今週の視点

省人化→生産性向上だけではリアル店舗は滅びる

第56回店頭で商品を育成できなければリアル店舗の価値はなくなる

労働人口の減少によって、リアル店舗の省人化→生産性向上の取り組みが加速しています。しかし、なんの情報発信もない「無人店舗」で買物するくらいなら、ネットで買物した方が便利です。店頭で商品価値を伝えて、商品を育成する力がなくなれば、リアル店舗の存在価値はなくなり、リアル店舗は滅びてしまうのではないでしょうか?

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小売業だけが「販売チャネル」だった時代は過去のものに

先日、ウエルシアHDの池野隆光会長とお話をする機会がありました。その際に、池野会長から、「今後、メーカーは小売業を通さないで、直接ネット販売で売る商品を増やしていくのではないでしょうか? それが、これからのリアル店舗の最大の危機だと思いますね」という趣旨の発言をされたことが、とても印象に残りました。

事実、サントリーウエルネスなどは、オンライン広告を大量投入し、効能効果を伝え難い健康食品を、オンラインで育成し、直販しています。Yahoo!のトップ画面を開くたびに、サントリーのセサミンなどのレクタングル広告が目に入り、ついついクリックしてしまいます。

一方、DgS(ドラッグストア)の健康食品売場に行くと、商品はただ陳列されているだけで、商品の価値を伝えるPOPも少なく、売場の前でお客が迷っていても、誰も声をかけてはくれません。価値を伝えるのが難しい商品を育成する販売チャネルが、オンラインの方が優れているのであれば、リアル店舗の存在理由は果たしてあるのでしょうか?

リアル小売業だけが販売チャネルだった時代は過去のものです。しかし、サラリーマン化したリアル小売業のバイヤーは、メーカーに対して「価格」と「リベート」の話しかしません。テレビで話題になった商品を安売りし、「仕入れてやるからリベートよこせ」という商談は得意ですが、店頭で商品を育成することは不得意です。店頭に置いてあるだけで、売れなければ「返品」するという悪しき商習慣をやめなければ、メーカーに愛想をつかされるのではないかということを、ウエルシアHDの池野会長は危惧されているのではないかというのが私の感想です。

小売業が、価格とリベートの話しかしなくて、安易に返品し、売り難い商品を育成してくれないのであれば、「もう仕入れてもらわなくて結構です。インターネットで売ります」とリアル店舗に見切りをつけるメーカーが登場するかもしれません。「良い商品を自信をもって販売・育成し、地域の顧客に感謝される」という、リアル店舗の商売の原点に回帰すべきだと思います。

省人化→生産性向上と顧客サービス向上を両立

しかし、人手不足による賃金の上昇は深刻ですので、省人化→生産性向上の取り組みは待ったなしの状況です。「アマゾンGO」や「スタンダードコグニション」(日本ではパルタックが実験開始)などの「レジフリー」の実験は急速に進むと思われます。店内作業に占めるレジ作業時間は30%弱と、もっとも作業時間が多いのがレジ作業です。

もし将来、レジなし店舗でのスキャン&ゴーによる精算が主流になると、小売業の「人の生産性」は飛躍的に向上します。しかも、レジ担当者の教育にかかるコストは膨大です。レジ担当者の教育コストも考慮すると、非常に大きな経費の削減につながります。

腕時計型のウェアラブル端末で作業指示が表示されるオペレーションの実験も行っていた(サムズクラブ・ナウ)

しかし、大切なことは、レジフリーによる生産性向上を進めると同時に、空いた時間と人員を活用して接客などの「カスタマーサービス」を強化することが大切です。アメリカでは、ウォルマートが小型店の「サムズクラブ・ナウ」でレジフリーの実験を行っていました。しかし、サムズクラブ・ナウは、レジとキャッシャーがなくなっても、店舗の総人員数は減らさない「カスタマーサービス」強化の実験店でした。「ローコストオペレーション」が代名詞のウォルマートでさえ、顧客接点での有人サービスは、リアル店舗の重要な価値であると考えているようです。

「レジなし店舗」の実現で、小売業の生産性は飛躍的に向上する

もちろん、人手不足は今後も続くことは予想されますので、新しいテクノロジーを活用した「接客のオートメーション化」に取り組むことも重要です。たとえば、タブレットを活用して、化粧品や医薬品の接客をサポートすることも、人手を増やさないで、接客を強化するイノベーションにつながると思います。

タブレットを活用した接客サポートの良い点は、「誰が、どのくらいの時間、どんな内容の接客をしたか」という社員の接客のログ(記録)が残り、「接客を可視化」できることです。また、ITが接客を補助してくれるので、商品知識の勉強などの教育時間が短縮できます。また、誰が担当しても、一定の範囲内で均質化された接客ができることも、多店舗展開しているチェーンストアとしては重要な武器になります。最近ではRetail Marketing One社が提供するタブレットによる接客ツール「SmartCounseling 」の導入企業も増えているようです。

レジ作業をなくす一方で、タブレットを活用したカスタマーサービスを強化しているサムズクラブ・ナウ。

一方、省人化→無人化を進めている「パルタックのRDC」のように、顧客接点ではない単純作業の部分は、徹底的に省人化・無人化を進めるべきでしょう。顧客接点は有人サービス、顧客接点以外の単純作業は省人化・無人化の二面作戦が、これからのリアル小売業には不可欠の戦略になります。

著者プロフィール

日野眞克
日野眞克ヒノマサカツ

株式会社ニュー・フォーマット研究所代表取締役社長。月刊『マーチャンダイジング』主幹を務める。株式会社商業界の「月刊販売革新」編集記者を経て、1997年に独立し、株式会社ニュー・フォーマット研究所を設立。