郡司昇のリテール・ニュー・フレームワーク

実店舗小売業の購買行動ファネル分析(1)

第4回実店舗小売業には「ファネル分析」の観点が欠けている

実店舗を運営する小売業におけるお客の購買行動をファネル分析する。第1弾は購買行動全体を俯瞰した上で、すべての基礎となる店前通過と店舗認知の購買行動のステップについて解説する。

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ファネルのどの段階の施策が、購買行動に影響したか?

ファネルとは、日本語で「漏斗(ろうと・じょうご)」のこと。口の小さな容器に液体をそそぐのに使う、円錐形の道具である。ファネル分析とは、商品購入や会員登録など、ターゲットにしてほしいアクションに至るまでの過程で、どのような段階を踏み、どこでどれだけ離脱するかを確認するための分析手法のことである。

このファネル分析はECやアプリビジネスではよく用いられる方法だ。

ECサイトであれば、「お客が検索経由でトップページを見る」→「サイト内検索で商品一覧画面を見る」→「商品個別ページに行く」→「カゴに入れるボタンを押す」→「カゴページから決済を行う」という一連の流れの中で、どこでお客が離脱したのかを検討するのは当然のこととなっている。

しかし実店舗を運営する企業においては、このようにお客の購買行動の一連の流れを把握する観点がごっそり抜け落ちているのではないだろうか。

たとえば実店舗でお客が商品購入に至るまでには、

「店舗を認知する」→「入店する」→「商品を認知する」→「商品を手に取る」→「商品を確認する」→「カゴに入れる」→「決済する」

という一連の流れがある。購入した後工程であれば

「使用する」→「(商品・店が気に入れば)リピートする」、「口コミを書く」

という段階もあるだろう。

しかし、ファネルのどこの段階での施策が、実際の購買行動に影響を与えたかを精査しないことには、その成功事例をチェーン内で横展開することはできないはずだ。

本連載では、この先、実店舗にこのファネルを当てはめるとどうなるのかを段階ごとに解説したいと思う。

すべてのスタートとなるのは「店舗前通行人数」

まずお客に買物をしていただくためには、店舗を認知してもらわなければならない。「いつも使っている店だから」「折り込みチラシで知ったから」などの理由でいきなり「入店」からはじまるパターンもあるが、店舗の認知においては「店舗の前を通りかかったから」という理由が一番多いパターンとなる。

ここで鍵になる数値は「店舗前通行人数」つまり、店舗の前を通過する人数だ。そして、この「店舗前通行人数」は店舗従業員の努力でどうにかなるものではなく、出店している地域の人口動態や周辺状況、天気、刻一刻と変わる人の動きなどに大きな影響を受ける。

「今は1万2,000人/日の店舗前通行人数があるけれど、この地域は成長が見込めるから、3年後には1万5,000人/日になります。だから出店しましょう」と店舗開発部が出店を決断したものの、店舗前通行人数が見込み通りに増えず、それに伴い売上も伸びなかったために閉店するというのはよくある話だ。

店舗前通行人数を増やすためには、市街地、駅前、商店街、住宅街、どのような商圏においても、いかにいい立地を取るかにかかっている。

新規出店数や店舗の坪当たり賃料などを店舗開発部のKPIとする企業は多いが、この「店舗前通行人数」の予測に対する開店後の実績も開発部門の責任数値とすべきだろう。

出店時には商圏調査を行う。GISソフトを使って、国勢調査のデータや将来推計人口データなどを分析すれば、その立地にどれだけの人が住んでいるのか、将来的な人口はどれだけ増えるのか、減るのかがわかる。もちろん男女比や、年齢構成なども把握した上で、自店舗が出店するのに適している立地なのかどうか検討の必要があるのは当然だ。

また、最近は携帯のキャリアやカーナビメーカーなどが「人の移動」や「人の滞在」に関する匿名化データを提供するようになり、一部の企業では店舗開発に活用している。

店舗前通行人数はどのように調査するのだろうか。出店稟議前であれば人力で通行量調査を行う。しかしながら、開店後の測定を行っている小売業はまれである。

近年は、店前通行者数カウントと簡単なデモグラ(性別・年代)判断をするカメラ+AIソリューションの機能と価格がこなれてきた。導入して店前通過者数と入店者数を自動でカウントすることができれば、店前通過者数を店舗開発部の評価に、入店率(入店者数/店前通過者数)を店長の評価に使うことができるようになるだろう(入店率については次回以降で解説)。

なお、WEB部門でこの入店率にあたる重要なKPIが、CTR(Click Through Rate:広告やコンテンツが表示された回数に対し、どのくらいの割合でユーザーにクリックされたかを示す指標)である。

店舗認知のための看板、旗は掲示の位置や管理がポイント

店舗前を通過した人に入店してもらうためには、店舗の存在が認知されなければならない。

そのための最もベーシックな方法は、看板を目立たせることだ。当然、ターゲットとなるお客が車で来店するのか、徒歩なのかで看板の位置やサイズは変更しなければならない。ロードサイド立地の店舗であれば、車を運転していてもわかるような高い位置に大きな看板を設置するべきだし、住宅地や商店街立地の場合は、歩いている人が認知しやすい高さに看板を設置する。

ドラッグストアであれば自社のキャンペーンや、メーカーから支給された「旗」を店頭に掲示している店舗も多いだろう。確かに旗はアイキャッチとはなり通行人の目をひくが、店舗からのメッセージには変わりないので、出しっぱなしにしておくのではなく管理が必要だ。

無料でもらえるからといって特定メーカーの旗ばかりを立てている店舗や、ポイントキャンペーンの日以外にも、「ポイント〇倍デー」という旗を立てっぱなししている店舗が散見される。後者はお客からのクレームにもつながりかねないので注意したい。

最近は、スマートフォンのプッシュ通知という認知手段も登場している。たとえばアプリ上で許可をしていれば、ある店舗の半径500mに入った方に対して店舗からのお知らせを届ける、というような手法である。

近年スマートフォンを見ながら歩いている人は急増している。手元ばかり見て店舗に気づかないようなお客もこのような手段を使えば店舗に呼び込むことができるだろう。

折込チラシで「店前通過からはじまらない認知」をつくる

店前通過からはじまらない認知にも触れておこう。その代表格が新聞折込チラシだ。開店時に店舗がオープンしたことを周知したり、特売商品と価格を提示してお客を店舗に誘引する。新店オープン、リニューアル、そして閉店セールについては、集客も見込めるので必ずチラシを配布したほうがよい。

チラシ配布には効果がある立地とない立地がある。

地方のロードサイド店のなかには、駐車場の止めやすさなどを配慮してあえてメインストリートから一本裏手の道に出店するような企業がある。大通り沿いであれば店前通行客数は多いだろうし、看板効果などで自然に認知が得られるが、このような店舗はその効果は見込めないため、折込チラシで認知してもらうことの重要性がアップする。大通りを避けることで家賃は安くなるため、チラシ費用の捻出は十分可能であり、目玉品のアイテム数や頻度を増やすこともできる。

一方、都市部オフィス立地や駅周辺立地などはチラシの費用対効果が合わないとことが多い。そういった店舗の利用者は、居住者ではなく「そこを通過する人」が多いからだ。渋谷駅前に出店した店舗の周辺半径1kmのエリアに、居住者へ向けたチラシを配布しても効果は弱いだろう。高額な家賃を支払うことで、店舗の前を通過してもらう。こういう店舗は家賃が広告費のようなものだ。

コストをかけて撒いたチラシが、集客に効果を出しているのかどうかは、きちんと検証する余地があるだろう。

折込チラシの費用対効果の測定をきちんと行っている企業は多くはない。しかし、想定していた商圏と、実際の商圏の差を知り、チラシをまいても効果が無い場所などを把握するためには効果測定が必要だ。次回以降チラシを撒く場合に、チラシ配布エリア選定の精度を上げることにもつながる。

簡単な調査方法としては、お客がチラシを店頭に持ってきたら、住所や郵便番号を伺い、かわりに景品を差し上げるというものがある。(その際に会員カードの作成もおすすめしたい)。

新店オープンのチラシの効果測定は、普段のエリアに比べて広めに撒くので特に重要である。当然、チラシを見たけど実際には店頭に持ってこないお客や、特典があるから普段は買物をするエリアではないがわざわざ足を運ぶお客もいるので、精度という意味ではそれほど高くないが、あまりコストをかけずに商圏を把握するのにはよい方法である。無駄なチラシ配布を予防するためにもチラシの効果測定は定期的に行いたい。

このほか、テレビやラジオなどのマス広告、地域限定の媒体への広告なども、費用対効果が見合う地方はあるだろう。

また今後増える店舗前通過によらない認知としては検索による認知なども挙げられる。

引っ越したばかりの地域で、Google Mapを開いて「中央区 ドラッグストア」「杉並区 コンビニ」と検索して店を探すような消費者行動は増加している。また、インターネットで特定の商品を検索して、在庫がある店舗として表示された実店舗を訪問する…というような動線も今後は考慮する必要があるはずだ。

アットコスメでソンバーユを検索すると、取り扱いがある店舗が表示される。ここから店舗への認知を得るケースも今後は増えるだろう。

 

著者プロフィール

郡司 昇
郡司 昇グンジ ノボル

小売業のICT活用研究所代表。薬剤師。前職は大手ドラッグストアにおけるマーケティングとEC 事業の責任者としてグループ統合マーケティング戦略を立案・実行。現在は主に(1)IT企業のCRM、位置情報、画像AI解析などの小売業活用 (2)事業会社のEC・オムニチャネル改善についてコンサルティング活動中。