フードビジネス・アップデート

一人焼き肉店の進化形誕生

第29回コロナ禍でシナジー発揮する、お肉屋さんと一人焼き肉店の複合業態

気軽に入れて、リーズナブルな料金で定食や単品を楽しめる「一人焼肉」の人気が高まっている。このトレンドに乗って大阪府東大阪市に一人焼肉の店と食肉小売店(お肉屋さん)の複合店舗が誕生。共同で出店することで様々な相乗効果が得られ、業界が注目し始めている。

  • Facebook
  • Twitter
  • Line
  • Hatena

焼肉ライクが開拓した「一人焼肉」の可能性

「一人焼肉」「焼肉のファストフード」をうたった「焼肉ライク」がオープンしたのは20188月のこと。この言葉通り、1人に1つのロースターと料理がオーダー(タッチパネル)してから3分以内に提供されるこの店は実に画期的な業態であった。そして「女性が気軽に入ることができる」ということも加わり、従来の焼肉店に比べて客層が飛躍的に広がることを予見させた。その通り、同店は好調に展開して現在は約50店舗の陣容となっている。

「牛角」創業者が発案。1人焼肉「焼肉ライク」早くも大ブレークの予兆

その後、類似業態は散見されるようになっているが、「焼肉ライク」のようにチェーン展開しているところは見られていない。

このようなトレンドの中で、ポテンシャルの高さを感じさせる一人焼肉が2020年915日、大阪府東大阪市内にオープンしたので早速食べに行ってみた。

地域に根付いていた食肉小売店を復活させる

立地は近鉄若江岩田駅近くの高架下。大阪の中心地であるミナミまで電車で20分の距離にあり、この一帯には大きな集合住宅が立ち並んでいる。一人焼肉の店名は「お肉屋さんのひとり焼肉」(以下、ひとり焼肉)、店名が「お肉屋さんの」と但し書きのようになっているが、この店は「ダイリキ焼肉市場・お肉屋さんのひとり焼肉」と隣り合って出店している。要するに、食肉小売店と焼肉店が一つ屋根の下にあるということだ。実に分かりやすいストーリー性である。

同店を経営するのは大阪に本拠を置く食肉小売業のダイリキで、食肉小売店を主に食品スーパーや商業施設の中で56店舗展開している。(2020年1031日現在)

同社は株式会社1&Dホールディングス(本社/大阪市西区、代表/高橋淳)のグループでグループ会社には外食企業のワン・ダイニングが存在している。同社はテーブルバイキングの店舗を128店舗展開しており(11月1日現在)、メインの業態である「ワンカルビ」(89店)は関西・九州・関東のロードサイドで大ヒットを飛ばしている。

同店が出店することになったきっかけは、ダイリキが営業をしていたスーパーマーケットのイズミヤ若江岩田店が閉鎖することになったこと。ダイリキの店舗は地元のお客から長く重宝されていて、また長く勤務していた従業員が多くいたことから同じ若江岩田の街にダイリキを復活させることを検討していた。

その過程で、近鉄が若江岩田駅近くの高架下を商業施設として開発するという情報を得て出店を決定した。

この物件は食肉小売店単独の営業では訴求力が弱いと考えたダイリキでは、焼肉店を併設するためにワン・ダイニングに協力を仰いだ。こうして食肉小売店の「ダイリキ焼肉市場」(19坪)と焼肉店の「お肉屋さんのひとり焼肉」(2019席)が隣り合う店ができ上がった。

焼肉店から食肉売場を見たところ。焼肉店で提供している肉も販売している

食肉小売店と焼肉店の両方にメリット

ダイリキにとって焼肉店を営業することは大きなメリットがあった。それは、飲食業の「接客」のノウハウが身に付くこと。これによって、「3分間」と言われる食肉小売業の接客が豊かなものになっていく。

さらに、これまでは量販店からオファーがない限り出店のチャンスがほとんどなかったものが、この食肉小売店と焼肉イートインの複合型ミートショップという新たな業態を開発したことで、計画的に出店できるようになった。

一方のワン・ダイニングにとっても今回のダイリキの業態開発に参画することによって大きなメリットがあった。

同社では、コロナ禍で約3週間休業。緊急事態宣言が開けた57日から、焼肉やしゃぶしゃぶメニューをキットにした商品のテイクアウトを開始した。また、営業時間が20時までに制限されていた間はランチタイムの営業をスタートし、食べ放題コースや定食メニューの提供を行った。特に大阪では同社のメインブランド「ワンカルビ」の熱烈なファンが多く、営業再開は大いに歓迎され、これが同社に早期の業績回復をもたらした。

ここで提供された定食メニューは、当時ダイリキが開発を進めていた「ひとり焼肉」のメニューを試験導入したものだった。ワン・ダイニングにとっては、ランチタイムに売上をつくることができるメニューとなり、ダイリキにとっては「ひとり焼肉」をオープンするまで、ワン・ダイニングでテストマーケティングを行うことができた。

コロナ禍に対応して安全・安心対策を徹底した業態をつくり上げた。まず、非接触式サーモマネージャーによるお客の検温実施、一人1台の無煙ロースター(電気コンロ使用)の換気システムで3分ごとに空気の入れ替えを実施、大きなパーテーションで区切られた一人空間、QRコードで読み込んだメニューでモバイルオーダー(対人のオーダーも可能)、セルフレジで支払いという具合に、非接触の要素をふんだんに取り入れた。

水はセルフオーダー、ロースターはガスが使用できないために電気コンロを採用
お客が食事を終えて退席すると、清掃や除菌の作業を丁寧に行う

スモールポーションの単品メニューが「楽しさ」を広げる

メニューは定食が12種類、単品では20種類。強く押し出しているのは「上ハラミ&ダイリキカルビ&牛タン定食」120880円、150980円、2001180円(税別、以下同)である。価格的には「カルビ定食」150590円が最も目を引く。この他、ホルモンを加えたものなどでメニューのバラエティを組み立てている。

注目されるのは単品メニューが持つ可能性である。ホルモンが上ミノ380円、牛タン280円の他10品が198円、肉は和牛カルビ680円、和牛モモ580円、上ロース・上ハラミ480円、ダイリキカルビ380円となっていて、この組み合わせで好みの定食を組み立てられることに加えて、これらをつまみにアルコール(生ビール450円、ハイボール390円、レモンチューハイ390円)を楽しむことができる。

肉のストックやカットの作業場は併設する精肉小売店と共有しており、肉のプロが運営している。

営業時間は11時~21時。日中は周辺住宅街の主婦や中高年の人々、夜の時間帯は学生や社会人など、地元の老若男女がしっかりとリピーターとなっている

2号店はイトーヨーカドー アリオ八尾店の食品売場に、この若江岩田駅前店と同じように「食肉小売店」と「焼肉イートイン」が併設する形で1211日にオープンする。ダイリキがつくり上げたこの業態は、若江岩田駅前店の好調であることから高く評価されている。ちなみに同じ売場にはすし店を併設した鮮魚売場もできるという。

早速、食品売場のリニューアルを目論むスーパーマーケットからのオファーを受けるようになっているが、ダイリキとしては若江岩田でつくり上げたパターンを崩さず、また急ぐことなく展開をしていく意向だ。

同店で一番推している「上ハラミ&ダイリキカルビ&牛タン定食」120g880円、150g980円、200g1,180円、

著者プロフィール

千葉哲幸
千葉哲幸チバテツユキ

1982年早稲田大学教育学部卒業。柴田書店入社。「月刊ホテル旅館」「月刊食堂」に在籍。1993年商業界に入社。「飲食店経営」編集長を10年間務める。2014年7月に独立。フードフォーラムの屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース・セミナー活動を展開。さまざまな媒体で情報発信を行い、フードサービス業界にかかわる人々の交流を深める活動を推進している。