生産性重視、あえて高い売上を目指さない
筆者が学生たちに示している「飲食店の数字」基礎編の一部を紹介しよう。
・売上は「経費」90%以内と「利益」10%以上で構成される
・売上は「原価」30%あたりと「売上総利益」で構成される
・売上総利益のうち人件費はその50%以内が望ましい
・原価(Food cost)と人件費(Labor cost)を足した金額を「FLコスト」と呼び、60%以内が望ましい
・FLコストに家賃(Rent)を足した金額を「FLRコスト」と呼び、70%以内が望ましい
――あくまでも目安となる数字であるが、これらから大きく逸脱することは危険であると説いている。これらは「常識」として試験問題にも組み入れている。
しかしながら、「FLコスト45%」をコンセプトとしている飲食企業が存在する。それは株式会社ゴールデンマジック(本社/東京都港区、代表/山本勇太、以下GM)、株式会社DDホールディングスの事業会社である。同社では2019年8月2日に新業態「博多かわ串・高知餃子 酒場フタマタ」(以下、酒場フタマタ)をオープンしたが、このFLコストを順守していくという。
FとLの内訳はF20%、L25%ということだ。1号店の新橋店は20坪で55席を構成、大衆居酒屋の席数は坪数の2倍とするのが一般的だが、ここにも席数を稼ぎ出す知恵が存在している。
この業態は3店舗で社員4人体制のユニットを構成し、それぞれの法令順守の勤務時間と休日を確保していくという。1号店は日商30万円程度。これからの標準店は月商500万円あたりで利益率17~18%を想定している。
1号店の動向をみると想定月商のレベルを引き上げてもよいのではないかと思うが、GM代表の山本勇太氏の談話では「売上が高くなると人員を増やす必要性があるから、この水準がベスト」という。FLコストが「望ましい」とされる「60%以下」よりはるかに低い45%としているのはなぜか。それはずばり、生産性のバランスを考慮し、高い家賃を吸収する一方で高い利益率を確保するためである。
FLコストを下げて都心の歓楽街で展開
DDホールディングスの代表、松村厚久氏は創業したダイヤモンドダイニングで飲食店の展開を開始した当初(2001年)「エンタメ(=エンターテインメント)」を強烈に打ち出した。1号店のテーマは「吸血鬼」、その後「不思議の国のアリス」や「かぐや姫」といったテーマ性の高い飲食店を展開していった。
銀座や新宿といった家賃の都心の歓楽街に出店し、従業員のコスチュームにもコストをかけることから客単価3,500円4,000円のレベルでFLコストは50%としていた。店のコンセプトもさることながら、「飲食店の数字」もこれまでのフードサービスにはないものであった。
筆者は松村氏に何度もインタビューをしていて、かねがね松村氏は「銀座、新宿の一等地で経営するための高い家賃は広告宣伝費と理解している」と述べていた。このような割り切り方がショービジネス的な要素が加わった二つとない個性的な企業文化をつくり上げてきた。
さて、GM代表の山本氏は松村氏がその経営手腕に期待を寄せている人物である。GMはリーマンショック後の2009年5月にDDの子会社として設立、DDグループプロパーの山本氏を代表に据えた。当時豊富にあった居抜き物件を活用して「5年間で100店舗」をミッションとして邁進してきた(実際には100店舗に7年を要した)。
このようにダイヤモンドダイニングをはじめとするDDグループの展開力はFLコストを抑えていることに起因していると思われる。
仕込み時間を軽減し作業を簡略化
「酒場フタマタ」の商品構成を見ていこう。この店名の頭に「博多かわ串・高知餃子」とある。この二つはどちらもご当地居酒屋の代表的な商品だ。このキラーコンテンツを一つの店が併せ持っているから「フタマタ(二股)」という店名となった。
メニューの一つ、博多かわ串はフィリピンの協力工場で多くの課題をクリアし仕込んでおり、現地でひと串に50g弱の鶏皮を刺して5回焼き、冷凍で輸入し店舗に配送、オーダーがあってから焼いている。このような工程を経て鶏皮を串にさした段階から串の重さは3分の1の1本15gとなっているが、旨味が濃く香ばしい商品に仕上がっている。1本170円(税込、以下同)、10本の場合1,650円となっている。
高知餃子は専用の餃子製造マシンを導入し、オーダーがあってからこのマシンによって薄皮で包み、従業員がフライパンで蒸して焼き上げる。商品は「高知餃子」450円、「トリュフ餃子」550円となっている。ランチタイムも営業して客単価は2,800円である。
店の正面奥にガラス張りのオープンキッチンがあるが、この中の人員が多い。博多かわ串の指導も行われている。おそらく次の出店が間近に控えているのであろう。
GMではこれまでも「都心から離れた立地」「20坪」「客単価3,000円アンダー」という条件でいくつか業態開発を行ってきたが、軌道に乗らなかったという経緯がある。その要因は「仕込み段階の作業が重かった」(山本氏)という反省がある。上記の通り、フタマタでは過去経験してきたことを解消している。
GMが新業態のフォーマットに「20坪」という規模を当てはめたことは今日の都心の物件事情も起因する。理由はそれよりも広い物件を望んでも物件が出てこないという。
ちなみに同社のメイン業態は「熱中屋」というサバをメインとした居酒屋である。標準店は30坪で、家賃比率を下げるために地下ないしは2階で営業する。これで客単価4,000円となっている。GMの総店舗数は約100でうち熱中屋は70となっているが、これから都心で展開を図る場合は30坪ではなく「20坪」のしばりが求められる。
そして、より日常的な使い勝手を想定するために客単価は3,000円を切る必要がある。労働時間も休日も法令順守の時代である。これらの要素をクリアするべく誕生したのが「酒場フタマタ」、新時代の大衆居酒屋なのである。新業態出店を計画している飲食企業各社が徹底的にリサーチをしていることであろう。