今週の視点

変化に対応できなければ、どんな大企業も衰退する

第20回小売の巨人「シアーズ」「Kマート」が遂に消滅!?

GMS(General Merchandise Store)の「シアーズ」、DS(Discount Store)の「Kマート」を800店舗以上展開するシアーズ・ホールディングスが、米連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)の適用申請を検討していることが明らかになりました。私が小売・流通業の専門記者を始めた30数年前の当時は、アメリカの小売業の売上の第1位がシアーズで、第2位がKマートだったと記憶しています(その後すぐにKマートが第1位の売上になりました)。かつてのアメリカの小売業の巨人であるシアーズとKマートが遂に消滅することになったわけです。

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太平洋戦戦争後に成長したシアーズとKマート

太平洋戦争が終わった1945年頃からシアーズは急成長しました。終戦後、多くの帰還兵がアメリカの故郷に戻り、結婚し、新生活を始めました。当時、モータリゼーションの発達により、本格的な車社会が到来しました。帰還兵はダウンタウン(都市の中心部)ではなくて、サバーバンエリア(郊外)に新居を構え、第一次ベービーブーム時代が始まり、人口が急増しました。

シアーズが展開するGMSは、新生活に必要な「耐久消費財」である家電、インテリア、生活衣料、工具などがワンストップショッピングできる業態でした。しかも、それらの商品がカタログでも購入できるという利便性が受けて、全米に顧客を拡大したのです。

日本のGMSは「総合スーパー」と翻訳されて、当初から「食品」を取り扱っていましたが、アメリカのGMSは食品を取り扱っていませんでした。

シアーズの冷蔵庫や洗濯機のPBである「ケンモア(Kenmore)」というブランドは、長い間、アメリカの家庭でもっとも普及したブランドでした。

その後、住宅建設ラッシュが沈静化する中で、耐久消費財が主体のシアーズの成長は鈍化していきました。その後、1960年代に登場した「Kマート」「ウォルマート」のDSが小売業の主役として台頭してきました。

既に耐久消費財が揃った家庭で、普段の暮らしに必要な商品を低価格でワンストップショッピングできるコンセプトが受けて、急成長しました。たとえば、ベッド本体は販売せず、枕カバーなどの購買頻度の高い非食品が品揃えの中心でした。現在のウォルマートスーパーセンターは、アメリカでもっとも食品を販売する店ですが、初期のDSは、非食品中心の業態でした。

また、フリーウエーの出入口の近くに立地するリージョナルショッピングセンター(広域型SC)の核店舗に出店していたシアーズよりも、自宅から近い立地にDSが出店したことも、シアーズを追い抜いてKマートが小売業の売上ナンバーワンになった理由のひとつです。

従業員の緊張感がなかったKマート

その後、アーカンソー州の「ド田舎」から出発したウォルマートが急成長し、小売業のナンバーワン企業になったのはご存知の通りです。ウォルマートは、非食品主体のDSにスーパーマーケットを合体させた「スーパーセンター」という究極のワンストップショッピング業態を完成させ、アメリカ小売業の覇者になりました。

私が、30代の前半に、当時急成長していたウォルマートとKマートを視察し、店内で写真の隠し撮りをしたことがありました。当時のウォルマートで、隠し撮りをすることは非常に困難だったことを覚えています。怪しい行動をしていると、すぐに店員が飛んできて、「May I Help You」と声をかけてきました。ウォルマートの従業員が緊張感をもって店内を見ていることが強く感じられたものです。

一方、Kマートの店内で、間違ってフラッシュを光らせたことがありました。品出しをしていた巨漢の黒人が振り返り、「やばい」と思ったところ、笑顔でピースして写真を撮れと促されました。従業員は、来店客にほとんど関心がなくて、写真も取り放題の緊張感のない店舗というのが、当時のKマートの印象でした。組織が腐っていたのだと思います。

また、ブランドにあまり関心のなかったアメリカ人が、ブランドに目覚めた1980年代に入ると、お世辞にもセンスが良いとはいえないPBを主体にしたKマートの売場は消費者の支持を得られなくなりました。

1988年に公開された「レインマン」という映画の中で、知的障害を持つ兄を演じるダスティン・ホフマンが、「Kマートのズボンが最高だ」というと、弟を演じるトム・クルーズが、「Kマートの服を着るなんて格好悪いし、恥ずかしいよ」と言葉を返すシーンが象徴的でした。

その後、ウォルマートとKマートの格差はどんどん広がっていきました。最終的に、没落したシアーズとKマートの2社は合併し、生き残りを模索してきましたが、遂に万策が尽きたようです。

小売業の栄枯盛衰を長年目撃していると、「小売業は巨大な企業が生き残るのではなくて、変化に対応した企業だけが生き残る」というダーウィンの進化論にも似た原理原則があることを強く感じます。

変化とは、(1)消費者の変化と、(2)環境の変化です。センスの悪い、安いだけのPBにこだわったKマートは、消費者の変化に対応できず、衰退していきました。また、戦後のベビーブームという消費者の暮らしの変化に乗ったシアーズは、一時期、大成長しました。しかし、その成功体験から抜け出すことができず、業態としての寿命を終えました。

さて、これからの30年も、小売業の栄枯盛衰は間違いなく繰り返されます。デジタルネイティブな消費者が購買の中心になるという劇的な「消費者の変化」はすでに始まっています。その変化に対応できなければ、ウォルマートのような巨大企業でさえも衰退していくことは間違いないでしょう。

さらに、「リアル店舗の強敵アマゾン」「ネット販売」「オムニチャネル化」という大きな「環境変化」もすでに始まっています。さて、どんな栄枯盛衰が繰り返されるのでしょうか? あと30年くらい長生きして、目撃したいものですね。

著者プロフィール

日野眞克
日野眞克ヒノマサカツ

株式会社ニュー・フォーマット研究所代表取締役社長。月刊『マーチャンダイジング』主幹を務める。株式会社商業界の「月刊販売革新」編集記者を経て、1997年に独立し、株式会社ニュー・フォーマット研究所を設立。