電子棚札を活用して、一部の商品でダイナミック・プライシングを実験中と言われているトライアルの店舗
ハイ&ローよりもEDLPが価格販促の主流に
従来、プライシングには、「ハイ&ロー」と「EDLP(エブリデーロープライス)」の2種類しかありませんでした。昔は、ハイ&ローで売価を短期的に変動させて、売上(需要)を増やす方法が、小売業の価格販促の主流でした。しかし、ハイ&ロー販促は、「バーゲンハンター」ばかりを集客し、固定客化に貢献しないことがわかってきました。また、「低価格時」と「平常売価時」の売れ方(需要)の波動が大き過ぎて、在庫量と作業量が大きく増えるという根本的な課題がありました。
その後、アメリカのウォルマートが「EDLP戦略」で大成功し、小売業のプライシングはEDLPが主流になっていきます。一定の売価で売り続けるので、売れ方の波動が少なく、需要予測の精度が高まって欠品も減り、サプライチェーン全体の保有在庫量も減少しました。さらに、特売日の前夜に値札を貼りかえるという膨大な作業がなくなり、ローコストオペレーションにも貢献しました。また、働く女性の増加も、時間に余裕のある専業主婦向けの価格販促だったハイ&ローの効果が徐々に減少していった理由のひとつです。
需要と供給に合わせて価格が変動する
しかし最近、「ダイナミック・プライシング」という言葉が注目を集めるようになっています。これは、AI(人工知能)を活用して、需要と供給に合わせて価格を変動させる方法です。すでに「ホテル業界」や「航空業界」は、ダイナミック・プライシングを採用しています。同一のホテルチェーンでも、繁忙期と閑散期では宿泊代が随分違いますよね。
ネット販売のアマゾン(Amazon)もダイナミック・プライシングを採用しており、毎日のように価格が変動しています。この連載(今週の視点)の第14回で紹介したアマゾンのリアル書店「アマゾン・ブックス」でもダイナミック・プライシングを採用しています。
アマゾン・ブックスの売場には「値札」(価格表示)がありません。店内に設置してある「スキャナー」(写真参照)や「アマゾン・アプリ」で、本のバーコードを読み取ると、価格が表示される仕組みになっています。ネットとリアルの価格は連動しており、需要と供給に合わせて価格は日々変動しています。
現状の日本の小売業のオペレーションでは、ダイナミック・プライシングの導入は現実的ではありません。価格変動に合わせて紙の棚札を付け替える作業は膨大だからです。
しかし、今後、「電子棚札」が普及していくと、値札の付け替え作業がかからないので、本部管理で店舗の売価を変動させることは可能です。食品であれば、売れ方に応じて1日に何回か売価を変えることができます。適正売価は、立地や競合状況によっても違いますので、将来は店別に売価が異なる時代が来るかもしれません。
さらに進むと、個人の属性(年齢、性別、所得など)や購買データに応じて、個人に合わせた「適正売価」を提示し、それをスマホで決済する時代になると予測できます。個人で売価が異なる時代が来るわけです。
小売業のプライシング(値付け)は、「ハイ&ロー」→「EDLP」→「ダイナミック・プライシング」→「ワントゥーワン・プライシング」の順番で進化しようとしています。「プライシング論争はEDLPで決まりだな」と思っていましたが、小売業のイノベーションは続いていくのですね。