年収200万円の人も、2,000万円の人も買物をしたい店であるということ
日本を代表する都市型スーパーマーケットに成長した成城石井創業者である石井良明氏による小売ブランドづくりの思想と実践が詰まった好著。
本書は、小売業のカリスマ的創業者の名だたる著作に劣らず読み応えがある。ネット産業隆盛のさなかにあって、リアル店舗の価値を訴求し、一品ずつ、一カテゴリーずつ、そして一店ずつ積み上げてブランドを築き上げてきたプロセスを丁寧に辿っているからであろう。
成城石井が1号店の成城店をオープンさせたのは1988年。2号店はなんとその12年後に開店している。この長い年月の中で、試行錯誤を繰り返しながら、都市部における小型食品店経営のあり方(駅ナカ立地の開発)、核商品、核カテゴリーづくり(ワイン、惣菜など)、品揃え、プライシング(価格政策)、人材育成、設備投資といった基本戦略とコンセプトの根幹ができあがる。
成城石井は年収2,000万円の人をターゲットとして品揃えを行っているという。年収2,000万円の人は日本の人口の中でもほんの数パーセントだ。では成城石井に訪れるお客は皆、そんな高収入な層だけなのだろうか。答えは「ノー」である。
たしかに成城石井が提供する食材の数々を支持するのは高所得層であり彼らは上得意客だ。飲食店を経営するプロのお客も多い。おいしい飲食店を探すことを楽しむ層は、自宅でも同様の楽しみを得たいだろう。これは従来のスーパーマーケットが開発してこなかった顧客層だ。
一方で年収200万円の若い人でも、ときにお祝い事で彼女をもてなしたいこともある。そんなときはすこし奮発してグレードの高い商品を買うだろう。また収入は限られるが、ワインとチーズにはお金をかけたいというライフスタイルを持つ層もいる。彼、彼女らの購買動機をも併せて、ひとつひとつの商品をマス化してきたのが成城石井のMDの基本だ。成城石井には、年収2,000万円の人が選びたいワインがあり、チーズがあり、スモークサーモンがあるのだ。
ちなみに副題にある「ブランド」を英英辞典で調べると、「自分ではなく他者がその違いを語ることができる」という意味を持つ。
石井氏の言葉を借りれば、「高品質を追求するが、自分からは物語らない、お客様が語ってくれることに意味がある」と同義だ。
独自の体験価値を持つ商品がお客に語られるようになってはじめて「ブランド」となる。そして自分たちの街に成城石井があってほしい…地域住民に熱望されての出店こそ、小売がお客から与えられる最たる栄誉だろう。
冒頭で、英国の新聞記者が成城石井を評して、スーパーマーケット界のルイ・ヴィトンにたとえたというが、これはモノを知らぬ記者なのだろう。石井氏も思わず嬉しくなってしまったのだろうが、あえてたとえるなら、米国の人気スーパーマーケットチェーントレーダージョーズと米国の優れたローカルスーパーマーケットの特性を組み合わせて独自のポジションを築き上げているスーパーマーケットと言えないだろうか。
(石井良明著 日本経済新聞出版社)