今週の視点

商売には「王道」と「覇道」がある

第81回絶体絶命の時にこそ「商人道」の原点にもどろう

第3次世界大戦は、国と国との戦いではなくて、ウイルスとの戦争だったと歴史に記録されるでしょう。こういう絶体絶命の大混乱期にこそ、「商人道」の原点にもどることが大切だと思います。

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地域のインフラを支える 小売業の現場にエール

新型コロナウイルスなどの大災害が発生すると、地域に密着した小商圏型の小売業は、地域の消費者にとって、非常に重要な「ライフライン」であることが改めて実感できます。小売業の店頭で働く人達には、今は大変なときかもしれませんが、今回の不幸な出来事をキッカケに、「なくてはならない存在」で働く者としての誇りをもっともっと強く感じて欲しいと願います。

2011年の東日本大震災のとき、被災地で自分の家族と連絡が取れない中で、懸命に店舗を開店し、水や紙おむつを配るドラッグストアの店長、ガソリン不足の中で店舗に寝泊りし、商品確保に奔走するスーパーバイザー、停電で真っ暗の中、駐車場で焚き火をしながら、一晩徹夜し、店を守った現場社員…彼・彼女たちの震災直後の自主的な行動を見聞きすると、現場スタッフの商人としての「誇り」と「責任感」の強さに感激したことを記憶しています。彼ら現場社員の「モラル」と「現場力」の高さは、日本人の誇りです。

しかし、大震災や新型コロナウイルスのような大災害が発生すると、混乱に乗じて「自分たちだけが儲かればいい」という悪徳商人も跋扈します。混乱期こそ商人道の原点に立ちかえり、どんなに大変でも商売の「王道」を歩む覚悟を強くしたいものです。

「覇道」の暗黒面に堕ちないことを戒める「商売十訓」

私が月刊マーチャンダイジングを創刊する前に働いていた「株式会社商業界」が2020年4月2日に経営破綻しました。残念です。商業界は創業70年の老舗出版社であり、商業の歴史そのものでした。本記事の冒頭に掲載した「商売十訓」も、商業界が後世に語り継いできたものでした。

商売には、「王道」と「覇道」があります。「自分たちだけがよければいい」という商売の「覇道」の暗黒面に堕ちるのではなくて、商人としての「王道」を進むべきという戒めを言葉にしたものが商売十訓でした。商業界という会社はなくなったけど、商業界精神は語り継いでいきたいものです。

『商いの原点』(童門冬二著)という江戸期の商人のことを書いた本を読むと、現代にも通じる話がたくさん書かれています。同書によれば、徳川八代将軍(徳川吉宗)が「享保の改革」を行った時期に、「商人道」を確立しようという動きが、日本全国で起こったのだそうです。

享保の改革以前は、「元禄バブル」が崩壊し、幕府や藩の財政は悪化し、人心はすさみ、金儲けのために客を騙して富を得る「悪徳商人」が、跳梁跋扈した時代でもありました(事故米の食品転用。産地偽装。賞味期限改ざん…etc. なんだか現代にも通じますね)。

しかし、享保年間に至って、吉宗の政策は商工業者に反省をもたらしました。三井家の三代目・三井高房は、その著書の中で、『政治には「王道」と「覇道」がある。王道とは、仁や徳によって行う政治であり、覇道というのは自分の欲望を満たすために、権謀や術策をめぐらすやり方である。商売にも王道と覇道がある。われわれは王道を目指すべきだ。王道を目指す商業というのは、商人道を確立することである』と述べています。

三井高房が、誇り高き商人道を確立するために、まず行った決断は、武士への金融(貸付)を中止することでした。既に貸した金はすべて損金として落としました。

つまり、権力者である武士に何も考えないで追随し、「いつかは返してもらえるだろう」「権力者とくっついていれば、きっといいことがあるはずだ」という甘い期待を持つのではなくて、商人として自立する道を選んだのです。

江戸期の商人は『家訓』を大切にした

同書によれば、江戸時代に豪商といわれた商人たちが、一斉に、『家訓』をつくりはじめたのは、吉宗の改革があった享保年間が多かったそうです。「目安箱」の開設などの政策によって、市民の声を聞き、江戸期の将軍として初めて「市民の存在」に注目したのが徳川吉宗でした。吉宗によって存在を認知された市民である商工業者たちは大いに喜びました。

しかし同時に、「こういう立場に立つわれわれも、自らを戒めなければならない」と考えて、心ある豪商たちが先を争って「家訓」をつくりはじめたのです。家訓とは、今の言葉でいえば、「社訓」であり、企業のミッション(使命)、フィロソフィー(哲学)、ルール(企業文化)を明文化したものです。

つまり、商人道を確立するためには、商人としての王道とは何か?というルールを文章で残し、繰り返しいい続けることで、強固な企業文化を醸成し、つまり、商人道を確立しようとしたのです。

誇りと道徳のない、儲かればいいという「覇道」経営では、最終的な成功はつかめないという「商人道」の本質を、江戸期の商人は熟知していたのです。「損得より先に善悪を考えよう」という言葉は、『商業界』の商売十訓の最初に来る言葉です。

また、江戸中期に活躍した「近江商人」は、京都や大阪には存在しない北陸や東北の名産品を発掘し、「北前船」を活用して商品を京都や大阪に届ける商いを行いました。近江商人は、都の消費者からは、見たこともない名産品を入手できることで感謝されました。北陸・東北の生産者からは、自分たちがつくった商品を、大きな市場である都で販売してくれることで感謝され、また、モノや情報の交流が活発化することで、世間からも感謝されました。

「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」の「三方よし」という近江商人の心得は、現代に至るまで語り継がれています。現代は、戦乱が終わり、徳川幕府が安定し、元禄バブルが弾けて、商道徳が地に落ちた「江戸中期」にとてもよく似ています。近江商人のように、「三方よし」の精神を取りもどし、「信頼」に基づいた長期的な商売を目指すべきです。大変な時期こそ、商人道の原点回帰がとても大切だと思います。

著者プロフィール

日野眞克
日野眞克ヒノマサカツ

株式会社ニュー・フォーマット研究所代表取締役社長。月刊『マーチャンダイジング』主幹を務める。株式会社商業界の「月刊販売革新」編集記者を経て、1997年に独立し、株式会社ニュー・フォーマット研究所を設立。