フードビジネス・アップデート

コロナ禍で始まった「レストラン開業革命」

第31回初期コスト90%カット「ゴーストレストラン」が変える開業プロセスと一等地の概念

コロナ禍でレストランビジネスにイノベーションが求められ、次々に新しいカタチが生まれている。客席を持たず、店のブランドのもとキッチンとデリバリーだけで営業する「ゴーストレストラン」もそのひとつだ。今回紹介する企業は、ゴーストレストランの開業と運営をITも活用しながら支援する新たな開拓者である。

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ITベンチャーから銭湯経営、そしてレストランビジネスへ

 フードサービス業界はこの度のコロナ禍によって大きな変革を求められた。イートインの飲食店がテイクアウト、デリバリーにこぞって着手したことは象徴的な一例である。その実績について語る以前に、イートインの他のキャッシュポイントを見出したことは大きな成果である。

 一方、デリバリーを専門に行う事業者が存在感を増した。いわゆる「ゴーストレストラン」である。現在のゴーストレストランはおおむね以下の二つに分けられる。まず、店はキッチンのみで商品の提供はデリバリーで行う。次に、ゴーストレストランとしてのメニューレシピを保有し、それをリアル店舗に提供する、というものだ。そして、それぞれの事業者は絶妙に差別化している。

 今回はこのゴーストレストランの前者に相当する「Kitchen BASE(以下、KB)の事例を紹介する。運営しているのは株式会社SENTOEN(本社/東京都千代田区、代表/山口大介)、同社代表の山口氏は19921月生まれ。大学卒業後、ニューヨークの大学に編入。映画監督を志し、帰国後はインターンをしていたITベンチャーに入社して、アプリディレクターとして実績を積む。その後、起業して銭湯経営をはじめるが、路線変更をしてデリバリービジネスに着眼したというチャレンジングな経歴を持つ。社名の由来は、起業当時の名残である。

キッチンの集合体からデリバリーキャリアが料理を配送

 KBとは、キッチンの集合体である。キッチンのそれぞれにはシェフがいて、ブランドがあり、お客がアプリで料理を注文して、出来上がった料理をUber Eatsや出前館などのデリバリーキャリアが配送するという仕組みである。

 KBの1号店は20196月にオープン。東急東横線の線路沿いに祐天寺方向に徒歩5分、ビル2階元炉端焼店20坪の物件で、スケルトンにして一からつくり上げた。4ブースのキッチンをつくり、1カ所を自社で確保し、現在はこれらで5つのブランドが稼働している。

 中目黒を立ち上げてから半年間が経過した201912月ごろから次の拠点の検討に入り、20208月に「KB新宿神楽坂」をオープンした。独自のノウハウで数千の物件からデリバリーの拠点にふさわしいエリア、ビル1棟借りが可能な物件を割り出していき、現在の物件を見つけた。ビルは5階建てで元出版社の倉庫であった。

 ゴーストレストランの特性として、「飲食業の一等地でない場所でも営業できる」ということが挙げられるが、KB神楽坂もJR市ヶ谷駅から徒歩15分程度、神楽坂のメイン通りからは外れていてセオリー通りと言える。ただし、後述するが1号店の中目黒にしろ、この神楽坂も富裕層に類する人が多いということがポイントだ。

 筆者は昨年の1126日の12時にKB新宿神楽坂を訪ねた。1階にはUber Eatsをはじめとしたデリバリーキャリアの専用棚が設置され、正面上にある大きなモニターに次々と番号が表示されていく。それは、お客からモバイルでオーダーされた商品ができ上がったことを示している。その下ではここでのキーマンとなる女性がPCを操作しながら、続々とやって来る配送員に、オーダーを受けている商品の番号をモニターと照らし合わせて確認することをお願いしている。でき上がった料理は専用棚の保温ボックスの中に入れてある。

 食事のピークタイムだからこそ、配送員は続々とやってきて、そして整然と配送先に向かう。街並みこそは殺風景だが、これらの集合住宅やオフィスからの食事の需要は脈々としているのであろう。ちなみに、ここKB新宿神楽坂からのデリバリーの件数は1週間に約2,000件という。

お客からのオーダーはキッチンの中にあるタブレットに直接入る
各フロアで出来上がった商品をダムウエーターが1階に届ける
デリバリーキャリアの配送員は近所に待機していることから他のゴーストレストランよりも早めに届けられるのがKBの特徴

リアル店舗で開業するまでの時間とコストを圧縮

 KBの特徴は大きく二つ。

 まず「誰でも開業できる」。独立してデリバリーレストランをはじめて手掛ける人、拡大を目指す人にとってもすぐに開業できる。

 次に「低リスク」。入居者は開業・退店時のコスト、ドライバーの採用など、デリバリーレストランの開業にまつわるリスクを最低限にとどめることができる。

 入居者は契約期間を6ヵ月、12ヵ月、24ヵ月以上から選ぶことができる。

入居者の初期投資は保証金などを含めて100万円程度。一般的に実店舗を構える場合に800万~1000万円かかるところが、10分の1程度で済む、ということをうたっている。

 それに対してレンタル料は実店舗を構えるよりも高い。その理由は、まず設備がフルセットであること。代表の山口氏のよると「ここでできない料理はピザかウナギのかば焼きぐらいでは」という。

 デリバリーのためにデリバリーキャリアに委託しようとしても3~4ヵ月待たされることが常だが、KBを通じてすぐに委託することができる。

 さらに、入居者それぞれの売上が伸びるように、店の画面のつくり方、料理画像のクオリティ、ポーションやプライシングなどについて、お客のクリック数、オーダー数、リピート数のデータを基にアドバイスを行う。

 一般的に、独立してリアル店舗を構える場合のスケジュール観はこうなる。

 物件を決めるまで約1ヵ月。その後、内装や設備を決めるまでに約1ヵ月。営業許可を取得して、そこからデリバリーキャリアに委託できるまで4ヵ月程度を要する。ざっと6ヵ月である。KBではこれらを1カ月に短縮することになり、リアル店舗開業と比較した場合の約5ヵ月余計にかかるコストをカットすることができる。

ゴーストレストランの一等地はクラウドに存在する

 先に、ゴーストレストランはいわゆる飲食業の一等立地に出店する必要はない、といったことを述べたが、山口氏は「ゴーストレストランの一等地が存在する」という。

 それは「3㎞圏内に10万人の居住者がいる」といった類の統計があったとして、KBが出店した神楽坂の10万人と別エリアの10万人を比較すると、デリバリーキャリアのダウンロードの数は圧倒的に神楽坂の方が多い。山口氏をはじめKBの幹部はITの出身者で、彼らが独自に開発した仕組みによって、エリアごとにダウンロードの回数を調べ上げヒートマップを作成して選考している。

 こうして絞り込まれた場所が神楽坂であった。さらに、今年3月浅草に22ブースのキッチンをオープン。中野にも200坪弱の物件を確保しており35ブースのキッチンを持つKBを計画している。また、歓楽街に近いエリアも有望だとみている。

 この度のコロナ禍によるフードサービス業界の動向について、筆者は「未来が突然やってきた」と捉えている。「立地」の概念は変わり、飲食店のリアル店舗の存在意義は問われて行く。この存在意義が認められる条件とはどのようなものかを追求していこう。

著者プロフィール

千葉哲幸
千葉哲幸チバテツユキ

1982年早稲田大学教育学部卒業。柴田書店入社。「月刊ホテル旅館」「月刊食堂」に在籍。1993年商業界に入社。「飲食店経営」編集長を10年間務める。2014年7月に独立。フードフォーラムの屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース・セミナー活動を展開。さまざまな媒体で情報発信を行い、フードサービス業界にかかわる人々の交流を深める活動を推進している。