米国発!予防から治療まで対応するスマホアプリ。日本での展開は成功するのか?

薬価改定で調剤報酬は下がっており、調剤作業だけのドラッグストア併設の調剤薬局は、長期的には利益率が下がる。地域のヘルスケアハブとしての患者・顧客接点はリアルだけではないので、「治療用アプリ」などのデジタルでの顧客接点を増やすことで、リアルとデジタルでの患者・顧客接点を増やすことが重要である。日米の「デジタル・ヘルスケアサービス」の最前線をリポートする。 (月刊MD編集部/日野 克哉)(月刊マーチャンダイジング2023年5月号より転載)

治療用アプリでデジタル治療が可能になる

[図表1]デジタルセラピューティックス(DTx)の概念図

ヘルスケアサービスのデジタル化(=デジタルヘルス)が進んでいる(図表1)。地域のヘルスケアハブを目指すドラッグストア(DgS)にとって、地域の患者との顧客接点はリアルだけではないので、デジタルでの顧客接点を増やすことが重要である。

デジタルヘルスのなかでも、厚生労働省による「薬事承認」が必要となるプログラム医療機器(ドクターの管理下のデジタル技術で診断・治療を支援するソフトウェア)のことをSaMD(サムディ=Software as a Medical Device)という(図表1の薄い緑色の部分を参照)。

内閣府の企画改革推進会議は、近い将来プログラム医療機器(SaMD)の薬事承認期間を最短で1年程度に短縮することを目指している。薬事承認を取得することで、医学的なエビデンスを証明し、ドクターが関わるデジタル治療が可能になる(図表1の濃い緑色の部分を参照)。

デジタル治療の一例である「治療用アプリ」は重篤になる前の「未病・予防」から「治療」までをアプリを通して行うものだが、その治療用アプリで薬事承認を取得すれば、たとえば精神行動障害(不眠、不安などを伴う精神障害)の患者に有効とされる「認知行動療法」などの指示をドクターが行えるようになる。

[写真1]CureApp社の禁煙アプリと禁煙機器

日本国内の治療用アプリでは、CureApp社が禁煙・高血圧、SUSMED社が不眠症の「薬事承認」を取得済み。CureApp社の禁煙の治療用アプリでは医療機器(写真1)をセットで発売している(薬事承認を取得しているため保険が適用される)。ドクターの管理の下、吸入型の医療機器とアプリをセットで使っていれば、禁煙が進むという仕組みである。

未病・予防、生活習慣病改善のアプリを活用する米国のDgS

米国の治療用アプリを紹介する前に、病気になる前の「未病・予防」「生活習慣病の改善」をサポートするアプリの事例をまず最初に紹介しよう(図表1のデジタルヘルスの領域/グレー部分)。

米国DgS大手のCVSは「Hello Heart」という生活習慣病改善のアプリを活用し、病気になる前の人の未病・予防に対応している。血圧・脈拍の測定、健康診断結果の入力、毎日の歩行距離、体重、服薬などを記録して生活アドバイスを行っている(写真2)。

[写真2]未病予防、生活習慣病改善のアドバイスアプリ(提携小売:CVS)

さらにドクターへの情報連携機能もあり、受診勧奨を行ったり薬を飲むのをやめてしまった患者には服薬リマインド機能で薬の「治療継続」をアドバイスしている。

日本ではスギ薬局が提供している「スギサポウォーク」が生活習慣病の改善をサポートする近い機能の健康促進アプリといっていいだろう。

米国の治療用アプリはヘルスケアの入口を広げる

米国ではさまざまな病気に対する治療用アプリが登場している。米国では民間保険が中心なのでその需要を獲得するために、各社は民間保険事業を強化しており、治療用アプリを「入口」にすることで、自社保険の利用者を増やそうとしている。

[図表2]ウォルマートの提携保険会社が提供する治療用アプリの例

たとえば、米国小売業のウォルマートでは提携している保険会社がいくつかの治療用アプリをリスト化して提供している(図表2)。ウォルマートのアプリから保険に誘導する仕組みもある。

[図表3]ウォルグリーン(アメリカのDgS)の治療用アプリの提供方法
ウォルグリーンでは、小売業の公式アプリの中で「疾患一覧(左写真)」を掲載し、別会社(サードパーティー)のヘルスケアサービス(右写真)を提供するプラットフォームモデル。最終的には、治療用アプリによって自社のヘルスケアサービスを販売する方が患者の健康データが取れるので、自社開発も視野に入れている。

米国DgSのウォルグリーンでは「Find Care」というサービスで自社で選んだ治療用アプリを自社アプリ上のプラットフォームで紹介している(図表3)。

また米国小売業のCVSは自分たちで厳格な基準をつくり治療用アプリを提供する「CVS Point Solutions」というサービスを展開している。

日本でも将来的には同様のヘルスケアサービスが多数登場する可能性がある。治療用アプリは、デジタル顧客接点を増やしヘルスケアサービスの「入口」を広げるという点で、ヘルスケアハブを目指す日本のDgSにとっても重要になるかもしれない。

患者の健康データを集めてパーソナル化する

[写真3]「不安症」の治療用アプリ(提携小売:ウォルマート、CVS)

米国の治療用アプリを紹介する。「不安症」の治療用アプリでは、生活習慣を改善するため「クイズ機能」「教育コンテンツ機能」などの認知行動療法を基盤にしたプログラムが組まれている(写真3)。クイズの回答は、教育コンテンツのパーソナル化に活用しており、患者1人ひとりに最適化したプログラムを提供している。

[写真4]「不眠症」の治療用アプリ(提携小売:ウォルマート、CVS)

「不眠症」の治療用アプリでは「睡眠レポート」の結果を活用しパーソナル化した、不眠症を改善するプログラムを提供している(写真4)。

米国で「薬事承認」を取得している「喘息」の治療用アプリでは、医療機器(吸入器)を使ったデジタル治療が行われている。服薬管理(吸入器の使用状況)の結果をドクターとデータ連携し、ドクターがチャットで面談する「オンライン診療」の機能がプログラムされている(写真5)。

[写真5]「喘息」の治療用アプリ(提携小売:ウォルマート、ウォルグリーン)

「糖尿病」「高血圧」は予備軍が多いのでヘルスケアサービスで有名な「Omada」や「Livingo」などのさまざまな開発会社がウォルマートと連携し、治療の選択肢を増やしている(写真6~写真9)。「Omada」の治療用アプリは1,500以上の団体で利用され、患者との顧客接点を増やすだけでなく医療機関とのBtoBの販売にも貢献している。

[写真6]「糖尿病」の治療用アプリ(提携小売:ウォルマート)
[写真7]「糖尿病」の治療用アプリ(提携小売:ウォルマート)
[写真8]「高血圧」の治療用アプリ(提携小売:ウォルマート)
[写真9] 「高血圧」の治療用アプリ(提携小売:ウォルマート)

「筋骨格系ケア(リハビリ)」の治療用アプリは、理学療法士やヘルスコーチとのチャット・ビデオ通話のコミュニケーションを通してリハビリを行う(写真10)。本来リハビリは整形外科に長期的に通院する必要があるが、それがアプリを通して自宅で行えるようになるので、高齢化が進む時代には適しているだろう。

[写真10]「筋骨格系ケア(リハビリ)」の治療用アプリ(提携小売:ウォルマート)

日本国内でも治療用アプリ開発が進む

[図表4]サイバーエージェントが考える開発プロセス

日本でもCureApp社、SUSMED社、FRONTEO社といったITベンチャー企業をはじめ、塩野義製薬などの大手企業が、デジタル・ヘルスケアサービス事業へ参入している。

ヘルスケアアプリ開発をサポートする、サイバーエージェントの「デジタル創薬準備室」では、DgSと調剤医療向けに「生活習慣病をサポートするアプリの開発」「治療用アプリの開発」など、デジタル・ヘルスケアサービスの支援全般に対応している。

「医療のビックデータ×AIアプリの研究を進める複数の研究機関では、地域の健康診断データで最適な治療法を探しています。今後ドラッグストアさんのヘルスケアの健康データ・顧客データが活用できれば、治療法の仮説・検証ができるようになるので、より効果的な治療用アプリを作れるのではないかと話しています」(サイバーエージェント堂前 紀郎氏)

米国を中心に開発されてきた治療用アプリの多くは、研究・治験用にアプリを開発し、それを厳密な試験に通し、薬事承認され販売するというプロセスを経てきた。

しかし、米国では結果的に患者が治療用アプリを継続利用しないという課題も生まれているという。

「治療用アプリはデジタル・ヘルスケアサービスなので、ユーザーが使い続けたいと思うUIUX(デザインや体験)が重要であることが分かってきています。まず多くの患者様に使っていただき、より良くするというプロセスは大きな顧客基盤を持つドラッグストアさんの強みが活きる開発モデルになると考えています」(サイバーエージェント窪田 海人氏)

 

〈取材協力〉

(株)MG-DX
代表取締役社長
堂前 紀郎氏
サイバーエージェント
デジタル創薬準備室 責任者
窪田 海人氏

NFI定例セミナー「絶対に覚えておくべき 小売業の数値管理の原理原則 ドラッグストア白書」(2023/9/20 13:00~16:00)開催ご案内(リアル・リモート)

9月の定例セミナーのテーマは、「小売業の数値管理の原理原則」です。マネジメントの基本は小さな管理単位に分解して「数値」で判断することです。小売業で働く人はもちろんのこと、小売業と取引するメーカー、卸売業、サプライヤーが絶対に覚えておくべき「数値管理」の原理原則を解説します。また、毎年月刊MDで特集している『ドラッグストア白書』に掲載した数値分析に基づいて、ドラッグストア各社の現状と課題を解説します。

2023年9月定例セミナーは、「リアル」と「リモート」の併用セミナーとします。

マネジメントの基本は小さな管理単位に分解して「数値」で判断することです。小売業で働く人はもちろんのこと、小売業と取引するメーカー、卸売業、サプライヤーが絶対に覚えておくべき「数値管理」の原理原則を解説します。

また、毎年月刊MDで特集している『ドラッグストア白書』に掲載した数値分析に基づいて、ドラッグストア各社の現状と課題を解説します。

数値に基づいた判断、数値に基づいた商談の重要性はますます高まっています。重要なテーマですので、ぜひご参加ください。

※座席数が限られているため、リアルでの参加の方は先着順とさせて頂きます。

開催概要

・開催日:2023年9月20日(水)13:00~16:00(会場受付開始:12:30)
※昼食は各自お済ませの上ご来場下さい。
※セミナー開催中の途中入場はお断りします。
※リモートでの途中退席は申込責任者に報告します。

・会場:エッサム神田ホール1号館6階(601)(※案内図をご参照ください)
・実施方法:リアルとZOOMによるリモートセミナー
(ZOOMセミナーアクセス方法はお申込み者様にのみご案内いたします)
・料金:20,000円(税別・1名様)
(※ニューフォーマット研究会会員企業様には会員価格でのご案内になります)
・申し込み締め切り:2023年9月11日(月)

スケジュール

[第1講座]
成長性、収益性、人の生産性、調剤市場分析
ドラッグストア白書の詳細分析

[13時~14時20分頃]

NFI代表取締役 日野 眞克

■ ドラッグストアの最新売上、営業利益
■ ドラッグストアの収益性分析
■ ドラッグストアの成長性(出店、改装)分析   その他

[第2講座]
絶対に覚えておくべき
小売業の数値管理の原理原則

[14時30分頃~16時頃]

NFI代表取締役 日野 眞克

■ 数値を活用した小売業のマネジメントの基本
■ 数値を活用した商談の基本
■ 小売業の損益計算書と貸借対照表の見方
■ 小売業の生産性の見方   その他

※講演時間は予定よりも短くなることも長くなることもあります。

会場案内図

会場詳細

〒101-0045
東京都千代田区神田鍛冶町3-2-2
エッサム神田ホール1号館6階(601)
URL:https://www.essam.co.jp/hall/access/#access_1

【アクセス】
●JRでお越しの方
神田駅東口より徒歩1分
●東京メトロ銀座線でお越しの方
神田駅3番出口より徒歩0分

注意事項

①会場へお越しの方は開催会場をご確認の上、お間違えの無いようご注意ください。
アーカイブ動画の配信はいたしません。当日参加でのみセミナーのご受講が可能です。
(配信の不備等によりご視聴頂けなかった場合には、後日動画のご案内をいたします。)

③リモートの場合はZOOMウェビナー形式で行います。9月15日(金)までに、お申込書に記載された受講者のメールアドレス宛に受講用URLを記載したメールを送付いたします。

お申込みフォーム

・お申込みは以下のお申込みフォームからお願いいたします。お申込み受付後、お申込み確認メールをお送りします。また、ご請求先として記入いただいた方宛に、請求書を発送させていただきます。
・ご入金後は、理由の如何に関わらず返金は致しません。あらかじめご了承ください。

本セミナーのお申込み受付は終了しました。
たくさんの参加申込み、ありがとうございました。

クーポン発行から出店戦略まで小売業の実務を最適化する「経済学の活用」とは?

経済学と聞くと大学で学ぶ難しい学問というイメージを持つ人は多いだろう。しかし、今や経済学はマーケティングや物販などの企業活動に広く活用されており、日常生活にも身近な存在になっている。経済学がどのように社会に活用されるのか、小売の実務が改善できるのか、経済学の実務応用の最近の動向を紹介する。(月刊マーチャンダイジング2023年4月号より転載)

経済学の活用はデジタル化の次に来る大きな潮流

経済学とは、お金や人といったリソース(資源)を最適に配分するための学問である。近代的な国家は金融や財政(予算配分)などの政策を決めるために経済学を活用している。この10年でそれが民間企業で広く活用されるようになり、その傾向はますます拡大している。

アメリカの小売業ではAmazonやウォルマートをはじめ多くの大手小売業が経済学者を雇用して、経済学を使って事業の最適化を図っている。日本ではワークマンが経営戦略に経済学的なアプローチを用いている。

背景には経済学が「データ」の分析を基本にしていることが大きく関わっている。例えば、国はGDP(国内の生産活動)や消費活動に関する豊富なデータを持っており、経済学の手法を使ってそれらを分析することで政策決定している。

デジタル化が進むことで企業、特に小売業には購買や販促に関する膨大なデータが蓄積されるようになった。背景が異なるために純粋に比較できない消費者の行動データを基に様々な施策や事業を最適化するためには経済学が有効なことに先進的な企業が気付き始めたのである。

[図表1]小売×経済学活用方法

そして、「経済学を活用した事業の最適化」は世の中にあふれる様々な業務改善の手法のひとつではなく、「デジタル化」や「自動化」といった社会や企業活動の流れそのものだと捉える必要がある。そして、経済学を活用すれば多くの領域で小売の実務が改善できるのだ(図表1)。

10本パックの焼き鳥を効率よく売る方法

総菜売場では10本パックの焼き鳥がよく売れる。これを促進するためには10本パックと20本パックを並べた販売が効果的だ。お客はバラの注文は面倒で20本は少し多いと感じ、そこに10本という「手頃な」選択肢があれば進んでそれを選ぶからだ。昔から経験的に総菜売場で行われていることだが、この背景には経済学でいう「ナッジ理論」が働いている。

焼き鳥販売にも応用できる「ナッジ理論」

ナッジ理論とは「人々が自分自身にとって合理的でより良い選択を自発的に取れるようにする方法」を体系化したものだ。ドラッグストア(DgS)の推奨販売でも売りたい商品をただ推すのではなく、数点の選択肢を提供していかに相手に買ってほしい商品を自然に選んでもらうかがポイントとされており、これはまさにナッジ理論そのものである。

このナッジ理論は社会の様々な分野、特に経済活動で実践活用できることが評価され、その提唱者であるシカゴ大学のリチャード・セイラー教授は2017年のノーベル経済学賞を受賞している。小売業との関係で言えば、ナッジ理論の実験を大量に行っているジョン・リストはウォルマートのチーフエコノミストとして雇用されている。

経済学と聞いて、その先に関心が進まない人も多いだろうが、ナッジ理論のように、焼き鳥販売やDgSの推奨品販売で経験的に実践されている販売方法の裏で経済学の理論が働いていることもある。こうした事例はナッジ理論だけにとどまらない。

ワークマンも使っている実用的な「ABテスト」

ABテストとは因果分析(学術的な世界における効果検証)の代表的な手法で、文字通りAとBという異なる2つの事柄でどのような違いが起こるかを検証することで、経済学でも広く用いられている。

例えば、10%割引のクーポンを月に2回発行するのと5%割引のクーポンを月4回発行するのではどちらが売上げアップ(リフト)につながるか、2つの施策の結果を検証するといった分析手法である。こういった案件は小売業の施策、業務の中には数多く存在する。

アメリカでは各州により福祉や経済などの政策が異なるので2つの州の政策を比較検証することで擬似的なABテストを行うことができる。カリフォルニア大学バークレー校のデビッド・カード教授は「最低賃金が引き上げられると、(企業が人件費の高騰を嫌って)雇用は減る」という経済学の通説を、賃金の引き上げがあった州となかった州を比較することで、この説は必ずしも正しくないことを実証した。

このようなケースは実験室ではなく、社会制度などにより偶然起こる実験的状況から、「自然実験」と呼ばれている。経済学では、自然実験を通じて因果関係を解明する手法が開発され、それらの貢献は2021年のノーベル経済学賞の受賞理由となった。小売業でもABテストや自然実験を用いることで、事業を改善することができる。

作業服・カジュアル衣料の大手ワークマンでは、対象客をそれまでの建築関係者から一般客まで拡大した業態「ワークマンプラス」の高速出店を前に出店に関するABテストを行った(日経クロストレンド2019年3月14日配信記事より)。

2018年11月8日に神奈川県川崎市多摩区の府中街道沿いに90坪のロードサイド店を出店。同月22日には埼玉県富士見市のショッピングセンター、ららぽーと富士見内に50坪の店舗を出店。2店舗間で、どのような比較検証を行ったかまでは明らかにしていないが、土屋哲雄専務は「同時期に2店舗出すと実験ができる。すべてがABテスト」と語っており、こうした実験を重ねることで出店に関するなんらかの基準を確立したものと推測できる。

[図表2]ワークマンの業態別店舗数(2022年3月期)

ワークマンプラスはその後、2021年に45店舗、2022年には25店舗、ワークマンからの改装転換も加え、出店数を増やしている(図表2)。

同社では出店以外にも経済学的なアプローチを経営に生かしていると公言している。低価格で流行に合わせた商品を次々に開発、店舗数を増やし業績を急上昇させているワークマンの成長の背景には経済学を活用した施策の検証がある。

クーポン、ポイントの無駄撃ちも経済学で最適化できる

ABテストはクーポン発行、ポイント付加といったDgSの代表的な集客手段、ロイヤルティプログラムにも応用できる。

折り込みチラシ販促が衰退し、LINEや自社アプリの活用が普及している今、デジタルクーポンの発行は集客手段の柱といっていいほど一般的になっている。

しかし、現在行っているクーポン発行が適切なのか、売上げアップにつながっているのか検証するのは実は難しい。

検証のロジックがない状態でこれを確かめる手段は、クーポンをやめてみるしかない。それはあまりに危険な賭けなので効果を十分に検証できないままクーポンを発行し続ける。ポイントプログラムにしても同様だ。こういうジレンマに悩んでいる小売業は多く、実際サイバーエージェントにも相談が増えているという。

例えば、LINE公式アカウントを使ってクーポンを発行する場合、LINEの友達登録をしている人にだけクーポンが発行されることになる。この場合の擬似的なABテストとしては、LINEクーポンの発行をやめたときを想定し、LINEの友達登録をしていない人、つまりクーポンを受け取っていない人たちの中から、来店頻度などの条件が違うA、B2つのグループをつくり別の販促をして効果を見る。

このように、クーポン発行をやめなくても擬似的にABテストの手法をうまく使えば効果検証ができる。

ポイント付与、ロイヤルティプログラムの検証ではどのようなアプローチができるのか。例えば年間5万円以上買物をしたらゴールド会員になりポイント還元率がアップするプログラムがあったとする。この場合、5万1,000円程度購入しているグループと4万9,000円程度購入しているグループとを比較する。

購入金額的にはほぼ同じでもゴールド会員の待遇を受けている人たちとそうでない人たちとの間で、売上貢献(購入金額)にどれほどの差があるかを見るのだ。

もし、両者の間で売上貢献にそれほど差が付かないのなら、このロイヤルティプログラムはあまり機能していないことになる。この例に限らず、ロイヤルティプログラムの中にはA、Bの二項を比較検討できる要素が多数あり、それらをひとつひとつ検証していけば、プログラムの有効性を精度高く測定できるのだ。

現在、クーポン発行やポイント付与などのインセンティブ施策が不要な人にまで一律同様に行われていることが多い。コストに換算しても決して小さな金額ではない。こうした「無駄撃ち」の改善にも経済学的なアプローチは有効なのだ。

[図表3]経済学的なアプローチで改善できる実務

サイバーエージェントでは、上記で挙げた「ロイヤルティプログラムの最適化」に加え「オンライン購入の最適化」、「販売価格の最適化」、「在庫削減」といった実務的な領域で、プロセスを明確にして経済学のロジックを使った改善支援サービスを提供している(図表3)。

お客との新たな関係づくりが店舗ロイヤルティを向上させる

経済学、ABテストでロイヤルティプログラムの効果検証ができることを見た。サイバーエージェントでは、検証の先には顧客との新たな関係づくりがあるのではないかと考えている。

「データを見るとポイントの還元率を上げなくても、高額の購買をされているお客様が散見されます。不必要なポイント付加、値引きは意外といっていいほど多く、これを経済学的なアプローチで浮き彫りにしたら、改善策のひとつとして別なポイントの出し方、インセンティブをお付けして店舗とお客様の関係を変えてみるというのも次の段階としてあるではないかと思います。お客さまがお友達を紹介してくれたらポイントが付く、あるいはゴールド会員やプラチナ会員といったこれまでの称号ではなく、もう少し店舗に近い立場になっていただき、PB商品の試作の段階で商品を評価してもらうとか、店舗や企業が信頼して成長を手伝って頂くといったある意味双方向的な役割、称号なども関係を深めるためには有効ではないかと思います。これは検証の先にある施策ではありますが」(サイバーエージェントDX統括藤田和司氏)

デジタルデータが蓄積された今経済学で施策の総点検をする

経済学の活用はその分析対象であるデータが多いほど精度は高まっていく。紙(オフライン)の販促にこの手法を応用しようとしても成果には限界がある。

デジタル化が進み、小売も自社アプリやLINEを頻繁に使うようになった。今後はECや調剤の分野でさらにデジタルを活用することが予想される。

本格的なデジタル勝負の時代に備えて、現在の施策を、蓄積されたデータを経済学的アプローチを使って総点検してみる時期にあるのではないか。果たして、自社の施策がゴールに向かってまっすぐ伸びているのか。現状で少しの「ずれ」があるのなら、時間の経過とともに、その軌道はゴールから大きく離れることになる。ずれが大きければ、時間の経過で致命的な痛手を被ることにもなりかねない。

まずは、クーポン発行やポイントプログラムの点検から始めることが妥当だが、その先には出店戦略、在庫適正化、値付け適正化など、経済学的なアプローチで改善できる領域は広い。

冒頭述べたように「経済学を活用した事業の最適化」は業務改善の一手段ではなく、今後は一般的なアプローチとして定着していくだろう。小売業というある意味データの宝庫ともいえる事業は経済学的なアプローチと極めて相性がよい。これを試して現状と目標と「ずれ」がないかを検証してみてはどうだろうか。

 

〈取材協力〉

サイバーエージェント
AI Lab ADEconグループリーダー
安井 翔太氏
サイバーエージェント
AI Lab
岡 達志氏
サイバーエージェント
Al事業本部DX本部統括 経営戦略部長
藤田 和司氏

韓国コスメの雄「L&K」国内最大級直営店、コスムラ プラス イオンレイクタウンmori店レポート

韓国コスメのメーカー「L&K」が、直営とフランチャイズを合わせて52店舗展開するセレクトショップの「cos:mura(コスムラ)」。自社で製造販売しているプライベートブランド(PB)の売上構成比が50%を占める国内最大級の店舗を取材した。(月刊マーチャンダイジング2023年4月号より転載)

売場面積は31坪。3GF、CICAなどのPBを展開

2019年3月、埼玉県越谷市のショッピングセンター(SC)「イオンタウンmori」の2階にオープンしたところ反響が大きく、2022年7月、1階に「コスムラ プラス イオンレイクタウンmori店」が移転増床でリニューアルオープンした。

店舗入口でコスムラのYouTubeチャンネルを配信。自社の社員がオススメ商品の解説をしている

コスムラの売場面積は31坪で、スキンケアとコスメを中心に販売しており、PBの売上構成比は50%と高い。売場中央では、PBの「3GF」と「CICA」をコーナー展開し、定番のゴールデンゾーンでも展開することで、リピーターの獲得を図る(図表1の売場レイアウト参照)。

[図表1]コスムラ越谷レイクタウン店 店内レイアウト図

3GFのPBは、「EGF(=ノーベル賞受賞者発見成分。若々しいハリ肌に導く)」「FGF(=素肌本来のハリ潤いをサポート)」「IGF(=EGF・FGFの働きをサポート)」3つの保湿成分を配合したエイジングケア効果のあるスキンケアである。

売場中央で「3GF(EGF+FGF+IGF)」を配合した高機能スキンケアPBをコーナー化

かつてEGFは1g当り8,000万円と高価な成分だったので3GF商品も高かったが、たとえばコスムラでリピーター数1位の「3GF REPAIR ESSENCE(スリージーエフリペアエッセンス)」は、100mL7,986円と破格の安さで販売している。

本誌4月号掲載のL&Kの社長インタビューにあるように、ショップインショップでコスムラの売場を展開する計画がある。コスムラは高粗利益率PBの売上構成比が高いので、ドラッグストア(DgS)の利益アップに貢献するコーナーになる可能性がある。

写真右の大きい箱は、コスムラでリピーター数1位の「3GF REPAIR ESSENCE(スリージーエフリペアエッセンス)」。3GF商品で100mL7,986円は破格の安さである。写真左の小さい箱は、スティックタイプの3GF「C-SERUM STICK 3GF-GOLD(シーセラムスティックスリージーエフゴールド)で単価は3,850円と安い
写真左は「INTENSE CARE GALACTOMYCES(インテンス ケア ガラクトミクス)」の導入美容液(化粧水を塗る前に使用して肌を整える美容液)。写真右は「3GF TIMELESS SERIES(スリージーエスタイムレスシリーズ)」のベーシックスキンケア
3GFは壁面の定番売場でも展開している
写真左が「DUAL GLOW FIT CUSHION(デュアルグローフィットクッション)」、写真右が3GFの配合量を増やした「3GF TIMELESSEVOLUTION(スリージーエフタイムレスエヴォリューション)」のプレミアムスキンケア
売れ筋の「CICA」を売場中央のコーナー、定番の両方で展開
定番のゴールデンゾーンでCICAのPBを展開。店頭での「CICAのシートマスクは枚数が少ない」という買物客の意見を参考にして、CICAのシートマスクは「40枚入り」の大容量にした

[カテゴリー企画]韓国コスメ

壁面のクッションファンデの定番売場
番号ごとに香りが異なり、アウトバスで使用する「洗い流さないトリートメント」のPB
テスター台では水を使用できるので、ボディウォッシュ、クレンジングなどのテクスチャーを試せる
入口付近壁面にフェイスパックの定番売場を展開。売場右端3列で14種類あるPBの「MASK DIARY(マスクダイアリー)」を陳列
顧客の肌測定の結果に基づいたカウンセリングを実施。肌測定では水分、毛穴、しわ、メラニン・シミ、皮脂、角質の状態などが分かる。測定結果はグラフ化され、前回測定時との変化がひと目で分かるので、固定客育成に貢献できる
1,000円以上の買物で現物のプレゼントを配布している
ティーツリーパックのフェイスパックは売れ筋のPBである。PBのパッケージには「すべすべ毛穴ケア」のように日本語でも用途・機能を表記している
3GFのPB「DUAL GLOW FITCUSHION」をもつ大橋唯店長

オムロンヘルスケアの心電図記録による受診勧奨モデル

オムロンヘルスケアでは、自社開発商品である「心電計付き上腕式血圧計」を使って、調剤薬局、調剤薬局併設のドラッグストア(DgS)で、心電計を記録して、「心房細動」のリスク啓発と早期発見を促進する「心電図記録による受診勧奨モデル」を提唱。県の薬剤師会単位でこれを実施する事例も現れている。DgSや調剤薬局の店頭で脳梗塞の主要な原因「心房細動」に関する知識が広がり、早期発見、受診勧奨を起点にした医療連携ができれば、健康相談機能は格段に向上する。(月刊マーチャンダイジング2023年5月号より転載)

心房細動は脳梗塞の原因の20〜30%。無症状が40%で発見が難しい側面も

心臓は1分間に60〜100回の規則正しいリズムで拍動し血液を体全体に送り出している。これが速くなったり、遅くなったり、リズムが乱れることを「不整脈」と言い、脈が速くなることを頻脈性不整脈(100回/分上)、遅くなることを徐脈性不整脈(60回/分以下)と言う。心房細動は頻脈性不整脈の一種だ。

心臓の規則正しい拍動は、心臓内にある「洞結節(どうけっせつ)」という場所でつくり出される電気信号によりコントロールされており、この電気信号が乱れると心房が痙攣したように細かく震え(300〜600回/分)血液をうまく全身に送り出せなくなる。

[図表1] 高血圧から心房細動、脳卒中への進行

これが心房細動という病気だ。加齢により誰にでも起こりうるが、高血圧、狭心症など心臓疾患のある人、肥満、糖尿病、喫煙習慣のある人は発症リスクが高くなる。動悸、息苦しさ、めまいなどの症状があるが、心房細動の4割は「無症状」。早期発見のためには定期的な心電図記録が有効だ。心房細動の患者数は推定100万人超、超高齢化に伴い患者数は増えると見込まれている(図表2)。

[図表2] 日本における慢性心房細動患者数の推移及び今後の予測

心房細動になると心房の中で血液がよどみ、血栓ができやすくなる。それが血流に乗って脳に飛び血管が詰まると「脳梗塞」が起こる。心房細動が原因で起こる脳梗塞は「心原性脳塞栓症(しんげんせいのうそくせんしょう)」と呼ばれ生命に関わる大きな脳梗塞になることが多く、一命を取り留めても麻痺や寝たきりなど重い後遺症が残る可能性が高い。

すべての脳梗塞のうち20〜30%は心房細動が原因で、症状のあるなしにかかわらず心房細動の人はそうでない人に比べ5倍脳梗塞になりやすい。また、心房細動患者のうち、20〜30%は心不全の合併患者で、その他、心房細動患者と非患者を比較すると、認知症の発症リスクは1.4〜1.6倍、病気死亡のリスクは1.5〜3.5倍高くなる。60%以上の心房細動患者の生活の質が落ちているというデータもある。

こうした健康的な生活に大きな負の影響をもたらす心房細動だが、記述の通り40%以上は無症状、医療機関で心電図検査をしても検査時間内に心房細動が起こらないこともあり、確定診断が難しい一面もある。早期発見のためには最終的には家庭で心電図を定期的に記録することが有効だが、心房細動に関する社会的理解が高くない現状、DgS、調剤薬局で積極的に心房細動のリスクを啓発して、必要に応じて店頭での心電図記録を推奨、受診勧奨を含む医療連携を推進することが、DgS、調剤薬局の機能を高め、健康寿命の延伸にとって大きな役割を果たす。

(上記文章の一部は、京都府立医科大学不整脈先進医療学講座講師の妹尾恵太郎氏のオムロンヘルスケア主催オンラインメディアセミナー講演を参照)

全国700の調剤薬局、DgSに心電計付き血圧計を提供する秋田県薬剤師会の取組み

オムロンヘルスケアが提唱する「心電図記録による受診勧奨モデル」とは、地域の生活者が処方せん調剤などの目的で利用する調剤薬局、調剤薬局併設のDgSと連携し、心房細動の啓発や早期発見の機会をつくることを目的とした取組み。

心電図記録を希望した人のうち、年齢や生活習慣、既往歴などから心房細動を発症する可能性が高いと思われる場合は、リスクチェックを行い店頭に設置された心電計付き上腕式血圧計で心電図を記録。チェックシート及び心電図記録、解析メッセージから心房細動の可能性を確認した場合は薬剤師が受診勧奨を行い、本人の同意があればトレーシングレポート(医療機関に提出する服薬情報提供書)を作成する。

オムロンヘルスケアでは受診勧奨モデルの実現に向け、心電計付き上腕式血圧計を全国の調剤薬局、調剤薬局併設のDgS計700軒に設置している。

[図表3] 心電図記録による受診勧奨モデル

この製品は、心電計と血圧計が一体となっており、血圧に関心・不安のある人が血圧測定と心電図記録を一緒に行い、心房細動の可能性を検知できる。心電図計の使い方は測定前にスマートフォンアプリ「OMRON connect(オムロンコネクト)」を立ち上げたスマホを本体上部のスタンドに置き、左右各2カ所の電極に指を接触させ30秒程度で記録が完了する(写真参照)。

[図表4] 心電図解析結果一覧

測定後はスマホのアプリ上に心電図と同時に「心房細動の可能性」「正常な洞調律」など6種の解析結果が出る(図表4)。心電図の記録(波形)はプリントアウトできるので、受診勧奨の際にはプリントアウトした記録を渡せば診察の参考資料として活用できる。

アプローチした人の10%以上に受診勧奨

秋田県は高齢化率が日本一高く(36.4%、2018年度総務省資料)、がんや心疾患、脳血管疾患などの生活習慣病による死亡率が高い。県民の死因の約半数が、がん、心疾患、脳血管疾患となっている。

このような現状から、県では「健康寿命日本一」に向けて県民総ぐるみで健康づくり運動を展開。健康寿命の目標値を掲げ、「栄養・食生活」「身体活動・運動」「ロコモ、フレイル予防」「たばこ」といった分野で具体的な対策を立て、県民へと働きかけている。

こうした機運の中、秋田県薬剤師会が県内にある健康サポート薬局に認定された30の薬局で、オムロンヘルスケアが提唱する心房細動の心電図記録による受診勧奨モデルを実施。成果や課題をまとめ、今後の県民の健康寿命延伸へとつなげる取組みを行った。

取組みの流れとしては、図表5に示したように、処方せん調剤などの目的で来局した人に心房細動のチラシを配布し、店頭に設置した心電計付き上腕式血圧計で心房細動を測るかどうかの意向を確認。既に循環器系で定期受診している人はかかりつけ医がいることから対象外とする。測定したいという意向を示した人にはチェックシート(図表7)を記入してもらい、測定対象となったら心房細動に関する説明をして測定。その後必要に応じて受診勧奨を行う。この流れはDgSで取り組む場合も基本になる。

[図表5] 心電図解析結果一覧

実施期間は6〜8月、9〜11月の2回。全期間を通じて、1,300枚のチラシを配布し、455枚のチェックシートを回収、チラシ配布の48.6%にあたる631人が心房細動を測定し、その10.6%の67人に受診勧奨を行った(図表6)。こうした取組みを全国規模で積み重ねていけば、心房細動に関する社会的な理解と早期発見は前進していくだろう。

[図表6] 秋田県薬剤師会による心電図記録による受診勧奨の取組み結果
[図表7] 測定意向のある人に渡したチェックシート

今回の取組みを主導した秋田県薬剤師会の常務理事佐藤一実氏は、実施後の課題を薬局からの聞き取りを基にまとめているのでその一部を紹介する。

①「受診勧奨モデル」を初めて聞いたときの率直な感想
▶地域の患者に需要があるか心配だった。
▶日常業務に支障なくできるか、機器を使いこなせるかなど不安はあった。
▶薬局が「地域に貢献できる」と思う半面、医師からの理解が得られるか不安もあった。
▶健康サポート薬局として何かやりたいと考えていたときに話が来たので飛びついた。

②日常的な心電図の記録への関心は感じられたか
▶心房細動の情報を聞いた後に計測したため非常に関心が高いと感じられた。
▶血圧を測るように、普段から測っておくことが大事だと理解して頂けた方は多く、来局の度に測って行く人もいて関心は高まっている。
▶一部では定期的に測定したいと自宅に設置したとの話があり、関心があると感じられた。
▶血圧ほどの関心はないと感じている。

③説明の際に有用だった声掛けの内容や説明の工夫はあるか
▶心房細動から脳梗塞の流れを説明すると、関心が高まるようだった。
▶「脳梗塞の予防のための心電図です」といった声掛けをすると関心を持って頂けた。
▶「数分で測定できる心電計ですよ」など測定に時間がかからない旨を伝えると比較的スムーズだった。

④「受診勧奨モデル」に取り組んで良かった点は何か
▶来局者との会話のきっかけになり、その方の背景を深く知ることができたり、健康相談をして頂けることが増えた。処方せんがなくても来局して頂ける取り組みになった。
▶今回の事業を通じて心電図測定の重要性についての理解、不整脈(心房細動)が脳梗塞につながるリスクがある点について、患者の理解が深まったと思う。

心房細動に関する啓発ができた、患者との接点強化につながったという声があり、受診勧奨モデルを続けることで、健康リスクへの知見が広がり、病気の早期発見につながったことで、調剤薬局の機能が高まったことがわかる。

[キーマンインタビュー]循環器系疾病の発症ゼロを目指す。そのための受診勧奨モデル提案

オムロン ヘルスケア株式会社
国内事業統轄本部 統轄本部長 加藤 宏行氏

ここからのパートでは、心電図記録による受診勧奨モデルを提唱しているオムロンヘルスケアの国内事業統轄本部 統轄本部長 加藤宏行氏に、その背景や心房細動早期発見に関する思いなどを聞いた。

「家庭で心電図を測る」という文化を根付かせたい

─「心電図記録による受診勧奨モデル」を提唱した背景、意図などを教えてください。

加藤 私たちはこれまで、長い時間をかけて、家庭で血圧を測るという文化をグローバルで根付かせてきました。脳卒中や心不全など高血圧が原因で起こる病気の発症を「イベント」と呼んでいますが、私たちは「ゼロイベント」という大きな目標を掲げて、家庭での血圧測定、それによる高血圧症の早期発見、治療サポートなどを行ってきました。しかし、残念ながらイベントは依然減っていません。さらに何かできないかと考えたとき、脳梗塞につながり早期発見が難しい心房細動に着目して心電計付き血圧計を開発しました。

高血圧の人が心房細動になりやすいので、血圧と心電図を両方測って頂くことで早期発見してイベントを防ぐことができます。今まで病院で測っていた心電図を家庭で測る。それを新たな文化にするためにも、調剤薬局、DgSでの体験が重要です。

一方で、心房細動という病気のこと、それが脳梗塞を引き起こすことはあまり知られていません。これを調剤薬局やDgSを利用する方に知って頂くことがひとつの目的です。また、体調に違和感があっても病院で心電図を測ることはハードルが高いので、調剤薬局やDgSで簡単に測って、必要なら受診勧奨して医療機関で診て頂く。これはイベント防止に効果的ですし、家庭で心電図を測るという文化の普及にとっても大きな一歩となります。そこで、一般社団法人スマートヘルスケア協会とパートナーシップを結んで、調剤薬局、DgSに心電図記録による受診勧奨モデルを呼び掛けています。

心房細動の早期発見で医療機関との連携強化

─調剤薬局、DgSにとっては、心房細動の受診勧告で医療機関との連携が強まりますね。

加藤 そこが大事なところで、心房細動は自覚症状もないために発見が遅れやすい病気です。定期的に心電図を測ることで問題があれば、早めに医療機関に行って確定診断してもらう。セルフケアだけでは解決しないので、早期発見、受診という連携、プロセスが重要です。

私たちが商品開発をして、受診勧奨モデルを提唱すると医療側からの反響の大きさに驚きました。医師たちも心房細動の早期発見には関心が高かったようです。

沖縄県浦添市の病院では近隣の複数の調剤薬局に心電計付き血圧計を置いて来局者に心電図を測って異常があったら報告してほしいという要請をしました。この病院の先生は沖縄県のイベント率の高さを問題視しています。

栃木県宇都宮市の病院では近隣の大手DgSの調剤薬局に同様の呼び掛けをしています。医療側も生活者との接点が多い調剤薬局、とくにDgSへの期待は大きいのだと思います。簡単に心電図が測れるというツールがなければこうした動きにはならないと思うので、心電計付き血圧計が調剤薬局と医療機関の連携に役立っていると実感しています。不整脈に不安がある人は近所のDgSで心電図を記録して、必要があれば病院を紹介してもらう。こうしたDgSの機能、医療連携の強化につながると思います。

オムロンコネクトのデータを活用すれば、DgSの機能は高まる

─秋田県薬剤師会の取り組みについてどうお考えでしょう。

加藤 ある期間内の数字になりますが、238人が測定してそのうち2.1%にあたる5人に心房細動が発見されました。取り組んだ人たち自身もこんなに患者が見つかるのかと驚かれていたようです。5人のうち2人は30代でした。60歳以上が発症しやすいと言われていますが、この結果も本当に意外で、心電図記録の機会を若い人にまで広げることも考える必要があります。

─心電図の記録には、オムロンコネクトというアプリを使いますが、このアプリは今後活用できるとお考えですか。

加藤 オムロンコネクトを使って血圧や心電図を測ると弊社のデータベースに記録が蓄積されていきます。その活用は今後考えていきますが、DgSの専門家の方たちにデータをフィードバックするという方法はあると思います。

ユーザーの同意に基づいて日々の血圧記録を、例えばDgSの管理栄養士と共有して、食事や運動の指導に活用していただくといった取り組みも可能です。DgSのDXが進む中、家庭内のバイタルデータとシステムをつなげれば価値を生むと思います。DgSの相談機能や医療機関とのハブ機能を高めていけるような提案は商品も含めて今後も続けていきます。

NRF2023レポート「コロナ禍によるECシフトで大きく変化するアメリカ小売業」

2023年1月15日~17日、NRF(全米小売業協会)の主催により、小売業の世界的な見本市であるNRF2023-Retailʼs Big Show(NRF2023)がアメリカ・ニューヨーク市で開催された。今回のNRF2023のテーマは「Break Through(克服)」。NRF2023に参加したサイバーエージェント社の高橋篤氏とR×R Innovation Initiative代表 近藤典弘氏に取材。米国小売業の最前線を紹介する。(取材協力:サイバーエージェント、R×R Innovation Initiative)(月刊マーチャンダイジング2023年3月号より転載)

[基調講演]

2022年は歴史的にも困難な1年 大会には革新的な技術、才能が集結

ウォルマートUS社長兼CEO
NRF理事会会長 ジョン・ファーナー氏

NRF2023は、NRFの会長を務めるウォルマートUS社長兼CEOのジョン・ファーナー氏の基調講演で始まった。ファーナー氏はまず、前年11月、12月の忙しいホリデーシーズンを乗り切った参加者たちに労いと歓迎の辞を述べた。次いで、2022年は、パンデミックからの脱却、世界的サプライチェーンの課題、急激なインフレ、国際紛争など歴史的に見ても困難なことが多かった1年だと振り返り、それでも小売業は、顧客を見て顧客のための革新的な取組みをしてきた、大切なことは「最良の顧客体験の提供」であることを強調。NRF2023にも機械学習、人工知能、ロボティクスなどの「画期的なテクノロジー」、リテールリーダーという「画期的な才能」、中小、スタートアップ企業からの「画期的アイデア」が集まっているのでこれらに触れてほしいと語った。そのほか、自然災害地への救援活動、組織犯罪に関する法律の見直し要請(ロビー活動)など、NRFが組織として取り組む活動にも言及した。

会場にあるアマゾンの無人レジシステム「ジャストウォークアウト(JWO)」のコンビニ

NRFが開催する全米規模の見本市は今回で113回目となる。NRF2023の来場者数は約3万5,000人、75ヵ国からの出展があり、展示ブースの数は約1,000、セッション(講演)数175、セッションの講演者は350人を数える小売業では全米にとどまらず世界的イベントとなっている。

セッション会場のひとつ。セッションは大小含め175開催された

[リテールメディア]

コロナ禍によるEC化に伴い加速度的に普及するリテールメディア

コロナ禍をきっかけに、人との接触を避けて買物をするためECの利用率が大きく上昇した。これに対応するために小売側も物流やアプリを含むECの改善、強化に投資して、今やアメリカの買物はECを軸に回り始めていると言っても良い。

この状況は、名前や住所、過去の買物履歴といった「情報付き」の生活者がスマホ、PCを経由して買物することが一般的となり、その回数が以前と比較すると膨大になったことを意味する。

そして、この動線上に広告を打てば購買意欲があり、なおかつ絞られたターゲットに向け、届けたいメッセージを送ることができる。こうした理由で小売業が持つ、自社の買物アプリや専用サイト、関連する第三者のデジタル媒体を活用した「リテールメディア」が注目されるようになった。市場も急テンポで拡大している。

[図表1]世界のリテールメディア市場の推移

図表1、2022年の世界のリテールメディアの市場は751億ドル(1ドル130円換算/以下同、97兆5,000億円)、2021年と比較すると80.1%増、2020年からは約3倍成長している。

米国内のリテールメディア市場の圧倒的シェアを占めるAmazonは米国内だけでも年間延べ2億人以上のアマゾンプライム利用者がおり、こうしたデータへアクセスできることがAmazonのリテールメディアの強さの源泉となっている。

Amazonのリテールメディアのサービス名称は「アマゾンアドバタイジング(amazon ads)」、以下のようなサービスメニューがある。

  • スポンサープロダクト:商品検索や商品詳細ページ、ショッピングの結果など、特定のページに商品リストを表示することができる。
  • スポンサーブランド:特定ページにブランドやそのブランドの商品広告をページ横断で適切に表示する。
  • スポンサーディスプレー:Amazon内のページ及び、Amazonと提携する外部プラットフォーム内のページで広告を表示する。

ウォルマート、ターゲットなど大手小売業も続々参入

ウォルマート コネクトのロゴ

ウォルマートは近年ECを強化しており、リテールメディアにも積極的に参入している。サービス名は「ウォルマート コネクト」。リテールメディアから収益を上げるという意味において、Amazonに最も近い。調査会社コムスコア社によると、ウォルマートのオンラインショッピングのトップページであるWalmart.comには毎月1億人以上の訪問者があり、これを活用して同社ではブランドとサイト利用者との効果的なマッチングをしている。

以下は、ウォルマートコネクトで提供されるサービスの一例である。

  • 検索広告:検索結果に広告主の商品を表示する。
  • ディスプレイ:広告主がウォルマートのウェブサイト、アプリ、及び第三者のプラットフォームで広告する商品と関連しそうな視聴者へのリーチを支援する。
  • インストア:4,700店以上の店舗に設置された17万台以上の店頭テレビや店頭スクリーンを使って、広告主とリアル店舗のお客をつなぐサービス。

大手ディスカウントストア、ターゲットは売上高で米国8番目の小売企業。同社のオンラインページには毎週300万人の訪問者がおり、リテールメディアを展開している。サービス名は、かつて「ターゲットメディア」と称していたが、リテールメディア強化にあたり「ラウンデル(ROUNDEL)」と改名された。コカ・コーラ、マイクロソフト、ユニリーバ、ディズニーなど人気ブランドと提携している。

サービスの一部を紹介すると次のようになる。

  • ターゲットプロダクト広告:自社サイト内で商品検索すると、提携メーカーのブランド、商品が上位に来る。
  • ターゲットサーチ広告:ターゲットの会員がグーグル検索すると、ラウンデルの広告を経由して商品リストに誘導する。
  • ディスプレイ広告:自社のオンラインページと150以上の提携メディアに広告を掲載できる。

ここで紹介した2社以外でも、大手小売業はほぼ全社リテールメディア事業に参入している。「自社会員のECへのアクセス」という膨大な資産を有効活用しているといっていいだろう。

米国のリテールメディアの急激な成長はコロナ禍により買物方法が大きくECにシフトしたという背景がある。リアル店舗でのサイネージによる情報の提供や収集、ビーコンによるプッシュ通知からの展開といった日本が模索するリテールメディアはアメリカでもさほど発達しておらず、期待できる収入源とはなっていない。その意味で日本がリテールメディアから一定の収入を得るためには、EC化率を上げる必要がある。

また、米国のリテールメディア市場は、Amazonが圧倒的なシェアを占めており(2022年のAmazonの広告収入は約116億ドル/15兆80億円)、これをウォルマートが後方から追うという構図になっている。2022年2月の発表によれば、ウォルマートのリテールメディアでの収入は約21億ドル(2,730億円)。Amazonの売上の18%強の段階にある。

マーケットプレイスやストリーミングサービスの開始でリアル+Amazon型ビジネスへの変身を図る同社にとっては、リテールメディアは、ポテンシャルの大きな世界だと見ることもできる。

[ライブストリーミングコマース]

次世代のECのカタチライブコマース

ライブストリーミングコマースとは、動画上で演者が商品の説明、使用感などを語り、最後にその商品の購入を勧めるという販売形式である。単にライブコマースとも呼ばれる。演者を務めるのは有名人の場合もあるし、小売の店舗従業員が登場することもある。

このライブコマースがアメリカでは大きな流れになりつつある。Firework(ファイヤーワーク)やBambuser(バンブーザー)といったライブコマース専門のプラットフォーマーが事業を展開。両社は日本にも上陸している。生活者、とくに若い世代がこのアプリ(サイト)にアクセスして俳優やスポーツ選手などの有名人、あるいはその業界に精通したインフルエンサー、さらに自分で開発した商品を売りたい個人が紹介するライブ映像を視聴、その後商品を購入するという買物スタイルが急激に拡大している。

ライブコマースのプラットフォーマーBambuser社は自社サイトの中で、「ライブビデオショッピング(ライブコマース)は、フォーブス、マッキンゼー、ブルームバーグなどで『小売業の未来』と呼ばれている新たなEコマースの形。Bambuserが配信する動画の平均視聴時間は13分(サイト滞在時間は通常のオンラインショップサイトの3倍)、同社配信の購入率(コンバージョンレイト)は12.4%(SNSの1,600%高)」などのデータを紹介、可能性をうたっている。

ライブコマースは中国ではすでに市場が成熟期に入っており、調査会社コアサイトリサーチ社によると、2017年から2019年にかけて20倍に成長。同社では米国のライブコマースの市場は2023年末までに317億ドル(41兆2,100万円)に達し、2021年の約3倍の規模になると予測している。

大手各社も取組始めたライブコマース

ウォルマートをはじめとする小売業もライブコマースに取り組んでおり、自社サイト内に専用ページを解説している。写真1はウォルマートのライブコマースサービス「Walmart Live」のページ。ビューティ、エンターテイメントと並んでアソシエートライブ(自社従業員のライブ動画)のコーナーもある。

[写真1]ウォルマートの「Live」のページ。アーカイブでも見られるが、臨場感を重視してライブ配信が基本、今後の予定では配信時間がついている

アメリカはインフレの影響で賃金も上昇し、人件費も高騰している。人手不足も深刻で店舗従業員の数は減っている。こうした状況でライブコマースは「接客のDX化」と捉えることもできる。リアルの接客なら1人でこなせる回数は限られているが、ライブコマースなら同時に1対n(複数)の接客が可能になる。

店舗従業員が登場するライブコンテンツも豊富にある

小売発信のライブコマースに期待されるもうひとつの効果は、「買物体験の補完、充実化」である。ECの比重が大きくなると、店舗での買物体験が不足し、ロイヤルティの低下が懸念される。そこで、店舗従業員がスタジオや自社店舗から、ライブ動画で商品を説明し購入を勧める。この「人感」、「臨場感」によって顧客との絆を深めようということで、各社自社従業員によるコンテンツを増やす傾向にある。

冒頭延べたように、米国での買物がECに大きくシフトされており、この現象からリテールメディア、ライブコマースが大きく成長しつつある。そして、それらがまた買物シーンや店舗の役割を変えようとしている。店舗がECのためのフルフィルメントセンターになり、ライブコマースのためのスタジオにもなる。その先にはメタバースのような世界で、疑似リアル店舗を体験しながらECで購入する、そんな時代も見えている。

[リテールクライム対策]

万引、組織的な窃盗で大きな被害が出ている

NRFの調査によると、2021年の小売業の盗難による被害金額は945億ドル(12兆2,850億円)に及び、2020年の908億ドルから4.0ポイント上昇した。

カリフォルニアでは2014年、住民投票で「Proposition47」という州法が承認された。これによると950ドルまでの暴力を伴わない窃盗なら軽犯罪として処理され、数時間から数日の拘束だけで収監されないケースが多いというもの。刑務所のコスト削減と更生に重きをおいたというのが法の趣旨だが、950ドルまでなら窃盗が黙認されることになり、当然窃盗犯罪が多発するようになった。

サンフランシスコのウォルグリーンは2021年、あまりに多発する万引、窃盗のために5店舗以上を閉鎖。他の小売業でも同様の事態が起こっている。また、ノースカロライナのホームデポでは2022年10月、万引を止めようとした従業員が突き飛ばされて転倒、死亡するという事件も起こっている。

さらに深刻化しているのは、ORC(Organized Retail Crime)という組織化された集団窃盗である。これは転売を目的に集団で店を襲い商品を持ち出すという犯罪。白昼堂々と行われることも多い。万引、ORCに対応するために小売では私設の警備員を雇う企業が増えた。

ORC対策のセッション会場

NRF2023でもORCに対抗するためのセッションが設けられ、カリフォルニアの州法の是正を含む、連邦規模での対策を議会に働きかけるとしている。

 

〈取材協力〉

R×R Innovation Initiative
代表
近藤 典弘氏
サイバーエージェント
インターネット広告事業本部
販促革命センター 統括
高橋 篤氏
サイバーエージェント
Al事業本部DX本部統括 経営戦略部長
藤田 和司氏

園芸用品購入者は客単価2.5倍。その理由とは!?

コロナ禍の「巣ごもり需要」で園芸愛好者は増え3,000万人を突破している。この傾向は一定程度定着し、市場も伸長が続く。さらに、園芸用品購入者はドラッグストア(DgS)の店舗にとって優良顧客であるというデータもある。この有望カテゴリーの拡大方法を考える。(※SOOドラッグデータ2022年1月~12月)(月刊マーチャンダイジング2023年3月号より転載)

店舗貢献度の高い園芸用品購入者

フラワーギフト売場での花と園芸用品の一体売場

園芸用品を購入している人は、店舗平均と比較して、客単価で2.5倍、買上点数で2.6倍、購入頻度(買物回数)で2.2倍というデータがある(図表1~3)。

[図表1]園芸購入者の客単価
[図表2]園芸購入者の買上点数
[図表3]園芸購入者の購入頻度(買物回数)

客単価、買上点数においては、おむつ、ミルクなど必要な消耗品が多く、世帯的にも食品、消耗品の出費が多いベビー用品購入者が高いが、園芸用品購入者はそれを上回っている。購入頻度(買物回数)では、日用雑貨部門の中では1位である。

それだけ、園芸用品購入者は店舗にとってロイヤルカスタマーであり、このカテゴリーを強化することで、優良固定客の育成を図れることを示している。

[図表4]家庭園芸人口予測

図表4は家庭園芸人口の予測の推移である。2017年から2,000万人台で推移していたが、コロナ禍の始まった2020年には3,000万人を大きく突破。2022年は若干前年より減少したが、それでも約3,381万人とコロナ禍後の大幅増大をキープしている。

[図表5]家庭園芸薬品市場推移

これに伴い家庭用園芸薬品市場も拡大、2020年は前年比11.6%増の492億円となり2022年の見込みでは505億円となっている(図表5)。優良固定客との接点となるカテゴリーは拡大しており、新規客を獲得するチャンスも大きくなっているといえる。

除草剤から入り品揃え拡大 我慢しながらカテゴリーを育成

園芸カテゴリーは、売場面積の広いホームセンター(HC)で購入することが多いが、近年郊外型のDgSでも園芸を扱い成功させている店舗が増えている。

「DgSで園芸カテゴリーを根付かせるために必要なことは、この店舗で園芸用品が買えることをお客様に認知して頂くことです。まず使用頻度も高く、掃除の概念とも近い除草剤から始め、それを売り続けることで認知を上げ、そこから対植物の商材へとつなげていく、活力剤などで売り個数を上げ、肥料、園芸用殺虫剤、土、スコップと品揃えを増やしていくというプロセスでカテゴリーが伸びていきます。ただし、一定の時間はかかるので、すぐに売上が上がらないから売場を縮めるということでは収益性のある園芸カテゴリーは育ちません。我慢も大切になります」(フマキラーマーケティング部部長 菅谷洋介氏)

一定の品揃えをして基礎ができたDgSの園芸カテゴリーがさらに成長するために重要な要素は何か。フマキラーでは「成功体験」をキーワードに挙げる。入門者にも、植物を枯らさない、きれいな花を咲かせる、野菜の実をよく付けるなどの成功体験を味わってもらうために、なるべく手軽で簡単に効果の出る商材の提供が重要になる。1シーズン園芸をやって成功体験を味わうことが次の年にもつながり、カテゴリーの固定客になり、店舗の優良固定客にもなっていく。

SNSを使って成功体験を共有 園芸への愛着を深める

フマキラーではSNSアプリ「グリーンスナップ」を使って成功体験の共有を図っている。グリーンスナップは、名前の分からない植物を写真に撮って送れば名前を教えてくれる機能などがあるアプリで、基本的には園芸愛好家たちが植物の写真をアップして交流できるアプリである。

[写真1]グリーンスナップに投稿された写真

カダンブランドの花でパンジーの一種であるボニータを親子で育てましょうといった趣旨で「親子でボニータ」のタグを立てて投稿を募った。これに賛同した愛好家たちが次々に写真を投稿(写真1)、1月中旬現在で600枚以上の写真が投稿されている。

「成功体験は人それぞれで『花が咲いた』だけではなく、その先にある、『親子で一緒に花の手入れをした』、『子供が水やりを楽しんでいる』など心の充足感、コト体験こそが成功の中身だと思います。こういう成功体験は企業から発信することはできないので、ユーザーの方自ら成功を感じてそれを共有するという仕組みをつくっています。単純に自分たちの咲かせた花を見てもらいたいという欲求も結構強いと思います」(菅谷氏)。

こうした、生活が豊かになるような成功体験を重ねれば根強い園芸愛好家になり、頻繁に園芸用品を購入することにつながる。

花と用品の一体的売場でカテゴリートライアルを増やす

先述のとおり同社では、カダンブランドからオリジナルの花を販売している。2021年には花、種苗の世界的なブランドの国内販売権を持つFSブルーム社を100%子会社化、見た目も鮮やかでオリジナリティのある花を市場に提供している。

[写真2]ゼラニウム売場での花と園芸用品の一体陳列

こうした特徴のある花と園芸用品を一体的に販売する売場提案も行っている(写真2)。これにより、関連購買が進むことに加え、まず花の購入から園芸愛好家になり用品も購入するというカテゴリートライアル(新規獲得)が可能になる。花から新規を取るためには、カダンやFSブルーム社が提供する他にはない目をひく花のデザイン性が効いてくる。

植物は究極の生鮮商品とも言え管理は決して容易ではない。カテゴリー育成には我慢も必要だ。しかし、客単価が平均の2.5倍という店舗貢献性や市場の成長性、心が豊かになってお客のQOL(生活の質)を上げることなどを考えると挑戦する価値のあるカテゴリーである。