「小売業=テレワークは無理」と多くの人が考えるのはなぜ?
今年6月に行われた内閣府の調査※によると、テレワークを経験した人は、全体で34.5%、東京23区では55.5%と高い数値となっています。一方、卸・小売業は20.19%です。それでも「意外に高い」と思われた方もいるかもしれません。というのも、小売業では「テレワークは無理」と考えている経営者や従業員が多いのが実情のようだからです。武藤氏はその理由を次のように説明します。
「小売業は『働き方の選択肢が広い』と他業種の方から思われがちなのですが、(非正規社員は勤務場所や時間が選べるなど)その働き方の選択肢によって雇用形態を分けている企業が多いため、正社員の働き方はむしろ固定化しやすのが現状です。つまり『いつでも、どこでも』働くことが求められてきた正社員ほど、働く場所を選べる『テレワーク』導入への意識のハードルが高いということです」。
小売業におけるこうした事情を前提として、店舗メンバー、店舗の店長以上の管理職、本部・本社によって「テレワークは難しい」と思われる理由は違うと言います。まず、最もわかりやすいのが、店舗メンバーのテレワークが難しい理由でしょう。それは、接客や品出しなど「店舗にいないとできない業務」がほとんどのためというものです。
※「感染症の影響下において、経験した働き方とテレワークの実施状況」
一国一城の主、店長がテレワークとはとんでもない?
次に、店舗にいる店長(をはじめとした管理職層)がテレワークをできない理由は、もう少し複雑です。なぜなら、店長の業務は(前述のメンバーのように)すべてが接客や品出しなど「店舗にいないとできない業務」ではないからです。
「店長の業務を洗い出してみると、『計画』など、店舗でやらなくてもいい業務がある程度は出てきます。さらに、お休みはもちろん本社・本部との会議などで、実際に店舗にいないというケースもあります。つまり店長は『ずっと』店舗にいなければいけないわけではないのです」と武藤氏は指摘します。
このように店舗にいなくても実施できる業務があるのであれば、それらの業務を週1回などの限定的なテレワークで実施することは難しくないように思います。それに対し、武藤氏は店長のテレワークを検討する際の大きなハードルを2つ挙げます。
1つ目は、店長は従業員や経営者から「店にいてなんでも対応すること」が大事であり、テレワークで「ラクしている」「サボっている」ことは店舗の責任者として許されないと思われがちなことです。
「これには、ラクをしている、サボっているという、テレワークに対するまず大きな誤解があり、だからこそ『一国一城の主である店長がラクをしてはいけない』という考えで育ってきた小売業の人達からすると、店長がテレワークをするなど受け入れられない、というわけです」(武藤氏)。
もう1つのハードルは、店長自身が「店にいないと不安である」ことで、これにはさらに2つの側面があると言います。まず前述のような「店長が店にいてなんでも対応すること」を期待する従業員から信頼されなくなってしまうのではないか、と店長自身が不安に思うことです。
「店にずっといて『ちょっとしたお困り事になんでも対応すること』『従業員を見てあげていること』で従業員から『信用・信頼』を勝ち得てきた店長は多いものです。だからこそ、店にずっといないと不安に思ってしまうのです」(武藤氏)。
そしてもう1つは、店がうまく運営できなくなってしまうのではないかという不安です。実際、次席(副店長、チーフなどのサブマネージャー層)が育っていないがため、店舗で起こる様々なイレギュラーな出来事に店長がいないと対処できないという事態があるかもしれません。
コミュニケーションの問題は「テレワークのせい」?
最後に、本社(バックオフィス)や本部(たとえば店舗開発、商品開発、営業支援など)でテレワークが進まない理由はどのようなものでしょうか。一見、店舗での現場対応が不要な本社・本部ではテレワークはすぐに可能なようにも思えます。それができないのは2つの大きな理由があると言います。
1つ目は、店舗ができないのに本部がやって(ラクして)いいのか、という問題です。
「小売業においては、特に『店舗(現場)こそが大事である』という姿勢が重要視されています。それ自体は、もちろん悪いことではないのですが、店舗(現場)ができない『テレワーク』というラクを本部がしてはいけないという考えにつながってしまうのです」(武藤氏)。
2つ目は、テレワーク=「店舗(現場)と疎遠になる」「部署間とのコミュニケーションがとりづらくなる」というイメージが強いということです。
「たとえば、本部から店舗へ同様の内容が重複依頼されたり、店舗から本部への問い合わせの応答が遅いという場合があるとします。すると、すぐ『テレワークのせいだ』となってしまう。しかし、こうした店舗と本部や本部間のコミュニケーションの問題は、テレワークが悪者、というより、普段からの問題が顕在化しただけだったりします」(武藤氏)。
ハードルが高い? テレワーク導入の2つの条件
こうしたポジションごとのできない理由をまとめたのが下記図です。
このように様々な「できない理由」を見てくると、それを乗り越えてまで、テレワークを導入する意味を(感染症対策は別として)どのように考えればよいのでしょうか。武藤氏は、テレワーク実施条件として次の2つの効果が得られることを挙げます。
1つ目は、ライフとワークのバランスのとりやすさ、それに伴う仕事の継続性が高まるということ。たしかに、週に1度でも場所を限定せず働けるということで、時間と気持ちに余裕が生まれることは大きいでしょう。
2つ目は従業員が力を発揮しやすくなるということ。テレワークは、生産性の低下ではなく、むしろ力の発揮しやすさを手助けするものと捉えるべきだということです。
たとえば前述の「計画」といった集中して考えることが必要な業務については、様々な相談ごとが持ちかけられる店舗ではない場所で行ったほうが効率的なはずです。
「働きやすさ」に合わせて働く環境をつくる時代へ
こうした条件は、小売業に限らないものと言えます。さらに武藤氏は、テレワークを実施することでほかの様々な効果も得られると指摘します。
「たとえば、店長が『ずっと』いなくても回る店になる、つまり『次席(副店長、チーフなどのサブマネージャー層)が育つということです。また、店舗間や店舗と本社の移動時間を節約することで、ほかの業務により時間を割けるようにもなります」(武藤氏)。
もちろん特に店舗においては、すべてテレワーク、ということは難しいでしょう。武藤氏は、その点の考え方について、次のように説明します。
「すべて『対面』、すべて『テレワーク(オンライン)』というのは極端です。両者の適切なバランスを見つけ、より従業員が『力を発揮しやすい』そして『継続可能な』働く環境をつくることが大切です。いまは『働きやすさ』に合わせて、働く環境をつくる時代です。そうすることで、小売業の魅力が高まり、優秀な『人材獲得』にもつながるでしょう」。
たしかに「テレワーク」を含めた、多様な働き方が選択できることによって、「小売業で働きたい」という人々が確実に増えると思われます。後編では、前編で見てきた「できない理由」を踏まえて、検討・実践する際のポイントについて押さえていきます。
〈取材協力〉