フードビジネス・アップデート

お金だけに依存しない社会システムって?

第19回「里山資本主義」の発想から誕生した地域連携型のファミレス「里山トランジット」

「里山資本主義」とはお金の循環ですべてが成り立つ「マネー資本主義」に対して、お金だけに依存しない社会システムを目指すもの。食料、水、燃料などの必需品を人間の居住エリアに近く気軽に立ち入れる「里山(さとやま)」から、人のネットワークを活用して調達するという発想に基づく。この考えを取り込み千葉市で営業するファミレスの事例を紹介しよう。

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まちづくりプロデュースでユニークな事業を展開するミナデイン

前回の筆者の記事「飲食店のセレクトショップ増加中」の事例3本目に東京・新橋の「烏森百薬」のことを紹介した。同店は株式会社ミナデイン(本社/東京都港区、代表/大久保伸隆)の経営で、「塚田農場」を展開するエー・ピーカンパニーで副社長を務めた大久保伸隆氏が2018年6月に独立。フードサービス業が抱えてきた課題を解決することを志して8月にオープンしたものだ。

その志は「烏森百薬」で具現化。フードメニューの約25品目の8割に他社の有力商品を導入、2階のスペースを16席の貸し切りに、ドリンクをお客さまに作ってもらう…などの試みによって店の生産性を高めようとしている。

結果、従業員がお客さまに接する時間が増え、会話が巧みでスマイルが豊かで実に居心地のよい空間となった。FC加盟を希望する要望も増えて、2019年12月にその1号店が千葉市内にオープンした。

今回はこのミナデインが手掛けるもう一つの分野、「まちづくりプロデュース」のことについて紹介しよう。

ミナデインの事業内容は、①直営飲食店(固定観念にとらわれないコンセプト、生産性を高めるオペレーション、業界の課題を解決するビジネスモデル)、②まちづくりプロデュース(地域に眠る資源の発掘・再定義、当事者意識を持つ参加型まちづくり、さらなる魅力がつく付加価値の提供)、③FC&コンサルティング(飲食店出店のトータルサポート、独立希望者のアイデアを形に、ネットワークによる優良物件の紹介)となっている。前回紹介した「烏森百薬」はこれらの①を具現化したものだ。

持続可能な「ニュータウン開発」に賛同する

ミナデインが直営飲食店の展開と同時に進めているが、前述の②にある「まちづくりプロデュース」である。この端緒となったのは千葉・ユーカリが丘に2018年12月にオープンしたレストラン「里山transit」(以下、里山トランジット)である。

この構想は、大久保氏が独立してから藻谷浩介氏の対話集『しなやかな日本列島のつくり方』を読み、この中に出てくるデベロッパーの山万株式会社(本社/東京都中央区、代表/嶋田哲夫)が取り組む「ユーカリが丘ニュータウン開発」に感銘を受けたことがきっかけとなった。

藻谷氏は「里山資本主義」の提唱者で、この考え方に基づいてこの本はまとめられている。

「里山資本主義」とはざっくりと述べると、日本から遠く離れた国から資源を輸入するのではなく、日本の各地域にある資源を活用して、地元で生活している人たちの質を向上させる、という考え方である。

山万による「ユーカリが丘ニュータウン開発」が着手されたのは1971年のこと。計画的に持続可能な「里山」を目指して、8,000世帯分の土地を40年間かけて年間200世帯ずつ販売してきた。街の人口は2万人、イオンやスーパーマーケット、映画館などもあり、周辺人口を含めると10万人が集まる。

大久保氏はこの街で、子供からお年寄りまで楽しむことができる地元密着のファミリーレストランの要素を持ち、地元の資源を還元する店をつくろうと考えた。店名は、地元の資源を活かすということで「里山」、モノやヒトの中継点を目指して「トランジット」とした。

千葉・ユーカリが丘地区の人口は2万人、周辺からの来訪者を含めると商圏10万人となる

店舗はスケルトンから設計し、さまざまな年齢層と利用動機を想定して60坪90席のゾーニングは多様にした。店内奥の大きな窓の席はお子さま連れのファミリーを想定した掘りこたつ、その手前に大理石を使用したカフェ的なスペース、店舗入り口近くは円形のカウンターテーブルで一人客がふらりと立ち寄れる感覚。12人を収容できる個室もある。

商品コンセプトは「何屋」ということを限定しない。「和洋折衷でゼロ歳から100歳までを満足させる」(大久保氏)という構成になっている。

「里山transit」のエントランス。スケルトンから店づくりを行った
オープン当初は「総選挙」の名目でアンケートでメニューを取り入れていた

地元農家や市民農家と連携するコミュニティ

「里山トランジット」では、周辺の農家と連携して大久保氏が称する「持参地消」という取り組みを行っている。これは「里山」ならでは食材調達に輸送コストをかけない取り組みで農家から週に2~3回野菜を持ってきてもらう。農家からは季節ごとの播種(はしゅ)計画をあらかじめ受け取り、それに基づいてメニューを開発している。このようなサイクルが見えてきたことから、来年からは店が必要とする野菜の生産をお願いしていきたいと考えている。

また、同じエリアにはプロの農家ではないがリタイアしてから市民農園で野菜をつくっている人々が多くいる。ここではプロの農家と異なり農産物が一気にでき過ぎてしまうこともある。そこで自分たちで食べきれない場合は、人にあげるか、それでも余る場合は捨てることになる。

そこで考えたのが「里山リサイクル」という取り組みで2019年の5月から行っている。「里山トランジット」が市民農園の脇にかごを置いて、不要な野菜を入れてもらう。筆者がリサーチで伺った時には取れ過ぎたコリンキー(カボチャ品種)が店内の入り口近くに置かれ、それで料理をつくるレシピも用意されていた。それを食べてみたいと思ったお客さまが自由に持っていくという仕組みである。ゆくゆくはこれらの野菜を総菜や加工品にして、来店したお客さまに無料で持って行ってもらうということも検討している。

「ビジネスをもって地域社会に貢献する」という言い方があるが、同店はユーカリが丘のコミュニティのハブとしての役割が定着しつつある。

エントランス近くは円形のカウンター席で一人客でもふらりと入ることができる
店舗奥の眺望がよいスペースは掘りごたつにしてファミリー対応
カトラリー、水などはセルフで行う

優秀な全国のFCオーナーと連合する構想

「里山トランジット」の展望について、大久保氏はこう語る。

「これは地域に合わせたファミレスですが、これから1年間ほどかけてブランドとして完成させたい。優秀な全国のFCオーナーとの連合を強くしてそれぞれの人の部分は解決していく」

「立地に関して、都心では高級住宅街の近くということが見えている。地方の場合はFCオーナーが地域にどのようにコミットしているかが重要。このような人の地元でいい場所とはどのようなところになるかがポイントとなるでしょう。そこで、これからは人脈、人間関係をつくっていくことが大切です」

この談話に出てくる「優秀な全国のFCオーナー」とは、前述の「烏森百薬」のFCオーナーと同様に同じ志を持つ「同志的連合」のことだ。組織をヒエラルキーで考えるのではなく、それぞれが地域社会で持ちうる能力をリスペクトしあう関係である。

店舗では無理な調達やオペレーションを追求するのではなく、簡単な言葉で例えると、「楽しい飲食店をつくろう」という発想が息づいている。実に人間臭い世界であり、その現場にいると心が躍る。大久保氏がつくり上げようとしているフードサービスの世界に新しい潮流が生まれつつあることを感じる。

ミナデイン代表の大久保伸隆盛氏、東証一部上場の外食企業副社長から転身して新しいフードサービスにチャレンジしている

著者プロフィール

千葉哲幸
千葉哲幸チバテツユキ

1982年早稲田大学教育学部卒業。柴田書店入社。「月刊ホテル旅館」「月刊食堂」に在籍。1993年商業界に入社。「飲食店経営」編集長を10年間務める。2014年7月に独立。フードフォーラムの屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース・セミナー活動を展開。さまざまな媒体で情報発信を行い、フードサービス業界にかかわる人々の交流を深める活動を推進している。