世界の中で最もメジャーな食のジャンルは「ベジタリアン」
筆者は6年前にフードサービス分野の記者として独立したのだが、もう一つの専門分野として2013年当時に話題になり始めた「インバウンド」にも取り組むことを心掛けて記者活動を行ってきた。そこで遭遇したのは「フードダイバーシティ」であった。
これは「食の多様性」という意味である。世界には食習慣、宗教、健康上の理由によって特徴的な食品や、食べられない食品がある人が存在していて、これらの違いを尊重し受け入れるための環境整備を行うということだ。
この分野で最初に出合ったのが「ハラール」だ。イスラム教徒の戒律で「許された」という意味で、具体的には「豚肉、アルコールを使用しない」ということだ。さらに、小麦製品を摂取しない「グルテンフリー」が存在すること、またフードダイバーシティの中で最もメジャーなのは「ベジタリアン」であることも知った。
「ベジタリアン」の存在は、筆者が社会人になりたての三十数年前に日本に紹介された。2000年に入り、アメリカのセレブに絶対菜食主義である「ヴィーガン」が増えてきているということを知り、どうすればそんな菜食主義者になるものかと思っていたものだが、いつの間にか筆者はベジタリアンであってたまに肉食をする「ノンベジタリアン」になっていた。筆者がこのようになった背景を詳しく説明すると長くなるが、簡単に言うと肉食を慎むきっかけとなった健康上の危機を経験したからだ。
筆者は肉食を(ほとんど)しなくなったとはいえ、食生活にはまったく困っていない。外食評論を仕事としているが、チェーンレストランであってもフードダイバーシティを意識しているところが散見されてきて(アレルゲン情報など)、魅力的なベジタリアン、ヴィーガンのレストランは日増しに増えてきている。
筆者がハラールの取材をするようになった2015年当時は、ムスリム(イスラム教徒)のインバウンドが日本で食事をすることに困っていたが、今日はその不便はどんどん改善され、「おいしいハラールレストラン」が選べる状態になっている。
筆者は2018年9月に、ホテル内の全てのレストランがベジタリアン対応を整えたというヨコハマグランドインターコンチネンタルホテルのベジタリアン試食会を訪れる機会があった。そこで同社の総料理長である齋藤悦夫氏がこう述べていた。
「1000人規模の国際会議があると、25%がベジタリアン、15%がハラール、5%がグルテンフリーとなる。そこで、メニューづくりはベジタリアンを中心に考えると、さまざまな人が一緒に食事をすることができるようになる」
つまり、「ベジタリアン」をメニューの基軸に位置付けるとフードダイバーシティは解決されるということだ。
ハラール対応からフードダイバーシティに挑戦
前振りが長くなったが、ここから本題である。
今日、世界中の人が旅行を楽しむときに「TripAdviser」をのぞいているが、これと同じような感覚で、世界中のベジタリアンとヴィーガンが旅行先のベジタリアンとヴィーガン事情を把握する情報サイトに「Happy Cow」(ハッピーカウ)がある。世界中のベジタリアンとヴィーガンがこれらに関連した情報を寄せている。
このハッピーカウで東京・自由が丘の「菜道(さいどう)」というヴィーガンレストランが世界第1位となった。2019年11月10日のことである。同店がオープンしたのは2018年9月で、ハッピーカウのランキングには2019年6月から登場するようになり、同店のことを注目してきた人にとって第1位の獲得は「なるべくしてなった」という感慨を抱いているようだ。
このランキングは実際に訪問して食事をした結果に基づくものであるから、世界中のベジタリアンとヴィーガンが「自由が丘」という交通アクセスが決して至便と言えない場所にわざわざ足を運んでいるということだ。
ちなみに上位にランクインしている国と都市は、2位ギリシア・アテネ、3位ドイツ・ベルリン、4位スペイン・バルセロナ、5位ベトナム・ホイアンと続いている。
同店をヴィーガンレストラン世界一に導いたのは同店の料理監修をしている楠本勝三氏である。
楠本氏は1975年6月生まれ。大阪の調理師専門学校を卒業後、フランス料理店に就職。2010年東京・西麻布の会員制のレストランで料理長となった。会員制ということで接待需要が多かった。2015年の当時、会員から「これからムスリム(イスラム教徒)の人を接待することが増えるので、ハラールのことを勉強してほしい」と言われるようになった。
このとき、楠本氏は初めてフードダイバーシティのことを知り、それにかなうように一生懸命に取り組んだ。このような楠本氏の姿勢と実績が評判となり、「ヴィーガンができるか」「コーシャ(ユダヤ教徒対応)ができるか」と尋ねられることが増えて、グルテンフリー、アレルギー対応などの問い合わせも受けるようになった。
「和食」がグローバルに向けてさらに前進
「菜道」を経営するのは株式会社和食社中(本社/東京都港区、代表/大槻昌弘)である。株式会社Funfairというベンチャーと、株式会社交洋という商社によって設立された。
Funfairは「日本が誇る食文化を通じて世界に笑顔を届ける」ことをミッションとしていて、フードダイバーシティに先見的に取り組んで実績を挙げてきている。
その端緒となるのは「Samurai Ramen UMAMI」(以下、サムライラーメン)というインスタントラーメンを日本にやってくるムスリム向けの土産品として開発したことだ。これは2014年当時のことで、「NO MSG」「アルコール不使用」「ヴィーガンレシピ」であることをうたっている。以前はムスリムのインバウンドが集まるショップに置かれていたが、この3つのポイントが欧米系のインバウンドにも受け入れられるようになった。
その後、海外で店舗展開するようになり、2017年6月、マレーシア・ジョホーバルにあるマレーシア最大規模のイオンモールに初の実店舗である「Samurai Ramen UMAMI Restaurant」をオープンした。東南アジアをはじめとした海外では店舗展開とともに「世界の誰もが食べられるラーメン」を旗頭として、「ラーメンと和食」のマーケットを開拓していく意向だ。
このような経験値が背景にありヴィーガンレストラン「菜道」が誕生した。ハッピーカウによる「世界第1位」のブランドは、今後の海外出店や販路を開拓していく上で大きな力を発揮していくことであろう。
前段で、「ベジタリアンはフードダイバーシティを解決する」と述べたが、これは世界中の食のマーケットを対象にできることを意味する。「ミシュランの星付きのことで一喜一憂するグルメの世界は、世界の食のマーケットの半分に過ぎない」というのは言い過ぎであろうが、「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録された(2013年12月)ことに加えて、日本の食がグローバルに向けてさらに一歩進展した。