フードビジネス・アップデート

進化する「個食焼肉」の最先端

第28回「一切れ焼肉→一人焼肉→My焼肉→Myサイズ」萬野屋の「個食焼肉進化論」

自分専用のロースターで一人で焼肉を楽しむ「一人焼肉」。一人世帯が増え、個食、孤食は広く社会でも広がりつつあるが、焼肉の世界ではコロナ禍も相まって個食焼肉が独特の進化を遂げている。その進化を主導する萬野屋の熱い挑戦を紹介する。

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「焼肉ライク」が開発した「一人焼肉」には、実は先人がいた

「一人焼肉」という業態が誕生したのは20188月、東京・新橋にオープンした「焼肉ライク」とされている。「牛角」の創業者である西山知義氏が開発したもので、現在は株式会社焼肉ライクが全国に50店舗ほどを展開している。

焼肉ライクの一人焼肉はFCチェーンとして多店化することを目的に開発されたものであるが、そもそも一人焼肉とは大阪の食文化である。カウンターの上に七輪が置かれて、タレでもんだホルモンがごちゃまぜにされて皿に盛られ焼酎を飲みながら焼いて食べるというもので、筆者が20代、30代頃の大阪出張時に、ディープな食文化として楽しみにしていた。

大阪に株式会社萬野屋(まんのや)という焼肉関連の会社がある(1997年設立)、同社では「極雌(ごくめん)萬野和牛」という独自に基準を設けた和牛を流通させるなど、大衆的でかつクオリティの高い牛肉のサプライヤーであり焼肉店も大阪市内に11店舗展開している。ちなみに「極雌 萬野和牛」は優秀な血統と未経産の雌牛だけを限定し肥育期間も月齢30カ月以上の長期肥育した脂肪の融点が低い旨味の濃い赤身肉が特徴の牛肉である。

さて、一人焼肉という業態名は焼肉ライクよりも早く、この萬野屋が201712月にオープンしたJR大阪駅の商業施設「ルクア大阪バルチカ」に出店して、この業態名を付けたことが話題になった。キッチンを囲む形でカウンター席が設けられ、カウンターの中に1人前のロースターが埋め込まれている。ここで焼肉を食べる時は、二人で来た場合もそれぞれのロースターで自分の分を焼くことになる。このコンセプトを「My焼肉」と呼んだ。

このアイデアの原点は、2011年に「焼肉萬野」心斎橋店をオープンしたときに導入した「一切れ焼肉」であった。一切れ焼肉とは、焼肉の部位別の肉を一切れずつ一皿に盛り付けて提供するものだ。

同社代表の萬野和成氏よると、同店がオープンする前にあるお店に商品チェックに行った時、普通の1人前では量が多くチェックが行き届かない。そこで、店長に一切れずつ10種類くらいを盛り付けてもらい、それを食べながら店長とあれこれと会話をした。これがきっかけで「一切れ焼肉」のアイデアが生まれたという。

萬野屋ルクア大阪バルチカ店

「お客様は自分が食べたい食べ方をのぞんでいる」

その後、店長会議の席でその店長がこのようなことを報告した。

「社長が帰られてから、隣に座っていたお客さんから、私にもあんな食べさせ方をさせて欲しいと言われました。お断りするのに一苦労しました」と……

萬野氏は、「それだ!」とひらめき、「心斎橋の店は、この一切れ焼肉でいこう」と宣言した。店長のみんなは「えー!」という。それは面倒くさいからに他ならない。でも、「お客様は自分が食べたい食べ方をのぞんでいる。それを提供するのが飲食店ではないか」と。

それ以来、萬野氏は社員たちにこのように訴えている。

「うちはお客様にとって価値があることをやろう。それが他の誰もやっていないものだとすればなおさらのこと」

こうして、一切れ焼肉が生まれ、それが派生する形でMy焼肉が生まれた。1人前の量も少なく単価も抑えたことによって、女性が1人でも気軽に焼肉を食べる動機を喚起させた。

 また、ルクアに出店したことが同社とって奏功したことは、「衛生管理意識の徹底」であった。担当者が営業時間中に抜き打ちで店を訪問し、冷蔵庫内の温度やドアの取っ手の菌検査、食材の重ね方など、多岐に渡るチェックを行う。そして、不合格の場合は罰金となるという。これによって同社は大きな情報と教訓を得ることができて、「萬野屋ソーシャルディタンス」という概念が生まれた。そこにコロナ禍がやってきた。

大きな資金調達によって新時代に備える

 そこで同社は経営の安定と次なる事業展開のために65,000万円の資金調達を行った。この使い道は、まず特A立地への出店に備えること。これまであり得なかった特A立地の物件情報が出てきて、家賃交渉もできるようになった。電気ロースターの能力が高くなったことから、ガスの容量や制約に関係なく出店できるようになった。

次に、ライセンス店舗の展開を進めるようになった。これまで同社店舗のFCをしたいという要望を断ってきたが、暖簾分けの仕組みを計画して行く中で、2019年の9月に天王寺の店を「焼肉ホルモン ザ・まん」にリニューアルして、これがライセンス店舗のモデルとなった。

三番目は、11月より全店舗を「Myサイズ」というコンセプトに切り替えることだ。これは、心斎橋の一切れ焼肉、ルクアのMy焼肉の延長に位置付けられている。

Myサイズに取り組むことになったポイントについて、萬野氏はこのように語ってくれた。

「これまで、焼肉の一皿は3人くらいで食べることを想定し盛り付けされていて、大抵は焼き奉行のペースで焼肉を食べていたのではないでしょうか。Myサイズとは、自分のペースで自分だけの皿で肉を焼くスタイルで、『自分一人だけのディスタンス』をキャッチフレーズとして、ポーションを小さくして価格も抑えます。客単価は現状と変わらず5,000円を想定しています」

コロナ禍がきっかけとなり焼肉店の常識を変える

一切れ焼肉を発案した時のポイントは「これまでの焼肉は店側の利便性でしか考えていなかった」ということだ。それを萬野氏は、お客は「個」で楽しむことを求めているというトレンドに気づき、これまでヒットコンセプトを展開してきた。

そしてコロナ禍では「ソーシャルディスタンス」が至るところでルール化して、人々の意識の中に、これが標準的な日常の過ごし方として定着するようになった。萬野屋でも「萬野屋ディスタンス」という概念が生まれた。

ここで萬野屋が提供してくれた新コンセプト・Myサイズの写真を紹介するが、肉や小鉢や小皿に1枚ないし数枚を盛り込んでいる。まさにグループで来店しても「個」で楽しむ究極の形と言えるのではないだろうか。

Myサイズ焼肉
Myサイズ焼肉

同社の焼肉店は9月度が前年同月比で86.5%まで回復してきたという。好調と言えるだろう。しかしながら、同社はこのままの営業を続けてコロナ禍前の状態に戻そうとしているのではない。Myサイズは焼肉店の常識の大転換である。萬野氏は「ここにコロナ禍で調達した資金を投入する」という。まさに攻めの経営であり、勇気づけられる判断である。

萬野屋代表萬野和成氏

著者プロフィール

千葉哲幸
千葉哲幸チバテツユキ

1982年早稲田大学教育学部卒業。柴田書店入社。「月刊ホテル旅館」「月刊食堂」に在籍。1993年商業界に入社。「飲食店経営」編集長を10年間務める。2014年7月に独立。フードフォーラムの屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース・セミナー活動を展開。さまざまな媒体で情報発信を行い、フードサービス業界にかかわる人々の交流を深める活動を推進している。