フードビジネス・アップデート

ハラール/からあげ/キュレーション…

第18回「有名店の人気メニューあります」。飲食店のセレクトショップ増加中

「セレクトショップ」という販売形態がある。これはアパレルショップが複数のブランドを仕入れて販売することだ。近年着実に増えてきている「飲食店のセレクトショップ」、三つのパターンを紹介する。

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佐野ラーメンの名店日光軒の「ハラール餃子」

筆者が『飲食店経営』の編集長をしていた15年ごろ前の話、フリーのライターさんから「セレクトショップの飲食店」の企画を持ち込まれた。

当時の私は「飲食店が他の店の商品を売るなんてことはあり得ない」と思っていて、結局採用しなかった。飲食店にとっての生命線は料理のクオリティを磨くことではないか。それが看板商品となり、伝説となって、それにあやかろうとしてパクリが生まれる。飲食業とはそういうものだと思い込んでいた。

しかしながら近年「飲食店のセレクトショップ」は現実に増えてきている。ここではその3つのパターンを紹介したい。

まず、ハラール(イスラム教徒の戒律に基づくこと)がきっかけとなったもの。筆者は2013年ごろから急増する兆しにあったインバウンドの取材を継続するようになり、2015年ごろからハラール対応の取材が増えていった。

そこでラーメンで街おこしをしている栃木県佐野市のラーメン店でハラール対応を充実させていた「日光軒」の取材をした。JR佐野駅がある両毛線の沿線では工場団地が多く、その従業員としてイスラム教国の人々が多数居住していることから、「日光軒」では彼らに向けた商品開発をすることと、また日本在住のムスリム(イスラム教徒のこと)にとって、ハラール対応ができていることは目的来店につながるものと確信して、ハラール対応のラーメンと餃子を開発した。

するとにわかに知れ渡り、近隣のムスリムが来店するようになり、また佐野市近郊の商業施設で買物をして「日光軒」でラーメンと餃子を食べるといった〝ハラールツーリズム″が定着するようになった。

特に、ハラール屠畜をした鶏肉と食感をつくるために大きめに切ったキャベツを餡にした餃子が話題になった。世界に向けて日本の「ふるさと名物」を紹介する経済産業省の補助事業のウェブサイト「NIPPON QUEST」の第1回アワード(2016年3月)で、「日光軒のハラール餃子」が食部門でグランプリを受賞した(1,600品が出品)。

このことがハラール対応を行う全国の飲食店から注目されるようになり、「日光軒のハラール餃子」を「日光軒」から仕入れて、この商品名でラインアップする店が多数現れた。

肉はハラール屠畜をした鶏肉だが、キャベツで歯ごたえをつくっている
「日光軒」はラーメン店に転換する以前、カフェを営業していた

「金賞」のから揚げでライセンスビジネス

次に、日本の国民食である「から揚げ」から提案している事例。

この世界のアワードでは日本唐揚協会主催の「からあげグランプリ」が存在し、から揚げを扱う飲食店ではここで金賞を受賞していることをブランディングに活用している。

東京・新小岩のからあげバル「ハイカラ」はまさにその金賞受賞の常連で、2014年に初めて受賞して以来、2018年を除いて5回金賞を受賞している。運営は株式会社ハイカラ(本社/東京都葛飾区、代表/大野太陽)である。

その商品「ハイカラ名物 半身揚げ」880円(税別)は、その名の通り鶏の半身を揚げたもので、皮と肉が柔らかくふっくらとしてカレー粉の風味が食欲をそそる。この形状や味付けは「ハイカラ」の店主であり代表の大野太陽氏の故郷、新潟のソウルフードということだが、肉には同店オリジナルの下処理をして、衣となるシーズニングに味付けをしている。

大野氏は「ハイカラ」のチェーン化構想を抱くようになった。これは飲食店の展開にこだわらずに、半身揚げをテイクアウト専門店も含めて販売チャネルを広く想定している。現状、真空で冷凍する技術も出来上がっていることからネット上での販売も可能だ。

「全国のおいしいものをピックアップしてグランドメニューをつくり、仕込み時間を減らしたことで生まれた時間を接客に費やす。このようにセレクトショップとして腰を据えることによって、その存在感が際立ちます」(大野氏)

この構想通りに「ハイカラ名物 半身揚げ」を商品化している店が徐々に増えてきている。

この取組みは〝ライセンス″という新しい飲食のビジネスを切り開いていくものだ。それは、本部ががんじがらめに管理するのではなくライセンシーにとって自由度の高い世界である。

「ハイカラ」は東京・新小岩の住宅街の入り口にあり、客層の年代は30~70代
「ハイカラ名物 半身揚げ」880円(税別)は消費税が10%になったことからボリュームを10%増量したということがfacebookで話題になっている

コンセプトを磨くことが競争力となる

三つ目は、東京・新橋の烏森神社の参道に20189月にオープンした「烏森百薬」の事例。同店を経営するのは株式会社ミナデイン(本社/東京都港区、代表/大久保伸隆)。代表の大久保伸隆氏は「塚田農場」を展開するエー・ピーカンパニーの副社長を務めた人物だが、これまでのフードサービス業が抱えてきた課題を解決することを志して20186月に退任、最初の事業として同店を立ち上げた。

ここのディナータイムのメニューのうち25品は、大久保氏が厳選したお薦めのお店のものを、つくり手を明記して提供している。

このようなメニュー構成となったきっかけは、大久保氏が独立した当初、料理人がいなかったことである。

前職ではさまざまことを学び、課題として感じていたことがあった。それは、売上が上がると準備が増えて、仕込みも増える。売上が上がると経営者はうれしいが、現場にとっては大変なことで、これが労務問題につながっていく。この問題の根源は利益率の低さにある。それを解決するのが業界全体の課題であろう。

そして、大久保氏はこのようなことを考えるようになった。

「日本全国を食べ歩いていて、例えばから揚げの名店に行って、これに勝とうと思ったら果たして何年かかるだろうか。勝ったとしてお客さまは満足するだろうか。では、僕の持っているスキルを使ってお客さま満足を最大化できるコンセプトは何だろう」

そこで、音楽の世界のDJ、ファッション業界のセレクトショップの存在を思い出した。「僕が日本一と思う食べ物をそろえてキュレーション(情報を選んで集めて整理して新しい価値を付け加える)をすることができれば、お客さま満足度はそれなりに頂くことができるのではないか」

「烏森百薬」で使用する名品のメインは から揚げ、餃子、マグロ。ほか、魚系のおつまみは魚の卸売りの業者にある程度セレクトしてもらっているので、試食だけを行う。現在、料理人が入ってきたので自家製のものを5品くらいラインアップしている。

こうして、料理人は月替りメニューの開発やサービスを磨き上げることに余裕を持って取り組めるようになる。接客も余裕を持って行うことができて、従業員のトークと笑顔が充実するようになり、結果お客さまの満足度は向上する。

このような三つの事例をみていくと、これから「セレクトショップの飲食店」は一般的な業態として認められ、セレクトショップとしてのコンセプトを磨いて競争力をつけるという方向に進むのではないだろうか。

烏森百薬の「気軽に立ち寄る店」というコンセプトがメニューに現れている

著者プロフィール

千葉哲幸
千葉哲幸チバテツユキ

1982年早稲田大学教育学部卒業。柴田書店入社。「月刊ホテル旅館」「月刊食堂」に在籍。1993年商業界に入社。「飲食店経営」編集長を10年間務める。2014年7月に独立。フードフォーラムの屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース・セミナー活動を展開。さまざまな媒体で情報発信を行い、フードサービス業界にかかわる人々の交流を深める活動を推進している。