いかに店を開け地域のニーズに応えるか~北海道胆振東部地震を乗り越えたツルハ【前編】~

2018年9月6日(木)午前3時7分、北海道胆振(いぶり)地方中東部を震源地とする地震が発生。厚真町(あつまちょう)鹿沼で最大震度7を観測するなど、揺れの大きさでは日本で発生した地震のなかでも最大規模を観測した。2011年3月11日に発生した東日本大震災では東北地方を中心に長期にわたり大きな苦難を経験したツルハが、今回の災害をいかに乗り切ったか、2人の現場責任者への取材をもとにリポートする。(月刊マーチャンダイジング2018年12月号より転載)

CASE1 千歳高台店の被害対応

午前3時7分地震発生 家族の無事確認後店舗へ向かう

地震の発生した胆振地方は北海道の南西部に位置し、室蘭市を中核とし、登別市、伊達市などで構成される西部と、苫小牧(とまこまい)市を中核とする、白老町、安平町(あびらちょう)、厚真町などで構成される東部とに分かれる(図表1)。

[図表1] 地震のあった北海道胆振地方と周辺

今回は胆振地方東部を震源地とし、内閣府の発表によると各地の震度は以下のようになる(5強以上のみ表記)。震度7/厚真町、震度6強/安平町、むかわ町、震度6弱/札幌市東区、千歳市、日高町、平取町(びらとりちょう)、震度5強/札幌市清田区、白石区、手稲区、北区、苫小牧市、江別市、三笠市、恵庭市、長沼町、新ひだか町、新冠町(にいかっぷちょう)。

取材した千歳高台店がある千歳市でも一部地域では震度6強の大きな揺れに見舞われている。同店店長の保木政人(ほきまさと)氏に発生当時からの状況、対応を聞いた。

保木氏は店舗から60kmほど離れた札幌市北部に在住、発生時は自宅で就寝中だった。強い揺れで目を覚ますと、まずは家族の無事を確認し、テレビをつけ、震度や被害状況などの情報確認を行った。ツルハのマニュアルでは営業時間外に震度5弱以上の地震が発生した場合、店長は自身の安全を確保したうえで店舗に向かうように決められているが、保木氏は震度4以上の地震が起これば状況確認のために店舗へ向かうことを普段から「自分のルール」として決めていた。

同社では地震・停電が発生した当日から、テナント出店するオーナー企業の許可が下りなかった店舗を除き、被災した店舗を含むツルハ全店が営業している。こうした強靱ともいえる災害対応能力は、先の震災の経験をひとつの「財産」として、伝え続ける同社の姿勢とは無縁ではないだろう。保木氏が普段から地震発生に対する自分なりの基準や対応策を持っていることからもそれはうかがえる。従業員の意識の高さが初動の速さ、連携の強さの背景になっていることは確かだ。

保木氏の行動に話を戻すと、テレビで情報確認中に停電、懐中電灯を頼りに身支度をして午前4時ころに自宅を出て店に向かった。移動に使う自家用車は、幸いガソリンを満タンにした直後だったので、当面の移動に不安はなかった。今回、地震直後の停電に見舞われた環境で、自動車は車載ラジオやテレビなどによる情報収集や、スマホ充電の手段として活躍することになる。

従業員12人が店舗に集結 当日開店の準備を進める

保木氏が途中で連絡をとった店長代行は、停電で自宅車庫の電動シャッターが開かず移動することができない状態だった。停電により、途中の信号もすべてダウン。ガソリンスタンドも電源がないことで給油機器が作動せず大半の店で営業できないなど、電気が使えないことは日常生活はもとより、地震からの復旧にも大きな影響を与えた。

「5時前に店に着くと、おもった以上に被害は大きかったです。まず、自動ドアがゆがんで普通の力では開かない。どうにかこじ開けてつくった小さい隙間から中に入るという状況でした。店内は至る所で、商品が棚から落ちており、酒売場では通路に落ちて割れた瓶から中身がこぼれ出していました。とりあえず応援が来るまで作業しやすいように通路を確保しようと、散乱している商品を通路からどける作業を行いました」

もう一人の社員を通じて、4時半ころに学生を除くパート・アルバイトへの応援要請をしており、保木氏が作業を始めてから30〜40分の間に、三々五々計12人が店に集合した。

「本当にありがたいとおもいました。皆さん揺れの大きかったエリアに住んでいて自宅も大変なのに、在籍している従業員のうち、半分以上が店に駆けつけてくれました。この協力がなければ店は開けられませんでした」

床に散乱した商品を、店内数ヵ所に置いたオリコンに入れることから作業を始め、そこから棚に戻せるものは戻して徐々に店を元の状態に近づけた。9月6日、札幌市のデータになるが、日の出時間は午前5時4分、5時過ぎから始まった店内の復旧作業は照明のない状態で、早朝の薄明かりの中で行われた。

7時を過ぎるころから、店外には物資を求める人が開店を待ち、列をつくり始めた。

「店の外にはいつの間にかお客さまが集まり開店を待っていて、少しでも早く店を開けなければいけない状況になっていました。スーパーバイザー(SV)にも連絡して8時の開店を決めました。大勢のお客さまが店内に一度に入ると危険ですし、余震の心配もあるので、風除室に机を並べそこで注文を取り、商品を取りに行って渡すというスタイルで営業しました」

地震当日の朝、店舗の前には開店を待つ人で行列ができた

東日本大震災では、今回同様、地域のために店を開けるという店長の判断で震災直後から営業した店は多かったが、会計に際してはレジがダウンしていたので、100円、200円など端数の出ないおおよその売価で販売する、いわゆる「ザルレジ」というやり方を取らざるを得なかった。

その教訓を生かして、ツルハでは発注などに用いる「POT(ポット)」と呼ばれるハンディターミナルでバーコードをスキャンすれば精算できるシステムを採用していた。POTで精算するためには、毎日担当者が売価情報をマスターからダウンロードする必要があり、フル充電に加えてPOTの非常時への準備は店舗のルーティン作業となっている。この作業も常に災害時対応を従業員に意識させるために役立っている。

ちなみに、POTの充電が切れた後は最終手段である「ザルレジ」を行う必要があり、500㎖の飲料100円、2ℓ入り飲料200円といった「ザルレジ」対応の売価感を持つことも同社の店長レベルでは必要とされている。

9月6日、地震発生当日は、水をはじめとする飲料、カップラーメン、パンなどの即食系の食品、電池、カセットボンベ、携帯電話用のモバイルバッテリーなど災害時関連の商品が午前中早々に売り切れになる。

「売り切れになった商品も多いのですが、お客さまは落ち着いており、お叱りの言葉はそれほどありませんでした。それよりもこんなときに店を開けてくれてありがとうという感謝の言葉が多く、そこは苦労したかいがあったとうれしかったです」

電気が復旧せず、欠品も多くなり、早朝から作業を続けている従業員の疲れもあったので、本部指示により、その日は日没前の16時で営業を終了した。

当初は復旧までに2週間を要するとまでいわれた北海道全域の停電だったが、関係各所の努力もあり、千歳高台店では2日目朝には電気が復旧した。しかし、40時間以上の停電で冷凍食品、冷蔵食品はすべて廃棄しなくてはならなかった。

また、地震、停電の影響で発注、納品が機能せず、2日目は食品やトイレットペーパー、災害時関連の商品が欠品するなか、洗剤など日雑商品が中心に売れていった。

物流が動きだし、商品が入ってくるようになったのは、地震発生から5日目を過ぎたあたりからだった。TGMD(ツルハグループマーチャンダイジング/商品部相当)からは、カテゴリー、アイテムに関して、どの程度発注に応えられるレベルにあるか密に連絡が来たので、ムダなく的確に発注できたという。

当日店内、プロモーションの商品も転倒、早朝の店内は薄暗い

幹部社員による対策会議を実施 役員たちも復旧作業に加わる

八幡政浩(やはたまさひろ)執行役員北海道店舗運営本部長は、東日本大震災発生時、宮城県、福島県を統括する店舗運営部長だった。地震発生当日の本部の対応を八幡氏に聞いた。

「東日本大震災の経験があったので、今回は私としても会社としても冷静に対応できたとおもいます。当日は地震発生直後に堀川政司社長の統率で、本部長以上の幹部社員が本社に招集されました。東日本大震災を教訓にして、パート・アルバイトに至るまで全従業員の安否確認をするシステムが導入されており、幹部社員の本部集合とほぼ同じタイミングでそれが発動されました。

集まった本部社員で対策会議が開かれ、堀川社長から基本的な指示があり、経験もあることから、以降の対応は私に一任という形になりました」

東日本大震災では津波による被害が大きかったため、八幡氏はまず海岸に近い店舗を担当する部長、および海岸に近い場所に住んでいるSVに電話して避難するように伝えた。その後、津波がないことを知り、その旨も改めて連絡した。

八幡氏が連絡を取ったのは、店舗運営部の部長と一部SV、指示や情報はそこから下に下りていった。まず、その日休業はせず店を開けるという方針を出し、何かあれば連絡を受ける態勢を取り、その後は幹部社員とともに近隣の店舗の復旧に向かった。

営業続行という基本方針は会社全体で共有されており、経営幹部からの指示は最小限で済んだ。また、社長、役員たちも店舗復旧の作業に加わっており、店を開けるためにトップから末端までがある意味自律的に動いているのが、同社の地震対応のなかでも特筆すべき点である。

酒類の瓶が割れ、中身が流れ出た店内

 

一品ずつ、一店ずつ積み上げてブランドを築き上げてきた「成城石井」のプロセス

毎日の商売に刺激を与える一冊をご紹介する「商売に効く本棚」。第2回目の今回は、成城石井の創業者 石井良明氏の半生を描いた自伝、「成城石井の創業ーそして成城石井はブランドになったー」をご紹介します。地元の人に愛される店としてどのように同社がブランドを作ってきたのかを学びましょう。(流通ジャーナリスト:流川通)

年収200万円の人も、2,000万円の人も買物をしたい店であるということ

日本を代表する都市型スーパーマーケットに成長した成城石井創業者である石井良明氏による小売ブランドづくりの思想と実践が詰まった好著。

本書は、小売業のカリスマ的創業者の名だたる著作に劣らず読み応えがある。ネット産業隆盛のさなかにあって、リアル店舗の価値を訴求し、一品ずつ、一カテゴリーずつ、そして一店ずつ積み上げてブランドを築き上げてきたプロセスを丁寧に辿っているからであろう。

成城石井が1号店の成城店をオープンさせたのは1988年。2号店はなんとその12年後に開店している。この長い年月の中で、試行錯誤を繰り返しながら、都市部における小型食品店経営のあり方(駅ナカ立地の開発)、核商品、核カテゴリーづくり(ワイン、惣菜など)、品揃え、プライシング(価格政策)、人材育成、設備投資といった基本戦略とコンセプトの根幹ができあがる。

成城石井は年収2,000万円の人をターゲットとして品揃えを行っているという。年収2,000万円の人は日本の人口の中でもほんの数パーセントだ。では成城石井に訪れるお客は皆、そんな高収入な層だけなのだろうか。答えは「ノー」である。

たしかに成城石井が提供する食材の数々を支持するのは高所得層であり彼らは上得意客だ。飲食店を経営するプロのお客も多い。おいしい飲食店を探すことを楽しむ層は、自宅でも同様の楽しみを得たいだろう。これは従来のスーパーマーケットが開発してこなかった顧客層だ。

一方で年収200万円の若い人でも、ときにお祝い事で彼女をもてなしたいこともある。そんなときはすこし奮発してグレードの高い商品を買うだろう。また収入は限られるが、ワインとチーズにはお金をかけたいというライフスタイルを持つ層もいる。彼、彼女らの購買動機をも併せて、ひとつひとつの商品をマス化してきたのが成城石井のMDの基本だ。成城石井には、年収2,000万円の人が選びたいワインがあり、チーズがあり、スモークサーモンがあるのだ。

ちなみに副題にある「ブランド」を英英辞典で調べると、「自分ではなく他者がその違いを語ることができる」という意味を持つ。

石井氏の言葉を借りれば、「高品質を追求するが、自分からは物語らない、お客様が語ってくれることに意味がある」と同義だ。

独自の体験価値を持つ商品がお客に語られるようになってはじめて「ブランド」となる。そして自分たちの街に成城石井があってほしい…地域住民に熱望されての出店こそ、小売がお客から与えられる最たる栄誉だろう。

冒頭で、英国の新聞記者が成城石井を評して、スーパーマーケット界のルイ・ヴィトンにたとえたというが、これはモノを知らぬ記者なのだろう。石井氏も思わず嬉しくなってしまったのだろうが、あえてたとえるなら、米国の人気スーパーマーケットチェーントレーダージョーズと米国の優れたローカルスーパーマーケットの特性を組み合わせて独自のポジションを築き上げているスーパーマーケットと言えないだろうか。

成城石井の炭酸水売場。硬度が高い海外の天然炭酸水が一同に揃う。珍しい国産の天然炭酸水(軟水)も発掘し、アピールする。硬水から軟水までまた天然と強炭酸を揃え、炭酸水の選択肢を増やし、尚且つ成城石井の核カテゴリーのひとつであるリキュールの割材のバリエーションを増やし、自分好みのテイストを見つけられるようになっている。核カテゴリーは品揃えのデプス(深さ)を訴求し、別のカテゴリーとも連動させながら目的来店性(デスティネーション)を創り出すことに成功している。

(石井良明著 日本経済新聞出版社)

IoTによって「店頭欠品」をリアルタイムで可視化できる

2018年11月12日、シンシナティのクローガー社(米国最大のスーパーマーケット企業)を公式訪問し、情報システムのR&D(研究開発)部門の幹部の取材をしてきました。詳細は、月刊マーチャンダイジング誌上にて発表しますが、テクノロジーの発達によって変化する小売業の未来の一部を紹介します。

画像情報、商品の位置情報、在庫情報がすべて統合・可視化できる

IoT(Internet of Things)時代とは、すべてのモノやビッグデータがインターネットにつながる社会のことです。IoT社会の到来によって、小売業の「売り方」や「作業」は劇的に変化します。

たとえばクローガーは、棚上の「カメラ」を活用して、「店頭欠品」の可視化の実験を行っていました。監視カメラの画像情報だけでは、欠品状況の可視化はできません。カメラの「画像情報」、その商品が棚のどの位置に陳列されているかという「位置情報」、その商品が何個あるかという「理論在庫情報」がすべてIoTでつながることよって、店頭欠品情報を可視化することが可能になります。

カメラで撮影されたゼロ欠品の棚には、A商品が陳列されており、その理論在庫がいくつあるというビッグデータがすべて紐づけられます。その欠品一覧をデータ化したものが以下の写真です。右側のOOSという言葉は、「out of stock」の略で、棚に在庫の存在しないゼロ欠品商品のことです。写真の赤線より上のOOS商品は、棚在庫はゼロであるが、理論在庫上は在庫があるはずの商品です。棚は欠品していますが、バックヤードや棚上に在庫があることが推測できます。


写真のOORという言葉は、「out of reach」の略で、その商品が本来あるべき位置にはなくて、手の届かない棚の上部に在庫があるか、もしくは棚の下部に陳列されている商品のことです。このように、欠品状況、陳列位置の乱れを可視化できるのは、「画像情報」「位置情報」「在庫情報」の3つのビッグデータがつながっているからです。

クローガーでは、OOS情報をもとに追加発注をかけたり、陳列位置を変更したり、バックヤード在庫を確認する作業を、毎日決められた時間に実施しているそうです。IoT時代の到来で、現場の欠品作業も大きく変化します。

メーカーとの店頭実験で店頭起点のマーケティングの高度化を目指す

小売業が消費税増税をはじめとする「コストプレッシャー」をどうはねのけるべきなのか。前回は小売業がメーカー、卸売業と協業する際に気をつけたいポイントを挙げました。今回は、店頭活動やリベートについての考え方を提案します。(月刊マーチャンダイジング2013年7月号より転載)

店頭活動の高度化でリアル店舗の価値は高まる

メーカーのマーケティング部門は、そのメーカーでもっとも予算を持っている。小売業は自らの店頭においてショッパーリサーチを今後より強化していく必要があるだろう。そのためには、優れたメーカーのマーケティングと協働して、販売促進活動に上手く活用することをお勧めする。

マスメディアによる広告は、以前のような効果がなくなりつつあると感じているメーカーは少なくない。店頭が消費者の商品やサービスに対する認知度・理解度を高める重要な媒体になってきていることは賢明な月刊MDの読者諸氏であればご存知のはずだ。

たとえば店内広告に対して広告費をインセンティブとして考えても良い。一方、ネット販売に対してリアル店舗の優位性を醸し出す「エンターテインメント性」の強化は今後重要な施策となろう。グローバルチェーン、メーカーでは「リテールテインメント」と呼ばれている製販協働の店内広告活動である。

これは知らず知らずのうちに、売場の楽しさに貢献する販売企画だが、重要なのは、戦略的に計画的に継続的に、そして、よりショッパーの心をひきつける魅力的な、差別化されたリテールテインメントを実施することである。

プロモーションも日常的に実施されているが、自社に来客しているお客様の特性をメーカーに調査してもらい、店頭実験を協働することにより、カテゴリー成長の促進を目的にプロモーション展開することが有効である。

一般的なメーカーが、消費者調査に使用している予算は大きな金額だ。そのうちの予算を何店舗かでブランドを購入するショッパーリサーチにあてれば、メーカーと協働してカテゴリーディシジョンツリー(意思決定の相関を判断する樹状図)を作成することも可能になろう。

そして、顧客データや店頭在庫データも活用し、店頭実験を行い、ショッパー起点の買いやすい定番売場を検証し、成功事例をスピード感もって、水平展開することが店頭起点のマーケティングの高度化へ結びつくのである。

POP等の販促物も、メーカーとの協働だ重要だ。小売業の意思と意図を反映させたPDQ(Pretty Damn Quick:プロモーションで使用されるエンド用アウターカートン)、RRP(Retail ReadyPackage:定番で使用される定番棚用インナーカートン)を作成すれば、陳列作業の効率化と、エンド管理の効率化をすることができる。

日本でも大陳キットがあるが、これは主にメーカーの供給事情に基づいたものが多いの対して、PDQやRRPは小売業のニーズに基づいて、協働で作成することが大きな違いである。

リベートをいかに戦略的に活用すべきか

最後に営業活動に関しての改革手順について述べよう。

ここで問題にしたいのは販促協力金「リベート」の扱いである。「リベート」はこれまで商品を扱いさえすればつけられるもの、あるいは売上の補てんというような後ろ向きの意味合いで使われることが多かったのではないだろうか。月刊MDでは、このようなネガティブイメージを払しょくするために、「リベート」という言葉よりも売上達成、あるいは利益アップのための機能フィーとしての「インセンティブ」という言葉を当てたい。

よって、小売業がよく口にする「他小売業に、うちより良い販促協力金をメーカーが提示しているのではないだろうか?」という疑問は販促協力金を「リベート」と思っているからである。メーカーの取引制度に関して、基本戦略はオープンになっているが、このリベート問題は残念ながらわからないとしか言えない。

というのは、目標達成(販売金額)・エンド展開・チラシ・数量インセンティブなどに加え、主に、メーカーのブランドが予算化しているブランド育成のためのインセンティブを絡めて、いくつものパターンとなる営業活動を実施しているのが通例だからだ。

例外メーカーもあるが、一般的には、メーカーのコンプライアンスが厳しくなってきている昨今、整合性のない「リベート」の運用は、出来なくなっている。このような状況下で、いかに整合性のある機能フィー、すなわち「インセンティブ」をメーカーから引き出し、利益に結びつけるかが、重要なアクションの一つとなる。

大半のメーカーは、ブランド育成のためのインセンティブは積極的であり、最近は、定番売場の強化に結びつく販促を重視するメーカーも多い。お客様の店頭での購買意思決定率は意外に高い。カテゴリーによってその数値は異なるが、小売業は、そういう重要な数値を把握しなければいけない。それらの数値に基づいて、利益率を絡めた定番商談を行うことは、小売業にとって利益が高まる。

新製品、改良品に関しては、メーカーも広告戦略、販促に非常に力が入るので、初動販売の成功を実現すべきである。初動販売の成功というのは、小売業にとってもショッパーロイヤルティが高まることにもなる。

また、メーカーは、現状新製品に多くのリベートを予算化しており、新製品の早期展開を条件に、メーカーに打診することも必要である。入れ替え・新規導入までのブランド育成予算について、メーカーと明文化し、全店舗で徹底させることである。

小売業はこの「徹底化」の中身、すなわち「売場実現」に関して最大限の組織能力開発と作業体系構築に注がねばならないだろう。

同時に、重点的に良いポジションをフェイシングしたのだけれど売れない場合、次の棚割りまで放置せず改善の対応もメーカーの販促金とリンクさせて取組みを実行すべきである。

[図表2]統合的サプライチェーン構築の基本概念

このような製販協働のサプライチェーンマネジメントの改革と高度化が、売場での「売り切る力」そして、「売り続ける力」の強化につながり、競合優位への近道となる。ぜひ実現に向けたアクションを起こしてほしい。

ATM、食品、雑貨、調剤も 「自宅の近く」まで届ける時代へ

高齢化、免許返納時代には、店舗に自力で行くことのできない高齢者が増加します。こういう時代には、店に顧客が来るのを待つだけではなくて、自宅の近くまで商品やサービスを届けることが重要になります。「届けるサービス」の事例を紹介します。

介護施設、限界集落で需要のある「移動ATM」

『国立社会保障・人口問題研究所』が2018年3月に発表した「日本の地域別将来推計人口」によれば、今から12年後の2030年の日本の人口は、2015年対比で93.7%(全国)に減少します。さらに、2045年には、83.7%(2015年対比)に減少します。もっとも人口が減少する「秋田県」は、2030年には79.6%(2015年対比)、2045年には58.8%(2015年対比)と、人口が半分近くに減少します(人口動態の詳細は、この連載の第19回参照)。まさに、何も手を打たなければ、間違いなく売上が減少する未来が到来することがわかります。

一方、人口構造は、「少子高齢化」が一気に進みます。高齢者の人口が増えると、「免許返納」した高齢の単独世帯が増加します。自分で車を運転できない高齢者は、ルートバスを使うか、息子や娘の車に乗せてもらうしか、買物手段がなくなります。買物だけでなくて、年金日にお金を引き出したいと思っても、ATMに行くことも困難になります。

先日、「CEATEC JAPAN」という展示会で、大手都市銀行が実験している「移動ATM」のデモを見てきました(写真)。担当者の方によれば、介護施設でニーズがあるそうです。介護施設に入居している高齢者は、通帳、印鑑、カードをヘルパーさんに預けており、お金を引き出す際には、ヘルパーさんにATMまで行ってもらうことが一般的です。それが、施設にいる高齢者の自尊心をひどく傷つけているそうです。「自分でお金も引き出せないのか」と。しかし、移動ATMであれば、年金支給日に介護施設に来てもらえば、自分でお金を引き出すことができます。

大手都市銀行が実験中の「移動ATM」。介護施設などで要望がある。

また、ATMが遠方の工場地帯、限界集落などでも需要があるようです。現在、手数料を高くしたり、低くしたりして、どのくらいの手数料が「お許しいただける範囲」なのかを実験している段階だと言います。「移動ATM」の実用化は、そんなに遠くないと思います。

限界集落で活躍する移動スーパー「とくし丸」

杏林堂薬局の移動スーパー「とくし丸」。店内の取扱商品に一律10%のマージンを乗せて販売する。

全国のSM(スーパーマーケット)が導入して話題の「とくし丸」という移動スーパーもまた、免許返納した高齢世帯向けの「届けるサービス」です。とくし丸に積み込む商品は、そのSMの売場で陳列している商品です。「プラス10円ルール」によって、一律、10円のマージンを乗せて販売します。10円割高ですが、店舗まで行く手段の少ない高齢世帯にとっては有難いサービスです。

DgS(ドラッグストア)でも、杏林堂薬局が2016年10月から、2店舗で、3台の「とくし丸」を稼働させています(月刊MD2018年6月号掲載)。杏林堂によれば、「お客さまのほとんどは高齢の方です。中には一度に6,000円も買ってくれる方もいて、購買力は高いです」とのことです。

また、「とくし丸を利用するお客の60%程度が、一人暮らしの高齢者を家族にもつ来店客です。たとえば、親の買物になかなか付き添えなくなった娘からの依頼が多いです。とくし丸を導入している『杏林堂和田店』は、売上構成比の45%が食品です。中でも刺身、精肉、青果などの生鮮食品の要望が多いですね」とも言います。

刺身、肉などの生鮮食品がよく売れる。

健康志向、惣菜強化、冷食拡充…注目4商品からコンビニの次世代を予測する

秋冬の商品政策について、セブン-イレブン、ファミリーマート、ローソン、デイリーヤマザキを取材した。その取り組みの中で、事例として提示された商品を、(春夏の関連商品も含めて)幾つかピックアップした。チェーン独自の政策を具現化した商品もあれば、各チェーンに共通するコンセプトの商品もある。コンビニの新商品から次世代の成長戦略を探っていきたい。

牛丼専門店チェーンに対して優位性を発揮

一つ目は10月16日にリニューアルしたセブンのチルド商品、「熟成肉の特製牛丼(アンガス種牛肉使用)」398円(税込み、以下同)。外食チェーンとガチンコで戦える商品であることを示した。セブン-イレブン・ジャパン取締役執行役員商品本部長の石橋誠一郎氏が、その差別化ポイントとして挙げたのが塩分の使用量である。

一日に摂取してよい塩分量は、厚生労働省の指針が男性8.0グラム未満、女性7.0グラム未満、世界保健機構(WHO)は5.0グラム未満と、さらに基準値は厳しい。同商品を最初に発売した11年は塩分相当量が3.6グラムあった。食材と製法を変更し、肉のうま味を増すことで徐々に塩分量を削減し、今回は1.8グラムまで減量させた。

食品表示法に基づき2019年3月からは、現行の「ナトリウム」ではなく「食塩相当量」の表示が義務付けられる。この変更により消費者は塩分に対して、より意識するようになる。その変化に先駆けて対応した。

一方の、ある牛丼専門店チェーンは一食約6グラムの塩分を使用している。この点でセブンは「競合」を大きく引き離している。もはや牛丼専門店チェーンの補完的な商品ではなく、明確に戦える商品として展開していく。

若い男性客に冷凍食品を訴求する意図

セブン-イレブンは「蒙古タンメン中本 汁なし麻辛麺」321円(画像)を本年6月に発売、1店舗1日平均3.7個の売上は“冷凍商品においては、これまでにない実績を残すことができた(石橋氏)”ヒット商品である。

筆者は、この商品を発売当初に食べたとき、極端な辛さに驚いた記憶がある。辛さを売りとする繁盛店の商品を再現するのだから辛いのは当然として、こうした味覚の尖った商品を、他チェーンは発売しても、大衆路線の真ん中を走るセブンは、避けて通ると思っていたからだ。

発売から数カ月経ち、その狙いが明らかになった。「この商品は若い男性客に訴求できた。今までセブン-イレブンで冷凍食品を購入しなかった客層が一気に変化した。結果として冷凍食品の伸長が著しく高い。お客様に対して、購入してもらう“きっかけ”を提供することにより、どんどん(商品の動きが)変わる手応えを感じている」(石橋氏)

コンビニ各チェーンは冷凍食品売場を拡充している。買い物に慣れた主婦層であれば売場への寄り付きに抵抗はない。一方、若年層は、弁当類に馴染みがあっても、冷凍食品に手を伸ばす人たちが少ない。売場に意識を向けさせるため、あえて若者向けの味覚の尖った商品を投入したのだ。

しかも続きがある。11月19日の週に、カップのまま電子レンジで温められる冷凍食品「7プレミアム 炒め油香るチャーハン」「7プレミアム バター香る海老ピラフ(ともに213円)を投入する(執筆時は発売前で画像なし)。店内の業務用レンジで温められる即食性の冷凍食品は初めてである。皿に移さなくても、車の中やオフィスで食べることができる商品だ。

この食の場面を拡大する画期的な商品は、若い客層を中心に訴求できるだろう。その意味で、先の「蒙古タンメン中本 汁なし麻辛麺」から若い客層を引き付ける冷凍食品売場に対する政策には、一連の流れがあったのだろう。

コンビニは惣菜強化で夕夜間の売上拡大を図る

夕夜間の惣菜強化はコンビニ各チェーンの共通テーマである。時間のない有職主婦、近くで買い物がしたい高齢者、一人分の食事で足りる単身者、こうした客層を、既存のスーパーマーケットに取られるのではなく、コンビニが取り込んでいく政策である。

ただし、それだけではなく、購買行動の変化も起こっている。

ファミマは客数だけではなく、客単価にも注目している。ファミマの平均客単価は573円。一方で、惣菜や冷凍食品を購入するお客の客単価は高く、特に惣菜シリーズ「お母さん食堂」(画像)を購入するお客の客単価は1349円と、それ以外の客単価より圧倒的に高いことが判明したのだ
「スーパーマーケットの平均客単価が1902円(推計)だから買い方がスーパーマーケットに近づいているイメージ」とファミリーマート常務執行役員 商品・物流・品質管理本部長の佐藤英成氏は分析する。

客単価が高い理由は購入が「自分用」だけでなく「家族用」にもシフトしている。客単価が一気に高くなる「使われ方」の変化が起こっているのだ。

野菜は1/3日分から1/2日分、そして1日分へ

画像はデイリーヤマザキが、この秋に発売する「1日分の野菜が摂れるちゃんぽん」550円。炒めたり、ボイルした“1日分”の野菜が加わり手に持つとずっしりと重い。

同チェーンによると、野菜を多く加えると女性の購入率が高くなり、昨年は1日の2分の1の野菜が摂れるシリーズを発売したところ、女性の購入率が10%高くなったという。

それでも若い女性のお客から次のように聞かれた。
「じゃあ、残りの半分は、どうやって摂ったらいいの?」
このやりとりが、“1日分の野菜”のヒントになったという。

セブン-イレブンは今年度から“1/2日分の野菜を使用”と量目を数字で示すようになった。数字で示した方が反応は良いという。

コンビニは野菜不足のサポートを一斉に謳いだした。冬はサラダの需要が落ちるので温野菜系の商品もトレンドになっている。

一時期は不健康の代名詞のように呼ばれた「コンビニ弁当」も、もはや過去の話となりつつある。

食品構成比率60%に近づくGenky。部門別売上高構成比に見るDgS企業の営業戦略

月刊マーチャンダイジングでは、毎年10月号で上場ドラッグストア企業の決算を特集しています。今回は2018年の企業ごとの部門別売上高構成比率から各企業の戦略を読み解きます。

医薬品・化粧品よりも食品売上高構成比が高い企業も

図表は、2018年決算の企業ごとの部門別売上高構成比をまとめたものです。

企業別に見ると、食品の構成比率を高くして、その分、医薬品、化粧品などの構成比率は低めに抑えている企業と、医薬品、化粧品など高粗利益率の商材の構成比率を高めに維持しているグループに分かれることがわかります。

まず気が付くのが、ドラッグストアといいながら、食品の構成比率が高い企業が複数あるということです。Genky DrugStoresが58.7%、コスモス薬品は56.2%、カワチ薬品は46.3%となっています。また、食品だけの売上構成比率は決算の発表からは明らかではありませんが、クスリのアオキも食品の売上構成比が高いと推測されます。

少し前まではDgS業界における食品の構成比率が高い企業の代表格はコスモス薬品でしたが、一昨年、Genky DrugStoresが食品の売上高構成比率1位になり、今年もその状況は継続しています。同社は地方の7,000人商圏でも採算が合う生鮮強化型の新業態を開発していて、一般的なヘルス&ビューティ中心の接客型DgSとは違う収益構造にかじを切っていると言えます。

生鮮全店導入により7,000人商圏での勝ち残り図るゲンキー

そして、売上高上位3社は、粗利益率の高い医薬品・化粧品の売上高構成比率が高いこともわかります。ウエルシアHDは、昨年に引き続き医薬品の構成比率が上昇傾向です。その分食品を減らしています。

ツルハHDは医薬品、化粧品の構成比率が減少傾向で、食品が2016年の15.2%から4.6ポイント増加して19.8%となっています。マツモトキヨシHDは化粧品の構成比が40%を突破。一方で医薬品、食品の構成比率が落ちているのが特徴です。

集客に寄与する食品だが、取り扱いの難易度は高い

なお、食品の売上構成比の高い企業のほとんどが、以下の記事で「粗利が低く、販管費も低い」とされたグループに属しています。

同じ営業利益率4%でも稼ぎ方が全く違うウエルシアとコスモス

食品は粗利益率は低いものの、その分集客に寄与し、たくさんの客数を集めて在庫を高速に回転することができます。ただし、食品には賞味期限があり、回転率が高いことから発注、品出し、見切りなど、商品管理の手間もほかの商品に比較して非常にかかる部門です。そのため食品を取り扱う企業の販管費率は上昇する傾向にあります。食品を扱う企業は、そういう意味でも食品の商品管理の仕組み化によって販管費をいかに下げていくかが重要になるといえるでしょう。

<注>
・「医薬品」は基本的に「OTC」と「調剤」を合算した構成比を掲載
・ウエルシアHDの「医薬品」は「医薬品+調剤」
・ツルハHDの「その他」は、「育児用品、医療用品・介護、健康食品、その他」の合計。2018年度の「医薬品」は「医薬品+調剤」
・ココカラファインの「雑貨」は「衛生品+日用雑貨」、「医薬品」は「医薬品+調剤+健康食品」
・クリエイトSD HDの「医薬品」は「OTC+調剤」
・クスリのアオキの「医薬品は「ヘルス(=医薬品、健康食品)」、「雑貨・食品」は「ライフ」、「化粧品」は「ビューティケア」
・キリン堂HDの「医薬品」は「医薬品+調剤+健康食品」、「雑貨」は「育児用品+雑貨など」
・薬王堂の「医薬品」は「ヘルスケア(調剤・医薬品)」、「化粧品」は「ビューティケア」、「雑貨」は「ホームケア」、「食品」は「コンビニエンスケア」
・サツドラHDの「医薬品」は「ヘルスケア+調剤」、「化粧品」は「ビューティケア」、「雑貨」は「ホームケア」、「食品」は「フード」

内製化進めるダイソー。変わる情報システム部の役割

企業が情報システムを活用する際、開発ベンダーとどうかかわっていくかは大きな課題だ。100円ショップ最大手のダイソーは、5,300店舗、7万アイテムもの商品点数があり、巨大なデータ量を取り扱う小売業だが、それまで外部ベンダーに外注していた社内システム構築を、2014年頃から内製に切り替えることに成功した。現在はAWSを活用し、商品管理システムをはじめとする情報システムの自社開発を行っている。同社情報システム部課長の丸本健二郎氏に、内製に至る経緯と同社が目指す次の一手を聞いた。(取材:MD NEXT編集長/鹿野恵子)

157億件のデータをどう処理するか

ダイソーは、売上高4,548億円、店舗数5,270店、7万アイテムの商品を取り扱い、26カ国の国と地域に展開する国内最大手の100円ショップだ(2018年3月末)。同社が内製&AWS活用に舵を切ったきっかけは、2014年に開始した自動発注システムの開発にあった。

売れ筋商品の適切な発注と在庫の維持は店舗の最重要業務の一つだが、様々な影響を加味して高度な判断の上に行う必要がある。人材不足の昨今、店舗業務の負担を軽減するために、ダイソーでは自動発注システムの導入を検討することになった。

そこで、50店舗ほどでAIを活用した自動発注システムの実験を行ったところ、欠品率の減少と反比例して、売上が上がる効果を実証することができた。しかし、いざ全店導入のために試算したところ、現状のシステム構成では全体の1割にも満たない200店舗分の処理で限界がくることが分かったのだ。自動発注システムが取り扱うデータ量は、157億件(店舗数5,000店×商品数7万点×30日間分の需要予測×150%の拡張余地 ※開発当時)にものぼる。

もともと大手外資データベース企業にいた丸本さんは、それまでも相当なデータ量を扱うシステムに携わっているという自負があったが、既存のデータベースでは全く歯が立たないデータ量だったという。さらに、ダイソーの店舗は全世界に展開されているため、日本の夜間にあたる時間帯にデータ処理をまとめて行うこともできない。

そこで丸本さんたちは採用技術から変更を検討することにした。おりしもAWSが提供するデータウェアハウス「Amazon Redshift」がアメリカで発表されたばかりの時期だったため、このサービスの検証を実施。想定以上のハイパフォーマンスな処理を実現することができたため、Redshiftの採用を決断した。

ダイソー 情報システム部 システム開発1課 課長 丸本健二郎さん

今後も同社は店舗数を拡大する見込みで、当然取り扱うデータ量も増加することが予測される。拡張性が重視される状況のなか、サーバのCPUやメモリなどハードウェアを高性能にして処理性能を上げる「スケールアップ型」ではなく、サーバの数を増やして性能を上げる「スケールアウト型」のサービスとしてもAWSは最適だった。

自動発注システム開発の反省がきっかけで内製化目指す

ただ、この自動発注システム開発には大きな反省もあった。開発の当初は変化に強いシステムを志向し「マイクロサービス(※1)」を目指していたのだが、外部のベンダーに依頼して開発し、出来上がったものがいわゆる「大きなシステム」で、当初のコンセプトとは違った完成型になってしまったのだ。

(※1:マイクロサービス…従来のシステムがある目的に対して「大きな一つのシステム」で設計されているのに対し、たくさんの小さなシステムを連携させて一つの目的を実現するというもの。従来型のシステム設計は、開発の規模が大きくなりがちで、さらに1か所を修正すると全体を修正しなければならなくなる。一方、このマイクロサービス型の設計であれば開発も変更も、比較的容易になる)

「そこで反省して、外注するより自分たちで作ろうと方針を転換しました」(丸本さん)同社は、変化に強いシステムを構築するために、内製に挑戦することにした。

真っ先に着手した「社内システムの棚卸」

丸本さんはもともと外資系のデータベース企業の出身だ。内製化に向けて動くことができたのは、彼の技術者という出自も関係している。さらに外部の開発ベンダーからユーザー企業側に転職したことで、いくつもの課題に気が付いたという。

ダイソーの店頭では膨大な商品が取り扱われている(写真はイメージです)

「ユーザーの側に立ってみて、はじめてベンダーの力の強さに気が付きました。ユーザー側の企業の情報システム担当も、技術のことや業務ロジックのことがよくわからないまま発注をしていることが少なくありません。ベンダー側も利益を取りに来ているので、ユーザー企業側が裏の構造まで理解していないと、いいように作られてしまうこともあります。このままでは将来的に行き詰ると感じていました」

転職した際、そんな風に感じた丸本さんが2012年にダイソーで真っ先に着手したのが、会社のシステムの棚卸だった。それまでは社内にシステム一覧も存在せず、誰に何を聞いたらよいのかわからない状態。システム社内一覧を作成して、システムの棚卸を行うとともに、関係性を見えるようにするため全体構成図を作成。全システムをレビューした。

このような作業を行うことで、それまでベンダーに丸投げしていた情報システムのなかで雑に作られている部分や、似通った機能が重複して作られている部分も見えてきたという。サーバーが壊れたときのデータ担保の仕組みができていないようなシステムも発見した。情報システム部の担当者は納品されたものをチェックしたつもりになっていたものの、トラブル時の対応の評価まではできていなかったのだ。これはシステム品質の定義が十分になされていないことが原因であると判断し、ダイソーのシステム品質の定義を再構築した。

「kintone」で商品管理システムを開発。統制が効く運用へ

次に着手したのが商品管理システムの開発である。繰り返しになるが、同社の取扱商品は約7万アイテム。新商品は毎月約800アイテムにのぼる。同社はその大量のアイテムや商談の仕組みをエクセルで管理、運用していたのだが、単一エクセルでは集計ができず、誰がどの商談をしているのか把握できなかったため、商品計画が煩雑な状態だった。

そこで同社は、商品管理システムをサイボウズが提供するデータベース型ビジネスアプリ作成ツール「kintone」を使って新規構築することにした。商品の状況や、作業の優先順位などが一目瞭然になり、承認フローなども構築。業務の見える化が進み、膨大なアイテム数を取り扱いつつも、統制が取れるようになったという。しかし、商品管理システムの構築後には開発前から想定していた課題が表面化した。

「狙ったことはできるようになったのですが、kintoneというプラットフォームでもともと我々の膨大なデータ量をレスポンスよく捌くのは難しいと考えていました。実際、業務の流れはシステム化できたのですが、レスポンスが悪く、業務メンバーからは不満の声が大きくなってきました。そこで、商品管理の仕組みを運用に載せることに成功したあと、商品計画を含めたトータルシステムの構築に着手することになりました」(丸本さん)。

このことからも学びがあったと丸本さんは言う。

小売業界は、他業界に比べてまだまだシステム化されていない業務が多く、ゼロからシステムを作りあげる必要があります。ただ、はじめからフルスクラッチ(※2)で内製をしてしまうと、コストも手間も想像以上にかかるものです。プロトタイプを作り、それをたたき台にしてシステムを作れば想定外の工数増加を防ぐことができます」(丸本さん)

(※2:情報システム開発時に、既存のプログラムを使わず新しく作成することをスクラッチ開発というが、そのなかでも既存のものをまったく使っていないことを強調するときはフルスクラッチ開発という)

次の一手はAI活用による「店内作業の効率化」

今後丸本さんがダイソーで挑戦したいと考えているのはAIの活用だ。

活用分野としては(1)棚卸、(2)店舗従業員の教育・サポート、(3)万引き検知、(4)顧客分析、(5)在庫最適化の5つを検討している。

まず小売業の作業のなかで大きな工数を割かざるを得ない「棚卸」業務の自動化だ。小売業界のなかではRFIDの活用研究も進んでいるが、100円ショップの収益構造ではコストが1枚当たり1円以下にならないと活用は難しい。カメラなどで入力した画像をAIで分析して、棚卸作業の負担を軽減できないかと考えている。

店舗従業員の教育やサポートにもAIの導入を検討している。例えばダイソーでは業務上の不明点に回答するコールセンターを設置しているが、このコールセンター業務をスマートスピーカーのような音声認識AIで代替することはできないかと考えている。顧客分析AIは、既に製品として販売されているものもあるが、顧客の買い回り状況などを分析することで、次の打ち手を戦略的に検討することが可能になるだろう。在庫最適化AIではチャンスロスの発見や過剰在庫の検出・対応、滞留在庫の廃止などを目標とする。

なお、販促や売り方に関わる部分など、100円均一という業態の営業施策に関わる分野へのAI導入はまだ検討していない。まずは店舗作業の効率化などの分野でAIを導入していきたい考えだ。

長期的な視点で全体最適を目指せる情報システム部の役割

丸本さんがダイソーへの転職を決めたのは、地元企業であったこともさることながら、長期的な視点でシステムに関わりたいと考えたのがきっかけだった。前職ではプロジェクトが終われば数カ月程度でお客様との関係も終わってしまう。ユーザー企業に入って、もっと長くシステムに関わり、本質的な部分に踏み込みたいとという思いが芽生えた。

ユーザー企業の情報システム部は、自社のことをとことん考えて、長期的な視点に立ってシステムをつくるのが役割です。できたシステムの品質が低ければ、社内からの批判を浴びることにもなります。一方の開発ベンダーさんは、どんなによい会社さんでも、プロジェクト終了後のことまで責任を持つことはできません」(丸本さん)

内製化を目指したことで、同社の情報システム部はその仕事が大きく変わった。それまでは、ベンダーにざっくりと「こんなシステムを作りたい」と伝え、提案に対し見積もりを依頼するのが仕事だった。短期的な視野で、いろいろな開発ベンダーに依頼するので、どうしてもシステムがつぎはぎになってしまう。しかし今は自分たちも業務部門と一緒に要件定義をして、ときにプログラムを書く。常に考えているのは「作ったシステムを業務部門にどれだけ使ってもらうことができるか」。会社の業務の全体を見て、全体最適を目指してシステムをつくる。大きな変化である。

一方、業務部門にシステムについての興味を持ってもらうのはとても難しいことだとも丸本さんは感じている。興味がない人は情報システム部に相談しようともせず「いい感じにしておいて」でコミュニケーションが終わってしまうことも少なくない。

だが、規模が拡大したチェーンストアが、新しいビジネスを展開しようとしたり、生産性向上に取り組もうとするとき、情報システムの支え無しにそれを実現することは不可能だ。イニシアティブをもって事業を展開するためには、業務部門と情報システム部がお互いに理解しあおうとする企業文化の醸成が必須なのかもしれない。

また、内製チームを運営するためには、技術のバックグラウンドを持つ開発者の確保が最大の課題だ。丸本さんは、現在AWSユーザーとして、自社のシステム開発への取り組みをさまざまなセミナーなどで発表している。広島という地方で開発者を集めるのがその目的の一つだ。その活動が功を奏し、同社には開発者が集まりつつあるという。現在は約20名ほどの規模で内製チームを運営している。最先端の開発をしているダイソーという企業が広島にあることをアピールし続け、優秀な人材を獲得していきたいと丸本さんは考えている。

ウエルシア、ツルハ…トップ企業は2,000店、売上高7,000億円も視野に入るDgSチェーン

月刊マーチャンダイジングでは、毎年10月号で上場ドラッグストア企業の決算を特集しています。今回は2018年の売上高ランキングと、2019年の予想売上高ランキングの状況から、ドラッグストア業界の将来の展望について学びます。

上の図表はDgS上場企業各社が2018年に発表した決算の実績です。

売上高に関しては、1位のウエルシアHDが6,952億円と、あと一歩で7,000億円突破の勢いです。ウエルシアHDは2017年6月に丸大サクラヰ薬局を子会社化、2018年3月に一本堂を子会社化したことによる成長が大きいと見られます。

丸大サクラヰ薬局は、青森県でDgS64店、調剤薬局を8店展開。2016年9月期の売上高は207億円です。一本堂は調剤併設型1店舗を含むDgS42店を運営。2017年9月期の売上高は約91億円。ウエルシアHDはこの買収によって約300億円の売上高と店舗網を得たことになります。

売上高第2位はツルハHDの6,732億円です。前年より約1,000億円上積みしています。ツルハHDの売上高には、2017年9月付で子会社化した杏林堂薬局の78店舗分も含まれています。

昨年売上高3位だったマツモトキヨシHDは、サンドラッグに抜かれて4位になり、5位のコスモス薬品が約10億円差と肉薄しています。ドラッグストアで5000億円以上の企業は、前年に引き続き5社を数えています。

1,000億円未満はGenky DrugStores、サツドラHD、薬王堂です。Genky DrugStoresは2019年の予想売上高を1,100億円としていて、大量出店により売上の桁を上げる構えのようです。

売上高伸長率(前期比)は前期から高速出店を継続するクスリのアオキHDが17.2%でナンバーワン。2桁伸長はツルハHDが16.7%、GenkyDrugStoresが13.8%、ウエルシアHD11.6%、コスモス薬品11.0%、薬王堂10.9%となっています。

2018年決算では、大多数の企業が増収増益となったことがわかります。

「増収増益」とは、前年度の決算や、同じ時期の四半期決算などと比較したときに、売上が増加し、かつ利益も増加していることです。同様のいい回しとして「増収減益」「減収増益」「減収減益」があります。

通常、「増収増益」という場合の「増益」は最終利益である「税引き前利益」を指すことが多いのですが、ここでは営業利益高が増加していた場合に「増益」としています。

2017年度決算で営業利益の前期比が2桁増となった企業は、ウエルシアホールディングス(HD)、ツルハHD、マツモトキヨシHD、ココカラファイン、クスリのアオキHD、キリン堂HD、薬王堂の14社中7社。減収となった企業はなく、増収減益はカワチ薬品とクリエイトSD HDの2社です。

M&Aか、自前出店かで分かれる経営戦略

なお、2019年の予測売上高を見ると、ウエルシアHDが売上高約7,800億円、ツルハHDが7,436億円と1兆円企業登場も視野に入ってきました。

現在売上高第5位のコスモス薬品は予想では売上高6,000億円を突破し、サンドラッグ、マツモトキヨシHDを抜いて売上高第3位に食い込む見込みです。

ウエルシアHD、ツルハHDは出店とM&Aで規模拡大を進めており、一方のコスモス薬品は直営店のみでの展開です。チェーンストアの競争力の源泉は標準化された店舗の大量出店によるスケールメリットと言われています。

どこまで店舗数を増やせるか、企業の規模を大きくできるかは、競合への勝利に直結するため、各社店舗開発力が問われている状況といえるでしょう。

小売の巨人「シアーズ」「Kマート」が遂に消滅!?

GMS(General Merchandise Store)の「シアーズ」、DS(Discount Store)の「Kマート」を800店舗以上展開するシアーズ・ホールディングスが、米連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)の適用申請を検討していることが明らかになりました。私が小売・流通業の専門記者を始めた30数年前の当時は、アメリカの小売業の売上の第1位がシアーズで、第2位がKマートだったと記憶しています(その後すぐにKマートが第1位の売上になりました)。かつてのアメリカの小売業の巨人であるシアーズとKマートが遂に消滅することになったわけです。

太平洋戦戦争後に成長したシアーズとKマート

太平洋戦争が終わった1945年頃からシアーズは急成長しました。終戦後、多くの帰還兵がアメリカの故郷に戻り、結婚し、新生活を始めました。当時、モータリゼーションの発達により、本格的な車社会が到来しました。帰還兵はダウンタウン(都市の中心部)ではなくて、サバーバンエリア(郊外)に新居を構え、第一次ベービーブーム時代が始まり、人口が急増しました。

シアーズが展開するGMSは、新生活に必要な「耐久消費財」である家電、インテリア、生活衣料、工具などがワンストップショッピングできる業態でした。しかも、それらの商品がカタログでも購入できるという利便性が受けて、全米に顧客を拡大したのです。

日本のGMSは「総合スーパー」と翻訳されて、当初から「食品」を取り扱っていましたが、アメリカのGMSは食品を取り扱っていませんでした。

シアーズの冷蔵庫や洗濯機のPBである「ケンモア(Kenmore)」というブランドは、長い間、アメリカの家庭でもっとも普及したブランドでした。

その後、住宅建設ラッシュが沈静化する中で、耐久消費財が主体のシアーズの成長は鈍化していきました。その後、1960年代に登場した「Kマート」「ウォルマート」のDSが小売業の主役として台頭してきました。

既に耐久消費財が揃った家庭で、普段の暮らしに必要な商品を低価格でワンストップショッピングできるコンセプトが受けて、急成長しました。たとえば、ベッド本体は販売せず、枕カバーなどの購買頻度の高い非食品が品揃えの中心でした。現在のウォルマートスーパーセンターは、アメリカでもっとも食品を販売する店ですが、初期のDSは、非食品中心の業態でした。

また、フリーウエーの出入口の近くに立地するリージョナルショッピングセンター(広域型SC)の核店舗に出店していたシアーズよりも、自宅から近い立地にDSが出店したことも、シアーズを追い抜いてKマートが小売業の売上ナンバーワンになった理由のひとつです。

従業員の緊張感がなかったKマート

その後、アーカンソー州の「ド田舎」から出発したウォルマートが急成長し、小売業のナンバーワン企業になったのはご存知の通りです。ウォルマートは、非食品主体のDSにスーパーマーケットを合体させた「スーパーセンター」という究極のワンストップショッピング業態を完成させ、アメリカ小売業の覇者になりました。

私が、30代の前半に、当時急成長していたウォルマートとKマートを視察し、店内で写真の隠し撮りをしたことがありました。当時のウォルマートで、隠し撮りをすることは非常に困難だったことを覚えています。怪しい行動をしていると、すぐに店員が飛んできて、「May I Help You」と声をかけてきました。ウォルマートの従業員が緊張感をもって店内を見ていることが強く感じられたものです。

一方、Kマートの店内で、間違ってフラッシュを光らせたことがありました。品出しをしていた巨漢の黒人が振り返り、「やばい」と思ったところ、笑顔でピースして写真を撮れと促されました。従業員は、来店客にほとんど関心がなくて、写真も取り放題の緊張感のない店舗というのが、当時のKマートの印象でした。組織が腐っていたのだと思います。

また、ブランドにあまり関心のなかったアメリカ人が、ブランドに目覚めた1980年代に入ると、お世辞にもセンスが良いとはいえないPBを主体にしたKマートの売場は消費者の支持を得られなくなりました。

1988年に公開された「レインマン」という映画の中で、知的障害を持つ兄を演じるダスティン・ホフマンが、「Kマートのズボンが最高だ」というと、弟を演じるトム・クルーズが、「Kマートの服を着るなんて格好悪いし、恥ずかしいよ」と言葉を返すシーンが象徴的でした。

その後、ウォルマートとKマートの格差はどんどん広がっていきました。最終的に、没落したシアーズとKマートの2社は合併し、生き残りを模索してきましたが、遂に万策が尽きたようです。

小売業の栄枯盛衰を長年目撃していると、「小売業は巨大な企業が生き残るのではなくて、変化に対応した企業だけが生き残る」というダーウィンの進化論にも似た原理原則があることを強く感じます。

変化とは、(1)消費者の変化と、(2)環境の変化です。センスの悪い、安いだけのPBにこだわったKマートは、消費者の変化に対応できず、衰退していきました。また、戦後のベビーブームという消費者の暮らしの変化に乗ったシアーズは、一時期、大成長しました。しかし、その成功体験から抜け出すことができず、業態としての寿命を終えました。

さて、これからの30年も、小売業の栄枯盛衰は間違いなく繰り返されます。デジタルネイティブな消費者が購買の中心になるという劇的な「消費者の変化」はすでに始まっています。その変化に対応できなければ、ウォルマートのような巨大企業でさえも衰退していくことは間違いないでしょう。

さらに、「リアル店舗の強敵アマゾン」「ネット販売」「オムニチャネル化」という大きな「環境変化」もすでに始まっています。さて、どんな栄枯盛衰が繰り返されるのでしょうか? あと30年くらい長生きして、目撃したいものですね。