今週の視点

店舗は利益ゼロでもOK。根底から崩れる従来の商売

第6回アマゾンは「信者」を増やすためにホールフーズを買収した

業界に衝撃を与えたアマゾンのホールフーズ買収のニュースから1年。今年に入って両社の提携が加速しています。アマゾンのプライム会員がホールフーズで買物をする際、10%もの割引特典が受けられるようになったのです。アマゾンはリアル店舗で一体何を目指しているのでしょうか?

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プライム会員特典を一気に進めたホールフーズ

今から約1年前の2017年6月。当社が主催するアメリカ視察ツアー3日目の朝に、アマゾンがオーガニックの高級スーパー「ホールフーズ」を買収するというニュースが飛び込んできました。「アマゾンがいよいよリアル店舗に参入か」ということで、私もツアーの参加者もびっくりしました。

その年の11月にニューヨークでホールフーズを視察した際は、バナナなどの一部のコモディティ商品を、アマゾン効果で安くした程度の連携しかありませんでしたが、今年に入ってアマゾンとホールフーズの連携が加速しています。

今年の5月中旬から、アマゾンのプライム会員がホールフーズで買物をする際に、数100種類のセール品の価格を、さらに10%割引になる特典の提供を開始しました。当初は、フロリダ州の28店舗のみを対象としていましたが、一気に店舗数を拡大し、2018年6月末には総店舗数480店舗の大半を占めるアメリカ国内の店舗で10%割引の特典を受けられるようになりました。

また、アマゾンで注文した商品を最短1時間以内で配達するプライム会員向けサービス「Prime Now」の対象商品にホールフーズの商品を加えました。さらに、Prime Nowの利用客も、ホールフーズの店舗で購入するのと同じ10%割引の特典を受けられるそうです。

プライム会費がアマゾンの利益 店舗は赤字でもいい?

世界でもっとも安いといわれている日本のプライム会員の年会費3,900円と比べると、アメリカのプライム年会費は119ドルと、日本の2倍以上もします(今年に入って従来の99ドルからさらに値上げしています)。年会費は高くても、「Prime Now」(最短1時間の配送サービス)、「Prime Music」(音楽聞き放題のサービス)、「Prime Video」(映像ストリーミングサービス)などのプライム会員特典を考えると、119ドルの年会費を支払ってもお釣りが来ると考えるアメリカの消費者が多く、プライム会員は増え続けています。

2018年4月中旬に行われたアマゾンの年次株主総会で公開された「ベゾスCEOから株主宛に記された手紙」の中で、アマゾンプライムの加入者数が世界で1億人を突破したことが発表されました。

アマゾンは、ホールフーズのようなリアル店舗への参入が目的というよりも、プライム会員の特典を増やす(年119ドル支払ってもいい)ためのひとつのツールとして、ホールフーズでの10%割引を始めたのではないでしょうか?「健康にこだわったオーガニック商品の品揃えは素晴らしいが、値段が高い」といわれ続けてきたホールフーズの商品を、低価格で購入できるという特典は、アマゾンプライム会員の「固定化」と「新規会員獲得」に大きく貢献すると思われます。

「アマゾンプライムの信者」を増やすための布教活動の一環が、ホールフーズの買収といったらいいすぎでしょうか? しかも、「年119ドルの年会費がアマゾンの利益」と考えると、極端なことをいえばアマゾンは、リアル店舗のホールフーズの利益はゼロでもよいと考えるかもしれません。

これは、コストコのようなメンバーシップホールセールクラブが、年会費という利益があるから、粗利益率8%以下の低マージンでも商売が成り立つという構造と似ていますが、アマゾンの場合、ネットとリアルを融合したオムニチャネルの会員組織であることが大きな違いです。アマゾンに対抗して、コストコも近年ネット販売を積極的に強化しています。

アマゾン教の信者が増加していくと、原価70円で仕入れた商品を30円の利益を乗せて100円の売価で販売するという、従来の商売のやり方が根底から崩れていくかもしれません。「店舗は利益ゼロでもいい」というアマゾンに、小売業は価格では太刀打ちできなくなるかもしれません。「アマゾンでは手に入らない価値」を提供すること以外、リアル小売業が生き残る道はないような気がします。

著者プロフィール

日野眞克
日野眞克ヒノマサカツ

株式会社ニュー・フォーマット研究所代表取締役社長。月刊『マーチャンダイジング』主幹を務める。株式会社商業界の「月刊販売革新」編集記者を経て、1997年に独立し、株式会社ニュー・フォーマット研究所を設立。