小売業新しい働き方研究所

知っておきたい「労務管理」基本のキ

第12回契約社員にも退職金?変わりゆく賃金の常識

いわゆる正社員(通常の労働者のこと、以下同様)に対して、パートタイマー(短時間労働者のこと、以下同様)をはじめとした非正規社員の待遇をどう考えるべきなのか、2018年の働き方改革法成立に伴い定められた「指針」や判例などをもとにこれまで3回にわたって解説してきました。今回は今後、どのように対応を考えていくべきかをまとめました。

  • Facebook
  • Twitter
  • Line
  • Hatena

「基本給」でも不合理な格差が認められた?

「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針」(以下、「指針」)において、「基本給」の考え方の原則は、同一の能力・経験、業績・成果、勤続年数に応じて支払われる賃金は同一のものでなければならないとされています。

これは、雇用形態や就業形態によって待遇に差を設けないという「同一労働・同一賃金」の考え方のベースともいえます。ただし、支給の趣旨がある程度特定できる手当や賞与と違い、(さまざまな事情が考慮される)基本給の支給趣旨を整理して、同一の状況かどうかを判断するのはたいへん難しいものでしょう。

たとえば、有期雇用の契約社員4人が訴えを起こしたメトロコマース事件では、比較対象の正社員給与に対して72.6~74.7%の範囲という給与水準は、不合理ではないという判決が出ています(2019年2月20日・東京高裁)。

(この事件は、有期雇用の契約社員の「退職金」の不支給が不合理、という判決が出たことで注目を集めた事件です。「長年の勤務に関する功労報償の性格を有する部分」は、支給すべきで、その金額は、正社員の給与の少なくとも4分の1とされました。)

一方で、「基本給」の待遇差に関しても、正社員と臨時職員との賃金差について「不合理」を認める判決も出ています(2018年11月29日・福岡高裁・産業医科大学事件)。

このケースでは、個別の事情が重視されました。それは「臨時職員という名であるにもかかわらず、30年以上の長期にわたり雇止めもなく雇用されていた」というものです。そして、その差は、一定の範囲で違法(不合理だ)とされました。一定の範囲とは、同学歴の正規職員の主任昇格前の賃金水準(約21万6000円)よりも3万円安いという部分です。

まずは、その差を「説明できること」が必要

こうした判決を見ても、個別事情によるところが多く、特に金額については「これならOK」「これならNG」というルールを一般化できる状況ではないことがわかります。そうした際に企業としてまず重要なのは、会社として給与の差について「説明できること」になります。

2018年の働き方改革法成立に伴い、「待遇差」に関して、従業員から求めがあった場合、その相違の内容と理由を説明することは事業主の義務にもなりました ※1。

この際、「雇用形態や就業形態が違うから」といった理由だけではもちろんNGです。さらに「指針」では、賃金制度において、正社員と正社員以外の従業員との間で賃金の決定基準・ルールの相違があるときの「理由」とは「通常の労働者と将来の役割期待が異なる」といった主観的または抽象的なものであってはならないとされました。

「指針」の注で入れられたこの内容は、第9回でもふれたように、「どんな職務内容であっても正社員に比べてパートタイマーは待遇が悪いのが当たり前」というふうに捉えてきた企業に、「今後はそれだけではダメですよ」と、釘を刺すものとも言えそうです。

上図であれば、AさんとBさんの500円の時給ギャップは何を根拠にしているか、ということを雇用形態・就業形態の差や「将来的な期待」といった抽象的な理由ではなく、具体的な根拠を説明する必要があるということです。「これまでそれが常識だったから」という理屈は通用しなくなっているのです。

※1  この改正に関する施行は2019年4月から(中小企業を除く)です。一方で施行前である現在も、「同一労働・同一賃金」で不合理を認める判決が次々にでていることから、企業側の対応は待ったなしとも言えます。

多様化する従業員、企業としての軸を定める

具体的な根拠を示すには、誰にでも説明できる賃金制度になっているかを再点検する必要があります。その際に、従業員からの納得感を得られるものかという視点は大変重要です。それが「訴えられないこと」につながるのはもちろん、従業員満足(ES)向上や人材定着につながるからです。

賃金は生活を保障する水準を支給するといった、いわゆる「生活給」の考え方が納得感を得やすい時代もあったでしょう。ただし、個々人の人生が多様化した現在、家族構成やライフステージなど、職務とは関係ない従業員の個別の事情によって「賃金」を決定することは、かえって不公平感のもとになるとも言えます。

職務に応じた納得感のある賃金を設定するうえで「人事評価制度」は大切な役割を果たします。これまで「人事評価制度」というと、「結果」としての成果を評価し、限られた原資を配分するためのもの、と捉えられがちでした。しかし、今後は、企業がどのような仕事ぶりを評価し、何を賃金に反映させるのかという、企業としての「軸」を従業員と共有するためのツールという視点がより大切になるでしょう。

特にオペレーションの徹底力が重要なチェーンストアにおいては、結果を得るための「プロセス」の評価に重点を置くことをおすすめします。つまり「頑張り」が評価される仕組みです(もし、頑張っていても最終的な成果が出ていないのであれば、その点の検証も必要です)。

人事評価は企業から従業員へのメッセージです。人材獲得の際、福利厚生を強調することも、もちろん大切ですが、「企業のメッセージに共感できる人」という視点は、長く働いてもらううえで欠かせないものと言えます。

 同一労働・同一賃金の「先進企業」に学ぶ

「同一労働・同一賃金」に対応する賃金や人事評価制度の構築にあたっては、取組み先進企業が参考になるでしょう。たとえば、広島県の老舗食品スーパーのフレスタでは、「同一役割同一賃金」という名称で、一般職、チーフ、管理職などの役割に伴う給与をベースに、地域や時間限定といった働く条件(有期か無期かといった雇用形態ではないことに注意)を組み合わせ、そこに能力評価をオンする仕組みを取り入れています(『月刊MD』2019年8月号より)。

また、パートタイム労働者活躍企業好事例バンク(https://part-tanjikan.mhlw.go.jp/koujirei-bank/)でも、先進企業が数多く紹介されています。

働き方改革法のなかでも「同一労働・同一賃金」に関する内容は、これまでの常識を覆すようなものもあり、企業側にとっては特に厳しい要求だと捉えられるかもしれません。だからこそ、従業員とともに企業が成長する好機と捉えて、前向きに取り組んでいただければと思います。

著者プロフィール

小林麻理
小林麻理コバヤシマリ

社労士事務所ワークスタイルマネジメント(http://workmanage.net)代表・社会保険労務士。1978年千葉県生まれ。2000年早稲田大学法学部卒業、NTTデータ入社。商業界「販売革新」編集部などを経て2013年に独立。