ライフとアマゾンが提携し最短2時間の宅配サービスを年内に開始

2019年5月30日、大手食品スーパーのライフコーポレーション(大都市圏を中心に計273店舗展開)は生鮮食品のオンライン販売でアマゾンジャパン(Amazon Japan)と提携すると発表しました。2019年中に東京都内の店舗で「アマゾン・プライムナウ」(最短2時間で商品を宅配するサービス)を導入する予定です。オンラインとリアルの融合が一気に進みそうな勢いです。

ホールフーズマーケットでは、アマゾンプライム会員に対し、店内の商品を最短2時間で宅配するプライムナウのサービスを強化している。

ライフ店内の商品を最短2時間で届ける

今回の仕組みは以下です。プライムナウ会員のお客が、アマゾンのポータルサイトからライフの商品を注文。ライフの担当者が店内で商品をピックアップし、梱包した後、プライムナウの配送担当者が店舗に商品を取りに来て、最短2時間でお客に配送。決済はアマゾンの仕組みを活用し、アマゾンに登録されたクレジットカードのみの決済となっています。

生鮮食品、惣菜、冷凍・冷蔵食品、飲料、酒、日用品、コスメ・美容用品、ベビー用品、ペット用品まで、注文から最短2時間で届けるサービスを計画しています。また、ライフの商品だけでなくて、アマゾンの売れ筋商品も注文できます。

ライフのメリットは、その店舗の商圏外に住んでいる消費者に商品を届けることができるので、商圏の拡大と売上増が期待できるという点です。とくに車を持たない世帯の多い東京都区内の消費者にとっては便利なサービスといえます。また、「店に行かないでも生鮮食品を購入できる」という便利性の向上も、売上増に貢献すると思います。

アマゾンのメリットは、ライフで取り扱っている生鮮食品や総菜を最短2時間で届けることができるようになり、アマゾンの生鮮食品の品揃えを充実できることです。

アマゾンが買収したアメリカのスーパーマーケット「ホールフーズ」。プライムナウの宅配サービスを強化し、オンラインとリアルの融合を図る。

ホールフーズの仕組みを写真で見てみよう

今回の提携の仕組みは、アマゾンが買収した「ホールフーズマーケット(Whole Foods Market)」で行っている「プライムナウ」のサービスとほぼ同じ仕組みです。

下の写真のように、専門の担当者がお客の注文に応じて、店内を回って商品をピックアップします。その後、写真の専用台で注文商品を梱包し、写真右の一時保管場所に置き、配達の担当者が商品を取りに来て、注文客の自宅に届ける仕組みです。

冷蔵が必要な食品に関しては、下の写真のような冷蔵ケースに一時保管します。また、冷凍食品は、店の外に冷凍庫があり、その中に保管していました。一時保管スペースに大量の商品が並べられており、ホールフーズのプライムナウの人気を感じます。

これからの時代は、オンラインとリアルのどちらかだけでは生き残れなくなります。オンラインとリアルを融合して、より便利な「買物体験」を提供する競争が始まっています。

しかし、今回のライフとアマゾンの提携で気になることは、「注文」も「決済」もアマゾンのシステムを活用することです。アマゾンは基本的に「データ非公開」の企業なので、「販売データ」「顧客データ」「決済データ」もすべてアマゾンに握られるということは、アマゾンにすべて牛耳られることにはならないですかね? ちょっと心配です。

要冷蔵食品を保管する冷蔵庫。
冷凍食品を保管する冷凍庫。

[寄稿]ココカラ、スギ、マツキヨ経営統合で1兆円企業が登場しても寡占化には至らない

ココカラファイン(以下、ココカラファイン)とスギホールディングス(以下、スギHD)、マツモトキヨシホールディングス(以下マツモトキヨシHD)との経営統合が話題になっています。ココカラファインに設置された特別委員会の意見を参考に、ココカラファイン取締役会で決定されるということになっており、まもなくその期限である7月末がやってきます。そこで今回、以前ココカラファインでマーケティング・ECに携わっていたコンサルタントの郡司昇さんに「提携のその先」を予想してもらいました。

生き残るための緊急M&Aが必要な状況ではないDgS業界

筆者は前職ココカラファインでマーケティングとECの責任者をやっていたためか、講演で名刺交換をしたり、友人・知人と会うたびに「この件、どうなりそうですか?」という質問を受けています。そこで、今回のこの騒動を元「中の人」ということではなく、コンサルタントとして客観的に考察してみました。(従って、OMO含めたデジタルシフトや顧客戦略には触れません)

7月12日にコスモス薬品の2019年5月期決算短信が発表されました。これで出揃った2018年度のドラッグストア(DgS)上位企業は、

1.ツルハホールディングス
2.ウエルシアホールディングス
3.コスモス薬品
4.サンドラッグ
5.マツモトキヨシホールディングス
6.スギホールディングス
7.ココカラファイン
8.(未上場)富士薬品
9.クリエイトSDホールディングス
10.カワチ薬品

ということになります。

百貨店、総合スーパー(GMS)など異業態と比較すると、大部分の大手DgSはまだ前年実績を上回り(既存店は一部前年を下回る企業も出ていますが)、営業赤字の企業もほとんどないということが特徴です。つまり、生き残り手段としてのM&Aが緊急に必要とされている状況ではないということができます。

したがって、今回の統合によって業界ナンバーワンのDgSが誕生したからといって、コンビニ業界のように大手企業数社に絞られるということは、少なくともこの数年の間には考えにくいということがいえます。

仕入原価の低減より専売商品の増加に価値がある

筆者がかつて勤務していたDgSが大型M&Aによって2倍前後の規模となった際に、最も大きな効果が得られたと感じたのは、メーカー・ベンダーに対する発言力が強くなり、商品の仕入原価が低減したことでした。

しかし、これは年商千数百億円~数百億円企業が得られるメリットです。マツモトキヨシHD、スギHD、ココカラファインのようにいずれも年商4千億円を超えている企業同士の合併で得られる仕入原価低減メリットはそれほど大きくはないと考えられます。

それよりも大きなメリットは、企業規模が拡大することで、その企業の専売商品を増やすことができるということでしょう。

コンビニで、菓子コーナーに有名NB商品の「そのコンビニ専用パッケージ」の商品がずらりと並んでいる様子をご覧になったことがある読者の方も多いはずです。

DgS、ディスカウントストア、スーパーマーケットなどの業態で、利益度外視の集客目玉商品として使われがちなNB菓子を、パッケージと容量、場合によっては味を変えて販売することによって、価格競争から遠ざけようと、メーカーは特定の小売業専用の商品を製造するんです。

コンビニエンスストア業界は、統合が続いた結果、セブン-イレブン、ファミリーマート、ローソンの大手三社に集約され、それぞれ売上高2~4兆円という規模になりました。そこで、メーカーが棚を確保するために、専売商品を製造する必要に迫られたというわけです。DgSでも1兆円を超える企業が多くなると、この流れは加速すると考えられます。

統合相手がスギ・マツキヨのどちらでもココカラはPBの拡販が見込める

多くのDgS企業は、投資家向けの広報活動のなかで粗利益率の向上施策の一つとしてPB商品の拡充を挙げます。しかし、PBといっても実際は販路限定商品や有名NB類似の低価格PBが占めているのが実情で、売上構成比もたかだか10%前後というところです。

アメリカの食品スーパーマーケットTRADER JOE’S(トレーダージョーズ)は、バイヤーが世界中を飛び回って自分達の足で探した健康志向かつ低価格のPB商品を開発しています。さらにその売上構成比は80%と非常に高く、日本の小売業のPBとは一線を画していることがわかります。

アルディ、トレーダージョーズに学ぶ 「よりよいものをより安く」を実現するセオリー

DgS各社は自社PBのブランドマークなどは作っていますが他社のPBと差別化ができていません。ただ、マツモトキヨシHDのPBは、顧客目線で見たときに、一目でマツモトキヨシの商品とわかるので、日本のDgSの開発するPBとしては一歩抜け出しているといえるでしょう。もし、ココカラファインと経営統合する相手がマツモトキヨシHDであった場合は、他社も含めてPBのブランディングなどが進むとみられます。

マツキヨのPB戦略が競合と差別化できた3つのポイント

ココカラファインも産学共同特許技術を使用した美白美容液「VIVCO」、界面活性剤ゼロにこだわった無添加日焼け止め「DEARPERFECT」など、いくつかの特徴ある商品を展開しています。その販路拡大という意味においては、経営統合の相手がマツモトキヨシHD、スギHDのどちらでも、規模が2倍以上になるため大きな意味があると考えられます。

「おもてなしスマートストア」を目指すココカラファイン~塚本厚志社長インタビュー~

ココカラ+マツキヨの場合、物流の効率化が進む

出店エリアについて、多くの経済メディアでは「A社とB社では出店エリアの被りが少ないため、経営統合の相手としてふさわしい」という記事を目にします。

しかし、この考え方はDgSには当てはまりません。銀行などの統廃合とは顧客の要望と課題が違うのです。

顧客にとってどのDgSを利用するかを選択する理由は「近いか遠いか」に尽きます。これまでさまざまな調査を行ってきましたが、結果は必ずこうなります。

なぜかというと小売は物(商品)と人(消費者)を繋ぐ「場」であるからです。100m先にA店、B店、C店が、700m先にD店、E店、F店があった場合、いずれも同じような品揃え・価格であれば人は自分に近いA店、B店、C店に行きます。経営を統合したところでA店、B店、C店も、D店、E店、F店も売上は変わりません。

DgSに限らず、小売業の経営統合で確実に生産性が上がるのは物流効率の向上です。

ココカラファインとマツモトキヨシHDは北海道から沖縄まで出店している全国チェーンです。一方、スギHDは本拠地愛知県を中心とした中部と関東・関西に各500店舗出店するという出店戦略であり、北海道、九州・沖縄、中国・四国、東北には店舗がありません。

現時点で物流効率が良い出店をしているのはスギHDです。1つの物流センターが担当する店舗数が充足している上に、動線も短くて済みますので効率化も出来ますし、センター経由の生鮮食品物流も地域によっては可能です。つまり、効率化された物流をすでにもっているスギHDにとっては、物流の優先順位は他社よりも低い状態ということができます。

一方のココカラファイン、マツモトキヨシHDでは関東・関西・東海以外の店舗数が中途半端な状態です。この2社が統合(下図、A+B)した場合、ココカラファインの北海道地区やマツモトキヨシの中国・四国地区をはじめとした店舗網が薄い地区の物流が効率化できます。経済効果としては無視できない大きさです。

看板・屋号はどうなるのか?

一般論として、大規模な投資をして屋号を統一するコストメリットはありません。地域で浸透した店舗名を捨てて、全国共通の屋号にしたからといって売上は上がりません。特に地元に浸透した老舗の屋号を安易に変更するとデメリットの方が多いものです。数十億規模の思い切ったテレビCM投下などをして、全国チェーン認知度を上げるという戦略に基づかない限り、屋号の統一はデメリットの方が大きいです。

Aという屋号の店舗を増やしたいという経営陣の思いが強くても、屋号を統一することが財務的にプラスにはならない事例が多いのはこのパターンです。

したがって、いずれと経営統合するにせよ、持株会社を新規名称で作り、販社名は存続させるということが合理的判断となります。

ただし、世界に打って出るという話になると別です。ひとつの強力なジャパニーズDgSブランドを作り、グローバル展開をすることを念頭に置くと、中国で大衆点評をはじめ各メディアを活用して知名度抜群なマツモトキヨシが優位と考えられます。

経営理念とポジショニングにも注目

DgS業界と他業界の大きな違いとして、商社の関与が少なく、オーナー一家の影響力が大きい企業が多いという点があります。

一般論として、オーナーの影響力が強い企業のM&Aで決定要因に大きく影響するのは調達コスト・物流コストといったPLへの影響だけではなく、株保有率などの財務、屋号への方針など多岐に渡ります。そこで本稿では最後に経営理念と大手DgS各社のポジショニングについて触れたいと思います。

ココカラファインの経営理念
人々のココロとカラダの健康を追求し、地域社会に貢献する。

マツモトキヨシHDの経営理念
あなたにとっての、いちばんへ。 1st for You.
私たちは、すべてのお客様のためにまごころをつくします。
私たちは、すべてのお客様の美と健康のために奉仕して参ります。
私たちは、すべてのお客様にとって、いちばん親切なお店を目指します。

スギHDの経営理念
私たちは、社員一人ひとりの幸福、お客様一人ひとりの幸福、そして、あらゆる人々の幸福を願い、笑顔を増やします。

大手ドラッグストア各社を、縦軸はヘルスケアを中心とした専門性注力なのか、あらゆる品がワンストップで揃う利便性注力なのか、横軸は(現在の)PB商品が他社品で代替えが効かないブランド重視なのか、粗利益率獲得手段としての柔軟な運用なのかを一消費者としての私見でプロットしました。

ココカラファインとスギHDの位置づけが非常に似ているということがわかります。

今回の経営統合に関する筆者の考えをまとめます。

  • ココカラファインがマツモトキヨシHDと統合した場合、物流効率向上、PB強化という効果が期待できます。
  • 一方ココカラファインがスギHDと統合した場合は、ポジショニングが近い両社で新しいヘルスケアカンパニーを構築する方向に向かうのではないかと考えます。この場合は数年かけて新ブランドを構築するという方向性もあるかもしれません。

いずれにせよ、7月末の発表を見守りたいと思います。

(店舗のICT活用研究所 郡司 昇)

(2019年7月24日11時追記、図表の間違いを修正しました)

転換期を迎える食品スーパーマーケット、直面する4つの課題

これまで食品小売を牽引してきた食品スーパーマーケット(SM)。近年、ドラッグストア(DgS)やECは続々と食品の取扱いに乗り出していることから転換期を迎えているといえる。食品SMの成長の過程、現状の課題、今後の展望などを、一般社団法人全国スーパーマーケット協会広報課長の名原孝憲氏と主任研究員の長瀬直人氏に伺った。(取材:本誌 鹿野 恵子 構成:宮原 智子/月刊マーチャンダイジング2019年7月号より転載)

景気に左右されない堅調な成長実績

1958年に発足した全国スーパーマーケット協会は、食品SMを中心とした正会員・賛助会合わせて約1,250社の業界団体だ。業界の地位向上を目指し、日本最大級の食品展示会であるスーパーマーケット・トレードショーの運営や、教育研修、資格検定制度の主催などの活動を行っている。

食品SMの原型となる日本初のセルフサービス店として紀ノ国屋がオープンしたのは、1953年のこと。食品SMのワンストップショッピングという利便性は、たちまち民衆の支持を得た。

1960年代後半の人口増加とともに食品SM業界は成長を遂げ、1980年代にはマイカルやジャスコのような総合スーパー(GMS)も台頭を始める。GMSがリゾートやレジャー産業への参入など多角化を進める一方で、食品SMはCGCジャパンやニチリウグループのように、共同仕入れ機構を立ち上げたりグループ化を進めることで、地域に根付きながら成長する態勢を整えていった。

1990年代にバブル経済が崩壊すると事情が一変。価格破壊とディスカウントストア(DS)の台頭によって、マイカルなどのGMSが倒産したのだ。

そこで、それまでGMSとのみ取引をしてきた大手食品メーカーや問屋が注目したのが、地域に根差す中小規模の食品SMである。食品の売上は景気によって大きく変動することがなく、安定した成長を見込める。実際に地域の食品SMはバブル崩壊後も堅調に業績を上げ続けた。

2000年代になると、クイーンズ伊勢丹や成城石井といった「高品質スーパー」が登場。価格破壊によって進んだ「スーパーマーケット=安売り」というイメージを刷新した。2010年代になると商社の動きが活発化し、三菱商事や伊藤忠など商社を軸にした小売業界の再編が進んだ。

食品SMは「食品だけ」で利益を挙げるから強い

日本の食品SMのようにこれほど大・中・小規模のバラエティに富んだ国は、世界的に見ても珍しい。長瀬氏はその理由を、「規模の経済」と「範囲の経済」にあるという。

「規模の経済」とは同じ商品を大量に生産することで、原材料や労働力に必要なコストを削減し、収益率を向上させるビジネスモデルを指す。一方「範囲の経済」とは、同じ生産設備を利用しながらも、種類の異なる製品を生産することで、生産コストを低減させて、異分野進出による事業拡大を目指す企業活動のことをいう。

DgSやDSは、取り扱う食品はプライベートブランド(PB)が中心で「規模の経済」が働きやすい。一方で、食品SMが注力する生鮮や日配品は大量生産が難しい「範囲の経済」の商品である。また、生鮮や日配は日用品などのPBに比べ取扱いも難しい。

大手食品SMでは「規模の経済」の下、全国一律の商品を揃えることでコスト削減を実現するが、中小食品SMがこれに対抗するためには「規模の経済」が働かないカテゴリーで勝負する必要がある。

もうひとつ、日本の食品SM業界に大・中・小さまざまな企業が存在している理由として、多くの食品SMは非上場であり、そもそも外部からの資金調達に頼らずに経営を回していることを長瀬氏は挙げる。

食品SMを取り巻く4つの課題

現在の食品SMを取り巻く課題を4つ紹介する。

ひとつ目が、生産性の格差の問題だ。高齢化が進み人手不足が取り沙汰される昨今、どの業界でも生産性向上は大きな課題だが、たとえば機械化やアウトソーシングによる省人力化をしたくとも、中小食品SMにはそのための投資力がない。

「買物に行ってレジで会話をすることに一定の価値を置かれるお客さまもいます。そういったことに対応している中小食品SMの魅力をどう守るか。どこを効率化し、どこを強化していくか、経営者は見極める必要があります」(長瀬氏)

2つ目は、2020年6月に予定されている食品衛生法の改正である。今後すべての食品等事業者はHACCP(Hazard Analysis and CriticalPoint 食品の安全管理手法)または食品の特性に応じた衛生管理が義務付けられるため、店舗内に食品加工の作業場があればその分管理コストが発生する。

3つ目が、2019年秋に迫る消費税の増税だ。2014年に消費税率が引き上げられた際に大打撃を負った小売業界において、食品SMだけは比較的業績が好調だった。今回の増税では軽減税率が適用され、食品の税率は8%のままとされている。そのうえ、増税分の補填としてプレミアム商品券の発行が予定されているため、駆け込み需要とは逆の現象が起きる可能性がある。そこをどう迎え撃つかがポイントになるだろう。

そして4つ目の課題が、消費増税と同時に行われるキャッシュレス決済のポイント還元事業だ。政府が主導するこの事業の最大のメリットは、キャッシュレス事業者が消費者の購買データを取得できるところにある。

しかしながら、小売業ではこれと逆の動きが起こる。食品SMやDgSなどの小売業は自社でポイントカードを運営しているところも多く、キャッシュレス化を進めることでポイントの二重払いが発生してしまうのだ。

その結果、自社のポイントカードを廃止せざるを得なくなり、顧客情報はすべてキャッシュレス事業者に握られるということも起きかねない。小売業が導入コストと手数料を払ってキャッシュレス事業者を支えるというアンバランスな構造に、長瀬氏らは次のように異論を唱える。

「今回のキャッシュレス事業は情報革命という視点ではなく、消費増税分の還元という話になってしまっている。情報がデジタル化されるという話をきちんと説明して、社会に普及していくべきです」

自らの価値を利益の源泉にする努力を

こうした多くの課題を受けて、食品SMは未来に向けてどのように歩みを進めていくべきなのか。

「今後食品SMは、真面目さだけで生き残っていけるとはおもえません。食品のほかにも利益率の高い商品を扱っているDgSのような業態と戦っていかなければならないので、きちんとお金を儲けられるビジネスモデルを考える必要があります」(長瀬氏)

本とスポーツ用品から流通網を拡大し、取扱い商品を増やしていったAmazonでも、生鮮食品は「範囲の経済」を超えてしまって手が出せないというのが現状だ。しかし、食品SMはその逆で、衣料品をやめ、電化製品をやめ、よろず商品を扱っているところからの絞り込みを図っている。

そうして絞り込んだなかに利益の源泉を探すのもひとつの戦略だが、食品の利益だけに依存していては先が見えている。食品を配達する代わりに配送料は利用者に適切に負担してもらうというように、サービスの対価もきちんと利益として確保するビジネスモデルへの転換が迫られる。

また、食品SMが持つリアル店舗の価値を利益につなげることも欠かせないポイントだ。食品を扱っているというだけで週数回の定期的な来店を見込むことは可能だが、イートインコーナーでのイベントや、カーブスなどの集客装置を設けて来店促進を図る工夫も取り入れたい。

そして、なにより食品SMは、地産地消を支える大きな核であることを忘れてはならない。地元産の豆腐や和菓子など、地域色を出すことができる食品SMは、人々がDgSに対して抱くエンゲージメントとは異なる「地元への愛着」を喚起することができる。こうした、自らが持つ価値を利益につなげる努力が、いま、食品SMに求められている。

竹下通りの入口にオープンしたスギ薬局の旗艦店、同社初の男性BAを採用

女子中高生や外国人を含む観光客が数多く訪れる原宿・竹下通り。その竹下通りの入り口、JR原宿駅の目の前に2019年4月に「スギ薬局 原宿店」がオープン。日本の最新トレンドの発信源のひとつであるこの地で、アンテナショップ、広告塔の役割も果たす同店を取材した。(月刊マーチャンダイジング2019年7月号より転載)

若年層新規客獲得のためキーとなる要素を探す

原宿駅を起点とした周辺エリアは表参道、青山通りなど最新のファッションやコスメ情報の発信源であり、感度の高い人たちが集まる一大拠点である。なかでも竹下通りは若者、外国人を中心とする観光客に人気スポットで、日中は多くの人でにぎわう。

また、企業のオフィスも多くビジネスパーソンの来店が予想できるのに加え、エリア内にはマンションや戸建て住宅も意外に点在しており、日常的な時間を過ごす生活者も多い。

こうした立地環境に合わせスギ薬局 原宿店では、外国人観光客、若年層を中心にトレンドの先端をいく化粧品販売を中心に、プチプラコスメ、低価格のアクセサリー、キャラクターグッズなど、ほかのスギ薬局にはない特徴ある品揃えで営業する。売場面積の約7割はビューティケアである。

外国人観光客用に両替機を設置。青木店長によると中国人観光客はおもったよりは多くなく、ロシアなどヨーロッパからの来訪者が多いという(1階)

化粧品強化に加えて、エリア内の居住者に向けて洗濯、掃除、ベビー用品関連など日用雑貨の基本的な用途機能を品揃えして、地域対応にも気を配る。若いお母さんからは、近隣にベビー用品を買える店舗が少ないので、感謝されることも多いという。

1階入り口を入るとシーズン商品のプロモーションと並んで300円均一のアクセサリーコーナー、キャラクターグッズ、キャンメイクのコーナーや若年層に人気のメイクブランドを複数編集したエンドなどを配して若年層の取り込みを図る。

1階は300円アクセサリーやキャラクターグッズ、若年層向けメイク、食品などを配置。気軽に入れて店のファンになってもらえるよう設計されている
入り口正面にある300円アクセサリーのコーナー、取材中も若年層が多く立ち寄っていた

人口ボリュームは50歳以上の中高年が多いが、ドラッグストア(DgS)の未来対策、とくに化粧品部門の戦略としては、若年層の新規客を獲得し、加齢に応じて商品提案をしていく。こうした生涯にわたる顧客化策を講じる必要がある。スギ薬局 原宿店はこうした未来戦略も踏まえて新規客獲得にどのような商品、ブランドが有効か、テストマーケティング、アンテナショップ的な役割も担う。

2階へ続く階段は赤じゅうたんで天井からはシャンデリアがつるされていてお城風、2階へいかに人を上げるかで売上も変わる

2階には化粧品カウンターを設置、自社のビューティアドバイザー(BA)が肌診断機を活用しながら肌悩みやメイクの好みを聞いて、深いニーズを引き出す。

化粧品のキャラクターにも使われる「ベルサイユのばら」の登場人物のボードがあるインスタ向け撮影スポット(2階)
2階化粧品売場、やわらかな照明、天井に付けられたバラの装飾など細部にまでこだわっている
化粧品のカウンセリングカウンター。対面によるカウンセリングで悩みや希望を引き出し、深いニーズを探る
マキアージュの什器。若者に人気のあるプチプラコスメから、幅広い層に支持される制度品まで幅広く品揃え
肌診断機はカウンターに加えて、気軽にセルフでも使えるように2階フロアにも置いてある

そして、同店の目玉のひとつがスギ薬局初の男性BAを配置していること。仕事の内容は女性BAと同様に女性客対応がメイン。メイクアップアーチストやヘアデザイナーなど、ビューティケアの分野で活躍する男性は少なくない。DgSでもこれをきっかけに新たな分野が切り開かれるかもしれない。

2階にはヘルスケアのコーナーと調剤薬局を設置。近隣のビジネスパーソンや生活者の利用が多いという。都市型、先端的な店舗だが、薬剤師も管理栄養士も配置して、同社らしいトータルヘルスケア(健康体、受診中など、健康状態にかかわらずすべての生活者の健康に貢献すること)を推進している。

調剤薬局を併設。周辺のビジネスパーソン、住民のために処方せん、健康相談にも対応する
2階の約半分のスペースはヘルスケア売場になっている

同社としては新しい試みを多数盛り込んでおり、今後の企業戦略に生かすべく検証と調整をしていく構えだ。若年層の新規客獲得へ向けどのような解が見つかるか、厳しい競争のなか、同店の担うミッションは重要である。

「多様なお客さま、スタッフに対応して竹下通りをリードする店になる」(店長:青木麻里氏)

スギ薬局 原宿店 店長 登録販売者
青木 麻里氏

青木氏は入社7年目、関東の都市型店舗の店長歴が豊富で、多様なお客、人材をまとめられるマネジメント能力を評価され、原宿店の店長を任された。

多国籍なインバウンド客に加え、従業員も中国人、マレーシア人など多様。英語、フランス語を話せる日本人スタッフもいる。

「スギ薬局の先端をいく店を任されたことは光栄です。お客さまはインバウンド客に加え、人と違うことをしたい、はじめて試すなど、いろいろなおもいを持った若い方が多くいます。そうしたご希望に沿えるよう、常に新しい情報、商品を揃えたいとおもいます」

原宿店は平日と休日の客数の波動が大きい。また、夕方4時から閉店まではインバウンド客が集中し、人時をそちらに取られるので、スタッフの配置、スケジュール管理にも気を使う。

将来的には、竹下通りの入り口にある店にふさわしく、トレンドをリードする店にするという展望を持つ。

「メイク商品はジェンダーレス化する」(BA:河邉徹氏)

スギ薬局 原宿店 ビューティアドバイザー
河邉 徹氏

河邉徹氏は2017年、スギ薬局に総合職として入社。以前から化粧品には興味があり、現場で直接お客さまと接するBAを希望していた。しかし、経験が浅く男性BAが活躍できる環境も整っていなかったので一度退社。外資系の化粧品メーカーに転職して売場スタッフの職に就く。スギ薬局を退社してからも同期とは連絡を取り合っており、原宿店オープンに際して男性BAを探しているという話をその同期から聞き、応募して今回の採用に至った。

普段の仕事で気を付けていることは、お客一人ひとりに合った提案をすること。

「トレンドについても一概に『これが流行』と押し付けるのではなくその人の土壌、好みを尊重しています」(河邉氏)

お客一人ひとりに合った個別の提案をするには、化粧品に関する膨大な知識が必要となり、河邉氏はYouTube、ネット、雑誌などから情報を得て、気になるものはさらに調べて深掘りする。また、自らデパートの化粧品売場に行き、タッチアップやカウンセリングを受ける。自分がお客の立場を経験することで、どのように接客すべきかを考えるためだ。

最後に、男性のBA、男性がメイクすることについてどうおもうか尋ねた。

「自分の中では、性別にこだわっていません。メイクをみんなに好きになってほしい。ジェンダーレスになってくれたらいいとおもいます。男性化粧品、女性化粧品を分けないというのもひとつの手で、みんなのものという認識が広がってほしいとおもいます」。難しいとされていたことが2年の時を経て、スギ薬局原宿店で実現に至っている。未来に目を向けた新たな価値創造がここから始まるだろう。

WAKARA(和から)のバームクレンジング(化粧落とし)。人気のある商品を詳細な説明付きで販売
インバウンド客にも人気のサプリメントを厚く品揃えしている

「精肉工場のアウトレット」やきにく萬野本店が仕掛ける実力派の強さ

さる4月27日、大阪JR環状線の桃谷駅と寺田町の間に全長100mに及ぶ焼肉店と精肉店が並ぶ施設がオープンした。これは大阪の天王寺エリアなどに焼肉店をはじめとした飲食店9店舗の他、食肉卸等を展開している株式会社萬野屋(本社/大阪市天王寺区、代表取締役/萬野和成)によるもので、「やきにく萬野本店」(約40坪53席)、精肉店の「肉 まんのや」(約8坪)、そして同社の精肉工場、本社事務所で構成されている。

精肉店では部位ではなく「ホームカット」で販売

「やきにく萬野本店」は同社創業の店で1999年6月JR大阪環状線の同じく桃谷駅と寺田町駅間のガード下にオープンし(現在地より300mほど北側)、「肉屋が唸る本物の肉屋。」を理念として黒毛和牛に対する卓越した選別眼と肉の捌き技術が注目されて近隣住民に愛されてきたほか、遠方からもファンが訪ねてくる店である。

この度の移転リニューアルは開店20周年を期したものであり、総工費2億円を投入して、大きなプロジェクトを完成させた。焼肉店と精肉店においては「精肉工場のアウトレット」というべき存在である。

萬野屋の焼肉店は「肉屋が唸る本物の肉屋。」が信条

新装した「やきにく萬野本店」は、フードメニューが約130品目、看板商品とも言える「赤身肉盛」270g3,200円(税別、以下同)、450g5,300円、900g1万500円や、「肉寿司」(4巻1400円)のほか「囲炉裏焼き」などの肉メニューに加え、「エゴマとスプラウトのシラスサラダ」700円や、「玉子スープ」400円などバリエーションが豊富。ドリンクメニューは60種類をラインアップ。これらで客単価5,500円を想定している。

精肉は精肉工場の切り落としを「ホームカット」で提供

同社初の精肉店となる「肉 まんのや」は、赤身肉を部位名ではなく「ホームカット」(商標登録済)という名称で精肉工場の切り落とし肉を販売している。

精肉には全て「極雌ホームカット」と名称が付けられ、“薄切り”が「福」100ℊ(以下、同)280円、「宝」380円、「優」480円、「雅」580円、「極」880円。“焼肉”が「優」450円、「雅」550円、「極」850円。“ステーキ”が「優」790円、「雅」890円、「極」990円となっている。他に「ローストビーフ」や「焼き豚」、また純国産豚を60円で販売している。今後は、主に関西圏の百貨店の食品売場で展開していくことを想定している。

精肉工場では、食肉処理の工程別に部屋を変えている。例えば、枝肉をさばく部屋、赤身肉を処理する部屋、内臓を処理する部屋、スープを炊く部屋等々、全てが外気に触れないようにして衛生管理を行っている。

牛と焼肉にかかわるあらゆる仕事を経験

株式会社萬野屋代表取締役の萬野和成氏

萬野屋の原点は昭和5年(1930年)に大阪府羽曳野市で同社社長の萬野和成氏の祖父母が創業した牧場経営、屠畜解体、枝肉を流通する事業である。来年で創業90周年となる。その後、萬野氏の父母に受け継がれ、小売店、業務用卸も事業として加わった。

萬野氏は1963年8月生まれ。1984年に祖父母の会社に入社して主に生体牛屠畜及び内蔵処理業務を担当、同業他社でも修業を積んだ。再入社した祖父母の会社では小売部門に配属され、各精肉売場を巡回した。以後、20年間に渡り、牧場管理、生体牛や枝肉の仕入、業務用(レストラン用)卸を行った。

この業務用卸は小売店の売上が減少する中で大きく活路を見出して、取引先を4年間で1,000店舗まで拡大した。このように牛肉を扱うあらゆる仕事を経験してきた。

1997年に萬野屋の前身となる会社を設立し、飲食店舗開発のサポートを行った。ここでは焼肉店のための技術研修制度や顧客管理ソフトの開発も行った。このように牛肉のあらゆる分野にかかわって来た萬野氏は和牛に魅せられ、全国の多くの生産者と牛と出会い、そこで飼育している牛にあふれんばかりの愛情を注いでいる生産者が存在することに感銘を受け、交流を重ねた。

期待を裏切らない本物の肉を食べられる飲食店

JR大阪環状線のガード下で寺田町駅から北へ100m程度のところに位置する

しかしながら、当時牛肉の業者に「牛肉偽装問題」が顕在化するようになった。その状況に対して、生産者の牛に対する意識との温度差を強烈に感じるようになり、萬野氏自らが「消費者の信頼を裏切らない本物の肉を食べられる飲食店をつくろう」と、自ら店舗展開を志した。

1号店(28坪64席)は、あえてJR大阪環状線のガード下というC級の立地に出店。これは商品力で繁盛店をつくろうと考えたからだ。“焼肉の聖地”鶴橋の近くにありながら、この「やきにく萬野本店」はオープン直後からたちまち繁盛店となり月商1,300万円に達した。

カウンター席、テーブル席と多様なシチュエーションに対応する

近年、焼肉店では赤身肉をロース、カルビという呼称ではなく、部位別の呼称を商品名としているところが増えてきた。例えば、「モモ」をさらに細かく「マクラ」「マルシン」「イチボ」、「友バラ」を「カイノミ」「カッパ」「インサイド」という具合である。

実は、萬野和牛はその先駆けである。1号店の当初からこれを実践し、お客さまからの信頼を得てきた。現状、萬野和牛には部位名が80存在する。このような呼称を持つ焼肉店や精肉店は他に例を見ないのではないか。それが可能なのは“牛肉のエキスパート”ならではのことである。

「極雌 萬野和牛 Premium Queen’s Beef」として流通

老舗の風格が漂う看板

今日萬野屋が販売している精肉は「極雌 萬野和牛 Premium Queen’s Beef」(以下、萬野和牛)というブランドを持って流通している。

これは前述の通り、萬野氏の熱心な生産者との交流から生み出されたものだ。
牛には一頭一頭個性があり、それを目利きできるのは丹念に愛情を込めて牛を見つめている生産者であることを萬野氏は知った。一流の生産者は、じっくりと牛のピークを見極めて最高の状態に達した時に出荷している。

このような「萬野和牛」の条件は大まかに、「未経産の雌牛」「月齢30カ月以上の長期肥育」「脂肪の融点が低い」「肉質の濃度が高い」ということだ。

焼肉店業界は2001年9月に日本で発生したBSEと、2003年12月アメリカで発生したBSEによって大きなダメージを受けたが、後に回復基調となり、今日は大きく隆盛している。

それは言わずもがな、焼肉店の業界が復活のための創意工夫を尽くしてきたからだ。

その点、萬野屋が「精肉工場のアウトレット」をつくり上げ、それが放つ圧倒的な商品力とイメージの高さは、絶好調の「焼肉店ブーム」の中にあって大いにその強さを発揮することであろう。

「インスタント・シニア」体験から考える、高齢者にやさしいDgSとは?

超高齢化を迎える社会でのロイヤルティ向上は小売業にとって大きな課題だ。神奈川県を中心に店舗を展開するカメガヤは、ドラッグストア(DgS)企業では初となる高齢社会への取組みとして自店舗内での「インスタント・シニア研修」を企画した。Fit Care DEPOT北山田店で行われた高齢者疑似体験研修のレポートを紹介し、リアルなシニア体験から店と売場を見直し、よりよい環境へアップデートするためのヒントを探る。(月刊マーチャンダイジング 2019年4月号より転載)

高齢者の擬似体験で課題を洗い出す

「インスタント・シニア」とは、一般社団法人ウエルエージング協会(WAJ)が1992年にカナダ・オンタリオ州政府と独占契約を結び、日本へと持ち込んだ高齢者体験プログラムで、その名のとおり、健康体の若い人間でも即席で高齢者の疑似体験ができるというもの。

高齢者の視点から社会を観察することで、さまざまな問題を発見し、他者をおもいやる心で解決策を考え、実行していくことがこのプログラムの目的だ。これまでに成田国際空港の施設づくりや、都内を走るノンステップバスの誕生などに貢献してきた経緯がある。

今回レポートする研修は、WAJの加藤夕紀子、青木一由両インストラクター立ち合いの下、Fit Care DEPOT北山田店と最寄り駅(横浜市営地下鉄グリーンライン北山田駅)を徒歩で往復。店内で買物を行うというものである。

研修の所要時間は約2時間半。疑似体験前には研修の目的を理解するためのオリエンテーションを行った。器具装着前には参加者全員で体験コースを歩き、「横断歩道の見え方」「中分類サインは見やすいか」「チェッカーの声は聞きやすいか」など、体験時のチェック項目を確認する。疑似体験後には、チェック用紙やアンケートなどに記入した内容をもとに、参加者によるディスカッションも行われた。インスタント・シニア研修の肝は、疑似体験から生まれた実感を共有し、生かすことにこそある。

【インスタント・シニア装着具】
①利き足用サポーター、②両腕関節サポーター、③左右違った足首おもり、④利き手首おもり、⑤白内障用ゴーグル、⑥つえ、⑦ゼッケン。このほかに、耳栓とゴム手袋を加えて全9点を装着する
店内での疑似体験。いつもはなんの苦もなくできる買物が、大変困難に感じられる

シニア体験によって得られた気づき

ここでは、インスタント・シニア研修後のディスカッションで出された参加者の意見を紹介する。今後増えていく高齢者にとって買物をしやすい店舗とは、どのような店舗なのか。よりよい環境をつくっていくためには、どのような施策や方法があるのか。考えるヒントとして活用していただきたい。

足元が見えづらくつまづきやすい「出入口」

□出口と入り口が2ヵ所あり、帰る際に慣れないと入り口に向かってしまう
足元が見えづらいため、マットとの段差につまずいた

どこに何があるのかわかりにくい「売場」

DgSは食品スーパーに比べて取り扱うカテゴリーや商品数が多く、どこに何があるのか店や企業ごとに異なるため、わかりづらい
□店内に入った瞬間、狭い視界では処理しきれない情報が入ってきて混乱した
□常温のペットボトルを探していたが、冷蔵ケースとは離れた場所にあって、せっかく探しにきたのにと心が折れそうになった
棚最上段、上段の商品が取りにくく、商品を落としそうになった
棚の下段が目に入りにくいうえ、しゃがんで取る動作がきつい
つえを持った状態で、かごを持つと両手がふさがるため、商品を取るときに一度床にかごを置かなければならず不便だった
□遠くからカテゴリーサインを確認して目的の棚付近までたどり着けるが、実際に陳列線の中に入り込んでしまうと、視野が限定的で周囲にどんな商品があるのか見渡すことができず、把握しづらい
□視界が狭まり自分の体まわりが死角になって、ほかのお客や品出しのための段ボールにぶつかりそうになった
店舗内の配置物が障害物に感じられ、危険を感じた
□エンド横に陳列された商品にぶつかりそうになった
普段は楽しめる買物が苦痛だった

つえとかごで両手がふさがれるため、商品を取るときには、つえかかごのどちらかを下に置く必要があるうえ、しゃがむ動作がきつい

文字が小さく読みづらい「サイン・POP」

□プライスカードの価格は見えるが、商品名が小さく見づらい(商品パッケージ裏に表記されている食品表示なども小さすぎて見えない)
□「赤」と「黄」の色の組合せが見づらい
□通常時より、全体的に色の印象が弱く、不鮮明に見えて驚いた
□「白」と「黒」の組合せはコントラストが強く、わかりやすい

小銭を取り出すのにもたついてしまう「㆑ジ」

ディスプレーに表示される合計金額が見にくい
□つえやバッグを置く場所がなく、財布を取り出すときに手間取った
財布から小銭が取り出しにくく、もたついた
□サッキング後の買物商品がどこに置かれたのかわからず少しの間探した
□「商品はこちらになります」の声で、購入商品の存在に気付いた

レジではディスプレーに表示された合計金額が見えづらい。会計後も、商品をどこに置かれたのかわからず、「商品はこちらになります」という声掛けがあってはじめて気付くような状態だった

身支度を整えるのに狭い「トイ㆑」

□店舗壁面上部に取り付けられたトイレマークや、男女マークが目に入らない
個室内が、身支度を整えるには狭い
□荷物のフックや台が高い場所にあると、腕を上げるのがつらい
□つえを置く場所に困った

購入後には、実際にラップやストロー付きドリンクなどの商品を使用して、感覚の違いや使い勝手をチェックする。テーピングされた高齢者仕様の手は力の入れ加減が難しく、ソフトな素材のペットボトルを開栓しようとすると、こぼれそうになった

改善案と検討要素

上記の気づきからどのような改善案を見出すことができたのか、一部を紹介する。なお、改善策の項は、Fit Care DEPOT北山田店では対応済みであっても一般的なDgSが未対応の項目を含めて表記した。

【短期的に対応する】自転車の整理、レストスペース作り

◆店舗入り口付近に駐車している自転車の整理
◆店内に「お困りのことがあればお手伝いします」などの案内を大きく掲示する
◆売場に障害物となる段ボール、オリコンなどを放置しない
◆高齢者の目線の高さに合わせた接客
◆レジにつえ・バッグ置き場を設置する
◆腰を下ろせるレストスペースをつくる
◆レジ対応の高齢者マニュアルの作成
(例)
⇒サッキング後には、声掛けをしながら高齢者の手元に商品を置く
⇒低めの声で、ゆっくりと、滑舌よく声掛けする

【長期的に対応する】キャッシュレス導入、選びやすい売場作り

◆商品を絞りこみ、選びやすい売場をつくる
◆レジのディスプレーに映る価格を大きく、見やすい色に
◆小銭を必要としない、キャッシュレス(プリペイドカードなど)の導入
◆視界が狭まる高齢者のために、高齢者が使うアイテムで、テーマを持った売場をつくる

【取材協力】カメガヤ スタッフグループ 関口 敏明氏

5ドル以下で10代の生活をカバーする「ファイブ・ビロウ」が急成長している

「5ドル以下の価格」「顧客ターゲットはティーンエイジャー」と、価格帯と顧客を限定した「ファイブ・ビロウ(Five Below)」という「リミテッド・アソートメントストア」がアメリカで絶好調の業績をおさめています。「何でも屋」のリアル店舗よりも、顧客ターゲットを明確にした店の方が、アマゾンと差別化できるということなのでしょうか?

5ドル以下の価格帯で、キッズとティーンに顧客ターゲットを絞ったファイブ・ビロウ。

年間1,000店舗も出店する最大手のダラーゼネラル

1年間で5,000店を超える店舗がなくなる「閉店ラッシュ」が続くアメリカ小売業界で、価格帯と品揃えを限定した「リミテッド・アソートメントストア(LAS)」の業績が良く、大量出店を継続しています。

LAS業態の市場規模は約500億ドル(約5兆5,000億円)と推定されています。最大手の企業は「ダラーゼネラル」で、店舗数は約1万5,000店舗と、直営チェーンとしては世界最大の店舗数を誇ります。1年間に1,000店前後という超ハイペースの出店を継続しています。しかも、出店している州は44州であり、未出店エリアが残っており、アメリカでもっとも成長余地の大きいリアル小売企業として注目されています。

また、1ドルに価格帯を限定したLAS業態第2位の「ダラーツリー」は2019年に300店、第3位の「ファミリーダラー」は2019年に200店の新規出店を計画しています。閉店ラッシュのアメリカ小売業界の中で、LAS業態の出店意欲が旺盛であることがわかります。

ちなみに、アメリカ最大の小売企業「ウォルマート」の2019年の新規出店数はわずか10店舗です。ウォルマートは、新規出店よりもITに巨大な投資を行い、買物を便利にする「オムニチャネル化」を進め、既存店・既存顧客の売上を増やすことで成長する方向に舵を切っています。この連載で紹介した「カーブサイド・ピックアップ」(オンラインで注文→駐車場で受け取り)も、オムニチャネル化の投資のひとつです。

アプリで注文して駐車場で受け取る「カーブサイド・ピックアップ」に注目

LAS業態は、ダラーゼネラルが5ドル以下、ダラーツリー、ファミリーダラーが1ドルのワンプライスと、宅配サービスには適さない低価格帯の商品に限定しているため、アマゾンと差別化できることが最大の強みです。

また、売場面積も300坪程度と小型店であり、自宅から近い小商圏立地にドミナント出店しています。5,000坪のウォルマート・スーパーセンターの商圏内に、ダラーゼネラルが5~10店も取り囲んで出店するわけです。つまり、「近くて便利」が武器なので、自宅近くのダラーゼネラルを利用すれば、無理にアマゾンで注文して配達してもらう必要がありませんからね。

急成長中のファイブ・ビロウ。

キッズとティーンに限定したファイブ・ビロウが大人気

LAS業態は、価格を限定しているだけでなくて、客層も限定しています。ダラーゼネラル、ダラーツリー、ファミリーダラーの大手3社は、顧客ターゲットを「低所得者層」に限定しています。「1ドルステーキ」「99セントのドレッシング」などの品揃えは、低所得者向けの店であることが明確にわかります。

一方、ファイブ・ビロウは、8歳~12歳のキッズ、13歳~18歳のティーン、そして「その親」に顧客ターゲットを絞っています。キッズとティーンのための文房具、学校用品、衣料品、アウトドア用品、お菓子、化粧品、ホームパーティ用品などの多くの品種を5ドル以下の低価格で販売するLAS業態です。

創業は2002年と比較的新しい企業であり、店舗数は約750店で、毎年100店以上の新規出店を継続しています。全米で2,500店までの出店余地があるといわれています。20118年にはニューヨークの5番街に基幹店舗を開店したことが話題になりました。顧客ターゲットが低所得者層ではないので、マンハッタンの5番街にも出店できるわけですね。

低所得者層向けのダラーゼネラルと異なり、キッズとティーンの生活を楽しくする「ライフスタイルストア」の要素が強く、安さ以外の付加価値があることも大人気の理由のようです。
入口を入ると季節用品の売場で、6月に訪問した際には、夏休みのアウトドアライフに必要な商品が集められた売場を展開していました。「5ドルの水鉄砲」「5ドルの海用シューズ」などを、エンターテインメント性のある陳列で演出していました。また、「5ドルの化粧品」も初めての化粧を体験するキッズにとっては楽しい品揃えです。

「近くて便利で低価格の小型ライフスタイルストア」は、アマゾンと完全に差別化できる新しい乗り物(業態)なのかもしれませんね。

入口すぐは季節商品の売場。6月は夏休みのキャンプ用品を陳列していた。
「4個で1ドル」「10個で1ドル」のキャンディ売場。
キッズとティーン向けの化粧品コーナー。
化粧品はセット中心ですべて5ドルで販売されていた。

「加盟に不満」は5年で倍増、岐路に立つコンビニ業界

連日、一般マスコミを賑わせたコンビニ24時間営業問題。公正取引委員会も24時間営業の強要は独占禁止法に違反する可能性を示しており、深夜営業の見直し実験がコンビニチェーン大手でスタートしている。しかし、24時間営業にとどまらず、事の本質はかなり根深いところにある。

東大阪市のセブン事件は「事の発端」ではない

はじめに、この間の経緯をおさらいしよう。

4月5日にはセブン、ファミマ、ローソンなどチェーントップが世耕弘成経済産業相に呼び出され「意見交換」をする事態に至り、同月25日前後にはチェーンが揃って「行動計画」を提出。

きっかけは東大阪市のセブン-イレブン加盟店が人手不足を理由に深夜営業を拒否したこと。チェーン本部は契約違反を楯に違約金を口にしたが、ネットニュースが加盟店の窮状を詳しく報道、さらに本部に対して団体交渉を要求するオーナーらの団体も加わり、広く一般に知れ渡るに至った。

この頃から「セブン叩き」がネット上で盛んになる。著述家や評論家や研究者がこぞって「セブン」をタイトルに持論の展開を始める。“溺れる犬は石もて打て”はネット社会の傾向である。チェーン本部は、いちいち反論はしないし、周辺も口を閉ざしている。コンビニは客商売であり、チェーン本部の不用意な発言により、加盟店の客数にわずかな影響も、あってはならないからだ。

かつて居酒屋チェーンで、過労死と認定された社員の裁判に関して、チェーントップの遺族を傷つけるような発言により、企業の存続すら危機に陥る事態があった。こうした危機管理を企業は学習している。

チェーン本部が提出した「行動計画」を要約すれば、全ては“一人ひとりのオーナー様に向き合い、柔軟に対応する”というもの。実際はともかく、セブン-イレブン・ジャパンの永松文彦社長も日経新聞(6月14日)のインタヴューに応じて、営業時間の短縮は「テストをしてもらった上で判断はオーナーに委ねる」と態度を軟化させている。

ここまでが経緯だが、注意したいのは、事の発端をセブン加盟店の深夜営業に求めると本質を見誤るということ。

世耕大臣がコンビニチェーントップと「意見交換」をする際に頼ったのが『コンビニ調査2018 結果概要』である。経産省の消費・流通政策課が昨年12月に調査ページをWeb上に設置して、本年3月まで加盟店オーナーへのアンケート調査を実施している。経産省がチェーン本部を通してオーナーに協力を要請し、回答を(経産省が)用意したWeb上に直接記入する方式をとった。回答まで本部経由にすると余計な配慮が入る可能性があるため、ダイレクトに経産省へ届くようにした。対象者は日本フランチャイズチェーン協会に加盟する8チェーンの加盟店オーナー約 30,757 人、回答は11,307 人から得ている。

すなわち、東大阪市のセブンの前に、経産省は既に調査を始めているのだ。

経産省・コンビニ調査に見る3つの変化

調査は1万人以上のオーナーの声を集めた非常に価値がある内容である。その一方で、筆者は残り2万人以上の非回答率が気になった。加盟店の現状を問う中央官庁の直接調査に対して、忙しい合間を縫って回答する方たちは「不満の度合い」が強いオーナーの傾向にあるのではないか。「私たちの声を聞いて欲しい」との切実さがある故に、わざわざ回答しているのではないかと。

担当課長は、その点についてコメントを控えたものの、重視しているのが前回と比較した「数字の変化」だという。調査回答者に、ある傾向が見られたとしても、同じ質問に対する5年前と今とでの変化には注視する必要があるのだと。

確かに、その通りである。比較可能な3つの変化を見ていこう。

質問「従業員の現在の状況はいかがですか?」に関して、「従業員が不足している」と回答した割合が5年前は22%だったが、今回の調査では61%に上昇している。有効求人倍率(全国)は、14年の1.09から18年は1.61と倍率が上がり、特に「販売の職業」は2.5倍前後と厳しい環境にある。人を集めたくても集まらない、最低賃金に近接していては、昔と違って満足に集まらない雇用環境にある。

集まらない理由の中に「必要な一部の時間帯に勤務できる人が少ないから」が上位にある。東京都の最低時給は本年10月には1,000円を突破するだろう。人が集まりにくい深夜は割増料金で1,250円を超えてくる。1,300円を出しても集まらない店舗も増えてくるだろう。

理由の中に「コンビニの業務が複雑になっている」とある。サービスの増加と、レジ精算の多様化により、覚える仕事が雪だるま式に膨らんできた。その内容に時給が伴っていない。かといって時給を上げられる余力もない。

質問「あなたは加盟したことに満足していますか」に関して、不満に思っている加盟店オーナーは5年間で17%から39%へと倍増した。その理由を見ても(図表中示していないが)一番上位に「想定よりも利益が少ない」とあった。

チェーン大手の既存店日販はおおむね下がっていないので問題はコストの上昇だ。最も大きいのが最低時給の上昇による人件費高騰の影響である。上位二番目が「労働時間/拘束時間が想定したより長すぎる」である。人が集まらないのでオーナーが深夜帯に入らざるを得ない店が増加している。

「あなたは次回のフランチャイズ契約更新をどのように考えていますか」に関して、「更新をしたい(経営を続けたい)」が前回の68%から45%へ、「分からない(無回答、分からない、その他)」が16%から37%へ、「更新したくない(経営を止めたい)」が17%から18%へ、と変化した。

次回の更新を明確に拒否した割合は実は変わっていない。経産省が注視したのが、積極的に「更新したい」加盟店オーナーが20%以上も減少し、その減少した分が「分からない」と答えている現状にある。

日本のコンビニは社会のインフラ、生活のライフラインである。世界に誇れるビジネスモデルとしてアジアにも“輸出”されている。しかしながら、店を経営する加盟店オーナー自身が将来に疑問符を抱いている事実が明るみになった。

経産省の担当課長は「コンビニ第一世代が、そろそろ代替わりとなっています。やはり、夢が持てないと、フランチャイズ・システムは持続しないと考えています。その夢を、どこに求めるのか、きちんと考えて、(本部と加盟店は)共存共栄を図ってもらえればと思います」とコメントしている。

世耕大臣がチェーン本部のトップと「意見交換」した際の問題意識は、以上3点の調査結果である。コンビニの持続的な成長に黄色信号が灯り、世耕大臣はチェーントップに対策を迫った格好になる。

今回のコンビニ騒動と、大手経済紙を中心としたチェーン本部への圧力には政府の強い意思があると、元セブン-イレブンで現在コンサルタントの山﨑泰嗣氏(シムテクノ総研社長)は次のように語っている。

求められる「コンビニ」のビジネスモデル変革

「アベノミクスは最終段階に入り、昨年まで5年連続して経団連に賃上げを要請してきた。1億総活躍社会の実現と、トリクルダウン効果により、国民生活が良くなると喧伝してきた。しかし、経団連傘下の大手企業には賃上げを実現させても、労働者全体の実質賃金は増えていない。国民の多くが豊かになったと感じていない。それに対して政府全体に焦りがある」とした上で、次のターゲットはコンビニ業界ではないのか考えている。

「所得水準の高い大手企業ではなく、業界が収益を挙げている一方で、収入の少ない人たちが多い業界から給料を上げさせるアプローチ。今、政府が伝えようとしているのは、24時間営業問題の是非なのではなく、加盟店オーナーに“富”が十分に行きわたっておらず、その結果、従業員にも条令が定める最低時給しか出せていないということ」(山﨑氏)

だからといって、加盟店に課しているチャージを引き下げるだけでは単なる「取り分」の話に終始してしまう。そうではなくて、なぜ日本において、Amazon Goや、中国の無人コンビニといったイノベーションが起こらないのか、といった政府の焦りがあると山﨑氏は指摘する。

「コンビニ業界で稼いだ “富”が、どこに消えてしまったのか。国内に再投資されているのか。ビジネスモデルを変えるような、新たなシステムの開発に果たして挑んでいるのか。ただ単純に店の数を増やして、店舗面積を拡大するだけでは、基本は同じビジネスモデルに設備投資をしているだけ。果たして、それでいいのかといった政府からのメッセージが込められている」

コンビニのチェーン大手は、今期は既存店への投資、さらにはデジタル投資を強めていく意向である。営業時間や食品ロスの課題を、先進テクノロジーなどを駆使して解決を図っていくようなビジネスモデルの改革が迫られている。

事業の幅を広げ、新たな役割を目指す「あらた」須崎裕明社長インタビュー

2002年、ダイカ、伊藤伊、サンビックの3社が共同で持ち株会社を設立し誕生したのが「あらた」である。同社では従来の中間流通業の機能に加え、グループ内には「データ分析」「販促の立案・実行」「店頭管理」など、マーケティング機能に特化した企業も擁している。新たな中間流通業の役割を追求する同社の戦略を、代表取締役社長執行役員COOの須崎裕明氏に聞いた。(聞き手:本誌主幹 日野 眞克/月刊マーチャンダイジング2019年5月号より転載)

資本の統合と事業の分割で規模を生かし専門性を高める

──どういった事業に注力し、成長戦略を描かれているでしょうか。

須崎 ひとつはグループ力を生かした経営に注力しています。たとえば、ペット専業の卸売業を行っているグループ会社の「ジャペル株式会社」はあらたとして持っていたペット関連の百数億円の取引をすべて移管しました。これによりジャペルの売上高は約1,200億円になり、ペット関連の卸売業では断トツで1位になりました。

これは規模を大きくするのが主目的ではなく、グループで分散していた分野を統合してより専門的な提案や事業展開をするためです。ペットはこれまでホームセンターさま(HC)が主力でしたが、伸びている業態はドラッグストアさま(DgS)や食品スーパーさま(SM)で、これらは、あらたが取引していたチャネルでもあります。

さらにサブカテゴリーで見ればペットフードは頭打ちで用品やペット保険といった周辺の領域が成長しており、今後可能性もあります。しかし、あらたではそうした専門性の高い提案や商品供給する機能がありません。ですから、ジャペルの専門性をDgS、SMといった成長分野で生かして、小売業さまの売上にも貢献できるように移管したのです。

同じく子会社に「株式会社ファッションあらた」があり、軽衣料と化粧品を専門に扱っています。化粧品はこれまでベーシックな商品が多く、DgSでの扱いがメインでしたが、近年、バラエティショップなどが特徴のある商品を扱いだして人気もあります。ここ数年DgSでもそういう商品が増えています。

従来、そういった特徴ある商品を扱うのがファッションあらたの役割だったのですが、そうした商品の市場が大きくなり、一般の化粧品と分けることはあまり意味がなくなりました。そこで、2019年4月1日にファッションあらたをあらたと統合して、全国展開の物流網を生かし、機能としてはファッションあらたがこれまで持っていた特徴ある化粧品の扱いを増やしていく。こうした組織の統合で専門性がより発揮できるようにして、化粧品全体を強化していきます。

──グループ企業各社の専門性を生かして、コストや効率では規模を大きくすることで改善を図るということですね。

須崎 そうです。あらた単体が扱っているカテゴリーは、ペットをジャペルに完全移管したので、化粧品、トイレタリー、家庭用品、家庭紙の4つですが、今後はグループ力を生かしてこれらのカテゴリーを深掘りしていきます。

家庭用品でもタイミングを見て効果的な組織に改めたいと考えています。われわれは2018年から家庭用品の見直しを始めました。HCで販売しているような比較的大型の用品や器物よりは、DgS、SMの売場を想定したコンパクトな商品を強化したいと考えています。

たとえば食器洗いのスポンジや、洗濯用の角ハンガーなどは関連する消耗品と一緒にエンド展開できます。

──スポンジと食器洗い洗剤といったように、購買頻度が違う2種類の必需品を一緒に展開すれば、粗利ミックスにもなりますし、地域のお客さまの来店頻度を上げることができます。家庭用品で小売業へ提案して成功した事例などありますか。

須崎 SMなどは焼き芋を売っているお店が多いですが、その近くで芋が焼ける特殊なホイルの陳列を提案したところ、実施店では大変な効果を出しました。

通常定番で月に数本売れるかどうかという商品だったのですが、あるSMでは約3ヵ月の間に2,000ケースほど売れました。

定番にあるだけでは動きづらい商品でも、売り方を変えるだけで大きな需要を開拓できることが証明できたとおもいます。製配販で売り方を考えていくこともこれから重要です。

[図表1]あらた グループ企業

製配販共同開発の店頭販促ツールを開発

──あらたさんではグループ内にデータ分析など、卸とは異なる機能を持つ会社をお持ちです。

須崎 われわれはモノをつくっていないし、売場も持っていません。メーカーさまからモノを仕入れて小売業さまへ運ぶ、それが卸の中心的な機能で、これは絶対に必要でなくならないとおもいます。

しかし、それをいつまで事業の柱にできるかは別問題です。ですから、売場づくりや陳列の維持などの店頭管理、販売データの分析、販促の立案・実行といった物流や保管とは別な機能で小売業さまのお役に立てる事業も進めています。

グループ内に「株式会社インストアマーケティング(ISM)」という企業がありますが、ここでは新商品や季節品の店頭展開のお手伝いをしています。

あるメーカーさまが春夏の新商品の展開を自前でやったら、全国約6,000店の売場づくりを終えたのはスタートから4ヵ月後、あと2ヵ月たてば秋冬の商品が発売されるというタイミングでした。

これをISMの専門部隊で実行したところ1ヵ月半ですべてを終了させ、メーカーさまにとっても小売業さまにとっても販売チャンスを広げることができました。

ISMの中には「販促工房」という部署を設けて、メーカーさま、小売業さまと販促工房の従業員の三者でどのような販促物をつくれば効果的になるかを話し合い、オリジナルのPOPや売場支援ツールをつくっています。

メーカーさまがつくった販促物はサイズなどの関係で店頭に付けられないことも多いのですが、こうして生まれた販促物は小売業さまの考えも反映されているので、はるかに店頭実現率が高くなるのです。

目先の利害だけでなく社会的にも意味のある「返品削減」

──モノを仕入れて売るだけでなく、プラスアルファの機能を強化するということですね。これからの売場は「ペットと暮らす」とか「洗濯する」とか、ある生活行動をテーマに商品を集めることも重要ですね。

須崎 おっしゃったようなテーマによる売場提案は今後強化したいとおもっています。

それから、日本は人口減少に向かうし、コストも上がるので販売やコスト削減を考えなくてはいけません。それに加えて、企業の社会的責任(CSR)も考えないと長期的にはお客さまからの支持を得られません。

こうした問題と絡めて当社が注力しているのは、返品削減です。このテーマは従来、返品されると営業的に厳しくなるからどう対策を打とうかと考えていましたが、最近ではこうした一企業だけの損得の問題だけでなくて、社会的にムダをなくす、環境へ貢献するというところにきています。

──具体的にどういう方法で返品削減に取り組んでいますか。

須崎 われわれは北海道、東北で長い間返品削減に取り組み、一定の成果を挙げてきました。こうした経験をもとにいえるのは、返品削減にひとつの絶対的な答えはないということです。返品削減だけを目的に話を進めれば、行き着くのは返品なしならどういう条件で取引できるかという商談になります。

こうした短期的な損得だけを考えるのではなく、返品にはムダなコスト、環境への負荷がかかるから製配販が一緒になってこれを減らそうという意識の問題が大きいとおもいます。

返品すれば確かに小売業さまの店頭からも、卸の倉庫からもモノはなくなるのですが、そこに至るまでに輸送コスト、店頭作業コスト、返品コスト、廃棄コストなど実にさまざまなコストがかかっており、コストをかけて店頭展開した商品を利益ゼロで販売したようなものです。

コスト的には製配販の三者が、傷んでなおかつ環境的にもダメージを与える返品をなるべく出さないようにしましょうという意識が大切だとおもいます。

幸いこうした意識はここ3年のほどの間に小売業さまの間で目覚ましく高まっているように感じます。

また、返品削減にはメーカーさまの安定供給も大事です。品薄になるとどうしても商品確保の心理が働いて多めに仕入れてしまう。

それから、売り方開発も重要な要素です。先ほどの焼き芋売場でのアルミホイルの陳列のように、売り方を変えるだけで開拓できる潜在需要もありますから、どれだけ売れるか予測すると同時に、どうやって売るかを考えることで店頭消化が上がって返品削減にもつながります。

メーカー・小売共同キャンペーンをプロデュースして発展させる

──アメリカの流通業を見ていると、顧客データや販売データを駆使したプロモーションを仕掛けています。そういった事例はありますか。

須崎 グループ内に広告代理店の電通などと共同出資してつくった「電通リテールマーケティング(DRM)」という会社があります。

電通、DRMと協働で、ローカルテレビ局の冠を付けたスポーツなどのイベントを開催し、イベント関連で消費者キャンペーンを行う。こういう活動はこれまで続けてきました。

しかし、それだけでは小売業さまの販売促進には十分貢献できないので、最近ではインストアキャンペーンに力を入れています。

成功事例をご紹介すると、ある小売業さまの店内で化粧品、家庭用品のメーカーさまとタイアップして、対象商品を一定額購入した人が応募して、抽選で商品が当たるというキャンペーンを打ちました。1回目は応募資格が得られる購入金額を2,000円と4,000円の2コースにしました。

商品はコースに応じて設定し、応募方法は店内とはがきです。1万通くらいの応募があって、そのうちカード会員に関しては購買データを分析して、キャンペーン期間中に幾らぐらい購入しているかを調べました。分析から、4,000円コースの応募者の中には対象商品を7,000円、8,000円と規定の金額を大幅に超えて購入している人がいることがわかりました。

この結果も踏まえて2回目は、2,000円、5,000円、8,000円の3コースにしました。応募は1回目の方法に加えてWEBからも受け付けました。そうしたところ応募は5万通までに増えました。そのうちWEBからの応募は約1万通、購買データを分析して、購入金額に加えて対象商品以外どのような商品を買っているかを調べました。キャンペーン期間はいずれも2ヵ月間です。

2回目に応募が飛躍的に伸びたことで3回目もやろうということになり、対象商品を化粧品、家庭用品から店内の全商品にまで拡大しました。応募方法は2回目と同じ。今度はWEB応募者にはポイントを付け優遇しました。

応募数は約5万5,000通と伸び率こそ2回目には遠く及びませんでしたが、WEB応募が約40%、2万2,000通にまで上がり、ユーザー情報の収集という意味では大成功でした。

DRMのノウハウを使ってキャンペーンに応募した会員の購買データを分析したことにより、チラシが有効なエリアとあまり効果のないエリアを区分して、効果のないエリアには配布をやめ、浮いた予算をWEB広告に振り分けるといったマーケティング施策の見直しもできました。

会員データの分析を基に、比較的優良顧客には、購買履歴からその人が買いそうな商品を特定して1人に3商品まで個人のスマートフォンにダイレクトにその人に向け配信できるシステムを開発しました。

チラシは一律配布で広く行き渡る半面ムダも生まれますが、こうした有望ターゲットを絞って個別に販促する方法なら購買の確度が上がります。

こうした企画の中心には小売業さまとメーカーさまのタイアップ企画があって、それをわれわれが結び付けて、販促にとどまらず、データ分析やマーケティングプランにまで展開する。このような役割分担で成果を出した事例です。

──小売業は今後、不特定多数を広範囲で集めるのではなく、特定の優良固定客と長く付き合った方がいいとおもいます。データを調べると特定の優良顧客の店舗貢献度は高いのではないでしょうか。

須崎 そのとおりです。優良顧客をいかにして見つけて、その人たちに向かって情報を出すか、やり方はたくさんあるとおもいます。コアなお客さまへのアプローチは今後注力すべき分野です。

2月に展示会がありましたが、そこで、いまお話ししたようなキャンペーンやチラシ配布エリアの見直し、ダイレクトに個別に販促情報を配信するといった内容をまとめてプレゼンしたら、小売業さまから大きな反響がありました。

[図表2] 店頭キャンペーンの概要

小売業の企業価値を上げることも事業のひとつ

──ほかに小売業との取組みはありますか。

須崎 2016年から環境省が主導する「Re-Style(リスタイル)」という取組みに参加しています。これは循環型社会を目指すためにReduce(リデュース=ごみの減量)、Reuse(リユース=再使用)、Recycle(リサイクル=再生)の3R活動を進めていこうというものです。

ある小売業さまにお声掛けして、Reduceにつながるような詰め替え商品などをカテゴリー横断で集めて売場をつくる「3Rキャンペーン」を行いました。お客さまの反応もよく手応えを感じました。

こうした環境に配慮した事業を展開していることをお客さまに認知していただくことで、企業価値も上がりますし、賛同したお客さまがロイヤルカスタマーになってくださる可能性も上がるとおもいます。

小売業さまが、社会貢献できるようなお手伝いも大切な仕事です。

Re-Styleパートナー企業「2019調印式」にて、畑中伸介会長(左)と秋元司環境副大臣

──ごみの減量は大事なテーマですね。コンビニの恵方巻きの廃棄が大きな話題になりました。事業者側の責任も大きいです。

須崎 われわれはトイレタリーなどのカテゴリーでは詰替商品の提案でごみ削減を呼び掛け、家庭用品カテゴリーでは保存容器などの提案で食品廃棄ロス削減を啓発するなど、製配販売一体となり、いろいろなカテゴリーで3Rを前に進める活動ができます。

──小売業へ貢献できる御社の強み、他社との差別化要素はどういうところでしょうか。

須崎 先ほどご紹介した販促手法などはいままであまり公開しておらず、2月の展示会ではじめてオープンにしたものです。

物流中心の中間流通業の役割に加え、これまでご紹介してきたように、当社は店頭活動、データ分析、販促立案実施など売上向上につながる事業メニュー、企業価値を上げる活動を行っていますので、ぜひ一緒に取り組んでいただきたいとおもいます。

──本日はありがとうございました。

「レジなし店舗」の実現で、小売業の生産性は飛躍的に向上する

Amazon Goやスキャン&ゴーなどの、店舗に「レジ」がなくて、「キャッシャー(会計係)」もいないレジフリーの実験が、アメリカで急速に進んでいます。店内作業の約30%を占めるといわれるレジ作業がなくなれば、小売業の人の生産性は飛躍的に向上します。

アプリで精算が完了するスキャン&ゴー

Amazon Goは、カメラと重量センサーなどの技術で、商品をスキャンしなくても買物状況を把握し、精算が完了する仕組みです。一方、多くのアメリカ小売業が実験している「スキャン&ゴー(Scan&Go)」は、お客がスマートフォンアプリのスキャナーで商品を自分でスキャンして、最後はアプリ内に登録されたカードで精算する仕組みのことです。

アメリカ最大のSM(スーパーマーケット)企業の「クローガー」は、「スキャン&ゴー」の実験を順次進めています(下の写真)。当面は、専用の端末を使ってお客が自分で商品のバーコードをスキャンして、最後はセルフレジに専用端末をかざして一括精算する方法を実験しています。

また、専用のスマートフォンアプリを使って、セルフレジを通さなくてもアプリ内で精算を完了する実験も開始しました。将来的には、スマートフォンアプリを使った精算方法が本命のようです。なぜならスマートフォンアプリを使った精算であれば、店舗にレジがなくなり、人の生産性が飛躍的に向上するからです。

ウォルマートも、MWC(メンバーシップホールセールクラブ)の「サムズクラブ・ナウ」(売場面積900坪の小型店)で、スキャン&ゴーの実験を開始しました。この店にレジは存在しなくて、スマートフォンアプリだけでスキャンと精算が完結する仕組みです。レジなしのスキャン&ゴーの課題は、スキャンしないで商品を持ち帰る万引きや不正への対応です。サムズクラブ・ナウの天井には多くの監視カメラが設置されており、Amazon GOのようにカメラで不正を防ぐ実験を行っているようです。

ウォルマートは、スーパーセンターよりも買上点数の少ない小型店舗のサムズクラブ・ナウでレジなし店舗のオペレーションを実験しています。出口には、スマートフォンや買物商品を確認する専門の担当者が常駐していました。

専用端末(右)とモバイルアプリ(左)のどちらかを使って、お客が商品のバーコードを自分でスキャンしながら買物&精算を完結する。
レジなしのスキャン&ゴーを実験中のサムズクラブ・ナウ。

店内作業の約30%を占めるレジ作業がなくなる

下の図表は、あるDgS(ドラッグストア)で1か月間、「作業棚卸」を実施した結果です。なんらかの形で商品に触る作業で、店内作業全体の60%以上を占めていることがわかります。しかも、レジ作業が26%と店内作業の30%近くを占める最大の作業項目なのです。

もし将来、レジなし店舗でのスキャン&ゴーによる精算が主流になると、小売業の「人の生産性」は飛躍的に向上します。しかも、レジ担当者の教育にかかるコストは膨大です。レジ担当者の教育コストも考慮すると、非常に大きな経費の削減につながります。5~10年後、レジもなく、キャッシャー(会計係)もいない店舗が主流になっているかもしれませんね。