商売に効く本棚

書評:「ワークマンはなぜ2倍売れたのか」酒井大輔著 日経BP

第4回ワークマンの強さを紐解く本書は、さながら流通業界版「三国志」だ

現在、流通企業に関連する書籍で、平積みされて次々と若いお客が手にとっていくようなものは極めて少ない。そんな中、本年6月に発売され、瞬く間にベストセラーとなったのが「ワークマン」の強さを論じた本書。筆者は思わず本書を手に取ってしまったのだが、さながら、流通版「三国志」を読むような痛快な本だ。(流通ジャーナリスト:流川通)

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リブランディングとオペレーションの妙

ワークマン躍進を煎じ詰めて言えば、①元々あった職人向け商品の魅力を一般に向けてリブランディングした点、②フランチャイズパッケージを目的としたチェーンオペレーションで培った高い実務能力を持つ従業員、経営幹部に開拓すべき新市場を指し示し、その能力を十分に発揮できるよう組織を作り直した点、というところだろう。

「三国志」を引き合いに出したのは、古代中国後漢末期、帝室の末裔ながら流浪の将となっていた劉備に、軍師諸葛孔明は、「天下三分の計」を提示し、劉備の拠って立つ場所を明らかにし、そして、関羽、張飛、趙雲といった優れた豪傑が活躍できる舞台と組織を作り上げた故事になぞらえたものだ。ビジネス風に言えば、「既存の経営資源を生かし、新市場を開拓、リブランディングを図った」のである。

その諸葛孔明にあたる人物が土屋哲雄氏(以下土屋氏)である。一代で1兆円規模の売上を誇るベイシアグループをつくりあげた土屋嘉雄氏の甥にあたる。哲雄氏は、孔明であり、劉備にもあたるのかもしれない。劉備は50歳近い年齢で27歳の孔明を三顧の礼で迎えた。哲雄氏が、三井物産を退職し、ワークマンのCIO(最高情報責任者)に就任したのは60歳のときである。創業家の血筋であり、孔明の戦略をもって、新しい国家(企業集団)を建設したのである。

既存経営資源を生かした組織と人材開発

ひとつの企業を、マンネリから脱却させ、より高いステージへと進化させていくためには、「組織(人財)開発」と「新市場開拓(ビジョン)」の両輪をまわさなくてはならない。その場合、流通小売業の歴史をたどれば、社内にまったく異なる組織文化を持ち込む方法が一番効果的だった。

もっとも著名な例はイトーヨーカ堂におけるセブンイレブンだろう。新興勢力ながらスピード成長でダイエーや西友といったライバル企業としのぎを削り、大企業病に陥りつつあったイトーヨーカ堂を危惧して、創業者の伊藤雅俊氏は、鈴木敏文氏をアメリカに派遣。鈴木氏がコーヒーショップ、ドーナツチェーンといろいろな候補が上がる中で、コンビニエンスストアを見出したのは、伝説的なエピソードだ。その後のセブンイレブン、コンビニ業態の躍進は、グループはもとより業界全体の地図をも変えてしまった。

ワークマンの場合は、広い意味ではベイシアグループの一角としての立ち位置もあるが、既存の経営資源をもって社内の構造改革を果たした例と言えるだろう。

「組織(人財)開発」の改革は、2014年、土屋氏が中心となって起草した「中期業態変革ビジョン」という名の3か条を社内外に宣言したことが起点となっている。

1.社員一人当たりの時価総額を上場小売企業でナンバーワンに
2.新業態の開発
①「客層拡大」で新業態に向かう
②「データ経営」で新業態を運営する準備を行う
3.5年で社員の年収を100万円ベースアップ

「時価総額」「年収100万円のベースアップ」というフレーズは、いかにも商社出身らしい発想だろう。しかし流通小売業界におけるチェーンストアの常識のなかにいたワークマンからからすれば、新鮮な言葉だったに違いない。「年収100万円のベースアップ」を実現するためには、いわゆる従前の事業の組み直しや、延長線上の改善活動ではなく、「構造改革」による生産性の劇的変化が必要となる。

一方で、いわゆるチェーンストア業界の原理原則を中核に据えたことで、既存の社員たちへのビジョンの浸透度を高くした。ワークマン商品(ブランド)の一般化を狙った「客層拡大」は、チェーンストア企業が目指すべき「一丁目一番地」である。

かつてユニクロは機能性の高いフリース素材に絞り込んで、低価格かつファッショナブルな商品をラインナップした。これによってこれまでフリースを着たことがない高齢者層まで取り込んだのである。「絞り込むことで広げる」―チェーンストアの原理原則をワークマンもまた徹底したと言えるだろう。

その手段として何を武器とするか。「データ経営」によって、一つひとつの商品開発からオペレーションに至るまでの設計能力を向上させ、従業員一人ひとりの生産性を高めていくことを宣言したわけである。

本書では、従業員ひとり一人に「エクセル」から基本的な数理モデルを理解させ、「自分で数字を立案する」というクセを身に着ける教育からはじめ、気象など非線形モデルを組み込んだ在庫コントロール、受発注の最適化に至るまで、かなり細かな数字を挙げて「データ経営」の要素を描き出している。ここまでしっかりと数字を公開する経営者はいまどき珍しいが、商社マンらしいオープンマインドとも言える。

「情報」は与えることで、より質の高い情報を集めることができ、ひいてはインテリジェンスに長けた組織、人材ごと引き寄せるからである。

トレードオフによる新市場開拓

ワークマンはいわゆる作業現場で働く人たちをターゲットにした商品を低価格帯で開発してきた企業だ。作業現場で働く人たちが求めるのはまずは安全性や機能性である。耐久性、撥水、防水、通気性といった職人たちが重視してきた機能品質と低価格を同時に実現するためには、機能を絞り込み、素材や製造方法に遡って仕様を設計しなければならない。これはチェーンストアにおける「トレードオフ」の原則そのものであり、ある意味、ワークマンはそのノウハウを地道に築いてきたといえるだろう。気が付いてみたら、SPA(製造小売)として「高機能&低価格+ファッション性」を実践できる企業はワークマンが先頭を走っていたのである。ここに追随できるのはファーストリテイリングやニトリぐらいしかいない。

土屋氏は、このブルーオーシャンを発見し、ワークマンのモノづくりのノウハウに付加価値を与えた。かつてABCマートは、1万円以上もするブランドスニーカーを5000円―6000円台に引き下げてお客の支持を集めたが、いまや高い機能性とファッション性を備えた980円、1500円、1900円のスニーカーがとってかわろうとしている。他社のボリュームゾーンを新しい価格と品質でシェアを奪い取ることをチェーンストアの世界では「ラインロビング」という。

ワークマンはこのラインロビングの手法に、顧客を巻き込んだ活動をプラスアルファしている点が新しい。それが「製品開発アンバサダー制度」と呼ばれるものだ。

同制度は、インスタグラマー、ユーチューバーといったSNSの口コミの世界においてワークマン商品をこよなく愛し、独自の使い方を提案することでフォロワーを集めている人たちを実際の商品開発の現場に取り込むといったものだ。このアンバサダーを活用したマーケティングは広報活動をはじめリアル店舗とも本格連動させていくという。

2020年10月、桜木町にワークマンの実験店舗がオープンした。ワークマン女子をターゲットにし、アンバサダーマーケティングと最新テクノロジーを駆使して物販と情報発信をつなげる「コネクティッドストア」を目指すという。こういう発想は、原宿などでポップアップストアをつくりホームセンターPBのファッション性を劇的に高めてきたカインズの土屋裕雅社長と通じるものがある。土屋家のDNAなのだろう。

契約更新率99% 高いオーナー満足度

もうひとつワークマンの強みとして着目すべきは、ワークマンは、全店舗の約95%がフランチャイズ契約であり、契約期間は6年。その更新率は99%という。これは従業員満足度ならぬオーナー満足度の高さを示すものだ。

高い満足度の源泉のひとつが、加点方式の報奨金制度にあるという。売上、返品ゼロ、ストアオペレーションの高さ、昨対比(ステップアップ)といった項目ごとに金額が示され、売上とは別に、年間150万から300万円超のボーナスが用意されている。

若い世代のオーナー開拓においても低保証金、低金利融資と返還、制度が整っている。経営はオーナー、店舗はワークマンが用意するのである。これは海外の優良FC企業が力を入れている分野だ。

また、年間休日を増やし、2020年の正月は三が日を全休した。月間営業日は昨年から1日減ったが、売上は既存店で二桁増となった。休日が増えたにもかかわらず、売上が伸びるという成長企業の好スパイラルは流通小売業界において久しく見当たらなかったベストプラクティスだ。

奇手に陥らず、チェーンストアの王道を踏まえながら、新しい挑戦に取組み、既存事業をリブランディング、優れた企業にしていくのか。あらゆる流通小売業がワークマンを当面ベンチマークしていくべきだろう。

(日経BP、酒井大輔著)

著者プロフィール

MD NEXT編集部

お江戸日本橋で日夜売り方・買い方を研究し続けています。コンビニマニア、ECマニア、100均マニアなどなどが集まる、日本で一番「お店」のことが好きで研究し続けている編集部です。