フードビジネス・アップデート

北海道ブランドで東京圏を切り開く

第40回北海道発生パスタ店、地元原料にこだわり抜いて東京圏で躍進中!

北海道は「地域ブランド調査2021」(ブランド総合研究所)の都道府県魅力度ランキングで12年連続の第1位を獲得。この北海道ブランドを前面に押し出し、東京圏で店舗拡大している生パスタ店がある。原料調達から北海道にこだわり、生産、製造、販売を垂直統合した六次産業化を進める企業の挑戦を紹介しよう。

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店名由来は、最高気温と最低気温の温度差60度

今、東京圏で「下川六○酵素卵と北海道小麦の生パスタ(しもかわろくまるこうそらん) 麦と卵」(以下、麦と卵)という店名の生パスタ専門店が出店ペースを上げている。1号店がオープンしたのは昨年2月東京・吉祥寺で、笹塚、三鷹と続き、この820日渋谷宮益坂、921日神奈川・川崎、1026日東京・新宿西口と続いている。年内中には6店舗となる。冒頭の長い店名からは「ブランド卵と北海道産の食材にこだわっている」ことを読み取ることができる。

商品名にも同等のこだわりが感じられる。グランドメニューは11品目で、冠のマークがついたおすすめメニューは以下の通り(価格は税込)。

・函館・道場(ミチバ)水産特選たらこ使用、絶品たらこスパゲティ 880

・究極のペペたま!グリルチキンと「下川六○酵素卵」がのったオイルソース 980

・ふわふわチーズがたっぷり!北海道カルボナーラ 1080

・自家製北海道キーマ風スパイシーミートソース「「下川六○酵素卵」添え 1080

・生モッツァレラチーズと「農家のベーコン」、茄子のトマトソース 1180

力強い商品名に対して価格がお手頃であることも目を引く。店内には生パスタの製麺機がおかれ、適宜「只今、製麺中」と札をかけて製麺している様子が見える。

この店を展開しているのは北海道札幌市に本拠を置くイーストン(代表/大山泰正)。同社の設立は19865月、札幌市の歓楽街すすきのでバーを開業して飲食業の道を歩み出した。その後、札幌市内でカジュアルレストランの展開がヒットしていくが、これからの成長を想定する上で東京圏への進出を決意した。その前哨戦として20034月宮城県仙台市に進出、そして20079月東京に初進出を果たした。現在は札幌20店舗、仙台9店舗、東京20店舗の全49店舗(202110月末現在)となっている。

「麦と卵」で人気ナンバー1をうたう「究極のぺぺたま!グリルチキンと『下川六○酵素卵』がのったオイルソース」980円(税込、以下同)
「北海道函館・道場(ミチバ)水産の特選たらこ使用」と食材のこだわりをアピールする「絶品たらこスパゲティ」880円
「釜揚げシラスと厚岸産アサリのペペロンチーノ」1080円は海産物の存在感が大きい

「北海道産」を深掘りして一次産業に着手

イーストンでは店舗展開を進めていく過程で、主力業態はカジュアルイタリアンと焼鳥店に定まっていくが、これらは類似業態が数多あることから差別化のポイントを模索するようになった。そこで同社の発祥であり本拠を置いている「北海道」を打ち出すようになった。

ちなみに「北海道」は『地域ブランド調査2021』(ブランド総合研究所)の都道府県魅力度ランキングで第1位を獲得。同ランキングが開始された2009年から第1位は連続している。

イーストンのこの方向性は進化していき、六次化に取り組むことを検討するようになり、一次産業を手掛けることを模索した。そこで金融機関からM&Aの案件を紹介された。それが昭和39年(1964年)創業のあべ養鶏場(当時、阿部養鶏場)であった。

この養鶏場は北海道上川郡下川町という北海道のほぼ北端の内陸部にあり、日本の養鶏業としては最北にあたる。ここでは鶏の飼料として生の米糠にEM菌(有用微生物)を5日間加温しながら培養しトウモロコシを主とした飼料17種類をブレンドし与えていた。これによって鶏の腸内環境は健康で、ストレスがなく産卵していた。さらに鶏の健康を考慮して独自の配合飼料を与えるようになった。内容は、トウモロコシ(3種類)、精白米(2種類)、マイロ(イネ科の一年草)、大豆油かす、魚粉、カニ殻、炭、ミネラル、ガーリック、塩、発酵飼料(乳酸菌)、米糠(国産)、大豆かす、昆布酵素となっている。

同社では老朽化していた設備を近代的なものに一新して、生産体制を整えて、「下川六○酵素卵」というブランドをつくった。ちなみに「六○」とは、養鶏場のある下川町では気温が夏30度、冬はマイナス30度となり、「気温差が60度ある厳しい自然環境の中で生育する元気で健康な鶏が産卵している卵」ということを意味している。

店舗展開が速い「生パスタ専門店」を開発

イーストンでは2年ほど前から多店化する業態として「生パスタ専門店」を検討するようになった。そのポイントは「店舗展開の速さ」である。同社の既存のカジュアルイタリアン業態は「北海道イタリアン ミア・ボッカ」というもので客単価は昼1500円、夜2500円。商業施設の中の50坪~60坪の物件を想定していて、これまで年に2~3店舗を展開してきた。展開を重ねている中でクオリティは十分に安定しているが、人材を育てることに時間がかかっていた。

そして業態開発では、このカジュアルレストランからスピンアウトして「生パスタ専門店」を展開するという発想に進展した。

さらに「商品に圧倒的な特徴があること」がポイントとなった。そこで「下川六○酵素卵」を使用した生パスタの開発を進めていき、試食を重ねていく中で、この卵と北海道産小麦を配合したパスタが想定した通りのものに出来上った。ちなみにパスタの本場である北イタリアのミラノは下川町とほとんど同じ緯度にある(ミラノ45.28度 下川町44.18度)。ミラノでは代表的な家庭料理には生パスタが使用されている。このように北イタリアの家庭料理を北海道ならではの食材で表現することができた。この生パスタの既製品にはない「つるっ」「もちっ」とした食感は「麦と卵」の一番の特徴となった。201912月のことであった。

「麦と卵」が想定する立地は駅前繁華街で乗降者数7万人、物件は地下1階、路面、そして2階、20坪で30席くらい取れるスペースであること。スケルトンではなく居抜き物件ということだ。「麦と卵」の店舗展開はコロナ禍と重なってしまった。しかしながら、撤退物件が出てきている中でコンセプトがしっかりとした業態にとって出店するチャンスが訪れている。「麦と卵」の相次ぐ出店はその象徴的な事例と言える。

店内にパスタの製麺機を置いて適宜製麺することでフレッシュな生パスタを提供している

六次化によって「食物販」を事業化

さて、イーストンの一次産業である「あべ養鶏場」は「下川六〇酵素卵」というブランド卵を育てて、レストランで使用するほかに、これを使用したプリンの製造・販売も行なうようになった。使用食材の牛乳、生クリームは北海道産、同様にミネラルを多く含んだビート糖や「宗谷の塩」(稚内産)を使用している。

商品名は「あべ養鶏場のえっぐぷりん」1個410円~(税込)。EC販売の他に、リアル店舗を札幌(JR札幌駅構内)、東京・新宿(西武新宿ぺぺ)、立川(グランデュオ立川)、武蔵境(エミオ武蔵境)に構えており、商品としての認知度が高まってきている。リアル店舗ではプリンの他に「下川六〇酵素卵」(生)、「下川六〇酵素燻製卵」「下川六〇酵素卵ゆで卵」も販売している。

ここでは季節メニューを取り入れるようになり、直近では811日から10月初旬まで北海道でしか収穫できないハスカップを使用した「ハスカップぷりん」480円(税込)を販売。このハスカップはあべ養鶏場がある下川町の及川農園生産されたものである。さらに、10月8日~1031日にハローインスイーツとして「かぼちゃぷりん」480円(税込)を発売。このかぼちゃには北海道北見市で生産された「くり将軍」が使用されている。

「あべ養鶏場のえっぐぷりん」は季節メニューを導入するようになってリピーターが増えてきている

イーストンが当初他社と差別化するために打ち出した「北海道産」は、自社で一次産業に取り組む動機をもたらし六次化のロジックをつくり上げた。このような試みが特徴のはっきりとした新業態を生み出し、「飲食店経営」に加えて「食物販」の事業を生み出すことになった。飲食業が農業と通じることによって事業拡大の可能性を広げている。

著者プロフィール

千葉哲幸
千葉哲幸チバテツユキ

1982年早稲田大学教育学部卒業。柴田書店入社。「月刊ホテル旅館」「月刊食堂」に在籍。1993年商業界に入社。「飲食店経営」編集長を10年間務める。2014年7月に独立。フードフォーラムの屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース・セミナー活動を展開。さまざまな媒体で情報発信を行い、フードサービス業界にかかわる人々の交流を深める活動を推進している。