郡司昇のリテール・ニュー・フレームワーク

実店舗小売業の購買行動ファネル分析(4)

接客を仕組み化する「ルール」と「ツール」

前回は、ファネルの話をいったんお休みして、インストアマーチャンダイジング(ISM)の全体像について解説しましたが、また購買行動のファネル分析の続きに戻ります。ここまでは、お客が店舗を認知し、入店して、商品が目に入るところまでを説明しました。今回は商品をお客が確認し、接客を受け、カゴに入れるところまでを解説します。

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接客ルールも標準化しチェーンストアの力を生かす

興味があったものを、お客は手にとり、購入するかどうかを検討します。本当にこれは自分が欲しいものなのか?価格はお値打ちなのか?そういったことを判断したうえで、カゴに入れる(=購入を決定する)のです。

ここでその商品をそのままカゴに入れるのか、ほかの商品に変更するのかを左右するのが接客です。「本当にこの商品が、自分が買うべきものなのか」ということをだれかに尋ねたいときに、お客は従業員に声を掛けます。

接客のフェーズになったときに、接客機会をいかにつくるかは顧客満足度の向上や、客単価アップなどの点から、セルフサービスの店舗にとって非常に重要なポイントです。

それぞれの売場に人がいて、お客がお声がけしやすければそれが一番よいのですが、少人数で運営している店舗においては、そのようなわけにもいきません。

売場に接客を要請するボタンを設置したりするなどして、「接客してほしい」という意思をお客が発信しやすくするというのは、顧客満足度アップのための手軽な方法のひとつです。昨今では、大型のホームセンターやドラッグストア(DgS)で、呼出ボタンを設置している店舗が見られます。

そもそも接客については、これまでほとんどのチェーンできちんと仕組み化されていませんでした。各社「接遇重視・接客重視」という割には、その接客の仕方は現場任せになっています。

一番確実なのは、ワークスケジュールに「接客の時間」をつくることです。最近は店舗に設置されたカメラで記録されたデータから、何曜日の何時に、どの売場にお客の滞留が多いというようなことの分析も可能になってきました。そのデータから「日曜日の15時から17時は化粧品売場のお客が多い」ということがわかれば、その時間帯だけは接客担当の従業員をその売場に張り付ける、というようなワークスケジュールを組むことができます。

もうひとつ考えるべきは「接客ルール」をつくることです。あるDgSには、お客が売場で10秒以上迷っていたら声をかけるというルールがあります。このようなルールを運用している企業は意外と少ないようです。接客の時間ひとつとっても「長く接客した方がいい」、「あっさり引き下がるべき」など、店舗運営部やスーパーバイザー担当者の考え方によって意見が分かれたりします。

このようなバラバラになっているやり方を共通化していくことは、チェーンストアの力のひとつです。共通化して、1,000店舗で同じ手順で業務を行うとき、その手順が5%だけでもよくなれば、全店舗が5%底上げされることになります。ですが、個別に改善しているのであれば、1店舗が5%よくなるだけなのです。接客ひとつとっても、チェーンストアは共通化することで大きなパワーになるのです。

カゴ・カートは手に取りやすいか?

商品を購入するという意思を持ったらカゴに入れます。ここで重要になるのが、カゴやカートをお客に持っていただくということです。

商品を持って店内を移動するとき、ひとつであれば簡単に持っていくことができますが、2つ以上のものを片手に持つのは難しいので、両手がふさがったところでレジを済ませたくなるものです。

ですから、買上点数を向上させるためには、まずはカゴやカートを手に取ってもらうことが重要になります。手に取りやすい、見つかりやすい場所にカゴが設置されているか。店頭のカートは気軽に動かせる状況にあるか、状態は良好かということは、あまり重視されていませんが、大切なチェックポイントといえるでしょう。

実店舗でもCVR(購買率)が重要になってきた

ECの世界では、商品詳細ページを1分半見たのに、結局買わなかったという場合は、当然のように分析されています。商品(情報)に接触した人がそれを買ったか、これは「コンバージョンレート(CVR)」と呼ばれる指標で興味を持った人の買上率です。CVRが低い場合は「商品の説明文を変えてみよう」「迷った人には後日割引クーポンを送ってみよう」などの取組みがなされるわけです。

そして、現在では同じことを実店舗でもやれる仕組みが整いつつあります。画像AIなどによる店頭のデータ分析技術が向上したおかげで「商品を確認したけれども、購入しなかった」というお客の割合を算出することができるようになりました。ですから、そこに対する打ち手を検討し、CVRを上げる施策も検討できるということです。

ちなみに、CVRはカテゴリーによって大きな違いがあります。たとえば、歯磨き粉のCVRを考えてみましょう。

有名メーカーの低価格帯の歯磨き粉は、手に取ったお客はほとんど購入するCVRの高いサブカテゴリーです。とくに不満もなく「家の在庫がなくなったからいつもと同じものを買おう」と計画購買される商品です。

一方、歯槽膿漏などに効果があるような、何百円~千何百円という価格の高付加価値型商品は、店頭の陳列やPOPを見て手に取るものの、そのままカゴに入れて購買に至る人はそう多くはありません。最終的には、懐具合などを勘案して「やっぱり低価格帯のものでいいや」と判断されるお客が少なくないのです。

このように商品によってCVRは違い、それをどう上げていくかは、サブカテゴリーごとに考えていくことが必要なのでしょう。

もうひとつ、かぜ薬カテゴリーについて例を挙げてみましょう。

家族で使う家に置いておきたい大容量のかぜ薬と、「この症状に効く」とうたったパーソナルなかぜ薬では、まったくCVRが違ってきます。安価で大容量の前者の商品は、低価格の歯磨き粉同様、いつも使っている商品で、計画購買で手に取ったお客はほぼ購入されます。

同じぐらいの価格でも3日分しか入っていない、パーソナライズされた症状別のかぜ薬の方は、「本当にこれが自分のかぜに効果があるのか」と迷った挙句、棚に戻されるお客が多くいらっしゃいます。

このような場合に効果があるのが接客です。本当にこのかぜ薬は自分に効果があるのか?ということに疑問を抱いているお客さまに対して、接客することで最後のひと押しになる可能性は非常に高いといえます。

押し売りは顧客満足度を下げる

お客は、①商品選択に関して、自らの知識が足りないから専門家のアドバイスが欲しい、とおもって接客を求めます。

あるいは、②アパレルや化粧品のように、「この色は自分に似合うだろうか」と、専門家ではなくても、第三者の意見が欲しいという領域もあります。お客が第三者の意見を求める理由は、①自分はAかBか判断はつかなかったけど、少なくても一人はAといってくれたらから、Aにしようと判断を委ねたいというのと、②決定を人に任せることで責任を転嫁できるということが挙げられるでしょう。

接客の際の商品の推奨は、きちんとよいものをおすすめすることができればリピートにつながりますが、逆におすすめされた商品が合わないと、次にその従業員に相談するモチベーションは下がります。

最悪のパターンは押し売りされた場合です。推奨商品の売上上位にいるパートさんを、実はお客はこっそり避けている…という話は枚挙にいとまがありません。顧客満足度に与える影響は大きいといえます。

近年は接客時の推奨商品の押し売りはだいぶ減ってきましたが、とはいえそれがお客に与えるストレスについては、どの企業も再考された方がよいようにおもいます。

著者プロフィール

郡司 昇
郡司 昇グンジ ノボル

小売業のICT活用研究所代表。薬剤師。前職は大手ドラッグストアにおけるマーケティングとEC 事業の責任者としてグループ統合マーケティング戦略を立案・実行。現在は主に(1)IT企業のCRM、位置情報、画像AI解析などの小売業活用 (2)事業会社のEC・オムニチャネル改善についてコンサルティング活動中。