非正規社員にも賞与・退職金払うべき?揺れる判決
働き方改革法(※)における「同一労働同一賃金」が2021年4月に中小企業にも適用となります。MD NEXTでも、その内容については何度かお伝えしてきました。
上記も含め、2020年10月には次々と関連する最高裁の重要判決が下されました。表にまとめたのがこちらです。
特に、上2つの事案では、賞与や退職金の支給について「一定の額は、非正規社員にも支払うべき」とした高裁の判決を覆し「不支給でも問題ない」としたため、ニュースでも大きく扱われました。
こうした「訴えられないライン」となる裁判所が示すルールや見解を押さえておくことはとても大切です。一方で、裁判は「個別の事情」によって判断が異なり、今回のように覆ることもあります。
ですから、法律や判例をふまえ、パートタイマーや正社員、契約社員など雇用区分を超えて、「自社で働く従業員」の賃金をどのように決めるか「軸(理念)」をもっておくことが、より大切だとも言えます(それが結果的に「訴えられないこと」にもつながるでしょう)。
※正式な法律名称等は長いため、本稿では通称を使用し、正式名称についてはまとめて本稿の最後の注書きに列挙します。
ILOが提唱した「同一価値労働同一報酬の原則」
そこで、今回紹介したいのが(一連の法律がなかった)2004年4月に『月刊 販売革新』で組まれた「『同一労働・同一賃金』時代の幕開け~パートタイマー『責任と賃金』のアンバランスを解消しよう!」という特集です。
16年前に「同一労働同一賃金」?と不思議に思われる方もいるかもしれません。日本でパートタイム労働法が改正され「差別的取り扱いの禁止」「均衡待遇の推進」などの規定が盛り込まれたのは2007年、働き方改革法やそれに伴って「同一労働同一賃金ガイドライン」が規定されたのは、2018年のことだからです。
しかし、広義の「同一労働同一賃金」は以前からある概念で、ILO(国際労働機関)が「同一価値労働同一報酬の原則」を盛り込んだ第100号「同一報酬条約」を規定したのは1951年のことです。ただし、日本も批准しているこの「同一報酬条約」は、主に男女間の賃金格差是正を想定したものでした。
本特集はILOが想定する男女間の格差ではなく、近年まさに働き方改革法によって是正しようとしている「正社員とパートタイマーの格差」を問題としています。
こうした意味で、とても先進的だったと言えますが、残念ながら、このタイトルのように企業主体での「同一労働同一賃金」時代の幕は(後述する一部先進企業などを除き、少なくとも日本全体では)開けなかったと言えるでしょう。
それから十数年の時を経て、国主導で(働き方改革法によって)「同一労働同一賃金」時代の幕を開けようとしているのが、現状なのです。
「役割と賃金」のアンバランス解消に必要な報酬哲学
さて、問題提起、対策、事例などで構成された本特集は、当時、チェーンストア経営で主流となりつつあった「販管費抑制策としてのパート比率の引き上げ目標」に警鐘を鳴らしつつ、あるべき「人材マネジメント」を実施するための対策を提示したものです。
コンサルタントの小杉一夫氏による対策提言「新しい時代に求められる『報酬哲学と責任分担』の再設計~『役割と賃金』のアンバランスを解消せよ!」では今でも、参考になる内容が多く記されていますので、紹介していきましょう。
まず、賃金は「経営からのメッセージ」だと説明。この点、筆者は完全に同意見です(以下、引用は【】)。
【フルタイム社員の月給であれ、パートタイマーの時給であれ、賃金は仕事を行った人への金銭的報酬である。経営が報酬哲学として、各人に期待すること、大事にすること、奨励することなどのメッセージを具現化したものが賃金になる】
そして、賃金を性格によって、3つに分類しています。
【仲間として、長く勤め企業価値を理解・共有化することを重視したメッセージがある年功給。技能・スキルを上げ、効率的・効果的な仕事を担うことを重視したメッセージがある能力給。これらは個人の属性を重視したものだが、対局にある仕事の属性である仕事の責任を重視したメッセージがある役割給(仕事給・職務給)がある。】
そのうえで具体的な賃金設計の方法を次のように述べています。
【これらの賃金要素を全体の時給のなかで占める比率とともに設計していく。すべてを役割給の1つにする必要はもちろんない】
つまり役割給(仕事給・職務給)をベースに賃金を決定する(雇用形態としては「ジョブ型」と言われる)ものが、「同一労働同一賃金」に最も親和性が高いものであることはたしかですが、最初からそれだけにこだわる必要はないということです。(「同一労働同一賃金ガイドライン」においても「能力や経験」「業績や成果」「勤続年数」「勤続による能力向上」に応じて基本給を支払う場合が例示されています。)
本記事では具体的な決め方の例として
【それぞれの責任の重さに応じて役割給部分を増減させて時給を決めていく】
【責任の重さは3つの責任項目である<知識・ノウハウ・経験の難しさ>と<取り組む課題の工夫>と<仕事をする上での自由裁量全般>を数値化した総和でとらえていく】
としています。
こうした決め方はもちろん一例で、もっとも大事なのは
【パートタイマーに対して賃金に込められたメッセージを明確に伝えることが必要である。】
という部分です。
パートタイム・有期労働法で、事業主の説明責任が新たに規定されましたが、「聞かれたら答えなければいけないもの」というだけでなく、「賃金」という従業員に対するメッセージをどのような内容にするか考えることが大切なのです。
いち早く「同一労働同一賃金」に目覚めた小売業各社
続けて、本特集の事例の1つ、イオンの施策を見ておきましょう。当時の施策が【正社員とパート社員の資格統一で「同一労働同一賃金」を原則に、正社員とパート社員の賃金格差も縮小させた。同じ資格で業務成果も同等なら、転勤の有無など雇用条件による格差は残るものの、正社員に準ずる賃金が支払われる】と紹介されており、まるで「同一労働同一賃金ガイドライン」の事例のようです。
さらに【基本的に年齢給を廃止】とありますから、ガイドライン以上に厳格な(「職務給」重視型の)同一労働同一賃金制度と言えるでしょう。そして、本特集からいったん外れて、先進企業事例を集めた「多様な人材活用で輝く企業応援サイト」などを見ると、他業種よりも先進的な小売業各社の姿が目立ちます。
たとえば、2008年度より、正社員とパートタイマーと同じ人事制度を開始し、雇用形態にかかわらない評価、賃金制度を実現しているエフコープ生協、パートタイマーにも「資格等級制度」(2011年)「職務能力評価制度」(2012年)を導入、正社員と同水準の給与設定としたフレスタ(※)などです。
※フレスタホールディングのその後の取り組みは『月刊マーチャンダイジング』2019年8月号にも事例として取材記事が掲載されています。また、同2018年8月号に掲載されているカメガヤも「同一労働同一賃金」の理念実現をいちはやく目指した企業事例です。
リスクに対する最善の方法が人材投資である
こうした先進企業の(法対応のために実施したのではない)「同一労働同一賃金」の取り組みを改めて見ると、法律に対応する(訴えられない)ためにはどうするか?という視点だけでなく、わが社の「人材戦略」をどうするべきか、という視点の必要性が見えてくるのではないでしょうか。
最後にそうした思いを込めて、経済評論家 故・磯見精祐氏による「問題提起:パート比率85%時代に向けた組織構造改革の問題点~年金改革と余剰正社員の対策は5年後を想定して立てよ!」の記事から以下の文を紹介し、本稿を締めます。
【世の中、何が起こるかわからないというリスクに対する最善の方法は、利益を蓄積しておくことです。そのための経営資源で小売業、サービス業にとって最重要なのは人材です。】
【改めて組織構造を考えるときに、人材マネジメントは、人を生かすことを考えてこそ正当性があると、30年前にドラッカー教授が指摘していたことを思い出してほしいものです。】
※<法律についての注>
「働き方改革法」:働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律。なお、本法における「同一労働同一賃金」とは、パートタイム・有期労働法と派遣法における、雇用形態による不合理な差別を禁止する部分です。
「パートタイム労働法」:短時間労働者の雇用管理の改善に関する法律
「パートタイム・有期労働法」:短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律
「同一労働同一賃金ガイドライン」:これは案の時点の名前で、指針化された際「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針」と改称されましたが、案時点の名称が通称となっています。
男女雇用機会均等法:雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律