フードビジネス・アップデート

これからの成長戦略として描く「ファンマーケティング構想」

第25回塚田農場のエー・ピーカンパニー、生き残りに「ファン深掘り作戦」選ぶ

不特定多数を相手にするのではなく、そのブランドの支持者=ファンを対象にニーズを深掘りしていく戦略がファンマーケティングだ。居酒屋チェーン「塚田農場」を手掛けるエー・ピーカンパニーは、これまで培ってきた独創的なビジネスモデルを背景に、これからの成長戦略として、ファンマーケティング構想を描いている。

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「クオリティの高い食材」を開拓する企業文化

「塚田農場」という居酒屋チェーンがある。店舗数は現在約120店舗、「みやざき地頭鶏(じとっこ)」をはじめとした地鶏を主力商品としていて、客単価4,000円前後の業態である。展開しているのは株式会社エー・ピーカンパニー(本社/東京都豊島区、代表/米山久)。会社全体では総店舗数約200店、年商約230億円である。

居酒屋業界は新型コロナウイルスの影響で各社一様に大変業績を落としているが、エー・ピーカンパニー(以下、AP)も同様だ。同社の決算は3月で、今期が走り出した4月2日より全店休業し、6月1日から全店の営業を再開した。いきなり2ヵ月間、売上がほとんどない状態を過ごしたことになる。

筆者は5月末に代表の米山久氏に近況を伺う機会を得た。コロナ禍での「コスト圧縮」をはじめ「雇用継続」などさまざま言及されたが、「次なる施策」として掲げた「APファンマーケティング構想」に、これからのフードサービス業のあるべき姿を感じた。

APのことを語る場合はまず、同社の「生販直結モデル」を説明しておく必要がある。

エー・ピーカンパニーが独自に作り出した「生販直結モデル」のスキーム

同社の成長を牽引したブランドは冒頭で述べた「塚田農場」である。これは2003年の当時、代表の米山氏が「ありきたりじゃない新・外食」を追求している過程で、宮崎県日南市の地鶏「みやざき地頭鶏(じとっこ)」と巡り合ったことに端を発する。

この地鶏は増体率が高く、食味に適度な歯ごたえがあって旨味があることが大きな特徴だ。これを主要食材に育てていくために、現地の生産者と協調して生産拠点をつくり、この鶏肉を東京はじめとした居酒屋「塚田農場」に届けるという仕組みをつくった。このモデルは鮮魚分野でも開拓した。そして、「食のあるべき姿を追求する」というミッションを打ち立て、食品の生産(1次産業)から流通(2次産業)、販売(3次産業)に至るまでの全てを一貫して手がける独自の6次産業化ビジネスモデルを展開するようになった。

このようにAPの最大の特徴は「クオリティの高い食材」である。これを当初からぶれずに行ってきたことによって、「塚田農場」や「四十八漁場」をはじめとしたブランドには根強いファンが存在している。

『PR TIMES』というニュースリリース配信サービスがあって、企業が発信する動向を把握するときに「PR TIMES 〇〇」と企業名を打ち込むと、その企業のニュースリリースがざっと出てくる。そこで、APの動向が気になり検索してみた。すると、矢継ぎ早にニュースリリースが配信されていて、主に中食分野に力を入れている様子が伝わってきた。

弁当事業の成長が新しいマーケットを切り拓く

同社のリリースを時系列で紹介するとこうなる。

・3月31日:「店舗休業」4月2日から、営業再開日は4月10日、15日、21日(エリアで異なる)
・4月9日:「食品を宅配」。「Oisix」と共同で一般に販売、4月15日から
・4月11日:営業開始日を、4月10日、15日、21日からであったものを5月15日に延期
・4月13日:「コロナ禍休業による余剰食材を販売」、一次産業支援のD2C(Direct to Consumer)事業を4月14日から本格始動
・4月23日:「おうち塚田農場 家飲み便」(おつまみの通信販売)、4月23日受注スタート
・4月27日:「海の味覚、日本酒を通信販売」。鮮魚居酒屋「四十八漁場」で取り扱う予定だった食材を通販
・5月7日:「オンライン焼酎蔵見学ツアー」を実施、5月7日から
・5月13日:「トライアル営業実施」、5月15日からの営業開始日を、6月1日からを目途に変更
・5月15日:通信販売によって、「地鶏を100店舗使用分の16%」を販売したことを報告
・5月20日:「医療従事者に弁当を無償提供」。5,000食を目標にクラウドファンディングを開始
・5月21日:「『家飲み便』を拡大」、都心限定だったものを本州26都道府県に拡大、5月22日から
・5月27日:当社ブランド営業再開、6月1日から
・6月4日:「新しい飲食店の営業形態」追求の次なる打ち手は食堂業態!当社各種ブランドの〝おいしい″を集めた「つかだ食堂」を立ち上げる。5月15日にパイロット運営運営をスタート(渋谷南口店)

4月13日より「食材の通販」がはじまり、中食へと拡充していった
5月7日に「オンライン酒蔵見学ツアー」を実施

コロナ禍によって飲食業の多くが「テイクアウト」「デリバリー」を手掛けるようになったが、APでは2014年7月に新規事業として宅配弁当の「おべんとラボ」を立ち上げ、2015年7月1日に塚田農場プラスという商号で法人化している。それが2020年3月期連結決算の売上高230億円のうち約20億円を占めるほどに成長した。ニュースリリースの中の、4月23日「おつまみ通信販売開始」、5月20日「医療従事者に弁当を無償提供」、5月21日の「『家飲み便』を拡大」は、この塚田農場プラスが担っている。

APの店舗の本領は「クオリティの高い食材」であると前述したが、これまでの店舗展開を支えてきたものは、これらを高く評価する「APファン」に他ならない。弁当事業が5年余りで20億円に成長しているのは、これらに支えられているからであろう。

これらは「APファンマーケティング構想」の序章に相当するようだ。これからはリアル店舗がAPのファンのリアルコミュニティとなっていき、さまざまなサービスを生み出すきっかけとなっていくことであろう。

全業態の食材をシャッフルした定食店

さて、前述のニュースリリースの最後に「つかだ食堂」のことが紹介されている。それによると、APの「塚田農場」をはじめとした多岐にわたる業態の垣根を越えて、APがあつらえることができる全食材から、旬や生産状況によって紹介したいものを選別して提供する業態という。簡単にいうと、「APが独自に調達したこだわりの食材を使用した定食店」である。ランチタイム11時30分~15時、ディナータイム16時~22時でランチタイムからお酒を飲むことができる。

筆者は6月11日の12時ごろに池袋北口店で「チキン南蛮定食」900円(税込)を食べた。「商品力の高い定食店ができた」という印象だ。もっと早く新業態としてリリースしていればよかったのではと思った。現状、オープンしたばかりで、また空中階にあることからお客はまばらだが、やがて人気を博すことになるだろう。それを支えるのもAPのファンである。

「APファンマーケティング構想」のスキームは、これからのフードサービス業の定説となっていくのではないだろうか。

著者プロフィール

千葉哲幸
千葉哲幸チバテツユキ

1982年早稲田大学教育学部卒業。柴田書店入社。「月刊ホテル旅館」「月刊食堂」に在籍。1993年商業界に入社。「飲食店経営」編集長を10年間務める。2014年7月に独立。フードフォーラムの屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース・セミナー活動を展開。さまざまな媒体で情報発信を行い、フードサービス業界にかかわる人々の交流を深める活動を推進している。