接客を仕組み化する「ルール」と「ツール」

前回は、ファネルの話をいったんお休みして、インストアマーチャンダイジング(ISM)の全体像について解説しましたが、また購買行動のファネル分析の続きに戻ります。ここまでは、お客が店舗を認知し、入店して、商品が目に入るところまでを説明しました。今回は商品をお客が確認し、接客を受け、カゴに入れるところまでを解説します。

接客ルールも標準化しチェーンストアの力を生かす

興味があったものを、お客は手にとり、購入するかどうかを検討します。本当にこれは自分が欲しいものなのか?価格はお値打ちなのか?そういったことを判断したうえで、カゴに入れる(=購入を決定する)のです。

ここでその商品をそのままカゴに入れるのか、ほかの商品に変更するのかを左右するのが接客です。「本当にこの商品が、自分が買うべきものなのか」ということをだれかに尋ねたいときに、お客は従業員に声を掛けます。

接客のフェーズになったときに、接客機会をいかにつくるかは顧客満足度の向上や、客単価アップなどの点から、セルフサービスの店舗にとって非常に重要なポイントです。

それぞれの売場に人がいて、お客がお声がけしやすければそれが一番よいのですが、少人数で運営している店舗においては、そのようなわけにもいきません。

売場に接客を要請するボタンを設置したりするなどして、「接客してほしい」という意思をお客が発信しやすくするというのは、顧客満足度アップのための手軽な方法のひとつです。昨今では、大型のホームセンターやドラッグストア(DgS)で、呼出ボタンを設置している店舗が見られます。

そもそも接客については、これまでほとんどのチェーンできちんと仕組み化されていませんでした。各社「接遇重視・接客重視」という割には、その接客の仕方は現場任せになっています。

一番確実なのは、ワークスケジュールに「接客の時間」をつくることです。最近は店舗に設置されたカメラで記録されたデータから、何曜日の何時に、どの売場にお客の滞留が多いというようなことの分析も可能になってきました。そのデータから「日曜日の15時から17時は化粧品売場のお客が多い」ということがわかれば、その時間帯だけは接客担当の従業員をその売場に張り付ける、というようなワークスケジュールを組むことができます。

もうひとつ考えるべきは「接客ルール」をつくることです。あるDgSには、お客が売場で10秒以上迷っていたら声をかけるというルールがあります。このようなルールを運用している企業は意外と少ないようです。接客の時間ひとつとっても「長く接客した方がいい」、「あっさり引き下がるべき」など、店舗運営部やスーパーバイザー担当者の考え方によって意見が分かれたりします。

このようなバラバラになっているやり方を共通化していくことは、チェーンストアの力のひとつです。共通化して、1,000店舗で同じ手順で業務を行うとき、その手順が5%だけでもよくなれば、全店舗が5%底上げされることになります。ですが、個別に改善しているのであれば、1店舗が5%よくなるだけなのです。接客ひとつとっても、チェーンストアは共通化することで大きなパワーになるのです。

カゴ・カートは手に取りやすいか?

商品を購入するという意思を持ったらカゴに入れます。ここで重要になるのが、カゴやカートをお客に持っていただくということです。

商品を持って店内を移動するとき、ひとつであれば簡単に持っていくことができますが、2つ以上のものを片手に持つのは難しいので、両手がふさがったところでレジを済ませたくなるものです。

ですから、買上点数を向上させるためには、まずはカゴやカートを手に取ってもらうことが重要になります。手に取りやすい、見つかりやすい場所にカゴが設置されているか。店頭のカートは気軽に動かせる状況にあるか、状態は良好かということは、あまり重視されていませんが、大切なチェックポイントといえるでしょう。

実店舗でもCVR(購買率)が重要になってきた

ECの世界では、商品詳細ページを1分半見たのに、結局買わなかったという場合は、当然のように分析されています。商品(情報)に接触した人がそれを買ったか、これは「コンバージョンレート(CVR)」と呼ばれる指標で興味を持った人の買上率です。CVRが低い場合は「商品の説明文を変えてみよう」「迷った人には後日割引クーポンを送ってみよう」などの取組みがなされるわけです。

そして、現在では同じことを実店舗でもやれる仕組みが整いつつあります。画像AIなどによる店頭のデータ分析技術が向上したおかげで「商品を確認したけれども、購入しなかった」というお客の割合を算出することができるようになりました。ですから、そこに対する打ち手を検討し、CVRを上げる施策も検討できるということです。

ちなみに、CVRはカテゴリーによって大きな違いがあります。たとえば、歯磨き粉のCVRを考えてみましょう。

有名メーカーの低価格帯の歯磨き粉は、手に取ったお客はほとんど購入するCVRの高いサブカテゴリーです。とくに不満もなく「家の在庫がなくなったからいつもと同じものを買おう」と計画購買される商品です。

一方、歯槽膿漏などに効果があるような、何百円~千何百円という価格の高付加価値型商品は、店頭の陳列やPOPを見て手に取るものの、そのままカゴに入れて購買に至る人はそう多くはありません。最終的には、懐具合などを勘案して「やっぱり低価格帯のものでいいや」と判断されるお客が少なくないのです。

このように商品によってCVRは違い、それをどう上げていくかは、サブカテゴリーごとに考えていくことが必要なのでしょう。

もうひとつ、かぜ薬カテゴリーについて例を挙げてみましょう。

家族で使う家に置いておきたい大容量のかぜ薬と、「この症状に効く」とうたったパーソナルなかぜ薬では、まったくCVRが違ってきます。安価で大容量の前者の商品は、低価格の歯磨き粉同様、いつも使っている商品で、計画購買で手に取ったお客はほぼ購入されます。

同じぐらいの価格でも3日分しか入っていない、パーソナライズされた症状別のかぜ薬の方は、「本当にこれが自分のかぜに効果があるのか」と迷った挙句、棚に戻されるお客が多くいらっしゃいます。

このような場合に効果があるのが接客です。本当にこのかぜ薬は自分に効果があるのか?ということに疑問を抱いているお客さまに対して、接客することで最後のひと押しになる可能性は非常に高いといえます。

押し売りは顧客満足度を下げる

お客は、①商品選択に関して、自らの知識が足りないから専門家のアドバイスが欲しい、とおもって接客を求めます。

あるいは、②アパレルや化粧品のように、「この色は自分に似合うだろうか」と、専門家ではなくても、第三者の意見が欲しいという領域もあります。お客が第三者の意見を求める理由は、①自分はAかBか判断はつかなかったけど、少なくても一人はAといってくれたらから、Aにしようと判断を委ねたいというのと、②決定を人に任せることで責任を転嫁できるということが挙げられるでしょう。

接客の際の商品の推奨は、きちんとよいものをおすすめすることができればリピートにつながりますが、逆におすすめされた商品が合わないと、次にその従業員に相談するモチベーションは下がります。

最悪のパターンは押し売りされた場合です。推奨商品の売上上位にいるパートさんを、実はお客はこっそり避けている…という話は枚挙にいとまがありません。顧客満足度に与える影響は大きいといえます。

近年は接客時の推奨商品の押し売りはだいぶ減ってきましたが、とはいえそれがお客に与えるストレスについては、どの企業も再考された方がよいようにおもいます。

オンライン商談、91.8%が今後も続くと回答

コロナ禍が小売業にもたらした変化のうち大きなものがコミュニケーションのオンライン化だ。さまざまなコミュニケーションがZoomなどのテレビ会議ツールを通じて実施されることが急激に一般化した。この傾向はこのまま継続するのか。本誌はWEBメディア「MD NEXT」を通じ2020年7月7日から7月12日に、読者を対象としてオンライン商談に関する緊急アンケートを実施。85件の回答を得た。本稿では月刊マーチャンダイジングの記事を一部抜粋し、現状を紹介する。(月刊マーチャンダイジング2020年9月号より転載)

メーカー勤務者の96.7%がオンライン商談体験

今回の調査の回答件数は85件。業種による内訳は小売業17名、メーカー61名、卸売業7名。

Q2は緊急事態宣言が出された4月7日から解除された5月25日を含む「2020年2月から5月のオンライン商談の状況」について質問したもの。小売業の64.7%、卸売業は42.9%、メーカーに至っては96.7%がオンライン商談を行ったと回答があった。

Q3は、この期間中、体感値でどれぐらいの取引先とオンライン商談をしたかという質問だが、全体で見ると8割と回答したのが14人。5割と回答したのが11人、6人は10割、つまりほぼすべての商談がオンラインになったと回答している。

Q3の回答を業種ごとにグラフ化したものを見てみると、小売業は8割と回答した人が3人、1割と回答した人が4人、0割の人が6人と「大半の商談をオンライン化した」「補助的にオンライン化した」「ほとんど使っていない」という回答が分散している状況。

緊急事態宣言解除後にオンライン商談ゼロの回答も

このような状況を通じて、緊急事態宣言解除後の2020年6月にはどのような状況かというのを全業種の人に尋ねたのがQ4だ。0割の20人、5割の19人が突出しているが、その他の回答は分散していて、全体的な傾向はつかみにくい。

緊急事態宣言期間中は、感染拡大予防の観点や、自社従業員の感染リスク削減のため、外部の取引先企業との対面による面談を禁止する企業がメーカー、小売ともに多数見られた。緊急事態宣言解除後である本記事執筆中の2020年7月時点でも、商談はすべてオンラインで実施しているという企業も見受けられる。一方で対面の商談を実施している企業もそれなりの数はあるということであろう。

人気のツールは圧倒的にZoom 。次いでTeams、Meet

Q5はオンライン商談で使ったことがあるツールについて、複数回答可で集計したもの。圧倒的にZoomの利用率が高い。また、MicrosoftTeamsや、Skype、Google Meetがそれに続く。なお、アンケートの回答項目にはWhereby、ベルフェイス、V-CUBEミーティングなどもあったが、こちらには回答がなかった。

メリットの圧倒的1位は移動時間の削減

Q6、Q7はオンライン商談のメリット、デメリットについての印象を、小売業とメーカーの回答からまとめたもの。

メリットの1位は、小売業もメーカーも突出して「移動時間の削減」を挙げる。とくにメーカーのセールスパーソンにとって、最大のアイドルタイムとなるのが取引先への移動時間をカットできるとあって

また、メーカー、小売業双方が、メリットの2位、3位として挙げている「商談時間の削減」「商談の目的が明確になる」というのはそれぞれリンクしているとおもわれ、「商談の目的が明確になったから、商談時間が削減できた」「雑談が減って、重要なテーマについてのみやりとりしたことで結果商談時間が短くなった」と推測できる。

「ごあいさつに立ち寄る」など、ちょっとしたフェース・トゥ・フェースのやりとりができなくなったことは、営業担当者によっては無駄な時間のカットになり得るし、ちょっとしたコミュニケーションが取りにくい歯がゆさを感じる人も多そうだ。

Q7のオンライン商談のデメリットとしては、小売業、メーカーともに1位「コミュニケーションの質が落ちる」、2位「提案・推奨しにくい」、3位「取引先によって使うツールが違う」の順。その他のデメリットとして「表情が読みにくく、デリケートな質問ができない」「反応が読みづらい」という、対面ならではでわかる「雰囲気」がわからないという回答が主にメーカーの方から寄せられている。

また、同じくメーカーの方から「製品の現物を触っていただくこと、売場展開を見ていただくこと、香りの確認などができない」と、オンライン商談の本質的な欠点を指摘する声もあった。

また、「複数人で話をしていると、発言のタイミングがつかめない」(小売業)、「一方的に話してしまいがち」(メーカー)など、やりとりがオフラインと違うことに対する戸惑いもあることがわかった。「パッションが伝わりにくい」(メーカー)という声も。オンラインになるとどうしても「味気ない情報のやりとり」になってしまいがちだが、それをどう克服するかという悩みが生じているようだ。

91.8%が今後もオンライン商談は続くと回答

Q8では、今後のオンライン商談に関する見通しを聞いてみた。実に回答者91.8%の人がなんらかの形でオンライン商談は続くだろうとしている。興味深いのは、「オンライン商談はなくなり、コロナ禍以前の状況に戻る」と回答した人がメーカーに11.5%いたのに対し、小売業では0%だったということだ。

「便利だが提案するのには難がある」「小売業は商談のオンライン化を受け入れないに違いない」と考えるメーカーに対し、「これは便利だ!」と前のめりにオンライン商談を導入していこうとする小売業の意向が、本調査によって浮き彫りになる結果となった。

「ウエルシア」はイオン(小売)の「営業利益」の50%を稼ぐ

イオングループの小売事業部門の中で業績が絶好調の「ウエルシアHD」は、2020年決算の売上高が8,682億8,000万円となり、ドラッグストア企業の売上高ナンバーワン企業に成長しました。アメリカ型の「調剤併設型ドラッグストア(DgS)」を目指すウエルシアHDの現状と過去を整理してみました。

イオン小売事業でダントツの成長率

図表1は、イオンの2020年2月期の連結決算の数値です。GMS、SM、ウエルシアHDの3つの事業を小売事業として計算すると、イオンの小売事業の営業収益(≒売上高)は7兆1,780億円です。ウエルシアHDの営業収益は8,832億円なので約12.3%を占めています。前年比成長率ではGMSとSMがマイナス成長なのに対して、ウエルシアは前年比11.2%も営業収益を増やしています(ウエルシアHDの単独決算では売上高8,682億8,000万円であり、若干数値が異なりますが、誤差の範囲として併記します)。

一方、ウエルシアHDの営業利益は350億円。GMS+SM+ウエルシアHDの合計の営業利益高が631億円なので、イオンの小売事業の営業利益高の約50%をウエルシアHDが稼いでおり、ウエルシアがイオングループの稼ぎ頭であることがわかります。営業利益率(営業収益対)は約4%と、GMSの0.2%、SMの0.6%と比較すると、ドラッグストア(DgS)の収益性の高さが際立ちます。

図表2は、新型コロナウイルスの影響が大きい第1四半期(3月1日~5月31日)の連結決算の数値です。ウエルシアHD、SMの小商圏業態の業績が好調なのに対して、大型ショッピングモールを開発・運営する「ディベロッパー」の営業収益が前期比マイナス31.6%と大きく落ち込んでいます。また、大型ショッピングモールの核店舗である「GMS」の営業収益も前期比マイナス6.4%です。

さらに、大型ショッピングモールのテナント事業である「サービス・専門店」の営業収益も前期比マイナス27.1%です。新型コロナウイルスの短期的な影響と分析する人もいるかもしれませんが、イオンは「大型ショッピングモール」という、これまでの核になる事業の根本的な見直しを迫られているのではないかと思います。

ウエルシアは平成に最も成長したDgS

ウエルシアHDは、平成時代の中期から後期にもっとも成長したDgS企業です。ウエルシアHDの前身は、創業者の(故)鈴木孝之氏が1965年(昭和40年)に埼玉県春日部市に開店した「一ノ割薬局(鈴木薬局)」です。当時の年商は7,000万円弱の零細商店からの出発でした。

同社の驚異的な成長の原動力は、「日本一のドラッグストアをつくる」という壮大なビジョンを共有する仲間たちとの出会いと、合併戦略です。鈴木孝之氏は、春日部の商店街の薬局経営を経た後、1995年(平成7年)に株式会社グリーンクロスと社名変更し、同年4月に埼玉県上尾市に郊外型大型店の1号店を開店しました。

1995年(平成7年)のマツモトキヨシの売上高が1,000億円を突破していたことと比較すると、当時のウエルシアの前身は、DgSの成長レースのスタートラインにも立っていなかったことがわかります。しかし、25年後の2020年にはマツモトキヨシの売上高を超えて、DgSの売上高日本一になりました。まさに奇跡的ともいえる急成長でした。

急成長の原動力は合併戦略です。1997年(平成9年)に同業の株式会社コアと合併し、株式会社グリーンクロス・コアに社名変更したことが最初の合併です。グリーンクロス・コアの飛躍の大きなキッカケになったのが、2000年(平成12年)にジャスコ株式会社(現イオン)と業務・資本提携を行ったことです。そこからウエルシアHDの大量出店が始まり、2001年(平成13年)にはジャスダック市場へ店頭公開を果たしています。

その後は、地方の名門DgSとの合併を繰り返しながら成長してきました。2015年(平成27年)には、昭和の時代から日本のDgSづくりをリードしてきた「CFSコーポレーション(旧ハックキミサワ)」をウエルシアHDが子会社化しています。時代の移り変わりと栄枯盛衰を象徴するような出来事でした。そして創業者の鈴木孝之氏が亡くなられた後の2014年11月に、イオン株式会社がTOBによりウエルシアHDの株式の51%を取得し、イオンの連結子会社になって現在に至っています。

調剤併設DgSがウエルシアのビジネスモデル

ウエルシアHDは、薬剤師である鈴木孝之氏が創業期から一貫して「調剤併設型DgS」を事業の根幹として据えており、その理想はまったくぶれませんでした。10年ほど前は、調剤は手間がかかるし、薬剤師の人件費がかかるので、調剤併設に二の足を踏むDgS企業も多かったと記憶しています。

しかし、2020年のウエルシアHDの調剤売上高は1,554億5,200万円と大きく成長しました。ウエルシアの既存店売上高成長率の高さは、調剤部門の伸び率がけん引しています。調剤薬局最大手の「アインHD」の調剤売上高約2,500億円に迫るほどです。10年前のウエルシアHDの調剤売上高は、アインHDの調剤売上高の10分の1以下だったことを考えると、この10年間の調剤事業の成長率の高さが実感できます。調剤構成比の高い米国型の「調剤併設型DgS」に向かって着実に歩みを進めてきたことがわかります。

ウエルシアHDの調剤の売上構成比は17.9%です。ウォルグリーンなどのアメリカのDgSの調剤の売上構成比は70%を超えています。米国DgSと比較すると、ウエルシア調剤の売上構成比はまだまだ低いですが、ウエルシアHDの調剤比率は年々高まっています(前年の調剤構成比は16.7%)。

アメリカのDgSは、医者が書いた処方箋の調剤薬を提供する「地域でもっとも身近な医療機関」と位置付けられます。売上高に占める調剤比率が70%ということは、純粋な小売業ではなくて、医療機関が物品販売も行っている業態と表現してもいいくらいです。2018年のGallup調査によると、アメリカで「最も信頼される職業」のトップ3は、1位は看護師、2位は医師、3位は薬剤師です。アメリカの薬剤師は、自宅から近いDgSで働いていて、気軽に相談できて、かつ信頼のおける資格者として、アメリカ人の日常生活になくてはならない存在になっています。

鈴木孝之氏は生前の2013年1月に発行した『運と縁に導かれて』という書籍の中で、「5年以内を目標に調剤の売上構成比を50%に持っていきたいと考えている」と述べています。薬剤師でもある鈴木孝之氏は、薬剤師がもっとも身近な医療関係者として活躍するアメリカのようなDgSの実現を夢見ていたのだと思います。

DgSの市場規模7兆5,000億円に匹敵する「調剤市場7兆7,000億円」のシェアを獲得することが、次の10年のDgSの成長を左右するといっても過言ではありません。将来的にはアメリカ並みの調剤構成比のDgSが誕生する可能性も現実味を帯びてきました。(故)鈴木孝之氏は、創業のころから「先見の明」があったのだと思います。

「商業界」滅びるとも、「商業界精神」は死なず

2020年4月、70年の歴史があった老舗出版社の「商業界」が倒産しました。商売の王道である「商人道」を説き、多くの商人に多大な影響を与えた続けた商業界精神は、会社は滅びても永遠に語り継がれるべきものだと思います。

会社はなかなか潰れない だから革新が遅れる

私事で恐縮ですが、23年前(1997年)に月刊MDを創刊する前に勤めていた株式会社商業界が4月2日に倒産しました。私は、独立する直前まで商業界の月刊『販売革新』の編集記者でした。販売革新という雑誌は、日本のチェーンストア産業の「理論」を支えてきた流通業界の歴史に残る稀有な雑誌だと思います。

その雑誌で働いたことで、小売業の理論の多くを学ぶことができたことを今でも感謝しています。亡くなられたペガサスクラブの渥美俊一先生などの流通業界の一流コンサルタントの皆さんとの出会いも、その後の記者としての理論構築に大いに役立ちました。販売革新に在籍していたことは誇りでしたので、その会社が倒産したことは正直ショックでした。

私が商業界を辞めた理由の第1は、編集方針の違いでした。当時の最大手だったダイエーを礼賛する記事ばかり書いていました。ダイエーの創業者の息子が鳴り物入りで開店した「ハイパーマート」という新業態を取材に行くと、「便器がなくて下を水が流れている昔の小学校のようなトイレ」でした。トイレを簡素にしてまでローコスト経営にこだわったのかと当初は感激しました。

しかし、一級建築士に聞くと、特注だからTOTOの普通のトイレの方が安いと言われました。つまり、わざわざコストをかけてローコストを演出していたわけです。上司に褒めてもらうためだけに。こんな新業態を礼賛したら「販売革新の名がすたる」と会議で反対しましたが、まったく意見は通りませんでした。

また、当時勃興期のドラッグストア向けの雑誌を創刊すべきだと、役員に進言しましたが、これも完全にスルーされました。だったら自分でつくってやると、若気の至りで月刊MDを個人で創刊してしまったわけです。

辞めた理由の第2は、「年齢給一本」という異常な給与体系だったことです。赤旗系の労働組合が強く、能力・職務に関係なく「年齢を聞けば給料がわかる」という会社でした。当時、経営者を除くと、一番給料の高かった社員は、地下のボイラー室で働く50代後半のボイラーマンでした(本当の話です)。私はほとんど参加しませんでしたが、賃上げの時期には過激なストライキも実施していました。

「こんな会社いつかは潰れるさ」と思って独立しましたが、倒産したのは独立から23年後です。会社はなかなか潰れないものです。だから、現状維持に甘んじて、革新が遅れて、気が付いたら手遅れになってしまうのです。

独立して初めて経営の全体像が理解できた

37歳で独立して最初に痛感したことは、「会社をやめればただの人」という悲しい現実です。販売革新時代に親しかった小売業の経営者や、経営コンサルタントからは露骨に距離を置かれました。そりゃあそうだ。天下の『販売革新』を敵に回して独立した、ただの平社員を応援する稀有な人などいるわけもありません。多くの人がニコニコ笑いながら後ずさりしていた光景を今でも忘れません。

苦労もありましたが、独立して良かったこともありました。良かったことの第1は、販売革新の名刺ではなくて、月刊MDで積み重ねてきたことを正当に評価してくれる多くの新しい出会いがあったことでした。「人は他人には興味がないが、誰も見てないわけではない。努力すれば必ず誰かが見ている」という人生の格言を体験することもできました。

独立して良かったことの第2は、会社経営の全体像を自然と理解できたことでした。サラリーマンの記者時代は、知識はあっても、経営のリアリティはわかりませんでした。販売革新に在籍中に「低損益分岐点回転率」というトンデモ理論を唱えていた経営コンサルタントがいました。商品回転率の低い「死に筋在庫」を売場に山積みすれば、損益計算書が改善し、営業利益が増えるという理論でした。販売革新時代の私は、「それはすごい理論」だと思って、そのコンサルタントに執筆してもらったこともありました。

しかし、独立して自分で会社を経営すると、不良在庫も資産なので、短期的には営業利益が増えるが、不良在庫は現金化できないので、いずれ資金繰りが悪化することがわかりました。月刊MDは余分に在庫を持たない主義ですが、経営が悪化して赤字を黒字にする方法は簡単です。月刊MDを余分に印刷し、在庫資産として計上することです。そうすると、あら不思議。赤字が黒字に変わります。

でもいずれは資金繰りが行き詰まります。そして、雑誌の不良在庫を廃棄すれば、利益が大きく減少します。小売業のPB開発の失敗と同じ理屈です。自分で会社を経営することで、キャッシュフローの重要性を身をもって知ることができました。これは、貴重な経験であったと思います。

余談ですが、絶好調のドラッグストアが不良在庫資産を損失計上せず、大量返品でカバーしているとしたら、短期的には良いが、長期的にはしっぺ返しを食うと思います。商売には「王道」と「覇道」があります。自分だけが良ければいいという「覇道経営」が必ず行き詰まることは、歴史が証明しています。

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ

残念ながら商業界は経営破綻しましたが、商業の歴史に残る多くの経営者に大きな影響を与えてきた「商業界精神」と「商売十訓」は普遍的な価値観であり、後世に伝えるべき歴史的な精神であると考えます。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉は、初代ドイツ帝国宰相のビスマルクが残した言葉です。個人の「経験知」ではなくて、歴史を学ぶことは多くの先人たちの「集合知」を勉強することです。集合知を知ることは、未来への正しい判断を導くものだという格言です。未来への経営判断を間違わないためにも歴史を学ぶ必要があります。

「商業界精神」と「商売十訓」は、商人の歴史を研究し、長い期間の歴史の風雪を乗り越えて語り継がれた普遍的な価値観や哲学を、現代の言葉に編纂したものでした。下記の商売十訓に書かれている言葉は、当時の多くの商人達に多大な影響を与えました。たとえば商業の「暗黒面」に堕ちそうになった時に、商売十訓に書かれている言葉で救われた小売業経営者も多かったと思う。

商売には、「王道」と「覇道」があります。商売十訓は、「自分たちだけが儲かればいい」という商売の「覇道」の暗黒面に堕ちるのではなくて、従業員や社会の幸せに貢献する「王道」を進むべきという戒めを言葉にしたバイブルです。「商業界滅びるとも、商業界精神は死なず」という言葉を古巣に送りたいと思います。
(この記事は月刊MD5月号で掲載した記事を再編集したものです)

エッグスンシングスが発表したウィズ・アフターコロナの飲食店構想

EGGS ‘N THINGS JAPAN株式会社は2020年7月27日、非接触型「AIアバターレジ」構想記者発表会を開催し、ウィズ/アフターコロナ時代の飲食店運営を目指すための「Customer Along Service(CAS)」構想を発表した。(ライター:森山和道)

EGGS ‘N THINGS JAPAN株式会社は2020年7月27日、非接触型「AIアバターレジ」構想記者発表会を開催し、ウィズ/アフターコロナ時代の飲食店運営を目指すための「Customer Along Service(CAS)」構想を発表した。

「CAS」は飲食業界のDX(デジタルトランスフォーメーション)を目指す構想で、エッグスンシングス各店舗で試験導入中のスマートフォンを活用した「事前注文システム」「テーブルオーダーシステム」、タグを使った「カスタマートラッキングシステム」、そしてAI スタートアップのウェルヴィル株式会社と共同開発した飲食店向け非接触型「AIアバターレジ」等からなる。「AIアバターレジ」は10月に実証実験を行う予定。既に導入中の「事前注文システム」「テーブルオーダーシステム」、「カスタマートラッキングシステム」はEGGS ‘N THINGS JAPANの親会社であるクージュー株式会社と、ウェルヴィルが共同出資して設立したRetar(レター)株式会社から販売する。アパレルなど飲食業以外の業態への横展開も視野に入れる。

飲食業のDXはコロナ禍前から必要だった

EGGS ‘N THINGS JAPAN株式会社 代表取締役 松田公太氏

会見ではまず、エッグスンシングス代表取締役の松田公太氏が、外食産業の現状と、同社のITシステム導入成果、「AIアバターレジの構想」、「アフターコロナ時代の飲食店DX推進」等について解説した。新型コロナ禍のなか、外食に限らず、テナント型事業者にとっては出口の見えない状況が続いている。エッグスンシングスでも5月の前年比売り上げは9割減。6月になって客足は戻ってきたが35%減、さらに7月になって感染者数が増えるとその度に売り上げが減り、7月は6月と比較しても厳しい状況だという。

松田氏は「この状況はワクチンが開発されて世界に行き渡るまで続くと見ている」と語った。そして、ワクチンが出来たとしても「以前のようには戻らない」と見ており、「新しい生活様式(ニューノーマル)のようなパラダイムシフトが起きている」と述べた。

多くの企業はテレワークを推進しており、オフィスに集まらなくても事業ができるかたちを目指すことになる。テレワークが進むと、昼間にオフィス近辺でランチを食べることもなくなる。そうなると飲食業の多くは過去の売上と比較すると70%~80%に減少すると見ているという。これは厳しい数字で多くの外食産業は赤字になってしまうことを意味している。

特にイートイン型業態は非常に難しい。いっぽう、テイクアウト型は売上を伸ばすことができているところもある。なかには社長自らがデリバリーをやっているところもあるという。しかし、デリバリーを加えても前年比9割くらいにまでしか戻せないのが現状だ。飲食業は損益分岐点が非常に高く、9割でも赤字になるところが多い。営業利益は4%、5%程度しかないからだ。

ただし、コロナ禍で状況は加速しているものの、飲食店が置かれている厳しい状況は以前から続いていたものでもある。そのため、松田氏は昨年からクージュー社ではシステム開発を続けてきたと紹介した。そして、外食産業が生き残っていくために必要なシステムとは「食のホスピタリティの進化=DXの必要性」だとし、「DXを早急に実現していかないと外食産業はどんどん潰れる」と続けた。デリバリー等を活用することで売上を90%くらいまでは戻せるとしても、残りの1割をカバーするには、RPAのようなIT技術や、AIを駆使して生産性を上げていくしかない。

しかし、食の世界でIT化による効率化を進めるとホスピタリティがなくなってしまい、サービス力が下がってしまうのではないかという懸念もある。松田氏も「飲食は人と人が接して、出来立ての料理を運ぶことから温かさが生まれる」と述べ、「人を介することが飲食業においては重要だと思っている。人の手を介するからこそ感動が生まれる」と強調した。「人を介することが飲食業においては重要だと思っている。人の手を介するからこそ感動が生まれる」と語った。効率化の推進と同時に、人の温もりの良さ、心を込めて作るということを残しながら、外食産業が利益を出せるようにしていかなければならないと考えているという。

「テーブルオーダー」は注文・会計時間を月に250時間削減

顧客に寄り添う食のDX「Customer Along Service」構想

今回発表された「Customer Along Service」は、効率化だけではなく顧客に寄り添っていこうというコンセプトのもと、DXを進めていこうという構想だという。顧客一人一人に価値を提供できるITサービスであり、顧客側から見ると、個々にあった趣味嗜好を把握した事細かなサービス提供、コロナ禍の非接触環境の提供やスマートなオーダーなどが可能になる。店舗側から見ると決済処理の実現、そして作業はITに任せることでオペレーションを効率化、空いた時間をさらなるホスピタリティに専念できる職場環境の実現などを目指す。そして飲食だけではない他業種との連携により、お互いに顧客をフォローしあい、ロイヤリティを向上させていく仕組みの実現を目指す。

顧客と飲食その他の業態で価値向上を目指す

「事前注文システム」、「テーブルオーダーシステム」、「カスタマートラッキングシステム」の3つは既に御殿場店等の実店舗で稼働している(https://order.eggsnthingsjapan.com)。AIアバターレジの実用化は10月から実証実験を行なっていく。

事前注文システムはスマホを使って顧客が来店前に専用ウェブサイトから商品の注文と決済を行うシステムだ。エッグスンシングスではコロナ禍前から開発を進めていたが、松田氏は昨今のモバイルオーダーシステムの乱立状況についても触れて「一挙にレッドオーシャンになってしまった」と語った。

スマホを使った事前注文システム
スマホ画面

「テーブルオーダー」も、顧客が自分のスマホとQRコードを使って注文するシステムで、使うことでレジに並んで決済する必要がない。店舗側からすると顧客案内やレジ作業がなくなり、人件費削減につながる。実証実験の結果、見えてきた現状としては、特に「テーブルオーダー」は来店客の1/4が使用しており、注文・会計時間を月に250時間削減することができたという。

「テーブルオーダー」システム
スマホでQRコードを読み取って注文する
実証実験の効果

顧客の店舗内位置情報を把握する「カスタマートラッキングシステム」

顧客の店舗内位置を把握する「カスタマートラッキングシステム」

いっぽう、「カスタマートラッキングシステム」は飲食業においては本邦初だという。タグを用いることで顧客が店舗内のどこにいるかを追跡することができる。レジでオーダーと決済を済ませた顧客に小型のタグを渡す。そのタグの位置を店舗が追跡する。

「カスタマートラッキングシステム」のタグ
顧客の店舗内位置を追跡可能

フードコートで渡される呼び出しベルに似ているが、振動や音はない。また番号札方式と違って顧客側が番号を気にしたり、店員が探し回る必要がない。松田氏は「煩わしさを全て解消できる」もので、これによって顧客は「仕組みに縛られることなく自由な感覚でカフェを楽しめる」と述べた。

同時に、トラッキングシステムなのでさまざまなデータも入手可能だ。どの顧客が何分待ってるかも把握できるし、動線もわかる。これらのデータの蓄積・解析が可能で、今後は蓄積したデータを飲食だけでなく、アパレルともコラボするなど、外に出て繋がる仕組みを考えているという。

デバイスをモノに貼って顧客を個別認識する「カスタマートラッキングシステムVer.2」

タグを活用した「カスタマートラッキングシステムVer.2」

今回、「カスタマートラッキングシステムVer.2」も同時に発表された。これはドリンクの持参タンブラーやサラダボウルなどにタグをつけることで、顧客がいつも頼むメニューや好みなどを自動把握したり、自動決済を実現する仕組み。これによって「顧客との接点がレジではなくバリスタになる」と松田氏は述べた。これまではレジが顧客接点だったが、バリスタやシェフのような、提供飲食物の作り手が顧客とコミュニケーションするべきだというのが松田氏の考え方であり、「Customer Along Service」が掲げる、ITによるホスピタリティを深めることができるようになるものだという。

具体的な技術の詳細については明らかにされなかったが、Bluetoothを活用しているという。

顧客の好みの把握や自動決済を実現する

対話で完全非接触を目指す「AIアバターレジ」は10月から

AIアバターレジ

「AIアバターレジ」は、AIアバターを使った受注決済システム。タッチパネルを用いたセルフレジとは異なり、完全非接触型の注文を実現する。開発したウェルヴィル株式会社CTOの樽井俊行氏は、AIアバターレジは、アバター、決済、AI対話の3つの機能で構成されていると紹介。特にAI対話はAIが人間に対して会話をリードすることがポイントとなっており、音声をテキスト化し、言語を解析して合成音声とアバターで応答することができる。会話は書き言葉とは異なり、意味的に曖昧だったり、主語が省略されることも多い。だがこのシステムは省略された部分を補って正規化を行い、何を言おうとしているのか認識することができる。内容は全てデータ化しており、最終的に合計金額の計算や精算処理、調理指示などに回すことができる。ホール内でのテーブル案内なども可能だ。

AIアバターと会話でやりとりすることでオーダーする
ウェルヴィル株式会社CTO 樽井俊行氏

AIアバターには現実のスタッフの姿を使っている。松田氏はAIアバターレジの次のステージとして、来客に対してどういうスタッフが出て行ったらコミュニケーションを図れるのかについても突き詰めていきたいと述べた。

一連のサービスを販売するレター株式会社代表取締役 久木田敬志氏は「飲食以外にも提供していきたいと考えている」と述べた。販売価格については「事前注文システム」と「テーブルオーダー」は月額2万円~3万円を想定するが、詳細は対象店舗数などで変動する。クラウドシステムであるため、規模感は特に制限なく対応できる。大型店舗の場合は与件定義を行い、都度カスタマイズしていく。「カスタマートラッキングシステム」については現時点では決まってないという。「AIアバターレジ」に関しては、「人件費を半分くらいにできるようなイメージでの提供を考えている」とのことだった。

Retar株式会社 代表取締役 久木田敬志氏

関東に本格進出する「不況の申し子」コスモス薬品

新型コロナウイルスの影響で、小売業にも大きな変化が訪れている。一方でドラッグストア(DgS)はインバウンドの構成比が大きかった企業を除き、おおむね好調だ。くしくも、こうした時代の変わり目と同時期にコスモス薬品が関東への本格出店を開始。変わる時代、コスモス薬品の戦力分析を軸にDgSの戦い方を考える。(本誌編集長 野間口司郎/月刊マーチャンダイジング2020年7月号より編集の上転載)

宮崎で生まれ、商勢圏を拡大 600坪が標準フォーマット

福岡市に本社を置くコスモス薬品は、1973年宮崎県延岡市で創業、1983年同市にコスモス薬品岡富店を開店、1993年には宮崎市に本格的なDgSをオープンし多店舗展開していく。1999年には初の300坪型のDgSを日向市に出店。食品が充実しEDLP(毎日低価格)で販売する営業スタイルは近隣の支持を集め繁盛する。

このころから、繁盛店の近隣に新店をオープンさせ、1店舗当りの商品回転率や販管費を標準化するというチェーンオペレーションを徹底し、密度の高いドミナント出店を今日まで継続している。

宮崎県から九州全域をドミナント化すべく出店を重ね、2003年には初の600坪タイプの店舗を熊本県人吉市に出店。現在の主力フォーマットの原型である。

関西までの出店傾向を見ると、開発のしやすさや将来性などを見て効率のよくない地域は深追いせず、他県や他商勢圏への出店を優先させているように見える。

一方注目は出店強化を宣言している関東だ。人口を見ても関東が魅力ある土地であることは歴然としている。あくまで計算上だが福岡県のドミナント率で出店すれば東京都だけで400店以上の出店余地があり、これに埼玉県、神奈川県、千葉県が加われば関東はまさしく「肥沃な大地」である。2021年5月期以降20〜30店舗を関東へ出店するとのことだ。

出店に関して、同社の横山英昭社長は2020年5月期第二四半期の決算説明会で次のように語っている。

われわれは店舗年齢を若く保つことが競争力だとおもっている。コスモス薬品は地名度のないところに多額の投資をして新店を出している。3年間は赤字だがそれを過ぎると利益を生む店になる。車でたとえれば出店後3年間はローギア走行、それ以降はトップギアに入り飛躍的な貢献をする店舗になる。成長には出店が必要だとおもうので、今後も年間100店程度の出店を続ける。来期以降関東に20〜30店を出店したい。われわれは『コスモス薬品』というひとつの業態をつくったとおもっているので他社がいる場所でも出店し独自の業態で根付いていきたい。出店余地はまだあるし限界値があるともおもっていない

11年平均で12.4%ずつ店数を増やし決算資料によると2020年2月末時点の店舗数は1,041店、DgSでM&Aなしで「4桁出店」を果たしたのは同社のみだ。計画的な自力出店がゆえに退店数も少ない。改装も積極的に行っており横山社長の発言のように店舗年齢を常に若く維持している。

10年間でM&Aなしで売上高3.4倍に拡大

コスモス薬品の過去11年の決算数値を見てみると、売上高は2009年と2019年比で343.8%と11年で約3.4倍に拡大。既述のようにM&Aなしの自力成長である。

2020年5月期は原稿執筆時点(5月中旬)では未決だが通期予想では6,585億円とされている(前期比7.7%)。(7月の決算発表によると、売上高は6844億円で着地、前期比12.0%増であった)

2025年には売上高1兆円を目指す。2020年5月期予想の6,585億円を起点に直近の成長率7.7%で計算すると2025年には9,542億円になり、2025年自力1兆円は現実的である。

これまでの成長を振り返ると、2006年の1,000億円突破まで、本格的なDgSを開店した1993年から数えると13年を要している。4年後の2010年には2,000億円を、その3年後の2013年に3,000億円を、その後2年刻みで4,000億円、5,000億円、6,000億円を突破。10年余りをかけコスモス薬品の基本モデルを完成させ、その後は出店を継続することで築いた土台の上に実績も積み重ねている。

粗利益率を見ると、この11年おおよそ19〜20%台の幅に収まっている。20%を超えたのは2009年の1度だけ。販管費率は2009年の17.2%を除けば14〜15%台を維持。販管費の増加率を見ると人手不足で人件費が高騰傾向にあった2019年5月期でも10.8%に抑え、過去の増加率を下回っている。

こうした緻密に計算された粗利、販管費により営業利益率は11年平均で4.2%。

食品の構成比が5割を超え業界屈指の低価格販売を行っていることを考えれば、販管費のコントロールは当然だが、利幅の大きなHBC(ヘルスアンドビューティケア)で利益を挙げ巧みにマージンミックスしているとおもわれる。化粧品やヘルスケア商品で同社の推奨力、接客力は高く、取組み商品で利益を挙げる技術を持っている。

期末現金及び現金同等物残高は直近で190億2,200万円、直近の同じ名目でウエルシアHD375億9,900万円、ツルハHD437億円、スギHD563億4,700万円。順調にキャッシュを残しているが、大手他社と比較して出店への投資が大きい分、売上高との比率では低くなっている。自己資本比率も経年で高めており、安定性を増している。

「コロナ不況」はコスモス薬品飛躍のステップボードになるか

売上高伸長率は11年平均で13.8%と高度成長を見せている。特に2009年5月期は約20%、続く2010年、2011年も15.5%と大きく伸びている。2008年はリーマンショックが起こった年であり、日本の実質GDPはマイナス3.7%と大きく落ち込んだ。翌2009年もマイナス2.0%で当時、戦後最悪ともいわれた不況下に同社は大きな成長を遂げている。

生活必需品を中心に品揃えをしているDgSは比較的景気に左右されにくいが2009年他社の売上高伸長率を見ると、当時売上1位だったマツモトキヨシHDが0.3%、同2位のスギHD9.7%、3位ツルハHD10.6%(2009年ウェルネス湖北子会社化)、4位カワチ薬品4.1%とコスモス薬品の強さがわかる。東日本大震災があり景気後退した時期を含む2012年5月期も17.6%と大きく飛躍している。社長自らが自社を「デフレ不況の申し子」と呼ぶゆえんである。

–続きは月刊マーチャンダイジング2020年7月号でご覧ください

・11年間の経営数値推移
・他社の出店状況との比較
・他社の経営数値との比較

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整理整頓のような「平凡」なことを徹底できることは「非凡」である

ポストコロナ社会の小売業にとって最も重要な経営課題のひとつが「クリンリネス」です。不潔な店は「感染リスク」が高いと感じる消費者がコロナ前よりも間違いなく増えます。クリンリネスは、当たり前のことが当たり前にできることが重要です。小売業の現場作業の格言である「凡事徹底」がますます重要になります。

ポストコロナ社会では汚い売場からは女性が逃げる

毎年実施しているドラッグストアの顧客満足度調査で、ミステリーショッパー(覆面調査員)の女性が、「汚い売場は女性が逃げる」というコメントを残したことがあります。その店で商品を「買わなかった理由」の第1位が、「売場が汚い、テスターが汚れていた」というクリンリネスに関する項目だったからです。

小売業というのは、「基本の徹底がなによりも重要」ということを再認識したと同時に、売場や商品が汚れていても、平気で放置している店舗が予想以上に多いことに驚いたものです。しかし、ポストコロナ社会では、「汚い店」は間違いなく選ばれなくなる店になります。

冒頭の図表は、店頭の現場力を高める5ヵ条を整理したものです。その中の2項目が「整理整頓」「クリンリネス」と売場を清潔に保つ項目です。すべての項目は、だれにでも理解でき、だれにでも実行できる「当り前のこと」です。しかし、当り前のことを全員で、全店で、100%実行することは、とても困難なことであります。

「小売業とは、だれにでもできることを、だれにもできないくらい徹底する」ことが、最大の差別化戦略です。ダメな組織ほど、本部から、店頭や店長に対して、商品部、店舗運営部、社長、副社長、専務—etc.と、ありとあらゆる方向から、ありとあらゆる異なった指示が嵐のように降り注いでいます。

大体、指示を出す側は、指示を出すことで安心してしまうので、指示が実行されたかどうかは確認しないまま放置されます。店頭現場では、指示を実行しなくても叱られないということが分かると、必ず、指示を左から右に受け流すようになります。

そして、本部からの指示・命令は、現場では実行されず、「指示の屍」が累々と積み上げられていく。実は、こういう組織ってほんとに多いんですよね。したがって、小売業の店頭実現力を高めるためには、「100の指示より1の徹底」という意識をなによりも優先することが大切です。

100の指示より1の徹底を重視せよ

江戸時代の商家である三井家で、享保年間の初期に、組織のタガが緩んで業績が悪化した時期があったそうです。創業家(オーナー経営者)が業績回復のために、ありとあらゆる指示を出しましたが、一向に現場では実行されませんでした。しかし、ある番頭さん(サラリーマン経営者)が、ただひとつの指示だけを徹底するという組織改革を断行しました。

その「ただひとつの指示」というのは、当時の商家は、住み込みの丁稚奉公でしたから、全員が「門限を守る」というひとつのルールを徹底することだけでした。だれにでもできる簡単な決まりを、たったひとつだけ守ることを、番頭さんは従業員と約束した代わりに、その決まりに関しては100%妥協しないことを徹底しました。

妥協しないとは、1分でも遅れたら、門を閉めて締め出すルールを厳守したことです。寒い夜に外に締め出すのは可愛そうだからと、同情して門を開けることは絶対にしないことを徹底したのです。結果として、たったひとつの決まりを、全員が守るようになることで、組織は活性化し、企業文化は変わり、業績も回復したそうです。現代にも通用する「組織改革のセオリー」が、その逸話の中にあると思います。

また、以前ある経営者が、新社長に就任した際に、「仕事が終わって帰社する時に、机の上のもの(書類や本、事務用品など)をすべて引き出しにしまって、机の上に何も置かないで帰る」という決まりだけを徹底したそうです。

その経営者は、あれこれやりたいのを我慢して、図表の「整理・整頓」の1点を全員で守り、徹底することだけに、こだわったそうです。「机の上に何も置かないで帰る」という、だれにでもできそうな決まりも、実は全員で徹底するのは簡単なことではなくて、繰り返しいい続けて、何ヵ月もかかって、やっと徹底することができたそうです。

ところが、不思議なことにひとつのことが徹底できると、2番目、3番目の「決まり」を徹底する速度は、確実に速くなるそうです。つまり、ひとつのことを徹底することが、組織を活性化する近道だということが分かります。そういう意味で、図表の「整理・整頓」と「クリンリネス」の徹底は、小売業がまず実行すべき基本中の基本です。

とくにドラッグストアの場合、化粧品売場のクリンリネス、整理整頓の徹底は喫緊の経営課題です。使い捨ての小さなスポンジの設置と維持、消毒液の徹底が、選ばれる店になるためには不可欠です。化粧品売場では、定期的に「消毒タイム」を設けて、「これから売場を消毒しまーす」と声を出して、来店客にクリンリネスに配慮していることをアピールすることもとても重要だと思います。

コロナに関連して働けなくなった従業員への休業補償は?

今春は、新型コロナウイルス(以下、コロナ)の感染拡大防止のために、休業や時短営業をする小売店も多く、そのなかで企業や従業員への休業補償についても連日、ニュースで報じられてきました。今回は平時でも存在する従業員に対する休業補償制度を中心に、従業員自身がコロナに感染してしまった場合も含めて、どのような休業補償があるのかを解説します。

感染が労災認定されると受けられる保険給付

まず、従業員がコロナにかかったことが労災(業務災害、通勤災害)と認定された場合は労災保険(労働者災害補償保険)による休業補償が考えられます。

具体的には、休業してから4日後から、(働けない間は)業に関する給付が受けられます。金額は、平均賃金の8割に相当する額です(※1)。

ただし、労災認定については、「第1回 明日は大雪 !? 出社するべき、させるべき?」の記事でも解説したように、通勤や業務が原因であることが必要となります。

明日は大雪 !? 出社するべき、させるべき?

 

この点、一般的には(因果関係が証明しづらい)病気の労災認定は事故よりは難しいとされますので、コロナに関しても、同様のことは言えるでしょう。

なお、コロナの労災認定の判断基準としては、「感染経路が特定されたこと」などが、厚生労働省から示されています(※2)。

※1:休業給付基礎日額×60%の休業(補償)給付と、同×20%の休業特別支給金

※2:「新型コロナウイルス感染症の労災補償における取扱いについて(4月28日)
https://www.mhlw.go.jp/content/11601000/000635285.pdf
医療従事者以外は「感染経路が特定されたもの」や「感染リスクが相対的に高いと考えられる、複数の感染者が確認されたり、労働環境下での業務、顧客等との近接や接触の機会が多い労働環境下での業務に従事していた労働者が感染したときには、業務により感染した蓋然性が高く、業務に起因したものと認められるか否かを、個々の事案に即して適切に判断すること」とあります。

療養で休む場合に支給される「傷病手当金」

健康保険に加入している従業員は、コロナを含む病気や事故が労災認定されない場合も、休業中に請けられる補償があります。それが、「療養で休むために働けない場合」に加入している健康保険組合などから支給される「傷病手当金」です。

傷病手当金は、療養のために労働ができなくなった日より3日を経過した日から、(働けない間は最長1年6か月)みなし平均給与額(※3)の3分の2が支給されます。

療養は、必ずしも通院や入院が必須ではなく、病後の自宅療養を含みます(ただし、療養のため働けないことの証明は必要です)。また、コロナの場合について、厚生労働省によると(※4)自覚症状があり自宅療養をするケースも傷病手当金の支給対象になり得るとされています。

なお、傷病手当金は「業務外の事由による病気やケガの療養のための休業であること」が前提ですから、労災の保険給付と重複受給とはなりません。

※3:直近12カ月の平均の標準報酬日額の30分の1に相当する額
※4:「新型コロナウイルス感染症に係る傷病手当金の支給について」(3月6日)
https://www.mhlw.go.jp/content/000604969.pdf

会社都合の場合に会社が払う「休業手当」

上記2つの支給状況にあてはまらない(従業員自身がコロナを含む病気になっていない)場合でも、会社都合で従業員を休ませる場合は、会社が従業員に「休業手当」を支給することが、労働基準法で定められています。

金額は、平均賃金の3分の2以上です。ここでいう「会社都合」とは、「使用者の責に帰すべき事由」があることです。たとえば、「不可抗力」の場合は、会社都合とはみなされません。

「不可抗力」の具体的な要件としては「①その原因が事業の外部より発生した事故であること」、「②事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故であること」が必要とされており、地震などの天災が典型例と言えます。

今回のコロナ対応に関する休業が「不可抗力」かどうかについての判断も、上記2つの基準をもとに個別に判断することになります。
たとえば。厚生労働省によると、(感染防止や疑いなどによって)経営者の自主的な判断で従業員を休ませる場合は、「使用者の責に帰すべき事由」となる(休業手当の支払い義務がある)とされています※5。

※5:「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)」(随時更新)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00007.html

「雇用調整助成金」や「感染症対応休業支援金」とは?

以上まとめると、業務・通勤に起因したコロナ感染で働けなくなったら「労災保険からの保険給付」、コロナ感染が業務・通勤に起因していない場合は「健康保険からの傷病手当金」、自身がコロナに感染していないのに働けない場合は、「会社からの休業手当」が従業員の休業補償として考えられるということになります(図)。

なお、休業補償に関して「雇用調整助成金」の活用ということをニュース等で聞いたことがある方も多いと思います。雇用調整助成金は、「企業が休業手当を支払った場合」に、その休業手当の一部(平時は、中小企業には休業手当の3分の2など)を「企業」に対して給付するものです。

雇用保険の雇用安定事業として、以前から存在した「雇用調整助成金」ですが、コロナ対応に際し、支給条件緩和や給付額の増額(一定の要件を満たした場合、休業手当の100%を支給など)が行われています。

問題は、休業手当をそもそも支払っていない企業は給付対象にならないことや、(企業経由のため)従業員が補償を受けられないケースが出てしまうことです。
そのため、6月12日に成立した二次補正予算において、従業員に休業に対する給付を直接行う「新型コロナウイルス感染症対応休業支援金(仮称)」が導入されることになりました。

これは、会社都合での休業することになったけども、休業手当をもらっていない従業員本人が申請して給付を受ける、という制度です。

こうしたコロナ対応に関連する休業補償は、数々の特例措置が講じられています。休業補償に関する平時の原則を踏まえたうえで、特例措置についても随時、最新の情報をチェックすることが必要です。

経営者が進んでテレワークしなければ、従業員には浸透しない

新型コロナウイルスが感染拡大するなか、世の中が急速にデジタルに移行。動きが鈍かった小売業も、オンライン商談が始まるなど業務のオンライン化が加速しそうな気配だ。九州を中心に65店舗(2020年6月現在)のホームセンター(HC)を運営する株式会社グッデイはいち早く本部機能のテレワーク化を成功させた。同社がどのようにオンライン化を進めたか。代表取締役社長の柳瀬隆志氏に聞く。(取材:MD NEXT編集長 鹿野 恵子/まとめ:ライター 宮原 智子)(取材は2020年5月に実施/月刊マーチャンダイジング2020年7月号より転載)

テレワーク化を迅速に決断。まず店長会議をオンライン化

グッデイが毎月開催する100人規模の店長会議をオンラインに切り替えたのは2020年2月26日のこと。このとき福岡県の新型コロナウイルス陽性患者が2人であったことを考えると、同社がいかに早い段階から危機意識を持っていたかがわかる。翌月、3月27日には福岡県内を含むすべての取引先との商談を電話かオンラインで行うよう通達、3月31日には本部従業員全員が在宅勤務に移行した。

本部機能のテレワーク化にあたっては、在宅勤務を決断する1ヵ月前から、経理や財務の限られたパソコンからしかアクセスできないアプリケーションをどうやって運用するかが検討されていたが、Google Chromeのリモートデスクトップ機能を使うことで、本部でパソコンを立ち上げておけば社外からもアクセスできることが検証されたため、業務をストップすることなくスムーズにオンライン化に移行できたという。

「3月30日にテレワーク化の意思決定をして翌日に開始できたのは、弊社がここ4、5年のあいだに蓄積してきたノウハウがあったためです。本部業務がすべてオンラインで完結するよう、オンライン会議はGoogleMeetで、ほかにチャット、カレンダー、Google Driveなど、Googleのプラットフォームで統一できていたことが大きいですね」

テレワーク化に移行後は本部に3、4人、必要最低限の従業員が出勤しているが、代表である柳瀬氏が出社したのは1ヵ月に3度ほどだ。「経営者が進んでテレワークをしなければ、従業員に浸透しません」(柳瀬氏)

グッデイの柳瀬隆志社長。今回は自宅から取材に応じていただいたが、自宅感を消すためにバーチャ
ル背景を用意してくれた。キャラクターの「良日出来太(よいひできた)」くんが印象的

勤怠管理はチャットで実施 回線問題はルーター貸し出しで回避

グッデイではテレワーク化にあたって、勤怠管理をチャット上で行うようにした。タイムカードの代わりに出勤・退勤をチャットで報告するだけだ。出勤したら一日の業務予定を報告し、退勤時には実際に取り組んだ業務を箇条書きにする。これは、グッデイのグループ会社であるカホエンタープライズが先行して取り組んでいたテレワークの方法だ。

「従業員は日ごろからチャットを活用していたので、抵抗はなかったとおもいます。ほかに、ツールが使えない、オンライン会議に参加できないという人もほぼいませんでした。」と柳瀬氏。むしろ、チャットでコミュニケーションを取ることで会話の記録がすべて残る、文章を短くまとめるといった効率化につながっているという。

しかし、なかには問題もあった。たとえば、自宅にインターネット回線がない従業員がいたり、あったとしてもオンライン会議や画像編集で回線容量をオーバーしてしまうようなケースだ。

また、今回のコロナ禍では家族全員が外出自粛となり、在宅勤務やオンライン授業を余儀なくされた家庭もある。その結果、家庭内で一斉にネットワーク回線が必要となり、接続スピードが落ちるという問題もあちこちで起きている。同社では、こうした事例に対し、従業員にWi-Fiルーターを貸与することで対応した。

一方で、社外とのやりとりについては、メーカーを含め300社ほどの取引先とオンライン商談を進めている。取材時はZoomやSkype、ベルフェイスなど、取引先に合わせて異なったツールを使用してきたが、今後は取引先の理解も得ながら、GoogleMeetに統一していく手はずだという。

テレワーク化でスピード感ある意思決定が可能に

社内のテレワーク化は、おもわぬ副産物を生み出した。グッデイでは、コミュニケーションツールとしてGoogleMeetとチャットを使うことで、いままでよりもスピーディに意思決定できるようになったという。「これまで部長会議を開催する場合、各部の部長が会議室に集まる時間を確保しなければいけませんでした。しかし、オンラインならその日のうちに会議を開催することができます」と、柳瀬氏はオンライン会議のメリットについて言及する。議事録は全員に共有されたGoogle Docsでリアルタイムに記録されるため、メンバーは普段の会議よりも集中して議題に取り組むことができるという。

写真1 「緊急事態宣言下でホームセンターは営業自粛の対象外」という発表があった日のチャット。代表者が自分の言葉で、きちんと数字に基づいて今後の方針や注意すべき点を明確にすることは、従業員にとって前向きなメッセージになるだろう

政府の緊急事態宣言が発出された際、HCが自粛対象となるのかどうか、事態は流動的だった。こうした場面ではことさら、スピード感ある意思決定が必要となる。グッデイでは緊急事態宣言が出されるなか、いち早く営業継続を決定した。4月7日の店舗営業開始前、8時45分から15分ほどGoogle Meetでオンライン朝礼を行い、全店長に営業継続の方針を伝えた(写真1)。その際のやりとりでは、感染防止策としてどのような対応をすればよいか、従業員の安全を確保するために何をすればよいかなど、その場で質問を受け、即決した事柄もあったという。

「たとえば、感染防止のためお客さまへの車両貸し出しを中止するなど、各店舗の店長から寄せられた質問に対して、対応する・しないをその場で決定していきました。実際に顔を合わせているわけではありませんが、画面越しに対面しながら話をすることができるのです」

全店長が参加する「店長チャット」には現在137人のメンバーが参加している。そこでは、安全対策について情報共有をしたり、従業員から上がっている不安の声に本部スタッフが対応。感染を防止するためレジ前にアクリル板を施す、フェースシールドを導入するなど、現場スタッフの不安を取り除くための施策を指示したり、柳瀬氏自らが福岡市の新型コロナ感染状況を分析し全従業員に発信するなど、詳細な情報を提供してきた。「情報を整理、分析し指針を示すのは本部の役割です。取引先やほかのHCは休業しているのに、『どうしてうちだけが』と従業員は非常に不安になっているので、なぜグッデイは営業するのか、なぜ大丈夫といえるのか、根拠を示すことが大切です」

本部と店舗の業務分担を適切に行わなければ、従業員の中に不公平感やサボタージュを引き起こす原因となる。柳瀬氏は、本部が店舗をサポートするという姿勢を示すことが重要だと考え、行動してきた。

コロナ禍で再認識したHCの役割

このコロナ禍にあっては、「自粛要請が出ているのになぜ店舗を営業しているのか」という近隣住民やお客からの苦情も覚悟していたという柳瀬氏だが、ふたを開けてみれば「営業してくれてありがとう」という声が多かったそうだ。店舗を営業するか、しないかを判断するにあたっては、次のように考えたと話す。

「こうした場面では、店の営業を取るか、従業員の健康を取るかという図式に捉えられがちですが、それは間違っています。店を営業するかどうかは『必要とされているかどうか』ですし、健康を守るかどうかは『きちんと安全対策が取られているかどうか』なのです」

営業を継続しながら、いかに従業員とお客の健康を守るのか。同社では、ソーシャルディスタンスを保つ、アクリル板を設置する、フェースシールドを導入するなどさまざまな施策を取ってきた。店舗の状況は文字情報だけでは把握しにくいため、店内に設置されているセーフィー社のカメラを活用。レジや通路の状況を常にモニターしながら「密」になっていないかどうかを判断してきた。同社が運営する工房「ファブラボ太宰府」の存在も大きい。

3Dプリンターやレーザーカッターなどの最新のデジタル工作機械を備えたファブラボ太宰府では、現場スタッフが着用するフェースシールドの製作を行っている。地域の医療機関の要請に応じ、これらの感染予防アイテムの製造・提供も行った。

写真2 グッデイが運営する「ファブラボ大宰府」のスタッフから柳瀬氏へのフェースシールド製造についての相談のやりとり。小さな組織とはいえ、代表者に現場から直接提案ができ、その場で判断が下せれば、機動力はより高まるはずだ

新型コロナと共存する時代。今後のカギは「オンライン化」

安全に配慮して営業を続けるなか、グッデイでは当初のマスクやアルコール消毒液から、木材や園芸用品、DIY関連用品へと売れ筋商品が移り変わってきたという。長引く外出自粛によって、お客の関心が「いかに自宅での時間を充実させるか」に移ってきたことを実感した同社では、ゴールデンウイークにYouTubeのライブ配信を開始した。動画には、DIY道具の使い方など自宅で過ごすためのヒントが詰まっている。

グッデイの公式Youtubeチャンネル

「ライブ配信ははじめての試みでしたが、店舗で商品を販売するだけでなく、メディアを使って商品を使うための知識や技術を伝えるのもサービスのひとつになり得るという新たな発見でした」

物づくりの体験を重視してきたグッデイでは、これまで工作ワークショップに積極的に取り組んできた。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大が懸念されるあいだは当面、「密」の状況をつくり出すワークショップを見合わせるほかない。そこで同社では、先述のYouTubeによるライブ配信を含め、今後さまざまなコンテンツをオンライン化しようと考えている。

「売場の実感としては、このコロナ禍でHCをはじめて利用していただいたお客さまは増えていると感じます。さまざまな物資が不足する状況で、自分の手で何かをつくろうという人が増えている印象です。HCとして、新しく物づくりに興味を持ってくれた人のフォローをしていきたいですし、オンラインであれば九州でも関東でも関係がないので、今後はオンラインによる発信を増やしていきたいとおもっています」

今回の新型コロナウイルスの流行は、多くの場面ではマイナスの影響をもたらしているが、半面、プラスの効果も表れていると柳瀬氏はいう。

「歴史上、何度も伝染病が発生していますが、過去の例ではそれによって進歩したこともあります。今回も、新型コロナウイルスによって業務や教育のデジタル化が進むというとても興味深い現象が起きています」

これまで遅々として進まなかった働き方改革や業務のテレワーク化、授業のオンライン化が、半ば強引に時計の針を進めるように必要不可欠なものとなっている。「そうした流れについていけるようにオンライン化を推し進めていくことが、今後の大きなカギになるのではないかとおもいます」

新型コロナウイルスの陽性患者数は全国で日に日に落ち着いてきているが、しばらくは「3密にならない」「ソーシャルディスタンスを保つ」といった新しい生活様式が続いていくものとおもわれる。同社ではこれまで新型コロナウイルス感染拡大を防ぐためのリアル店舗での対策を発信し続けてきたが、今後はそれに加え、G Suite(業務に必要なグーグルのクラウド上で使えるアプリを1個にまとめたもの)の活用法などテレワークのノウハウを小売の現場に広めていきたいと意欲を示す。

カインズ、DXの鍵を握るのは「くらしに寄り添うカインドネス精神」

2019年3月からカインズが取り組む「プロジェクトカインドネス」で重要な役割を担うのがデジタル戦略だ。IT小売企業にかじを切ろうとしている同社が、ここまでどのようにデジタル化を推し進めてきたのか。これからどこへ向かうのか。同社ならではのデジタル戦略について、デジタル戦略本部本部長の池照直樹氏にお話を伺った。 (聞き手:MD NEXT編集長 鹿野 恵子/月刊マーチャンダイジング2020年6月号より転載)

「自分たちができること」を向上・拡大させるためのIT

──着任されてから約半年がたちました。小売業のITシステムについてどのような印象をお持ちでいらっしゃいますか。

池照 私はこれまでさまざまな企業さんのデジタル化支援を手掛けてきました。デジタル化支援の対象には2種類あります。ひとつは業務システム、もうひとつがマーケティングです。この2つは仕事の種類こそ異なるものの、お客さまによい情報をお届けするという目的は共通しています。

業務システムにおける成功とマーケティング活動における成功は表裏一体です。表側(マーケティング活動)の仕組みによってお客さまへのリーチを広げたり、転換率を高めたりする一方で、裏側(業務システム)の仕組みについてはデータのクオリティを高めていかなければなりません。その両方を同時に整えていく必要がありますが、小売業は「裏側のデータのクオリティ」に課題があるように感じています。

──どういうことでしょうか。

池照 これまで小売業は、POSや物流システムのような裏側の仕組みの構築に焦点が置かれていて、お客さまに対するIT投資については消極的でした。

お客さま情報の一元管理ができていないという点は、小売業界全体の大きな弱みですが、その理由としては、お客さま一人ひとりに対して働き掛けをするというよりも、お店に来ていただいたお客さまに対して最大限の接客を行ってきたという自負があったからなのだとおもいます。

一方カインズには約1,000万人のカード会員がいますが、非常に大きな強みである一方で、まだそれを生かしきれているとはいえません。

──お客さま情報の重要性を知りつつ、それを活用することができていなかったのはなぜですか。

池照 活用するために何をすればいいのかがわからなかったのだとおもいます。一口でITエンジニアといっても、物流システムが得意な人もいれば、POSが得意な人、データ分析が得意な人など、いろいろな人がいます。それらの人材がきちんと揃っている状態をつくっていかなければ、良いサービスをお客さまに提供することは難しいとおもいます。

──技術者を採用する側がそこを理解しておらず、お客さまにサービスを提供できる体制がつくれていなかったのですね。

池照 そうですね。でも、カインズにはお客さまのくらしに寄り添い続けることを目標とする、カインドネスな精神があり、これが今後の鍵を握るとおもっています。店舗を持たずECのみで成立している小売事業者は、お客さまと直接お会いする機会が少ないこともあって、お客さまをデータとして見がちな傾向があります。

最近ではさまざまな企業がワン・ツー・ワン・マーケティングの仕組みを導入していますが、このような企業はお客さまと対峙するシナリオが描けず、なかなか進められないと思います。

Aという商品を購入したお客さまに、次に何をおすすめするか、それに合わせてどんな商品をおすすめするのかなど、このような肌感覚がマーケティングオートメーション(※1)のシナリオになるんです。ですから、ワン・ツー・ワン・マーケティングを実現しようとするときには、お客さまによいご提案をしようとする気持ちが文化として存在するかどうかが、非常に重要になるとおもいますね。

(※1 マーケティングオートメーション…デジタルマーケティングの一部のプロセスを自動化するシステムのこと)

昔、私の生家の近所に「さわや」というよろずやがありました。さわやのおばちゃんは、私の母親が昨日何を買って、私が夕飯で何を食べたか、何を飲んだかを知っています。だから母親に対してよい提案ができますし、私にも「コーラ飲みすぎたらお母さんにいいつけるよ」といえるわけです(笑)。

ワン・ツー・ワンの仕組みというのは、このさわやのおばちゃんをスケールアップさせているだけなんですよね。システムでなくても、1,000万人のさわやのおばちゃんがいればカインズのカード会員をサポートできます。しかし現実に1,000万人雇うのは無理なのでシステムに投資をする。システムの幻想を追うのではなく、あくまでも自分たちができることを向上・拡大してくれるのがシステムだということを念頭に置いて、物事を進めていくのがいいとおもっています。

そのためには、そもそもよいサービスを持ってないといけないですよね。カインズのメンバーのほとんどは店頭に立ったことがありますから、そこは強みだとおもいます。

アプリ会員を2ヵ月で50万人増やした店頭の力

──昨年の3月からプロジェクトカインドネスというテーマで経営改革をされていますが、その中でデジタルを活用してどのような戦略を取ってこられたか伺いたいとおもいます。

池照 プロジェクトカインドネスでは4つの戦略を掲げています(詳しくは高家正行社長インタビュー記事参照)。その2つ目がデジタル戦略で、その中で一番重点を置いているのが、「わずらわしさ解消」、そして「パーソナライゼーション」です。

HC業界首位に。カインズ社長高家氏に聞く「第3の創業の行動計画」

 

当社はこれまで顧客系のシステムにあまり投資をしてきませんでした。そこで最初に着手したのが組織づくりです。私が着任した当時はコンテンツも含めてECの運用をしているのが10人程度でしたが、そこから1年でデジタル系人材を30人ほど増員しました。

内訳は半分がエンジニアで、半分がデジタルマーケティング関連の人材です。エンジニアは、アジャイル開発(※2)をするメンバーが十数人、デジタルマーケティングの運用も10人ほど増えています。ほかにもEC関連の業務に携わるメンバーが40人ほどいて、現在はデジタル戦略本部として70〜80人の陣容になります。

(※2 アジャイル開発…迅速かつ適応的にソフトウエア開発を行うシステム開発手法の総称)

──組織づくりの次は何をしましたか。

池照 次に手掛けたのも、実はデジタル関連ではなく、当社の「カインズアプリ」のユーザーを増やすという仕事でした。カインズではこれまでさまざまなワン・ツー・ワンのアプローチをしていて、その内容自体は悪くなかったのですが、対象人数が少なかったんです。そこでマーケティングが機能するようにまずは母数を増やしたのです。ユーザー数を増やすために行ったのが店頭での販促活動です。当時のアプリのユーザー数は70万人程度だったのですが、2ヵ月で50万人増えて約120万人になりました。店頭での効果の大きさを改めて感じました。

そうしてユーザー数を増やしたところへ、現在はマーケティングオートメーションの仕組みを使ってプッシュ機能を入れたりしています。今年の2月にはアプリの大幅バージョンアップを行いました。さまざまな機能を付け加えましたが、商品の陳列位置がわかる点が一番大きな進化だとおもいます。

──商品の陳列位置を表示するためにはある程度在庫数や陳列位置がシステム上で把握できる状態になっていなければなりませんが、2020年2月のリリースに合わせて準備をしてきたのですか。

池照 元々2019年10月に当社のメンバー用アプリ(Find in CAINZ)で先行リリースしていた機能を、お客さま向けにリリースしたものなので、基盤はあったといえます。

お客さま向けのアプリには商品取り置き機能を追加しました。当初、取り置き機能は今年5月にリリースする予定だったのですが、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため前倒ししたのです。店頭に大勢の人が並ぶのを避けようと、チームメンバーに取り置き機能を早くリリースしたいと相談したら、数日で実装してくれました。

──そのスピード感は社内で内製しているからこそなのでしょうか。

池照 そうですね。それと、裏側でシステムの設計がきちんとできていたことも大きかったとおもいます。当社では昨年のFind in CAINZリリース時点にはその基盤ができていました。ただ、在庫数量の表示などについては、いまでもリアルタイム性という課題は残っています。

日本の小売業の情報システムは、さまざまなベンダーに発注していることが多く、バッチ処理(※3)という方法でデータのやりとりがされています。当社でもまだバッチ処理が多くデータをさばききれていないのが課題になっています。

(※3 バッチ処理…コンピュータでプログラム群を処理目的ごとに区切り、この区切りごとに順次実行していく処理のこと)

一つひとつのシステムからAPI(※4)でデータをやりとりできればリアルタイム性の高いシステムをつくることができます。アメリカでは、日本と違ってAPIを公開するのが当然とされるなど、システムは再利用されることを前提としてつくられています。日本はさまざまな立場の思惑があり、あえて閉じたシステムになっているように思います。

(※4 API…アプリケーション・プログラミング・インターフェースの略。広義ではシステム同士が互いに情報をやりとりするための仕様のこと)

システムを俯瞰的に見て、全体の設計図を考えられる人材が社内にいないというのが日本の小売業の大きな課題です。小売業だけでなく、日本のあらゆる業界における課題かもしれません。

私たちが考えるべきは、企業のシステムの設計図をどのように描くかということです。日本の開発は機能優先型で、全体設計を置き去りにしたままでビジネス要件定義がなされます。これは家を建てるとき、先に内装を決めてから柱の位置を考えるようなものです。

まずは枠組みを設計したうえで内装を施さないと建物はうまく建ちません。これと同じでITの世界でも先に全体の設計図を決めてから、あとで機能を考えていく必要があります。

希少品抽選システムを短期で開発できた理由

──今後アプリに関してはどのような展開を予定していますか。

池照 いろいろなことをやろうと考えてはいたのですが、新型コロナウイルスの影響があり、いまはそちらの対応に追われています(取材は2020年4月中旬に実施)。

たとえば、これまで小売業はお客さまにどう店内を回遊していただくかということを考えてきましたが、これからしばらくはおそらく、いかに店舗に滞留せず、短時間で買物を済ませていただくかという、まったく逆の方向性になっていくことでしょう。

近々リリースする予定の機能が、マスクなど希少商品アイテムの抽選システムです。開店時間前から店の前に並んでいただくのは感染リスクを伴いますし、陳列されたマスクめがけて店内を走られるのも危険です。はじめはインターネット販売から展開していく予定です。

また、日中お仕事をしている人は、平日昼間に店舗に行くことができませんので、そうした人向けのサービスも展開しています。これからも、急に売れ始めた商品や、欠品になる商品は存在することでしょうし、そのたびに人が殺到する状態をつくるのはよくありません。当社のメンバーも感染リスクを抱えながら働いていますので、早い段階でそうした状況を解決したいとチームに話しています。

4月29日からスタートした品薄商品の抽選販売サイト。カインズ会員限定で抽選に参加できる

取材協力
カインズ
デジタル戦略本部本部長
池照直樹氏

–続きは月刊マーチャンダイジング2020年6月号でご覧ください

・デジタル戦略本部の組織について
・いかにして優秀な人材が集まる文化をつくるか
・小売業における情報システム部の役割とは

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