フードビジネス・アップデート

キャッシュレスは未来の飲食業を切り拓く

第9回人間味溢れる完全キャッシュレス 「クリスプ・サラダワークス」が切り拓く外食新時代

前回に続き、今回も「完全キャッシュレス」がテーマである。しかも、事前注文可能、セルフオーダーで使用できるカードはクレジットカードのみという。その店は「クリスプ・サラダワークス」(以下、クリスプ)というサラダ専門店で、株式会社クリスプ(本社/東京港区、代表/宮野浩史)の経営。2014年12月麻布十番に1号店をオープンし、以来、恵比寿、六本木、代官山、広尾、赤坂、青山、丸の内と展開してきた。

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お客も従業員もストレスフリーになる仕組み

筆者は麻布十番店をランチタイムに訪ねた。30坪程度の店内の左側がオープンキッチンで、はつらつとした若い女性10人ほどが忙しくサラダを調理している。

カウンターにはセルフレジとしてiPadが3台置かれて、それにタッチして注文をする。iPadの画像は洗練されていてサラダ専門店としてのストーリーがある。商品はカスタマイズもできるが筆者はメニューにある「クラシック・チキンシーザー」1060円(税込)をオーダーした。

「クリスプ・サラダワークス」麻布十番店
「クリスプ・サラダワークス」麻布十番店、店内ウッディな内装、柔らかい照明は落ち着く
セルフレジ正面

キャッシュレスと聞いていたのでSuicaにお金をチャージして備えていたのだが、その使い方が分からず迷っていたところ、フロアにいた女性スタッフが「クリスプで使用できるのはクレジットカードとデビットカードだけなんです」と申し訳なさそうにいう。言葉づかいが丁寧でスマイルがあり、「新しいことに取り組んでいる」という誇りが感じられた。

そこでクレジットカードを取り出し、スタッフの指示に従ってカードを端末に差し込み画面上でサインした。端末は1つだけなのでスマートな感じがした。

決済の後、番号が書かれたレシートが出てくる。それを受け取って、自分が注文したサラダの出来上がりを待つ。出来上がりは客席にある電光掲示板に番号が表示される。

でき上がった料理は、カウンターでスタッフに番号を告げて直接受け取るのだが、それを置く棚があり、外からやって来たお客様が各々スマホで番号を確認して商品をピックアップしていく。こうしたお客は店の外でアプリによって事前注文した人たちである。

つまり、事前注文、セルフレジ、完全キャッシュレスの店は、お客はレジに並ぶ必要がない。店のレジ係もお客との会話が「注文確認」で終始するということがなくなる。そして閉店後に金額を合わせる作業がなくなる。お客も従業員も注文という行為や現金に関わるストレスから解放されるということだ。

モバイル事前注文。これによって店舗に並ぶことなく、好みのサラダを事前にアプリからオーダーし、好みの店舗でピックアップ可能。予約機能を活用すれば24時間いつでも好みの時間に注文することができる。

アメリカとフードサービスの体験を積む

ピックアップ棚。モバイル事前注文の商品はこの棚に置かれ、お客様がピックアップする

株式会社クリスプ代表取締役の宮野浩史氏は1981年12月生まれ。15歳でアメリカに渡り、サンフランシスコのベイエリアでホームスティをしてハイスクール生活を過ごした。卒業後はビジネスパートナーと天津甘栗の販売を手掛けた。これが大層よく売れてロサンゼルスで多店化し、サンディエゴ、シカゴ、ニューヨークにも進出した。しかしながら、2001年9・11のテロに遭遇、さらにビジネスパートナーが亡くなったこともあり帰国することに。成長途上のコーヒーショップチェーンに入社し5年間勤務。テックスメックスの店舗で起業し4年間で5店舗展開したが、その店を手放すことになった。そして、2014年に株式会社クリスプを創業し、今日に至っている。

さまざまな飲食業を手掛けてきた宮野氏が新しい事業として「サラダ専門店」を選び、事前注文、セルフレジ、完全キャッシュレスで提供しようと考えたのは、飲食業の先進国であるアメリカのトレンドをしっかりとリサーチしていることの証しであろう。この背景と展望について、宮野氏が解説してくれた。

リピーター以上に「熱狂的なファンをつくる」

「アメリカでは2000年に入ったころからサラダ専門店が隆盛しており、その動向を見ていて2010年ごろからいつか日本でやってみたいと思っていました。しかし、当時はまだ早すぎると感じていて、タイミングを見てオープンしようと考えていました」

宮野氏は、過去サラダ専門店には固定的なイメージがあったという。それは、青山や表参道などファッション性の高い街にあって、店のデザインがおしゃれで、お客はモデルをはじめとしたきれいな女性が多く、商品も野菜の産地や生産者にこだわってという感覚である。

しかし、男性客にとっては、ラーメン、カツ丼を食べているけどもたまには健康的にサラダを食べたいという気分もある。おいしいものをお腹いっぱいに食べたいと思った時にクリスプに来たくなるようなお店をつくる。このような発想から、宮野氏はクリスプを日常的な外食のジャンルの一つとして選ばれる店として位置づけている。だからクリスプでは、「ローカーボ、ヘルシー、1食あたり○kca?以下」ということをうたっていない。実際にオープンすると、前述のような男性客は数多く存在しコアなファンとなっている。

クリスプの経営理念の1つに「熱狂的なファンをつくる」というものがある。リピーターをたくさん増やすことも重要であるが、クリスプを「応援する」というマインドを持ったファンを培っていくということだ。これが今日顧客となっている男性客に響いているのではないか。

「クラシック・チキンシーザー」1060円(税込)
「カル・メックス」1260円(税込)
「スパイシー・バイマイ」1160円

客との会話を豊かにする

事前注文、セルフレジ、キャッシュレス。については、アメリカに長く滞在していたことと、リサーチで訪れていたこともあり、この仕組みを取り入れた店を展開したいと考えていた。そこでクリスプでこの仕組みを取り入れようと、さまざまなシステム会社、デザイン会社に掛け合ってみたが、賛同してくれるところが無かった。

ならば、自分でやろうということで、「飲食店スタッフの働き方とお客様の注文体験を進化させること」を目的として2017年に株式会社カチリを設立した。そこで公式モバイルオーダーアプリ「クリスプAPP」を開発。これはスマホから事前注文・決済ができて、好きな時間に店舗に行って商品をピックアップすることが可能というサービスである。これによってモバイル注文比率は25%近くとなり、キャッシュレスの比率も高まった。そして、これが伏線となりクリスプは完全キャッシュレスに進んでいったのである。

宮野氏は、かつてセルフレジについて反対派であったという。しかし、実際にアメリカでそれを体験したことで、この考え方は払拭された。

そのセルフレジの店のフロアには「アテンド」という担当者がいた。宮野氏に対応した人は中年の女性で、セルフレジの使い方に迷っていたところ話し掛けてきた。そこで注文の仕方も教えてくれるのだが、その人はお客様に話しかけるのが仕事のようで、「あなた中国人?」「いえ日本人です」「旅行できたの」「はい」という具合に会話が進んでいった。最終的には、「じゃあね」という感じで店を出ることになり、その店にとても好感が持てたという。

「そこで、クリスプの場合も、スタッフがお客に声を掛ける時に、一言でいいからお客様の注文とは別の会話、例えば『髪切りました?』『ネイル可愛いですね』とか、こんな気付いたことを一言いおうよ、と伝えています」

キャッシュレスは未来の飲食業を切り拓く

宮野氏は「飲食業の人に、もっと人らしく働いてもらいたいための方法を考えていました。それが、現金が無い方がその近道ではないか」ということで、キャッシュレスの発想に至ったのだという。そこで、従業員にはこう訴えているという。

「日本の飲食業で一番デジタル領域をリードしている企業になろう。10年後の飲食業をやろう。機械化がどんどん進めば効率がよくなって、生産性も当然よくなる。そして、その人でなければできない仕事も生まれる。だから、給料はもっとよくなる」

アルバイトにも「熱狂的なファンをつくる」ための理念共有を徹底している。新規採用されたアルバイトは入店する前にそのために3時間のオリエンテーションを行っている。

さて、今後の展開計画は、2019年は9店舗出店する予定で、中期計画では2025年までに100店舗体制にするという。

「われわれはサラダ専門店を展開しているのではなく、未来の飲食店を切り拓いているのです。100店舗あるから安泰だということではなくて、どのような100店舗であるか、ということの方が重要です」(宮野氏)

宮野氏の「完全キャッシュレス化」のメッセージは実に人間性に溢れている。このようなリーダーが時代を変えていくのであろう。ちなみに、取材中に宮野氏から一言も「人材不足」という言葉が出てこなかった。実にポジティブな発想をする人だとしみじみ感じた。

株式会社クリスプ 代表取締役社長の宮野浩史氏

著者プロフィール

千葉哲幸
千葉哲幸チバテツユキ

1982年早稲田大学教育学部卒業。柴田書店入社。「月刊ホテル旅館」「月刊食堂」に在籍。1993年商業界に入社。「飲食店経営」編集長を10年間務める。2014年7月に独立。フードフォーラムの屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース・セミナー活動を展開。さまざまな媒体で情報発信を行い、フードサービス業界にかかわる人々の交流を深める活動を推進している。