オンライン接客の拡大とデータビジネス台頭

オンライン診療普及によりドラッグストア・調剤薬局にどんな変化が訪れるのか

オンライン診療、デジタル技術を使ったヘルスケアサービス「薬急便」を展開するMG-DX社代表取締役社長の堂前紀郎氏にオンラインヘルスケアの将来展望を聞いた。これまでになかったデバイスや医療機器の登場、ドラッグストア(DgS)の調剤データと物販データの統合の進行など、その展望はダイナミックで示唆に富む。(月刊マーチャンダイジング2024年4月号より転載)

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好調のモバイルオーダー。新サービスもリリース

サイバーエージェント社が100%出資する株式会社MG-DXが運営する「薬急便」は、親会社の持つデジタルマーケティングの知見、AI技術などを駆使して、オンライン診療、オンライン調剤のサービスを軸に事業を展開している。

現在、「薬急便モバイルオーダー」が好調で、提携薬局数を好調に拡大している。「薬急便モバイルオーダー」とは、スマホを通じて処方せんを事前に送信すれば、呼び出し状況をスマホで確認でき、調剤完了を通知してくれるサービスで調剤待ちのストレスが解消できる。

[図表1]薬急便モバイルオーダーの流れ

決済も事前登録したクレジットカードでOK、会計の時間も省略できる。オンラインの他、店頭でQRコードを読み取ることで呼び出し状況がスマホで確認でき、調剤待ちの時間に買物を済ませるなど利便性が向上する(図表1)。

「モバイルオーダーが非常に好評で、このサービスだけでも利用したいという企業もあるほどです。背景にはこれを導入することで、患者が調剤薬局の利用にスマホを利用し、一度使うと便利なのでリピーターになる。それが調剤事業のデジタル化を一気に進めるという現象があります。

調剤DXは、オペレーションを変えたくない、ムダな投資をしたくないなど、組織問題もありとかく抵抗にあいがちです。これを打破できる手段としてモバイルオーダーに期待が集まっています」(堂前紀郎氏)

好評のモバイルオーダーに加え、今年3月に開始したのが「薬急便マイナポータル連携」である。現在、マイナポータルでは過去3年分の診療、薬剤情報などが閲覧できる。規制緩和により、本人の承認の元、これらのデータに第三者がアクセスできるようになった。

この制度を利用して薬急便では提携する薬局の管理画面を通じてマイナポータルに記録された患者の各種健康情報を提供する。

「薬急便マイナポータル連携」を活用すれば、薬剤師はより効果的な服薬指導や適切な健康アドバイスができる。また、サプリや食事の提案を通じて物販のプロモーションにもつながる。

5年後、オンライン診療は全診療の2〜3割を占める

オンライン診療、服薬指導の将来見通しについて堂前氏の見解を聞いた。

「3年後くらいから急速にオンラインへの移行が始まり、5年後で考えれば、診療の2〜3割はオンラインに移行すると思います。その理由にはいくつかのポイントがあります。まず単純に社会のデジタルへのリテラシー(理解能力)が上がること。二番目は診療報酬改定の影響です。政府は増え続ける一方の医療費を抑制するために、リフィル処方せんの発行を促進する方針です。

同じ処方せんで最大3回まで薬剤を受けられるリフィル処方せんは患者側からすれば病院にいく時間を省略できるので大変便利です。一度この利便性を経験すれば安定した健康状態なら、普通の処方せんに戻ることはないと言ってもいいでしょう。

今年6月に診療報酬の改定がありますが、これまで以上にリフィル処方せんの発行を促す加算が要件化されました。これが最初の起点になり、今後もリフィル処方せんへの誘導は段階的に進んでいくと思います。

リフィル処方せんの利用に加えて、服薬指導もオンラインで済ませ、薬剤はただ受け取るだけ、あるいは自宅への配送という習慣はますます広がっていくと思います。診療報酬改定と一度味わった便利体験がWパンチとなってオンライン診療は加速度的に広がるでしょう。

[画像1]Vision Pro(ビジョンプロ)
[画像2]装着すると空間にアイコンが浮かび上がる

もうひとつが、デバイスの進歩です。今年2月にアメリカでアップルが『ビジョンプロ』というAR(拡張現実)体験ができるゴーグル型の新製品を発売しました。これを装着すると目の前の現実世界が見え、その中にスマホ画面にあるようなアプリのアイコンが立体的に浮かび上がります(画像2)

視線や声や空間を手で触ることで操作し、アプリを立ち上げます。アップルは『空間コンピュータ』と呼んでいますが、映像も目の前にある現実空間の中に現れ、かなり鮮明でリアルです。

現在アメリカだけで発売されており価格も3,499ドル(約52万円)と高価なのですが、普及してくれば日本でももっと手頃な価格で買えるでしょう。こうしたデバイスが普及してくれば、スマホとは比べものにならないくらい、オンラインでもリアリティのある医療体験ができます。3年から5年というスパンでこうしたテクノロジー、デバイスの革新が次々に起こり、オンライン診療を加速させるでしょう」。

 

拡大するオンライン接客のニーズ

[画像4]nodoca 咽頭の画像でAIがインフルエンザの陽性判定

ビジョンプロのような体験型のデバイス革新に加えて、今、測定や検診に関する先端的な医療機器がスタートアップ系企業により開発されている。例えば、nodoca(ノドカ)という医療機器は専用のカメラで咽頭の写真を取るだけで、その画像からAIがインフルエンザの陽性か陰性かを数秒から数十秒の間に判定する(画像4)。厚労省から新医療機器として薬事承認を受け保険適用の対象になっており、既に多数の医療機関で導入されている。

「今後、こういう医療機器が家庭に普及する時期が来ると思います。そうすれば、医療のオンライン化、デジタル化は一層進みます。そうなると2つの方向で大きな変化が起こってきます。一つ目はいかに患者を集めるのか、そのルール、手法が変化します。2つ目はデータを活用した新しいビジネスが大きな役割を担ってくることです。

患者の集客方法の変化について、リフィル処方せんの発行増大、オンライン診療の普及などをまとめて言えば、これまで薬局に来ていた人が来なくなる時代が来るということです。その中で自店が選ばれるためには、なんらかの方法で患者と常時つながっている必要がある。物理的な集客が難しくなる時代、自店が選ばれるためには『つながり勝負』になるのです。そのためには、オンライン上、デジタルを活用していかに良い接客ができるかが大きなポイントになります。

例えば、ECサイトあるいは実店舗のOTC薬販売で最初はアバターが接客する、挨拶から悩みの聞き取りなど初期的な段階はAIが自律的に対応して、専門性や個別性の高い段階になると自動的にどこかの店舗、あるいはコールセンターで待機している薬剤師に切り替わって、画像はアバターのまま接客、カウンセリングは人間が行う。このようなAIアバターと薬剤師を組み合わせた接客、カウンセリングをすることで、一人の知識豊富で接客に優れた薬剤師が20店舗、30店舗を担当できます。

これは一例に過ぎませんが、オンラインによる接客の支援・強化は、これからのDgSにとって、現場スタッフの育成という意味も含めて十分に備えていく必要があります。質の高いオンライン接客ができることで、いつも患者とつながっている状態が維持でき、固定客が増えてLTV(生涯顧客価値)が上がっていきます」(堂前氏)。

堂前氏は以前の取材で、現在1兆円規模のDgSの調剤売上は今後5年程で2兆円規模にまで拡大するだろうという見通しを示している。この内訳は、リアル店舗のさらなる出店とオンライン接客の強化が同時並行的に行われることで市場拡大していくとのことだ。

「薬急便モバイルオーダー」が実現する調剤と物販の融合とは?

さらに、医薬品の販売時間延長など、規制緩和によって薬剤師はさらに必要となり、オンライン接客のニーズも高まるだろうと見ている。

オンライン診療拡大で、データ活用ビジネスが台頭する

堂前氏が指摘する二番目の大変化データ活用ビジネスの広がりについて解説してもらった。

「先ほどの先端的な医療機器ですが、DgSが規模を拡大して上位3~5企業くらいに集約されたとすると、こういうデジタル医療機器をDgSがPBの延長線上でつくるという時代も来ると思います。OTC薬のPBまではありますが、そこをさらに広げて治療用アプリや家庭内医療機器をPB開発して、オンラインサービスを提供する。資本力も十分なので、場合によっては製薬会社やスタートアップ系の医療機器メーカーの買収もあり得るでしょう。

上位寡占してきて、4強、3強時代になると出店立地もさすがに飽和気味でそれほど残されていないのではないでしょうか。加えて各都道府県の人口減少を考えると出店で売上を伸ばすという手法は限界を迎えていると思います。その中でいかに利益を挙げるかを考えると高付加価値・高単価の医療サービスが考えられます。

DgSが医療サービスで勝ち残れるかどうかの分岐点が様々な健康、生活に関するデータを揃えられているかということになります。

私の考えでは2024年から2025年でDgSの物販データと調剤データの統合はかなり進むのではないかと見ています。現在統合に向けて私たちがお手伝いしている企業もあります。その後はデータ量をどれくらい増やせるかという段階に入ってきます。

[図表2]堂前氏の展望するオンライン診療の将来

調剤と物販のデータ統合には、非常に大きなインパクトがあります。DgSは調剤薬局利用者のデータをこれまでまったく見られていなかったので、調剤利用者のうちどれくらいが物販も利用しているかさえ掴めていない状況でした。体感値として調剤薬局利用者は物販でも優良顧客だろうと思われていますが、データで検証すると恐らくそれは証明されると思います。調剤利用者の全体像がデータで明らかになるというのが統合効果のひとつ。

もうひとつの大きなインパクトは、調剤利用者に向けてプッシュ型の販促が打てるようになるということです。処方せん単価は平均すると1万円程度、粗利は35~40%です。この超優良顧客を起点としたマーケティングができるようになるのです。今までは卵の値下げで集客していたものが、1回の来店(来局)で4,000円の粗利を残す顧客へアプローチできるので日用品20%オフのクーポンを発行してもペイできます。さらに、調剤併設DgSにおいて、物販は利用しているが調剤は利用していないというお客様は大手チェーンで言えば100万人単位でいます。データ統合により、効果的な集客(来局促進)を行って仮にその半分が調剤利用者になれば、企業の経営構造すら変わるくらいのインパクトがあるでしょう」(堂前氏)

データ活用ビジネスの支援に関して堂前氏は次のように語る。

「薬急便はマイナポータル連携や各種の活動でデータを蓄積し、かつDgS様の物販と調剤のデータ統合を支援し、これを共有して頂くことで巨大データプラットフォームを構築します。このデータを分析・解析することでDgS様のマーケティングや事業拡大にとって有益なアウトプットをしたり、DgS様がデータ提供をマネタイズする事業を支援したりする計画です。

[図表3]データプラットフォームとオンライン接客支援を両輪にした薬急便のDgSの支援構想

一方で、巨大データプラットフォームをベースに他の事業を組み合わせたり、物販やサービスの販促を行う場合でも、それがうまくいくかどうかは、最終的には薬剤師の接客、コミュニケーション能力次第ということになります。オンラインやデジタルの技術を使って薬剤師の業務支援をすることとデータプラットフォームの構築は両輪の関係と捉えて、ここをしっかりサポートすることが薬急便の役割だと考えています。

現状、オンライン服薬指導という限定的なことしかやっていませんが、薬急便の仕組みを使ってオンライン栄養相談、OTCの説明販売をしてもいいでしょう。オンラインを使って接客のレベルアップができるし、薬剤師も店からのオンライン服薬指導に加えて自宅からあるいはコールセンターからという選択肢もあります。今後はオンライン接客というカテゴリーが拡大、充実してくると思います。

さらには、家庭用医療機器の発達で取れるデータも増えますし、ビジョンプロのようなデバイスの発達はオンラインサービスをより現実に近いレベルに引き上げてくれます。こうした大きなオンラインの潮流で2026年頃にはヘルスケアは変革期を迎えているでしょう。私たちがご支援しているDgS様との取り組みもその頃までには目覚ましい成果を挙げていると思います」(堂前氏)。

堂前氏はオンライン、デジタルを活用して企業が成長するためには組織分断の解消とトップの決断が重要だと語る。調剤と物販のデータ統合はその最たる例で、統合を渋る勢力を抑えて実行するには、トップが決断と投資を毅然として行い、誰もが後戻りできない状況をつくることが、最良の手段ということだ。現在MG-DX社と取り組んでいる企業はこれを断行しており、その成果は大きいだろうと堂前氏は予想する。

これからやってくるオンラインヘルスケア大変革期に備えるためには、変化を読み取り、今から万全の準備をすることが重要だろう。

 

《取材協力》

株式会社MG-DX
代表取締役社長
堂前 紀郎氏