてくる商品だ。

環境にやさしい食品原料の「殺虫剤」「除草剤」がトレンドに

2015年9月に国連で採択されたSDGs(Sustainable Development Goals「持続可能な開発目標)」に関心が高まる中、地球環境にやさしい新商品が続々登場しています。そういう商品を消費者が積極的に支持するようになり、メーカーのマーケティング戦略も大きく変化しています。

食品原料99.9%の園芸用殺虫剤「ロハピ」(アースガーデン)。

99.9%食品原料の園芸用害虫対策商品「ロハピ」

10月10日に園芸業界最大の商談会「国際ガーデンエクスポ」に行ってきました。園芸・ガーデニングの人口は確実に増えています。たとえば、「家庭園芸薬品市場」は、2013年約250億円が、2019年は約320億円(フマキラー調べ)と着実に市場が拡大しています。

市場拡大を牽引しているのは、「除草剤」「園芸用不快害虫」です。注目すべきは、草を枯らす、害虫を殺すことを目的とした商品が、地球環境にやさしい食品原料の新商品が主流になっていることです。

アース製薬の展示ブースの一押し商品は、園芸用不快害虫対策の「ロハピ」でした。ロハピとは、「ロハス+ハッピー」の略で、環境にやさしい商品であることを強調したネーミングになっています。食品原料99.9%の病害虫対策商品です。以前の殺虫剤では、たとえばトマトの収穫の1週間以上前には使用を禁止する必要がありましたが、ロハピでは収穫の前日まで安心して使用できます。

また、アースガーデンでは、「まもるくん」というキャラクターをLINE登録し、病気にかかった葉・実・花の写真をスマホで送ると、AIが病名を特定して、対策をアドバイスしてくれるサービスを開始しました。スマホで園芸相談ができる時代なのですね。

LINEで園芸相談できるサービスも開始した(アース製薬のホームページより)。

酢の力ですばやく枯らす食品原料の除草剤「ビネガーキラー」

フマキラーも、食品生まれの除草剤「ビネガーキラー」を新発売しました。食品原料のお酢を使用した、安心・安全の除草剤です。2010年の1月20日より、全国のドラッグストア、ホームセンター、スーパーで販売する計画です。除草剤は、2013年対比で市場が約165%も成長している有望市場です。

小さな子供のいる家庭では、除草剤を使うのは心配と考える人がほとんどでした。私も小さな子供がいた時代は、庭に除草剤をまくのをためらい、夏場に汗だくになって除草したことを覚えています。ビネガーキラーは、食品原料の除草剤なので、小さな子供やペットのいる家庭でも安心して使用できます。また、畑や花壇の除草にも躊躇せず使用できるのは良いですね。

お酢でできた除草剤「ビネガーキラー」(フマキラー)。

「ロハピ」「ビネガーキラー」ともに、SDGsの流れに合った、地球環境にやさしく持続可能な新商品です。最近の消費者は、商品選びをするときに、社会に貢献している商品かどうかを重視する傾向が高まっています。新しい消費の主役「ミレニアル世代」(1980年代から2000年代初頭までに生まれた人)にその傾向が顕著なようです。自然環境にやさしい殺虫剤、除草剤も、ミレニアル世代に選ばれる商品です。

また、スターバックスコーヒーが、「このコーヒー豆は、労働環境の良い農場でつくられた商品(フェアトレード)である」とシアトルのワシントン大学の売店でアピールしたところ、価格が高いフェアトレードコーヒーが爆発的に売れたそうです。これ以外にも、ピンクリボン運動を支援しているメーカーの商品を積極的に購入するなど、社会貢献のストーリーが売れ方に大きく影響を与える時代です。このトレンドを「社会貢献型マーケティング」といいます。

チェーンストアは 「平均点」を上げる教育が重要だ

2020年には1,000店を超える「4桁チェーン」のDgS(ドラッグストア)が、8社も登場します。1企業当たりの店舗数は10年前と比較すると桁違いに増えました。チェーンストアは店舗数が増えれば増えるほど「標準化」が重要になります。標準化とは、人による「バラツキ」、店による「バラツキ」を減らし、平均点を上げることです。「大量店舗」時代だからこそ、標準化の重要性を再確認すべきです。そのために、月刊マーチャンダイジング2011年7月号に掲載した「今月の視点」を再掲載します。今読んでも十分に通用する論理であると自負しています。

凡時徹底が組織力を高める

「小売業はイチローである」という話を講演でしたことがあります。対比すればメーカーはホームランバッターです。打率は2割3分台で、ヒットを打つ確率は低くても、一人の天才的研究者が稀に画期的な特許を取得したり、一人の天才的マーケッターが満塁ホームラン的メガブランドを当てれば、大きな売上と利益を獲得することができます。

一方、小売業には画期的な発明はほとんど存在しません。イチローのように、内野安打やシングルヒット、盗塁のような日々のコツコツとした「店内作業」を繰り返し、徹底することが最大の差別化策です。

「凡時徹底が非凡を産む」という言葉があります。だれにでもできる平凡な店内作業を、全店全員が徹底することは、とてつもなく非凡なことです。つまり、小売業の教育は、一握りの天才をつくる教育よりも、現場社員の平均点を上げる教育の方がはるかに重要なのです。

組織としての平均能力の高さこそが、小売企業の最大の差別化戦略です。たとえば、「レジ対応」は、買物客(ショッパー)が店舗で必ず通るコミュニケーションポイントです。どんなに安い商品を購入し、どんなに親切な接客を受けたとしても、最後のレジ対応で嫌な思いをすると、それまでの幸せな買物体験の記憶は吹き飛び、その店に対する印象は最悪の結果に終わってしまいます。「レジ対応」は、店の印象を決めるもっとも大切な最後の関所なのです。

「そんなこと分かっているよ」といわないで欲しい。マニュアル通りのレジ打ち作業と言葉使い、身だしなみ、笑顔を全店全員が徹底できている小売業は多くはありません。店の印象を決めるもっとも重要なコミュニケーションポイントであるにもかかわらずです。まさに凡時徹底が非凡を産む作業の典型が「レジ対応」です。

「100の指示より1の徹底」。ダメな組織ほど、社長、副社長、専務、常務、部長—etc.と、ありとあらゆる方向から膨大な異なった指示が現場に降り注いでいます。しかも、命令者はその時の気分で指示を出し、命令の出しっぱなしで報・連・相を要求しないから、現場は「やらなくても怒られない」ことが分かると、馬耳東風になり、「100の指示が来るが何もやらない」というダメ組織の典型になります。

行動改革で強い「企業文化」をつくる

企業の競争力は、「組織力」の強化です。そのためにもっとも大切なことは、「行動改革と強い企業文化づくり」です。意識改革をいくら教育しても、行動が変わらなければ意味はありません。経営者がいっていることと、現場の行動が異なる、つまり「いっていることとやっていること」の異なる組織では競争には勝てません。

「魂は細部に宿る」という言葉もあるように、現場での「行動」の細部を突き詰められるかどうかが勝敗を分けます。企業経営は、「企業文化づくり」に始まり、「企業文化づくり」に終わるといわれます。企業文化とは、その企業の「経営理念」や「経営哲学」が、単なるお題目ではなくて、その企業に属する社員全員の意識に深く浸透し、それが全員の「行動」の変化に結びついた状態のことをいいます。店数が増えれば増えるほど、行動改革を繰り返して、強い企業文化をつくることが、もっとも重要な経営対策になります。

小売業の教育は、現場の平均点を上げる教育であると同時に、結果よりも「行動(プロセス)」を評価する教育です。チェーンストアは、組織が有機的に連携し、チームワークで任務を遂行する組織です。そのためには、「結果管理」よりも、「プロセス(行動)管理」を重視しなければなりません。

一般的に、チェーンストア組織のスーパーバイザー(エリアマネジャー。7~10店を統括)は、担当エリアの売上・粗利・営業利益の数値責任を持ちます。しかし、「店長」は、売上責任の割合は少なくて、売上結果よりも、決められた行動・職務を徹底したかどうかのプロセスを評価する割合の方が高く、結果管理よりも、プロセス管理を重視します。

チームワークで任務を遂行する組織にとってもっとも重要なルールは、報・連・相(ほうれんそう)の徹底です。報・連・相とは、組織としてスムーズに仕事を遂行するための、上司への「報告・連絡・相談」のことです。仕事の問題点、解決策の相談・途中経過・終了報告を、指示を出した上司に伝えることで、個人プレーではなくて、チームワークで仕事を行う行動様式を徹底することです。報・連・相は、組織で仕事をするためのすべてであるといっても過言ではありません。

スーパーバイザーは「標準化」の徹底者

平均点を上げる教育とは、別の言葉を使えば「標準化」を進めることです。標準化とは、「バラツキを少なくすること」です。店舗によるバラツキ、人によるバラツキを極力少なくし、どの店に行っても一定の誤差の中で均質化されたサービスを受けられることがチェーンストアの本質的な価値です。

標準化を推進するためのキーマンがスーパーバイザー(≒エリアマネジャー)です。彼等は、担当しているエリアの店舗間格差を少なくするために、店舗を巡回し、不完全作業を摘発し、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)で、その場で手本を示して作業方法を教育し、人による作業のバラツキを減らし、「完全作業」の精度を高めることが最大の「職務」
です。

スーパーバイザーがOITで完全作業を徹底させる責任者であるならば、スーパーバイザーは最新の機械の使い方、最新の作業方法を常に習得し続けなければなりません。ややもすると、現場から離れて、最新のレジを使えない「上司」という役割だけのスーパーバイザーになってしまいます。スーパーバイザーは店内作業のプロフェッショナルでなければならないのです。

また、完全作業を徹底するだけでなくて、PDCA(プラン・ドゥ・チェック・アクション)を繰り返し、常に最新の作業方法などの新しい仕組みや制度を創り出すことも、スーパーバイザーの重要な職務です。いわれたことだけをやるのではなくて、新しい制度を創造し、それを新しいルールとして水平展開し、新しい作業方法をOJTで教育する「PDCAサイクル」も担当してもらいたいと思います。

また、小売業に属する実務家は、「現場感覚」を常に研ぎ澄ます必要があります。常に商品に触ったり、棚卸し作業をやったり、最新の現場作業を習得し続けることで現場感覚は磨かれます。現場感覚の鋭いスーパーバイザーや店長は、売場とバックヤードを見ただけで、およその「在庫金額」が分かるはずです。

セブンイレブンのOFC(オペレーションフィールドカウンセラー)の初期教育は、「棚卸作業」です。棚卸作業を繰り返すことで、売場を見ただけで在庫金額が分かるレベルまで商品と原価を覚えることが、OFCが経験する最初の教育だそうです。

(月刊マーチャンダイジング2011年7月号の「今月の視点」を一部修正して掲載)

「店舗数減少」でも売上を伸ばすウォルマート、ホームデポの戦略

アメリカの大手小売業は、新規出店投資を抑えて、EC、IT投資を拡大することで、既存店の売上を増やす方向に大きく舵を切っています。店舗数が減少しても、企業全体の売上を増やすためのオムニチャネル戦略の現状を分析してみます。

ウォルマートもホームデポも店舗数が減少している

月刊MDの読者が多い日本のドラッグストア(DgS)は、大量出店、陣取り合戦の真っただ中です。大手DgSは、今期も100店ペースの新規開店を継続しています。2020年の予測では、店舗数が1,000店を超える「4桁チェーン」のDgSが8社も誕生します。

一方、ウォルマート、ホームデポなどのアメリカの大手小売業は、この数年、店舗数を増やさないで、オムニチャネル化によって既存店の売上を増やす戦略に大きく転換しています。
図表1は、ウォルマートの過去5年間の店舗数の推移です。毎年、100店舗以上の新規出店を継続してきた同社ですが、2017年頃から出店ペースが鈍化し、2019年は前年比で約350店舗も店舗数が減少しています。

店舗数が約350店も減少しているにもかかわらず、2019年は前年比で2.9%も売上を増やしています。特筆すべきは、既存店売上伸長率が前年比で4.0%も増えていることです。

同様にホームデポも過去5年間、店舗数は横ばいです(図表2)。2019年は、2018年比で18店舗も店舗数が減少していますが、売上高は9.3%も増えています。ウォルマート同様に既存店売上伸長率が5.2%と高いことが、店数が減っても売上が増えている理由です。

オムニチャネル化で買物体験の質を向上

ウォルマートは、2019年期も実店舗とオンラインを融合させたオムニチャネル戦略を推し進め、新規出店投資を削減し、EC関連の投資を強化しました。オンラインで注文した食品を店舗の駐車場で受け取るオンライン・グローサリー・ピックアップ(カーブサイドピックアップ)の対応店舗は期末までに2,100店を超えました。また、オンラインで注文した食品を店舗のパーソナル・ショッパーが集め顧客の自宅まで届ける宅配サービス、オンライン・グローサリー・デリバリーを提供する店舗の数も800店に増えました。

オムニチャネル化を進めることで買物の便利性と選択肢を増やしたことが、既存店・既存顧客の売上増につながったようです。5年前の既存店売上伸長率が0.5%と低迷し、アマゾンの影響をモロに受けていましたが、2019年は既存店売上伸長率が4.0%と大きく伸びており、オムニチャネル化によるアマゾン対抗策の手ごたえを感じているようです。

一方、ホームデポは2017年から導入された「ワン・ホーム・デポ」戦略によって、オムニチャネル化を着実に進めています。店舗とデジタルのシームレス(つなぎめのない)な買物体験を推進し、顧客満足度を高めています。通常の店舗では3万から4万のアイテムが在庫されていますがが、オンラインでは100万以上のアイテムが販売されています。

オンラインでの買物は、BOPIS(Buy OnlinePickup In Store:オンライン注文、店舗でピックアップ)、BOSS(Buy Online Ship to Store:オンライン注文、店舗に配送)、BORIS(Buy OnlineReturn In Store:オンライン購入、店舗で返品)、BODFS(Buy Online Deliver From Store:オンライン注文、店舗から配達)の4つのプログラム(選択肢)を用意しています。オンライン注文した人の50%以上の顧客が「店舗ピックアップ」を選択しています。リアル店舗では在庫していない商品の売上が加わることで、店舗数が横ばいでも、既存店の売上を増やしているわけです。

日本のDgSは現在「大量出店時代」の真っただ中にあります。しかし、日本は人口が減少し、いつかは店舗数が飽和化し、大量出店時代は終わります。また、1店当たりの商圏人口が減少し、既存店の売上が低下する時代が必ず到来します。ウォルマート、ホームデポの現状は、日本の小売業の未来です。「オムニチャネルなどまだ先の話」と考えないで、売上減少時代に今から備える必要があると思います。