揺るぎない企業文化を継ぐ「新生ツルハグループ」の未来戦略

1985年に店舗数50店の時に「20倍」の1,000店のビジョンを掲げて、27年後の2012年に1,000店を達成した。そして、次のビジョンとして「全世界に20倍の2万店舗を目指す」と宣言している。2020年にツルハホールディングス(HD)3代目社長に就任した創業家の鶴羽順氏が、その壮大なビジョンの舵を取ることになる。(聞き手:月刊MD主幹 日野 眞克/月刊マーチャンダイジング2020年12月号より転載)

ツルハの企業文化とは「現場の接客力」である

──2020年6月、ツルハHDの社長に就任されました。

鶴羽 ツルハHDの代表取締役社長に就任して、仕事内容は変わりました。前役職の「(株)ツルハ」の社長の時はメーカーとの商談、店舗回り、店長会議などの現場での仕事が中心でした。「ツルハHD」の社長に就任してからは、投資家、証券会社、銀行の方々とのお付き合いが増えました。

(株)ツルハ社長からツルハHDの社長に立場が変わり、より大きな視点で経営を見る必要があります。ツルハHDはグループ会社を含めた「連合体」です。グループシナジーを活かし、ツルハグループ全体を成長させていきます。

──ツルハHDの業態戦略について教えてください。

鶴羽 ツルハグループの基本戦略は、(1)利便性、(2)専門性、(3)接客を強化した店舗を展開することです。

2020年のコロナ騒動では、ドラッグストア(DgS)の店舗に生活必需品を買い求めるお客さまが殺到されました。DgSは緊急事態の時に、生活者にとっての「ライフライン」になる業態であると改めて実感しました。

生活者との距離が近い今こそ「利便性」をさらに強化すべきだと思っています。とくに最近は利便性を強化するために「食品」を強化しています。精肉、青果などの生鮮食品を導入した店舗も増やしています。

専門性は「ヘルスケア」「ビューティケア」「調剤」の3部門で深掘りします。専門性を磨き上げるのが、薬剤師、登録販売者、化粧品担当、管理栄養士の「接客」です。

なかでも、ツルハグループが昔から強化しているのが「化粧品のカウンセリング」です。コロナ禍を経て、テスターの利用やカウンセリングが制限される中、化粧品を買いに遠方からデパートに行かれるお客さまは減少していくと思います。

すると今後は、近くのDgSで「デパート並み」のディープなカウンセリングを受けられるというニーズが、再び脚光を浴びるのではないかと考えています。

ツルハでは「ビューティスーパーバイザー(BSV)」制度を設け、事業会社もこれに準ずる取り組みを開始し、化粧品担当者の能力の底上げに継続的に取り組んできました。商品知識の勉強会、販売方法を会議で共有しています。

ツルハグループは、「ツルハグループメイクアップコンテスト世界大会」を毎年開催しています(2020年は新型コロナウイルスの影響で中止)。2019年の第13回世界大会では、ツルハグループ全社とタイの店舗を合わせ1,821人の参加者から1次大会、2次大会を経て選ばれた34人が、メイクを通して技術力・提案力・接客応対力の技術を競いました。

こういうコンテストを通じて、化粧品担当者の「接客・カウンセリング」と「メイクアップ」の技術を向上し、その技術を次世代の後輩に伝承しようしています。化粧品の接客強化に取り組んでいるツルハグループにとっては、Withコロナの時代はチャンスだと思います。

──コロナ時代の非接触のカウンセリングについてはどうお考えですか?

鶴羽 8割方のお客さまに対しては、今まで通りの接客ができていると聞いています。当社の化粧品売場は、例えると「美容室」です。化粧品担当者に対して、会員のお客さまは「あなたならいいよ」「消毒もするし」という信頼関係があります。

一方で、新規のお客さまに対しては、非接触型のカウンセリングを実践していかなければなりません。現在実践しているのが、担当者と同じ動きをしてもらって非接触型の接客ができる「ミラー接客」や、「メイクアドバイスシート」に化粧の手本を描いてみせる方法です。

デジタルを活用したカウンセリングでは、zoomによる「遠隔カウンセリング接客」を1、2店で実験しています。台湾製の仮想メイク用AR鏡「ハイミラー」もツルハの100店に導入しています。さらに、紙の台帳(来店時情報を記録する顧客名簿)の電子化・ペーパーレス化も数ヵ月以内にスタートする予定です。

新型コロナという「危機」のあとは、生活習慣・衛生意識が変わり、接客方法も大きく変化するタイミングだと思います。

──顧客満足度調査2020のフリーコメントでも、ツルハさんの接客は「親切で丁寧」という声が多かったですね。

鶴羽 結局のところ「デジタル化」も接客強化のために行うのです。石川県能登半島の大型日本旅館「加賀屋」は、「配膳」などの裏の単純作業を完全に機械化することで、仲居さんの質の高い接客が可能になったと聞いています。

配膳作業を人力で行っていた時代は、疲れ果てた仲居さんから笑顔が消えていたそうです。ツルハのデジタルシフトの目的も同じで、質の高い現場の接客が実現できることを最優先すべきです。

ツルハでは、高麗人参や霊芝(高級キノコ)などの高単価商品を品揃えしています。そういった高付加価値・高単価商品が売れる「接客に強い」企業でありたいのです。

そこで、登録販売者に「商品の価値」を正しく伝えるための勉強会を行っています。説明が難しいOTC、健康食品を売る力がツルハグループにはあると思います。接客で商品を売れない文化、組織になることは、ツルハがツルハでなくなることだと思います。

いまや商品はネットで簡単に買える時代です。スマホも一人1台持っています。接客ができなければ、リアル店舗としての価値は発揮できません。未来戦略としてのデジタル化は、「現場の人材を生かすため」に必要不可欠な挑戦なのです。

DXの最終目的は個人商店に戻ること

──「デジタルトランスフォーメーション(DX)」についてのお考えを教えてください。

鶴羽 人口減少時代のいま、「生産性向上」が喫緊の課題です。IT化によって業務効率を上げ、リアル店舗の最大の価値である「接客」を強化しなければ未来はありません。

コロナをきっかけに、DXが急速に進みます。ツルハはDXの第一歩として、データマネジメントプラットフォーム(DMP)を構築しました。DMPとは、社外のビッグデータや、社内の顧客・購買データの情報を収集・管理する「土台」のことです。土台をつくったことで、収集した情報を分析できます。

情報を分析することで、顧客一人ひとりのニーズや購買履歴に合わせた販促である「One to Oneマーケティング」が可能になります。

──オンラインとリアル店舗のデータを一元管理できる仕組みを作ろうとしているのですね。販売データを販促に紐付けた「One to Oneマーケティング」のメリットは何ですか。

鶴羽 データ収集・分析が成功すれば、消費者の嗜好性や関心をリアルタイムで把握できます。把握できれば「売場の最適化」「商品の改善」「ニーズの掘り起こし」が可能になります。メーカーにとっても、購買データから自社の「商品」や「販促」を見直せるのがメリットだと思います。

さらに、「メーカー×ツルハHD」の協働で販促を行えば、店頭販促の効果が販売データで検証できます。テレビCMですと、「視聴率」はわかりますが、メディアを見た視聴者が実際に購入したかどうかはわかりません。「店頭メディア」のよい点は、展開した店頭広告や販促の効果が販売データとして検証できることです。米国のDgSウォルグリーンのデジタルサイネージ(店頭広告モデル)のような店頭の「メディア化」を実現できると考えています。

One to Oneマーケティングは「アプリ」を通じて行う予定です。現在、アプリ会員は約120万人です。2021年5月末までに400万ダウンロードを目指しています。

また、ポイントカード会員もツルハグループで約1,200万人います。「会員向け」に個別のニーズに合わせたクーポン配信、販促を行う計画です。

この先One to Oneマーケティングの精度が上がれば、不特定多数に向けたチラシ販促、ポイント販促のコスト削減に貢献します。一方で、客単価の高い「ロイヤルカスタマー」が増えていくことにつながると思います。

とくにツルハは郊外立地が中心で、ファミリー層(固定客)が多いです。販売データに基づいた個別のディープな「販促」や「接客」を実現すれば、生涯を通じてお店に来ていただけると考えています。固定客のライフ・タイム・バリュー(生涯価値)の向上のためにデジタルシフトを進めていきたいです。

──オンラインはログ(履歴)が残りますが、リアル店舗はPOS(購買データ)しか残りませんよね。店頭での「行動履歴」はどうやって収集するのですか。

鶴羽 最近、ツルハHDの2,000店以上に、スマホのBluetoothやWi-fiから来店者の「位置情報」を取得する「ビーコン」を設置しました。これにより「どの売場に、何秒、滞在したか」が分かります。

滞在時間を分析すれば、動画CMの効果や、興味のある商品が分かります。商品が「どんな行動を経て、何個買われたか」のデータが取れるわけです。

メーカーは来店者の位置情報とPOSデータ(購買データ)を紐づけて分析することで、One to Oneマーケティングが可能になります。

従来は、不特定多数に向けたテレビ広告が主流でした。しかしこれからは、YouTube、Twitter、InstagramなどのSNSを通じて、特定顧客に向けて精度の高い広告を打つことが重要な時代になると思います。

メーカーもとりあえず広告を打って、「売れているか売れていないか分からないまま」の状態から脱却しなければなりません。さらにいえば、アプリで商品広告を見た消費者が「店頭で何人、購入したか」の実効果まで分析しなければならないのです。

──メーカー広告の実効果が「店頭での売り個数」で分かるのが店頭メディアの最大の魅力でしょうね。「プラットフォームづくり」「データ収集」のほかにDXの取組みを教えてください。

鶴羽 ホームセンターのカインズさんが「BOPIS(オンライン注文→店頭受け取り)」を導入されましたが、われわれも着手し始めたところです。BOPISでオンラインとリアルの買物体験を統合すれば、リアル店舗の「在庫の壁」を突破できると思います。

ただしEC部門の売上ではなく、店舗の売上にならないと店舗の社員は動きません。評価制度のルールづくりから始めていきます。

われわれ小売業にとって、DXの最終目的は「個人商店」に戻ることです。昔の店主は当たり前に、お客さまに個別対応していました。2,000店を超えたチェーン店であっても、個別の「販促」「接客」を実現するためにDXに取り組んでいきたいと思います。

DgSの歴史はラインロビングの歴史

──いま取り組まれている「カテゴリー戦略」について教えてください。

鶴羽 現在ツルハグループは、中国地方のTGN(ツルハグループドラッグ&ファーマシー西日本)を中心に、食品の構成比を上げています。食品強化型DgSと比べると、食品構成比が低いツルハグループでしたが、委託ではありますが、精肉・青果を導入し食品を強化しています。

もともとツルハグループには食品強化の方針はありませんでした。しかし「利便性」を強化するためには、ワンストップショッピングに対応できる食品のラインロビング(新しい商品群を導入すること)は自然な決断でした。

最近は、精肉・青果をラインロビングした店舗を増やしています。あくまで利便性を強化することが目的ですので、食品強化型DgSほどの品揃えと売場面積は考えていません。

DgSという業態は、ラインロビングで成長してきた歴史です。これからも新しい商品群の導入には果敢にチャレンジします。ラインロビングに適した店舗のサイズは、郊外型は最低でも300~350坪は必要であると考えています。

すでに食品は、精肉・青果を導入して、1店舗当り月100万円以上も売れている店があります。精肉・青果をラインロビングすることで来店頻度は高まりますし、加工食品や調味料などを「関連購買」する機会が増えます。

PB商品の開発が最大の差別化戦略

写真2 ツルハとアース製薬が共同開発したストアブランド商品(芳香剤)

──DgSは同質競争の真っただ中です。ツルハさんの差別化戦略を教えてください。

鶴羽 ツルハHDが他社と差別化をするために必要な戦略が「ブランディング」です。ブランディングの核となる取組みが「プライベートブランド(PB)開発」です。

2018年11月に、PBブランドであるM’s one(エムズワン)に代わるツルハグループの新プライベートブランド「くらしリズム」を新たに立ち上げました。

エムズワン時代は、品目を開発しすぎて、品質が落ちたことが課題でした。商品の品質を高めるという原点に立ち戻るため、くらしリズムへの転換を決断しました。

PBの粗製乱造を防ぐため現在は、事業会社の社長全員が最終決裁しないかぎり販売できないルールになっています。事業会社の社長すべてがGOサインを出したPB商品を、ツルハグループで一致団結して売っていくわけです。

くらしリズムの品目数は、現在500SKUを超えました。今期末で約700SKUを予定しています。PB比率は7%後半で推移していますが、売上高に占めるPB比率を高めることは目的にしていません。時間をかけて高品質のPBを育成していく方針です。

また、大手メーカーと共同で開発するストアブランド(SB)やツルハグループの「専売品」の開発を強化していきたいと思っています。

いまもSB商品はありますが、食品部門にはまだ多くありません。ただ、ラインロビングした食品の売上が伸びてきているので、ようやく食品メーカーさんとSB開発ができるステージに立てたと考えています。大手食品メーカーとのコラボ食品がこれから続々と出てくると思います。

※注:PBは小売業の自主開発商品。SBはブランド名は小売業、製造はメーカーの商品。ダブルチョップと呼ぶこともある。

全文は月刊マーチャンダイジング2020年12月号で!

  • 利便性と専門性を磨く「調剤併設型DgS」
  • 「店舗年齢6年」の若さがツルハDgS急成長の理由

 

小売業のDXを推進するネットスーパーシステム「Stailer」

ネットスーパーを展開しつつも、採算割れに悩む食品スーパーマーケット(SM)は多い。また、ネットスーパーに新規参入を検討する地域SMも多いが、立ち上げのハードルは高い。これらの課題を解決するのが、株式会社10X(テンエックス)が提供するサービス「Stailer(ステイラー)」だ。開発不要でネットスーパーアプリを立ち上げられるという「Stailer」について、同社代表取締役CEOの矢本真丈さんに話を聞いた。(取材:MD NEXT 鹿野 恵子/構成:宮原 智子/月刊マーチャンダイジング2020年12月号より転載)

ネットスーパーアプリの垂直立ち上げを可能に

「Stailer」は、ネットスーパーアプリの立ち上げをサポートするサービスだ。小売企業は、各種商品データをStailerへ連携することで、簡単にネットスーパーのスマートフォンアプリを公開することができる。

すでにネットスーパーを展開している事業者も、Stailerを導入すれば既存のネットスーパーシステムを改修することなく、モバイルアプリの展開が可能になる。システムやソフトウエア開発の知見がなくともデジタルトランスファーメーション(DX)を実現することができるのは小売業者にとって大きな魅力だ。2020年6月には、イトーヨーカドーがこのStailerを使ったネットスーパーアプリの提供を開始した。

もともと、献立提案アプリ「タベリー」を展開していた10X。

「小売業でもDXの重要性が提唱されるようになりましたが、技術的な壁があり実現までの道のりはそう容易ではありません。一方、私たちは独自でネットスーパーを立ち上げることができないかと試行錯誤したことがあるのですが、商流も物流もない自分たちが日本中に展開するなんて無理だという結論に至りました。そこで、自分たちがタベリーで培った資産を小売業の皆さんに提供し、各社が理想のネットスーパーを作っていただくことで、お互いを補完し新たな価値を生み出すことができるのではないかと考えたんです」同社代表取締役の矢本さんはStailerの構想が生まれた背景についてこう語る。

新型コロナにより急増したネットスーパーの需要

折からのコロナ禍は、小売業の事業環境に大きな影響をもたらした。非接触購買のニーズが急増し、アメリカのウォルマートでは2020年4月5日の食品買物アプリのダウンロード数が2020年1月と比較して460%増となった。

コロナ禍の影響でネットスーパーへの注目が集まったのは日本も同様だ。

「Googleなどの検索エンジンで『ネットスーパー』という言葉の検索回数が急激に伸びているということからも、非接触購買におけるネットスーパーへの期待値の高さがうかがえます。新型コロナをはじめとするさまざまな感染症のリスクがあるなかで、非接触のインフラ自体は今後ますます必要性が増していくのではないかとおもいます」(矢本さん)

コロナ禍ではネットスーパー各社のアクセス数が大きく跳ね上がったが、日本はアメリカや中国といった国々と比べ、需要がうまく吸収できなかったと矢本さんは指摘する。急増するトラフィックに供給が追いつかずサーバーがダウンしたり、商品を供給するために必要なピッキング・パッキングの処理能力や配送力が確保できない、といったトラブルが散見されたのだ。

なぜこうしたことが起こったのか。背景には、次の2つのネットスーパーの難しさがある。

1点目が、ネットスーパーは難易度が高いビジネスモデルであるという点だ。アパレルのECであれば、1,000点の商品の中から2、3点を選ぶという購買行動になるが、これが食品SMとなると、何万点ものSKUの中から平均十数点を選択し、購入するという行動を取る。それに応じたUX(user experience=ユーザー体験)を提供する必要があるが、これはそう簡単なことではない。また、それに対応するためのピッキングやパッキングにかかるコストは数倍となるが、その数倍のコストを食品の少ない粗利の中からひねり出さなければならない。非常にシビアなビジネスといえる。

2点目が、そうしたシステムをつくる専門の開発会社がない点だ。小売業における各システムごとに開発会社が異なるため、新たにシステムを開発しようとすると、初期費用やコストが膨らんでしまう。複数のベンダーが参画することにより、システムの設計が複雑化し、運用にも手間がかかっていた。

これら2つの要因が根底にあり、ネットスーパーのシステムはレガシーなものが多い状況だった。スタートアップ企業のように、新しい技術を柔軟に採用する開発体制を取ることができれば、コロナ禍でネットスーパーのニーズが急増し、サーバーが落ちるという問題に対しても、自動的に処理能力を拡張するオートスケールという方法で対応することができたかもしれない。

だが、レガシーな技術と開発体制では、調整と技術の導入のために半年かかる…というようなことがあり得る。コロナ禍はネットスーパーのシステムの脆弱さを浮き彫りしたといえるだろう。

食品SMの課題を解決するビジネスモデル

[図表1]Stailerのシステム全体像

Stailerはネットスーパーを一気通貫して立ち上げることができる。複数のベンダーを横断する必要がなく、ネットスーパーを迅速に立ち上げられる。システムはAPIで連携しており、拡張性も高い。システムを入れておしまいではなく、Stailerを導入した事業者が継続的に事業や利益を成長させられるよう、10X社がデータ分析の代行やサプライチェーン上の課題解決などにも対応する。

ビジネスモデルも特徴的だ。Stailerはサービス導入時の初期費用を抑えられるよう、定額の月額利用料+売上に連動した従量課金という仕組みを採用。初期費用を低く抑え、プロダクト開発のリスクを10X社が取ることで、事業者との関係を継続的に築いていく。

現状、ネットスーパーを運営している企業のほとんどは赤字だ。収益構造を変えていかに黒字化するかが課題であるが、Stailerの導入によってこれまでほとんど手を付けられていなかったロジスティクスやバックヤード作業を改善できる余地は大きいと、矢本さんはいう。

また、単品の売れ個数を増やすのではなく、ライフタイムバリューを伸ばすことに着目。それまでイトーヨーカドーネットスーパーはブラウザだけで展開されていたが、アプリでも買物ができるように拡張したことで、ユーザーの買物体験の質が向上し、購買頻度と客単価が向上した。

なお、新規にネットスーパーに参入する事業者については「むしろやりやすい」(矢本さん)そうで、そのような企業に対しても、1回目の買物から黒字が出るよう、10Xは事業計画レベルにまで踏み込んで伴走していくという。

Stailerを採用したイトーヨーカドーネットスーパーのアプリ画面。シンプルで使い勝手のいいUX

 

効率化を追求した店舗用アプリ

Stailerで構築されたネットスーパーは、WEBブラウザやスマートフォンアプリから利用できる。商品を探しやすいUXを志向し、ユーザーインタビューやデータからフィードバックを得て常に改善が加えられる。レシピコーナーで毎日提案されるレシピから「まとめて食材を購入」するという動線も非常に使い勝手がいい。

一方、Stailerはユーザーが使うアプリだけでなく、店舗側の作業に必要なアプリケーションも開発中だが、店舗側のアプリの主な特徴として以下の4点を挙げることができる。

1点目は、各売場の担当者がアプリ上で商品の表示・非表示を選択できる点だ。食品SMは、ドラッグストア(DgS)とは異なり、商品の店頭在庫の実数をシステムで把握していない企業が多い。いまなお定期的な目検での店頭在庫のチェックが必須であるという。Stailerでは、店頭在庫が少なくなったことに売場担当者が気付いたタイミングで、ネットスーパーの棚から商品を外すことができる。

 

従業員向け画面では、表示・非表示を売場担当者が手動で切り替えられる

2点目はピッキングルートの最適化だ。棚ごとに付いたプロダクトIDをもとにピッキングリストを最適な順番に並び替え、ピッキングがスムーズにいくよう工夫している。10Xが「バスケットレーンピック」と呼ぶこの方法は、店内を数エリアに分割し、それぞれの売場担当者が自分の担当エリアの商品をピッキング。最後にバックヤードで各担当者がピッキングしたカートを組み合わせることで、ピッキングリストの商品がすべて揃うというもの。売場を熟知した担当者がピッキングをすることで、ピックミスを減らし、スピードアップを狙う。

[図表2]バスケットレーンピックの仕組み

3点目は、バーコード読み取りによりピックミスを防ぐための機能だ。1回ピッキングをミスすると、そのミスに対応するために10分をロスすることになる。ミスが起きないよう、従業員は作業用のスマホで商品バーコードをスキャンし、合致した場合のみピックするという仕組みになっている。

最後は商品の受け渡し時にQRコードを利用し、ミスのない引き渡しを行う機能である。配送員または商品を受け取りに来たお客のスマホアプリ端末上に表示されたQRコードを読み取り、対応する商品を渡す。

ピッキングの画面。バーコードをスキャンしながら作業を進めることでミスを排除する

DgSへの導入も予定

現在、イトーヨーカドーとの連携で実績を挙げる同社。今後の方針について、矢本さんは次のように語る。

「店舗だけでのビジネスが伸びなくなってきているのが自明ななかで、次の展開となるのがネットスーパーです。しかし、システム開発会社に見積もりを出すと何億円もの初期費用が必要となってしまいます。それがネックでネットスーパーを展開できないということがないよう、私たちはSMにとってのShopify(カナダで創業されたネットショップ開設のためのプラットフォーム)のようなプロダクトでありたいと考えています」

今後は地方食品SMへの進出も視野に入れながら、DgSとの連携も推進していきたいという矢本さん。DgSが食品SMと異なるのは、他業態よりも商品情報を正確に伝える側面が強いという点だ。

この医薬品が自分の症状に合っているのか?この化粧品は自分の悩みに効果があるのか?単にボタンをクリックして購入するだけでは、不安があるこれらの商材について「どのようなサービスがお客さまにとって一番なのか、まだだれも答えを持っていない状態だとおもいます。DgSのネットでの商売がどうあるべきか。私たちがそれをつくっていきたいです」と矢本さんは語る。

ネットスーパー市場は現在1,500億円。食品SM市場全体が13兆円あるうちのたった1%ほどの金額である。今後この比率が10%、20%と成長するころ、Stailerがどのような存在になっているのか。期待したい。

〈取材協力〉

株式会社10X 代表取締役CEO
矢本 真丈さん

NFI定例セミナー「2021年の重点経営課題」(2021/01/20 13:00~15:50)開催ご案内(オンライン)

1月の定例セミナーのテーマは、「2021年の重点経営課題」です。2021年の最大の経営テーマである「狭小商圏時代の重点経営課題」を年初に体系的にまとめて解説します。また、従来よりも小商圏で成り立つ新業態、リアルとオンラインを融合した新業態など、2020年に取材した「最新店舗」の特徴を総括します。さらに、競合優位に立つための「組織強化」戦略についても解説します。

開催概要

・開催日:2021年1月20日(水) 13:00~15:50
開始時間は運営の都合で若干ずれることがある旨をご了承ください。
・実施方法:zoomによるオンラインセミナー
(アクセス方法はお申込み者様にのみご案内いたします)
・料金:1万5,000円(税別・1名様)
(※ニューフォーマット研究会会員企業様には会員価格でのご案内になります)
・申し込み締め切り:2021年1月12日(火)

スケジュール

(1)2021年の重点経営課題
狭小商圏立地で成功するためのMD戦略
[13時00分~14時10分頃]

NFI代表取締役 日野 眞克

・年間購入金額の高い固定客を増やす
・ラインロビング、新規客の増加策
・リアルとオンラインの融合、ワントゥーワンマーケティング  他

(2)狭小商圏時代の新業態開発
2020年の「最新店舗」を総括する
[14時20分頃~15時頃]

月刊『マーチャンダイジング』編集長 野間口 司郎

・狭小商圏で成り立つ新業態のポイント
・オンラインとリアルを融合した新業態のポイント  他

(3)接客とローコストを両立する組織開発
競合優位に立つ「組織強化」戦略
[15時10分頃~15時50分頃]

NFI副社長 村瀬 一弘

・強い組織のつくり方
・現場の徹底力を高めるハードボール理論
・現場のモチベーションを高める「コーチング」のポイント  他

注意事項

・今回のセミナーはzoomを利用して実施します。具体的な接続手順、URLなどは、受講者様にお送りいたします。あらかじめ https://zoom.us/ にアクセスできるパソコンをご用意ください。スマートフォンでも受講できますが、パワーポイントのスライドを画面に共有して進めますので、なるべくパソコンでの受講をおすすめしております。

・セミナー終了後10日間はアーカイブされた録画を閲覧することが可能です。
閲覧のためのURLは、セミナー終了後にご案内いたします。

・企業様によって、Zoomへのアクセスができないという場合がございます。
Zoomへの接続については、受講企業様にてご対応くださいますようお願い申し上げます。(弊社にてサポートは致しかねますのでご了承ください)。また、受講者様側の都合で当日受講できなかった場合も返金は致しかねますのでご了承ください。

本セミナーのお申込み受付は終了しました。
たくさんの参加申込み、ありがとうございました。

「陳列」の満足度は「杏林堂薬局」1位 「ウエルシアHD」2位

月刊マーチャンダイジング(MD)の人気企画である『ドラッグストア(DgS)の顧客満足度調査』の中から、「陳列・演出」に関する調査員の「顧客満足度」と「バラツキ」を抜き出して掲載しました。陳列の満足度の高いドラッグストアはどこなのでしょうか?

満足度とバラツキの両方を問題にする

毎年、月刊MD12月号(11月20日発行)で特集する『ドラッグストア(DgS)の顧客満足度調査』。毎年ランキングを発表するので、ものすごく関心が高く、DgS企業からの問合せも多い総力特集です。ランキングを付けることが目的ではないと毎回お断りしているのですが、顧客満足度の低いDgS企業は、ショックが大きいようです。

ときには、「そんなに当社の顧客満足度が低いはずがない。調査方法に問題があるのではないか」というお叱りの言葉をいただくこともあります。なるべく客観的な評価になるように毎年調査方法をブラッシュアップしています。本当は「多少は忖度してくれよ」と心の中で呟きながらも、「100%忖度なし」で調査結果をありのまま発表しています。

今年はDgS企業37社500店舗を近隣に住む主婦のミステリーショッパーが調査して、さまざまな設問を評価して採点します。接客、レジ応対、クリンリネスなどの総合力で顧客満足度を採点しています。この原稿では、さまざまな調査項目の中で、「陳列・演出」に関する項目だけを抜き出して、DgSの上位企業の「満足度」と「バラつき」をまとめたのが以下の図表です。

(集計・分析:ウィルベース)

満足度は3点満点の評価であり、得点の高い企業の陳列・演出の満足度が高いといえます。さらに、多店舗展開するチェーンストアの顧客満足度を調査する場合に重視しているのは、店舗間の「バラツキ」です。1企業10~20店舗を調査しており、店によるバラつきが少ないことが顧客満足度の高いチェーンだと考えているからです。バラつきは、図表の下段の数値です。この数値は「標準偏差」といい、数値が低い方が店舗間のバラつきの少ないチェーンです。

調査員のコメントに見る優秀企業の陳列方法

顧客満足度調査の「陳列・演出編」の満足度の第1位はツルハグループの「杏林堂薬局」です。第2位が「ウエルシアHD」です。第3位が「マツモトキヨシ」、第4位が「クスリのアオキ」、第5位が「富士薬品グループ(ドラッグセイムス)です。月刊MDの顧客満足度調査で堂々の第1位だった「コスモス薬品」の陳列・演出の評価は、決して高くないことがわかります。

一方、バラつきの少ないチェーンの第1位も杏林堂薬局です。杏林堂薬局は、陳列に関する満足度が高く、店舗間のバラつきも非常に少ないチェーンです。バラつきが2番目に少ないチェーンが「クスリのアオキ」、第3位が「富士薬品(ドラッグセイムス)」です。

以下に、陳列満足度の高かった企業に関する調査員のコメントを掲載します。売場改善の参考にしていただければ幸いです。

◇第1位 杏林堂薬局

「目薬の売場に、悩みに応じたPOPが貼ってあった」
「洗顔料の売り場にニキビ対策のコーナーがあった」
「今一番必要とされているものや、季節で重要なものが入口付近に展開されていて、興味をそそられた」

◇第2位 ウエルシアHD

「化粧品売場で店舗作成のPOPが商品特長をあらわしていて、かわいらしく目を引いた」
「売り出したい商品や、季節の商品が入り口側に並べられており、季節感が出ていておすすめが分かりやすい」(多数)
「新製品の特徴がわかりやすく書かれていた」

◇第3位 マツモトキヨシ

「デンタルケア用品売場は、悩み別分類(ホワイトニング、歯肉炎など)を示す大きなPOPが什器上部に設置してあった」
「QRコードのクーポンが付いている商品があった」
「化粧品売場は什器が低めで商品が取りやすく、全体的に見つけやすかった」

◇第4位 クスリのアオキ

「お買い得品のプライスカードの色が違うため、目につきやすく、手に取りやすい」
「歯磨き粉の棚は横並びに並べられていて見やすく、商品を選びやすかった」
「入り口付近の島で大きく特売品を販売し、各コーナーのエンドあたりに特売品を配置してあった」

◇第5位 富士薬品グループ(ドラッグセイムス)

「医薬品のコーナーで、風邪薬や鼻炎薬や咳止め等に、他社同士の比較のアピールがあった」
「歯磨き粉コーナーは、美白や歯周病など、目的によって土台の色を変える工夫があった」
「効能を知らせる販促物などがあり、分かりやすかった」

◇その他のフリーコメント

「手描きのPOPが多い、面白い、わかりやすい、工夫されている、ついつい手にとってしまう」(多数)
「化粧品コーナーに工夫がある」
「薬売場のPOPなどは他社より親切だと思った」「欠品している商品のスペースをそのままにすることなく陳列を工夫し手に取りやすく見やすいようにしてあり好感が持てた」
「一般の化粧品の列にそれぞれ一箇所縦に鏡、テスター、コットン、ペーパー、ダストボックスがわかりやすく並んでいた」

まとめ

杏林堂薬局とウエルシアは、以前から店頭の陳列・演出に力を入れており、その努力が調査員に正当に評価されているようでした。また、withコロナ時代では「非接触」の情報発信の重要性が増しており、「手書きPOP」を評価するフリーコメントが例年よりも多かったのも今年の特徴です。

※月刊MD12月号で『ドラッグストア顧客満足度調査2020』のすべてが掲載されています。Kindleでも購入できますので、興味のある方はぜひご購入ください。

「d払い、au Payキャンペーン、LINE」がドラスト集客に寄与

全国のアンケートモニターから独自に収集する「マルチプルID-POS購買理由データPoint of BuyⓇ」から、コロナ禍での生活者の意識や行動の変化を分析しています。今回は、「ドラッグストア」における購買行動分析です。アンケートモニターから独自に収集した「ドラッグストア」の購買データ(調査期間:2019年7月~2020年6月:ドラッグストアレシート総枚数 約45万枚)から分析しました。

コロナ禍でも成長続けるドラッグストア

まずは、2019年ドラッグストア売上高ランキング5社「ウエルシアHD(東京都)」、「ツルハHD(北海道)」、「コスモス薬品(福岡県)」、「サンドラッグ(東京都)」、「マツモトキヨシHD(千葉県)」におけるレシートから、部門別構成比を分析しました。

2019年下期(7月~12月)と2020年上期(1月~6月)の部門別構成比を比較すると、「食品部門(生鮮・総菜含む)」は、各社の増加傾向となりました。なかでも、コスモス薬品はおよそ4割を超え(41.1%)、それに次ぐウエルシアHDはおよそ3割となり(34.9%)、各社の増加率は1.4~3.5%となりました。※()内は、20年の下期の割合。

「日用雑貨部門」は、ツルハHD(29.7%)、サンドラッグ(29.9%)、マツモトキヨシHD(30.1%)がおよそ3割を占め、各社の増加率は、0.8~2.9%となりました。コロナ禍による巣ごもり需要の拡大や、マスクやハンドソープなどの、感染予防関連の商材購入の増加が理由として挙げられます。

一方で、外出自粛による化粧品・季節商品の伸び悩み、インバウンド消費の急減により、「美容・健康部門」の構成比は各社軒並み2.3~3.4%の減少となり、19年下期に美容・結構部門の構成比が2割を超えていた、ツルハHD(17.5%)、サンドラッグ(18.6%)、マツモトキヨシHD(19.7%)は、それを下回る結果となりました。

生鮮以外の食品購入率トップはウエルシア

各社構成比が増加した「食品部門」のうち、「生鮮・総菜以外の食品」と「生鮮・総菜部門」のレシートに着目して、分析を続けてみましょう。

まず、ドラッグストアの生鮮・総菜以外の食品におけるチェーン別レシート枚数シェアをみると、「ウエルシアHD(11.9%)」、「コスモス薬局(9.6%)」、「クリエイトSDHD(7.7%)」、「サンドラッグ(7.5%)」、「スギHD(7.1%)」と続き、レシートに出現している商品カテゴリにおいては、「菓子類」「パン・シリアル類」「デザート」「豆腐」「麺類」などの出現率が高いことがわかりました。

次に、ドラッグストアの生鮮・総菜におけるチェーン別レシート枚数シェアをみると、「コスモス薬品(18.1%)」、「クリエイトSDHD(13.5%)」、「ウエルシアHD(10.1%)」「クスリノアオキHD(5.6%)」、「Vドラッグ(5.3%)」が続き、レシートに出現している商品カテゴリにおいては、「たまご」「もやし」「おにぎり」「バナナ」「フライ・揚げ物」などの出現率が高いことがわかりました。

順調に成長続けるコスモス薬品

次に、2019年ドラッグストア売上高ランキング5社の購入状況(レシート1枚あたり、平均購入金額および購入点数)を分析しました。

19年下期と20年上期の各社レシート1枚あたりの購入状況を比較すると、「コスモス薬品(購入金額1,196円→1,237円)」で41円の増加となり、食品部門が大きな構成比を占めていたことで(図表1)、日常的な集客に寄与し、購入点数は7個となり他4社<3~4個>のおよそ2倍となりましたが、1点あたりの単価は170円前後で他4社<272円~384円>との間に差がありました。

その一方で、医薬品や化粧品などの高粗利益の商材の構成比を高めに維持する「マツモトキヨシHD」は、1点あたりの購入単価は384円となり、両者の販売戦略の違いが表れていました。

次に、「スーパー」「ドラッグストア」「コンビニエンスストア」の3業態をセレクトし、購入状況(レシート1枚あたり、平均購入金額および購入点数)を分析しました。(調査期間:2020年1月~6月、スーパー、ドラッグストア、コンビニエンスストアのレシート総枚数 約320万枚)

レシート1枚あたりの購入状況を各業態ごとに比較すると、新型コロナ感染拡大前の1月・2月におけるドラッグストアとスーパーの購入金額をみると、<1月:スーパー:1,213円/ドラッグストア:1,094円><2月:スーパー:1,282円/ドラッグストア:1,160円 >となり、その差はおよそ120円前後でしたが、新型コロナ感染拡大後の3月以降は、スーパーの購入金額が増加傾向となります。「頻度を減らすとともに滞在時間を最低限にするようになった(50代女性)」、「会社帰りに何か所も回るのが怖いので、買うのはスーパーのみ(50代女性)」といった、感染予防の理由から、買い物は効率的に行い、多くの店を買い回りしない行動をとる人が多くなり、緊急事態宣言中の5月1,503円をピークに、購入点数は1月の6点から、4月以降は8点に増加し、6月においても、感染拡大前よりも購入金額と購入点数は、高い状態を維持しています。

ドラッグストアにおいては、4月に購入金額が1,171円、購入点数5点に増加していますが、以降はあまり変化がみられず、スーパーとの購入金額は、4月以降およそ300円前後の差がついた状態が継続しています。

コンビニエンスストアにおいては、都市部のエリアにおいてはテレワークの推進やイベントの中止などで客足減、営業停止などが相次ぎ、売上自体が厳しい状況となっているようですが、当社レシートデータの購入金額は、4月のみ600円台となりましたが、500円台をキープし目立った変化はみられませんでしたが、「自宅近くのコンビニが一番近いので、利用するようになった(40代女性)」といったコメントが一定数あり、コロナ感染拡大前と後のライフスタイルの変化により、利用する店舗やチェーンに変化が表れていることがうかがえます。

今までの分析結果をまとめると、2019年ドラッグストア売上ランキング5社のレシートにおいて、19年下期と20年上期を比較すると、部門別構成比は、各社「食品部門(生鮮・総菜含む)」が、増加傾向で、唯一コスモス薬品のみ、およそ4割を超えていました。食品構成比を高めにし、医薬品や化粧品などの構成比を低めに抑える売り方や、郊外立地の戦略が、コロナ禍でも日常的な集客に寄与し、好調であったと考えられます。

「日用雑貨部門」は、マスクやハンドソープなどの、感染予防関連の商材の購入機会が増加したことによる増加の傾向がみられた一方で、外出自粛による化粧品・季節商品の伸び悩み、インバウンド消費の急減により、「美容・健康部門」の構成比は各社軒並みの減少となりました。

また、新型コロナ感染拡大の今年3月以降、ドラッグストアとスーパーにおける1レシートあたりの購入金額を比較すると、スーパーのほうが300円前後高い状態が続いていることがわかり、感染予防から買い回りをせずに、スーパーで生活必需品を買いそろえる傾向が表れていました。そういった、短時間で効率的に買い物を済ませる消費者と、商品の接点を増やすためにも、店頭で買いやすく、わかりやすい陳列や売り場作りをすることが、改めて重要視する必要があると言えるでしょう。

コロナ禍、接触回避でキャッシュレス支持率UP

他にも、コロナ禍での買い物行動の変化においては、人との接触やレジ周りの混雑回避をするために、キャッシュレス決済を利用する人が増えたことも挙げられます。次からは、決済方法に着目して分析しました。

ドラッグストアにおける決済種別をみると、4月以降、現金で決済する人は、<4月:31.7%→6月:28.4%>に減少し6月以降3割を切っています。クレジット決済は、16%前後でほぼ横ばいとなりましたが、「d払い<4月:4.6%→6月:11.5%>」、「LINEPay<4月:2.2%→6月:3.9%>」、「auPay4月:2.3%→6月:5.2%」などが増加していました。

購買コメントをみると、新型コロナ感染拡大前(今年2月以前)は、「LINEで15%OFFクーポン券でいつも買っているオロナミンCを買った(70代男性、サンドラッグ)」、「dポイント20倍キャンペーンやメルペイ半額還元キャンペーンをやっていたので、マツモトキヨシに来店(20代男性、マツモトキヨシ)」、「au PAYの還元があり、ストック用にトップバリュ バーリアル 糖質50%オフを購入(50代女性ウエルシア)」など、感染予防の観点だけではなく、LINEクーポンやスマホQRコード(バーコード)決済提供サービス会社によるポイント還元や割引などが、ドラッグストアのキャッシュレス決済浸透を促進し、消費者の来店・購買喚起につながったことがうかがえます。

また、ドラッグストアで多彩な決済方法が選べるため、消費者の利便性が高く、今後お得なキャンペーンやポイント還元があるキャッシュレス決済を利用できるかが、消費者が利用するチェーンを選ぶ上での判断材料となり得る可能性もあります。

そうなった場合、現金以外のキャッシュレス決済方法が、クレジットカードや流通系電子決済が多くを占めるスーパーよりもドラッグストアのほうに優位性があると言えるのではないでしょうか。(図表5-2参照)

今や7.5兆円の市場規模となったドラッグスストアが、さらに成長するための次の一手に期待したいと思います。

平成にもっとも成長したドラッグストア「ウエルシア」のブレない経営

調剤併設、カウンセリング、深夜営業、介護という独自のビジネスモデル=「ウエルシアモデル」で差別化に成功しているウエルシアホールディングス(HD)。2019年3月同社代表取締役社長に就任した松本忠久氏に、ウエルシアHDのいまと未来を聞いた。(聞き手:月刊MD主幹 日野 眞克/月刊マーチャンダイジング2020年11月号より転載)

大規模化した組織を支社制へ 地域に密着した店をつくる

──2019年に社長に就任され、取り組まれたことを教えてください。

松本 第一に「マネジメント改革」に1年かけて取り組みました。現在、ウエルシアHDの店舗数は2,158店舗です。規模が拡大することで、本部発信の方針・施策の徹底スピードが落ちる点が課題でした。

そこでまず、「支社制」を導入することにしました。首都圏を二分割して、あとは東日本、東海、中日本、西日本の4つのエリアに分け、トータルで6つの支社を設置します。そこに支社長、営業統括本部長、同副本部長、営業部長を据え、その下の「エリアマネジャー」が一人約15店舗を担当する体制です。

これまでの組織体制では、一人の営業部長が80~100店舗の管理・指導を行っていましたが、それでは細かく目が行き届きません。組織を「細分化」することで店の事情に合った指導が可能になり、結果として店とお客さまとの距離がより近づくとおもいます。

また、エリアマネジャーと一緒に「ビューティエリアマネジャー」「調剤エリアマネジャー」職も設け、同じ店舗の管理・指導を三位一体で行います。

エリアマネジャーは店長からの昇任制、ビューティエリアマネジャーは美容スタッフ経験者、調剤エリアマネジャーは薬剤師です。それらを営業部長が統括します。

支社の権限を厚くしたことで組織にスピード感が生まれました。支社には、商品部や営業の責任者もいるので競合店に対する問題解決のスピードも上がったとおもいます。故鈴木(孝之)名誉会長がおっしゃっていた「よりお客さまと近くに」というウエルシアの原点に立ち返るため、中期3ヵ年計画の1年目に組織を変える決断をしました。

──地域のお客さまにより近づくため、現場の問題点を発見しやすい支社制にしたということですね。

松本 そうです。改革から半年がたって「マネジャーの能力差」の問題も浮上しています。チェーンストア経営においては、イレギュラーを生む「バラツキ」を埋める教育をしていかなければなりません。

現在、同じ15店舗を受け持つエリアマネジャー、ビューティエリアマネジャー、調剤エリアマネジャー、それらを統括する営業部長への教育の仕組みづくりを進めています。

とくにビューティエリアマネジャーは、個人が現場でカウンセリングをして化粧品を販売する技術にたけている人たちが中心です。管理能力を育成するためにスキルに合わせた「クラス別教育」が必要です。

──化粧品を売るのは得意ですが、いわゆるマネジャーとしてのスキルはこれから教育していかなければならないということですね。

松本 そうです。また、調剤エリアマネジャーたちにはコンプライアンスを守るという最大の管理任務があります。会社にとって調剤過誤は絶対にあってはならないことです。こうしたことを管理できる、現場直通のマネジャーを満遍なく教育することが重要なのです。

「接客」がヘルスケア売場に眠る利益を掘り起こす

松本 支社制の導入に加え、着手しているのがヘルスケア販売の強化です。現在ウエルシアでは約1,500億円のヘルスケアの売上があります。これは拡大の余地がある「宝の山」だとおもっています。コロナ禍で、健康に対する意識が高まりヘルスケアの可能性はさらに大きくなっています。

しかし実際にヘルスケア売場を活性化するには課題があります。鈴木名誉会長が昔から「薬剤師は調剤室の箱の中だけにいるのではなく、表に出て、売場をつくり、発注をし、そしてお客さまが来たらヘルスケアを頑張って売りなさい」とおっしゃっていました。

技術的な話になりますが、「分離申請」という制度があり、ウエルシアでは調剤薬局とドラッグストア(DgS)の店舗をそれぞれ別々の施設として登録しており、第1類医薬品は薬局で販売しているので薬剤師がカウンセリング販売するチャンスはありますが、第2類、第3類は登録販売者の担当になります。ヘルスケア売場を活性化させるために、登録販売者を増やして対応しているのですが、まだ課題はあります。

──実践経験が少ないと、質問されるのが怖いという側面もありますね。以前目薬売場でしばらく商品を見ているお客さまに声を掛けるか調査したことがありますが、だれも声を掛けないんですよ。

松本 それはウエルシアでも課題だと認識しています。資格があるのに接客が苦手という状況が続いています。申し上げたように単価の高いOTC、ヘルスケアは宝の山です。平均すれば1日に800~1,000人は売場を通過します。利益を掘り起こすため、OTCにも「15店舗」責任を持つOTCマネジャー、売場では登録販売者の「リーダー」「サブリーダー」をつくり強化しようと考えています。

いま売場で「管理栄養士」の居場所が難しくなっています。栄養相談もイベントのときだけということが多い。そこで、その人たちを中心にOTCマネジャーを育成します。そして本部主導で「マネジメント教育」をし、売場のリーダー、サブリーダーとともにOTC売場、ヘルスケア売場を活性化させる計画です。

調剤併設型DgSがウエルシアの根幹

──いま調剤のマーケットが約7兆5,000億円でDgS市場とほぼ同じです。調剤の売上でもウエルシアは約1,500億円と絶好調で2,600億円のアインHDを猛追している状況ですね。10年前と比較すると驚異的な伸び率ですね。

松本 ウエルシアHDのビジネスモデルには、調剤併設、カウンセリング、深夜営業、介護を「ウエルシアモデル」として掲げています。亡くなった鈴木名誉会長が創業期から一貫して「調剤併設型DgS」を事業の根幹として据えていたのがウエルシアの調剤が強い理由だとおもいます。

調剤自体の伸び率も非常にいいです。新型コロナの影響で処方せん枚数は若干減りましたが。既存店の月ベースでは戻りました。

調剤併設型DgSであるウエルシアは「地域でもっとも身近な医療機関」であることが重要です。そのための出店戦略です。調剤併設の24時間営業店をもっと増やしてもいいとおもいます。利便性の向上にもなるし、在宅調剤の拠点にもなります。深夜の時間帯は処方せんを持ってくる方が少ない分、在宅、施設用のお薬を集中的に調剤すれば効率的です。

現在ウエルシアの調剤の売上構成比は17.9%です。さらなる調剤の強化を図るために組織単位で地域の医療開発チーム、ドクターとの関係づくりに着手します。ドクターを誘致できれば、ウエルシアには2階や敷地など空きスペースがあるので、DgSのそばにクリニックモールを併設できます。

これから調剤と医療の距離が近付いていけば、処方せんも短時間で対応できるようになり患者さまの便利性が上がると考えています。

──DgSの便利性はさらに増しますね。DgSは寡占化が進んでいるのに対し、調剤は上位10社で市場の約14%です。個人、小規模の薬局は後継者や制度の問題で経営が厳しくなるのではないでしょうか。

松本 その傾向はあるかもしれません。ここ最近、薬剤師の中途採用が急激に増えていますが、個人薬局からの転職者も多数いて、大手薬局からも含めると、薬剤師の雇用に関して当社には追い風が吹いているように感じます。

急成長の原動力はウエルシアモデルの吸引力

──ウエルシア急成長の原動力のひとつでもあるM&A戦略、出店戦略について教えてください。

続きは月刊マーチャンダイジング2020年11月号で!

アース製薬はウィズコロナを生き残るため「変化対応力」を磨き続ける

今週の「視点」では、幅広いカテゴリーのトップメーカーとして、単品商談ではなくて、「カテゴリー全体の拡大」に取り組んでいるアース製薬の川端克宜社長のインタビューです。キーワードは「変化対応戦略」です。(聞き手:月刊MD主幹 日野 眞克)

「一本足打法」からカテゴリー多角化戦略へ

──「Withコロナの時代」についての川端社長のお考えを教えてください。

川端 本当に想定外のことが起こりました。Withコロナによって、「ニューノーマル」という生活スタイルの大きな変化が進行しています。われわれメーカーも、その変化に対応していかなければなりません。

ダーウィンの進化論ではないですが、規模の大きな企業が生き残れるわけではありません。想定外の変化に対応できた企業だけが生き残ることができます。Withコロナの時代は、その変化対応力が問われているとおもいます。

新型コロナウイルスの影響で、化粧品やインバウンドは苦戦していますが、自宅にいる時間が増えて「巣ごもり」の需要は伸びており、アースグループが取り扱う商品群はおおむね好調でした。

バスクリンの「入浴剤」や、衣替えの需要が増えることで白元アースの「防虫剤」、そしてアース製薬の「虫ケア用品」も好調でした。

別にコロナで虫の数が増えたのではなくて、「換気をするために窓を定期的に開ける」という新しい生活スタイルによって、虫が室内に入るようになって虫ケア用品の市場が伸びたわけです。

また、市場の9割のシェアを獲得している「エアコン洗浄スプレー」も、自宅にいる時間が増えて、頻繁に換気するという新しい生活によって、エアコンの稼働率が上がって汚れやすくなり、エアコン掃除の需要が高まり、売上が大きく伸びました。

──2014年の社長就任以来、「カテゴリーの拡大」戦略は正しかったことが証明されましたね。新型コロナのような想定外のことが起きると、カテゴリーが限定的な「一本足打法」のメーカーは影響が大きいですよね。

川端 今回はたまたま全部がよかったのですが、悪い事業(カテゴリー)をよい事業(カテゴリー)が補完して企業全体として成長していくという意味では、カテゴリーの多角化戦略は正しかったとおもいます。

アース製薬も以前は「殺虫剤の一本足打法」「国内の一本足打法」だったのです。一本足打法ではダメになるという予兆がありましたので、カテゴリーの拡大、海外事業の強化を進めてきたわけです。

「こっちがダメでも、こっちでカバーする」というふうにグループ全体で補完できる状態の方が、経営は安定するとおもいます。CSV(共有価値の創造)を事業活動の柱にする

──これからメーカーとしてどういう事業領域を強化するつもりですか。

川端 アース製薬は、CSV(Creating Shared Value=共有価値の創造)を追求していくことを最大の経営目標にしたいと考えています。たとえば、工場から出るごみの削減など、「SDGs」(Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)にも数値目標を出して達成していきます。

アースグループの事業活動そのものがCSVであり、虫ケア用品を開発・販売し世界中の人々の感染症を防ぐことや、オーラルケア・入浴剤で開発商品が普及すればCSVにつながります。このように事業活動そのものがCSVにつながる点について、社員は誇りを持って働いてほしいし、CSVを果たせるかどうかが、これから挑戦する事業やカテゴリーについての最大の判断基準になります。

新型コロナウイルスが発生して、多くの人が不便を感じて苦労しているときに役に立てる事業やカテゴリーだったからこそ、アースグループの業績が好調だったのだとおもいます。まさに事業そのものが社会貢献につながっている証拠だとおもいます。

たとえば、商品開発において、新商品をつくることが目的になると、無理をしてでも進めようとします。だから私は「目的と手段を間違えないように」といつも社員にいっています。新商品をつくるということは手段であって、消費者が困っていることを追求していく過程で、結果として新商品が誕生すればいいと考えています。

技術的には高度な商品でも、使わなくても生活に困らない新商品はあまり売れないですよね。また、つくる側の商品開発でよくある失敗は「過剰品質」です。どこまでの機能を標準装備するかを「生活者」の目線で決定することが大事です。

既存品のリブランドで新しい需要を創造

──最近成功した新商品の事例を教えてください。

川端 新商品というよりも、既存品のリブランドとして成功した事例が「アースノーマット」です。昔からあるロングセラー商品で、アース製薬の主力商品です。

ノーマットは蚊を駆除する商品なのですが、2年くらい前に、「蚊がいなくなる空間をつくる」という予防効果を前面に訴求するマーケティング戦略を展開することで、新しい需要が生まれてヒットしました。

アースノーマットの「予防効果」を厚生労働省にも申請して、「蚊の侵入予防効果付き」というエビデンスをパッケージにも表示しました。するとWithコロナの時代になって、「窓を開けて換気する」という新しい生活様式が生まれて、蚊の侵入予防効果があるという効能・効果がWithコロナ時代の消費者に支持されてさらにヒットしたわけです。

くん煙剤の「アースレッド」もそうです。私が入社した当時は、ゴキブリ用、ダニ用などの害虫別に分けられていました。それを「使用シーン」別に訴求を変えて発表しました。「リビング用」「寝室・子供部屋用」「キッチン・ダイニング用」「和室用」と訴求方法を変更することで、新しい需要が生まれました。もちろん新商品も出しますけど、既存品の打ち出し方を変えるだけで、新たな需要が生まれて、マーケットの拡大に貢献できる既存品がたくさん眠っていると考えています。

「使用シーン」別「アースレッド」

──既存品のリブランドによって市場を活性化することは大事ですね。

川端 そうです。既存品のいいところは、すでに実績があることです。野球にたとえれば新商品はドラフト1位の新人選手です。有望だけど、実績がないので活躍するかどうかはわかりません。卸さんも小売業さんも「おぉ。こんな画期的な新商品が出たんだね」と喜んでくださいますが、実績がない新人選手(新商品)を四番打者に抜擢して、売上高の大部分を任せることはできません。

当社の新商品の売上構成比は5%程度ですが、これはこれで育成しながらも、新商品頼みの事業計画は立てません。実績のある既存品(四番打者)を少しずつリニューアルしながら強化していきます。

そして、数年前の新人選手(新商品)が3年目、4年目になって既存品になります。そしてリニューアルします。このサイクルを回していくことが大切だと考えています。

──新商品のノルマはないのですね。

川端 新商品のノルマはありません。当社の「年間計画」の中には、新商品の売上予算は1円も入れていません。計画に入れない理由は、売れるかどうかわからないからです。新商品を売上計画に入れると、売れなかったときに業績に大きな影響が出るので、あえて既存品だけで翌年の販売計画をすべて立てることにしています。

先ほども申し上げたように、新商品頼みだと、無理して「仕事」をして新商品を粗製乱造することにつながりますので、それはダメだと考えています。

誤解してもらいたくないのは、新商品を出さないといっているわけではありません。売上高の5%、多い年は10%くらいを新商品が占めます。新商品の発売ノルマはありませんが、結果的に毎年100SKUくらいの新商品を発売しています。そのための研究開発投資も十分に行っています。しかし、繰り返しになりますが、新商品を毎年100SKU出すことが目的ではないということです。

アース・モンダミンカップのYouTube配信も変化対応

──今年の女子プロゴルフ「アース・モンダミンカップ」は地上波の放映はなく、YouTubeのライブ配信だけにし大きな話題となりました。YouTube配信はメディア多様化の事例のひとつと考えていいのですか。

アース・モンダミンカップ公式チャンネル(YouTube)

川端 これはとても難しい問題です。昔に比べると、テレビだけで商品がヒットする確率は低くなっていますが、当分はテレビが最大の広告メディアであることに変わりはないとおもいます。

ただし、ターゲットによっては変えていく必要があります。若い世代のテレビ離れが進んでいるのであれば、商品によっては広告メディアを変えていく必要があります。

今回のアース・モンダミンカップをYouTubeのライブ配信にした最大の理由は、ゴルフファン目線で考えて行きついた結論だということです。アース製品を購入するお客さまの70%は女性ですが、その女性たちがゴルフ中継を見るかというとあまり見ないですよね。そうすると広告効果を考えるよりも、ゴルフファンの不満を解消した方がいいと考えたのです。

地上波のテレビ中継では「優勝争いしか中継していないので、応援しているゴルファーの映像を見ることができない」「すでに結果がわかっている録画中継が多い」「試合の途中で終わってしまう」などがゴルフファンの不満だったわけです。

ゴルフファンの目線で考えると、YouTubeで「生放送で見られる」「特定ホールをずっと中継しているチャンネル」「インタビューだけをずっと流しているチャンネル」など4チャンネルで配信しました。4チャンネルで配信することで、優勝争いしていないが応援している選手のライブ映像を見ることができます。YouTubeの配信が、ゴルフファンにもっとも喜ばれるなら、素直にやってみようとなったのです。広告効果は考えないで「ゴルフファンファースト」で挑戦しようと考えたのです。

これからの企業は、ニューノーマルの時代に、どう変化対応できるかがもっとも重要な経営戦略です。アース・モンダミンカップのYouTubeライブ配信も、固定観念に縛られず、素直に変化対応しただけなのです。

──ゴルフ中継のYouTube配信ははじめての挑戦でしたが、反響はいかがでしたか。

川端 アース・モンダミンカップの大会4日間のYouTube視聴回数は800万回を超えました。最終日の同時最高視聴者数は24万7,000人と、予想以上の反響で驚いています。

新型コロナの時期で大会の中止が続くなか、懸念もありましたが、ゴルフで生計を立てているプロゴルファーもたくさんいますので、アース・モンダミンカップを開催することがCSR(社会貢献活動)になりますので、こういう時期だから無観客でも開催すべきと役員会でも主張しました。

結果として、アース・モンダミンカップが女子プロゴルフの開幕戦となり、マスコミにも取り上げられて大きな話題となりました。地上波で放映しなかったのですが、予想以上の反響があり、うれしい誤算でしたね。

新型コロナのような想定外のことが起きるときが、大きく変化するタイミングなのですね。

単品商談からカテゴリー強化へ

──小売業が大規模化していくなかで、カテゴリーを強化するための製配販の「協働」の重要性が高まっています。「トレードマーケティング」の役割が重要になっていますね。

川端 私が社長に就任した直後の2015年に、マーケティング部門を新設し、ブランド企画、宣伝・販促企画、リサーチマーケティング、トレードマーケティングを担う部署をそれぞれつくりました。その中で、「トレードマーケティング部」(以下トレマ部)は、ものづくり(研究開発)やマーケティングと「営業」をつなぐことがもっとも重要な役割です。

たとえば、研究部門が、こういうおもいでモノづくりを行ったということを営業部員一人ひとりが正しく理解できるように情報共有する機能もトレマ部の重要な役割です。営業部員がその商品のよさやおもいを商談で、小売業さまに伝えることができれば、従来の価格商談、リベート商談から脱却できるとおもいます。トレマ部を強化することで、単品の価格商談だけでなくて、業界総資産を拡大するための「カテゴリー商談」ができる営業部員を育成していきたいと考えています。

営業力の質を高めるために、いままで薬剤師は全国の各支店に配属されていたのですが、トレマ部の組織の傘下に薬剤師を配置することにしました。薬剤師が発信する情報を一元管理することで、本社の研究開発やマーケティングが持っているエビデンスやモノづくりのヒストリーなどの情報を営業部員に正しく伝えることのできる組織にしたいと考えています。

──価格商談、単品商談だけの営業部員ではなくて、商品の価値を正しく伝えられるような「営業の質」を高めようとしているわけですね。

川端 まさにそうなのです。たとえば、その商品の仕入れ条件の話をする前に、5分でも10分でもいいから、その商品へのおもいを正しく伝達できる営業部員を一人でも多く育てたいと考えています。他社の同等品とは何が違うのかを明確に説明できれば、「同じような商品があるからいいや」とはいわれないはずです。

──小売業さんに話を聞くと、メーカーには「カテゴリーの売り方を教えてほしい」という意見が大半です。どのようにお考えですか。

川端 私は、ユニ・チャームの高原(豪久)社長が提唱している「業界総資産の拡大」という戦略に賛同しています。カテゴリー全体の売上と利益の拡大を提案することが、業界総資産の拡大につながります。業界全体に貢献できると同時に、メーカーの信頼にもつながります。当社の数値だけがよくても、単年しか続かない。翌年は続かないのです。カテゴリー全体を拡大する提案能力こそが、これからのメーカーに求められていることだとおもいます。

当社は「虫ケア用品」を中心に「カテゴリーキャプテン」を任されていることが多いので、カテゴリーキャプテンとして、たとえば「虫ケア用品カテゴリー」全体をどれだけ拡大していけるかがミッションだとおもっています。

そのためにもマーケティングと営業をつなぐトレマ部は、現場の売り方の成功事例を素早く共有し、水平展開する機能を果たす必要があります。

トレードマーケティングが営業部員を強くする

──人口減少時代には、単品の売上増よりもカテゴリーの拡大が重要なのですね。

川端 たとえば、入浴剤ではグループで「バスクリン」と「バスロマン」の2つのブランドを持っていますが、それぞれのブランドが価格の条件闘争をして、ひとつのブランドの売上は増えたが、入浴剤カテゴリーの売上が減少しては意味がないわけです。

われわれはカテゴリーキャプテンとして、カテゴリー全体の拡大を小売業と協働する「JBP(ジョイント・ビジネス・プラン)」のような取組みができる組織を強化したいですね。営業部員とバイヤーの点と点の商談ではなくて、カテゴリー強化のための会社対会社の協働を強化したいとおもいます。一方で、カテゴリーの市場拡大のために、学校や幼稚園での普及・啓発活動にも取り組んでいます。たとえば、洗口液カテゴリーの新規客の拡大のために、幼稚園を訪問してトレマ部の薬剤師が「モンダミンキッズ体操」を実施して、口腔内を清潔に保つことの重要性を園児にわかりやすく啓発しています。こういう活動も、カテゴリー拡大のために、未来の顧客を育成するための地道な活動であり、カテゴリーキャプテンの果たすべき役割であるとおもいます。

──園芸ではLINEのアースガーデン公式アカウントを使ったサービスで、「まもるくん」というキャラクターを通して、無料で園芸相談ができるサービスも始めましたね。

川端 このサービスも、アース製品を売り込むというよりも、気軽に園芸の相談ができる環境を整えることで、活性化と、園芸初心者の離脱をなくすことを目的としたものです。

たとえばドラッグストア(DgS)では園芸の専門家はいらっしゃらないので、「まもるくん」をお客さまに使ってもらうことで、LINEで園芸の悩み相談ができます。DgSで正しい園芸用品を購入するためのサポートになるとおもいますね。現在「アースガーデン」公式アカウントのLINEお友達登録者数は16万人を超えています。

──カテゴリーも多角化していますが、業態も多角化していますね。

川端 アース製薬の主力業態は、間違いなくDgSで、売上高の60%弱はDgSの売上高で占められています。しかし、残りの約40%は、HC、スーパーマーケット、GMS(総合スーパー)などのほかの業態です。このように多くの業態の情報を持っていることが、当社の強みだとおもいます。異業態の売り方のよい事例を提案することもできますから。

──DgSが大規模化していく過程で、大手メーカーが小売業のためのストアブランド(SB)を開発する事例が増えていますね。メーカーのナショナルブランド(NB)とSBの両方を展開することでカテゴリーのシェアを高める「デュアルブランド戦略」について、どうお考えですか。

川端 数年前であれば、小売業のSBをつくるという選択肢はありませんでした。しかし、DgSの売上高も店舗数も、かつてとは比較にならないほど大きくなっています。

われわれNBメーカーも柔軟に「変化対応」すべき時期に来ているのかもしれませんね(笑)。

──本日はありがとうございました。

「デジタライゼーション」による産業革命の中で流通小売業はなにを目指すのか

日進月歩で進む技術革新をスピーディーに「ビジネス」レベルに落とし込み、それを社会システムの中に組み込んでいくという点で、中国は世界でもトップランナーであることは間違いない。アジアでは台湾、欧州ではエストニアといったIT立国も挙げられようが、規模と影響力で考えれば、中国はやはり米国と並び立つ存在である。(流通ジャーナリスト:流川通)

戦後日本の流通小売企業の多くは、米国チェーンストアを範として、視察を繰り返し、一商店、一家業から、企業へ、産業化への道を歩み、ウォルマートやアマゾンには詳しいが、アリババやテンセントといった中国企業の知識はキャッシュレス決済と越境EC(電子商取引)サイト運営の巨大企業といった程度でとどまっている人が多いのではないだろうか。中国ビジネスを紹介する書籍は増えてきたが本書が優れているのは、中国の先端企業の事例を挙げながら、彼らの思考のフレームワークを整理し、体系化、さらには行き着くビジョンを明らかにしている点である。巷で流行りの「DX」(デジタルトランスフォーメーション)や「CX」(カスタマーエクスペリエンス)という言葉はこの思考のフレームワークと体系、ビジョンの中で理解しなければ、狭小なビジネスの部分最適に終始してしまうだろう。

ディディとフーマー

ウーバーは知っていてもディディは知らない、ウォルマートは知っていてもフーマーは知らない人は多いだろう。

ディディはウーバーと同様のアプリ配車サービスだ。ウーバーも乗客と運転手の相互評価による「信用スコア」による報酬システムを構築しているが、ディディのそれは、ユーザー満足ポイントを徹底してより客観的なデータ取得によって計測している点だ。「配車リクエストの応答時間」「リクエスト後のお待たせ時間」、さらには、急発進、急ブレーキ、速度などのセンシングも記録され「目的地到着時間と安全運転度」という顧客接点ポイントをすべてデータ化し「乗客を安全に目的地へ運ぶ」を実現している。中国でタクシーを乗った人なら理解できると思うが、かつて中国のタクシーは日本では考えられないほど激しい運転だった。しかし中国のモバイルユーザーのうち約45%の人が使うまでになったこのディディの登場によってドライバーのマナー、品質向上が図られたのである。

米国スーパーマーケットの雄クローガーが、店内カメラによってレジ待ち時間の短縮を行い顧客満足度を向上させたのも、このようなセンシング技術をオペレーションやマネジメントの向上に活用した事例だが、小売業の持つ顧客接点のセンシングとリアルデータベース化は、UX(ユーザーエクスペリエンス)改善の具体的なツールとしてより認識されていくに違いない。

フーマーはアリババが展開するEC機能を持つスーパーマーケット企業である。フーマーが立地する3キロ圏内なら30分以内に店内の商品を配送してもらえるサービスが核となっている。

アマゾンフレッシュと同じようなサービスだが、フーマーの店内は、中国スーパー特有のフードコートとのコンボスタイルで、生け簀で魚が泳ぐ姿を眺めながら、お客はその隣で食事をとることができる。ECサイトから注文が入るとそこからピッキングし加工され配達される。お客は、フードコートにも食べに来るので、その様子を実際に見ることができるのだ。

店内はオンライン端末を持った店員がデリバリーピッキングを行っており、ピッキングから店舗に併設された配送センターに届くまでの所要時間は5分。配送センターには専門のドライバーが待機している。お客は店頭でもデリバリーでもアプリ上で決済でき、利用頻度と状況に応じたパーソナライズ画面が設定され、ロイヤルティプログラムを享受することができる。

店内に生け簀があり、デリバリーピッキングが往来する躍動感を本書では「リテールテインメント」(リテールとエンターテインメントを掛け合わせた造語、リアル店舗の価値を表す要素のひとつ)と評している。

「リアル店舗の楽しさ×宅配の利便性」の両輪をまわすことで、フーマーがある地域の不動産相場が他エリアよりも高くなっているほど影響力が高いという。しいて言えば、米国アマゾンが都市部のホールフーズでピッキングサービスを実施しているイメージだろうか。

フーマーの特徴は、表面的なものにとどまらない。「生産―仕入れ―加工―在庫管理」までのサプライチェーンを顧客起点で設計しているため、いわゆる生鮮の廃棄ロスは最小限に抑えられているという。しかも、アリババのオンラインユーザーデータベースと連結しているために、このようなリテールテイメント型ストアが成立する立地を事前に詳細に分析できる。出店当初は、オンライン利用が8-9割からスタートするが、お客が店舗体験をすることによって、来店売上は4割程度まで上昇する。このモデル構築によって、フーマーの店舗は赤字店がほとんどないという。

OMOの世界を体現する平安保険

フーマーのモデルは、日本でもかつてさかんに使われたオムニチャネルやO2O(オンラインtoオフライン、オフラインtoオンライン)といった次元から一歩抜け出たものだ。

オムニチャネルもO2Oも、ひとつの小売企業が起点となり、ECからリアル店舗への送客、リアル店舗からEC利用を促すといった双方向コミュニケーションを志向したものだったが、フーマーはアリババという巨大なプラットフォームの一接点に過ぎなく、お客は、その時々のニーズ、ウォンツでフーマーをひとつのコンテンツとして利用している。つまり、今日は仕事で忙しかったので、帰宅するころ合いに、出来立ての食事を届けてもらいたい、あるいは週末、家族が久しぶりに揃うからフーマーに食べに行こうというというニーズを実現するのはもちろんのこと、その家族の誕生日プレゼントは、アリババのサイトで購入し、すべてアプリ上で決済が行える。子供に良い家庭教師を見つけるのも、保育サービスや医療サービスを見つけるのもアプリを駆使する。

小売もまたその巨大なプラットフォームの持つデータベースを利用して、業態開発や出店を行っている。いうなれば、デジタルという大きなフレームワークの中で、バリューネットワークをデザインする、あるいはビジネス化するという発想が起点になっている。

これを著者は、「OMO(Online merges with Offline)オンラインとオフライン世界の一体化」と表現している。オフライン、つまりリアル店舗は常にオンライン世界の中で利用され、そのポジションが刻々と変化していくことを余儀なくされていく。

本書では、このOMOの世界をもっとも端的に表している企業として「平安保険グループ」の事例を挙げている。

平安保険は1988年に創業した保険会社だったが、2013年に中核だった金融ビジネスの枠を超えて、デジタルサービスを起点にした医療、移動、住宅、娯楽といった生活圏サービス業に変換し、成功を収めている企業である。

中でも、「平安グッドドクターアプリ」は約2億人のユーザーが利用するという魅力的なコンテンツだ。主要機能は3つ。1つ目は、無料で制限時間内で医師に問診サービスが受けられる、2つ目は、病院の予約機能があり、その病院医師のキャリアと評価スコアも公開されているので、自身で予め希望するマッチングができるようになっている。3つ目が「ユーザーが歩くだけでたまるポイントシステム」。歩いてたまったポイントでアプリ内の健康食品や化粧品、医薬品などを購入できるようになっている。このポイントシステムは、1日1回必ずポイントを換金しないとリセットされてしまうために、必ずこのアプリを1日1回見るようになってしまうところに勘所がある。

米国ドラッグストア企業ウォルグリーンも医師や薬剤師との問診ビデオチャットサービスを取り入れているが、平安保険は、このアプリを、膨大な行動データ収集にとどまらず、実際のリアルな営業ツールとして活用しているところに特徴がある。ウォルグリーンのアプリは便利だが、店舗の従業員と必ずしも同期化されていないので、店舗は店舗、アプリはアプリというイメージが先行する。平安保険の場合は、アプリでの行動履歴が、営業員にフィードバックされるので、より具体的かつ親身な提案ができるという。ただし彼らは保険を売り込むというスタンスは持たない。あくまでもお客様の生活を向上させるお手伝いをするという姿勢に徹している。そのために「保険に入るなら平安」と考える人が増えているということだ。

かつての日本でも生保レディと称する営業ウーマンたちが、直接の保険の売り買いだけではなく、世間話から子供の進学相談にのったり、オフィス街では美味しい定食屋さん案内、高齢者には病院の口コミ評価をそれとなく伝えるような文化があり、世界最大と言われた巨大な生保マネーの下支えをした。平安保険は、アプリの利便性とお客の生活に寄り添うコンシェルジュ的な日本のおもてなし文化をミックスさせたところに強みがあるのではないだろうか。

ビジネスプラットフォーム構築から社会システムのアップデートへ

ディディやフーマー、平安保険といった事例を眺めると、信用スコアや行動履歴、購買履歴といった個人情報をビジネスの「種」にしているようなイメージも出てくる。当然これらによる社会的デメリットも考慮した上で健全な発展ができるような法制度整備も不可欠だろう。

一方で、交通マナーの向上や歩くポイントなどよりよい行動変容を促すことで、一企業の儲けにとどまらず、ビジネスプラットフォームの構築から、社会システムがアップデートされるという社会貢献的なバックグラウンドがなければ、顧客の支持を得られず、このようなビジネスは成立しえないという点は見逃せない。本書の筆者はさりげなく書いているが、古来、善行を積むことで、徳知が自然に行われる社会を最良とする思想が生まれたのも中国である。

かつて日本の小売業は、社会インフラやビジネスの基盤を根底から変えた「モータリゼーション」によって業態変換、ビジネスモデルチェンジが図られたが、いままさに「デジタライゼーション」によって新しい流通小売りの萌芽が生まれてくることを期待したい。

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本稿を書き上げた朝、アリババグループ傘下で電子決済サービスアリペイを運営する「アント・グループ」が上海と香港の株式市場に上場し、史上最高額である約3兆6000円億円を調達するのでは、というニュースが流れたが、後になって延期との報道が追加された。様々な憶測が流れるが、一説には中国政府が同企業のトップの姿勢に不快感を示したからだという。同グループを率いるジャック・マー氏は、いまだ様々な規制がイノベーションを妨げ、小規模企業や個人が恩恵を受けていないと語った。イノベーションによる恩恵享受の格差はいつも時代でも社会的課題であり政治マターだ。

かつて日本で席巻した新興チェーンストア企業群が大店法の規制に縛られ、国民の多くがチェーンによる物価引き下げの恩恵を受けていないと主張した姿が重なった。いまの日本の流通小売業は何を社会に実現したいのだろうか。

(藤井保文 尾原和啓著 日経BP)

過去10年に成長したドラッグストアは店舗年齢を若く維持したことが共通点

ドラッグストアの成長期は、1980年代後半~1997年頃の第1次成長期、1998年~2008年までの第2次成長期、2009年以降の第3次成長期の3つに分けられます。最後の第3次成長期に大きく成長したドラッグストア(DgS)に共通することは「店舗年齢」を若く保ったことです。

店舗年齢を平均5~7年に若く保つことが重要


図表1に2009年と2020年の主要DgSの売上高と、11年間の成長率を整理しました。11年前の2009年にもっとも売上高の大きかった企業は「マツモトキヨシ」であり、第2位は「スギHD」でしたが、この11年間で売上高順位の入れ替わりがあったことがわかります。

「第3次成長期」に大きく成長したDgS企業の共通点は、「店舗年齢を若く維持した」ことです。チェーンストアにとって店舗はもっとも重要な「ブランド」であり、ブランドは常に磨き続けなければなりません。メーカーが「リ・ブランディング」することで、ブランドの価値を高め続けることと同じです。

小売業の場合は、計画的に店舗年齢の古い既存店の「スクラップ&ビルド」を繰り返し、「店舗年齢」を若く保つことがリ・ブランディングです。店舗年齢は、古い既存店を「全面改装」もしくは「移転増床」した時点で「ゼロ歳」に戻ります。チェーンストアの場合は、店舗年齢を平均5年(歳)に維持することが原則といわれています。

10年ほど前、アメリカのDgSウォルグリーンの店舗数が5,000店舗前後の時代に、ウォルグリーンのシカゴ本社で「平均の店舗年齢は何年ですか?」と質問したところ、「5年です」と即座に回答したことを鮮明に覚えています。

M&A後も店舗改装で店舗年齢を若く保つ

第3次成長期に飛躍したツルハHDは、M&A先の企業のスクラップ&ビルドに投資することで、グループ企業の店舗年齢を若くし、既存店の売上高を改善することを重視しました。約3年前に当時の社長の「堀川政司」氏にツルハグループの店舗年齢を聞いたところ、「6.6年」という回答がありました。すでにグループで2,000店を突破した時期にもかかわらず、店舗年齢を若く維持しているのは凄いと思ったものです。

ツルハHDは、第3次成長期の期間、100店近く新規出店していると同時に、毎年コンスタントに30店程度閉店しており、スクラップ&ビルドと新規出店(M&A含む)の両面で開発予算を立てていることがわかります。

ウエルシアHDも、合併企業の店舗を「ウエルシアモデル」(調剤併設+深夜営業+カウンセリング+介護)と呼ばれる業態に店舗改装することで、合併先の店舗の業績を向上させています。単にM&Aによる足し算で店舗数と売上高が増えたのではなくて、店舗改装によって既存店の競争力を高めたことが、第3次成長期に躍進したウエルシアHDとツルハHDの共通点であると思います。積極的に既存店を改装することによって、店舗年齢の古い既存店の割合を減少させているわけです。

また、コスモス薬品、クスリのアオキ、ゲンキーなどのM&Aに頼らず直営で店舗数を増やしてきた企業の店舗年齢も若いです。コスモス薬品の代表取締役社長の横山英昭氏は、決算発表のときに「われわれは店舗年齢を若く保つことが競争力だとおもっています。M&Aで古い店舗を手に入れれば最初から利益があるので当面はいいかもしれないが、将来的には厳しくなるのではないでしょうか」とコスモスが直営出店にこだわる理由が「店舗年齢の若さ」であることを強調しています。

2009年以降の第3次成長期に急成長したクスリのアオキ、ゲンキー、薬王堂、中部薬品などの中堅企業の店舗年齢も若いです。店舗年齢の若さが、第3次成長期を牽引した最大の要因であると思います。とくにクスリのアオキは、2009年の店舗数132店を2020年に630店と、この11年間に大量出店しており、必然的に店舗年齢は若いのです。

第3次成長期の時代は、第1次、第2次成長期に開店したDgSの古い既存店がすでに全国にあふれかえっていた時期でした。1980年代末から始まった「DgSの第1次成長期」、さらには「第2次DgS成長期」に開店した店舗は、第3次成長期の2009年以降には既に開店から10年以上が経過した古い既存店になっていました。マツモトキヨシが、大店法廃止前に郊外に大量出店した「競争力のない古い既存店(150坪型)」のスクラップに時間がかかったことが、第3次成長期に伸び悩んだ最大の理由だと思います。

また、ココカラファインは2015年以降、古い既存店の閉店数が増加しています。また、「純増店舗数(店舗増加数-閉店数)を見ると、ココカラファインは2015年~2017年の3年間は純増店舗数がマイナスでした。その時期にM&Aで手に入れた古い既存店(不採算店)の閉店が大きな経営課題であったことがわかります。

「店舗の償却が終わって営業利益が出ているから」という理由で、競争力のない既存店を放置することは短期的には業績の良さに貢献しますが、長期的にはよくない結果をもたらします。小売業の最大のブランドである店舗は、「磨き続けなければ輝きを失ってしまう」という歴史の教訓をここに記録しておきたいと思います。

小売業にテレワークは「縁のないもの」?~導入の処方箋(前編)

コロナ禍で一気に身近になった感のある「テレワーク」。しかし店舗を運営する小売業では「難しい」「縁のないもの」と受け取られがちです。でも、本当に小売業ではテレワークはできないのでしょうか?今回は小売業の「働き方改革」を数多く支援し、店長のテレワーク導入支援の経験も持つリクルートマネジメントソリューションズの武藤久美子氏にお話を伺いしました。前編では「難しい」と受け取られるポジションごとの理由を、そして後編ではその理由に対する対処法について見ていきます。

「小売業=テレワークは無理」と多くの人が考えるのはなぜ?

今年6月に行われた内閣府の調査※によると、テレワークを経験した人は、全体で34.5%、東京23区では55.5%と高い数値となっています。一方、卸・小売業は20.19%です。それでも「意外に高い」と思われた方もいるかもしれません。というのも、小売業では「テレワークは無理」と考えている経営者や従業員が多いのが実情のようだからです。武藤氏はその理由を次のように説明します。

「小売業は『働き方の選択肢が広い』と他業種の方から思われがちなのですが、(非正規社員は勤務場所や時間が選べるなど)その働き方の選択肢によって雇用形態を分けている企業が多いため、正社員の働き方はむしろ固定化しやすのが現状です。つまり『いつでも、どこでも』働くことが求められてきた正社員ほど、働く場所を選べる『テレワーク』導入への意識のハードルが高いということです」。

小売業におけるこうした事情を前提として、店舗メンバー、店舗の店長以上の管理職、本部・本社によって「テレワークは難しい」と思われる理由は違うと言います。まず、最もわかりやすいのが、店舗メンバーのテレワークが難しい理由でしょう。それは、接客や品出しなど「店舗にいないとできない業務」がほとんどのためというものです。

「感染症の影響下において、経験した働き方とテレワークの実施状況」

一国一城の主、店長がテレワークとはとんでもない?

次に、店舗にいる店長(をはじめとした管理職層)がテレワークをできない理由は、もう少し複雑です。なぜなら、店長の業務は(前述のメンバーのように)すべてが接客や品出しなど「店舗にいないとできない業務」ではないからです。

「店長の業務を洗い出してみると、『計画』など、店舗でやらなくてもいい業務がある程度は出てきます。さらに、お休みはもちろん本社・本部との会議などで、実際に店舗にいないというケースもあります。つまり店長は『ずっと』店舗にいなければいけないわけではないのです」と武藤氏は指摘します。

このように店舗にいなくても実施できる業務があるのであれば、それらの業務を週1回などの限定的なテレワークで実施することは難しくないように思います。それに対し、武藤氏は店長のテレワークを検討する際の大きなハードルを2つ挙げます。

1つ目は、店長は従業員や経営者から「店にいてなんでも対応すること」が大事であり、テレワークで「ラクしている」「サボっている」ことは店舗の責任者として許されないと思われがちなことです。

「これには、ラクをしている、サボっているという、テレワークに対するまず大きな誤解があり、だからこそ『一国一城の主である店長がラクをしてはいけない』という考えで育ってきた小売業の人達からすると、店長がテレワークをするなど受け入れられない、というわけです」(武藤氏)。

もう1つのハードルは、店長自身が「店にいないと不安である」ことで、これにはさらに2つの側面があると言います。まず前述のような「店長が店にいてなんでも対応すること」を期待する従業員から信頼されなくなってしまうのではないか、と店長自身が不安に思うことです。

「店にずっといて『ちょっとしたお困り事になんでも対応すること』『従業員を見てあげていること』で従業員から『信用・信頼』を勝ち得てきた店長は多いものです。だからこそ、店にずっといないと不安に思ってしまうのです」(武藤氏)。

そしてもう1つは、店がうまく運営できなくなってしまうのではないかという不安です。実際、次席(副店長、チーフなどのサブマネージャー層)が育っていないがため、店舗で起こる様々なイレギュラーな出来事に店長がいないと対処できないという事態があるかもしれません。

コミュニケーションの問題は「テレワークのせい」?

最後に、本社(バックオフィス)や本部(たとえば店舗開発、商品開発、営業支援など)でテレワークが進まない理由はどのようなものでしょうか。一見、店舗での現場対応が不要な本社・本部ではテレワークはすぐに可能なようにも思えます。それができないのは2つの大きな理由があると言います。

1つ目は、店舗ができないのに本部がやって(ラクして)いいのか、という問題です。

「小売業においては、特に『店舗(現場)こそが大事である』という姿勢が重要視されています。それ自体は、もちろん悪いことではないのですが、店舗(現場)ができない『テレワーク』というラクを本部がしてはいけないという考えにつながってしまうのです」(武藤氏)。

2つ目は、テレワーク=「店舗(現場)と疎遠になる」「部署間とのコミュニケーションがとりづらくなる」というイメージが強いということです。

「たとえば、本部から店舗へ同様の内容が重複依頼されたり、店舗から本部への問い合わせの応答が遅いという場合があるとします。すると、すぐ『テレワークのせいだ』となってしまう。しかし、こうした店舗と本部や本部間のコミュニケーションの問題は、テレワークが悪者、というより、普段からの問題が顕在化しただけだったりします」(武藤氏)。

ハードルが高い? テレワーク導入の2つの条件

こうしたポジションごとのできない理由をまとめたのが下記図です。

このように様々な「できない理由」を見てくると、それを乗り越えてまで、テレワークを導入する意味を(感染症対策は別として)どのように考えればよいのでしょうか。武藤氏は、テレワーク実施条件として次の2つの効果が得られることを挙げます。

1つ目は、ライフとワークのバランスのとりやすさ、それに伴う仕事の継続性が高まるということ。たしかに、週に1度でも場所を限定せず働けるということで、時間と気持ちに余裕が生まれることは大きいでしょう。

2つ目は従業員が力を発揮しやすくなるということ。テレワークは、生産性の低下ではなく、むしろ力の発揮しやすさを手助けするものと捉えるべきだということです。

たとえば前述の「計画」といった集中して考えることが必要な業務については、様々な相談ごとが持ちかけられる店舗ではない場所で行ったほうが効率的なはずです。

「働きやすさ」に合わせて働く環境をつくる時代へ

こうした条件は、小売業に限らないものと言えます。さらに武藤氏は、テレワークを実施することでほかの様々な効果も得られると指摘します。

「たとえば、店長が『ずっと』いなくても回る店になる、つまり『次席(副店長、チーフなどのサブマネージャー層)が育つということです。また、店舗間や店舗と本社の移動時間を節約することで、ほかの業務により時間を割けるようにもなります」(武藤氏)。

もちろん特に店舗においては、すべてテレワーク、ということは難しいでしょう。武藤氏は、その点の考え方について、次のように説明します。

「すべて『対面』、すべて『テレワーク(オンライン)』というのは極端です。両者の適切なバランスを見つけ、より従業員が『力を発揮しやすい』そして『継続可能な』働く環境をつくることが大切です。いまは『働きやすさ』に合わせて、働く環境をつくる時代です。そうすることで、小売業の魅力が高まり、優秀な『人材獲得』にもつながるでしょう」。

たしかに「テレワーク」を含めた、多様な働き方が選択できることによって、「小売業で働きたい」という人々が確実に増えると思われます。後編では、前編で見てきた「できない理由」を踏まえて、検討・実践する際のポイントについて押さえていきます。

〈取材協力〉

リクルートマネジメントソリューションズ
シニアコンサルタント、社会保険労務士
武藤久美子(ぶとうくみこ)氏