データドリブン経営に軌道をとるために押さえておきたい4つのポイント

月刊MD2024年5月号ではデータドリブン経営を特集。特集の提言として、DgS、ディスカウントストアのコンサルティングで名をはせる筆者が語る、「データドリブン経営」の重要性と押さえたいポイントを紹介。小売業はKKD(勘・経験・度胸)からどう脱却を図るべきなのでしょうか。(佐々木桂一/談・文責/編集部)(月刊マーチャンダイジング2024年5月号より転載)

その「売れている」のは本当か?

小売業にとって最終的に重要なのは「数字」だと言う人は多いが、そう言う人に限って目に入る単純な数字しか見ていない、ということは少なくありません。大半の小売業社が、定量的に数字を分析するというプロセスを経ておらず、いまだKKD(勘・経験・度胸)に頼った経営を続けているのです。

「売れている」とはどういうことでしょうか。1個売れたら、それは「売れている」ということになるのでしょうか。あるいはそれが100個であれば「売れている」ことになるのでしょうか。トップマネジメントから現場の従業員まで、会話のなかにその基準がなく、そのことがこの業界がいつまでも低収益構造に甘んじているもっとも根本の原因だと、私は考えます。

放っておくと、小売業は経験と勘で動いてしまいかねません。そうではなく、逆の順番に、まずは数字をベースに考え、最後に人間の感情や経験、感覚を出すべきなのです。

(1)デジタルに適応できる合理的な人材を仕分ける

現在の小売業は、外部から採用したIT人材がデジタルの立役者になっていて、現場で実務をしながらシステム志向の考え方ができる人材はそう多くはありません。

でも、私がコンサルをしている企業では、コードが書けない人をゼロから育てて、自動補充システムを内製化することができています。非デジタル人材を育て上げて、システムの内製化をすることは可能です。

小売業が使う業務システムは、データをデータベースに蓄積し、画面に表示させる程度の、非常に基本的なもので十分です。最近でしたら、YouTubeで学び、インターネット上にころがっているプログラムを組み合わせることで十分に基礎的なものはつくれるようになります。

私がいま指導している企業の半分には、それまでプログラムを書ける人はいませんでしたが、いまではたくさんの従業員がコードを書き、業務システムをつくれるようになっています。

もちろんはじめはみんな「自分にはできない」と言います。でも、一度簡単なコードを書かせてみて、画面に何か表示されるとうれしくなるものです。それを繰り返してつくれる範囲を増やす。そうすると、もともと論理的な思考を持っている人は才能を開花させることができます。しかし、そのような人たちは、会社のなかではあまり評価されていないことが多いのです。

コンピュータは一つひとつステップを積み上げれば動くものです。マネジメントのPDCA(Plan、Do、Check、Action)も、愚直に積み重ねなければ動きません。人の選定がまず間違っているのです。彼・彼女たちをきちんと評価することが重要です。

ところが、小売業でこれまで成果を挙げてきた人というのは、手順を踏まずに、結果オーライのケースが多く、再現性に乏しい。問題解決をプログラムを書くようにアルゴリズムで考える人とそうでない人を分けるべきです。これができないと、デジタルの内製化は難しいのではないかと思います。

仕分けをするためには、最初にいまやっている仕事のフローチャートを書かせてみましょう。JIS規格のフローチャートの書き方を学んで、自分のやっている仕事を書いてくるように言います。半分の人は、ああだこうだと言って書こうとしません。

残り半分が書くには書くのですが、JIS規格に応じて書けるのはさらにその半分でしょう。それを応用して、フローを変えてみてと言うと、書ける人は全体の1割程度でしょうか。多くの企業では大幹部になればなるほど書けなくなります。

日本の小売業がデジタルを使えない原因のひとつはそこにあると私は思います。

(2)再現性のために「基準」を重視する

KKDの商売は、再現性がありません。ですからひとつの事業を当てても、ほかの事業に横展開することができません。たまたま当たっただけで、成功の本質がわからないのです。ですが、再現性がないと、仕組みとは言えません。いままでの小売業には、そういった思考がなかったのです。

例えば在庫ひとつにしても、この商品の在庫は何個持つべきなのかという会話が徹底されていません。カットするのはなぜか。棚割についても、卸売業に提案をしてもらうと、数字とは関係なく、卸売業者が売りたい商品や、リベートがたくさん出る商品がフェースを取ってしまいます。

商品部で、どういう売れ行きを示した商品を定番として維持すべきなのか、あるいは死に筋としてカットすべきなのか、そういう基準が決まっていない企業がほとんどです。

私はまずは基準を決め、店舗の端末でJANコードをスキャンすると、偏差値が表示される、というような仕組みをつくります。その偏差値が60以上であれば売れているといっていい、40を下回っていたら売れていないと言っていい、というものです。

教育をして、数字で会話をする文化をつくってからでないと、最終的にデジタルにはたどり着かないと思います。

(3)「正しい」数字を共有する

さらに大切なのは、データが正確かどうかということです。数字が正確でなければ、すべてのデータドリブンの仕組みは崩壊します。粗利を知りたくても、在庫が間違っていれば正しい数字は出てきません。サービス残業をしていると、正しい労働生産性が算出できません。つまり、サービス残業を現場に強いている企業は、人時生産性を上げることも永遠にできない、ということなのです。

私が指導に入る企業では、サービス残業をゼロにすることから始めます。さらに有給休暇の取得率も5割を目指すことにしています。そうすることで、はじめて人の生産性の精度が上がってくるのです。

リベートも、単純な数量リベート(何個売れたら何円キックバックするなど)は、メーカーにとっても販促として意味があるかもしれませんが、数量ではないリベートが増えていくと、結局原価に跳ね返ってしまいます。

坪当り粗利高も日本は算出できない企業が多いようです。これはメーカーや卸に棚割をつくらせていて、ロケーション管理ができていないからです。店舗側で売場を勝手に変えることもしばしばです。とくにDgS業界は、売れなければ返品すればいいという考えの甘さもあります。

これは、小売業側にとっては都合がいいことかもしれませんが、メーカーにとっては不都合なことです。メーカーにとってより都合がいいフォーマットが現れたら、DgS業界のように、自分たちの損を押し付けるようなビジネスをやっていると、そっぽを向かれてしまうことでしょう。

まだスーパーマーケットがリベート中心のビジネスしかやっておらず、DgSに優位性があるということもありますが、これから2024年の物流問題をきっかけに、精度高くやらねばならなくなるので、データを活用する必要はもっと高まります。今年が変化の潮目になるように思います。

(4)データドリブンとコンピュータは別物であると理解する

私がもっとも危惧しているのは、皆DXといっていろいろな投資をしていますが、リーダーシップをとるべきトップが何をすべきかを理解していないということです。

基幹系やEDIなど、様々なデジタルの仕組みが小売業で活用されるようになりましたが、小売業の労働生産性は1980年代と比較して上がっているのでしょうか。SIerは儲かっていますが、小売業は儲かっていません。技術の使いどころを間違っているのではないかと思います。

私はデータドリブンであることと、コンピュータを活用することは、分けて考えるべきだと思います。データを取得するときに、まずはコンピュータからと考える企業は少なくありません。しかしそうではなく、皆さんが普段から使っているような、万歩計や体重計のようなものを使っても、十分データドリブン経営は可能なのです。

私がコンサルに入るときにやっているのは、従業員に万歩計を付けて歩数を確認することです。あるDgSでは、売場面積が200坪、1日8時間労働で、1万5,000歩でした。いろいろな店舗で実験をすると、同じチェーンのなかでも1万5,000歩の店もあれば、6,000歩で済んでいる店もあるというように、店ごとのばらつきがわかります。何が原因なのかと考えたところ、バックルームの配置や、レジの状態、補充頻度などが影響していると気付きました。毎日1万5,000歩歩いているのを、1万歩にするのも、間違いなくデータドリブン経営です。

コンピュータはあくまでも便利にするためのツールであり、考え方とは関係ありません。システムづくりはコンピュータと直接は関係ないのです。数字を可視化し、状態を可視化する。そして、それを継続的にできるかどうか。決してデータドリブン経営は、高度な数字の話ではないのです。

 

《筆者》

リテイリングワークス株式会社
代表取締役
佐々木 桂一氏

「正確な効果検証」=「因果推論」で、販促のムダを削減する方法とは

クーポンや割引など、何かしら施策を打った場合、掛けた費用に対して、どのような効果が得られたのか「効果検証」することが、施策のブラッシュアップには必須だ。しかし、現在行われている効果検証は多分に問題をはらむ。「施策を打たなくても実現していた差」を取り除き、より正確に効果測定できる手法を、サイバーエージェントの主席データサイエンティストで計量経済学の専門家、安井翔太氏に解説してもらった。(月刊マーチャンダイジング2024年5月号より転載)

2つのグループの適切な比較は意外に難しい

経済学、統計学の有力な手法に「因果推論」というアプローチがある。簡単に言えば、2つのグループをより正確に比較するための手法で、効果検証の有効な手段として用いられる。

[図表1]クーポンあり、なしの単純比較

例えば、特典クーポンの効果を知りたいとする。この時クーポンの効果は、それを配ったときと、配らなかったときの2つの状況を比較することでわかる。仮にクーポンを受け取った田中太郎さんは3,000円の購入があり、クーポンを受け取らなかった山田花子さんは同様に1,000円しか購入がなかったとする。この時に、それぞれの売り上げを比較し「3,000円-1,000円だからこのクーポンの効果は2,000円だった」と結論づけたとしよう(図表1)。

これはよく行われる比較の一例であり、一見正しい比較にも見える。しかし、厳密にクーポン効果を測定するなら、“理想的には”クーポンを受け取った田中太郎さんとクーポンを受け取らなかった田中太郎さんを比較することで効果を測定したい。

なぜなら、田中太郎さんと山田花子さんでは、年間購入金額(優良顧客か否か)や価格敏感性(割引を好む、価格には鈍感)、他の販促を受けたか、受けなかったか、クーポン対象商品を前回いつ購入したか、など属性が異なる可能性が限りなく高く、純粋な比較にならないからである。もし山田花子さんが3日前にクーポン対象商品を購入していたら、今回のクーポンの効果が下がるのは当然である。

[図表2]因果推論の根本問題

しかし、同じ人で同じタイミングでクーポンのあり、なしを比較することは、タイムマシンでもない限り不可能である。これを「因果推論の根本問題」と言う(図表2)。因果推論とはこのような問題において、なるべく属性の違いを取り除いた純粋な比較を可能にする技術となっている。

データを乱す不正確要素「セレクションバイアス」

単純な引き算では、比較する対象(田中太郎さんと山田花子さん)の属性が違うので、純粋な効果を測定できないことを先に見た。それなら、同じ人を同じタイミングで、クーポンのあり、なしで比較測定すればよいのだが、これはタイムマシンがなければできないことも先述のとおりだ(因果推論の根本問題)。

[図表3]理想的なデータ

これらの問題を少し補足すると、ユーザーIDごとにクーポンあり、なしで売上を見た場合、図表3「理想的なデータ」では、ユーザーIDごとにクーポンのあり、なしのデータを同じタイミングで取得できるので、その差分が効果になる。しかし、これはあくまで、架空のデータで実在しない(因果推論の根本問題)。

[図表4]実際に得られるデータ

従って、実際に得られるのは、図表4のとおりユーザーIDごとのクーポンあり、なしどちらかのデータとなる。歯抜けデータなので二者間の単純比較はできない。

[図表5]平均で計算した効果
[図表6]セレクションバイアスの問題

それなら次善策として平均を取って測定してみる(図表5)。しかし、ここでも大きな問題が生じている。それは、クーポン発行者から得た売上の中には、クーポンを発行しなくても実現していた売上の差が含まれているのである(図表6)。

例えば、図表6の例においては、クーポン取得者は優良顧客でクーポンなしでも月間2,000円の買物をしており、クーポンが無いユーザーよりもそもそもの売上が高くなっている。これにより、単純に平均を比較してしまうと、本来の効果よりも大きい効果が推定結果として得られてしまうことになる。これは理想的な同一人物間での比較ではなく、田中太郎と山田花子といった別人の比較を行ったから起きた結果と言える。

このような、施策を打たなくても実現していた効果を「セレクションバイアス」と呼び、これはビジネスで扱うほぼ全てのデータに含まれ得る要素である。小売でよく見られるのは、年間の購入金額が10万円や15万円もある優良顧客へ離反を防ぐため頻繁にクーポンを送るなどの販促を打つことだ。

ここでそのままクーポンを受け取ったユーザーと、受け取らなかったユーザーで売上の平均を比較すると、セレクションバイアスが働いて非常に効果があったように見える。ところが、セレクションバイアスを除去した手法で分析すると販促効果はほぼないことが分かることも多い。

つまり、優良顧客は販促を打たなくても、購入金額は減らないということだ。ムダな販促投資が行われているケースが非常に多い。

セレクションバイアスをいかに除去して、純粋なデータを取るかが正確な効果検証の命運を握っている。

AIを活用して、A/Bテストを擬似的に再現する

ここからは、実際にセレクションバイアスの影響を限りなく小さくした効果検証の方法を見てみよう。まず、施策の対象を「ランダムに」選ぶことができれば、セレクションバイアスが生じないようにデータをとることが可能だ。

[図表7]対象をランダムに選択することで純粋なデータ比較が可能

こうすることで、比較する2つのグループ間、例えば、クーポンを発行したグループと発行していないグループ間のユーザー属性もランダムに均等に配分され、比較の中には純粋に効果だけが残る(図表7)。

このように、施策の対象をランダムに選んで2つのグループを比較する効果検証は学術的にはRCT(ランダム化比較試験)といい、ビジネスにおいてはA/Bテストと呼ばれる。

小売業の販促担当者と、このような話をすると、施策をランダムに打つことへ抵抗を示されることが多い。その理由のひとつに、不公平性の問題がある。ランダムなクーポン発行は、もらえる人、もらえない人という差別を生むので、お客への誠実さを欠くのではないかという懸念である。

もうひとつは、ランダムに大量の対象を選び、販促などの施策を届けることは、一定のデジタル技術を要するので、その技術がないという社内事情である。

総合すると、現状小売のリソースでA/Bテストを行うことは非常に困難なので、サイバーエージェントでは、AIを活用してA/Bテストを擬似的に再現することで、より正確な効果検証を実施している。

[図表8]あるグループの11月のクーポン配信時の効果検証が目的

具体的に説明すると、ある属性を持ったユーザーグループの売上がある(図表8縦軸)。このグループに対して8月、9月、10月にはクーポンを配信せず、11月にクーポンを配信する。このときの効果検証がミッションだったとする。

理想的な効果検証は、先にクーポンを配信したときの11月のデータを検証し、次にタイムマシンで過去に戻り、クーポンを配信しなかったときの11月のデータを検証し両者を比較することだが、これは実際には実行できない(図表8)。

仮にA/Bテストを実施する場合、ランダムに選んだユーザーに対して11月にクーポンを配る事になる。そしてクーポンを配られたユーザーと配られないユーザーの2つのグループを比較することで効果検証を行う。

[図表9]AIにより疑似A/Bテストを実施

しかし、先述の通り現状では対象をランダムに選び施策を届ける事には様々な問題が存在する。そこでサイバーエージェントの用いるアプローチでは、比較したい対象グループのデータ(図表9の介入群/施策ありのグループ)と類似した傾向を持つデータを別のグループから探し、そのグループのデータ(図表9の統制群/施策なしのグループ)から介入群の売上を予測できるAIモデルを作成する。

例えば、先のクーポンの効果検証を北海道でやるとすれば、それに近い青森のデータを持ってきて、8月、9月、10月の期間において青森の売上データから北海道の売上データを精度高く算出(予測)するAIモデルを作成する。このAIモデルは、青森の売上データを入れると、北海道の売上データの予測結果を返してくれる。そして、それを学習した8月、9月、10月はクーポンが配信されてない時期なので、AIはクーポンがない場合の売上の予測をすることになる。

これにより、青森で11月にクーポンを配信しなかった実績データをAIモデルに入力することで、北海道で11月にクーポンを配信しなかったときの売上を予測することができる。

実際には、北海道では11月にクーポンを配信しているため、AIの予測と実際の売上の差分が効果ということになる。

なお、上記の北海道、青森という地名はあくまで考え方を示した例で、サイバーエージェントでは効果検証をするための統制群(施策なしグループ)のデータをAIが探し出すアルゴリズムも独自に開発している。これにより、より精度の高い効果検証を実現している。

LINEのクーポン効果をAI活用で、より正確に検証する

ここからは、先に見た効果検証手法の実例を紹介しよう。LINEの販促は盛んに行われ一定の効果を挙げている。ここではLINE公式アカウントによる効果検証の実例を紹介しよう。

[図表10]LINEによるクーポン施策

この事例では、図表10で示したように、ある小売業が、友達登録したLINEユーザーに月間に、割引クーポン1回、ポイント還元クーポン2回、計3回のクーポンを配信する。(※なお、割引率、還元率によって結果は異なるが、以降は特定の割引率、還元率での分析結果である)

[図表11]LINEユーザーとノンLINEユーザーを比較

これを月末の2回目のポイント還元クーポンの発行から月初の割引クーポン発行に切り替わるタイミングで購入金額がどの程度変化するかを測定し、割引とポイント還元ではどちらの効果が高いかを検証しようとするものだ(図表11)。

ここではA/Bテストは実施されていないため、友達登録していないNonLINE Userデータを元に算出した予測値を使って効果を検証する。そのために、LINEで友達登録して実際にクーポンを受け取っているLINE Userのグループと友達登録していないNonLINE Userとを比較する。

この事例においては、LINE Userは常に何かしらのクーポンが配信されている状態にある。よって、還元クーポンから割引クーポンへと切り替わるタイミングで分析を行うこととした。

[図表12]効果検証の結果

これにより、還元クーポンが配信され続けた場合と、実際のデータとの比較が行われる。その結果が図表12である。横軸は時系列、縦軸は購入金額(その日時点の累積の売上効果)を示している。これによれば、ポイント還元から割引に切り替わった時点で購入金額は上がっている。

そしてその後、ポイント還元のクーポンが配信されたタイミングで効果の上昇は止まっている。そしてまた割引クーポンが配信されたタイミングで効果は上がって行く。割引クーポンが配信されるタイミングで効果が増えることから、割引の方が効果的であることがわかる。

また、還元クーポンが配信されるタイミングでは効果が増加していない。これは比較している対象が還元クーポンを配信し続けた場合であることから、ある意味当然の結果と言える。そしてそれをしっかりと分析結果として得られていることから、この分析方法の再現性が高いことを示している。的確な分析ができていなければ、ここまで明確なデータは出ない。

「何もしなくても購入した人」への販促を極力減らすことができる

ドラッグストアも大規模化し、メーカーとの共同企画も含め、年間の販促費用は相当な額に達している。この中には「販促しなくても購入した人」への販促(ムダ打ち)も相当含まれている。先に述べたような効果検証を的確に利用すれば、このような販促のムダ打ちが発生している部分を発見し、効果のあった販促だけを残し、さらに成果を積み上げることができる。欧米の大手小売業では既に実際のA/Bテストを多用し、販促効果を正しく検証することで精度を上げている。

[図表13]クーポンのコストと売上効果の比較

例えば、ユーザーをヘビーユーザーとライトユーザーの二つのセグメントに分割し、それぞれで効果検証を行えば、セグメントごとに販促の効果とコストを捉えることが可能になる。図表13はサイバーエージェントが実際のクーポン施策を分析した、ライトユーザーとヘービーユーザーのクーポンコストと売上効果の比較である。

ヘビーユーザーにコストの大半を費やしているが、売上効果のほとんどはライトユーザーから得られている。サイバーエージェントが効果検証を行ったある小売店では、クーポンのコストを半分以下に減らしてもほぼ同じ効果が得られることがわかった。

ヘビーユーザーはとくに販促を打たなくても、すでに習慣化しているなどの理由から購買する傾向があるのでこのような結果がでる。ヘビーユーザーに限らず、サイバーエージェントが行った効果検証を見ると、販促のムダ打ちは実は多い。これは、セレクションバイアスを可能な限り除去して効果検証することの重要性を物語っている。

例えば、年間1億円の販促費を使っているとして、仮に50%のムダ打ちが生じているとすれば、5,000万円が浪費されていることになる。そして、不正確な効果検証のままでは、莫大な費用が「何もしなくても購入した人」へと費やされ続けるのである。

これを改めれば相当のムダ打ちを是正することが可能で、その分、潤沢な資金が残る。その資金を正確な効果検証で明らかになった効果の高い販促に再投資すればさらに大きな売上へとつながるのである。

 

《取材協力》

AI Lab
経済学領域 リーダー
安井 翔太氏

NFI定例セミナー「「レイアウト」「ISM」「PB戦略」研究」(2024/7/17 13:00~16:30)開催ご案内(リアル・リモート)

今回のテーマは、「売場レイアウト」と「ISM(インストアマーチャンダイジング)」の研究です。とくに、小商圏時代、EC時代の売場レイアウトと、ISMの原理原則を解説します。また、前回に引き続き、エイジスリテイルサポート研究所の三浦美浩・所長をゲスト講師として招き、有力企業の「PB戦略」「ブランディング」の最新情報を発表していただきます。

2024年7月定例セミナーは、「リアル」と「リモート」の併用セミナーとします。

今回のテーマは、「売場レイアウト」と「ISM(インストアマーチャンダイジング)」の研究です。とくに、小商圏時代、EC時代の売場レイアウトと、ISMの原理原則を解説します。

また、前回に引き続き、エイジスリテイルサポート研究所の三浦美浩・所長をゲスト講師として招き、有力企業の「PB戦略」「ブランディング」の最新情報を発表していただきます。

月刊MDで毎年実施している「顧客満足度調査」で、顧客満足にもっとも影響を与える項目は「他チェーンにはない特徴、工夫」です。他店との「差別化」が顧客満足度に大きな影響を与える時代です。ブランディング、PB開発が、これからのリアル小売業の最大の経営テーマですので、その事例も発表します。

また、PBの在庫コントロール力を高めるための不可欠の技術である単品ごとの「ユニット・コントロール」(数量管理)についても解説します。

※座席数が限られているため、リアルでの参加の方は先着順とさせて頂きます。

開催概要

・開催日:2024年7月17日(水) 13:00~16:30(会場受付開始:12:30)
※昼食は各自お済ませの上ご来場下さい。
※セミナー開催中の途中入場はお断りします。
※リモートでの途中退席は申込責任者に報告します。

・会場:エッサム神田ホール1号館6階(601)(※案内図をご参照ください)
・実施方法:リアルとZOOMによるリモートセミナー
(ZOOMセミナーアクセス方法はお申込み者様にのみご案内いたします)
・料金:20,000円(税別・1名様)
(※ニューフォーマット研究会会員企業様には会員価格でのご案内になります)
・申し込み締め切り:2024年7月8日(月)

スケジュール

[13時~14時50分頃]

NFI代表取締役 日野 眞克

小商圏、EC時代のレイアウト、ISMの原則

(1)ショートタイムとワンストップを両立するレイアウト、ISMの事例研究
(2)「ブランディング」「PB開発」の成功事例研究
(3)PBの在庫管理のための「ユニットコントロール」(数量管理)の原則 他

[15時10分頃~16時30分頃]

エイジスリテイルサポート研究所 三浦美浩 所長

有力企業の「PB戦略」「ブランディング」研究

(1)PB開発のトレンド(価格帯別PB戦略など)
(2)PB開発の成功事例研究
(3)PB開発による粗利ミックスの原則

※講演時間は予定よりも短くなることも長くなることもあります。

会場案内図

会場詳細

〒101-0045
東京都千代田区神田鍛冶町3-2-2
エッサム神田ホール1号館6階(601)
URL:https://www.essam.co.jp/hall/access/#access_1

【アクセス】
●JRでお越しの方
神田駅東口より徒歩1分
●東京メトロ銀座線でお越しの方
神田駅3番出口より徒歩0分

注意事項

①会場へお越しの方は開催会場をご確認の上、お間違えの無いようご注意ください。
アーカイブ動画の配信はいたしません。当日参加でのみセミナーのご受講が可能です。
(配信の不備等によりご視聴頂けなかった場合には、後日動画のご案内をいたします。)

③リモートの場合はZOOMウェビナー形式で行います。7月12日(金)までに、お申込書に記載された受講者のメールアドレス宛に受講用URLを記載したメールを送付いたします。

お申込みフォーム

・お申込みは以下のお申込みフォームからお願いいたします。お申込み受付後、お申込み確認メールをお送りします。また、ご請求先として記入いただいた方宛に、請求書を発送させていただきます。
・ご入金後は、理由の如何に関わらず返金は致しません。あらかじめご了承ください。

本セミナーのお申込み受付は終了しました。
たくさんの参加申込み、ありがとうございました。

NFI定例セミナー「「完全作業」と「機会損失」対策 ほか」(2024/5/15 13:00~16:30)開催ご案内(リアル・リモート)

今回のテーマは、「完全作業と機会損失対策」です。人口減少とオーバーストア時代では、完全作業・店舗での徹底力の向上、欠品による機会損失対策の2点が、売上を増やすための最大の経営課題です。この2つしか売上対策はないといっても過言ではないほど、製配販に共通の経営課題です。今回の定例セミナーでは「完全作業と機会損失削減でやるべきこと」について解説します。

2024年5月定例セミナーは、「リアル」と「リモート」の併用セミナーとします。

今回のテーマは、「完全作業と機会損失対策」です。人口減少とオーバーストア時代では、完全作業・店舗での徹底力の向上、欠品による機会損失対策の2点が、売上を増やすための最大の経営課題です。この2つしか売上対策はないといっても過言ではないほど、製配販に共通の経営課題です。今回の定例セミナーでは「完全作業と機会損失削減でやるべきこと」について解説します。

また、エイジスリテイルサポート研究所の三浦美浩・所長をゲスト講師として招き、「完全作業のための事例研究」として売り方、道具の使い方、仕組みづくりについて解説していただきます。

さらに4月のアメリカ視察によるアメリカ流通業の変化、写真解説も行います。

※座席数が限られているため、リアルでの参加の方は先着順とさせて頂きます。

開催概要

・開催日:2024年5月15日(水) 13:00~16:30(会場受付開始:12:30)
※昼食は各自お済ませの上ご来場下さい。
※セミナー開催中の途中入場はお断りします。
※リモートでの途中退席は申込責任者に報告します。

・会場:エッサム神田ホール1号館6階(601)(※案内図をご参照ください)
・実施方法:リアルとZOOMによるリモートセミナー
(ZOOMセミナーアクセス方法はお申込み者様にのみご案内いたします)
・料金:20,000円(税別・1名様)
(※ニューフォーマット研究会会員企業様には会員価格でのご案内になります)
・申し込み締め切り:2024年5月7日(火)

スケジュール

[13時~15時頃]※途中休憩をはさみます

NFI代表取締役 日野 眞克

(1)完全作業と機会損失削減でやるべきこと

(2)アメリカ流通業の最前線

(1)完全作業力を高めるために取り組むべきこと
(2)欠品による機会損失を減らすためにやるべきこと
(3)4月のアメリカ視察報告 等

[15時10分頃~16時30分頃]

エイジスリテイルサポート研究所 三浦美浩 所長

(3)完全作業のための事例研究

(1)完全作業が売上に与える大きな影響
(2)完全作業力向上のための売場づくり、マテハンの事例研究
(3)完全作業の仕組みづくり 等

※講演時間は予定よりも短くなることも長くなることもあります。

会場案内図

会場詳細

〒101-0045
東京都千代田区神田鍛冶町3-2-2
エッサム神田ホール1号館6階(601)
URL:https://www.essam.co.jp/hall/access/#access_1

【アクセス】
●JRでお越しの方
神田駅東口より徒歩1分
●東京メトロ銀座線でお越しの方
神田駅3番出口より徒歩0分

注意事項

①会場へお越しの方は開催会場をご確認の上、お間違えの無いようご注意ください。
アーカイブ動画の配信はいたしません。当日参加でのみセミナーのご受講が可能です。
(配信の不備等によりご視聴頂けなかった場合には、後日動画のご案内をいたします。)

③リモートの場合はZOOMウェビナー形式で行います。5月10日(金)までに、お申込書に記載された受講者のメールアドレス宛に受講用URLを記載したメールを送付いたします。

お申込みフォーム

・お申込みは以下のお申込みフォームからお願いいたします。お申込み受付後、お申込み確認メールをお送りします。また、ご請求先として記入いただいた方宛に、請求書を発送させていただきます。
・ご入金後は、理由の如何に関わらず返金は致しません。あらかじめご了承ください。

本セミナーのお申込み受付は終了しました。
たくさんの参加申込み、ありがとうございました。

小売業の生産性向上に貢献するオカムラの什器開発戦略

(株)オカムラが開発した什器は、ドラッグストア、スーパーマーケットなど日本国内のほとんどの業態で使われている。スライド什器による「先入れ先出し作業」の省力化、デジタルサイネージによる「商品販促活動」の省力化など、小売業の生産性向上に貢献する価値提案に取り組んでいる。スーパーマーケットトレードショーの会場で見た同社の什器を紹介する。(文:編集部)(月刊マーチャンダイジング2024年4月号より転載)

スーパーマーケット・トレードショー2024に出展した「オカムラ」※撮影許可を得ています。

扉付き冷凍・冷蔵ケースの冷凍負荷の削減

ガラス扉付きの冷凍ケースの提案。扉付きの冷凍ケースは①冷凍負荷を1台当り約30%削減、②棚奥行きを大きく使えて約30%陳列量アップ、③コールドアイル(冷気通路)の解消、④店の外の室外機(冷凍機)の動力削減にもつながる
冷蔵用ケースのナイトカバーの提案。1枚のカバーが一定のスピードで巻き上がる。「開店作業の効率化」と「商品破損の防止」につながる
飲料を陳列できる扉付き冷蔵ケース。2,100mmの高さで十分な陳列量を確保。奥行きは750mmと薄く「売場の省スペース化」と「売場レイアウトの自由度向上」につながる

店内作業の省力化

「スライド棚」は棚の下の引き出を手前に引くとスライドされる。小売業の「先入れ先出し作業」が固定棚と比較して80%短縮される。作業スタッフの体への負担削減にもつながる
値ごろ感を演出するバスケット什器の提案。回転率の高い商品の補充回数を減らすことにつながる
傾斜が付いた棚板。500mℓペットボトルの場合はゴンドラ1フェース当り、月当り約2.5時間の「前出し作業」を省力化

「フェイスライダー」「フェイスアップフック」には傾斜が付いており、商品が減っても自動で前出しされる。歯ブラシの前出し作業は月・約6時間削減される

新しい台車の提案

引き上げる動作で半分に折りたためる台車。従来の台車と比較して保管スペースの50%削減につながる
調理された惣菜などの品出しに使う、折りたたみ式の「トレイカートF」の提案。折りたたむと、保管スペースを約40%削減できる

新しい専用什器の提案

パンの専用什器。木の模様が付いたアクリル棚を採用。パンの上のライトがアクリル棚を透過してパンコーナー全体が明るくなる

惣菜陳列用什器。ゴンドラがベースの構造で陳列商品に合わせてパーツを組み合わせることができるスライド板を引き出して惣菜を陳列できる

デジタルサイネージの提案

デジタルサイネージ付きの青果陳列用什器
棚の間に位置するサイネージ(シェルフサイネージ)の提案。POPの役割を果たすだけでなくて、コンテンツはCMS(コンテンツマネジメントシステム)で管理ができ、一括配信ができる
タッチパネル型のサイネージ。下部分の値札をタッチすると、什器の上部分のサイネージに、商品の詳細が表示される
サービスの案内を、サイネージで明確化。外国人向けの英語表記などにも対応が可能

オンライン診療普及によりドラッグストア・調剤薬局にどんな変化が訪れるのか

オンライン診療、デジタル技術を使ったヘルスケアサービス「薬急便」を展開するMG-DX社代表取締役社長の堂前紀郎氏にオンラインヘルスケアの将来展望を聞いた。これまでになかったデバイスや医療機器の登場、ドラッグストア(DgS)の調剤データと物販データの統合の進行など、その展望はダイナミックで示唆に富む。(月刊マーチャンダイジング2024年4月号より転載)

好調のモバイルオーダー。新サービスもリリース

サイバーエージェント社が100%出資する株式会社MG-DXが運営する「薬急便」は、親会社の持つデジタルマーケティングの知見、AI技術などを駆使して、オンライン診療、オンライン調剤のサービスを軸に事業を展開している。

現在、「薬急便モバイルオーダー」が好調で、提携薬局数を好調に拡大している。「薬急便モバイルオーダー」とは、スマホを通じて処方せんを事前に送信すれば、呼び出し状況をスマホで確認でき、調剤完了を通知してくれるサービスで調剤待ちのストレスが解消できる。

[図表1]薬急便モバイルオーダーの流れ

決済も事前登録したクレジットカードでOK、会計の時間も省略できる。オンラインの他、店頭でQRコードを読み取ることで呼び出し状況がスマホで確認でき、調剤待ちの時間に買物を済ませるなど利便性が向上する(図表1)。

「モバイルオーダーが非常に好評で、このサービスだけでも利用したいという企業もあるほどです。背景にはこれを導入することで、患者が調剤薬局の利用にスマホを利用し、一度使うと便利なのでリピーターになる。それが調剤事業のデジタル化を一気に進めるという現象があります。

調剤DXは、オペレーションを変えたくない、ムダな投資をしたくないなど、組織問題もありとかく抵抗にあいがちです。これを打破できる手段としてモバイルオーダーに期待が集まっています」(堂前紀郎氏)

好評のモバイルオーダーに加え、今年3月に開始したのが「薬急便マイナポータル連携」である。現在、マイナポータルでは過去3年分の診療、薬剤情報などが閲覧できる。規制緩和により、本人の承認の元、これらのデータに第三者がアクセスできるようになった。

この制度を利用して薬急便では提携する薬局の管理画面を通じてマイナポータルに記録された患者の各種健康情報を提供する。

「薬急便マイナポータル連携」を活用すれば、薬剤師はより効果的な服薬指導や適切な健康アドバイスができる。また、サプリや食事の提案を通じて物販のプロモーションにもつながる。

5年後、オンライン診療は全診療の2〜3割を占める

オンライン診療、服薬指導の将来見通しについて堂前氏の見解を聞いた。

「3年後くらいから急速にオンラインへの移行が始まり、5年後で考えれば、診療の2〜3割はオンラインに移行すると思います。その理由にはいくつかのポイントがあります。まず単純に社会のデジタルへのリテラシー(理解能力)が上がること。二番目は診療報酬改定の影響です。政府は増え続ける一方の医療費を抑制するために、リフィル処方せんの発行を促進する方針です。

同じ処方せんで最大3回まで薬剤を受けられるリフィル処方せんは患者側からすれば病院にいく時間を省略できるので大変便利です。一度この利便性を経験すれば安定した健康状態なら、普通の処方せんに戻ることはないと言ってもいいでしょう。

今年6月に診療報酬の改定がありますが、これまで以上にリフィル処方せんの発行を促す加算が要件化されました。これが最初の起点になり、今後もリフィル処方せんへの誘導は段階的に進んでいくと思います。

リフィル処方せんの利用に加えて、服薬指導もオンラインで済ませ、薬剤はただ受け取るだけ、あるいは自宅への配送という習慣はますます広がっていくと思います。診療報酬改定と一度味わった便利体験がWパンチとなってオンライン診療は加速度的に広がるでしょう。

[画像1]Vision Pro(ビジョンプロ)
[画像2]装着すると空間にアイコンが浮かび上がる

もうひとつが、デバイスの進歩です。今年2月にアメリカでアップルが『ビジョンプロ』というAR(拡張現実)体験ができるゴーグル型の新製品を発売しました。これを装着すると目の前の現実世界が見え、その中にスマホ画面にあるようなアプリのアイコンが立体的に浮かび上がります(画像2)

視線や声や空間を手で触ることで操作し、アプリを立ち上げます。アップルは『空間コンピュータ』と呼んでいますが、映像も目の前にある現実空間の中に現れ、かなり鮮明でリアルです。

現在アメリカだけで発売されており価格も3,499ドル(約52万円)と高価なのですが、普及してくれば日本でももっと手頃な価格で買えるでしょう。こうしたデバイスが普及してくれば、スマホとは比べものにならないくらい、オンラインでもリアリティのある医療体験ができます。3年から5年というスパンでこうしたテクノロジー、デバイスの革新が次々に起こり、オンライン診療を加速させるでしょう」。

 

拡大するオンライン接客のニーズ

[画像4]nodoca 咽頭の画像でAIがインフルエンザの陽性判定

ビジョンプロのような体験型のデバイス革新に加えて、今、測定や検診に関する先端的な医療機器がスタートアップ系企業により開発されている。例えば、nodoca(ノドカ)という医療機器は専用のカメラで咽頭の写真を取るだけで、その画像からAIがインフルエンザの陽性か陰性かを数秒から数十秒の間に判定する(画像4)。厚労省から新医療機器として薬事承認を受け保険適用の対象になっており、既に多数の医療機関で導入されている。

「今後、こういう医療機器が家庭に普及する時期が来ると思います。そうすれば、医療のオンライン化、デジタル化は一層進みます。そうなると2つの方向で大きな変化が起こってきます。一つ目はいかに患者を集めるのか、そのルール、手法が変化します。2つ目はデータを活用した新しいビジネスが大きな役割を担ってくることです。

患者の集客方法の変化について、リフィル処方せんの発行増大、オンライン診療の普及などをまとめて言えば、これまで薬局に来ていた人が来なくなる時代が来るということです。その中で自店が選ばれるためには、なんらかの方法で患者と常時つながっている必要がある。物理的な集客が難しくなる時代、自店が選ばれるためには『つながり勝負』になるのです。そのためには、オンライン上、デジタルを活用していかに良い接客ができるかが大きなポイントになります。

例えば、ECサイトあるいは実店舗のOTC薬販売で最初はアバターが接客する、挨拶から悩みの聞き取りなど初期的な段階はAIが自律的に対応して、専門性や個別性の高い段階になると自動的にどこかの店舗、あるいはコールセンターで待機している薬剤師に切り替わって、画像はアバターのまま接客、カウンセリングは人間が行う。このようなAIアバターと薬剤師を組み合わせた接客、カウンセリングをすることで、一人の知識豊富で接客に優れた薬剤師が20店舗、30店舗を担当できます。

これは一例に過ぎませんが、オンラインによる接客の支援・強化は、これからのDgSにとって、現場スタッフの育成という意味も含めて十分に備えていく必要があります。質の高いオンライン接客ができることで、いつも患者とつながっている状態が維持でき、固定客が増えてLTV(生涯顧客価値)が上がっていきます」(堂前氏)。

堂前氏は以前の取材で、現在1兆円規模のDgSの調剤売上は今後5年程で2兆円規模にまで拡大するだろうという見通しを示している。この内訳は、リアル店舗のさらなる出店とオンライン接客の強化が同時並行的に行われることで市場拡大していくとのことだ。

「薬急便モバイルオーダー」が実現する調剤と物販の融合とは?

さらに、医薬品の販売時間延長など、規制緩和によって薬剤師はさらに必要となり、オンライン接客のニーズも高まるだろうと見ている。

オンライン診療拡大で、データ活用ビジネスが台頭する

堂前氏が指摘する二番目の大変化データ活用ビジネスの広がりについて解説してもらった。

「先ほどの先端的な医療機器ですが、DgSが規模を拡大して上位3~5企業くらいに集約されたとすると、こういうデジタル医療機器をDgSがPBの延長線上でつくるという時代も来ると思います。OTC薬のPBまではありますが、そこをさらに広げて治療用アプリや家庭内医療機器をPB開発して、オンラインサービスを提供する。資本力も十分なので、場合によっては製薬会社やスタートアップ系の医療機器メーカーの買収もあり得るでしょう。

上位寡占してきて、4強、3強時代になると出店立地もさすがに飽和気味でそれほど残されていないのではないでしょうか。加えて各都道府県の人口減少を考えると出店で売上を伸ばすという手法は限界を迎えていると思います。その中でいかに利益を挙げるかを考えると高付加価値・高単価の医療サービスが考えられます。

DgSが医療サービスで勝ち残れるかどうかの分岐点が様々な健康、生活に関するデータを揃えられているかということになります。

私の考えでは2024年から2025年でDgSの物販データと調剤データの統合はかなり進むのではないかと見ています。現在統合に向けて私たちがお手伝いしている企業もあります。その後はデータ量をどれくらい増やせるかという段階に入ってきます。

[図表2]堂前氏の展望するオンライン診療の将来

調剤と物販のデータ統合には、非常に大きなインパクトがあります。DgSは調剤薬局利用者のデータをこれまでまったく見られていなかったので、調剤利用者のうちどれくらいが物販も利用しているかさえ掴めていない状況でした。体感値として調剤薬局利用者は物販でも優良顧客だろうと思われていますが、データで検証すると恐らくそれは証明されると思います。調剤利用者の全体像がデータで明らかになるというのが統合効果のひとつ。

もうひとつの大きなインパクトは、調剤利用者に向けてプッシュ型の販促が打てるようになるということです。処方せん単価は平均すると1万円程度、粗利は35~40%です。この超優良顧客を起点としたマーケティングができるようになるのです。今までは卵の値下げで集客していたものが、1回の来店(来局)で4,000円の粗利を残す顧客へアプローチできるので日用品20%オフのクーポンを発行してもペイできます。さらに、調剤併設DgSにおいて、物販は利用しているが調剤は利用していないというお客様は大手チェーンで言えば100万人単位でいます。データ統合により、効果的な集客(来局促進)を行って仮にその半分が調剤利用者になれば、企業の経営構造すら変わるくらいのインパクトがあるでしょう」(堂前氏)

データ活用ビジネスの支援に関して堂前氏は次のように語る。

「薬急便はマイナポータル連携や各種の活動でデータを蓄積し、かつDgS様の物販と調剤のデータ統合を支援し、これを共有して頂くことで巨大データプラットフォームを構築します。このデータを分析・解析することでDgS様のマーケティングや事業拡大にとって有益なアウトプットをしたり、DgS様がデータ提供をマネタイズする事業を支援したりする計画です。

[図表3]データプラットフォームとオンライン接客支援を両輪にした薬急便のDgSの支援構想

一方で、巨大データプラットフォームをベースに他の事業を組み合わせたり、物販やサービスの販促を行う場合でも、それがうまくいくかどうかは、最終的には薬剤師の接客、コミュニケーション能力次第ということになります。オンラインやデジタルの技術を使って薬剤師の業務支援をすることとデータプラットフォームの構築は両輪の関係と捉えて、ここをしっかりサポートすることが薬急便の役割だと考えています。

現状、オンライン服薬指導という限定的なことしかやっていませんが、薬急便の仕組みを使ってオンライン栄養相談、OTCの説明販売をしてもいいでしょう。オンラインを使って接客のレベルアップができるし、薬剤師も店からのオンライン服薬指導に加えて自宅からあるいはコールセンターからという選択肢もあります。今後はオンライン接客というカテゴリーが拡大、充実してくると思います。

さらには、家庭用医療機器の発達で取れるデータも増えますし、ビジョンプロのようなデバイスの発達はオンラインサービスをより現実に近いレベルに引き上げてくれます。こうした大きなオンラインの潮流で2026年頃にはヘルスケアは変革期を迎えているでしょう。私たちがご支援しているDgS様との取り組みもその頃までには目覚ましい成果を挙げていると思います」(堂前氏)。

堂前氏はオンライン、デジタルを活用して企業が成長するためには組織分断の解消とトップの決断が重要だと語る。調剤と物販のデータ統合はその最たる例で、統合を渋る勢力を抑えて実行するには、トップが決断と投資を毅然として行い、誰もが後戻りできない状況をつくることが、最良の手段ということだ。現在MG-DX社と取り組んでいる企業はこれを断行しており、その成果は大きいだろうと堂前氏は予想する。

これからやってくるオンラインヘルスケア大変革期に備えるためには、変化を読み取り、今から万全の準備をすることが重要だろう。

 

《取材協力》

株式会社MG-DX
代表取締役社長
堂前 紀郎氏

[追悼]大創産業 代表取締役社長 矢野博丈氏に聞く「商人の謙虚さとは、生きるために必死になること」

2024年2月12日に大創産業創業者の矢野 博丈氏が逝去されました。流通小売業の発展に貢献された氏の在りし日の姿を偲ぶべく、本誌2013年11月号に掲載された記事を再掲します。露天商から3,400億円企業(取材当時)へと成長した大創産業の躍進は、氏のオリジナリティー溢れる経営スタイル抜きでは成しえませんでした。常に謙虚に、常に危機感をもって、自己否定を繰り返し、変化に対応する。一商売人としての含蓄溢れるインタビューを一挙掲載。(月刊マーチャンダイジング 2013年11月号掲載)

為替の動きは秋に台風がくるようなもの

─100円均一ショップ界でのシェアが約65%あります。新業態も積極的に開発し、新商品も続々と投入されていますね。近年は海外での売上も伸びています。

矢野 世の中そんなにうまくいくものではありません。うまくいかないから仕方なく頑張る。また壁にぶつかる。その繰り返しです。

日本で人間が平等に生きる権利があるという考え方が定着したのは、たかだかこの30年程度です。何千年にもわたる歴史を振り返ると、ただ生きているだけで精いっぱいの時代が大半でした。縄文時代から、平安、鎌倉、江戸…と、長い間、もがきながらやっと食べていくということは変わっていません。食べるためには、頑張るしかない。それだけのことです。

企業も、人間も同じです。いいことが起きているのはこの30年、40年だけです。みな、このままいいことが起こり続けるように考えていて、私は大いに不安を感じます。

─輸入開発型の商材が多い場合、このところの円安基調の影響を受けているのでしょうか?

矢野 為替の動きというのは、秋に台風が来たり、冬になったら寒くなるのと同じことです。そういうものです。どうしようもありません。

─とはいえ業績は現在好調ですよね。

矢野 数字に表れるものと実態が同じとは限りません。数字で見えるものは氷山の一角です。でもいまの政府はこれからもいいことが起こると言い続けている。それは恐ろしいことです。

以前御手洗冨士夫(元キャノン社長、元経団連会長)さんに、日本と海外の違いというお話を伺ったことがあります。彼によれば「アメリカの公務員はサービス機関、日本のそれは行政機関だという点がまったく異なっている」ということでした。それは同じぐらいの広さの地方都市の議会の議員数をとっても十倍近く差があるということからも明確でしょう。

私どもが海外を訪問すると、国や地方においてそれなりの地位にある行政機関の方がアポイントを取ってきて、ダイソーの出店を乞われることがあります。

─彼らは国や地域の経済、生活の向上に対して、とても積極的に動いているということですね。

矢野 そうです。現在日本のGDPの約40%は流通小売業、サービス業が占めています。車は今やほとんど海外で製造されています。鉄鋼業などの輸出産業は20%程度です。輸出が重要な時代には、円安の方がよかったけれど、すでに日本は輸入大国で円安基調はふさわしくありません。

世界中を歩いてみると、世の中は自動車とショッピングセンターの時代になっているということを感じます。製造業が海外に輸出をするという局面では円安は歓迎できますが、ショッピングセンターという内需を支える側にとってみれば、これ(円安政策)は本当にわかっていない政策だなと思わざるを得ません。

いい家に生まれ育ち、超一流の学校を出ている政治家の方たちには、もしかすると庶民の心の機微や苦しさ、哀しさはわからないのかもしれませんね。

1988年ごろ、当時の首相の竹下登氏が日本全国に1億円をばらまいたことがあります(ふるさと創生事業として、国が各市町村に対し地域振興に使える資金1億円を交付した政策)。それを「このお金は皆さんが一生懸命頑張ったご褒美です。感謝して将来のために有意義に使うんですよ」と言って渡せばよかったのに、「お金が余っているから、好きに使いなさい」とばらまいた。その瞬間に日本の運は悪くなりました。だからこの先日本に運や金の神様は決して微笑まないでしょう。

企業でも、人間でも、警戒心を解かないことが大切です。常に警戒していないといけません。大企業でもつぶれるのですから。もう一つは感謝する力です。感謝する力がなくなると、お金を大切に使わなくなります。

恵まれない幸せもあれば恵まれる不幸せもある

─車とショッピングセンターと言えば、地方の商店街がさびれているという問題がありますね。

矢野 40年前ぐらい昔の私は、朝5時過ぎに起きて、5時半に家を出て、店頭や空き地に露店を出していました。荷物を必死になってトラックから降ろして、並べて。なんとかして9時半までに必死になって商品を陳列して。そのあと、30分でモーニング(朝食)に行くのが、人生で最大の喜びでしたね。

─しかし今や商店街でそんな光景は目にしなくなりました。

矢野 20年、30年というスパンで運は決まっています。3年や5年で決まるわけではありません。商店街を活性化しようと思っても、一朝一夕にすむものではないのです。

本社商品開発部の様子。ここで毎月500アイテム以上の商品の開発を行う

─内需で回る仕組みをつくるべきということでしょうか?

矢野 そうですね。日本全体を啓蒙する考え方を今からつくるべきなのでしょう。これから20年、30年はかかると思いますが、それでも一歩ずつはじめなければなりません。我々が日本人として今後どう生きるかの指針を示さなければならない。それが無いと、日本も過去のギリシアやローマや蒙古のように、衰退の道をたどるでしょう。

小売業も厳しい環境の中で、目の前のことを継続して必死にやるしかないと思います。

流通業には、いまでも煙草を吸っている人が多いですよね。製造業だとかは、かなり煙草を吸う人が減ってきました。それだけ仕事が厳しいんです。だけど、その厳しさがあるから我々は生きてくることができました。100円ショップだって、店舗は過剰なほど出ています。かつてはよく売れた店も、いまは売れない。その中で私たちは生きていかざるを得ない。

スウェーデン、ノルウェー、フィンランドなど、北欧の国々は、とても寒くて生活するだけで大変な国ですから、頑張るしかない。中には裕福な人もいるのでしょうが、国民全員で国全体の負の部分を低めようという社会政策をとっています。税金はたくさん払いますが、自分達に全部戻ってきます。だから、税金の使い道も透明で、無駄に使うようなこともありません。

こう考えると、本当に日本は恵まれすぎていますよね。恵まれない幸せもあれば、恵まれる不幸せもあるんです。

お金持ちの子に生まれるというのは、可哀そうなことだと思います。お金というものは、感謝して、計算しながら、ありがたく使わせてもらうというものです。そして制約の中で最大限に使う。でも恵まれている人は、こういった経験をすることがありませんから、人の心もわからないのです。

一番大事なのは社員の頑張る力

 

矢野 流通小売業というものは、より警戒心を持たねばなりません。警戒心を持ちながら、いつも頑張るしかないんです。みんなでトラックから荷物を降ろしたりして、一緒に汗をかくと、気分が明るくなります。みんなで頑張るということが大切なんです。

昔、日本の軍隊で、突撃するときにどういう言葉がよいとされていたかというのをご存知でしょうか?「突っ込め!」「行け!」とか、いろいろ考えられますけれども、一番いいのは「俺に続け!」なんだそうです。商店街や量販店が成長を続けていたころは、皆徹夜で仕事をして、店に段ボールを敷いて寝るようなことがありました。それがいいのかどうかはわかりませんが、テクニックが大事、技術が大事、と言っているだけでは伝わらないものがあります。

─そんな中で矢野さんの社長としてのお仕事も変化されているのでしょうか?

矢野 いや、私はウロウロしているだけです。言い換えれば、右往左往しているというのが正しいかな。これでいいのか、ああじゃないか…いつもそんなことばかり考え続けています。

─とはいえ、経営判断は社長にしかできない仕事です。

矢野 どうでしょうね。人間は間違えます。迷うのも当たり前です。よくみんな「あの社長は先見性がある」とか「人を見る目がある」と言いますが、そんなものが人間にあるはずがありません。ただ、普段必死にやっていると、運が後からついてくる。

20世紀は、生まれた時点である程度のその後の人生が決まってしまっていました。ですが、21世紀は、必死にああでもない、こうでもないと頭を悩ませて生まれたものが評価されるようになりました。20年、30年頑張ったところに運がある。もし運命の女神様というのがいるのであれば、努力した人をとても正確に評価するような時代が来たのだと思います。

─そういう意味では、ダイソーさんは、商品調達や、ロジスティクスといった目に見えない部分を、何十年もかけて、コツコツとつくってきたという印象があります。

矢野 それより一番大事なのは、社員みんなの頑張る力ですよ。

現在東広島に建設中の物流センター。約8,000坪の広さで伝票レスのオペレーションを実現する。2012年より同社は300億円を投資し、物流体制の再構築を行っている

日本のカレーパンを変えた鈴木敏文氏の決断

─この十数年の間に落ち込んでしまった大手流通企業の中には、やはり驕(おご)りがあったということでしょうか。

矢野 そうかもしれませんね。いま好調な企業の一つであるセブン−イレブン(セブン&アイ・ホールディングス)は、鈴木さん(鈴木敏文代表取締役会長最高経営責任者)も、伊藤さん(伊藤雅俊名誉会長)も、いつでも必死ですよ。

伊藤さんは、普段は鬼のような方ですが、心根は本当に優しい。伊藤さんに私がはじめて会ったとき、ああ商人の謙虚さとは、生きるために必死になること、一生懸命、これに尽きるのだな、と感じました。私はそれまで社員を怒ったことがなかったんです。でも、伊藤さんと出会ってからは怒り出しました。ちょっと怒りすぎた節もありましたが…(笑)。

これは聞いた話なのですが、鈴木さんが店頭周りをしているときに、カレーパンを食べたところ、火のように怒り出して、パンのバイヤーを呼んで来いという話になったそうです。「なんでカレーパンがおいしくないんだ!こんなパンを出すなんてお前は何を考えているんだ!」と。パンのバイヤーは、それに対して「しかし会長、カレーパンはとてもよく売れています」と反論したところ、「お前はセブンをつぶす気か、全部破棄しろ!」と猛烈に怒られたそうです。

その話を聞いて、私はセブンイレブンでカレーパンを買おうとしたのですが、本当に店頭にないんですよ。それから数ヵ月後、改めて店頭にいったら「とてもおいしくなりました」と書いたカレーパンが売られていた。見てみると、カレーパンの真ん中がぶっくりふくらんでいる。いまはカレーパンはふくらんでいるのが当たり前でしたが、昔はドーナッツみたいにひっついていたでしょ。ある雑誌の対談で、鈴木さんに「カレーパンの件で怒ったそうですね」と言ったら「いやぁ、俺は怒らないよ。ただおいしくないものを売っちゃだめだと言っただけだよ」と照れていらっしゃいました(笑)。

その新しいカレーパンが店頭に並んだのが8月ごろのことだったのですが、その後、11月ぐらいに近所のスーパーのカレーパンをみたら、それもふくらんでいたんですよね。これを機に日本中のカレーパンがふくらみだしたんです。

売れていてもダメだ。これでもか、これでもか、と。お客さまにもっとおいしい物を提供しようと努力する。この決断は10年というスパンで見れば同社にとって何億円という利益につながったことでしょう。さらに日本中のカレーパンにも影響を与えました。カレーパンは一つのたとえですが、こういったところに、日本の小売業のヒントがあると思います。正しく頑張って、私利私欲を持たない。そうするしか、生きていく道は無いように思います。

堤さん(セゾングループの堤清二氏)は「商売は文化だ」とおっしゃっていましたが、小売業は文化ではありません。必死に生きる。そして良さを追求する。そうして、神様に好かれる企業は大きくなるでしょうし、好かれない企業は、10年、20年先に落ちていくでしょう。

昔何かの勉強会のときに、鈴木会長がセブンの店舗にATMを入れるとおっしゃった。盗難の危険性は高まるし、やめた方がいいと思って「なんで入れるんですか?」と聞いたら「お客さんが便利だから」と、その一言でした。あのとき、ああ、これは成功するな、と思いましたね。私利私欲がないすごさがある。商売において、一番強いのは、私利私欲がないこと、それだけなんです。

(聞き手/本誌編集長(当時)宮崎文隆、まとめ/編集部 鹿野恵子)

店長、SVが押さえておくべき、DXによる店舗課題の解決策

日本の小売業の生産性がアメリカの3分の1程度であることは、本特集の冒頭で述べた。抜本的な改善には本部、店舗一体となった改革が必要だ。ここでは、現場レベルでの課題や今後競合や他チャネルとの競争に勝つための店舗体験などにDXはどう応えられるのか、可能性や将来展望も含めて、サイバーエージェント協業リテールメディアDiv統括藤田和司氏に聞いた。(月刊マーチャンダイジング2024年3月号より転載)

[レジ業務改善]アプリのUI改善でレジ業務の負荷を軽減する

レジ業務は店内作業の3分の1程度を占め、ここをいかに効率化させるかが業務全体の効率化、コスト削減に与えるインパクトは大きい。コンビニなど売場面積が狭く在庫数千SKUという業態では無人レジの採用を本格化させている。一方で、売場面積が300坪を超え、在庫するSKU数が1万5,000~2万という店舗タイプを主力とするドラッグストア(DgS)では無人レジは道半ばである。

最近は決済手段の多様化、ポイントアプリ、クーポン発行の増加などで、レジ業務の負荷は大きくなる一方である。処理に手間取ればレジ待ち時間は長くなり、お客、従業員ともにストレスの原因にもなる。

これを改善するために藤田氏は小売アプリの機能、UI(ユーザーインターフェース/画面設計、デザイン)改善を提唱する。小売業のアプリは「物理的なポイントカードをスマホの中に収めましょう」というアプローチでダウンロードを促進してきた。ポイント付与機能の次のステップとして、クーポン発行、決済などアプリは多機能化しつつある。これらをなるべく少ないアクションで実行できるようアプリの機能、UIを設計するというのがその主旨だ。

[画像1]サツドラアプリ
割引商品は複数買上でもバーコードスキャンを1画面ですべて割引処理ができる。dポイントのボタンを置いて専用アプリを立ち上げなくてもサツドラアプリから移遷できレジ業務の軽減を図る

「現在、多くのDgSのレジ前でお客様はポイント付与のために小売業アプリを立ち上げる、他社のポイント付与のために別アプリを立ち上げるなど、少なくても2つから3つのアプリの立ち上げが普通になっています。私たちが立ち上げから共同で開発したサツドラ様のアプリでは、ひとつのアプリでポイント付与、クーポン利用などなるべく少ないアクションでできるようUIを設計しました、一部の他社ポイント付与も別アプリを立ち上げることなく、自社アプリを起点にできます。自社アプリ内に他社のポイント付与へ遷移できるボタンを付けたDgSのアプリは増えています。ファミリーマートが発行している電子マネー『ファミペイ』は、決済とポイント付与が同じバーコードで可能です。1回当たりのアプリ操作の時間が軽減できれば、チェーンストアなら1日、1店舗で1,000人、全店で×1,000といった改善効果が現れ結果的に膨大な時間の効率化につながります」(藤田氏)

藤田氏が指摘するように、アプリのUI改善で仮に10秒の操作時間短縮が実現すれば、1日1店舗で該当件数が100件あったとすると、1,000店舗のチェーンなら企業全体で年間(365日)10万時間以上の時短効果を生む。小売業アプリは、顧客サービスとしての機能に加え、今後は「レジ作業軽減」という視点からの開発が大きな焦点になるだろう。

[品出し・補充作業の効率化]店内の全棚を住所化 補充場所の特定で作業改善

DgSは食品の売上構成比の増大や人手不足などで、品出しが開店まで間に合わず、不完全なコンディションで開店せざるを得ないという状況が頻発している。この改善にDXでできることはあるか。藤田氏はその一助になる方法として、RFIDタグやバーコードを使った店内の可視化サービスを挙げる。

RFIDにより位置特定技術を提供するRFルーカス社は、このようなサービスを実施している。このサービスでは、店内の棚すべてにRFIDタグもしくはバーコードを貼付。これを専用スキャナーで読み込むことで、売場すべてを住所化(データ化)して、システム的に管理できるというものだ。

ごく簡単に例えれば、入口側のゴンドラから1番、2番、3番と番号を振り、レジ側から各棚にA、B、Cと記号を付ければ、一番入口側のゴンドラ一番手前の棚には「1-A」という住所が与えられ、同じ要領で店内全ての棚を住所化できる。これをスマホや端末で一覧で見ることができ、本部での一括管理や店舗での管理も可能。

品出しの際には、折りコンに棚の住所を入れる、補充先を示した売場レイアウト図を作業者に渡すなどすれば、経験が浅くても担当する商品をどこに補充するかが容易に分かり、作業効率は上がる。棚位置情報をスマホへ送信するなど、やり方次第ではシステム的な活用法も可能だ。

RFルーカス社では商品にもRFIDタグを付けることで、在庫の位置、数量をセットで可視化できるサービスを提供している。コスト面を考えてバーコードを利用したとしても、棚位置がデータ化できることで、品出しの効率化や売場状況の確認など応用範囲は広い。

商品部が売場のない商品を送り込んできたり、メーカーが付ける場所のない販促物を配送したり、売場の現状を本部が把握していないことで起こるムダは日常的に発生している。この対策としても、RFIDやバーコードを使った売場の可視化は有益である。

[販促物管理のムリ、ムダ、ムラ]リアル販促物とデジタルサイネージを併用する

販促物は商品の魅力やお得感を簡潔に表現し、購買意欲を上げる心強い売場の味方だ。一方で、メーカーから店舗に直接配送されると納品が月に50回を超えることもあり、受け取り、保管、探索などの管理に膨大な手間がかかる。その結果、販促物がバックヤードに埋もれてどこにあるか分からず、設置率は30%程度というのが現実だ。さらに、前項でも触れたように付ける場所もないのに販促物だけが送られてくるというミスマッチも頻繁に生じている。こうした販促物管理の煩雑さ、ムリ、ムラ、ムダへの対策として、藤田氏が挙げるのが「デジタルサイネージ」の活用である。

「デジタルサイネージなら、設置・撤去の手間もありませんし、本部一括管理なので出し忘れということも起こりません。すべての販促物をデジタルサイネージに置き換えるのは、コスト的にも難しいと思いますので、リアルな販促物とデジタルサイネージの併用、ハイブリッドがいいと思います。店内には色々なプロモーションがありますが、買上率、収益性が高いカテゴリーの商品は新商品情報の発信、セール告知などのニーズは高いでしょう。そのようなカテゴリーにはデジタルサイネージが適していると思います。立地や客層、時間帯によっても内容を瞬時に換えられるので相性がいいと思います」(藤田氏)

サツドラではエンドプロモーションにデジタルサイネージを使用。視認性アップ、作業効率の改善が図れる

作業改善のために店内プロモーションを減らす潮流が一部ある。これは間違った選択ではないが、リアル店舗ならではの「わくわく感」の提供、新商品やセール品の店頭消化を促進するためにプロモーションは有効である。特にエンドは売場構成上必然的に生まれる販促スペースなので、このスペースにデジタルサイネージを活用すれば、作業改善とリアル店舗ならではの「賑わいの演出」を両立できる。実際、エンドプロモにデジタルサイネージを活用しているDgSは最近増えている。

エンドに加え、ゴンドラ間通路への引き込み効果を上げるサイドエンドや、定番棚の仕切りPOP(スポッター)などデジタルサイネージのサイズや活用法も多様化している。作業を効率化して店内の賑わいを演出するためにデジタルサイネージは有効だ。さらに、各種の効果検証もしやすく、使いながら機能や精度の向上を実現できる。

@cosme TOKYOやマツモトキヨシの国内旗艦店SHIBUYADOGENZAKA FLAGではデジタルサイネージに比重を置いた販促や情報発信が行われており、今後の流れを予感させる。

[返品削減=売り切る力を付ける]AIを活用した、未来予測型の販促で販売力を上げる

[図表1]売り切る力を上げるAI活用型の販促自動システム

DgSの食品の売上構成比は高まる一方で、郊外型店舗では日配品の在庫が標準装備となっている。その分、適切に商品を回転させなければ期限切れで廃棄する商品も増える。また、回転の悪い在庫が店頭に滞留すれば売場の販売効率を落とし、新商品や売れ筋商品の陳列スペースを狭くすることにつながる。こうした事態を避けるためには「売り切る力」を高める必要がある。そのために藤田氏が挙げるのがデータ活用による1to1マーケティングである。

「これまでのクーポン発行や販促をデータ分析すると、原資の多くがムダになっています。つまり、値引きしなくても購入した相手にまで値引きをしているのです。相手を選ばず一律に打つ販促ではコストの半分近くがムダになっているといってもいいでしょう。このようなやり方を改めデータを活用して販促相手を絞り込むことで、まだ買ったことのないカテゴリーの商品を購入したり、長期間離脱していた購入経験者に再購入してもらったり、未開拓分野、潜在需要を売上化できるような販促が可能です。

このような領域に集中している相手にとってはもっと魅力的で、売り手には売り出しの初速を担保しながら粗利もあげるクーポン発行で商品回転は上がるでしょう。

それから、これまでの販売データをAIに学習させることによって、販売予測は精度高く出せます。例えば、15時の時点でお弁当が17個残っていて過去の条件から計算して今日は閉店までに4個残るとか、AIが予測することができます。これが分かった時点でその曜日の15時以降に来る可能性の高い人にむけアプリにクーポンを発行する、こういった販促は全て自動でできます。値引きを一律告知しなくても、可能性のあるターゲットに向けて一定の条件になったら自動で値下げ販促を打って売り切る力を上げるというやり方です」(藤田氏)

過去の販売データの学習に加え、藤田氏はAIによる未来予測でも売り切る力を上げられると語る。

例えば、天気予報と連動させ、12時や13時など特定の時刻以降の降水確率が高い場合には雨の日に売れる商品の販促を自動で打つ。天気、曜日、時間帯、催事、客数の増減(客の流れ)といった諸条件から将来的に売れる商品を予測して販促するという手法だ。

「スーパー店長やベテランパートさんが、経験と勘で臨機応変に値引きやセールを打って売れ残りを減らす。こうした『名人芸』をAIによって再現させることも在庫や返品削減には有効です」(藤田氏)

一律同様の販促から、AIを活用した未来予測、ターゲット絞り込み型の販促を自動で実装することで効率よく販売効率を上げることができる。

本部指示の処理能力を上げる

月次、週次の販促指示、成功事例の共有、コンプライアンスに関する連絡など、本部からの指示・連絡は膨大な量に及び、店舗ではそれを処理仕切れず、その結果重要な情報が漏れる、パート、アルバイトを含む店舗従業員にまで浸透しないという状態は常態化している。

[画像2]AI Workerの画面

サイバーエージェントでは連結子会社のAI Shiftを通じて、膨大な情報をAIの力で要約して店舗で処理しやすい内容に要約するサービス「AI Worker」を提供している。AI Workerは生成AI「ChatGPT」をベースにしており、通常最適な回答を得るために必要なプロンプトと呼ばれる指示は不要、予め本部側で指定した条件に応じて、店舗側で必要な要約が自動に行われ、ダウンロードができる。さらにはその文書を見やすくカスタマイズすることも可能(画像2)。様々な可能性を秘めつつ店舗での実用化が難しいChatGPTを簡単な操作で活用できるシステムだ。

本部では店舗に送る情報の量を適正化しつつ、店舗ではこうしたツールを活用することで、完全作業の実現率を上げることができる。

[アプリの機能強化、活用]アプリでパーソナライズの基盤をつくり、サービス提供

先述したように、小売業アプリは物理ポイントカード(板カード)のデジタル化を訴求して普及が進んだ。藤田氏は小売業アプリの次の段階をこう語る。

「アプリはもうひとつの店舗であるという話をこれまでしてきました。これは変わりませんが次にアプリに求められるものが明確になりつつあります。それは1to1の販促機能、それと先ほど申し上げたレジ業務の改善です。ECに注力するDgSチェーンが増えています。この傾向は、来店を待つだけでなく、こちらから売りに行く、届けに行くという積極的な営業態勢が強化されることを意味します。洗剤や紙製品のような補充型の生活必需品はサブスク的に、なくなったら家に届ける。店外にいる会員にはコンシェルジュのように必要な商品情報、なくなりそうな必需品を知らせる。店内に来たら、必需品以外、暮らしを快適で楽しくするような『発見』を求めて買物する。発見につながる情報を提供する。1to1の販促機能を強化することで、アプリには補充型の購入や発見型の購入をサポートするツールへと進化することが望まれています。目指すところは今まで通りの買物をするだけでなく、これまで買っていなかったカテゴリーの商品を買ってもらう、生活に必要で各社品揃えしている商品を満遍なくご購入頂くことです。こうしてLTV(顧客生涯価値/生涯に渡る付き合いで得られる利益)を上げていくことがアプリに求められています。

1to1対応であなたに合った買物ができます、というのがデジタルの基本だと思います。これまでのように最大公約数的に一律同様のクーポン発行やセールではなく、あなたにとってはこれがうれしい、と販促や情報発信がパーソナライズされていく、アプリも活用しながらその基盤が今年から来年にかけて整うのではないでしょうか」(藤田氏)

[新しい買物体験の提供]ロボット、アバターを使って買物ストレスを下げる

ECの台頭でリアル店舗には新たな買物体験が求められている。

「私の予想では、日本の宅配型のEC化率はどんなに進んでも25%を超えることはないと思います。店舗受け取りなどを含めばもう少し増えるでしょう。先ほど申し上げたように買物は家に届く必需品の買物と新しい発見を求めて行われる店舗での買物に色分けされると思います。そうなると店舗では発見をサポートする仕掛けが必要です。私たちがご提供している『自己推薦ロボット』もそのひとつになります」

自己推薦ロボットとは、商品に動く・話しかけるなどの生命感を付与し商品自らが機能や利便性などを推薦して動くロボットである。

サイバーエージェントが大手小売業で実験した結果、自己推薦ロボットを設置したところ、設置以前と比較して立ち止まり率が2.14倍増加、販売率は6.67倍増加した。

「最近挑戦しているのは、医薬品の遠隔案内です。売場にロボットがあり、裏に薬剤師がいてロボットを通してお客様に話しかけます。意外に探している商品や悩みを答えて頂けます。人間ではハードルが高くてもロボットやアバターなら対話のハードルが低くなるという特性はあると思います。

買い手、売り手双方のストレスを下げるためにもロボット、アバターの活用は有効です。買う側は気軽にコミュニケーションできますし、売る側もずっと売場にいて来客を待つというストレスを軽くできます。介護用品などは買物に来た人もそれなりの覚悟を持って質問しようとするのですが、商品知識に自信のない従業員は聞かれたくないので接客を避けたいというミスマッチが起こりやすいカテゴリーです。ロボットやアバターというデジタルを間に置いて裏で専門家が対応すれば、こうしたミスマッチを解消できるでしょう」(藤田氏)

今後は人手不足や生産性向上という側面からも接客のあり方が見直されるだろう。省力化をしながら専門性を上げるデジタル活用型の接客には大きな可能性がある。

《取材協力》

サイバーエージェント
協業リテールメディア Div統括
藤田 和司氏

ラピュタロボティクスの柔軟に構成できる自動倉庫「ラピュタASRS」

物流ロボットスタートアップのラピュタロボティクスは、同社が独自開発した自動倉庫「ラピュタASRS」の報道関係者向けデモンストレーションを2024年1月24日に実施した。2023年8月に発売開始した製品で、枠組内部を小型のロボットが縦横無尽に多数動き回ってピッキングステーションまで物品を運ぶGTP型のロボット倉庫だ。ブロックのように簡単に組み立て分解できることから様々な規模への変動に対応できる。モジュラーデザインによって、新規倉庫だけでなく既存倉庫への自動倉庫への対応、そして物流ニーズの変動に対応する。(ライター:森山和道)

物流ロボットスタートアップ・ラピュタロボティクス

ラピュタロボティクスはJA三井リースと資本業務提携を締結しており、栃木県佐野市でプラモデル等を扱う株式会社ホビーリンク・ジャパンの既存の物流倉庫に2024年春に導入予定あること(リリース:https://www.rapyuta-robotics.com/ja/2024/01/24/rapyuta-asrs-hlj/)、また日本出版販売株式会社(日版)が2024年秋に埼玉県・新座に開設する予定の文具雑貨商品等の保管および仕分・出荷を行う7,670坪の新拠点に導入されることが決定している(日販からのリリース:https://www.nippan.co.jp/news/logistics_asrs_20231222/)。

取材記者たちによるピッキング体験も行われた
ラピュタロボティクス CEO モーハナラージャー・ガジャン氏。日本語堪能

ラピュタロボティクスは、チューリッヒ工科大学(ETH Zurich)発のベンチャー企業。東京本社のほか、大阪、バンガロール、シカゴなどに拠点を置いて、協働型ピッキングアシストロボット「ラピュタPA-AMR」のほか、独自のクラウドロボティクス・プラットフォームと、ロボット群制御の開発・導入・運用支援を行っている。創業者の二人はスリランカ出身で、文部科学省の奨学金を得て来日し、ロボット工学を日本で学んで創業した。

創業当初はドローンを手掛けていたが、いまは倉庫内物流にフォーカスしている。倉庫内物流の自動化普及率は18%足らず。倉庫内のピッキングや保管に関する工数は63%を占めていると考えられている。CEOのモーハナラージャー・ガジャン氏は「複雑化している倉庫内オペレーションには自動化が必要だ」と語った。

ラピュタロボティクスはパレット搬送用の無人フォークリフトの「Rapyuta AFL」、ピースピッキングについては協働型ピッキングアシストロボット「Rapyuta PA-AMR」と、今回披露した自動倉庫「ASRS」をソリューションとしている。「PA-AMR」を使うと人の生産性はおよそ2倍、自動倉庫「ASRS」は10倍に上げることができるという。倉庫の棚の間を動き回る協働型ピッキングアシストロボットは複数社が展開しているが、ラピュタ「PA-AMR」の日本国内でのシェアはデロイト トーマツ ミック経済研究所株式会社調べで2023年時点で約7割に達している。

ラピュタロボティクスは協働型ピッキングアシストロボットで国内シェア7割

国産のGTP型ロボット倉庫「ラピュタASRS」

「ラピュタASRS」基本構造

ラピュタの強みは、多数のロボットを同時に動かす「群ロボット制御」技術にある。GTP型ロボット倉庫の「ラピュタASRS(https://www.rapyuta-robotics.com/ja/solutions-asrs/)」はピッキングアシストロボット「PA-AMR」で実績を積んだマルチロボット協調アルゴリズムを用いている。作業者は完全歩行レスで作業を繰り返すことができる。

樹脂フレームを積み上げた構造の「ラピュタASRS」
ビンが置かれ、ロボットが走行するフロアも樹脂製

「ASRS」基本構造は4つ。荷物を収納するマルチフロア、4つの足を持つビン、ビンの下に入り込んでリフトアップするロボット、ロボットの上下移動を可能にするエレベーターである。ハードウェア自体は極めてシンプルな構造だ。

樹脂製のフレーム

樹脂製のフレームはブロック工法で自由な組み上げができる。3つのパーツをうまく組み合わせることでネジやボルドなどを必要とせず軽くて丈夫な部材であり、専用の足場やアンカーなども不要。これにより導入期間の短縮と部材コストを抑えることもできるほか、あらゆる倉庫の形・大きさへの対応が容易。小スペースから導入でき、導入後も需要に合わせた倉庫の拡張・ロボットの追加が可能であり、生産性と保管効率のバランスを自由に変えることも可能だとしている。

アンカーレス構造。傾きは一番下の部材のなかで調整する
ブロックのように簡単に組み立て可能

免震構造となっており、揺れを吸収する。ロボットも床を走行するのでレールよりもロバストだという。

一度組み上げるとかなり頑丈
フロアのフレームには小さな穴が空いており、商品を入れるビンが乗る

エレベーターも100Vで稼働

エレベーター部

すべて100Vで運用可能。ロボットをフロア間移動させるエレベーターも100Vで運用できる。300台以上のロボットとエレベーターの協調制御が可能で、保管、ピッキング、仕分け、荷合わせといった出庫に関する幅広いプロセスに対応する。

すべての機能が100Vで運用可能で200V化工事が不要。どの現場にも容易に導入可能

人の待ち時間をゼロに

ピッキングステーション

ピッキングステーションも独自設計。ピッキング作業者の周りで複数の保管用、出荷用ビンを独立制御することができ、在庫ビンから出荷ビンに入れるときにすぐにロボットが入れ替わって複数の在庫ビンを持つことで、人のピック待ち時間をゼロにできる。

ビン待ち時間はゼロ、1ピック6秒想定

人はピッキングだけに専念できる。そのために大画面モニタ、プロジェクタによる誘導などを用いる。入荷や検品時にはハンディターミナルを使う。実際に作業を体験したところ、プロジェクタによって白い光が投影されるところから、ものをピックしてハンディでスキャンし、緑色に光っているコンテナにモノを投入していくだけなので、本当にすぐに作業できそうだと感じた。

商品保管ビンの最大容積は124リットル

商品を保管するビン

商品を保管するビンは4つの足があり、フロア上で安定した補完が可能。3段階に高さが調節でき、パーティションによってビン内部の分割も可能。ビンの最大容積は124リットル、取扱可能重量は30kg。ビンに既存のオリコンや段ボールを載せる運用にも対応可能だ。

独自設計の薄型ロボット

薄型ロボットがビンの下に入り込んで持ち上げて搬送

ビンを上に載せて中を走り回る薄型ロボットは独自開発されたもの。厚さは80mm。車輪は「メカナムホイール」と呼ばれる特殊な車輪で、旋回せずに任意の方向に移動できる。そのため旋回時間による無駄がなく、狭いスペースでも正確な位置取りができる。ロボットはフロア上の白線を目印として走行する。レールを使っているタイプの自動倉庫に比べるとロバストだという。

プロトタイプまではラピュタで内製、製品版の製造は外部委託している

製造はOEMで、「長野にある会社」が作っているとのこと。移動制御にはAMRを通じて培ってきたマルチロボット協調アルゴリズムが活用されている。バッテリーは充電スポットでロボットアームが自動で交換する。交換に必要な時間は1分以内。

他社の自動倉庫との比較

ピッキングする人のすぐそばに荷物が集まり、入荷・出荷ともに同じ設備で可能

2022年の2月にコンセプトを作成し、開発期間は2年半。「既存倉庫に入れるために自動倉庫を安価にしたい」という点から発想し、安価にしたい、シンプルに入れたいことからモジュラー構造化を検討。一番高コストなのは金属のフレーム部材であることから最初は木造で作れないかと考えたところ、パートナーとして入った三井化学から「樹脂で実現できる」という提案があって、樹脂製で作ることになったという。

自動倉庫は各社が展開しているソリューションだ。ガシャン氏は他社製品との比較として「ロボットが一番上の段しか走ってない自動倉庫の場合は保管性は良くなるが、下のほうにあるモノはなかなか取れない。棚の間を移動ロボットが走り回るタイプの自動倉庫は結局ロボット用のスペース分がロスになる」と語った。

そして「ラピュタの自動倉庫はピックステーションもすぐ近くでコンパクトに設計でき、全てのフロアでロボットが走れるので、どの荷物にもすぐアクセスできる。コンピュータでいえばランダムアクセスができるのと同じこと」と述べ、「自動倉庫にはあまり頻度が高いものを入れないが、そこを変えていきたい。これだけで完結させたい。『他は何もいらない』というものにしたい。人のまわりに荷物がぎゅっと回ってきて単独で動くものはない」と語った。

ラピュタロボティクスでは「500平米、ピッキングステーション2個、ロボット40台から」を推奨規模として展開

価格については明言されなかったが、絶対的な価格も従来の自動倉庫よりは低い金額から始められるようになるとのこと。また「投資回収のパフォーマンスで差をつけようとしている。KPIとしては5年を切りたい」とのことだった。自動倉庫のメリットを出しやすい推奨規模についてはラピュタロボティクスでは「500平米、ピッキングステーション2個、ロボット40台から」としているとのこと。

日販が導入した理由

日本出版販売株式会社 王子流通センター 新拠点開設準備室 係長 柴田昇氏

プレス公開には日販の担当者も登壇した。日版の新拠点のコンセプトに沿った設備であると判断された理由として担当者である日販の新拠点開設準備室室長の大熊裕太氏と同係長の柴田昇氏は「一年くらいかけて検討した結果、コンセプトが合致した。モジュラーデザインによって他社のGTPと比べて高い生産性が出せる」と語った。

日販のなかで今後の物流を考える上で、増減に対してレイアウトを変えたり柔軟な対応がハードウェアでもソフトウェアでも可能であること、人手不足対応のために多様な人が今後働くことになると考えられるが、すぐに誰でも作業ができることなどを評価したという。柴田氏は「日販では人と環境に優しい物流をコンセプトに掲げている。どういった人でも働ける点が魅力的」だと語った。

人と環境に優しい物流センター構築を目指す

既存の自動倉庫を採用しようという声もあったそうだが、「今回、『一緒に作り上げましょう』と言われた。こちらの要望に対して応えてくれ、やりたいことを実現してくれる会社だと熱意を感じた」とスタートアップであるラピュタロボティクスの取り組みを評価した。なお日販の新倉庫は3層フロアで、ラピュタ自動倉庫はその一角を占めることになる。

「ラピュタASRS」は段階的な拡張・縮小が可能

稼働中の倉庫にも導入可能

模型などを扱うホビーリンク・ジャパン社への2024年春の導入も決定

記者公開の日に発表されたホビーリンク・ジャパン社の既設倉庫への導入については、オペレーションを止めずに自動倉庫を導入することになる。予定では今年6月くらいに3〜4割の商品を入れて安定稼働させたあと、繁忙期や棚卸し時期などを考慮しながら徐々に入れていく想定だ。

ホビーリンク・ジャパンの倉庫は少し変わったかたちをしており、普通の天井高は5mくらいだが半分くらいはメザニン(中二階)がある複雑な構造になっているとのこと。ラピュタの自動倉庫は複雑な形状にも合わせることができるという。

既設倉庫へも稼働させながら導入が可能

受注目標は2024年内に100億円規模

受注目標は100億円

ラピュタロボティクスのエンジニアの9割くらいはソフトウェアエンジニア。今後、ソフトウェアでもっと柔軟性・生産性を出していきたいとガシャン氏は語った。なお既存のWMS上からはラピュタのシステムは一つの倉庫として見えるようになる。「顧客の希望に応じて合わせていく」とのことだった。

2023年9月の物流展でもかなりの反応があったことから、「2024年内に100億円規模の受注目標を掲げて市場を目指してしていきたい」と語った。これまで展開しているAMRや自動フォークリフトが数千万円規模の商品であったことに比べると自動倉庫は億単位になるので、それほど遠い目標ではないのではないかと考えているという。

最後にCEOのガシャン氏は「今までは『高い、柔軟性がきかない』と言われていた自動倉庫を良い方向で発展させたい」と語った。

ラピュタロボティクス CEO モーハナラージャー・ガジャン氏