今週の視点

商売には「王道」と「覇道」がある

第89回「商業界」滅びるとも、「商業界精神」は死なず

2020年4月、70年の歴史があった老舗出版社の「商業界」が倒産しました。商売の王道である「商人道」を説き、多くの商人に多大な影響を与えた続けた商業界精神は、会社は滅びても永遠に語り継がれるべきものだと思います。

  • Facebook
  • Twitter
  • Line
  • Hatena

会社はなかなか潰れない だから革新が遅れる

私事で恐縮ですが、23年前(1997年)に月刊MDを創刊する前に勤めていた株式会社商業界が4月2日に倒産しました。私は、独立する直前まで商業界の月刊『販売革新』の編集記者でした。販売革新という雑誌は、日本のチェーンストア産業の「理論」を支えてきた流通業界の歴史に残る稀有な雑誌だと思います。

その雑誌で働いたことで、小売業の理論の多くを学ぶことができたことを今でも感謝しています。亡くなられたペガサスクラブの渥美俊一先生などの流通業界の一流コンサルタントの皆さんとの出会いも、その後の記者としての理論構築に大いに役立ちました。販売革新に在籍していたことは誇りでしたので、その会社が倒産したことは正直ショックでした。

私が商業界を辞めた理由の第1は、編集方針の違いでした。当時の最大手だったダイエーを礼賛する記事ばかり書いていました。ダイエーの創業者の息子が鳴り物入りで開店した「ハイパーマート」という新業態を取材に行くと、「便器がなくて下を水が流れている昔の小学校のようなトイレ」でした。トイレを簡素にしてまでローコスト経営にこだわったのかと当初は感激しました。

しかし、一級建築士に聞くと、特注だからTOTOの普通のトイレの方が安いと言われました。つまり、わざわざコストをかけてローコストを演出していたわけです。上司に褒めてもらうためだけに。こんな新業態を礼賛したら「販売革新の名がすたる」と会議で反対しましたが、まったく意見は通りませんでした。

また、当時勃興期のドラッグストア向けの雑誌を創刊すべきだと、役員に進言しましたが、これも完全にスルーされました。だったら自分でつくってやると、若気の至りで月刊MDを個人で創刊してしまったわけです。

辞めた理由の第2は、「年齢給一本」という異常な給与体系だったことです。赤旗系の労働組合が強く、能力・職務に関係なく「年齢を聞けば給料がわかる」という会社でした。当時、経営者を除くと、一番給料の高かった社員は、地下のボイラー室で働く50代後半のボイラーマンでした(本当の話です)。私はほとんど参加しませんでしたが、賃上げの時期には過激なストライキも実施していました。

「こんな会社いつかは潰れるさ」と思って独立しましたが、倒産したのは独立から23年後です。会社はなかなか潰れないものです。だから、現状維持に甘んじて、革新が遅れて、気が付いたら手遅れになってしまうのです。

独立して初めて経営の全体像が理解できた

37歳で独立して最初に痛感したことは、「会社をやめればただの人」という悲しい現実です。販売革新時代に親しかった小売業の経営者や、経営コンサルタントからは露骨に距離を置かれました。そりゃあそうだ。天下の『販売革新』を敵に回して独立した、ただの平社員を応援する稀有な人などいるわけもありません。多くの人がニコニコ笑いながら後ずさりしていた光景を今でも忘れません。

苦労もありましたが、独立して良かったこともありました。良かったことの第1は、販売革新の名刺ではなくて、月刊MDで積み重ねてきたことを正当に評価してくれる多くの新しい出会いがあったことでした。「人は他人には興味がないが、誰も見てないわけではない。努力すれば必ず誰かが見ている」という人生の格言を体験することもできました。

独立して良かったことの第2は、会社経営の全体像を自然と理解できたことでした。サラリーマンの記者時代は、知識はあっても、経営のリアリティはわかりませんでした。販売革新に在籍中に「低損益分岐点回転率」というトンデモ理論を唱えていた経営コンサルタントがいました。商品回転率の低い「死に筋在庫」を売場に山積みすれば、損益計算書が改善し、営業利益が増えるという理論でした。販売革新時代の私は、「それはすごい理論」だと思って、そのコンサルタントに執筆してもらったこともありました。

しかし、独立して自分で会社を経営すると、不良在庫も資産なので、短期的には営業利益が増えるが、不良在庫は現金化できないので、いずれ資金繰りが悪化することがわかりました。月刊MDは余分に在庫を持たない主義ですが、経営が悪化して赤字を黒字にする方法は簡単です。月刊MDを余分に印刷し、在庫資産として計上することです。そうすると、あら不思議。赤字が黒字に変わります。

でもいずれは資金繰りが行き詰まります。そして、雑誌の不良在庫を廃棄すれば、利益が大きく減少します。小売業のPB開発の失敗と同じ理屈です。自分で会社を経営することで、キャッシュフローの重要性を身をもって知ることができました。これは、貴重な経験であったと思います。

余談ですが、絶好調のドラッグストアが不良在庫資産を損失計上せず、大量返品でカバーしているとしたら、短期的には良いが、長期的にはしっぺ返しを食うと思います。商売には「王道」と「覇道」があります。自分だけが良ければいいという「覇道経営」が必ず行き詰まることは、歴史が証明しています。

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ

残念ながら商業界は経営破綻しましたが、商業の歴史に残る多くの経営者に大きな影響を与えてきた「商業界精神」と「商売十訓」は普遍的な価値観であり、後世に伝えるべき歴史的な精神であると考えます。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉は、初代ドイツ帝国宰相のビスマルクが残した言葉です。個人の「経験知」ではなくて、歴史を学ぶことは多くの先人たちの「集合知」を勉強することです。集合知を知ることは、未来への正しい判断を導くものだという格言です。未来への経営判断を間違わないためにも歴史を学ぶ必要があります。

「商業界精神」と「商売十訓」は、商人の歴史を研究し、長い期間の歴史の風雪を乗り越えて語り継がれた普遍的な価値観や哲学を、現代の言葉に編纂したものでした。下記の商売十訓に書かれている言葉は、当時の多くの商人達に多大な影響を与えました。たとえば商業の「暗黒面」に堕ちそうになった時に、商売十訓に書かれている言葉で救われた小売業経営者も多かったと思う。

商売には、「王道」と「覇道」があります。商売十訓は、「自分たちだけが儲かればいい」という商売の「覇道」の暗黒面に堕ちるのではなくて、従業員や社会の幸せに貢献する「王道」を進むべきという戒めを言葉にしたバイブルです。「商業界滅びるとも、商業界精神は死なず」という言葉を古巣に送りたいと思います。
(この記事は月刊MD5月号で掲載した記事を再編集したものです)

著者プロフィール

日野眞克
日野眞克ヒノマサカツ

株式会社ニュー・フォーマット研究所代表取締役社長。月刊『マーチャンダイジング』主幹を務める。株式会社商業界の「月刊販売革新」編集記者を経て、1997年に独立し、株式会社ニュー・フォーマット研究所を設立。