店舗メンバーのテレワークは、経営戦略
まず、店舗メンバーのテレワークができない理由は「接客や品出しなど店舗にいないとできない業務のため」というものでした。この理由を乗り越えることも不可能なことではないと武藤氏は言います。
「店舗におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)、オンライン接客など、仕組みそのものを変えることで、テレワークの可能性も出てきます。どうやってリアル以外でも顧客接点を増やすか?は多くの小売業が検討している課題のはずです」。
MD NEXTでも、自社が実践するDXの取り組みを他社へも提供するトライアルを筆頭に、数多くのDXの取り組みが紹介されています。
逆を言えば、店舗メンバーが店から離れるということを考えるには、「働き方」という枠組み以上の経営戦略として取り組む必要があると言えます。
店長は「ずっといる」から「やること」で信頼獲得を
次に店長について見ていきます。まず、最初に乗り越えるべきは、店長の「不安」の問題です。それに対し、武藤氏は次のようにポイントを説明します。
「店長の『従業員から信頼されなくなってしまうのでは』という不安を払拭するためには、『ずっといること』だけでない信頼を勝ち得る方法を見つけるしかありません。つまり、『いること』でなく時間をコントロールしながら『やること』に重きをおいて信頼を得るということです。また、『店にいないと不安』と思う店長は、『任せる』ことで『育てる』という意識を持つことも大事になります」。
そして、いざテレワークを検討・実践するためには、まずは店舗でなくてもできる(テレワークできる)業務を洗い出す必要があります。その際も、コツがあると武藤氏は言います。
「私は店長に『店舗でなくてもできる業務は?』だけでなく、『時間があったらやりたい仕事は?』と聞きます。すると、『商圏の実情調査や競合視察などがしたい』という店長が多いものです。そうした業務はテレワーク化の突破口になりやすいのです」。
というのも、前編で触れたように「テレワーク」はラク、サボっているとみられがちなのは「在宅(家にいる)」のイメージからくるものが大きいからです。そのため、まずは在宅業務に限らず「店を離れる」ことから始めると良い、というわけです(なお、「テレ=tele」は「離れたところ」を意味し、必ずしも在宅である必要はありません)。
そして何より大切なのは、経営者や従業員が「店長はずっと店にいてなんでもやるべきで、ラクをさせない」という考え方をやめることだと武藤氏は強調します。
店長以外の人が育つことで、店舗運営は必ずスムーズになるからです。また、人材獲得や従業員満足の面からも、店長の働きやすさが大切であることは言うまでもありません。
「店舗の働き方を考えている」という姿勢を伝える
最後に本部・本社のポイントに見ていきます。できない理由が前編で触れたように「店舗がしていないから」なのであれば、店舗がテレワークを実施/検討すると同時に、本部・本社も実施/検討すればよい、ということになりそうです。それに対し、武藤氏は次のように指摘します。
「たしかに店舗が先(または同時)に導入するのがベストなのですが、そこで躓いてしまい、(やろうと思えばすぐにできるはずの)本部・本社の検討がいつまでたっても始まらないケースも出てきてしまいます。そのため、『テレワーク』実施のハードルが高い場合は、まず、現場の『働き方の改善』に着手することから始めてもよいでしょう」。
つまり、店舗の働き方も改善するから、本部・本社の働き方も改善して「テレワーク」を導入する、という流れにするということです。
「店舗の働き方の改善方法は様々ですが、大切なのはその施策そのもの以上に、『本部は店舗の働き方のことを考えている』という姿勢です。そうした姿勢が伝われば、店舗側も本部の働き方の変化も受け入れられやすくなります」(武藤氏)。
「働き方」だけでなく「お客様」起点で考える
そして武藤氏が、働き方の改善について、現場ヒアリングする際に気を付けているのが、「どんな働き方をしたいか」だけでなく「お客様とどう関わりたいか、お客様にどういう価値を提供したいか」を中心に、多面的に質問するということだそうです。
「小売業の方には『お客様』起点で考えてもらったほうが、本質的な答えがみつけやすい場合が多いです。同様に、働き方改革を推進する際には、『消費者の多様化』に直面してきた小売業において、従業員側も多様化することが大事というお話をよくします」。
たしかにテレワークを「多様化するお客様に近づく手段でもある」と捉えれば「働き方」を超えた検討につながりそうです。
さらに武藤氏は、たとえ店舗の働き方改善の検討を同時に行うことが難しい場合でも「本部・本社が、まずテレワークをやってみること」は非常に意味のあることだと強調します。効果や課題など、やってみて初めて分かることも多く、本社本部が実践したことで、店舗への展開もしやすくなるからです。
常識を改めて見直し「テレワーク」を検討する
さて、前編と後編にわけて、小売業のテレワーク導入について見てきました。前編でまとめた「できない理由」に対する処方箋をまとめたのが下図です。
筆者は、感染症対策の面はもちろん、コロナ禍前の「常識」が覆るいまだからこそテレワークの検討がしやすいと考えます。なぜなら近年このコロナ禍の時期以上に、これまで「当たり前」だった価値観や行動の劇的な変化に直面し、短期間でそれに対処しなければならなかった時期はなかったように思うからです。
だからこそ次のように、テレワークを阻んできた様々な「常識」を改めて問い直してみる好機ではないでしょうか。
・会議や商談はすべて顔を突き合わせてやらなければいけないのか?
・店長は「ずっと」店にいなければいけないのか?
・接客やサービスは本当に対面でなければいけないのか?
そして、常識を覆して実践してみた先に、いままで実現不可能だと思っていた「新たな働き方」、さらには「新たな顧客との関わり方」の発見があるかもしれません。
最後に、導入の際、従業員の勤怠把握や残業代など、労務管理の基本的な考え方は、これまでと同様であることを導入の注意点として付け加えておきます。テレワークの場合は、従業員の勤怠把握や残業代が不要という誤解が巷で見受けられるからです。
こうした労務管理の問題や武藤氏が前編で指摘した本部(-店舗)間コミュニケーションの問題など、もしかしたらテレワークは様々な組織の問題や課題を顕在化させるかもしれません。
しかし、逆の見方をすれば、テレワーク導入は、それらの課題を克服するきっかけになるとも言えます。一連のコロナ禍によるピンチを変革や革新のチャンスととらえ、ぜひテレワークについても前向きに検討してほしいと思います。
〈取材協力〉